5号室の客
有休休暇をとって、九州方面に旅行することにした。
特急と各駅停車を適当に乗り継いで、見知らぬ駅で降りた。
駅の近くにビジネスホテルがあったので、そこに泊まることにした。
翌日の朝食付きで4000円という安さに驚いた。
俺の部屋は303号室だった。
携帯電話を見ながら廊下を歩いていると、自分の部屋を通り過ぎてしまった。
ドアを見ると304号というプレートが見えた。
隣の部屋は304号室なのか。
4は忌数で、3号室の次は5号室になっているホテルも多いのに 、このホテルは違うらしい。
夜、部屋でくつろいでいると、隣の部屋、304号室から変な歌が聞こえてきた。ベランダに出てみると、よりハッキリと歌が聞こえた。
逃げたぁ~女房ニャ~未練はないがぁ~♪と気持ち良さげに懐メロを歌っている。
物凄いガラガラ声で音程も外れまくっていた。
俺としては迷惑以外のなにものでもなかった。
部屋に戻り、テレビを見ていると、急にドアをノックされてドキッとした。
ドアを開けると、ホテルの浴衣を着た中年の男性が立ってた 。
そして俺にこう言った「歌がウルサイから静かにしてくれませんか」と。
歌を歌ってるのは隣の4号室の客だと説明したら、その男性は怪訝な顔した。
「このホテルには4号室はないよ。この隣は5号室で、僕の泊まってる部屋だ。歌声は確かにこの部屋から聞こえたんだ 」
5号室の男性が苦情を言ってる間も、壁からは微かに歌が聞こえている。
俺は男性を部屋の中に入れて、ベランダまで案内した。
隣の歌声がハッキリと聞こえる。
「どうなってるんだ、隣は間違いなく僕の部屋で5号室のはずなのに、これはいったい…」
俺と5号室の男性は部屋を出て、隣の部屋を確認した。
するとやはり、ドアには304号のプレートが貼ってある。
「そんな馬鹿な、さっきまで4号室なんてなかったのに」
5号室の男性はとてもウロタエていた。
5号室の男性が4号室のドアをノックしようとした、その時、
4号室のドアが素早く開き、中から蜘蛛のように黒く長い、毛むくじゃらの手が伸びてきて、
5号室の男性を襟首を掴むと、素早く中に引っ張りこんだ。
バタンッ!4号室のドアが激しい音をたてて閉まった。
俺はびっくりして自分の部屋へ戻った。
今の出来事をフロントに連絡しようかどうしようか迷った。
気を鎮めて、もう一度、隣の部屋の前まで行ってみた。
そこは305号室だった。
304号室は男性を引っ張りこんだまま、忽然と消えていたのだ。
俺は試しに305号室をノックしたが、応答はなかった。
結局、フロントには連絡できなかった。
翌日、俺は逃げるようにそのホテルをあとにしたのだった。