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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第1章「禁忌破り」

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第1章「禁忌破り」16 秘密を重ねて

4区の助産所では、もっと試練が待っていた。
もう1人の見届け人は背の高い黒髪の婦人で、彼女はカレナードに意味深に話しかけた。
「2ヶ月前、我が家に添い伏しに来て下さった方ね。私はアネッサ・ロドーです。」
帽子に隠れたカレナードの頬に朱色に染まった。
「そ、その、その節はお世話になりまし…た。」
「あら、あなた、ロドーさんで添い伏しをしたのね。知らなかったわ。申し遅れました。私はフロリヤ・シェナンディです。よろしくお願いいたします。」
アネッサは黒い瞳を輝かせた。
「あなたがフロリヤさんね。ポワッソン飛行機会社で飛んでるって本当なの。」
女達はひとしきり飛行機の話に夢中になった。
カレナードは冷や汗を隠した。
ロドール家での添い伏しは祈祷師とアネッサが仕組んだ罠だった。アネッサの従兄が急死し、その新妻は子供がないのを理由に実家に帰されそうなのだが、そうしたくない事情があるらしく、どうしても彼女に子種が要るのだった。そこでアネッサが一計を案じ、祈祷師はカレナードに白羽の矢を当てた。
亡くなった人に似ているらしい。
だが、カレナードにすればとんでもない話だ。彼はなだめすかされ、最後にはアネッサの芝居めいた懇願に折れた。
「人助けと思って!彼女の人生がかかっているの。見捨てないでちょうだい。」
彼女と従兄の妻は少年の筆おろしをさっさとやってのけたのだ。
その人の前で淑女の格好でいる破目になろうとは。
アネッサは彼のことを忘れたかのようにフロリヤと話込んでいた。話題はオルシニバレ領国南部連合とミセンキッタ領国にまたがる大遊牧団の水利権争奪問題でガーランドの調停が始まることに移っていた。
カレナードは椅子に落ち着き、ふところから小さな本を出した。開き直ってヴィザーツに間近で会えるまで読書しながら待つことにした。
生誕呪の立会いの時間になった。
公証役場の役人に先導されて消毒液の香りが立ち込めている続き部屋に入った。控え室と同じように壁が厚く、産室の緊張感と騒がしさから遮断された部屋だった。
別のドアから3人のヴィザーツが入り、皆は無言のまま会釈を交わした。この部屋では喋ってはならない決まりだった。
間近でヴィザーツに会う機会はここしかなかった。
彼らは6区まるごとを塀で囲ったヴィザーツ屋敷に住んでいた。ヴィザーツ屋敷には治外法権があり、領主と領政府の高官以外が入ることはなかった。さらにヴィザーツを6区の外で見かけても、直接話しかけてはならなかった。それがアナザーアメリカンとヴィザーツの間の不文律で、せいぜい目礼で挨拶を交わすのが関の山だ。
彼らは同じ人間であっても調停と誕生呪の守護者であって、違う摂理で生きているのだ。
カレナードは失礼にならない程度に彼らを観察した。
彼らはオルシニバレのどこにもない形式の服を着ていた。
中年の男女一組は膝までの簡素な長袖ワンピースに細い足首までのズボンを履いていた。老女は体に軽く張り付く薄い灰色の素材で全身を覆い、袖なしチュニックを重ねていた。どれも簡素な風合いの色だが、ところどころに挿し色のラインを施してあり野暮ったくない。むしろ立体裁断の造形美をまとっているようだった。
表情は淡々としていて読めない。
カレナードは、引退した老マシュウを思い出した。彼が加工前の金属板をひとしきりじっと眺める表情に似ているのだ。
老女が公証役場の役人と見届け人の傍へ来て、空中に点を置くように薬指で数か所を指し示した。
彼女は一節の呪文を唱えた。
「sorzzittzà-quès-vouffellr.」
見届け人達の周りにかすかな風が起こり、帽子に垂らしたオーガンジーがふわりと揺れた。
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