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night flight

作者:ataru
 ある夜。僕は何とはなしに、夜の街をふらりと歩いてみた。
 時刻はもう11時半。あと30分で日付が変わってしまう時間帯だ。当然ながら、辺りには人通りはない。車もたまに一台通る程度だ。この街が山の中の小さな街ということもあるが。だけど、時々警備員が巡回に来るので、見つからないように注意しながら歩く。
 辺りは既に真っ暗で、街灯の寒々しい光が、夜の暗がりを寂しく照らしている。墨汁を塗りたくったような真っ黒な夜空には、ちらほらと星が光っていた。
 僕は一人、『お気に入りの場所』に向かって、てくてくと歩いていた。
『お気に入りの場所』とは、街のはずれにある展望台である。
 お気に入りとはいっても、何か明確な目的があって行っているわけではない。だけどなんていうか、あの場所に行くと、なぜか気分が落ち着くのだ。日頃から溜まっている鬱憤やら疲労やらが、ゆっくりと消化されていく感じがする。まあ、鬱憤と言えるような大した鬱憤じゃないが。
 歩くのも少し疲れたので、僕は近くにあったバス停のベンチに腰掛ける。
 見上げると、夜空に星が輝いていた。輝いているとは言えないようなかすかな光だったが、それでもとても美しかった。山の中の街はこういうのを見られるのが良いんだよな。
「綺麗だね。星空」
 突然横から声が聴こえ、僕はびくっとなる。横には、いつの間にか知らない女性が座っていて、夜の空を見上げていた。
 女性は驚いている僕に気付くと、「あ、ごめんなさい。驚かせちゃって」と言って、くすっと笑って見せた。
「あ、ああ。いや、良いんですよ。確かに綺麗ですね」
「そうね。まるで夜空に散らばっている宝石みたいだわ」
 夜空に散らばっている宝石か。何だかいい表現だな。
「あなたも、こうやって夜空を見上げるのは好きなんですか?」
「もちろん。何だか、日頃の疲れや鬱憤が夜空に溶けて、星になっていくみたいで」
「あ。それ、僕も思ってました」
「あら、そう? ふふふ」
「はははは」
 僕等は誰もいないバス停で笑いあう。
 何だろう、この感覚。初対面の人とこんなに親しげに話したことは無いから、何だか不思議な気分だ。
 不思議と言えば、この女性も不思議な人だな。こんな時間にどうしてここにいるのだろう。
 僕と親しげに話すその女性は、12月なのにワンピース一枚という薄着だ。年齢は僕と同じくらいだろうか。肩まで伸ばしたサラサラのロングヘアが、大人びた彼女の顔に似合っている。
 僕は訊いてみた。
「そういえば、まだ名前も聞いていませんでしたね。名前はなんていうんですか?」
「私? ――私は蒼月(あおき)。蒼い月って書いて」
「へえ。素敵な名前ですね。僕は(あきら)。輝き、の一文字で〝あきら〟です」
「あなたこそ素敵な名前ね」
「そうですか?」
 僕は頭を掻く。
「蒼月さんは、何でここにいるんですか?」
「色々あってね。ちょっとお散歩しに来たのよ」
 色々、とは何なのかを聞こうとしたが、彼女はそれっきり答えようとはしなかった。
「あなたこそ、何でこんな時間にここにいるの?」
「僕ですか? う~ん‥‥‥なんていうか、衝動に駆られて」
「衝動?」
 蒼月さんは首を傾げる。僕は一つ一つ言葉を紡ぐようにして言った。
「僕にもよく分かんないんですよね。何で遅くまで外を出歩いてるのか。何で不意に夜空を見上げたくなるのか。でも、何だかふとした時に『ああ、ちょっと夜の街を歩いてみたいな』って思うことがあって。そんな時は、素直に散歩してみたくなるんですよ」
「ふ~ん?」
 蒼月さんは不思議そうな顔で僕の話を聞いている。自分でも、何でこんなことを話しているのか分からなかった。
「まあ、誰にでも色々あるのね」
 何やら意味深なセリフを呟いた蒼月さんは、ふとベンチから立ち上がった。
「ねえ、輝さん。あなたはこれからどこへ行く予定だったのかしら? もしよければ、ついていきたいんだけど」
「え? 僕は、このまま町外れの展望台に行く予定でしたけど。まあ、別にいいですよ」
「やった」
 蒼月さんは自分にだけ聴こえるように、小さく呟いた。
 そんな蒼月さんを見ながら、やっぱりこの人って何か変わっているなと、心の中で思った。

「ここです。僕、前からよくここによっていて」
「へえ、そうなの」
 僕が説明すると、蒼月さんは興味深そうにあたりを見回していた。
 僕は蒼月さんと一緒に展望台に来ていた。
 展望台は円の形をした小さな広場のようなところで、真ん中には日時計のモニュメントが置かれている。向こう側にはいくつかの望遠鏡があって、遠くまで見渡せるようになっている。
 僕と蒼月さんは、共に柵から街の風景を見渡す。
 下には街の灯りがちらついていた。小さな灯りたちが美しく――それこそ『宝石』のように――輝いて、夜の景色を一層幻想的なものにしていた。
「綺麗ですね」
「そうだね‥‥‥」
 僕等はそう呟き合う。
 ふと、蒼月さんがこんなこと言ってきた。
「ねえ。輝さんって、何か困ってることあるの?」
「え、どうして?」
「何となく」
 蒼月さんは夜景を見ながら言う。
「人ってね、自分でも気づかないような本性や気持ちが、自然と行動や表情に現れたりすることがあるのよ。怒ってないつもりでいても、本当はすごく腹が立ってたり。あるいは『自分は大丈夫だ』って笑っていても、本当は隅っこで密かに泣いていたり」
 蒼月さんがなぜいきなりそんなことを話し出したのかは、わからなかった。
 蒼月さんは無表情だった。目はどこかうつろで、まるで人ではない何か壮大なものに話しかけるかのように、彼女は話す。
「それは、僕もそうだってこと?」
「そうなんじゃない? 自分でも考えてみたら?」
 そんなこと言われてもな‥‥‥。
 僕は少し考えてみる。
 当たっているのかどうかは分からないが、思い当たる節はあった。
「僕――周りから、『笑顔の仮面を被っているみたい』って、よく言われててさ」
 気付けば、僕はそう口にしていた。蒼月さんが「どういうこと?」と訊いてくる。
 僕はゆっくりと話す。
「自分はただ、普通の態度で過ごしてるつもりだった。いつもの通りに友達と談笑して、授業にも真面目に出て、皆と交友関係を深めてるつもりだった。だけど周りの人たちはそうじゃないっていう。笑顔の仮面を被って、皆によく思われたいために愛想よく接しているんだって」
「それは皆から、あなたは周りに愛想を振りまくお調子者だって思われてるってこと?」
 蒼月さんの何気ないその一言に、僕はなぜか、心の中で何かがぷちっと切れるのを感じていた。
「‥‥‥誰がお調子者だって!?」
 僕は無意識に蒼月さんにつかみかかり、勢いよく押し倒した。蒼月さんが「ひっ」と小さい悲鳴を上げる。
 僕は訳も分からずまくし立てた。
「僕はただ、皆と適切に仲良くなりたくてこうしてるだけだ! 良い顔されたいお調子者だなんて言われる覚えはない!」
 大声を上げながら、僕は涙が零れ出てくるのを感じていた。
「言っとくけどな、僕は小学校の時友達に言われたんだよ。『お前は本当に根暗だな。そういう消極的なところは気持ち悪くていやだ』って! 散々ののしられたんだよ! お前は天涯孤独だとか一生独り身だとか、いっぱいそういうことを言われ続けてきた!! だから僕は、消極的でいつも一人ぼっりの根暗な奴でいちゃいけないんだって思って、ここまで努力してきたんだ! 一生懸命人とコンタクト取ったり、笑顔でいたり! 仮面でもしないよりはましなんだよ! 嘘でも皆と仲良くしようとすることの何が悪いんだっ!!」
 そこまで言って、僕ははっとなった。僕は一体何をしてるんだ、と。
 だが、蒼月さんはすました顔をしていた。つぶらな瞳で僕の事を見つめると、ふわっと微笑んで見せた。
「そうだったんだ」
「あ、ああっ・・・・・・!?」
「正直に言ってくれて、ありがとう」
 蒼月さんはそういうと、僕のことをやんわりと押し戻した。そして起き上がって、僕と向き合う。
「あなたの本当の事が知れて、良かった」
「‥‥‥‥」
 僕は何も言えなかった。不思議と、心の奥にあったふつふつとしたものが、落ち着いていくのを感じた。
 僕等は立ち上がる。
 うつむき気味の僕に、蒼月さんは言った。
「来週――12月15日12時に、もう一回ここに来て」
「え‥‥‥」
「じゃ、さようなら」
 そう言い残して、彼女はその場から走り去ってしまった。呼び止めようとしたが、言葉が上手く喉から出なかった。
 僕はさよならの一言も言えないまま、蒼月さんの後姿を見送った。

 12月15日って、一週間後か。何かあったっけ?
 朝の学校にて。カレンダーで日付を確認した僕は考える。
 まあ、いつものように夜にこっそり抜け出していけばいい話だけど。でも蒼月さん、どうしてこの日を指定したんだろう?
 その時、ホームルームの時間を知らせる学校の鐘が鳴った。
 僕と同級生たちは慌てて自分の席に座る。
 教室の戸が開き、担任の先生が入ってきた。「おはようございます」という先生の声掛けに、僕等は「おはようございます」と返す。
「さて、12月だということもあって、そろそろ受験シーズンも近い。皆、受験勉強はうまくいってるか? 1月2月の入試に向かって、気を抜かず頑張るんだぞ」
 そう。もうすぐ僕等は高校受験だ。
 僕はと言えば、志望校合格に向かってそこそこ頑張ってはいるものの、何となく乗り気じゃない。家族や学校の先生たちからは、今が勝負時だと口うるさく言われているが、正直その実感が全くない。ただ、それなりに大事なんだろうから、言われたとおりに受験勉強に励んでいるってのが現状だ。
 今どきの受験生の気持ちって、皆こんなものなんだろうか。
 僕等は窓の外の景色を眺める。
 ふと、僕の脳裏に、蒼月さんのつぶらな瞳をした顔がよみがえった。
 どうしてあの時、僕はいきなりあんなことしてしまったのだろう。人に向かって泣いて喚いたのは初めてだ。あそこまで感情的になったことは一度もないのに。
 そういえば、あの時蒼月さんは何だか意味深なことを言っていたな。『あなたの本当の事が知れて、良かった』と。
 もしかして僕の心の中には、蒼月さんの言う『本当の事』が秘められているのだろうか?
 ‥‥‥だめだ。分からないや。考えても答えが出ないものは、考えないほうが良し。
 僕はため息をついて、その場で伸びをする。
 と、その時。隣の席に座っていた同級生たちの話し声が聴こえてきた。
「ねえ、最近ここらで通り魔がうろついてるみたいなんだって」
「ええっ!? 通り魔って、もしかしてこないだ起きた通り魔事件の?」
「どうもそうみたい。あの事件からずっとこの地域潜伏してるみたいよ」
「何それ、こわー」
 なるほど、この辺りで通り魔事件が起きていたのか。それで最近は警備が厳しかったんだな。
 そう思った時、僕の頭にある考えがよぎった。
 ――蒼月さんは、通り魔なのではないか?
 この辺り一帯で起きているという通り魔事件の犯人が、蒼月さんだったとしたら……。
 何だか、背筋に寒気を感じる話だ。
 悪い想像は止まらない。
 もしかしてゆうべは、僕を狙って殺すために近づいてきたのか? その日何も攻撃してこなかったのは、僕を殺すチャンスを失ったからなのか? 一週間後に僕を呼び出したのは、僕をわざわざ呼び出して殺すつもりなのか――?
 血の気が引くのが分かる。
 もしかしたら今、僕はとんでもない状況に立たされているのかもしれない。
 最悪の状況を想像し、僕は頭を抱えた。

 でもどうしてだろう。不思議と、家の中で静かにしていようという気持ちは起こらなかった。蒼月さんが殺人犯かもしれないという想像を抱えながらも、僕は変わらず家を抜け出して、夜の街を歩き回っていた。蒼月さんにはまだ会ってないけど。
 何というか、もちろん殺人犯を恐れる気持ちはあるが、どこかに怖いもの見たさのような気持ちもあったのかもしれない。僕は約束通り、家を抜け出して待ち合わせ場所に行くことにした。
 ‥‥‥それにしても、僕は一体何をやっているのだろうか。
 自分でも、呆れるような気持ちだった。

 一週間後の夜。
 家族が部屋で寝静まったのを確認して、僕はこっそり家を出る。
 街灯の光もまばらな夜の街を、僕は一人で歩く。
 この感じはなんだろう。このどこかゾクゾクするような気持ちは‥‥‥そうだ。誰もいない自分だけの秘密基地にいるような感覚だ。
 小さかった頃、僕は街のはずれにある無人団地を秘密基地にして、よく買い食いなどをして遊んでいた。無人団地に子供が一人で侵入するのは危ないし、いけないことだというのは十分分かっていたけれど、それでも何かぶっ飛んだことをして楽しみたいという自分がいた。
 今の僕の心境は、多分それと似ている。危険な夜の街を探検する、冒険家の気分だ。
 そんなことを思っているうちに、前方に待ち合わせ場所の展望台が見えてきた。
 あれ?
 よく見てみると、展望台のあたりに誰かが立っていて、こちらに向かって手を振っている。
 あの人影は‥‥‥。
 何となく予想がついたが、確かめるために展望台まで走っていく。
「あ、輝さん! こんばんは」
 展望台まで行くと、蒼月さんが笑顔で迎えてくれた。展望台で手を振っていたのは、やはり蒼月さんだったようだ。
 頭の中に「蒼月さん=通り魔」という図式を思い出し、思わず表情がこわばる。「どうしたの?」と訊いてくる蒼月さんに、僕は無理やり笑顔を作って「何でもないよ」と答える。
 だが、内心とてもおびえていた。
 蒼月さんが通り魔なのかどうかは、まだ分からない。だけど、なかなか蒼月さんが殺人犯だという悪い想像を払拭することが出来ない。
 この人の前では、注意しないと。
「それで、一応来たけど、これからどうするの?」
「ちょっと一緒に散歩しようと思うんだ」
「散歩?」
「うん。私も夜の街を散歩するのに興味があって」
 そういって、蒼月さんは子供っぽくフフッと笑って見せた。
 ――どこか見つからないところへ誘導して、僕を殺すつもりか?
 思わず身構える。
「さ、行きましょう。楽しい夜間飛行に」
 蒼月さんの笑顔が、街灯の光に照らされて、とても恐ろしく映し出されていた。

 展望台を出発した僕等は、南西方向にてくてくと歩いて行った。
 当然ながら、ここは山の中の田舎町なので、言っちゃあなんだが何もない。おまけに午前12時を回った真夜中なので、辺りには人通りも車通りもない。時折吹き付けてくる冬の風が、僕の心を不安にさらしていく。
「ねえ、本当にどうしたの? 輝さん」
「え? いや、何でもないよ」
 僕は作り笑顔で答える。蒼月さんは怪訝そうな顔をしていた。
「それより、蒼月さんこそどうしたの? さっきから何かそわそわしてるけど」
「え? ああ、まあね」
 僕の問いかけに答えながらも、何やら後ろの方をちらちらとみている。さっきから何だか落ち着きがない。
 ふと、蒼月さんが僕に耳打ちした。
「私達、さっきから誰かに後をつかれてるみたいなの」
「え?」
 後ろを振り向こうとすると、蒼月さんに「後ろは振り向かない方がいいわ」と止められた。
 なので、そーっと目だけを動かして、後ろを確認する。
 一見すれば、ただ夜の闇が広がっているだけのように見える。だがよく見てみると、暗がりの中に紛れて、誰かがこちらに向かって歩いてきているのが見える。真っ暗なので容姿は分からない。
 僕はそっと蒼月さんに耳打ちする。
「いつからついてきてたの?」
「分からない。気付いたらいたのよ」
 蒼月さんは不安げにそう言った。
 試しに僕等は、歩調を少し速めてみる。
 すると、後ろからついてくる誰かも、歩調を同じくらいに速めてきた。もっと速くすると、向こうも速く歩いてくる。
 立ち止まってみると、向こうも立ち止まった。
 僕はそーっと後ろをうかがう。そして、恐ろしいものを見た。
 誰かはちょうど街灯に少し当たるところに立っていた。全身黒ずくめで、素顔は分からない。
 だが、その右手には――何か光るものを持っていた。
 それが何だか分かった僕は、すぐに蒼月さんに指示を出す。
「蒼月さん、走ろう!」
「へっ?」
 驚く蒼月さんを手を引っ張り、僕等は全力で走り出す。すると、向こうも猛スピードで走ってきた。
「何!? 何が起きてるの!?」
「後ろからついてきてるあいつ、刃物を持ってたんだ! 下手したら殺される!」
「ええっ!?」
 僕の脳裏に、最悪のシチュエーションが思い浮かぶ。自然と走る速度が速まる。
 あいつ、なかなか走るのが速い。早く逃げないと、追いつかれてしまう。
 僕等は全力で逃げ惑った。

 どれくらい走っただろうか。
 とうとう走る気力がなくなった僕等は、その場に座り込み、ぜえぜえと息を吐く。後ろを見ると、あの刃物を持った誰かは既にいなくなっていた。
 どうやらまいたようだ。
「はああ‥‥‥‥」
 体中の緊張が解けた僕等は、その場に寝転がった。
「あ‥‥‥」
 僕等は思わずそう声を漏らした。
 空には、満天の星が光っていた。宝石のような星たちが、夜空の上でキラキラと光っている。こんなにたくさん輝いているのは初めてだ。
 瞬間、夜空に閃光のようなものが走った。
「流れ星!?」
 僕はとても驚いた。そう言った時にもまた、閃光が夜空をかけぬけた。
「ふたご座流星群よ」
 蒼月さんの言葉に、僕はさらに驚いた。
「ネットで調べてみたら、今日が極大時刻だってあるのを見つけてね。あなたに一度見せてあげたかったんだ」
 蒼月さんがそう呟く。僕は完全に心を奪われていた。
「輝さんと見れてよかったわ」
 蒼月さんがふとそう言った。
「ねえ、先週あなた、人から『笑顔の仮面を被ってる』って揶揄されている、って言ってたわよね」
「え?」
 なぜ急にそんな話をしてきたのか。僕は蒼月さんの方を見る。
 蒼月さんは、どこか遠くの方を見つめていた。
「別に、無理に人と仲良くなろうとしなくても、いいんじゃない?」
「えっ‥‥‥」
「あなたは真面目に考えすぎなのよ。あなたが人に根暗だとか消極的だとか言われて、必死にそれを直そうとするのは、多分それが自分の欠点なんだと考えて、あなたなりに努力してるんでしょうけど。でもあなた、いつしか、人に積極的になろうとするのが目的になってない?」
「目的?」
「他人と仲良くすることだけに没頭して、本当に自分がやりたいことを見失ってしまってない?」
 その言葉は、僕の心の中にスーッと入っていった。僕は身を洗われるような感じを受けた。
 蒼月さんが僕の方を向く。
 蒼月さんは澄んだ瞳をしていた。凛とした光を放っていて、鋼のような特別な強さを持っていた。
「他人と仲良くするのもいいけど、まずは自分の事を一度見直してみたら? あなたが本当にやるべきことは、人に笑顔を見せて、社交的になることだけではないはずだから。それに自分も疲れるしね。
 本当に人と仲良くなりたいなら、無理に愛想を振りまこうとしないで、もっと自然体でいればいいと思うわ。あなたはあなたのままで、十分素晴らしい人間なんだから」
「‥‥‥‥」
 僕は何も言えなかった。瞼が熱くなるのを感じた。
 かっこ悪いな、こんなところで泣いてしまうなんて。
「‥‥‥そうだね」
 僕は零れ出てくる涙を拭いた。
「分かった」
 僕は立ち上がる。不思議そうに僕を見上げる蒼月さんに、僕は言った。
「ありがとう、大切なことを教えてくれて。僕は、僕のままでいれるように、やってみるよ」
「――そう」
 蒼月さんも立ち上がる。
「まあ、これぐらいしか言えないけど。頑張って」
「ありがとう」
 僕は笑顔を見せる。久しぶりに、心から笑うことが出来た。
「でも、蒼月さんはいい人だな。僕に大切なことを教えてくれた」
「!」
 蒼月さんが驚いた表情を見せる。そして、何だか悲しい表情を作ると、照れくさそうに目を逸らした。
「そうなんだ‥‥‥分かった。私も頑張ってみる」
「え?」
 蒼月さんは服の中から何かを出して、僕に見せた。
 それは――鋭利なナイフだった。
「!?」
 僕は思わずのけぞった。
 な、何で蒼月さんが‥‥‥!?
 驚いている僕の前で、蒼月さんはナイフを地面の上に置いた。そして顔を上げる。
 蒼月さんは、何か吹っ切れたような顔をしていた。もう何も迷いはない、といったような表情だった。
「私、人殺しなんだ」
「えっ‥‥‥」
「さっきついてきた黒づくめの人は、私の仲間。あの人が主犯格。実は、この間の通り魔事件で、あの人が殺してるのを目の前で目撃しちゃったんだ」
「‥‥‥」
「どうも職もなくお金に困ってたみたいで、通行人のお金目当てに人を殺してたみたい。それで、あの人が殺そうとするのを必死に拒むと、あの人は『俺の仲間になったら殺さないでいい』って言ったの。それで私は仲間に入った。
 今回は、私が通り魔から逃げているように見せかけてあなたを誘導し、あなたを人質に取る計画だったの」
「人質?」
「あなたを家族を相手取って大金を手に入れるつもりだったみたいだわよ」
 僕は何も言えなかった。蒼月さんは静かに話す。
「正直、人を殺すなんてことはしたくなかった。だけど、自分が殺されたくないっていう弱さに負けて、仲間になってしまった――私、子供の頃から、コンビニで万引きしてたり、不良とつるんで人からお金を取ったりしてたの。全部人に命令されて。だから私、皆から『善意のない奴』ってずっと呼ばれてた」
「‥‥‥‥」
「だけど、あなたに初めて真っ向から『いい人』だって言われて、とても嬉しかった。同時に、今からでも善意を働かすことは出来るんじゃないかって思ったの」
「‥‥‥‥」
「私、あの人を説得して、警察に自首する」
「えっ」 
 僕は思わずそう声に出した。蒼月さんは何か悟りきった顔をしていた。
「まだ本当に殺してないとはいえ、悪者に従って殺そうとしたことは確かだもの。そこは逃げずにちゃんと認めたいって思うんだ。そのために私、あの人を何とかして説得してみる」
「‥‥‥‥」
「ありがとう。今夜は楽しい夜間飛行だったわ」
 蒼月さんは僕の手を握って、にぱっと笑った。そして、その場から走り去ってしまった。
 呼び止めようとしたが、うまく言葉が出なかった。
 とんでもないことに気付いたのは、蒼月さんの姿が闇に溶けて見えなくなってからだった。
「どうしよう、どうやって帰ったら良いのか分からない‥‥‥」

 だが、あてどもなくてくてくと歩いていくうちに、覚えのある街並みに戻ることが出来た。
 自宅のベッドの中で、何とか無事に帰れてよかったと、安堵のため息をつく。
 その後、夜道を長時間歩いたせいで風邪をひき、3日間寝込んでしまった。

 翌朝、テレビのニュースをぼんやりと眺めていると、こんなニュースが飛び込んできた。
「次のニュースです。先週山梨県北杜市の住宅街で、20代の女性が通り魔に襲われ殺害された事件について、新たな動きがありました。今日未明、先週の通り魔事件の犯人を名乗る二人組の男女が、警察署に自首してきました。この二人はいずれも容疑を認めており、警察は容疑が固まり次第、二人を殺人容疑で逮捕する方針です――」
「!」
 そのアナウンスに僕はびくっと反応した。
 見てみると、二人の容疑者について記されたテロップの一方に、「栗田 蒼月 容疑者(21)」というテロップがあった。
 どうやら蒼月さん、無事に説得したようだ。
 よかったよかったと思う反面、何だか腑に落ちない気持ちを抱えている僕がいた。

 あれから季節は流れ、春になった。僕は第一志望の学校に無事合格し、3月の末にこの街を離れることになった。
「輝ー! 早くしなさいーっ!」
 母の呼ぶ声に、玄関口から「今行くから!」と返す。
 荷物をまとめて、僕は家族の待つ車に乗った。
 車の窓から、僕はあの展望台を眺める。
 あの展望台から、蒼月さんが笑顔で手を振ってくれている気がした。
 なぜだか、僕はとても嬉しい気持ちだった。

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