第1話「ええーっ あたしが団長!?」 @3
図書館は五時の閉館時間が近いためか、人影はまばらだった。
私は、3D端末を操作して町の立体地図を呼び出した。
立体地図には町内の地形や建物の配置が細かく再現されている。端末は"電脳次元"に接続されていて、三時間単位で情報が更新されて最新の情報に書き換えられるようになっている。つまり、今現在どこで工事が行われているか、どこの道が通行規制されているか、果ては消失したり、倒壊した家のデータまで分かってしまうのだ。
まず、とりあえず動く事の無い銅像・山・電信柱・鉄橋を検索してみる事にした。
プログラム制御の3Dマップは、探したい場所のキーワードを入力すると、その候補をたちどころに表示してくれる。
まず"動像"と入力して検索してみた。
数秒もしないうちに検索結果が表示される。市民公園の中、市役所の前、学校、いくつかの場所がリストアップされている。"凛々しい"と冠されていたので、とりあえず生物像以外は除外してみる。物体やただのオブジェに"凛々しい"とはつけないだろう、と勝手に思ったからだ。
その結果、生物を模っているのは二箇所の学校に設置されている物だけである事が判明した。ものはどちらも二ノ宮金次郎――、今も昔も学校の銅像としてはポピュラーなものである。
しかし、二ノ宮金次郎が果たして凛々しいのだろうか――。
よく分からなかったので、次は"山"を探して見る事にした。――と思ったが、文面は"遠い山"――。"どのくらい"遠い山なのか、"どこから見て"遠い山なのかが全く分からない。
仕方が無い――、"山"は後回しだ――。
電信柱――22世紀の現在では電線も電話線も地下に埋設されているため、地方の田舎でもなければ電信柱は存在しない。よってこれも保留――。
残るは鉄橋だが――。この町に電車が通る鉄橋は一カ所しかない。だが、その鉄橋はとてもじゃないが美しいといえる代物ではなかった。
早くも手詰まり感が漂う――。私はため息と共に自習スペースの椅子にもたれかかった。
どう考えても答えが出てこない。やっぱり何の意味も無い、ただの羅列なのだろうか――。
「ここ、いいかな――?」
その時後ろから声がして、私は振り返った。
見ると、一人の男の子が隣の席の後ろに立っていた。背の高い、穏やかな顔立ちの男の子だった。顔には爽やかさが浮かび、"美形"という言葉がお世辞抜きにぴったりくる。
どうやら、隣に相席してもいいか訊いているらしい。私は慌ててうなずいた。
男の子は爽やかに笑みを浮かべると、隣の席に腰を下した。そして、肩から提げていた青色のバッグを静かに机の上に置く。
男の子が静かに開いた鞄の中をチラッと見ると、中にはテキストやらノートやらがぎっしりと詰まっていた。
中の一冊の背表紙に"中学受験 実戦算数"と書かれているのが見えた。どうやら受験生のようだ――。ということは、私より一つ上か――。
男の子は私の視線に築いたのか、やおらこちらを振り向いた。
私は驚いて視線を逸らしてしまう。しかし、男の子は気を悪くするでもなく、見た目通りの高く綺麗な声で話しかけてきた。
「君、面白い物を持ってるんだね」
面白いもの? ハテ、何のことだろう――。
しばらく考えて、自分が持っているのは例の文章を出力した紙だけである事に気づく。
「え、あ――、あの、――これ?」
緊張しているのか、上手く声を出す事ができなかった。
が、なんとか男の子には伝わったようで、こくり、とうなずいた。
「でもこれ、意味不明なんだけど――」
「だろうね」
と、男の子は言った。
だろうねって――。
「これ、多分暗号じゃないかな」
唐突に男の子はそう言った。
「暗号?」
私は思わず訊き返してしまう。
男の子は文面の一つを指して言った。
「この文面よく見るとさ――、文面は違うけど同じ形と構成でまとめてあるだろ?」
形? 構成?
私が戸惑っていると、男の子はさらに判りやすく説明してくれた。
「例えばこの"1枚目は白い箱の上にある。"っていう一文。これを分割すると、順番・指し示す物・指し示す場所の三つに分けられるだろ? 他の文も全部同じパターンに分割できる。物に至っては形容詞+名詞という組み合わせまで同じだ。ここまで揃いすぎてると逆に不自然だよ。――となると、何か別の物を示す暗号なんじゃないかと僕は思うんだけど――」
確かに言われて見ればそうだ――。
第一箱や人形なんて何の拍子に動いてしまうか判らないようなものを隠し場所として指定するのもおかしな話だ。
「こうすると、もっと判りやすいんじゃないかな」
男の子はそう言って、文章を一文ずつ改行して書き直してくれた。
"求める物はここにある。
1枚目は白い箱の上にある。
2枚目は小さい人形の周りにある。
3枚目は凛々しい銅像の横にある。
4枚目は古い映画館の隅にある。
5枚目は黄色い車の後ろにある。
6枚目は遠い山のふもとにある。
7枚目は細長い電信柱の陰にある。
8枚目は大きい長靴の前にある。
9枚目は美しい鉄橋の下にある。
10枚目は分厚い本の隙間にある。"
さて、ここからどうやって解いていけばいいのだろう。
と、私がそう思った時、図書館の閉館を告げるチャイムが鳴り響いた。
「おっと、もうこんな時間か――。そろそろ行かなきゃ塾に遅れるな――。それじゃあ、僕はこれで」
そう言って、男の子は立ち上がった。
って、そういえば私のせいで全く勉強できていないような――。
「あ、ちょ、ちょっと待って――」
慌ててそう言うと、男の子は立ち止まってこちらを振り向き、そしてこう言った。
「そうそう――。その手の暗号ってね、そのままだと解きにくくなっている場合が多いんだ。区切りを入れたり、形を揃えてみたり、いろいろ試してみるといいよ。――それじゃ」
それだけいい残すと、男の子はあっという間に私の視界から消えてしまったのだった。――結局名前も名乗らないままに。 |