第62章 人と獣人の境界
“獅国”。御伽界北方に位置する、四大国に次ぐ大国。
獣人の中でも、“龍人”や“狼人”と並行して強いと称される、“獅人”の治める国。
そんな国に、輝矢たちはやって来ていた。
「ふぅ〜っ!着いたぁ〜っ!」
獅国入口の前でオトポリのオープンカーが止まると、運転席に乗った、最近やっと人語を覚えてきたアホウ民、オトポリ志願隊員の鹿男が、両手を上げて大きく伸びをする。
「やっ…やっと…着いたか…」
「生きてて…良かった…」
「ボク…もう…死にそう…」
後部座席で、枯れ果てた声を出す桜時、モンキ、ユキジ。鹿男の荒過ぎる運転で、叫びまくったため、もう声も心もすっかり枯れ果ててしまったのである。
「何をダラダラしているのです?とっとと行きますよっ」
「なんでアイツは平気なんだっ…?」
「さすが輝矢んっ…」
弱りきっている3人に厳しく声を掛けながら、助手席を立ち上がり、車から出る輝矢。そんな輝矢に、3人は感心するような、呆れたような視線を送る。
「アナタも、付いて来たのなら、私の指示に従っていただきますよっ?」
輝矢がふと、自分の後方を振り向く。
「ウマっ」
「んんっ?」
振り返った先に立っているのは、美しい1頭の白いウマ。鹿男の上司・馬ロンの、獣化した姿である。
「なっなぁ〜にを言っているのかなっ?君はっ!」
馬ロンが、どこかわざとらしい声をあげる。
「僕はたまったま散歩でこの辺りを通りかかっただけであってっ、決して君らに付いて来たわけじゃあっ…!」
「ハイハイ」
苦しすぎる言い訳をする馬ロンを、呆れきった表情で適当にあしらう馬ロン。散歩などとは言っているが、結局は鹿男のことが心配で、車の後を全速力で追いかけてきたのである。
「ホォ〜ントっ、素直じゃないオジサンだよねぇ〜」
「オジサンっ!?オトポリの白馬の王子である僕に向かって、何と失礼な口をっ…!!」
口を挟んだユキジの言葉に、馬ロンが大きく顔をしかめる。
「だいたい僕はまだっ、27であってだねぇっ…!」
「ボク、15だから、一回りもちがぁ〜うっ」
「・・・。」
ユキジの年齢を聞き、さすがにショックを受けたのか、その場に立ちつくしたまま、深く俯く馬ロン。
「あぁ〜あっ、落ち込んでもたぁ〜」
「ウマでも年齢とか気にするのですねぇ」
そんな馬ロンを、特に励ますことなく眺める輝矢とモンキ。
「ああぁ〜っ!馬ロぉぉ〜ンっ!」
「だから“次長”か“隊長”と呼ぶようにと、いつもいつも言ってっ…!」
「あれっ、見て見てぇ〜っ!」
「んっ?」
いつものように呼び方の注意をしようとした馬ロンが、獅国内を大きく指差す鹿男を見て、その指し示した指の先を振り向く。
「あそこで女の子がっ」
「きゃああああああああっっ!!誰か助けてぇぇぇぇっっ!!!」
鹿男の指差したその先には、獅国の入口のすぐ近くの高い木の枝に、両手でぶら下がり、必死に叫んでいる可愛らしい少女の姿。
「何か楽しそうに遊んでるぅ〜」
「助けを求めてるんだよっ!!」
陽気な笑顔で、どこか羨ましそうに言い放つ鹿男に、馬ロンが勢いよく怒鳴りあげる。
「ふわああぁっ!!」
『あっ…!』
そうこうしている内に、枝を掴んでいた少女の両手が滑り落ち、少女が地面へと真っ逆さまに落ちていく。
「きゃああああああああああっっ!!」
「“月器っ…!」
落下していく少女に、輝矢が慌てて右耳のピアスを弾く。
「危ねぇっ…!!」
「えっ…?」
輝矢が月器を目覚めさせる前に、少女の元へと駆け出していく人物。
「ハチっ…?」
まっすぐに少女の元へと向かっていく桜時を、輝矢は少し戸惑うように見つめた。
「きゃああああああああああああっっ!!」
「クっ…!」
駆け込んでいった桜時が、地面目前の少女へ必死に両手を伸ばす。
「おわああああっ!」
「きゃっ!」
少女を受けとめた桜時が、少女とともにその場に倒れ込む。
「痛ててててっ…」
地面に打ちつけた後頭部やら背中やらを気にしながら、ゆっくりと起き上がる桜時。
「大丈夫か?」
「えっ…?」
桜時が両手に抱え込んだままの少女に声をかけると、きつく瞳を閉じていた少女が、ゆっくりと瞳を開いた。
「えっ!?あっ!はっはいっ!」
今の自分の態勢を確認し、頬を赤く染めて、慌てて桜時の上から立ち上がる少女。ふわふわとした茶色の髪に、くりくりとした黒色の瞳の、まだ幼さの残る顔立ちをした、15,16歳くらいの女の子であった。
「あっ…あああああっありがとうっ…ございますすすすっ…」
「へっ?」
激しく声を震わせて礼を言う少女に、桜時が少し不思議そうに首を傾げる。
「すっごぉ〜いっ」
その一連の流れを見て、感心の声を漏らすユキジ。
「あの桜時が女の子をキャッチの上、会話、しかもそれで気を失わないなんてぇ〜」
「最近アイツ、結構、女の子平気みたいやでぇ〜?犬仁ちゃんや犬智ちゃんとかとも、普通に接しとうしぃ」
「・・・っ」
ユキジとモンキの言葉に、どんどんと顔をしかめていく輝矢。
「それもこれも俺の、普段からの女の子に対する接し方の指導があったからこそっ…!」
「何故」
「へっ?」
得意げに話そうとしていたモンキが、後方からする重たい声に振り返る。
「なら何故っ、私が触ると、尋常じゃないくらい激しく怯えるわけですかっ?」
「ふへぇっ?」
口を尖らせ、拗ねた子供のような表情で問いかける輝矢に、モンキが思わず目を丸くする。それは、いつもシレっとした表情しか見せない輝矢、らしからぬ表情であった。
「そりゃあ桜時が輝矢んのことをぉっ…!あっ」
「・・・っ?」
ペラペラと話そうとしたモンキが、急にハッとした表情となって、自らの口を押さえる。そんなモンキを見て、眉をひそめる輝矢。
「ことをっ?」
「えぇ〜っとっ…」
自分の口から本当のことを言うわけにもいかず、モンキが少し口ごもる。
「あああっ!イヌコロだけ、ずっこいぞぉっ!俺も可愛ゆい女の子と、お知り合いになりたぁ〜いっ!」
「あっ」
モンキが、輝矢から逃げるように、桜時と桜時が助けた少女の元へと駆け込んでいく。
「逃げましたねっ…あのサルっ…」
輝矢が冷たい瞳で、遠ざかっていくモンキの背中を睨みつける。
「とりあえずあの、ハチに馴れ馴れしかった女ともども、半殺しにっ…」
「お願いだから、サルだけで止めといてっ」
一般市民にまで殺意を抱く輝矢を、ユキジが引きつった表情で止める。
「はぁ〜いっ!そこの女の子ぉ〜っ!イヌコロなんかに受け止められて、怪我せんかったぁっ?」
「えっ?」
桜時に助けられた少女が、そのどこまでも軽く明るい声に、振り向く。
「イヌより俺と仲良くせぇ〜へぇ〜んっ?」
「サルっ…」
馴れ馴れしく人の言葉を話しながら、歩み寄ってくる1匹のサルの姿を、少女が呆然と見つめる。
「お前なぁっ、そうやって誰にも彼にも軽口ばっか叩くから、後でややっこしいことになんだぞっ!?」
「これが俺の性分やねんから、しゃーないやろぉ〜?」
「サルが…しゃべった…」
『・・・っ?』
あれこれと言い合っていた桜時とモンキが、ポツリと呟いた少女の声に、同時に振り向く。
「ああっ、そうなんだ、コイツはっ」
「俺っ、猿の獣人の門貴ってゆーねぇ〜んっ!」
「獣…人っ…」
そう呟いた少女の顔色が、徐々に青ざめていく。
「きゃあああああああああああっっ!!!獣じぃぃぃぃぃぃーーーーんっっ!!!」
『へっ?』
いきなり悲鳴をあげる少女に、焦った表情を見せる桜時とモンキ。
「何っ!?獣人だとっ!?」
「どこだっ!?どこだっ!?」
『へぇっ!?』
少女の悲鳴を聞きつけたのか、獅国の奥から大勢の町人が、入口へ向かって駆け込んでくる。町人は皆、武器を持っており、妙に殺気立っていた。
「なっ何かっ…」
「嫌な予感っ…」
駆け込んでくる町人に、顔を引きつる桜時とモンキ。
『獣人を捕まえろぉぉぉぉぉぉっっっ!!!』
「ぎゃああああああああっっ!!やっぱりぃぃぃぃっっ!!!」
「門貴っ…!」
殺気立った町人に一斉に攻め込まれ、捕まってしまうモンキ。桜時が慌てて手を伸ばすが、モンキはそのままどこかへ連れ去られていく。
「うわぁっ!」
「由雉っ」
「なっ何をするんだっ!君たちっ!」
「馬ロぉ〜ンっ!」
モンキ同様に町人に捕まってしまうユキジと馬ロン。輝矢と鹿男が、焦ったように身を乗り出す。
「何をっ…!」
「獣人は全部、捕まえたぞぉっ!」
「“獣人”っ…?」
町人に言葉を投げ放とうとした輝矢が、町人の言葉に、そっと表情を曇らせる。
『うわああああああああああっっ!!』
「門貴っ!由雉っ!馬ロンっ!」
網のようなものに捕えられ、国の中へと連れて行かれる3匹の姿に、桜時がその場で立ち上がる。
「てめぇらっ!いきなり何すんだよっ!?」
「お前たちも“獣人”か?」
「えっ…?」
「・・・っ」
多くの町人たちの中心に立った体格のいい男が、皆より一歩前へと出て、鋭い表情で桜時へと問いかける。その問いかけに、桜時は戸惑ったような表情を見せ、輝矢はそっと目を細める。
「そうだぁっ!俺は鹿っ…うぷっ!」
「いいえっ、私たちは獣人ではありません」
自分が鹿人であることを、高々と言おうとした鹿男の口を強く押さえ込み、輝矢が強く言い放つ。
「輝矢っ…?」
そんな輝矢の方を振り返り、少し首を傾ける桜時。
「獣人と一緒にいたようだが…?」
「人は獣人と一緒に居てはいけないとでも?」
さらに問いかけを続ける男に、輝矢は一歩も引かずに聞き返す。
「あれはただのペットですよ」
「・・・。」
輝矢の鋭い瞳と、男がしばらくの間、睨み合う。
「・・・わかった。一先ず、信じよう」
男が、ゆっくりと言い放つ。
「だが獣人とわかればっ…すぐにでも捕まえてやるからなっ」
「・・・っ」
そう吐き捨てるように言うと、男は周囲の町人を引き連れ、国の中へと戻っていった。その場に輝矢たち3人と、先ほどの少女だけが残される。
「すっすいませんでした。獣人でない皆さんにまで、変な疑いをかけてっ」
「へっ!?あっ!いやっ!」
深々と頭を下げて謝る少女に、実際は獣人である桜時が、少し焦ったように声を出す。
「私はこの国の住人で、凡子といいます」
「俺は朱っ…ああぁ〜っ、桜時」
“朱実”の名を出すと獣人であることがバレてしまうかも知れないと、桜時が咄嗟に苗字だけを隠す。
「桜時サンっ?素敵なお名前ですねっ」
「ああぁ〜っ、どうもっ」
「でぇっ?」
「うぅわっ!」
親しげに話す桜時と凡子の間を、不機嫌この上なさそうな表情の輝矢が、割って入る。
「きゅっ急に現れんなよなっ!まったくっ!」
「・・・っ」
どんどんと後退し、あからさまに輝矢から距離を取る桜時に、輝矢がさらに顔をしかめる。
「それでっ?私のペットどもは、どこに連れて行かれたわけですか?」
「えっ?」
不機嫌面のまま問いかけた輝矢の言葉に、凡子が目を丸くする。
「どこへって…取り戻すおつもりですか?」
「まぁ一応、ペットですから」
「無理だと思いますよ?」
『えっ…?』
あっさりと言い放つ凡子に、輝矢と桜時の表情が曇る。
「無理ってっ…」
「この国の町人は、みんな、獣人が死ぬほど大っ嫌いなんです」
「・・・っ」
その言葉に、眉をひそめる、獣人である桜時。
「だから、逃がすなんてことは絶対、しないと思います。今までもそうだったしっ」
凡子が、落ち着いた口調で、話を続ける。
「今頃、毛を剥がれたり、出汁取られたりして、まぁ最終的には死刑じゃないですかねぇ?」
「ええぇっ!!?」
さらりと残酷な言葉を吐く凡子に、桜時が焦ったような声を出す。
「大変だっ!輝矢っ!とっとと助けに行かねぇーとっ…!」
「何故、そこまで獣人をっ…?」
皆を助けに行くことを促す桜時の言葉を遮って、輝矢が真剣な表情を見せて、凡子へと問いかける。
「それはっ…」
少し険しい表情を見せ、俯く凡子。
「許せないからですっ…」
「えっ…?」
「・・・っ」
凡子の瞳が、鋭く光る。
「“獣人”という存在っ…そのものがっ…」
『・・・っ』
憎しみさえ感じるその凡子の瞳に、輝矢と桜時は表情を曇らせた。
一方、獅国内、町のはずれ。罪人牢。
「冗っ談じゃないよっ!」
罪人牢に響く、大きな声。
「何故っ!何ぁぁ〜故っ!オトポリの白馬の王子であるこの僕が、こんな所に閉じ込められねばならないんだっ!」
叫んでいるのは、いつの間にか人の姿に戻った馬ロンであった。牢に入れられたことが、相当、屈辱的だったようである。
「うっさいなぁ〜しゃーないやぁ〜んっ、捕まってもたもんは捕まってんからぁ〜」
「そうそうぅ〜」
そんな馬ロンに、面倒臭そうに声をかける、こちらも人化した門貴と由雉。2人は馬ロンと違って、牢に入れられても、落ち着いた様子である。
「輝矢んと旅しとったら、こんなん、しょっちゅうやでぇ〜?」
「牢入れられるのとか、結構慣れたよねぇ〜」
「僕は慣れていないんだよっ!!」
牢慣れしている門貴と由雉に、馬ロンが勢いよく怒鳴りあげる。
「ふぅっ」
馬ロンが一息つき、腰に下げている剣の柄へと手をかける。
「とにかくこんな牢、とっとと出てっ…」
「獣人特有の特殊能力使って、この牢ブチ壊して、逃げるってかぁ〜っ?」
「・・・っ?」
剣を抜こうとした馬ロンが、牢の外から聞こえてくる声に顔を上げる。
「・・・っ」
馬ロンが顔を上げると、牢のすぐ外に、茶色の髪に鋭い黒の瞳の、まだ幼さを残した顔立ちをした青年が立っていた。まるで親の仇でも見るような、そんな憎しみのこもった瞳で、青年は馬ロンを見つめる。
「君はっ…」
「獣人はいっつもそうだっ!何かにつけて力を使って、俺たち人間をねじ伏せるっ…!」
「えっ…?」
青年の言葉に、そっと眉をひそめる馬ロン。
「そんなに何の力も持ってない俺たちを甚振るのが楽しいかよっ!?見下して面白いかよっ!?ええっ!?」
「君ねぇっ…」
一方的に怒鳴りつけてくる青年に、馬ロンが少し困ったように頭を掻く。
「何を1人で熱くなってっ…」
「お前たち獣人はそうやってっ…!俺たち人間から何もかもを奪っていくんだっ…!!」
「・・・っ」
青年の必死でまっすぐで、恨むような憎むような、それでいてどこか悲しそうな瞳。そんな瞳を見せる青年を見て、馬ロンはそっと目を細めた。
「ふぅ〜っ」
「・・・っ?」
馬ロンが剣の柄から手を離し、その場に深々と座り込む。そんな馬ロンの行動に、少し戸惑った表情を見せる青年。
「なっ何だよっ!?大人しくなった振りして、俺たちを油断させる気っ…!」
「僕は何もしないよっ」
「えっ?」
その馬ロンの言葉に、青年がさらに困惑するように眉をひそめる。
「僕は、君から何かを奪う気なんて、さらさらないからねっ」
「・・・っ!」
馬ロンがまっすぐな瞳を青年へ向け、そう言い放つと、青年は驚いた様子で、大きく目を見開いた。
「獣人の言葉なんかっ…」
そっと俯いた青年が、強く拳を握り締める。
「誰が信じるかよっ…!」
そう吐き捨てるように叫んで、青年は罪人牢の前から走り去っていった。
「・・・っ」
青年が去っていった方を見つめて、そっと目を細める馬ロン。
「なぁ〜んか色々と、きな臭い国みたいだねぇ〜」
「ああっ」
表情を鋭くする由雉の言葉に、門貴も真剣な顔で頷いた。
「ハァっ…!ハァっ…!ハァっ…!」
先程の青年が、罪人牢のある町はずれの建物を出て、町の中央部へと必死に足を走らせる。
――――僕は、君から何かを奪う気なんて、さらさらないからねっ――――
「何だよっ…!あの獣人っ…!」
頭から離れようとしない馬ロンの言葉を、何とか振り払おうと、青年が必死に首を横に振る。
「・・・っ」
だがそれでもその言葉は頭の中から消えずに、青年はその場で立ち止まり、首を振ることもやめた。
「あいつらはっ…」
「凡平っ」
「・・・っ?」
青年が、横から聞こえてくる自らの名に振り向く。
「あっ、町長っ」
凡平が振り向くと、そこには先程、輝矢に獣人であるかどうかを問いかけた、体格のいい中年の男が立っていた。凡平が町長と呼んだその男の背後には、武器を持った数名の従者が立っている。
「獣人どものところへ行っていたのか?」
「あっ…はいっ…」
少し躊躇いながら、凡平が頷く。
「無暗に近づくなよ?獣人の野蛮さは、お前も知っているだろう…?お前に何かあっては困る」
「はっはいっ…気を…付けます…」
優しい言葉を投げかける町長に、どこか申し訳なさそうに頷く凡平。
――――僕は何もしないよ――――
「・・・っ」
俯いた凡平の脳裏に、再び先程の馬ロンの言葉が過ぎる。
「あのっ…町長っ…」
「んんっ?」
小さな声で呼びかける凡平に、返事をする馬ロン。
「あいつらはっ…本当にっ…」
「町長っ!」
『・・・っ?』
何かを言いかけた凡平の言葉を遮って聞こえてくる声に、凡平と町長が同時に振り返る。すると、脇道から、数名の町人と見られる男たちが、町長のもとへと駆け寄って来た。
「獣人どもの死刑ですが、いつにしましょうっ?」
「えっ…?」
その内の1人の言葉に、凡平が眉をひそめる。
「出来る限り早い方がいいな。良し、明日の正午にしよう」
「えっ…!?」
「明日の正午ですねっ!わかりましたっ!」
「あっ…!」
即決する町長にさらに驚く凡平であったが、凡平が何かを言う前に、男たちは足早にその場を去っていった。
「ちょっ町長っ…!」
「んっ?」
凡平が少し慌てた様子で、町長の方を見る。
「あの獣人たちっ、死刑にするんですかっ…!?」
「ああっ」
「・・・っ!」
すぐさま頷く町長に、さらに驚くように目を見開く凡平。
「でっでもっ…!いくら獣人だからって、別に町人に危害を加えたわけでもないのにっ…!」
「凡平っ」
「・・・っ?」
思わず大きな声を出した凡平を、町長が宥めるかのように呼ぶと、凡平は繋いでいた言葉を止めた。
「危害を加えていようとなかろうと、獣人は存在するだけで、我々、人間にとっては何よりの脅威だ」
「けっけどっ…!」
「凡平っ」
訴えかけようとした凡平の名を再び呼び、町長が凡平の言葉を遮る。
「獣人どもに何をされたのか…忘れたわけではないだろう…?」
「・・・っ!」
ゆっくりと問いかける町長のその言葉に、凡平がハッとした表情を見せる。
「・・・はいっ」
深く俯き、ポツリと頷く凡平。
「なら…わかってくれるねっ…?」
「・・・はい」
少しの間を置いた後、凡平がもう1度ゆっくりと頷く。
「大丈夫っ」
町長がそっと、俯いたままの凡平の頭を撫でる。
「お前の願いは必ず叶えるよ…」
「・・・。」
深く俯いたまま、凡平はただ、囁かれるその優しい言葉を聞く。
「すべては私に…任せておけばいい…」
そう呟きながら、町長はそっと冷たい笑みを浮かべた。
町の中央道を1本入ってすぐのところに、凡平の家があった。1階建ての、小さな木製の家。すでに灯りのついているその家に、町長と別れた凡平が帰り着く。
「ただいまぁ〜って、んっ…?」
玄関に並んだ、普段より多くの靴に、凡平がそっと首を傾ける。
「おかえりなさい、お兄ちゃんっ」
「凡子、誰か来てっ…あっ」
「どうも、お邪魔してます」
「・・・っ」
出迎えた妹・凡子から目を逸らし、凡平が家の中を見ると、リビングのソファーに座っている輝矢、桜時、鹿男の姿があった。輝矢が軽く微笑むと、凡平の表情が曇る。
「あいつら、あの獣人どもと一緒にいた奴らだろっ?凡子、お前、何考えてっ…」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。でもあの人たちっ…というか真ん中のピンク髪の人だけなんだけど、私、実は木から落ちそうだった所を助けてもらったのっ」
「木から…?」
「うんっ」
聞き返した凡平に、凡子が笑顔で頷く。
「そういえば凡子、何であんなとこの枝にぶら下がってたんだ?」
「えっ!?」
ふと思い出したように問いかける桜時に、凡子が少し焦ったような声を出す。
「それはぁっ…そのぉっ…」
どこか躊躇うように、俯く凡子。
「ウチにぶら下がり健康機を買う金がないから、枝で代用してたんだろっ?」
「へっ?」
代わりに答えた凡平の言葉に、桜時が目を丸くする。
「ちょっ…!お兄ちゃんっ…!桜時さんの前で、そういうこと言わないでよっ!恥ずかしいっ!」
「なぁ〜にが恥ずかしいだっ」
顔を赤くして、責めるように言い放つ凡子に、冷めた視線を送る凡平。
「アハハハっ…」
「・・・っ」
空笑いを浮かべる桜時の横で、輝矢が不機嫌な表情を見せる。
「妹を助けてくれたことには礼を言う」
靴を脱ぎ、家の中へと上がった凡平が、真面目な表情で輝矢たちの方を見る。
「それに今日はもう遅いから、今晩は泊めてやる」
「お兄ちゃんっ…!」
妥協するように、そう言う凡平に、凡子が嬉しそうな笑顔を見せる。
「だけどっ!明日の朝一っ!即刻っ、家からもこの国からも出て行ってもらうからなっ!!」
「私、朝弱いんで、その条件は呑めませんね」
「ええぇっ!?あっさり拒否したぁっ!!?」
礼を言った上、泊めることまで許可したというのに、あまりにもあっさりと要求を拒否する輝矢に、怒りよりも驚きの反応を示す凡平。
「どんだけ図々しいんだよっ」
「それに、ウチのペットどもを返してもらわないといけませんしねぇ」
「・・・っ」
輝矢の図々しさに呆れ果てていた凡平が、輝矢のその言葉に、そっと眉をひそめる。
「・・・無駄だっ」
「・・・っ?」
ポツリと呟く凡平に、顔を上げる輝矢。
「無駄っ?」
「ああっ、アイツらは明日の正午っ、死刑になるからなっ」
「えっ…!?」
「死刑っ!?」
「・・・っ」
吐き捨てるように言った凡平の言葉に、桜時と凡子が大きく驚き、輝矢がそっと表情を曇らせる。
「死刑ってっ…ホントなのっ?お兄ちゃんっ」
「ああっ、さっき町長に聞いた」
信じられないといった表情で問いかける凡子に、凡平がしっかりと頷く。
「そこまでするなんてっ…」
「フザけんじゃねぇっ!!」
『・・・っ』
凡子の言葉を遮って怒鳴りあげる桜時に、凡平と凡子が少し驚いた表情で、振り返る。
「死刑ってっ…!アイツらが何やったってゆーんだよっ!?」
「それはっ…」
まっすぐな瞳で怒鳴りあげる桜時に、少し俯く凡平。
――――でっでもっ…!別に町人に危害を加えたわけでもないのにっ…!――――
それは、先程、凡平も持った思い。
「それはっ…」
――――獣人どもに何をされたのか…忘れたわけではないだろう…?――――
「・・・っ」
思い出される町長の言葉に、凡平が強く唇を噛み締める。
「アイツらがっ…“獣人”だからだっ…」
「んだとっ…!?」
絞り出すように言い放った凡平に、桜時が大きく目を見開く。
「獣人だってだけでっ、お前らは人を殺すのかっ!?」
「桜時サンっ…!」
凡子が止める間もなく、怒りの表情を全面に押し出した桜時が、勢いよく凡平に掴みかかった。
「フザけんじゃねぇよっ!!お前らっ、一体っ!獣人のことっ、何だと思っ…!」
「ハチっ」
「・・・っ!」
さらに凡平を責め立てようとした桜時が、後ろから強く名を呼ぶ輝矢の声に、言葉を止める。
「・・・っ」
桜時がふと後方を振り返ると、厳しい表情を見せた輝矢が立っており、桜時はそっと目を細め、凡平を掴んでいた手を下ろした。
「凡子」
「えっ?」
前へ出て、桜時と並ぶように立った輝矢が、凡子へまっすぐな瞳を向ける。
「先程、アナタは言いましたね。“獣人そのものの存在が許せない”と…」
「・・・っ」
輝矢から自分の放った言葉を繰り返され、凡子が少し眉をひそめて俯く。
「何故です?何故、獣人が許せないのです…?」
輝矢が凡子へ、問いかけを続ける。
「理由もなく嫌うにしては、度が過ぎているように思えますが…?」
「それはっ…」
俯いたままの凡子が、少し躊躇うような表情を見せる。
「お前らには関係ないことだっ!」
「お兄ちゃんっ」
代わりに言い放つ凡平に、凡子が少し驚いたように顔を上げる。
「凡子、余計なことは言わなくていいぞっ」
「でっでもっ…」
「こんな余所者に、話すようなことじゃあっ…」
「仲間が殺されそうだというのに、その理由さえ、教えていただけないのですか?」
「・・・っ」
輝矢の鋭い問いかけに、凡平が表情をしかめ、言葉を止める。
「それではこちらも引くに引けませんねぇ」
「・・・。」
どこか試すような物言いで、凡平を挑発する輝矢であったが、凡平は固く口を閉め、話す意志はまったくないと言わんばかりに深く俯いた。
「・・・っ」
そんな兄の姿を見て、そっと目を細める凡子。
「・・・“獅国”は、かつては、“獅人”と“人間”が、共存して暮らす、平和な国でした」
「・・・っ」
「凡子っ…!」
凡平の代わりに話し始めた凡子に、凡平が思わず声を荒げる。
「お前っ…!何をっ…!」
「でも数ヶ月、急に、国主である獅子戸銃が、卑劣な手段を使って、この国を手中に収めてしまったんですっ…」
「獅子戸っ…?」
凡平が止めようとするが、凡子は負けることなく話を進めた。凡子の言葉に、鹿男が眉をひそめる。
「卑劣な手段というのは…?」
「獣人の力を使って、町の子供たちを人質にっ…」
「なっ…!」
凡子の言葉に、桜時が思わず驚きの声をあげる。
「人質っ…!?国主がっ!?」
「ハイ…」
辛そうな表情で、しっかりと頷く凡子。
「その子供たちの中にはっ…」
「俺たちの弟も入ってるっ」
『・・・っ』
最後の部分だけを、凡子の代わりに凡平が言い放つ。その凡平の顔には、怒りと憎しみの情が浮かび上がっていた。
「私たちは獅子戸から強制労働をさせられ、それでも人質のために逆らうことは出来ず、まるで奴隷のように毎日を生きていますっ…」
「そうですか…」
声を震わせ、今にも泣き出しそうな表情を見せる凡子を見て、頷きながら、そっと目を細める輝矢。
「それで町人たちは、獣人に対して過敏になって、あのようなことをっ…」
「ええっ、新たな悲劇を生まないように、早めに対処をしようって町長がっ…」
「これでわかっただろっ?」
凡子の言葉を遮り、凡平が輝矢へ、乱雑に問いかける。
「俺たちが、獣人嫌いな理由がっ」
「・・・。」
睨みつけるように見つめてくる凡平を見て、輝矢が目を細める。
「ええっ」
短く頷く輝矢。
「けどっ、ウチのペットどもが殺される理由としては、今一つ、納得出来ませんね」
「何っ?」
輝矢の言葉に、顔をしかめる凡平。
「それにっ…」
何か気になることがあるかのように、輝矢がそっと表情を曇らせる。
「違うっ…」
『へっ…?』
割って入ってくるその声に、輝矢や凡平たちが、目を丸くして、一斉に振り向く。
「違うっ」
「鹿男っ…?」
輝矢たちが振り向いた先には、いつもとは打って変わって真剣な表情を見せた、鹿男の姿があった。“違う”という言葉を繰り返す鹿男に、輝矢が眉をひそめる。
「鹿男、違うとは何のっ…」
「レオもレオの父ちゃんもっ、そんなことは絶対にしないよっ!」
「・・・っ」
強く言い放つ鹿男に、輝矢が驚いた表情を見せる。
「レオ…?国主の息子か。お前っ、国主の息子と知り合っ…」
「よしっ!!俺っ、レオに聞いて、確かめてくるっ!!」
『へぇっ!?』
凡平の言葉が終わらないうちに、思い立ったように言い放ち、いつもの陽気な笑顔に戻って、凡平たちの家を飛び出して行く鹿男。
「おっおいっ!鹿男っ!ちょっと待っ…!」
「あっ、ハチっ」
鹿男を追って行こうとした桜時の手を、輝矢が強く掴み止める。
「・・・っ!」
触れる輝矢の手に、顔色を赤く染める桜時。
「うっ…!」
――――パシンっ…!!――――
「・・・っ」
振り向いた桜時が、勢いよく輝矢の手を振り払うと、輝矢が大きく目を見開いた。
「あっ…」
強く振り払った自分の手を見て、桜時が少し焦ったような表情を見せる。
「わっ悪っ…」
「ハチは何かあった時のために、この場をお願いします…」
「えっ…?」
謝ろうとした桜時の言葉を遮り、そう言う輝矢。桜時が戸惑った様子で顔を上げると、そこには深く俯き、表情の見えない輝矢の姿があった。
「鹿男は…私が追いますのでっ…」
「えっ?あっああっ…」
表情を見せない輝矢の言葉に頷きながら、桜時もゆっくりと俯いていく。
「凡子、獅子戸の家の位置を教えていただけますか?」
「えっ?あっはい、町の一番、北にある、町で一番、大きな屋敷です」
「わかりました」
「あっ」
凡子の答えに頷くと、輝矢は、凡子が止める間もなく、鹿男を追いかけるようにして、凡平たちの家を出て行った。家の中に、沈黙が流れる。
「桜時…サン…?」
戸惑うように、桜時の方を見つめる凡子。
「・・・。」
深く俯いた桜時は、振り払ったその手を見つめ、どこか悲しげな表情を見せていた。
「ふぅっ」
凡平と凡子の家を出た輝矢が、もう真っ暗な町中を走り、先に出て行った鹿男の姿を探すように、辺りを見回す。
「ったく、あのアホウ、どこまでっ…あっ…」
ふと、額の汗を拭おうと上げた手を見て、輝矢が表情を曇らせる。
「・・・っ」
“パシン”と強く、桜時に振り払われた手。
――――大丈夫か?――――
躊躇うことなく、凡子を助けた桜時。
――――犬仁ちゃんや犬智ちゃんとかとも、普通に接しとうしぃ――――
女性に対して、普通に接し始めた桜時。
――――うっ…!――――
輝矢を、拒絶した桜時。
「・・・私…だけ、かっ…」
その手を見つめ、そっと目を細める輝矢。
――――そりゃあ桜時が輝矢んのことをぉっ…!――――
「・・・“キライ”っ…?」
門貴の言葉に、その単語を3文字を付け足し、輝矢が俯く。
「心当たり…あり過ぎるなぁ…」
そう呟いた輝矢は、ひどく辛そうであった。
獅国・北端。獅国主・獅子戸銃の屋敷。
「父上っ…!」
屋敷の長い廊下に、大きな声を響かせるのは、短い金髪に、鋭い金目の青年。見るからに家柄の良さそうな、貴族風の格好をしている。国主・獅子戸銃の息子・レオであった。
「父上っ…!!」
「・・・。」
レオの声に、前方を歩いていた男が、ゆっくりと立ち止まる。
「何だ…?レオ…」
ゆったりとした口調で振り返る、レオと同じ金髪金目の40代半ばくらいの男。蓄えられた金色の鬚が、威厳を漂わせており、見るからに身分の高い者であることがわかる。この国の国主にして、誇り高き獅人の王、獅子戸銃であった。
「・・・っ」
その威厳を漂わせる父に、レオが少し怯むように顔をしかめる。
「あのぉ〜っ…えっとっ…」
先程、父を呼んでいた時よりも半分くらいの音量で、小さく言葉を繋ぐレオ。
「そのぉ〜っ…いつになったら、町の子供たちを解放する気なのかなぁ〜っなんてっ」
レオが茶目っけたっぷりの笑みを浮かべ、銃へと問いかける。
「いつ…だと…?」
「あっああっ…」
さらに瞳を鋭くする銃に、レオが思わず視線を逸らす。
「さぁなぁ…人間どもが我々に反抗する気をまったく失ったら、解放してやってもいいがっ」
「はぁ…」
残酷とさえ思える、冷たい笑みを浮かべる銃に対し、目も合わせずに大人しく頷くレオ。
「でっでもぉ〜っ…」
レオがかなり遠慮がちに、声を発する。
「そのぉ〜今まで通り〜っ、獅人と人間たちとで、上手くやっていけばいいんじゃないかなぁ〜みたいなぁ〜」
「レオ…」
「はっはいっ…!」
胸の前で両手の人差し指をツンツンとさせながら、締まりのない言葉を繋げていたレオが、銃に名を呼ばれ、すぐさま背筋を伸ばして、しっかりと返事をする。
「お前は…私のやり方に、文句をつけるのか…?」
「いえっ!まったくつける気はございませんっ!!」
銃の鋭い瞳に睨みつけるように見られ、レオが敬礼をして、大きな声で否定する。
「そうかっ…なら良いな…?」
「はっはいっ!!」
「お休み…」
レオがもう1度頷いたのを確認し、銃がレオに背を向ける。
「我が自慢の息子よっ…」
レオに背を向けた銃は、どこか含んだような怪しげな笑みを浮かべると、廊下を進み、レオの前から歩き去っていった。
「はぁっ…ドキドキしたっ…」
その場に1人残ったレオが、銃がいなくなった途端に、ホっと胸を撫で下ろした。
「あの顔、マジ怖いんだもんなぁ〜っ」
「レオ様っ!」
「んっ?」
自分の名を呼ぶ声が聞こえてきて、レオがふと顔を上げる。
「ライっ」
銃の去った方向とは逆の側から、レオの元へと駆け寄ってきたのは、長い金髪に穏やかな緑目の、レオよりは上に見えるが、まだ若い男。国主補佐で、レオの世話役でもある、ライであった。
「どうでしたっ!?銃様の説得はっ!」
「ダメだっだ」
「あっだぁぁぁぁっっ!!」
期待の表情で駆け込んできたライが、レオの即答を聞いて、駆け込んできた勢いそのままに、廊下に倒れ込んだ。
「ったく、何をしてるんですかぁ〜っ!毎日毎日っ!」
「しゃーねぇだろぉっ!?怖ぇーんだからっ!」
「国に戻るなり、“俺は生まれ変わった”と言い張ったのは、どこのどなたですっ!?」
「あっあれはっ、そのっ、だなぁっ」
ライの鋭い指摘に、レオが思わず口ごもる。
「豹変された銃様を説得し、この国を元の平和な国に戻せるのは、貴方しかいらっしゃらないのですよっ?」
「ううぅ〜んっ…」
ライの言葉に、レオが少し悩み込むように、首を捻る。
「まっまぁっ!明日は必ず説得すっからっ!」
「昨日も一昨日も先一昨日も、そう言いました」
「うっ…!」
厳しい突っ込みを入れられ、表情を歪めるレオ。
「ああ、それとっ」
「・・・っ?」
言葉を付け加えるライに、レオが顔を上げる。
「今日、旅の獣人3名、町人により、捕まえられたそうです」
「またかっ…」
ライの言葉を聞き、レオがどこか疲れたように、深々と肩を落とした。
「わかった。そっちは明日か明後日かに、俺が直接、町長に交渉に行っ…」
「出来れば早めにお願いしたいのですがぁ」
「へっ…?」
この屋敷では聞き慣れない、その凛とした声に、レオが少し戸惑うように、振り返る。
「あっ…」
「でないとウチのペットども、明日の正午には、死刑になってしまうそうなので」
レオが振り返った先には、開かれた窓の下枠に腰を下ろし、レオの方へ笑顔を向けている輝矢の姿があった。輝矢と目を合わせ、レオが少し目を見開く。
「おっお前はっ…」
「レオぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜っっ!!!」
「ぎゃああああっっ!!」
輝矢の方を見ていたレオが、横から突っ込んできた鹿男に、勢いよく吹き飛ばされる。
「レオ様っ…!?」
「痛つつつつつつっ…」
ライに支えられながら、痛そうに頭を抱えて、起き上がるレオ。
「一体、何っ…って、んっ?」
起き上がったレオの目が、目の前に立つ、陽気な笑顔の鹿男を捉える。
「しっ…鹿男っ!!?」
「久し振りぃ〜レオっ!」
激しく驚くレオに、鹿男は陽気に手を振った。
数分後。獅子戸家・応接室。
「はぁぁぁぁ〜〜〜んっ」
応接室の立派なソファーに腰を掛け、感心したように声を出すレオ。
「鹿男がオトポリに…なぁ」
「うんっ!そうなんだっ!」
まだ信じ切れていない様子で呟くレオに、向かいのソファーに座る鹿男が得意げに頷く。鹿男の隣には、輝矢が座っていた。
「ふぅぅぅぅぅ〜〜〜んっ」
レオがもう1度、感心して頷く。
「世も末だな」
「まぁ反論は出来ませんねぇ」
腕組みをし、きっぱりと言い放つレオに、しみじみと頷く輝矢。
「それで?国主の様子が、急に変わったというのは本当なのですか?」
「ええっ」
鹿男がオトポリに入った話を終わらせ、輝矢が表情を引き締めて、本題を切り出す。輝矢の問いかけに答えたのは、皆に茶を出しているライであった。
「皆の意見をまるで無視して、子供たちを人質に取り、町人たちに酷いことをっ…」
茶を出し終えたライが、その場に立ち上がり、険しい表情を見せる。
「人が変わったようにというか、もう別人としか思えませんっ…」
「・・・っ」
ライの言葉を聞き、輝矢が表情を曇らせる。
「俺が鹿国から戻って来た時には、もうすでに今の状態だったんだ」
レオが、ライに引き続き、話しをする。
「息子の俺から見ても…今の親父は、俺が鹿国に行く前とは、別人のように思える…」
――――この国を出て行けっ…!――――
臆病なレオに、国を出て行けと言った父。
「確かに、厳しい人ではあったけど…人質とか取るような人じゃなかったしっ…」
「別人…ですか…」
唇を手で押さえ、少し考え込むような表情を見せる輝矢。
「私は鬼人が銃様に成り変わっているのではないかと、考えております」
「・・・っ」
「おいっ!ライっ!」
ライの急な言葉に、輝矢がふと目を細め、レオが少し焦ったように声をあげる。
「てっててて適当なこと言うなよっ!しょっ証拠もないのに、ききき鬼人なんてっ…んな怖ぇことっ…!」
「いえ、そうかも知れません」
「えええぇぇぇぇぇぇっっ!!?」
輝矢がライの言葉を肯定するようなことを言うと、やけに震えた声で訴えていたレオが、一気に泣きそうな表情を見せる。
「オトポリに鬼人の目撃情報が来ていたようですし」
「また鬼人なのぉぉっ!?俺っ、泣いちゃうっ!」
「大丈夫だよぉ〜レオぉ〜っ!俺っ、付いてるしぃ〜っ!」
「何の慰めにもならねぇーよっ!!」
陽気な笑顔を見せる鹿男に、強く怒鳴りあげるレオ。
「その真偽の程を確かめて欲しいとお願いしたのに、このヘッポコライオン様がっ…」
「うっせっ!怖いもんは怖いんだから、しょーがねぇーだろっ!?」
「はぁっ…」
ライに冷たい視線を投げかけられながらも、必死に怖いことを訴えているレオの姿に、輝矢がどこか呆れたように肩を落とす。
「それでは鹿国に居た時と、何も変わっていないではありませんか」
「うっ…」
勇気を持ち、臆病であった自分から卒業したからこそ、レオは鹿国を出て、自国に戻ったのだ。だが今も持てない勇気に、レオがどこか面目なさそうに顔を下へ向ける。
「それで、竹取様」
「はいっ?」
ライに名を呼ばれ、輝矢が振り向く。
「鬼人が銃様に化けているとすれば、その目的は何なのでしょうか?」
真面目な表情で、問いかけるライ。
「やはり、この獅国…?」
「・・・っ」
問いかけを続けるライに、輝矢がそっと俯く。
――――お前たちも…獣人か…?――――
――――新たな悲劇を生まないように、早めに対処をしようって町長がっ…――――
思い出される言葉。
「いえっ…」
「えっ…?」
そっと否定する輝矢に、ライが目を丸くする。
「鬼人の狙いは恐らく…“獣人狩り”…」
『獣人狩りっ?』
「ええっ」
声を揃えたレオとライに、輝矢が顔を上げる。
「鬼人にとって、特殊能力を持つ獣人たちは、自分たちを殺す可能性のある脅威の存在です」
厳しい表情で、言葉を続ける輝矢。
「そんな邪魔者たちを、自分の手を汚さず、人間たちが始末してくれるよう、仕組んだのでしょう…」
「じゃあ虐げられた町人たちの、その後の行動を計算してたってことかっ…」
「いえっ…」
「へっ?」
またもや否定する輝矢に、首を傾げるレオ。
「1匹でやっているにしては、事が上手く運び過ぎている…」
輝矢が、鋭い瞳を見せる。
「町に…もう1匹いるかも知れませんね…」
『えっ…?』
輝矢の言葉に、レオとライは眉をひそめた。
その頃、町はずれの罪人牢。
「ぐごぉぉーーっ!ぐごぉぉーーっ!」
「すぅ〜っ…すぅ〜っ…」
「ったく…」
牢の中から聞こえてくる、2つの寝息と、1つの呆れきったような声。
「この状況でよく寝れるもんだねぇ〜ホントっ」
その呆れきった声を出しているのは、牢の壁にもたれかかり、座り込んでいる馬ロンであった。馬ロンが見つめる先には、床に寝転がり、すっかり寝こけているモンキとユキジの姿がある。
「何という無繊細さっ、育ちの良すぎる僕には逆に羨ましいよっ」
寝ている2人を相手に、馬ロンがぶつくさと1人でしゃべる。
「んっ…?」
その時、牢の外に人の気配を感じ、馬ロンが素早く顔を上げた。
「君はっ…」
「・・・。」
馬ロンが顔を上げると、牢の前に、少し困惑するような表情を見せた、凡平が立っていた。
「やあっ」
「・・・っ」
馬ロンが軽く微笑み、挨拶をすると、凡平が顔をしかめ、その場を去ろうと馬ロンに背を向ける。
「待ちたまえ」
「・・・っ」
呼び止められ、去ろうとした足を止める凡平。足を止めた凡平が、再び馬ロンの方を振り返った。
「少し、話し相手になってくれないか?」
「・・・。」
馬ロンのその誘いに、凡平はさらに複雑そうな表情を見せた。
「あんたは…寝ないのかっ…?」
「生憎、牢の中でがぁーがぁー寝れるほど、雑に出来てなくてねぇっ」
牢の鉄格子を間に挟み、背を向け合うようにして座り込む馬ロンと凡平。モンキとユキジの寝息が響く中、2人は小声で言葉を交わす。
「君こそ、寝ないのかい?もう夜中だろう」
馬ロンが凡平に聞き返す。
「獣人への怒りが収まりきらなくて、寝れないかい?」
「べっ別にそんなわけじゃっ」
少し口元を緩め、茶化すように問いかける馬ロンに、凡平は馬ロンには見えはしないが、慌てて首を振る。
「ただっ…」
そっと視線を落とす凡平。
――――僕は、君から何かを奪う気なんて、さらさらないからね――――
――――獣人が我々人間に何をしたか…忘れたわけではあるまい…?――――
――――お前らはっ…!獣人ってだけで、人を殺すのかっ…!?――――
頭を巡る、たくさんの言葉。
「色々と…考えてただけでっ…」
「・・・そうかっ」
凡平の戸惑いを隠しきれないその声に、馬ロンが短く頷く。
「凡平は、“オトポリ”を知っているかい?」
「えっ?」
不意な馬ロンの問いかけに、凡平が少し間の抜けた声を出す。
「ああっ、御伽警察だろっ?正義だの何だの言ってっけど、あんなのどうせ、獣人たちが自分の力を誇示したいだけっ…」
「僕はね、凡平」
「・・・っ?」
凡平の言葉を遮り、話を始める馬ロンに、凡平が少し眉をひそめる。
「小さい頃に、生まれた村を、鬼人に襲われてしまったんだよ」
「えっ…?」
馬ロンの言葉に、凡平の表情が曇る。
「幸い、家族はみんな無事だったし、運よく大国の龍国に移り住むことが出来たけれど…」
そっと置かれる、短い間。
「でも、生まれた村はなくなってしまった…」
「・・・っ」
耳を傾けていた凡平が、目を細め、そっと俯く。
「とても、悲しかった…」
言葉の通りに、悲しげに微笑む馬ロン。
「だからね、悲しい思いをする人が少しでも減るようにしたくて、僕はオトポリに入ったんだ」
「・・・馬ロンっ…」
凡平が少しだけ後方を振り返り、背中合わせの馬ロンを見る。
「もっとも、君たち人間にとっては、鬼人も獣人も、そう変わらない存在なのかも知れないけどねぇ」
「そんなことはっ…!」
「えっ…?」
馬ロンのその言葉に、思わず立ち上がり、声を荒げる凡平。牢の方を向いた凡平を、振り返った馬ロンが、少し驚いたように見る。
「えっ?あっ!いやっ!そのっ…」
凡平が、勢いよく否定した自分自身に、驚いているような顔を見せる。
「俺っ…何言って…」
「・・・っ」
自分自身に困惑している凡平を見つめ、馬ロンは穏やかな笑みを浮かべた。
「凡平っ」
「・・・っ?」
また名を呼ばれ、俯いていた凡平が顔を上げる。
「僕は君から何も奪いやしないし、もし君に、獣人のせいで失ったものがあって、それで…」
ゆっくりとした口調で、言葉を続ける馬ロン。
「それで、君が悲しい思いをしているのなら…」
馬ロンのまっすぐな瞳が、凡平を捉える。
「僕は…君を救おう…」
「・・・っ!」
馬ロンのその言葉に、凡平が驚いたように大きく目を見開く。
「んだよっ!偉そうにっ…!」
凡平が、突いて出たように声をあげる。
「だっ誰がっ…!お前みたいなっ…!」
焦ったように声を張る凡平。
「お前みたいな獣人なんかにっ…!!」
「確かに僕は獣人だが、オトポリとしての誇りは持っている」
「・・・っ」
濁りのない、まっすぐな瞳に捉えられ、凡平の否定しようとしていたその言葉は、思わず止まる。思わず信じてしまいそうになる、力を貸してと願いそうになる、その瞳。
「俺はっ…」
――――獣人が我々人間に何をしたか…忘れたわけではあるまい…?――――
「俺はっ…!」
――――バァァァァァァァァァァァーーーーンっっ!!――――
『・・・っ!』
外から聞こえてくる激しい衝撃音に、馬ロンと凡平が一斉に振り向く。
「んん〜っ?」
「何っ?今の音っ」
その音に、寝こけていたモンキとユキジも、目を覚ます。
「外からのようだが」
「町で何か…俺、ちょっと見っ…」
「きゃああああああああああああああっっ!!!」
「鬼人だあああああああああああっっ!!」
『・・・っ!』
凡平が外へと出ようとしたその時、牢の中にまで聞こえてくる、激しい叫び声が響き渡った。
『鬼っ…鬼人っ…!?』
聞こえてくる叫びに、皆が声を揃えた。
その頃、凡平・凡子の家。
「うぅ〜んっ…」
家の前に立ち、左右を交互に何度も振り向いて、何かを探すような素振りを見せる凡子。
「こんな遅くにどこ、行っちゃったんだろう?お兄ちゃんってば」
凡子が家の前に出てまで待っているのは、輝矢と鹿男が出てすぐに、どこかへとふらっといなくなってしまった兄・凡平であった。
「あっ!もしかして、私が桜時サンと2人っきりになれるように、気を遣ってくれてるんじゃっ…!」
「凡子っ」
「ふわあああぁっ!」
「うわああっ!」
急に後ろから声を掛けられ、大きく驚く凡子に、逆に大きく驚く桜時。
「ごっごめんっ」
「いっいえっ!」
桜時がとりあえず謝ると、凡子は必死に首を横に振った。
「あっあのっ…さっきは悪かったな…」
「えっ…?」
再び謝る桜時に、少し目を丸くする凡子。
「事情も知らないでっ…そのっ、お前の兄貴にひどいこと、言っちまってっ…」
「・・・っ」
――――お前らはっ!獣人だからってだけで人を殺すのかっ…!?――――
桜時が謝っているのは、恐らく、先程凡平に掴みかかった、あの時のことであろう。仲間を殺されるかも知れないのだ。桜時の怒りは最もだ。だというのに、桜時は弟を人質にされている凡平と凡子の気持ちを汲み、申し訳なさそうな表情を見せている。
「桜時サンっ…」
そんな桜時の優しさに触れ、凡子は少し頬を赤く染め、穏やかに微笑んだ。
「やっぱり素敵な人っ…」
「へっ?」
「あっ!いえっ!何でもありませんっ!」
思わずうっとりと呟いてしまった凡子が、顔を上げる桜時に、慌てて首を横に振る。
「そっそれにしてもお兄ちゃんっ、遅いですねぇ〜っ」
「ああっ、凡平なら、俺が探してくるから、凡子は先に休んでていいぞ?」
「そっそんなっ…!お客様にそんなこと、させるわけにはっ…!」
「凡子…」
『うわああああっ!!』
玄関先で向かい合って言葉を交わしていた桜時と凡子が、突然、横から聞こえてくる声に、同時に大きく驚く。
「って、町長?」
「・・・。」
2人が振り向いた先に立っているのは、体格のいい中年の男。
「町長っ…?」
凡子の言葉に、桜時がそっと眉をひそめる。門貴たちが捕まった時に、獣人であるかを問いかけてきたあの男であることを認識し、桜時はさらに表情を曇らせた。
「町長、どうしたんですか?こんな時間に」
「なぁ〜にっ…」
不思議そうに問いかける凡子に、町長は薄い笑みを浮かべる。
「少しばかり…獣人臭くてなぁ…」
「えっ…?」
「・・・っ」
怪しげな笑みを見せる町長に、桜時はそっと厳しい表情を作った。
「レオ様ぁぁっっ!!」
『・・・っ?』
獅子戸家の応接室で、輝矢やレオたちが話をしていた時、部屋に獅子戸家の従者が、勢いよく駆け込んできた。その表情からは、かなり急いで来たことがうかがえる。
「どっどうしたぁ?」
「何かあったのか?」
そんな従者に、戸惑うように問いかけるレオと、鋭い表情を見せるライ。
「そっそれがっ…!」
従者が、大きく口を開く。
「町に大量の鬼人がっ…!!」
「何っ!?」
「鬼人っ?」
従者の言葉に、思わず立ち上がるレオ。輝矢も、一気に険しい表情となる。
「はいっ!町人たちが襲われておりますっ!」
「レオ様っ!」
「ああっ!すぐに獅子警護団を町に行かせろっ!」
ライの声に大きく頷き、レオが従者に指示を出す。
「しっしかしっ…!銃様の許可がっ…!」
「んなもん、取ってる場合かっ!!」
「はっはいっ!!」
レオが強く怒鳴りつけると、従者はしっかりと頷き、急いで部屋から飛び出して行った。
「警護団というのは、それなりに使えるのですか?」
「えっ?あっまぁ、数人の“獅人”で構成されてるから、それなりに強いとは思うけどっ…」
ふと曇る、レオの表情。
「数が多いとなるとっ、ちょっと対処しきれねぇーかもなっ」
「サルたちは牢、ハチは獣人ではないことになっていますから、力なんて使えないでしょうしっ…」
レオの言葉を受け、輝矢が少し困った表情を見せる。桜時や門貴たちが動けなけい上、その警護団の手に負えなければ、町人たちに大変な被害が出る。
「どうすればっ…」
「ぐぅっ」
「・・・っ?」
そのあだ名を呼ばれ、輝矢が横に座っている鹿男の方を振り向く。
「何です?鹿っ…」
「町に行って、町の人たちを助けてあげてっ」
「えっ…?」
笑顔でそう言い放つ鹿男に、輝矢がそっと眉をひそめる。
「しかし、国主に化けている鬼が動き出す可能性があります。人質もいることですし、今、ここを動くわけにはっ…」
「ここにはっ、俺がいるっ」
「・・・っ」
鹿男が自信を持って笑うと、輝矢は少し驚くように目を見開いた。
「バっ…!何、言ってんだよっ!?鹿男っ!相手は鬼だぞっ!?鬼っ!!」
言い切った鹿男に、必死に声を掛けるレオ。
「退治屋に居てもらった方がっ、俺たちの身も安全に決まっ…!」
「ぐぅっ!」
鹿男がレオの言葉を遮り、強く輝矢のあだ名を呼ぶ。
「俺っ、オトポリっ!」
「・・・っ」
真剣でまっすぐな瞳を見せて、そう叫ぶ鹿男。そんな鹿男を目の前にし、輝矢が少し目を細めた。
――――今行かなかったらっ…!何のためにオトポリに入ったのか、わかんないよっ!!――――
初めから、鹿男はそう叫んでいた。鹿男はここへ、レオを、レオの国を、助けに来たのだ。オトポリの隊員として。
「・・・わかりました」
「ええええぇぇぇぇぇっっ!!?」
「ぐぅ〜っ!」
そっと微笑んで頷く輝矢に、レオが困ったような叫び声をあげ、鹿男が嬉しそうに笑う。
「では、ここはお願いしますよっ」
輝矢がそう言って立ち上がり、部屋の窓の方へと歩み寄っていく。
「オトポリ隊員っ!」
「おうっ!」
「・・・っ」
「ああっ…!」
鹿男がしっかりと頷いたことを確認すると、輝矢は表情を鋭くし、レオが止める暇もなく、開け放った窓から屋敷の外へと飛び出して行った。
「あぁ〜あぁ…行っちまったぁ…」
輝矢が居なくなると、その場でがっくりと肩を落とすレオ。
「俺のっ…安全保障がぁ…」
「大丈夫だよっ、レオっ!俺っ、いるしっ!」
「全然っ、少しの“ホッと感”もねぇーわっ!!」
明るく励ます鹿男に、レオが勢いよく怒鳴りあげる。
「それにっ、レオもいるっ!」
「・・・っ」
屈託のない笑みの鹿男の言葉に、今さっきまで泣きそうになっていたレオが、ハッとした表情を見せ、しばらくの間を置いた後、そっと口元を緩めた。
「やっぱお前にゃっ、敵わねぇーなっ」
「へへっ!」
微笑むレオを見て、さらに大きく笑う鹿男。
「よしっ!行くぞっ!鹿男っ!」
レオが、その金色の瞳を、鋭くする。
「親父に化けたっ…鬼のところへっ…!!」
「おうっ!」
レオの言葉に、鹿男はしっかりと頷いた。
「町に鬼人だなんてっ…」
町に鬼人が出たという驚きで、その真偽を確かめることもなく、牢の前に茫然と立ち尽くす凡平。
「おサルくんっ!」
「おぉ〜うっ!」
「へっ?」
――――ボォォォォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
茫然としていた凡平が、牢の中から聞こえてくる会話と、変身する時の音に、どこか戸惑うように振り返る。
「よっとぉ〜っ!」
「・・・っ」
人化して、素早く如意棒を構える門貴。そんな門貴を見て、凡平が目を見開く。
「いっくでぇ〜っ!ニュー如意棒っ!初陣やぁっ!」
「ちょっ…!何してんだっ!やめろっ!!」
「へぇ〜っ?」
必死に止める凡平に、門貴が不思議そうに首を傾ける。
「なんでぇ〜?町が鬼人にヤラれてもても、ええのぉ?」
「そうじゃないっ!けどっ…!」
凡平が必死な表情を見せる。
「ここで牢から出たりなんかしたらっ…!本当に死刑が免れなくなっ…!」
「なぁ〜んやっ、そんなことかぁ〜っ!」
「えっ…?」
「如意棒っ!第1の舞っ…!」
必死な凡平の言葉をあっさりと跳ねのけ、門貴が笑顔のまま、瞳だけを鋭くして、如意棒を構える。
「“空”っ…!!」
――――バァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!!――――
「・・・っ!」
如意棒から激しく巻き起こった風に、一気に切り裂かれる牢の鉄格子。頑丈な鉄格子が、まるでゴボウのように切り落とされていくその光景に、凡平は大きく目を見開いた。
「こっこれがっ…獣人の力っ…」
凡平が、唖然とした様子で呟く。
「うっわぁ〜、無駄に威力上がってんじゃなぁ〜い?」
「無駄とか言わんといてぇっ!ユッキーっ!」
どこか引きつった表情を見せるユキジに、泣きそうになりながら訴える門貴。
「きゃああああああああああっっ!!」
『・・・っ』
再び聞こえてくる悲鳴に、暢気な会話を繰り広げていた門貴とユキジが、すぐさま表情を引き締める。
「ユッキーっ!」
「うんっ!」
――――ボォォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
ユキジは白い煙に包まれ、人化すると、門貴とともに牢を出て、悲鳴の聞こえてきた外へと駆け出して行った。
「さてと、僕も行くかな」
「あっ」
そう言って馬ロンが立ち上がり、2人を追うように、牢の外へと出る。
「なんでっ…!」
「・・・っ?」
外へと行こうとした馬ロンが、後方から聞こえてくる凡平の声に足を止め、ゆっくりと振り返った。
「なんでっ…!?なんで助けようとするっ!?俺たちはっ…!あんたたちにひどいことしたのにっ…!」
戸惑った表情で、言葉を放つ凡平。
「なんでと言われても、僕はオトポリの隊員だから、鬼人を倒すのが仕事だしねぇ」
馬ロンが少し困ったように、首を捻る。
「それにっ…」
そっと口元を緩める馬ロン。
「僕たちは確かに“獣人”だけど」
馬ロンの穏やかな笑顔が、まっすぐに凡平に向けられる。
「その前に、確かに、“人”なんだよっ」
「・・・っ!」
その馬ロンの言葉に、大きく目を見開く凡平。もう1度そっと微笑みかけると、馬ロンは凡平に背を向け、門貴と由雉の後を追うように、外へと飛び出して行った。
「・・・っ」
目を見開いたままの凡平が、馬ロンの去っていった方を見つめる。
「人っ…」
馬ロンの発したその言葉を、凡平は小さく繰り返した。
一方、桜時と凡子。
「じゅっ獣人臭いってっ…」
どこか凍りつきそうな、少しの間を置いた後、凡子が困ったように微笑んで、町長の言葉を繰り返す。
「町長っ、まだ桜時サンのことを疑ってるんですかっ?」
凡子が、少し責めるような視線を、町長へと送る。
「桜時サンは獣人なんかじゃありませんっ!!」
「・・・っ」
強く言い切る凡子に、桜時がどこか申し訳なさそうに俯く。
「それは…試してみれば…すぐわかる…」
「何っ…?」
「きゃああああああああああああああっっ!!」
「・・・っ!!」
薄く微笑んだ町長の言葉に、桜時が眉をひそめたその時、すぐ近くから激しい悲鳴が聞こえてきて、桜時は勢いよく振り向いた。
「なっ…!!」
「グガアアアアアアアアアアアアアアっっ!!」
「鬼っ…鬼人っ…!?」
町に並ぶ家を壊して、桜時たちの目の前へと現れる、赤色の皮膚に、1本の金色の角の生えた、禍々しい鬼。鬼の姿に、桜時が表情を険しくする。
「どっどうして町に鬼人なんてっ…!」
凡子が声を震わせながら、怯えるように桜時の後ろに身を隠す。
「獣人どもがおびき寄せたのかも知れんなぁ」
「えっ…?」
「お前っ…」
どこかわざとらしい口調で言う町長に、凡子は戸惑うように声を漏らし、桜時は鋭い瞳を町長へと向けた。桜時たちに合わせたかのように、現れた鬼人。そして、鬼人を前にしても、少しも焦った様子のない町長。
「まさかっ…お前がっ…」
「・・・っ」
1つの考えに行き着いた桜時を見て、町長がどこか楽しげに微笑む。
「グガアアアアアアアアアっっ!!」
「きゃああああああああああっっ!!」
「・・・っ!」
聞こえてくる叫び声に、振り向く桜時。桜時が振り向くと、そこには赤鬼に追いかけられ、涙を浮かべながら必死に逃げ惑っている町人の姿があった。
「クっ…!」
桜時が、村雨丸の柄に手をかける。
「戦う気か…?止めておけ」
「何っ…!?」
町長のその言葉に、桜時が柄を持ったまま、少し怪訝そうに振り返る。
「ただの人間が、鬼人と戦ったところで、殺されるだけだ」
試すような笑みを、桜時へと向ける町長。
「“獣人”でもない限り…なぁっ」
「・・・っ!」
笑う町長に、ハッとした表情を見せる桜時。ここで今、桜時が“花力”を使って鬼人を倒せば、桜時が獣人であることがバレる。あの鬼人は、罠なのだ。
「そっそうですよっ!桜時サンっ!危ないですっ!」
「・・・っ」
すぐ後ろには、桜時のことを“獣人ではない”と信じ切っている凡子。桜時の身を案じる凡子の声に、桜時はきつく唇を噛み締めた。
「きゃあああああああああああっっ!!」
「・・・っ!」
再び聞こえてくる悲鳴に、桜時が再び、強く村雨丸を握り締める。
「ごめんっ、凡子」
「えっ…?」
そっと謝る桜時に、凡子が眉をひそめる。
「桜時サン…?」
「嘘ついて、ごめん」
戸惑う凡子に、桜時がもう1度謝る。
「けどっ…」
桜時がゆっくりと、凡子の方を振り返る。
「この町と、お前らの弟はっ、俺たちが絶対に助けるからっ…!!」
「・・・っ!」
桜時のその、一切の曇りのないまっすぐな瞳に、凡子は衝撃が走ったかのように、大きく目を見開いた。
「村雨丸っ…!」
凡子から鬼人へと視線を移した桜時が、素早く村雨丸を抜き、鬼人のもとへと駆け込んでいく。
「“瞬花っ…」
「グガっ…?」
向かってくる桜時に、気付いたばかりの鬼人へと、村雨丸を構える桜時。
「・・・っ終刀”っ!!」
「グっ…!」
高々と飛び上がった桜時が、鬼人へ向けて、まっすぐに村雨丸を振り下ろす。
「ギャアアアアアアアアアアアアアっっ!!」
――――パァァァァァァァァァァーーーーンっ!!――――
『・・・っ!!』
村雨丸に縦断された鬼人の体が、一瞬にして無数の桜の花びらと変わり、散っていく。その美しい光景に、見ていた凡子や町人たちが、大きく目を見開いた。
「桜…?」
「これって…」
鬼人の恐怖からは逃れたものの、降り注ぐ桜の花びらに、町人たちが桜時へ、疑いの視線を向ける。
「特殊能力…」
凡子も、桜を見つめ、茫然と呟いた。
「やはり…“獣人”…」
「・・・っ」
すぐ近くに立つ町長の言葉を聞き、凡子は思わず、その場にしゃがみ込んだ。
「桜時サンが…獣人っ…」
力の抜け切った様子で、呟く凡子。
「・・・。」
桜の降る中、着地した桜時が、村雨丸を構えたまま、鋭い瞳で町長の方を振り返る。
「ついに本性を現したなぁ、獣人っ…」
「お前っ…」
どこか楽しげな町長を、桜時が突き刺すように見つめる。
「お前の目的は一体っ…」
「グガアアアアアアアアアアっっ!!」
「・・・っ!」
町長へと問いかけようとした桜時の声が、激しい雄たけびに掻き消される。
「クっ…!」
「グガアアアアアアアアアアアっっ!!」
桜時が空を見上げると、真っ暗な夜空に、巨大な翼を広げた、紫色の鬼が浮かんでいた。
「もう1匹っ…!?」
焦りの表情を見せた桜時が、慌てて村雨丸を構える。
「グガアアアアアアアアっっ!!」
「えっ…?」
「凡子っ…!!」
翼を広げた紫鬼が、力なくしゃがみ込んでいる凡子の元へと、まっすぐに降下していく。
「クッソっ…!!」
「・・・っ」
「何っ!?」
凡子の元へと行こうとした桜時の前に、立ち塞がるのは町長。
「てめぇっ…!何をっ…!」
「町人1人くらい死んでおいた方が…お前らを死刑にしやすい…」
「何だとっ…!?」
冷たく微笑む町長に、大きく目を見開く桜時。
「きゃあああああああああああああっっ!!」
「凡子っ…!!」
聞こえてくる悲鳴に、桜時が顔を上げる。
「グガアアアアアアアアアアアアアアっっ!!」
「いやあああっ!!!お兄ちゃんっ…!!」
目の前へと迫った紫鬼に、凡子は頭を抱え、必死に叫んだ。
「“下弦”っ…」
その時、1つの声が、悲鳴と雄たけびの中に、割って入る。
「“水月”っ…!!」
――――バァァァァァァァァァァァーーーーンっ!!――――
「ギャアアアアアアアアアアアアアアっっ!!!」
凡子の周囲の地面から、突き上げるように飛び出した無数の水の刃が、降下してきていた紫鬼を直撃した。激しい断末魔を残して、紫鬼が夜空の中で、砂と化して、消えていく。
「ふぅっ」
「・・・っ」
凡子のすぐ傍へと、降り立つ人影。
「大丈夫ですか?凡子っ」
「あっ…」
まだ茫然としている凡子がゆっくりと顔を上げると、そこには三日月を構えた輝矢が立っていた。
「輝っ…!」
「獣…人っ…」
「えっ…?」
ホッとしたように笑顔を作り、輝矢の名を呼ぼうとした桜時が、凡子のその呟きに、表情を止める。
「獣人っ…」
怯えるような目で輝矢を見上げ、もう1度、その言葉を繰り返す凡子。
「獣人特有の特殊能力…」
どこか楽しげに笑いながら、町長がゆっくりと輝矢の方を振り返る。
「やはりお前も“獣人”かっ…」
「・・・。」
微笑む町長に、鋭い表情を見せる輝矢。
「輝矢がっ…」
町長と見つめ合う輝矢を見ながら、桜時が唖然とした表情で呟く。
「輝矢が…“獣人”っ…?」
桜時の声が、力なく落とされた。
其の六十三につづく。
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