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なくしたもの
作:石ころ


 母が死んでから一ヶ月が経った。おれは相変わらずバイトを転々としていた。慣れないことが多くどれもあまり長続きしないのだ。父は前よりもいっそう熱心に働くようになり、妹は学生としての勉めと家事を両立させていた。
 おれの惨状を知ってか、父は「もうバイトはいいから、家事をやれ」となかば諦めたかのように言ってきた。おれは何も言い返せず了解をした。
 ほんのちょっと前までのおれは、親のことを邪魔者としか思っていなかった。暴言をしょっちゅう吐き、時には暴力まで振るった。それがいざいなくなってみるとどうだ。おれは何もできずにただ困っているだけだ。
 食事は妹が作ることになっているが、母のものと比べるとあまり出来がよくなかった。おれが文句を言うと、「じゃあ自分で作ったら」と言われてそれ以後、うまくもまずくもない飯を黙々と食っている。
 人生は何が起こるかわからないものだ。たとえどれだけ元気でまだ若くあっても、買い物の帰り道に交通事故に巻き込まれてあっさりと死ぬこともある。
 掃除機をかけながら、おれはこれからどうしようかと考えていた。これまで大学を出てから職に就けずぶらぶらしていたが、母がいなくなり残りの家族からの視線がきつくなってくると、おれは焦燥に駆られはじめた。こうして炊事以外の家事をしてはいるが、早めに働き口を見つけなければならない。若いうちはまだなんとかなっても、歳を取るとどこも引き取ってくれやしないのだ。
 掃除機をかけ終えると、おれはすることがなくなった。買い物はもう済ませている。テーブルの上には求人誌が置いてあるが、既に全滅だ。空模様は悪く、外に出るという気にもならなかった。結局、おれは細かいところを含めてまた掃除をすることにした。
 埃が溜まっていると思われるリビングの壁側のソファをどけたところで、おれはあるものに気がついた。
 財布だ。だれのものだろうか、とおれは思考をめぐらして、いつだったか母が財布をなくしたと食事の時に言っていたことがあったのを思い出した。おそらくこれがその財布だろう。
 おれは財布についている埃を掃って、中を確認した。金は千円札が数枚に、小銭がいくらかあるだけだった。カードが何枚かあったが、テレフォンカードやスーパーなどの店のポイントカードばかりだった。
「…………?」
 カードに混ざって、一番後ろのほうに一枚だけ紙があった。レシートかと思って確認してみたら、違うものだった。
 肩たたき券。
 ずいぶんと下手くそな字で、理解するのに時間がかかった。もう十年近く前のはずだったが、はっきりと思い出せた。ガキの頃、たしかにおれはこんなものを作って母に渡したことがあった。……こんなものをずっと持っていたのか?
 おれは嗤った。小さかった頃のおれはなんと幼稚でくだらないことをし、そして無垢だったんだろう。あの頃のおれは素直で、親に対する反抗なんていうものも知らなかった。それがどうだ。おれは甘えて働きもせず、話に耳を貸さず苦労だけをかけて、そして母にはまともな孝行をできずに別れてしまった。
 母が事故に遭ったと聞いた時にも、助からなかったと聞いた時にも、葬式の時にも、これまで虚無感に覆われているだけで悲しみは沸いてこなかったのに、なんでだろう、涙が止まらないのは。
 おれはやっと理解した。もう遅いのだ。母は死んでしまった。謝ることも礼を言うこともできない。
 母の財布とかつての純真を握りながら、おれはただただ後悔をしていた。














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