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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第3章「生き脱ぎ」

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第3章「生き脱ぎ」22 我が欲するは

女王区画は一足早く春の装いになっていた。多くのカーテンが取り換えられ、清々しかった。マリラは書斎にいた。ここにも大きな窓があり、繊細な縞模様のカーテンで縁どられていた。彼女はそこに立ち、まるでボタン雪をじっと我が身に積らせているかのようだった。
少年に椅子をすすめたきり、沈黙していた。それは雄弁な沈黙であり、カレナードは女王が語り始めるのを待った。
そのまま時は流れた。雪雲が切れて空が薄明るさを取り戻したとき、カレナードの方から口を開いた。
「チャンダル女官からお話したいことがあると…」
マリラはゆっくり振り向き、それから何かを断ち切るように少年の所まで来た。
「そなたがガーランドに来た日からのことを女官達に聞いた。艦長にも隊長にも道化にもだ。そなたからも聞きたい。そなたの口から話しておくれ」
カレナードは話したくなかった。今更彼女に心当たりのない思い出を語ってどうなるのだろう。
「お聞きになっても楽しい話ではありません。マリラさまに不愉快なことを申し上げたくないのです」
マリラはそれは承知していると言った。
「人づてではなく、本人から聞きたくて呼んだのだ。私の理不尽な扱いにそなたが感じたことを、正直に教えておくれ」
カレナードはためらった。
「そ…そんな恐ろしいことは出来ません」
シェナンディ家の図書室で読んだ感情論の一節を借り、女王の要求を断ろうとした。
「感情ほど不確かなものはありません。記憶は時がたてば鮮明ではなくなり、いくらでもすりかえられます。ましてその時々のものなど…」
彼女は見破った。
「言葉を借りずともよい。正確さを求めているのではない。今のそなたの気持ちでよいのだ。私の質問に答える形でもいい、どうか話しておくれ」
マリラは少年の前に椅子を置き、半ば懇願した。
「頼む」
カレナードは背中の疼きとためらいを意識の外に放り出し、女王と向き合った。
「分かりました。仰せのままに答えましょう。気分を悪くされるようなら、そこで止めてくださいますか」
「分かった。約束しよう」
少年は正直に、だが女王のために慎重に言葉を探った。その率直さと気遣いをマリラは快く受け止め、彼が自分に多少の恐れと失望を抱いているのを認めた。そして、まったく悪意がないことに安堵した。
その態度はカレナードには驚きだった。女王は生き脱ぎ前のカレナードに対するひどい諸行を知っても冷静だった。さらに生き脱ぎ直後の野獣のような自分の姿に納得さえしていた。その自制心の強さを初めて知ったといってもよかった。
彼女は失くしてしまった数ヶ月間の記憶と感情を、まるで渇いた土が洪水を吸い込むように欲し、飲み込んだ。
カレナードはマリラが自分自身に飢えていることを知った。
ガーランドの女王である代わりに自身の記憶を犠牲にしている彼女を初めて痛ましく思った。
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