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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第5章「夏至祭の前」

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第5章「夏至祭の前」19 復讐するは我にあり

わずか1週間の間に急激な変化が訪れていた。彼は週明けのリリィの診察をすっぽかして逃げを決め込むつもりだった。
だが、エーリフやトペンプーラと毎日汗を流すうちに、彼女と対決する力が湧き上がっていた。それは彼を支配し始め、逃げ続けることを良しとしなかった。
そのままでは自分が情けなく思えた。彼女に一矢報いて、アナザーアメリカンとしての、また男としてのプライドを守りたかった。艦長に担当医の変更を相談するのは、そのあとのことだ。怒りに身を任せた蛮勇と言われようと、今は止まる気はなかった。
対決の下準備はしておいた。施療棟に連絡して、無理やり午後5時に行く約束を取り付けた。その時刻は訓練の休憩時間帯で、半数の医療ヴィザーツは施療棟に待機すると聞きだしたのだ。それならさすがのリリィも暴虐をふるう可能性は低いだろう。
「負けて勝つか、先手必勝か、搦め手を攻めるか、あるいは捨て身で挑むか」
貴重な休日を彼はリリィ攻略のための沈思黙考に費やした。キリアンはカレナードの真剣かつ恐ろしい横顔を見た。
「あいつ、やっぱり怒っているんだな。施療棟で何があったんだ……」
窓際で椅子に腰かけて考え込んでいるカレナードに話しかけた。
「散歩に行かないか」
顔を上げた親友はまだ考え事の最中で、眉間に皺が寄っていた。
「根詰めて何を考えているんだ。この前みたいに踊って忘れたいなら、体を動かす方がいい。付き合うぞ」
「キリアン、君ならどうする。新参がベテランヴィザーツに一泡吹かせるなら」
「やる気か」
「ああ」
キリアンはカレナードに不思議な雰囲気がまとわりついているのに気付いた。
挑戦的な目と眉、伸びた背中と首、引き締まった頬の線。細い肩と唇には男とは違った艶めかしさが宿っていて、彼は怒れる男であり怒れる女でもあった。
キリアンにはそう見えた。
「俺なら、まず負けてみせる。相手を勝たせておいて、気が付いたら逆転だ。
正面突破は無理だな、向こうは海千山千なんだぞ」
「君はそう考えるんだ」
「無茶するなよ、カレナード。お前は時々、その、なんだ…」
言いよどむキリアンにカレナードはやっと笑みを見せた。
「心配するなよ。僕はうまくやるさ」
「援護射撃が要るか」
「これは僕の問題だ。君を巻き込みたくない」
「みずくさいヤツ、怪我するなよ。艦長のレッスンがあるんだからな」
翌日の夕刻、カレナードはリリィの診察室に向かった。
最終的に勝つために、彼はそれまでと違った自分を演じることにした。
リリィへの復讐心はエレベーターの中でいったん捨てねばならなかった。彼はポルトバスク市でマリラを演じた時のように、リリィへの怒りを持たない自分をイメージした。復讐心を小さな箱に入れて高い空の彼方へ放り投げた。ミンシャのようにニッと笑ってみた。それからフロリヤを思い描いた。芯の強さを表に出さないで穏やかでいる彼女を、理想のイメージに置いた。
決行は間もなくだった。
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