第64章 最後の国のアリス
獅国から龍国に戻って、2日が経った。
志願隊員である鹿男を、無理やり鬼人退治に連れて行った輝矢には、オトポリの長官・青守座黒から、またも自宅謹慎の処分が出た。
鹿男とその上司・馬ロンにも厳重注意の処分が出て、馬ロンはかなりの立腹状態であったという。
龍国。エセお菓子の家こと桃原家。
「ふわぁ〜あっ」
「あっ、おはようございますっ!ハチ様っ!」
眠たそうに欠伸をしたハチが、キッチンへと入ると、朝食の準備をしているグレーテルが、笑顔で挨拶を送った。
「おはよっ」
グレーテルに挨拶を返しながら、ハチがキッチンのテーブルの上に飛び乗る。
「コーヒー淹れましょうか?」
「ん〜水でいいやっ」
「かしこまりましたっ!」
ハチの言葉に大きく頷き、グレーテルが“ハチ”と書かれた深底の皿に、水を入れていく。
「どうぞっ」
「悪りぃっ」
グレーテルが水の入った皿をテーブルの上に置くと、ハチは礼を言って、早速、皿に口をつける。
「ふぅ〜っ、やっぱ水は旨っ…」
顔を上げ、満足そうに微笑んでいたハチが、不意に言葉を止める。
「・・・っ」
皿に入った水を見つめ、そっと表情を曇らせるハチ。
――――やはりお前も“獣人”か…――――
またも思い出されるのは、水力を使った輝矢に、藍鬼が言い放った、あの言葉であった。
――――アハハハハハハハハっ…!!――――
2度の暴走には、すべて水が絡んでいる。輝矢の“水力”とは、一体、何なのであろうか。
「・・・。」
ハチが神妙な表情を見せ、俯く。
「ハチ様っ?」
「へっ!?あっ、えっ!?」
グレーテルに急に呼びかけられ、ハチは慌てた様子で顔を上げた。
「なっ何だっ!?」
「どうかなさいました?柄にもなく深刻そうなお顔なさって」
「悪かったなっ…深刻が柄でもなくって…」
軽く毒の入った言葉を投げかけてくるグレーテルに、ハチが思わず顔を引きつった。
「べっ別に何でもっ…」
「あっ!おっはよぉ〜っ!輝矢ちゃ〜んっ!」
「・・・っ!」
リビングの方から聞こえてくる、太狼の明るい声に、ハチがハッとなって言葉を止める。
「おはようございます、タロー」
太狼に挨拶を返しながら、キッチンの方へと近づいてくる足音。
「おはようございます」
「うぎっ…!?」
そう言いながら、穏やかな笑顔の輝矢がキッチンへと入って来ると、ハチは慌てて、テーブルの上に置かれている花瓶の裏へと身を隠した。
「あっ!おはようございますっ!輝矢様っ!」
「グレーテル、温かいお茶を淹れてもらえます?後、タローに甘さダルダルココアのおかわりを」
「はいっ!喜んでっ!」
輝矢の言葉に、嬉しそうに大きく頷くグレーテル。
「おはようございます、ハチ」
「へっ?あっお、おはようっ…」
「・・・っ」
花瓶の裏に隠れたままのハチに、特に何を言うでもなく、挨拶だけをすませる輝矢。ハチが少し戸惑うように挨拶を返すと、輝矢はあっさりとキッチンを後にした。
「・・・っ?」
輝矢の出て行ったキッチンの入口を見つめ、ハチが不思議そうに首を傾ける。
「花瓶の裏で何をなさってるんですか?ハチ様」
「うえぇっ!?」
お茶とココアを淹れ終えたグレーテルに、不審がられるように問いかけられ、ハチが焦った声を出す。
「いや、えっと、その輝矢が、“寝ている間、触れなかった分、存分にイチャつきましょう、ハチぃぃ〜”とかって、抱きついてくるかなぁ〜と…」
花瓶の裏から出て来ながら、ハチが少し言いにくそうに呟く。
「思って隠れてたんだけど、あっさりだったなぁ〜」
また不思議そうにしながら、ハチがキッチンの入口を見る。
「獅国から戻って来てから、どーもボディタッチ率が減ってきたようなぁっ…」
「そりゃあ、いくら輝矢様でも、あそこまで嫌がられたら、さすがに自粛しますよぉ〜」
「へっ?」
グレーテルの言葉に、ハチが目を丸くして顔を上げる。
「俺っ、嫌がってるように見えるのか?」
「えっ!?嫌がってないんですかっ!?」
「・・・。」
グレーテルに驚いたように問いかけられ、ハチがしばらくの間、固まる。
「いやっ、やっぱ嫌がってるなっ」
自分から問いかけたものの、やはり嫌がっていることを認めるハチ。
「ハチ様って、輝矢様のことをお嫌いなんですか?」
「へっ!?」
グレーテルの思いがけない問いかけに、ハチがさらに目を真ん丸にして、グレーテルを見上げる。
「なっなんでっ!?」
「昔は女性ならどなたにでも“ぎゃあ”とか“ひええ”とか言ってらしたのに、最近は輝矢様にしか言わないですしぃ」
「そっそれはっ…!」
輝矢のことが好きだと自覚してから、輝矢ばかりを意識し過ぎて、他の女性への意識が弱くなったのだ。
「とは死んでも言えないしなっ…」
「えっ?」
心の中で思ったことを、思いきり呑み込んだハチに、グレーテルが首を傾げる。
「とっとにかくっ!別に嫌ってるわけじゃっ…!」
「なら、きちんと言葉にして、そうお伝えになった方がいいと思いますよ?」
「えっ?」
急に真面目な表情となるグレーテルに、ハチが戸惑ったように声を漏らす。
「でないと、輝矢様も誤解してしまいますでしょうしっ…」
「誤解っ…」
グレーテルのその、突っ込みようのない最もな言葉に、ハチが表情を曇らせる。
「だからほらっ」
ふと笑顔を見せるグレーテル。
「ヘンゼルお兄様を見習ってっ」
「門貴様ぁぁぁぁぁっっ!!!大好きですわぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「ぎゃああああああああああっっ!!」
「いやぁ…あれはちょっと…」
廊下を勢いよく駆け抜けて行くモンキとヘンゼルの姿を見て、呆れた表情となるハチ。
「・・・。」
呆れた表情から、ハチがすぐに考え込むような顔となる。
「伝える…かっ…」
俯いたハチが、ポツリと呟いた。
その日・午後。
「はぁっ…暇ですねぇっ…」
リビングのソファーにもたれかかった輝矢が、つまらなそうな顔をして呟く。
「キジ、謹慎は後何日ですか?」
「後8日ぁ〜」
「8日っ…長過ぎますっ…」
「まだ2日しか経ってないんだから、当たり前でしょ〜っ」
うんざりと首を垂れる輝矢に、呆れた表情を向けるユキジ。座黒から10日の自宅謹慎を命じられた輝矢は、謹慎2日目にして、すでに我慢の限界に来ているようである。
「門貴様ぁぁぁぁぁ〜〜〜っっ!!」
「ぎゃああああああああっっ!!」
「いいですねぇ〜彼らはいつも忙しそうで。暇を持て余している私としては、羨ましい限りですよ」
「ウソをつけっ」
まったく羨ましく思っていなそうな輝矢に、向かいのソファーに座ったハチがこっそりと突っ込みを入れる。
「はぁ〜っ、こんな日に限って、タローは金汰に呼び出されて、オトポリに行ってしまうしっ」
垂らした首をもとに戻し、さらにボヤきを続ける輝矢。
「タローと“どうやって一蹴りで相手の命を絶つか”についてを談義したかったんですがねぇ」
『いなくてありがとう、桃タローっ』
その輝矢の言葉を聞き、ハチとユキジが声を揃えて、この場にいない太狼に礼を言った。
「由雉様ぁ〜っ」
そこへグレーテルが扉から顔を出し、ユキジを呼ぶ。
「んっ?」
「どうも掃除機の調子が悪くて、“掃羽”貸していただけませんかぁっ?」
「ええぇ〜っ?」
グレーテルの言葉に、不満げな声をあげながらも、ユキジは羽根を広げて、素早くリビングを出て行く。グレーテルが顔を引っ込め、扉を閉めて、リビングには輝矢とハチだけが残った。
『・・・。』
途端に、部屋の中が静まり返る。
「あっとっ…」
その気まずい空気に耐え兼ね、何か話題を作ろうと声を漏らすハチ。
――――きちんと言葉にして、そうお伝えになった方がいいと思いますよ?――――
「・・・っ」
その時、先程のグレーテルの言葉が頭を過ぎり、ハチがハッとした表情となる。
――――桜時サンは色々と我慢し過ぎなんだと思います。もっと何でも話さないとっ!――――
さらに獅国の凡子の言葉を思い出される。この騒がしい家で、輝矢と2人きりでゆっくりと話せる時間など、そうありはしない。ましてやいつも邪魔をする太狼がいないのだから、今は絶好のチャンスである。
「あっ…!うっ…」
言いだそうと顔を上げ、また怯むように俯いてしまうハチ。
――――そうすれば、きっともっと歩み寄れますっ!――――
「・・・。」
凡子の言葉がもう1度頭を掠めると、ハチの表情から迷いが消えた。
「・・・っ」
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
ハチが意を決した表情となり、白い煙に包まれて人化する。
「・・・っ?」
急に人化するハチに、眉をひそめる輝矢。
「あっあのさっ!輝矢っ!」
「はいっ?」
白い煙が収まり、改まった様子で名を呼ぶ桜時に、輝矢が少し不思議そうにしながらも、返事をする。
「はっ…!はははははは話があるんんだっけどっ…!」
不自然に震えた声で、言葉を発する桜時。
「何です?」
そんな桜時に、輝矢はごく自然に聞き返す。
「じっじじじじ実はっ…!」
高鳴る心臓に声を震わせ、こもる力に拳を強く握り締め、俯いていた桜時が、勢いよく顔を上げて、輝矢の方を見る。
「おっおおおお俺っ…!お前のことがっ…!!」
「桜時さぁぁぁぁぁぁぁーーーーんっっ!!!」
――――パリィィィィィィィィィィーーーーーンっっ!!――――
「うぎゃあああああああああああああっっ!!!」
リビングの大窓のガラスを叩き割って入ってくるその声に、決死の瞬間の最中であったこともあって、尋常でないくらい驚いた桜時が、激しく悲鳴をあげる。
「ハァっ…!ハァっ…!ハァっ…!」
「ふはぁ〜っ…びっくりしたっ…」
「イっ…イチゴっ…?」
大窓のガラスを叩き割って、リビングへと駆け込んできたのは、どこからか走って来たのか、大きく息を乱したイチゴであった。桜時が自分の心臓を押さえる中、輝矢が戸惑ったようにイチゴの名を呼ぶ。ガラスは粉々だが、イチゴは怪我すらしていないようである。
「どうかしたのですか?イチゴ」
靴も脱がずにリビングへと上がり込んでくるイチゴに、困惑しながら問いかける輝矢。
「あっ、まさか自宅謹慎中の私に、力を借りたいほどの事件がっ…」
「違いますっ!」
「そっそうですかっ…」
少し期待して話しかけた輝矢であったが、鬼のような形相をしたイチゴに強く否定され、珍しく怯むように肩を落とした。
「桜時さんっ!!」
「はっはいぃぃぃ〜っ!」
輝矢さえも震え上がらせたイチゴに名を呼ばれ、桜時が思わずソファーから立ち上がって、返事をする。
「本当なんですかっ!!?」
突き刺すような視線を、桜時へと向けるイチゴ。
「婚約するってっっ!!」
『・・・。』
イチゴの言葉に、思わず固まる輝矢と桜時。
「はっ…?」
次の瞬間、桜時はこれ以上ないくらいの、間の抜けた表情を見せた。
オトポリ本部、長官室。
「というわけで、婚約してもらうわ、桜時」
何故か龍国にいる、雀国の国主・朱実孔雀が、何の悪びれもなく、そう言い放った。
「あっうんっ、わかったぁ〜っ」
ソファーに腰掛ける孔雀のすぐ横に立ち、満面の笑顔で返事をする桜時。
「って、んなこと言うわけねぇーだろぉぉぉぉっっ!!!」
満面の笑みが一気に崩され、桜時が勢いよく怒鳴りあげる。
「あらっ?私にタテつく気?」
「タテつくも何もねぇーよっ!!」
少し不満げな表情を見せる孔雀に、桜時がさらに不満げな表情で怒鳴りあげる。
「婚約ってどういうこったよっ!?孔雀さんっ!!」
桜時がもっともな問いかけを、ふんぞり返っている孔雀にする。
「どういうことだか、初めっから隅々まで、教えていただきましょうかっ」
「そうですっ!しっかりお話下さいっ!」
孔雀の座るソファーの向かいに、並んで腰を掛けている輝矢とイチゴ。どちらも不機嫌な表情で、突き刺すような本気の眼差しを、孔雀へと向けている。
「どうでもいいが、他の部屋でやってはもらえんだろうかっ…」
「長官の威厳も何もあったもんじゃないねぇ〜」
「頑張りぃやぁ〜っ、長官っ」
モメ事にはまったく関与していないというのに、部屋を占領されている座黒が、弱々しい声で呟く。そんな座黒に、少し同情するように声を掛けるモンキとユキジ。
「はぁっ…仕方ないわねぇっ…」
桜時はともかく、目の前の輝矢とイチゴにまで激しく睨みつけられ、孔雀が諦めるように溜息をついた。
「話せば、長くなるんだけどっ…」
「えっ…?」
急に真面目な表情となる孔雀に、桜時が少し眉をひそめる。
「それは遠い昔っ…我らが朱実家の先祖と、とある国の王族の先祖の、1つの約束…」
『・・・っ』
真剣なに語り始める孔雀に、桜時や輝矢たちが、皆、息を呑む。
「ウチの先祖がねっ、“ジャンケンで負けた代わりに、子孫を嫁にやる”って約束したのよっ」
「全然長くねぇー上に、ジャンケンかよっ!!」
あっさりと完結する話に、桜時が血管が切れそうなほどに全力で突っ込みを入れる。
「だけどウチ、男ばっかりでしょっ?だから嫁は無理だって言ったら、向こうは娘しかいないから、婿でいいってっ」
桜時の全力の突っ込みにも動じず、話を続ける孔雀。
「丁度、良かったでしょっ?」
「ちっとも良くねぇっ!!」
気持ちのいい笑顔を見せる孔雀に、桜時はさらに怒鳴りあげた。
「だいたい朱実っつっても俺、イヌだしっ、朱実の息子だったら他にもいっぱい、いんじゃねぇーかっ!」
「それはそうだけどぉ、松人と竹人はもう相手が決まってるし、梅人はほらっ」
孔雀がポンと手を叩く。
「知らない国に1人、婿入りさせるなんて、可哀想じゃないっ」
「ほぉ〜っ?でっ、俺なら可哀想でないとっ…?」
シレっと答える孔雀に、桜時が引きつった笑みを向ける。
「ええっ」
「“ええっ”じゃねぇっ!!」
あっさりと頷く孔雀に、桜時が怒りのあまり、ソファーの前のテーブルを蹴り飛ばした。
「だってやっぱり息子は可愛いのよ」
「あんたっ!“甥子と思ったことは1度もありません。自慢の息子です”って言ったじゃねぇーかっ!!」
「私がっ?そんなこと言ったかしらっ?」
「こんのぉっ…」
素っ惚ける孔雀に、桜時が怨みがましそうに拳を握り締める。
「とにかく俺は絶対イヤだからなっ!!」
「何でよっ?あなたっ、バカみたいに女嫌いなんだし、別に心に決めた相手とかいないんでしょうっ?」
「ふへぇっ!?」
孔雀のその言葉に、激しく動揺し、声を裏返らせる桜時。
「そっ…!そそそそそそれはっ…!」
「何?いるの?」
「ええぇっ!?」
もう1度問いかける孔雀に、桜時がさらに動揺する。
「ええ、ハチが心に決めているのは私です」
「違げぇぇぇーよっ!!」
代わりに答える輝矢に、桜時が強く否定する。
「・・・っ」
「あっ…」
全力で否定した桜時に、一瞬、傷ついたような表情を見せる輝矢。そんな輝矢の表情を捉え、桜時が思わず手で口を覆う。
「あっ、そのっ…!」
「じゃあ問題ないわねっ、婚約っ」
「ちょい待てぇぇぇぇっっ!!」
必死に取り繕おうと、輝矢に声を掛けようとした桜時であったが、話を進める孔雀を止めるため、その言葉は中断されてしまう。
「何よっ?心に決めた相手がいないんなら、別に問題ないじゃないっ」
「大アリだぁぁぁっっ!!んなもんっ!!」
「というかねぇっ」
怒鳴り続ける桜時に、孔雀が疲れたかのように肩を落とす。
「この婚約呑まなくて、その国と交友切られたら困るから、とりあえずしてっ」
「思いっきり政略じゃねぇーかっ!!それぇっ!!」
だんだん強制的になってきている孔雀に、もう枯れ気味の声で怒鳴り続ける桜時。
「四大国の雀が、交友を切られて困るなんてっ、相手の国は一体っ…」
「我が国ですわぁっ」
『・・・っ』
イチゴが少し戸惑うように言葉を発したその時、扉の開く音とともに入ってくる、凛と響くその高い声。皆が一斉に、入口の方を振り返った。
「・・・っ!」
入口の方を見た輝矢が、大きく目を見開く。
「初めましてぇっ、朱実桜時様っ」
「えっ…?」
名を呼ばれ、眉をひそめる桜時。
「四大国が一、“武国”が国主・玄上武史の娘、玄上アリスですわぁっ」
部屋へと入ってきたのは、長い黒髪に真っ赤なリボンを飾った、冷たい青い瞳の少女であった。
オトポリ本部・通信室。
「いっつもありがとうねぇ〜金ちゃんっ」
「ええっでことよぉ〜っ!」
通信室から廊下へと出て来るのは、今日も爽やか笑顔満開の太狼と、大きな1頭のクマ、金汰であった。
「んじゃあ僕、帰るから、金ちゃんはどうぞお仕事に戻っ…」
「桃ちゃんっ」
「・・・っ?」
言葉を遮るように名を呼ばれ、太狼が少し目を丸くする。
「何っ?」
「ああぁ〜そんのだなぁっ」
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
「巌流島への通信のことなんだがっ」
白い煙に包まれ、人化した金汰が、なまりの取れた口調と真剣な表情を、太狼へと向ける。
「・・・っ」
「あっ!いやっ、別に問い詰める気はないんだっ!」
表情を曇らせた太狼に、金汰が慌てて言い繕う。
「ただっ、もう少し、話してくれてもいいんじゃないかと思ってなっ」
「えっ?」
少し俯きがちに話す金汰に、太狼が眉をひそめ、聞き返す。
「別に桃ちゃんは、1人で世界を背負ってるわけじゃないんだぞっ?」
「・・・っ」
金汰が顔を上げ、まっすぐな瞳を向けると、太狼は少し驚いたような表情を見せた。
「俺に頼れとまでは言わないが、もっと長官やトマト殿とかにっ…」
「ごめんっ」
「へっ?」
短く謝る太狼に、首を傾げる金汰。
「座黒さんにもよく怒られるんだぁ〜“お前は他人を頼らな過ぎる”って」
明るい笑みを浮かべた太狼が、少し遠くを見るような瞳を見せる。
「子供の頃から、人を頼って来なかったもんだからっ、どう頼っていいのか、わからなくってさぁ〜」
「桃ちゃんっ…」
どこか皮肉ったように言う太狼を、金汰が目を細め、見つめる。
「いずれ話すよ。約束するっ」
「・・・っ」
金汰に向けられた太狼の瞳に、嘘偽りなどはまったく感じられず、金汰はしばらくその瞳を見た後、そっと口元を緩めた。
「わかったっ」
「・・・っ」
しっかりと頷く金汰に、太狼も笑みを浮かべる。
「でも話す時は、1文字1お菓子もらうからねぇ〜っ」
「ええぇぇぇぇっっ!!?」
付け加えられる条件に、金汰が目玉が飛び出しそうなほどに激しく驚く。
「そういえば桃ちゃんっ、さっき話した件なんだがっ」
「んっ?」
急に真面目な表情となり、話題を変える金汰。
「ああっ、“武国”のことねぇ〜」
「そうなんだ…」
太狼の口から“武国”の名が出ると、金汰は表情を曇らせて、深刻そうに頷いた。
「“武国”…“龍”“雀”“虎”に続く、四大国、最後の国…」
「“武人”の治める国か…」
太狼と金汰が、互いに真剣な表情を見せる。
「思ったより…動き出すのが早かったな…」
そう呟き、太狼は、その瞳を鋭くした。
「あっ…り…すっ…」
「・・・っ?」
大きく目を見開いた輝矢の漏らしたかすかな声に、桜時は、何と言ったのかまでは聞き取れなかったが、少し不思議そうに首を傾ける。
「四大国が一?」
「武国?」
「あなたが…桜時さんのっ…?」
「ええっ、婚約者ですわぁっ」
アリスの告げた国の名に、モンキとユキジが眉をひそめる中、戸惑いがちに問いかけたイチゴに、アリスは笑顔で答えた。
「初めましてぇっ、朱実孔雀様っ」
「えっ?えっ、ええっ」
急に移ってくる視線に、孔雀が少し焦りながらも、頷き返す。
「内兎ぉ〜っ!アレを持ってきてぇっ!」
『・・・っ?』
扉の外に向かって、何者かに声を掛けるアリスに、部屋の中にいる皆が、首を傾げる。
「内兎ぉっ!?」
だがしばらく経っても、誰もやって来る気配はなく、アリスがもう1度、今度は扉から身を乗り出して、その名を呼んだ。
「あっ!はっはいぃ〜っ!」
『・・・っ』
2度目の呼びかけの後、慌てた返事とともに、やっと部屋へと現れたのは、白い髪に真っ赤な瞳の、眼鏡を掛けた、いかにも気弱そうな青年であった。その両手に、キレイに包装された箱を抱えている。
「お待たせしましたっ!アリスさっ…!」
「遅いっ!」
「ぎゃあああああっ!」
『うえぇっ!?』
急いで駆け込んできた内兎を、勢いよく蹴り飛ばすアリス。吹き飛んでいく内兎と、今まで可愛い子であったアリスの豹変ぶりに、皆が大きく目を見開いた。
「私が呼んだらっ、呼んでから0.3秒後には、必ず来なさいって、いつも言ってるでしょうっ!?」
蹴られた脇腹を押さえ込み、倒れたままでいる内兎へ、アリスが桜時たちに見せていたものとは、まるで違う冷たい表情で、厳しい言葉を投げかける。
「もっ申し訳っ…」
「それが出来ないなら、生きてる価値なしっ!とっとと死になさいっ!」
やっとのことで起き上がり、謝ろうとした内兎に、さらに厳しい言葉を投げかけるアリス。
「すっ…すごいねっ…」
「輝矢んより…怖いっ…」
そんなアリスの様子を見て、モンキとユキジが引きつった表情で、思わず呟く。
「おっおいっ!何もそこまで言わなくてもっ…!」
「わかりました。死なせていただきます」
「ちょい待てぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
厳しいアリスに桜時が注意をしようとしたその時、アリスの言葉に頷いた内兎が、元気のない表情のまま、扉を出てすぐの廊下の窓から、身投げをしようと身を乗り出した。
「止めないで下さい」
「早まるなぁぁぁぁぁ〜〜〜っっ!!」
身投げしようとする内兎を、慌てて駆け込んでいった桜時が、必死に引っ張り、止める。
「んっ?」
内兎の体を引っ張っている桜時が、ふと何かに気づき、眉をひそめる。
「時計っ…?」
桜時が見つめたものは、内兎のベルトにぶら下がっている、美しい銀色の懐中時計であった。文字盤などのデザインは至って普通の時計なのだが、何やら不思議な力のようなものを感じた。
「アリス様のご命令です。死なせて下さい」
「だっから早まるなっつってんだろうがぁぁぁっっ!!」
再度願う内兎に、強く怒鳴りあげる桜時。
「孔雀様ぁっ、こちらっ、武国の名物・“武国まんじゅう”ですわぁっ」
「どっどうもっ…」
内兎の持ってきた箱を孔雀へと手渡し、満面の笑みを見せるアリス。先程の内兎に対しての表情とは、まるで別人である。そして、内兎が飛び降りようとしていることも、まったく気にしていない。そんなアリスに顔を引きつりながらも、孔雀がそのまんじゅうを受け取る。
「お父様っ、“武国”って…」
イチゴが少し曇った表情で振り返り、長官席の座黒の方を見る。
「“龍”“雀”“虎”と同じ、四大国の1つだ」
『えっ?』
答える座黒の言葉に、モンキとユキジが目を丸くする。
「じゃあ四大国の残りの1つってことかぁ〜っ」
「へぇ〜っ、一体、何の獣人の国なんっ?」
「それはっ…」
『・・・っ?』
モンキの問いかけに、座黒が少し困ったように下を向く。そんな座黒の様子に、モンキたちが不思議そうな顔をした。
「それにしても、本当に久しぶりねぇっ」
「えっ?」
そう言って、横を通り過ぎていくアリスに、まんじゅうをもらった孔雀が首を傾げる。
「・・・っ」
足を止め、唇の端を吊り上げるアリス。
「輝矢っ」
「・・・アリスっ…」
微笑みかけてくるアリスに、輝矢がそっと眉をひそめる。
「えっ…?」
「・・・っ?」
互いの名を呼んだ輝矢とアリスに、身投げしようとしていた内兎と、それを必死に止めていた桜時が、その動きを止め、同時に戸惑うように振り返った。
「あっれぇ〜?何やぁ〜?輝矢んっ、アリスちゃんと知り合いなぁ〜んっ?」
「・・・。」
「・・・っ?」
明るい笑顔で問いかけたモンキであったが、何も答えようとはせず、ただ険しい表情を見せている輝矢に、少し首を傾げる。
「輝矢んっ?」
「ええっ、知り合いなのぉっ」
答えない輝矢の代わりに、大きな笑顔を見せて頷くアリス。
「とってもよく知る仲っ…」
アリスが不意に、その青い瞳を鋭くし、ソファーに座ったままの輝矢に、視線を落とす。
「ねぇっ?輝矢っ…」
「・・・っ」
試すように微笑みかけるアリスに、俯いたまま、強く唇を噛み締める輝矢。
「元気にしてたぁ?輝矢」
アリスがその場で少し膝を折り、輝矢に顔を近づける。
「私ねぇ、輝矢のこと、ずぅ〜っと心配してたんだよぉ?」
優しい言葉ばかりを並べるアリスであったが、その声と表情からは、少しも優しさが感じられなかった。
「だってぇ、あんなことがあったんだものっ」
「・・・っ!」
アリスのその言葉に、輝矢が大きく目を見開く。
「・・・うっ…」
「輝矢さんっ…?」
両手で肩を抱き、声にならない声を漏らす輝矢に、隣に座ったイチゴが、少し戸惑うような表情を見せる。
「うっ…!」
深く俯き、まるで怯えるように、その肩を小刻みに震わす輝矢。
「・・・っ」
そんな輝矢の様子に、アリスが満足げに微笑む。
「ねぇ輝矢ぁっ、無理してなぁ〜いっ?」
アリスが、さらに微笑みかける。
「無理ならねぇっ、そんなに頑張って…」
輝矢の耳元に、アリスが口を近づける。
「生きなくてもぉ…いいんだよぉっ?」
「・・・っ!!」
アリスの囁きに、輝矢の表情が凍りつく。
――――バァァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!!――――
その時、長官室に、大きな音が響き渡った。
「アリス様っ…!」
「・・・っ」
内兎が不安げに身を乗り出す中、少ししかめた表情で、後ろへ飛ぶようにして、輝矢から離れるアリス。
『・・・。』
座ったままの輝矢の前には、怖いとさえ思えるほどに厳しい表情を見せた桜時、門貴、由雉の3人が、それぞれの武器を、威嚇するように、アリスに向けていた。
「・・・っ」
3人の睨みつけるような視線を受け、アリスが少し目を細める。
「やめなさいっ、相手は四大国の国主令嬢よっ」
『・・・っ』
冷静な孔雀の言葉に、3人がその表情は変えぬまま、武器だけを下ろした。
「ウフフっ」
『・・・っ?』
小さな笑い声を漏らすアリスに、3人が眉をひそめる。
「随分と忠義の厚いペットさんたちねぇっ」
どこか感心するように言いながら、アリスが3人の間から見える、まだソファーに座ったままの輝矢を見つめる。
「でも彼らっ、知ってるのかなぁっ?」
「・・・っ!」
『・・・っ?』
問いかけるアリスに、止まっていた輝矢の表情が、かすかに動く。2人のそのやり取りに、桜時たち3人が表情を曇らせる。
「あなたのぜぇ〜んぶをっ」
「・・・っ」
肩を震わせたままの輝矢が、アリスの言葉に、さらに深く俯いていく。
「輝矢の…全部っ…?」
その言葉に、そっと眉をひそめる桜時。
「ねぇっ、輝っ…」
「あんまりぃ、ウチの輝矢ちゃんを、苛めないでもらえるかなぁ〜っ?」
『・・・っ』
アリスが再び輝矢に呼びかけようとしたその時、部屋に新たな声が入って来て、アリスや皆が、一斉に振り返った。
「アリスちゃんっ」
そうアリスの名を呼んで、長官室へと姿を現したのは、爽やかな笑顔を浮かべた太狼であった。太狼は笑みを浮かべてはいたが、アリスを見るその瞳は、突き刺すように鋭かった。
「桃原太狼っ…」
振り返り、太狼の姿を確認したアリスが、少し表情を曇らせる。
「なんでっ…タローがっ…」
「・・・っ」
桜時たちが戸惑ったような表情を見せる中、アリスがそっと俯き、その口元を緩めると、先程まで見せていた愛らしい笑顔で、顔を上げた。
「では孔雀様っ、ご挨拶はこの辺りでっ」
「えっ?えっ、ええっ」
孔雀の方を振り向き、輝矢に見せていた冷たい瞳をは打って変わった笑顔で、声を掛けるアリスに、孔雀が困惑しながらも頷きを返す。
「桜時様っ」
「・・・っ」
振り返るアリスに、桜時が少し強張った表情を作る。
「なっ何だっ?」
「今度ぜひっ、“武国”にいらして下さいっ」
警戒するように問いかけた桜時に、アリスが笑顔で答える。
「父にも紹介したいですしぃっ、桜時様も自分が後々、暮らす国をご覧になりたいでしょうっ?」
「えっ?」
アリスの言葉に、桜時が戸惑いの声をあげる。
「ちょっ…!ちょっと待ってくれっ!俺はまだっ、婚約を認めたわけじゃっ…!」
「破棄するにしても、父の許可が必要ですわぁっ」
「・・・っ」
必死に訴えようとした桜時の声を、牽制するように言い放つアリス。その表情は笑顔ではあったが、どこか圧し負かされてしまう、力のようなものがあった。
「どの道っ、“武国”には来ていただかないとぉっ」
「・・・。」
まるで武国に行くことを誘導されているようで、桜時は少し険しい表情を見せた。
「わっわかったっ…」
「・・・っ」
仕方なく頷く桜時を見て、アリスが楽しげに笑う。
「ではっ、お待ちしておりますわぁっ」
桜時にそう言って一礼すると、アリスが長官室の扉の方へと歩いて行く。
「ああっ、そうだぁっ」
思い出したように立ち止まり、もう1度部屋の中を振り返るアリス。
「勿論っ、仲間の方々も一緒で結構ですわよぉっ?」
仲間をは言うものの、アリスは確実に、輝矢の方を見つめる。
「・・・。」
その言葉に、顔も上げずに、唇を噛み締める輝矢。
「ではぁっ」
アリスが再び皆に背を向け、長官室の扉を出て行く。
「・・・。」
「・・・っ」
扉のすぐ横に立つ太狼が、すれ違い様に、アリスに突き刺すような視線を送ると、アリスはそれを嘲笑うかのように笑みを浮かべ、扉を出た。
「帰るわよっ、内兎っ」
急に声のトーンを落とし、アリスが、廊下に座り込んでいる内兎へ向けて、冷たく言い放つ。
「えっ?あっ、えっとっ…」
「遅いっ!置いてかれたいのっ!?」
「ああっ!待っ…!待って下さいっ!」
強く怒鳴りながら、すたすたと先へと歩いて行ってしまうアリスに、内兎が慌てて立ち上がる。
――――ボォォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
「アリス様ぁぁぁぁ〜〜〜っ!」
白い煙が内兎を包むと、その中から白く、真っ赤な瞳に眼鏡をかけた、1羽の小さなウサギが飛び出て、ピョンピョンと跳ねながら、アリスの後を追っていった。
「ウサギ…」
「“兎人”かぁ」
去っていった内兎に、門貴と由雉がポツリと呟く。
「ふぅ〜っ」
アリスと内兎が去ったところで、疲れたように一息つきながら、改めて部屋の中へと入って来る太狼。
「まったくぅ、武国の姫君とハチ君を婚約だなんてぇ」
太狼がソファーのすぐ横で立ち止まり、呆れたような表情を浮かべる。
「いっつもいつもロクなことしませんねぇ〜貴女はぁっ」
「何よっ!?その言い方はっ!!」
その呆れきった表情を向けられ、孔雀が怒鳴り返しながら、立ち上がる。
「別に私が決めたことじゃないわよっ!?向こうがそんな、大昔の約束出してきてまで、持ちかけてきたんだからっ!」
「・・・っ」
孔雀のその言葉を聞き、表情を曇らせる太狼。
「向こうって…“武国”が…?」
「そうよっ!」
聞き返した太狼に、孔雀が怒鳴るように答える。
「・・・まったくっ…」
そっと目を細めた太狼が、冷たい瞳を見せる。
「相変わらず…ロクなことをしない国だっ…」
「えっ…?」
煩わしそうに、吐き捨てるように言い放つ太狼に、孔雀が少し眉をひそめる。
「おいっ、輝矢っ、平気かっ?」
「・・・っ」
聞こえてくる桜時の声に、太狼が振り向く。するとそこには、ソファーに座り、深く俯いたままの輝矢を、不安げに覗き込む桜時たち3人の姿があった。
「輝矢ぁ〜んっ、大丈夫ぅ〜?」
「輝矢っ、一体どうしっ…」
「はいはいはいはぁぁ〜いっ!」
『・・・っ』
次々と声を掛ける3人と、輝矢の間に、笑顔で勢いよく割って入る太狼。
「君たちはとっとと帰った帰ったぁ〜っ!」
『えっ?』
右手のひらを動かし、帰宅を促す太狼に、3人が目を丸くする。
「いやぁっ」
「けどっ」
「いいから帰ってっ」
『はいっ…』
あれこれを意見をしようとした3人であったが、太狼の有無を言わさぬ力のある笑みに、頷くことしか出来ず、3人は大人しく、長官室を後にした。
「・・・っ」
3人が出て行ったことを確認すると、太狼がゆっくりと輝矢の方を振り返る。
「輝矢ちゃんっ…」
その場でしゃがみ込み、座っている輝矢と視線を合わせる太狼。
「・・・。」
しかし輝矢は両腕で肩を抱き、深く俯いたままで、太狼の呼びかけに、ピクリとも反応しなかった。
「はぁっ」
そんな輝矢に、太狼が少し溜息をつく。
「輝矢ちゃんっ!」
「えっ?」
太狼がもう1度、今度は強く名前を呼びかけると、輝矢がやっと気付いたようで、少し驚いたように顔を上げた。
「あっ…タローっ…」
「・・・。」
小さな声で、太狼の名を呟く輝矢。太狼がこの場に来たことを、今やっと認識したようである。そんな輝矢を見て、太狼が少し目を細める。
「大丈夫っ…?」
「・・・っ」
太狼がそう問いかけ、輝矢の頭を撫でると、輝矢はまた少し俯いた。
「・・・はいっ…」
大丈夫ではなさそうな返事を、小さく返す輝矢。
「ふぅっ…」
その輝矢の返事に、太狼が撫でていた手を下ろし、深々と肩を落とした。
「僕らも帰ろう、輝矢ちゃんっ」
太狼が、その場でゆっくりと立ち上がる。
「この部屋はどぉ〜も空気が悪いっ」
「悪かったなっ」
太狼の言葉に、長官席の座黒が顔をしかめる。
「太狼っ、武国のことだがっ」
「・・・っ」
「んっ?」
真剣な表情となり、話をしようとした座黒の前に、太狼が制止を促すように、右手を突き出した。
「そのお話は、また後日っ」
鋭い瞳を見せた太狼が、座黒に反論を許さないように、そう言い放つ。
「さぁっ、帰ろうかぁ〜輝矢ちゃんっ」
「はいっ…」
ソファーから立ち上がった輝矢の手を引き、太狼は輝矢とともに、足早に長官室を後にした。扉が閉まると、部屋に座黒、イチゴ、そして孔雀の3人が残る。
「ねぇ、お父様っ」
「んっ?」
ソファーから立ち上がり、真剣な表情を見せるイチゴに、座黒が顔を上げる。
「ごめんなさい。私っ、聞いちゃったの。牢戸知玖の事件の後に…」
「・・・っ?」
「お父様と太狼さんがっ…輝矢さんのこと、話しているの…」
「・・・っ」
イチゴの言葉に、座黒が眉をひそめる。
――――何があったのだ?お前が竹取輝矢を拾った、10年前のあの日にっ…――――
「・・・。」
話していた内容を思い出し、座黒がそっと表情を曇らせる。
「ねぇお父様っ、輝矢さんって、何者なのっ?」
イチゴが困惑した表情で、座黒に問いかける。
「あのアリスって人や武国と、どういう関係があるのっ?」
「・・・。」
問いかけを続けるイチゴに、険しい表情で俯く座黒。
「それは私にもわからん…」
「えっ…?」
首を横に振る座黒に、イチゴは意外そうな顔を見せた。
「でもっ…」
「太狼はああいう奴だ。肝心なことは何も話さん」
座黒が少し困ったように、肩を落とす。
「竹取輝矢が何者であるかを知るのは、太狼と、竹取輝矢本人くらいかっ」
「・・・。」
座黒のその言葉に、イチゴは少し考え込むように、下を向いた。
「言えるのは…」
「竹取輝矢には、あの桃タローが言わないほどの秘密がある、ってことくらいじゃないかしらっ?」
『・・・っ』
不意に言葉を挟む孔雀に、座黒とイチゴが、少し戸惑うように振り返る。
「まぁ私は、あの破天荒女が何者であろうと、どうでもいいけどぉ」
孔雀が、特に興味なさそうに、言葉を続ける。
「・・・。」
少し視線を下に向け、悩むような表情を見せるイチゴ。
「お父様っ」
「・・・っ?」
顔を上げるイチゴに、座黒が首を傾ける。
「私も、桜時さんと一緒に、武国に行ってきてもいいですか?」
「何っ…?」
思いがけないイチゴの言葉に、座黒はそっと眉をひそめた。
「オトポリが今、忙しい状態だというのは、理解してます。でもっ、それでも行きたいんですっ」
イチゴが座黒に、意志の強いまっすぐな瞳を向ける。
「何故だ…?」
「えっ?」
「何故、そこまで、武国に行きたい…?」
「・・・っ」
理由を問う父に、イチゴが少し躊躇うように顔を下げ、そしてもう1度、ゆっくりと顔を上げた。
「確かめたいのっ」
イチゴが、はっきりとした口調で答える。
「輝矢さんがっ…桜時さんに相応しい人かどうかをっ」
「イチゴっ…」
曇りのない想いを、どこまでもまっすぐな想いを、感じさせるそのイチゴの言葉に、座黒はそっと目を細めた。
「わかった。行って来いっ」
「ありがとうございますっ!」
許可を出す座黒に、イチゴが嬉しそうな笑顔を見せる。
「朱実桜時は牢戸知玖に狙われている。その辺りも重々、注意するようにな」
「はいっ!」
座黒の言葉にしっかりと頷くと、イチゴは足早に、長官室を後にした。
「まったくっ…」
イチゴが部屋を出ると、座黒が少し疲れたように肩を落とす。
「竹取輝矢にしろ、あれにしろっ…朱実桜時のどこがそんなに良いのかっ」
「父親としては複雑ですか?」
「まぁなぁ」
少し笑みを浮かべて問いかけてくる孔雀に、困ったような表情で頷く座黒。
「ウチの娘たちはどうも、惚れた相手の為に、すべてを懸けてしまう所があって困るっ…」
「それが女というものです」
「はぁっ…」
ボヤくように呟いた座黒に、穏やかな笑みを向ける孔雀。孔雀の言葉に、座黒は深々と溜息をついた。
「しかしっ…」
座黒が、不意に真剣な表情を見せる。
「“武国”…か…」
「・・・っ」
そう呟く座黒に、孔雀もそっと、鋭い瞳を見せた。
戻って、桃原家。
「グレーテル〜っ、大袋に食料と水、適当に詰め込んでくれねぇ?」
「へっ?」
キッチンの入口から顔を出し、そう言い放つ桜時に、振り返ったグレーテルが、首を傾げる。
「食料とお水って、どこかへお出掛けですかぁ?ハチ様っ」
「ああっ」
不思議そうに問いかけるグレーテルに、しっかりと頷く桜時。
「ちょっと武国までっ」
「武国っ?」
桜時が口にした国の名に、グレーテルが眉をひそめる。
「どこにあるのですか?その国っ」
「えぇ〜っとぉ」
グレーテルの問いかけに、桜時が考えるように腕を組む。
「どこだろっ…?」
「はいっ?」
しばらく考えた後、逆に問いかけ返してくる桜時に、思わず顔をしかめるグレーテル。
「場所もわからない国に、行こうとされているのですかぁ?」
「いやっ!そのっ!わかんねぇーけどっ、四大国の1つだってゆうし、聞けばっ…!」
「御伽界の最北だよぉ〜っ」
「・・・っ?」
後方から聞こえてくる明るい声に、桜時が振り返る。
「“玄神山”ってゆう、超たっかい山の上ぇ〜っ、歩きは結構、厳しいと思うなぁ〜」
「タローっ」
桜時が振り返ると、オトポリ本部から戻ってきたのか、明るい笑顔を見せた太狼が立っていた。
「お前、いつ戻っ…」
「ハチ君、お婿入りしちゃうんでしょ〜っ?ウチのタンスっ、持っていくぅ〜っ?」
「いかねぇーよっ!!」
太狼の言葉を、全力で否定する桜時。
「えっ!?ハチ様っ、本当に結婚なさるんですかっ!?」
「しねぇっ!!」
驚きの声をあげるグレーテルに、またも強く否定をする桜時。
「俺はっ!婿入りしに武国に行くんじゃねぇっ!婚約を破棄しに行くんだっ!!」
「えぇ〜っ?破棄ぃ〜?」
太狼がどこか残念そうに、声をあげる。
「もったいないよぉ〜?せぇ〜っかく、四大国の国主様になれるチャンスなのにぃ〜っ」
桜時を説得するように、言葉を続ける太狼。
「いいじゃなぁ〜いっ!逆玉の輿っ!しかもハチ君が、僕の目の前から消えてくれるし、一石二鳥ぅ〜っ!」
「どうせ、それが最大の理由だろっ…?」
楽しそうな笑顔を見せる太狼に、桜時が冷たい視線を向ける。
「んだよっ、あのアリスって奴のことっ、めちゃくちゃ睨みつけてたくせにっ」
「えぇ〜?そうだっけぇ〜?」
鋭く指摘する桜時に、太狼は誤魔化すように首を傾けた。
「それにっ…」
桜時がふと表情を曇らせ、下を向く。
「俺もっ…あいつはあんまり好きじゃないっ…」
――――ねぇっ?輝矢っ――――
輝矢を嘲笑うかのような言動。輝矢を見る、冷たい瞳。
――――アリスっ…――――
アリスと向き合った時に、輝矢が見せた、まるで怯えるような、そんな顔。
「えぇ〜?結構可愛いのにぃ〜ハチ君てば、もしかしてブサイク好きぃ〜?」
「お前はっ、ちったぁ真面目に話が出来んのかぁっ!!」
調子のいい言動を続ける太狼に、桜時が苛立ちを全開にして怒鳴りあげる。
「大体、お前はっ…!って…」
怒鳴りあげようとした桜時が、ふと言葉を止める。
「そういやぁ、輝矢はっ?一緒じゃなかったのかっ?」
「ああぁ〜っ」
「・・・っ?」
そう頷き、リビングの方を指差す太狼に、桜時が首を傾げる。
「海岸のトコぉっ、ちょっと歩いて来るってぇ〜」
「・・・っ」
太狼の指差した方を振り向き、少し目を細める桜時。
「ちょっと出て来るっ…!」
「あっ!ハチ様っ!結局、食料はどのくらいっ…!」
駆け出していった桜時は、グレーテルが止める間もなく、桃原家の玄関を飛び出して行ってしまった。
「あぁ〜あっ…行っちゃった…」
閉まった玄関を見て、グレーテルが少し肩を落とす。
「・・・。」
「・・・っ?」
横に立つ太狼の、どこか複雑そうな表情に、グレーテルが戸惑うように眉をひそめる。
「太狼様っ」
「んん〜っ?」
グレーテルが呼びかけると、太狼はすぐに笑みを作って、振り返った。
「どうか…なさいましたか…?」
「・・・っ」
不安げに問いかけるグレーテルに、その作っていた笑みを、そっと止める太狼。
「うんっ…」
グレーテルから目を逸らした太狼が、遠い目をして、そっと微笑む。
「少しっ…不安なだけっ」
そう言って太狼は、桜時の去っていった玄関を見つめた。
その頃、桃原家の屋根の上。
「大丈夫かなぁ〜?輝矢ぁぁ〜んっ」
「うんっ…」
モンキの言葉に、少し神妙な面持ちを見せて頷くユキジ。先程の輝矢は、今までモンキたちが見たことがないくらいに弱々しく、そしてひどく怯えていた。
「ねぇっ」
「んんっ?」
「門貴はさっ…気になったりしないのっ…?」
「何がぁ?」
「そのぉ〜っ…」
聞き返すモンキに、少し躊躇いがちに声を繋ぐユキジ。
「輝矢っ…のことっ」
「そりゃあ、もうばりばり24時間、気になりまくってっ…!」
「そういうことじゃなくってっ!」
緩みきった表情で、嬉々として話すモンキに、ユキジが思わず怒鳴りあげる。
「輝矢がっ…どこの誰かってことだよっ」
「・・・っ」
ユキジの言葉に、モンキがふと表情を曇らせる。
「どこの誰か…かっ」
少し考え込むように、ユキジの言葉を繰り返すモンキ。
「別にっ、あんまり気にならへんなぁ〜俺、そういうのとか、こだわらん主義やしぃ〜」
「まぁ単純おサルは、そうだろうねっ」
「がっびぃぃぃぃーーーんっ!!ユッキーっ!ひどいぃぃ〜〜っ!!」
冷たく言い放つユキジに、モンキが泣きそうな表情となる。
「ボクも正直っ、自分以外のことなんて、どうだっていいんだけどっ」
「さすがユッキーっ!」
「けどっ…」
強く言い切ったユキジが、少し眉をひそめる。
「これからどうなるんだろうって、気になっちゃうんだっ。桜時はきっと、どうだって良くないだろうからっ…」
「・・・っ」
ユキジの言わんとしていることが理解でき、モンキがそっと目を細める。
「それにっ、あの女っ…」
――――ねぇっ?輝矢っ――――
輝矢を怯えさせた、冷たい瞳のアリスという少女。
「確かにっ…あの女には注意した方が良さそうやなぁっ…」
ユキジの言葉に、モンキは珍しく真面目な表情で頷いた。
――――だってぇっ、あんなことがあったんだものぉっ――――
あの瞳に、あの声に、すべてに、目を、耳を、すべてを塞ぎたくなる。
――――生きていなくてもぉ…いいんだよぉっ?――――
あの言葉に頷いて、この胸を貫いてしまいそうになる。
「・・・。」
海岸沿いに1人、立ち尽した輝矢は、どこか不安げな表情を見せて、静かな海を眺めていた。
「・・・武国っ…」
輝矢がそっと、最後の国の名を呟く。
「輝矢ぁぁっ!!」
「・・・っ」
よく聞き覚えのあるその声に、輝矢がゆっくりと振り返った。
「ハチっ」
「ふぃ〜っ!」
輝矢のもとへと駆け込んできたのは、桜時であった。走ってここまでやって来たのか、少し苦しそうに息を乱している。
「輝矢っ、あのっ」
桜時が、少し上ずった声を発する。
「俺っ、武国に行くことにしたっ」
「・・・っ」
桜時が発したその国の名に、かすかに表情を動かし、少しの動揺を見せる輝矢。
「あっ!けどっ、婿入りしに行くわけじゃねぇーからなっ!婚約を破棄しに行くんだっ!」
慌てて、桜時が言葉を付け足す。
「って、俺、何を必死に言い訳じみたことをっ…」
「わかりました」
「へっ?」
必死に言い繕う自分自身に疑問を感じていた桜時が、素直に返って来る返事に、驚いたように顔を上げる。
「とっとと婚約破棄していただかないとっ。すぐに出ましょう」
「・・・っ」
笑顔でそう言い放つ輝矢を見つめ、眉をひそめる桜時。
「早速、準備をしないと。サルとキジにも、言ってきますねっ」
「あっ…」
輝矢が笑顔のまま言葉を続け、桃原家に戻ろうと、桜時の横を通り過ぎる。
「輝矢っ…!!」
「・・・っ」
強く呼び止められ、輝矢が思わず足を止める。
「何っ…ですかっ…?」
桜時に背を向けたまま、そっと聞き返す輝矢。
「あっ、えとっ、そのっ…」
桜時が少し躊躇うように、俯く。
「もしっ…もし武国に行くことでっ…」
――――あなたのぜぇ〜んぶをっ――――
輝矢に、どこまでも冷たい瞳を向けたアリス。
「行くことでっ…お前が傷つくようなことがあるならっ…」
――――うっ…!――――
アリスの言葉に、怯えるように自分の肩を抱いた輝矢。
「お前はっ…行かなくてもいいぞっ…?」
「・・・っ」
桜時の言葉に、背を向けたままの輝矢が、少し指先を動かす。
「えっ…?」
少しの間を置いた後、輝矢がゆっくりと聞き返す。
「ほっほらっ!今回は別に鬼人退治ってわけでもねぇーしっ!四大国相手じゃ牢戸知玖だって、そう簡単には来ねぇーだろうしっ!サルや由雉もいるしっ!」
不自然なほどに明るく笑顔を作った桜時が、輝矢に迷惑をかけまいと、必死に言葉を繋げる。
「だから大丈夫っ!」
強く言い切る桜時。
「俺はっ、お前がいなくても大丈夫だからっ!」
「・・・っ!」
その桜時の言葉に、背を向けたままの輝矢が、大きく目を見開く。
――――生きてなくてもぉ…いいんだよぉっ?――――
アリスの言葉が、頭を巡る。
――――お前は…――――
蘇る、過去。
――――お前の存在は…この世界には必要ない…――――
思い出される言葉は、輝矢の体を突き動かした。
「・・・っ!」
――――パシンっ…!――――
「えっ…?」
強く掴まれる、桜時の手。
「・・・っ!」
「・・・っ」
桜時の手を掴み、振り向いた輝矢は、今にも泣き出しそうな表情を見せていた。そんな表情の輝矢に、桜時が大きく目を見開く。
「あっ、えとっ…」
見たこともないその輝矢の表情に、桜時が戸惑うように声を漏らす。
「輝矢っ…?」
「あっ…」
明らかな動揺を見せる桜時に、輝矢がハッとなって、その泣き出しそうだった表情を消し、慌てて、掴んでいた桜時の手を離す。
「すっ…すみませんっ…」
両手を後ろに回し、少し俯いて謝る輝矢。
「あのっ…輝っ…」
「私は大丈夫ですっ」
「・・・っ」
話しかけようとした桜時の言葉を遮り、大きな笑顔を作った輝矢が顔を上げる。無理に作られたということが、見て取れるその笑顔に、桜時が目を細める。
「ちゃんとっ、一緒に行きますからっ、だからっ…」
輝矢がそっと、視線を落とす。
「・・・お願いっ…」
「えっ…?」
「いえっ」
ポツリと落としたその言葉を、伝えることなく、輝矢は再び、桜時に笑みを向けた。
「さぁっ、では早速、準備をしましょうっ」
そう言って笑い、輝矢が再び桜時に背を向けて、桃原家の方へと足早に歩き去っていってしまう。
「・・・。」
だが、桜時はその場に立ち止まったまま、輝矢を引き止めることも、追いかけることもしなかった。ただ悲しげな表情で、遠ざかっていく輝矢の背中を見つめる。
――――・・・っ!――――
今にも壊れてしまいそうだった、振り返った時の輝矢の表情。
「あんな顔見せといてっ…」
桜時が強く、拳を握り締める。
「なんでっ…“大丈夫”だなんて言うんだよっ…」
桜時の悲しげな声が、打ち寄せる波の音に、掻き消された。
「ああっ!お帰りなさいませっ!輝矢様っ!」
「・・・っ」
「輝矢様っ?」
桃原家へと戻った輝矢は、出迎えたヘンゼルの前を素通りし、足早に2階へと上がって、自分の部屋へと入った。
「・・・。」
部屋に入った輝矢が、部屋の扉に背中を合わせ、そっと天井を見上げる。
――――お前の存在は…この世界には必要ない…――――
――――生きなくてもぉ…いいんだよぉっ?――――
頭を巡る、“否定”の言葉。
――――輝矢っ!――――
“肯定”をくれる、その笑顔。
――――俺はっ、お前がいなくても大丈夫だからっ!――――
「・・・っ」
思い出される桜時の言葉に、輝矢が力なく、しゃがみ込んでいく。
「お願いっ…」
俯いた輝矢が、震えた声を漏らす。
「“いなくても”なんてっ…言わないでっ…」
小さな部屋の中で、その声は、切なく響き渡った。
御伽界北方。四大国が一、武国。
「ふぅっ、着いた着いたぁっ」
大きな黒い門の前に、赤色のオートバイが止まると、少し伸びをしながら、アリスが降り立った。
「内兎っ」
「あっ、はいっ!」
オートバイの荷台から、1羽のウサギが飛び降りる。
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
ウサギが白い煙に包まれると、次の瞬間、眼鏡の青年・内兎が姿を現した。
「お茶とお風呂とゲームと花火の用意してぇっ」
「えっ?お茶とお風呂とゲームと花火ですか?」
アリスの言葉を、内兎が目を丸くして、聞き返す。
「そうっ」
「ですがその4つ、どう考えても同時には出来ないようなっ…」
「いいから早くっ!3分以内っ!」
「あっ!はっはいぃぃ〜〜っ!!」
4つとも一気に準備をしなくてもいいのではないかと、訴えようとした内兎であったが、アリスが強く言い放つと、慌てて頷いて、門の中へと駆け込んでいく。
「ったくっ、ノロマっ…」
「あっ、アリス様っ」
アリスが嫌気がさしたような様子で呟いていると、門の中に入ったばかりの内兎が、思い出したように足を止め、アリスの方を振り返った。
「何っ?」
「あのぉ、そのぉっ…」
「とっとと言いなさいよっ!殺されたいのっ!?」
「はいぃ〜っ!アリス様と竹取輝矢さんは、お知り合いなのですかぁっ!?」
躊躇うようにしていた内兎が、アリスに脅され、早口で必死に問いかける。
「そうよぉっ」
「そうだったのですか…知りませんでした」
内兎が少し、意外そうに呟く。
「何っ?あなたに私の知り合いについてを、全部話しておく必要でもあるわけっ?」
「いえっ!そういうことではっ…!」
責め立てるように問いかけるアリスに、内兎が慌てて首を横に振る。
「面白そうなオモチャとは、竹取輝矢さんのことだったのですか?」
「ええぇっ」
「朱実桜時さんと婚約したのは、竹取輝矢さんと会いたかったからですか?」
「さぁっ」
次々と問いかける内兎に、アリスは適当に、短く答えていく。
「アリス様は…竹取輝矢さんがお嫌いなのですか…?」
「・・・っ」
内兎のその問いかけに、アリスがそっと目を細くする。
「ええぇっ、そうねぇっ」
ゆっくりと頷くアリス。
「それはもぉっ、殺したいほどにっ」
そう言って、アリスは、とても楽しそうに微笑んだ。
其の六十五につづく。
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