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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第4章「春の嵐」

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第4章「春の嵐」13 艦長は恋愛小説を小脇にかかえて

キリアンとカレナードは図書館に入り、ワレル・エーリフが何冊か本を抱えているのに出くわした。珍しい光景に違いなく、誰もが艦長の巨体が悠々とフロアを通り過ぎるのを見ていた。2人は通路脇に立って、敬礼をした。艦長は気さくに声をかけて来た。
「私は今はプライベートなのだ。敬礼は無用だよ」
その通りだった。艦長はゆったりした立襟のブラウスと灰色のスラックスを着て、随員がいなかった。彼が脇に抱えた本が滑って、薄い装丁の2冊が落ちた。
「おお。いかん」
彼が身をかがめるのと、2人の訓練生が手を出すのは同時だった。落ちたペーパーバックのタイトルが見えた。
『オスティアの熱い夜』
『大山嶺に消えた恋』
どう考えてもメロドラマ満載の恋愛小説だ。艦長は照れくささは一切見せずに本を拾い、立ち上がった。そして、にやりと笑った。
「趣味だよ。予定調和の物語はけっこうな気晴らしになるのでね。君らも後学のために読んでおくといいかもしれん。甘くて吐かないように気をつけたまえ」
奥からもう1人、意外な人物が同じようなペーパーバックを持って出てきた。
「ジーナさん。ジーナ女官長」
「しっ!カレナード。私は今はプライベートなのよ。しばらくマリラさまはお忙しいわ。あなたは自分のことをしっかりやっておくのよ」
女官長は疾風のように去って行った。館内のカウンターでは相変わらずミーナ・クミホが静かに仕事をしていた。キリアンが延滞本を返すと、彼女は仮面のような顔で「次は期限内に返して下さい。よろしいですか」と注意した。そして、突然わなわなと震え出し、カウンターの内側で倒れた。居合わせた施療棟のヴィザーツが彼女を介抱した。キリアンとカレナードも成り行きで介抱に加わった。キリアンが新たな本を借りたのは2時間後だった。
「驚いたよ、カレナード。館長がいないからって過労で倒れるほど人手不足なのかな」
「施療棟の人の診立てでは、過労じゃなくてショック症状だって。きっと、大量延滞犯が目の前に現れたからさ」
「僕はレポートを書くときは本のバリケードが要るんだよ」
「…エーリフ艦長はロマンチストなのかな」
「人は見かけによらないってヤツさ。お前もだけどな」
「そうかな」
キリアンは自分でもあきれるほど力を込めて言った。
「そうだよ、カレナード」
夕方、浮き船はブルネスカ領国の東南の境界を示す河を通過した。
ポルトバスク市の調停開始式は3日後だった。
ガーランドからはトール・スピリッツが飛び立ち、ミセンキッタ大河以西の各地から飛行艇が頻繁に出入りした。冬小麦の補給もあった。船底倉庫の補修実習に行くと、アレクは嬉しそうだった。
「香りのしっかりした小麦粉だ。これでパンを焼くと美味いんだ」
キリアンも負けていない。
「北ミセンキッタの小麦もなかなかいいぞ。ニョッキにしたら最高…あれ、あの人…」
大きな荷揚げ場と倉庫が並ぶ一画にミーナ・クミホの姿があった。何かを探しているようだった。探しているのは物ではなく、人だった。隣の区画にいるハーリ・ソルゼニンへ向かっていた。彼と短い話をして、すぐに帰って行った。
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