第1話「ええーっ あたしが団長!?」 @1
転校初日というのは、なぜこんなに緊張するのだろうか。
これがしょっちゅう転校を繰り返しているような人物なら緊張もしないのだろうが、幸か不幸か私の場合これが生涯初めての転校である。
父の仕事は電子工学の准教授であり、別に転勤等のある仕事ではない。
ではなぜ転校することになったかというと、まあ簡単な理由で、単にこの程両親が一戸建ての住居を購入し、賃貸のマンションから引っ越した、というだけの話だ。
わざわざ転校の必要のあるこの町で家を購入した理由は、前々から父がこの町に興味を持っていて住みながら研究したいというもので、とどのつまりが父の先導によってこの町まで連れてこられたわけである。
なんでもこの都市は"電脳次元"の実験指定都市なのだそうだ。
ちなみに今の時代は2107年。この話が読まれている時代より一世紀先の未来である。
"電脳次元"というのは、読者さんたちの時代でいうところのインターネットのような物だ。インターネットと違うのは"電脳次元"と現実空間はリンクしていて、専用の端末さえあればいつでもどこからでも"電脳次元"に入る事ができる、という点だ。
"電脳次元"では、現実空間ではできないような事もできてしまう。例えば、ものすごく高くジャンプできたり、早く走れたり。ちょっとしたコンピューターの知識さえあれば、建物を通り抜けたり空を飛んだりする事だってできる。いわば全てがデータで作られた空間、というわけである。
ただし、"電脳次元"はデータで構成された空間のため不安定な面があり、時折現実空間に影響を及ぼしてしまう事がある。
そういった事柄の研究と実験のために、自治体が都市そのものを提供しているのが"実験指定都市"。つまり、私が引っ越してきたこの町というわけだ。
そうこう説明しているうちにもうこんな時間だ。まさか転校初日から遅刻するわけにはいかない。
私は鞄を掴むと、立ち上がって新しい部屋を後にしたのだった。
新しい学校は家から十五分ほど歩いたところにある。転校の手続きのとき以来、ここに来るのは二度目。緊張がだんだんと高まってきた。
まずは職員室へ向かう。何人かの生徒とすれ違いながら、一階の廊下を歩く。
"職員室"と液晶プレートに表示された文字を確認し、扉のセンサーに手をかざす。
最近の建物の扉は自動式になっている場合が多い。一見すると読者さん達の時代の物と同じような作りに見えても、中身はコンピューターで制御されている場合がほとんどなのだ。
扉が開いて中に入ろうとした時、不意に後ろに何か気配を感じた気がして私は振り返った。
が、そこには廊下の床と壁が広がっているだけで、別に何もありはしなかった。
私は改めて一礼して、職員室の中へと入ったのだった。
入ってすぐにちょうど目の前に現れた男の先生に自分の名前を告げる。
「すいません――。あたし、今日からこちらの学校にお世話になる相沢ナオコです。あの――、新井先生はいらっしゃいますでしょうか」
そういえばまだ名前、言ってなかったね。
改めて、私は相沢ナオコ。小学五年生女子、成績・健康状態至って普通。得意な科目は社会で苦手な科目は――、ってそこまでかしこまるこたないか。
とにかくよろしく。
「ああ、転校生だね。新井先生なら――、向こうの席に座っておられるのがそうだよ」
男の先生はそう言って、窓側向かって左から二番目の席に座っている、髪の長い女の先生を指し示した。
私は男の先生に一礼して、新井先生の元へ向かう。
新井先生は連絡用らしいプリントを揃えているところだった。――なぜかそういうところは未だにローテクなんだな、これが。
私が声をかけると、新井先生は顔を上げて私の顔を見つめた。そして、メガネの奥で笑みを浮かべて言った。
「相沢さんね。私があなたが転入するクラスの担任の新井です。よろしくね。――ちょっと待ってね。あと、一限目の教科書は――と」
なんだか頼りなさげな気がするのは私の気のせいだろうか――。
教科書とプリントを携えた新井先生に連れられて、新しく転入する教室へ向かう。
教室は三階にあった。転校生のお約束というやつで、私は扉の前で少し待たされた。
やがて、合図があって私は緊張しながら教室の中へと足を勧める。
ああ――、めちゃめちゃ緊張してきた――。
「今日からこのクラスで皆さんと勉強をする、相沢ナオコさんです。皆、仲良くしてあげてね」
新井先生の言葉に、教室から「はーい」と声があがる。
「じゃあ、軽く自己紹介でもしてもらおうかな」
やっぱりそうきたか――。
転校初日の自己紹介――。うう、緊張する――。
でもここで下手な事をしたら卒業まで汚名がつきまとってしまう。失敗はできない――。
「相沢ナオです。トーキョーのスミダエリア(読者さんの時代で言う、東京都墨田区にあたる)から来ました」
まずは当たり障りのない事から――。
しかしたちまち歓声がわき起きる。
「すげえ、トシンから来たのかよ!」
真ん中あたりの席に座っていた男子生徒がそう言ったのが聞こえた。
トシン(読者さんの時代の言葉だと、"都心"だ)っていったって、私の暮らしていたメグロエリアはまだレトロな(読者さんからしたらそうでもないのだろうけど)雰囲気の残る開発後進地区――、つまり読者さんの時代でいう"下町"。この町とそれほど大差があるとは思えないような――いや、この町の方がかえって都会なのではないかと思うくらいの町だったのだけど――。
「こらこら、まだ自己紹介の途中でしょ? ちゃちゃを入れないの。 皆も静かに!」
新井先生がその場を鎮めてくれたおかげで、再び教室に静寂が戻った。
あとは趣味とか得意な教科とか、とりあえず当たり障りのない話題で何とかごまかしきった。
「それじゃあ相沢さんの席は――、そうね。桂君の隣が空いてるから、そこに座ってくれる?」
新井先生は、先ほど声を上げた男子生徒の隣にある空席を示して、そう言った。
あそこが私の新しい席か――。
なんだか先が思いやられそうな予感を感じつつ、私は示された席についた。
さっそく、さっきの男子が小声で話しかけてくる。
「よっ。オレ、桂ミキヒサってんだ。よろしくな、転校生」
いやになれなれしい奴だ。
そのなれなれしい態度に少しムッと来たので、ややつっけんどんに返してやる。
「自己紹介聞いてなかった? あたしは"相沢"。"転校生"なんて名前じゃないから」
「こらそこ、ホームルーム中におしゃべりしない!」
途端に新井先生のお説教が飛んできた。
やっぱり予感が当たった――。
「転校生が気になるのは分からなくもないけど、おしゃべりは休み時間にしなさいね」
ミキヒサと名乗った男子生徒はおどけた調子で「はーい」と返事を返した。
どうやらこいつ、相当なお調子者らしい。
「それじゃあホームルームを始めるね。――まず、学校から皆にお知らせがあります。プリントを配るから後ろに回して」
そう言って、新井先生は先ほど職員室で揃えていた例のプリントを皆に配っていった。
配られたプリントに書かれていたのは、他愛ない"防犯のお知らせ"だった。最近変質者が出没しているので、登下校の際は十分に注意して一人では行動しないようにしましょう、とか、防犯ブザーは必ず携帯しましょう、といったような事柄が書かれている。
どこの町でも子供を取り巻く事情は変わらないってことか――。
が、私はなぜかそのプリントが変に気になった。どこが、と訊かれると困るのだが、なんとなく変な気がするのだ。
改めて見回してみても、全く何の変哲もないただのプリントだ。しいて言えば、文書の周りを縁取っている枠が少し変わっているくらいだろうか。
普通の表組の枠ではなく、なんというか幾何学模様のような感じの凝った作りの枠になっている。まあ、単にデザインだと言われればそれまでだろうけど。
隣を見ると、ミキヒサがなにやら含み笑いのような表情でじっとプリントとにらめっこしているのが目に入った。
別にこんなの面白くも何ともないだろうに、全く変な奴――。
結局そのプリントの内容に関する事と、間もなくやってくる夏休み中の臨海学校の予定についての連絡があって、ホームルームは終了となった。
この学校では臨海学校があるのか――。前の学校ではプールくらいしか授業はなかったし、ちょっとばかり楽しみかも。
授業の進み具合の方は前の学校とそれほど変わらなかった。まあ、同じトーキョーの学校なのだから当たり前と言えば当たり前だろうけど。
お昼休みにはクラスの女子が学校の中を案内してくれた。移動教室の場所なんかを覚えるのには少し時間がかかりそうだけど、何とか一通り回って頭に入れていった。 |