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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第6章「夏至祭」

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第6章「夏至祭」45 灰色の漣

外に出ると、雨になっていた。
「マヤルカが待っている」
約束どおり、午後2時に女子テント跡でマヤルカが待っていた。
風雨は強くなりつつあった。2人は荷物を背負い、その上から雨具を着た。カレナードが言った。
「Y班はみんな帰ったようだね」
「湖まで行きましょうよ。2人きりになるって約束よ」
雨は荒い地面に吸い込まれていた。風は少しずつ冷たくなっていった。灰色の湖面には波が立っていた。2人は荒々しい光景を見、波の音を聞いた。
黙っていたマヤルカが湖面に向かって叫んだ。
「カレナードの馬鹿野郎ーーーーッッッ!!」
伸びの良いテノールだと、カレナードは思った。マヤルカの罵倒の叫びが湖面に吸い込まれていった。カレナードはそれを何度も聴いた。
やがて気が澄んだらしく、彼女は振り返った。
「何を笑っているのよ」
「笑っていませんよ」
「教えてちょうだい、噂を聞いたのよ。マリラさまとのこと!」
「ただの噂です」
「教えなさい、カレナード」
カレナードは微笑んだ。オルシニバレ時代に戻ったように。
「何なのよ、昔ごっこは止めてよ」
「添い伏しをしたんです、お嬢さんの時と同じように」
「女王に…添い伏しですって。マリラさまの御気が弱いなんて!」
「春分の生き脱ぎを覚えているかい。マリラさまは一度亡くなって、甦られる。その時、プライベートな記憶をほぼ無くされるんだ」
「うそ…!そんなことをしたら、どうやって生きていけるの」
「だから、女王としての記憶はあるけど、それも全てが残っているわけではないらしい。考えてもごらんよ、マヤルカ。人間が2500年間の記憶を抱えていたら、どうなると思う」
赤毛の少年にも少女にも見える顔立ちが震えた。
「それは…想像しにくいけど、たぶん恐ろしいことね。でも、だからって、わたくしごとを捨てて生きていけるのかしら」
「マリラさまは生き脱ぎのあと、僕を紋章人にしたいきさつを全て忘れていた。僕の名が記憶に残ったのさえ奇跡だと…エーリフ艦長が言っていた」
「それで…御気が弱るのというのね」
カレナードはうなずいた。それから湖の中の小島を見た。
「私人のマリラさまは不安定でつらいんだ。僕も死にもの狂いで禁忌破りをして、左手に紋章まで彫ったことを忘れられたのは、つらかった…」
「そうよね…。忘れられるのは寂しいわ」
マヤルカはそっとカレナードに寄り添い、雨具越しに抱きしめた。
「お嬢さんもつらかったんでしょう。僕はあなたが女子Y班にいて、ミンシャ達と一緒なら大丈夫だと思いすぎていた…」
「今、分かってくれたから、いいのよ」
彼女はふっと息を吐いた。
「男もつらいわねぇ。女にひっぱたかれて、愚痴まで聞かされて、ついでに雨風の中をつき合わされて、文句の一つも言わないんだから」
「それは、その女がマヤルカ・シェナンディだからです」
「ありがとう、カレナード」
マヤルカの体温が伝わってきた。彼はマヤルカの肩を抱いた。
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