第50章 砕かれる刃
――――私とともに来てもらいましょうか…“花を咲かす者”…――――
「梅人っ…!!」
牢戸知玖の手先と見られる薄荷たちと交戦を始めた輝矢たち。仲間に道を作ってもらい、桜時は1人、巨大イモムシにより運ばれていく梅人を追っていた。いつの間にか降り出した強い雨が、激しく桜時に打ちつける。
「梅人っ…!!」
桜時も全力で走るが、巨大イモムシの一歩は大きく、なかなかその距離は埋まらない。梅人の名を叫ぶ桜時の額から、雨に混ざって焦りの汗が流れ落ちた。
「キャラアアアアアアアアっっ!!!」
激しく咆哮をあげながら、薄荷に言われた通り、森の中の道を突き進む巨大イモムシ・キャラ。
「・・・っ」
その背の上で、厳しい表情を見せている、両手両足を縛られ、口を塞がれた梅人。
「梅人っっ!!!」
「・・・っ!」
聞こえてくるイトコの声に、梅人が目覚めたかのように大きく目を見開く。
「うっ…ううっ…!うっ…!」
口を塞いでいる布を歯で噛み、体ごと動かして強く引き、無理やり引き剥がす梅人。
「ぷはっ…!」
久しぶりに解放された口で、梅人が大きく息を吸う。
「・・・っ」
一呼吸すると、すぐさまその表情を鋭くする梅人。
「“瞬花”っ…!」
――――パァァァァァァァァァァァーーーンっ!――――
梅人の両手が赤色の光を放つと、梅人の両手両足を縛っていた縄が、梅の花びらとなって散っていった。拘束の解けた梅人が、イモムシの背の上で立ち上がる。
「桜時っ…!」
「・・・っ!梅人っ…!」
イモムシの背の上に梅人の姿を確認し、桜時が少し驚いたように目を開く。
「前方っ!50メートル先を狙ってっ!」
「えっ…?」
前方を指差し、叫ぶ梅人に、桜時が少し戸惑ったような表情を見せる。
「あっ…!」
何かに気付いたような表情となる桜時。
「わっわかったっ…!」
大きく頷き、桜時はすぐさま村雨丸を構えた。
「・・・っ」
梅人も桜時の方から前方へと視線を動かし、真剣な表情を見せて、両手を構える。
「“瞬花っ…」
イモムシの走っている50メートル先を狙い、村雨丸を振り上げる桜時。
「終刀”っ…!!」
桃色の一閃が、イモムシの巨体の下をくぐり抜け、50メートル先へと飛んでいく。
「“瞬花っ…」
イモムシの上から、桜時の放った一閃の飛んでいく先をまっすぐに見つめ、両手のひらを向ける梅人。梅人の両手が赤色に強く輝く。
「終掌”っっ!!」
梅人の両手から放たれる赤色の光のかたまり。まっすぐに降下していく赤光が、飛んで来た桜時の桃色の一閃を合わさり、その先の地面へと直撃した。
――――パァァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
赤と桃の花びらへと変わる地面。
「キャラアアアアアアアアアアアアっっ!!」
花びらが簡易落とし穴を作り、その花びらで出来た穴の中に、巨大イモムシが頭から落ちていく。
「・・・っ」
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
「クっ…!」
白い煙に包まれ、雀化すると、梅人が翼を広げ、落ちていくイモムシの背の上から、少し慌てて飛び立つ。
「キャラアアアアアアアアっっ!!」
「うわっ!」
勢いよく沈んでいくイモムシの巨体が巻き起こした風に、飛んでいる小さな梅人の体が大きく揺さぶられる。
「梅人っ!」
そんな梅人の姿を確認し、慌てて駆け込んでいく桜時。
――――ボォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
駆け込んでいく桜時の体が白い煙に包まれると、そこから1匹の白いイヌが飛び出していく。
「よっ」
「うわああっ」
ハチが高々と飛び上がると、揺さぶられていた梅人がキレイにハチの背の上に落ちる。梅人を乗せたまま、ハチがしっかりと地面に着地した。
「大丈夫かぁ〜?梅人っ」
「もう背中の上はたくさんだよっ…」
声をかけるハチに、梅人は少しげっそりとした表情で呟いた。
「よしっ!急いで輝矢たちのところへ戻っ…!」
『フフフフフっ…』
『・・・っ!』
背後から聞こえてくる笑い声に、桜時と梅人が勢いよく振り返る。
『フフフフフっ…』
「あっ…!」
「お前らはっ…!」
2人の振り返った先の木の枝に座っていたのは、2人のよく似た少年であった。茶色の髪に、唯一の違いとも言える金と銀の瞳。
『また会ったねっ…お兄ちゃんたちっ…』
ゆっくりと微笑んだその者たちは、ロムとレムであった。
『・・・っ』
――――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
『・・・。』
ロムとレムの姿を確認すると、桜時と梅人はすぐさま人化し、鋭い表情を2人へと向けた。
「怖い顔っ…」
「子供にそんな怖い顔、向けちゃダメだよぉ〜?」
厳しい表情を見せる桜時と梅人に対し、ロムとレムは何とも楽しげな笑みを浮かべる。彼らがここにいるということは、牢戸知玖が絡んでいるとみて間違いないのであろう。
――――母親なんて、自分を生むまでの間、いればいいだけの存在でしょっ?――――
そして彼らは、桜時と梅人にとっては、因縁めいた相手。鬼となった母親を、自らの手で葬った双子。
『・・・っ』
桜時と梅人の表情が、さらに厳しいものとなる。
「なんでっ…」
桜時が突き上げるように、双子を見上げる。
「なんで梅人を狙ったっ!?お前らの目的は何だっ!?」
「僕らの…」
「目的…?」
問いかける桜時の言葉を、ゆっくりとした口調で聞き返すロムとレム。
『僕らの目的はただ、シルク様の願いを叶えること』
「シルクっ…」
その名とともに思い出されるシルクの姿に、桜時が少し表情を曇らせる。
「シルク様がソイツを連れて来いって言ったから」
「僕らはソイツを連れてくだけさ」
「あの女が…僕をっ…?」
双子の言葉に、梅人も眉をひそめた。何故、梅人を狙っているのかはわからないが、シルクが梅人を手に入れようとしているのは確かなようである。
「ネバーランドの時はあんまり遊べなかったからねっ」
「今度はたっぷり遊んであげるよっ」
そう言って、木の枝の上で立ち上がる双子。
『お兄ちゃんたちっ』
『・・・っ』
立ち上がった双子が高々と掲げた、それぞれの右手と左手を重ね合わせる。その様子に顔をしかめ、身構える桜時と梅人。
「また空間移動かっ…!」
双子のその動きには、見覚えがあった。空間を移動する時に、双子は互いの手を合わせていたのである。
「梅人っ!お前だけでもっ…!」
――――さっきは…言い過ぎたっ…――――
「・・・っ」
粘っランドでの戦いのことが思い出され、桜時は放とうとしていたその言葉をしまった。やっと歩み寄れたのだ。桜時は梅人のことを信用しなければならない。
「何っ?」
「・・・いやっ…」
問いかける梅人に、桜時が静かに首を横に振る。
「油断…すんなよっ…」
「・・・っ」
桜時のその言葉に、梅人が少し驚いたように目を開く。
「・・・うんっ」
しかしその後、少しだけ笑みを浮べ、再び表情を引き締めると、しっかりと頷いた。
『フフフフフっ…!!』
『・・・っ』
双子の笑い声とともに、周囲に広がっていく黒い空間。
――――パァァァァァァァァァァァァーーーーンっっ!!――――
その空間の中に、桜時と梅人は、呑み込まれていった。
「“三線”っ…!!」
剛也の手から、森に張り巡らされる、無数の糸。
「如意棒・第2の舞っ…」
糸の向かう先に立つ門貴が、ゆっくりと如意棒を振り上げる。
「“浄”っ…!!」
――――バァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
門貴の周囲に巻き上がった風が、飛んできた糸を、1本残らず、切り落とした。
「糸なんかじゃあっ、風には勝たれへんて言うたやろぉっ!?」
門貴が振り下ろした如意棒を、再び勢いよく振り上げた。
「これでも喰らいぃっ!如意棒・第1の舞っ…“空”っ…!!」
門貴の如意棒から放たれる、一陣の強い風。
「・・・っ」
その先に立つ剛也が、少し眉を動かす。
「“三線”っ!」
剛也が右手を高々と伸ばすと、そこからさらに細い糸を伸ばした。上方へと伸びた糸は、上にあるとある木の枝にしっかりと巻きつく。
「よっさぁ〜っ!」
「・・・っ」
巻きつかせた糸を絡め取り、上空へと浮き上がるようにして、門貴の放った風を避ける剛也。剛也のその様子に、門貴の表情が少し曇る。
「あないな使い方もあるんかいなぁ〜っ」
そう言って顔をしかめ、困ったように頭を掻く門貴。
「厄介やなぁ〜っ」
「能力の相性が悪いのは、お互い様さぁ〜っ!」
「・・・っ?」
糸で上空に浮かびながら、自信満々に言い放つ剛也に、門貴が少し戸惑うように顔を上げる。
「確かに風で糸は切れるけどぉ、俺は糸で風を避けれるさぁ〜っ」
門貴を見下ろすように見ながら、満面の笑みを浮かべる剛也。
「それにっ…」
剛也の口元がさらに緩む。
「お前は鈍チンださっ…」
「えっ…?」
今までと違ってどこか不適に微笑む剛也に、門貴が眉をひそめる。
「いつの間にか体中に糸が巻きついてることに気付かないほどにっ!“紅糸”っ…!!」
「・・・っ!何っ…!?」
剛也がそう叫んだ瞬間、門貴の視界に、門貴の全身に絡み付いている真っ赤な糸が突然、移り込んだ。
「これはっ…!うっ…!」
その糸が目に見えた途端に、門貴の体が自由に動かなくなる。
「クっ…!」
「その紅糸は、普段は目に見えない透明な色をしていて、俺の合図とともに真っ赤に染まるんさぁ〜っ」
「・・・っ」
何とか体を動かそうとしている門貴の元へ、枝に巻きついていた糸を切り、剛也が降りて来る。紅糸に囚われた門貴に、ゆっくりと歩み寄る剛也。
「戦いながら、お前の体にちょっとずつ巻きつかせていってたんさぁ〜」
剛也が、門貴のすぐ目の前へと立ち、そっと微笑む。
「お前、気付かんかったさっ…?」
「・・・っ」
門貴を嘲笑うかのような笑み。その笑みを目の前に、門貴はそっと唇を噛んだ。
「こないな糸っ…」
門貴が紅糸を睨むように見る。
「さっきみたいに風で叩っ切っ…!うっ…!」
先程同様に、風を巻き起こそうとした門貴であったが、その体は指の1本さえも、1ミリの距離さえも、自由に動きはしなかった。
「無駄さっ…紅糸は普通の三線よりも遥かに拘束力が高いっ…」
「クっ…!」
剛也の言葉に、門貴は唯一動く、表情だけを動かす。
「面白いことっ…してやるさぁ〜っ!」
「えっ…?」
「“操糸”っ!」
「えっ…!?」
剛也がそう言った瞬間、紅糸に引っ張られるようにして、如意棒を持つ門貴の右手が浮かび上がった。動かそうとしてもいないのに動いた自分の体を、門貴が戸惑うように見る。
「こっこれはっ…うっ…!」
門貴をさらに驚かせたのは、如意棒を纏うように巻き起こっていく、強い風のかたまりであった。
「そっそんなっ…!俺は何もしてへんのにっ…!」
「面白いさぁ〜っ…?ほれっ」
「ううっ…!!」
門貴の意志とは関係なく巻き起こった風が、勝手に動かされた右手と如意棒に勢いよく振り下ろされ、勢いよく放たれる。
「直撃コースさっ…」
「えっ…?・・・っ」
剛也のその言葉に眉をひそめた門貴が、視線を動かし、風の飛んでいった方を見る。
「・・・っ!ユッキーっ!」
放たれた風の飛んでいく先にいるのは、黒羽と交戦中の由雉であった。戦いに集中しているのか、風が向かって行っていることには気づいていないようである。
「ユッキーっ!!危ないっ!!」
「へっ?」
必死に叫ぶ門貴の声に、由雉がどうにか振り向く。
「うるさいなぁ〜何、ギャアギャア騒いでって…」
振り向いた由雉の視界に入る、勢いのいい風のかたまり。
「うわあああああああっ!」
――――バァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
風に気付いた由雉が、横に転がり込むようにして、慌てて風を避ける。由雉のかわした風は、森の1本の木を直撃し、勢いよくなぎ倒した。
「・・・。」
なぎ倒された木を見て、少し唖然とする由雉。
「可愛いボクに何してくれてんのさっ!このアホザルっ!!」
「ちゃうちゃうぅ〜っ!不可抗力やってぇ〜っ!」
強く睨みつけるように振り向く由雉に、門貴が少し泣きそうな表情で弁解する。
「俺ってば今、可哀想なマリオネット状態やねんからぁ〜っ!」
「そんなの自分が悪いんでしょっ!」
「ううぅ〜っ!ユッキーっ!冷たぁ〜いっ」
囚われ状態の門貴に対して、特に心配する素振りも見せない由雉。それどころか責め立てる由雉に、門貴がさらに泣きそうな表情を見せた。
「だいたい君はねぇっ…!」
「おい、剛也っ…」
「・・・っ?」
門貴にさらに追い討ちをかけようとした由雉が、横から剛也へと呼びかける黒羽の声に、その言葉を止めて振り向いた。
「人の獲物に手を出すな…」
黒羽が、鋭い黒の瞳を、剛也へと向ける。
「殺すぞっ…」
「ごっ…ごめんさぁ〜っ…」
黒羽の突き刺さるような瞳に睨まれ、剛也は少し怯えるような表情を見せて、小さな声で謝った。
「お前のせいで怒られたさぁ〜っ!」
「俺のせいではないやろっ!」
八つ当たりする剛也に、思わず言い返す門貴。
「味方同士の殺し合いなんて面白いと思ったけどっ…仕方ないさぁっ」
剛也が気を取り直すように、両手を構える。
「お前っ…」
「・・・っ?」
再び巻き起こる風。振り上げられる如意棒。
「自分で自分を殺せさぁぁぁっ!!」
「うっ…!!」
振り上げられた如意棒が、門貴自らを目がけて振り下ろされていく。
「うっ…うわあああああああああああああああああっっっ!!!」
絡む紅糸が、門貴の血で、さらに赤く染まった。
「・・・っ!門貴っ…!!」
自らの風に斬り裂かれていく門貴の姿に、先ほどまで怒っていた由雉が、思わず身を乗り出す。
「“右翼・裂っ…!」
「させると思うか…?」
「うっ…!」
剛也へ向け、青い羽根を投げ放とうと右手を振り上げた由雉の前に、素早く黒羽が立ち塞がる。
「喰らうがいい…我が漆黒の羽根…」
黒羽が懐から真っ黒が羽根を取り出し、右手に構える。
「“右翼・襲羽”っ…!!」
「クっ…!」
飛んでくる黒い羽根に、由雉が構えていた青い羽根の羽根先を変える。
「“右翼・裂羽”っ…!」
黒羽の放った羽根へ向け、青い羽根を放つ由雉。
――――バァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
2つの羽根がぶつかり合い、周囲に激しい衝撃風を巻き起こした。
「ううっ…!」
由雉の裂羽の威力の方が若干、弱かったのか、衝撃は由雉側に流れ、由雉は思わず身を屈めた。
「“左翼っ…」
「・・・っ!」
身を屈めていた由雉が、上から聞こえてくる声に、少し焦ったような表情で顔を上げる。
「うっ…!」
由雉の見上げた先には、高々と飛び上がり、またもや真っ黒の羽根を、今度は左手に構えた黒羽。
「消羽”っ…!!」
黒羽が黒い羽根を、下方にいる由雉へと投げ放つ。
「クっ…!“左翼・滅羽”っ…!」
由雉が慌てて赤い羽根を取り出し、向かってくる黒い羽根へと投げつけた。
――――バァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
2つの羽根がぶつかり合い、再び起こる衝撃。
「うっ…!うわああああああっ!!」
またも押し負けた分が流れてきて、由雉は後方へと弾き飛ばされた。
「うっ…ううっ…」
衝撃が収まった頃、転がるように地面に倒れ込んだ由雉が、ゆっくりと体を起こす。
「裂羽でも…滅羽でも押し負けるなんてっ…」
少し信じられないといった様子で呟きながら、体を起こす由雉。それもそのはず、由雉は鳥類の中でも、かなりの色羽の使い手であった。自分が色羽で誰かに劣るなど、今までなかったことであるし、考えてもみなかったのである。
「少し…羽根の力に頼り過ぎているのではないか…?」
「・・・っ」
聞こえてくる声に、由雉が顔を上げる。するとそこには、地面へと降りてきた黒羽の姿があった。黒羽は余裕のある落ち着いた表情を、由雉へと向けている。
「いくら羽根の力が強いといっても…自分の力を磨くことを忘れてはいけないなぁ…」
「・・・っ」
微笑む黒羽に、顔をしかめる由雉。
「ボクにそういう偉そうな口っ…きかないでくれるっ…!?」
「・・・っ?」
勢いよく立ち上がった由雉が、そのままの勢いで高々と上空へ飛び上がる。
「これでっ…!」
由雉が下方にいる黒羽を見つめ、勢いよく両手を広げた。
「“百裂羽”っ…!!」
上空から100枚の青い羽根を、降らせるように投げ放つ由雉。青い羽根が美しく空を舞い、黒羽目がけて降下していく。
「・・・。」
向かってくる100枚の青い羽根にも、眉1つ動かさない黒羽。
「“右翼…」
黒羽が懐から、黒い羽根を1枚だけ取り出す。
「襲羽”っ…!!」
――――パァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
「・・・っ!!」
黒羽の投げ放った、たった1枚の黒い羽根が、空から降り注いでいた100枚の青い羽根を、1枚残らず貫き、穴をあけて地面へと撃ち落した。その光景に、由雉が大きく目を見開く。
「そっ…そんなっ…」
地面へと降下していきながら、信じられないといった表情で呟く由雉。
「ボクの100枚の羽根をっ…たったの…1枚でっ…」
「羽根の使い過ぎは資源の無駄だぞ…?」
「・・・っ」
茫然としていた由雉が、黒羽の声に顔を上げる。
「それとも、大量消費が趣味…なのかなっ…?」
「・・・っ!」
黒羽のあからさまな挑発に、由雉は冷静を装うことさえも出来ず、その頬を紅潮させた。
「言わせておけばっ…!」
顔をしかめた由雉が、再び懐へ手を入れる。
「それならっ…!」
懐から赤と青の羽根を2枚取り出し、左右の手にそれぞれ構える由雉。
「“滅羽・裂っ…!」
「2種の異なる羽根の合成…」
「・・・っ?」
胸の前で赤と青の羽根を重ね合わせようとした由雉が、黒羽のその声に思わず手を止めた。
「合翼か…」
「・・・っ」
今から由雉がやろうとしていることを見透かしている黒羽に、由雉は少し眉をひそめた。
「だから何っ?わかってたところでこれはっ…!」
「それは鳥類の獣人の中でも、特に優れた色羽使いにしか使えない特別の技…」
「・・・っ」
由雉の言葉を遮り、話を続ける黒羽に、由雉が仕方なく言葉を止める。
「自分の他に使っている者を見たことがなかったか…?」
「えっ…?」
黒羽の言葉に、由雉が戸惑いの表情を見せる。
「ならば見せてやるっ…」
「・・・っ!!」
取り出した2枚の羽根を、胸の前で重ね合わせる黒羽に、由雉が大きく目を見開く。
「まさかっ…」
それは、由雉しか使えないはずの技。
「合翼っ…!?」
「“襲羽・消羽”…“合翼っ…」
2枚の重ね合わさった黒い羽根が、黒い光を放ちながら1枚の黒い羽根へと姿を変える。
「漆羽”っ…!!」
「・・・っ!!」
向かってくる黒い羽根に、由雉は大きく目を見開いた。
――――バァァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
「すっごい音さぁ〜っ」
黒羽の漆羽による衝撃音と、なぎ倒されていく数本の木を眺め、感心したように声を出す剛也。破壊されていく景色を見つめるその表情は、どこか楽しげであった。
「あぁ〜あっ…これでホントに同士討ち出来なくなっちゃったさぁ〜」
「・・・っ」
楽しげに微笑みかける剛也の視線の先にいるのは、紅糸に囚われたままの門貴。糸に操られ、自らの風を受けて、体のところどころから痛々しく赤い血を流していた。門貴が剛也の言葉に、眉をひそめる。
「黒羽ってば手加減てもの、知らないからさぁ〜っ」
「クっ…」
剛也の暢気な笑顔が、少し鋭く変わる。その言葉に、門貴は少し唇を噛んだ。由雉がやられてしまったかも知れないというのに、今の門貴は助けに行くどころか、身動き1つ取ることが出来ない。
「あっ!新しく面白いこと、思いついたさぁ〜っ!」
「えっ…?」
再び楽しげに笑う剛也に、戸惑うように顔を上げる門貴。
「先に進んでいった女たちがいたさぁ〜っ?ソイツら追ってって、同士討ちさせるさぁ〜っ!」
「・・・っ!」
剛也の言葉に、門貴が大きく目を見開く。
「お前の風で、あの女たちをズッタズタに斬り裂いてやるさぁ〜っ!」
どこかワクワクしたように話す剛也。
「どうさぁ〜っ?面白いと思っ…!」
「もうええわっ…」
「・・・っ?」
深く俯いた門貴が、剛也の言葉を遮るように、声を発する。その今までとは違う、低くてどこか重い声に、剛也は少し目を丸くして、言葉を止めた。
「なっ何がもうえっ…」
「ユッキーまでは、まぁ許容範囲やったけどっ…輝矢んまで傷つけようやなんてっ…」
ゆっくりと顔を上げていく門貴。
「この、男・猿川門貴が許さへんでぇっ!!」
「・・・っ」
門貴に気迫溢れる鋭い瞳を向けられ、剛也は少し気圧されるように一歩後ろへと下がった。
「ゆっ…“許さへん”てさぁっ…」
圧されていた剛也は、どこか必死にいつもの笑みを作る。
「今のこの状態で何言ってっ…!」
「こないなもんでっ…」
再び門貴が、剛也の言葉を遮る。
「いつまでも俺をっ…捕まえてられると思うなやっ…!!」
「何っ…!?」
門貴の全身から噴き出すように巻き起こる強い風。その風を正面から受け、剛也が驚いた様子で大きく目を見開く。
「なんでさぁっ…!指1本動かせないはずなのにっ…!」
「風は体で起こすもんやないっ…」
目に見えて焦り出す剛也に、門貴が大きく胸を張る。
「心で起こすもんやでぇぇっっ!!」
「ぬはぁぁぁぁぁっっ!!」
どこか誇らしげに笑い、自信を持って言い放つ門貴のその言葉に、激しく衝撃を走らせる剛也。
「なっ何かっ…死ぬほどカッコイイさぁっ…!」
敵ながら、その誇らしげな姿に、剛也は思わず感動し、胸の前で両手を組んでしまう。
「如意棒・第2の舞っ…」
巻き起こった風が、如意棒を包みこんでいく。
「“浄”っ…!!」
――――バァァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
門貴の四方から激しく風が突き上げ、門貴の体を捕らえていた真っ赤な糸を、勢いよく切り落とした。
「・・・っ!!」
地面に落ちていく紅糸に、大きく目を見開く剛也。
「クっ…!」
糸とともに少し切り裂かれる自らの皮膚に、門貴が顔をしかめながらも、解放されたばかりの右手で、間を置くことなく、如意棒を構えた。
「あっ…!もう一回、紅糸をっ…!」
「ちょっと早いけどっ…終わりにさせてもらうでぇっ…!」
もう1度、紅糸を放とうとする剛也よりも先に、如意棒を振りかぶる門貴。
「覚悟しいやっ!パンサーっ!」
「おっ俺はシーっ…!」
「如意棒・第3の舞っ…」
「うっ…!」
門貴の動作の方が早いことに気付いたのか、剛也の表情が少し歪む。
「・・・“戒”っ…!!」
振り切られた如意棒から放たれた、より強い一陣の風が、まっすぐに剛也へと向かっていく。
「“三しっ…!ううっ…!!」
その速度は、剛也に糸を伸ばす時間さえも与えなかった。
「クっ…」
――――バァァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
「うっ…!うわあああああああああああああああああああっっ!!」
風に全身を切り裂かれ、血を流しながら、後方へと倒れこんでいく剛也。
「おっ…俺はシーサーだ…さぁっ…」
そう言葉を漏らし、剛也は力なく倒れこんだ。
「ふぃ〜っ!」
剛也が倒れこんだことを確認すると、門貴は少し疲れたように肩を落とし、ゆっくりと構えていた如意棒を下ろした。勝ったとはいえ、自らの風を何回も受けさせられていたので、もうボロボロである。
「しゃーないなぁっ…ユッキーの助けついでに癒羽もらって…」
「・・・っ」
「・・・っ!」
どこからか感じる殺気に、門貴が鋭い表情を作って、素早く振り向く。
――――キィィィィィィィィーーーーンっ!――――
次の瞬間、強い金属音が、森の中に響き渡った。
「誰やっ…!?」
「・・・。」
門貴が振り向いた先に立っていたのは、鮮やかな赤色の長髪に、鋭く光る同じく真っ赤な瞳の、無表情の青年であった。青年の持っている、宝石のように輝いた鋭い刃の十字状の武器が、門貴の突き出した如意棒と強くぶつかり合っている。
「醍也…」
「醍也っ…?」
青年の呟いた、名らしきその言葉に、門貴が少し眉をひそめる。
「シルク様に仇なす者…俺が殺す…」
醍也と名乗った青年が、門貴に鋭い瞳を向ける。
「ったく、ぞろぞろとっ…」
殺気を放ちまくりの醍也に、少し呆れたように肩を落とす門貴。
「しつこいねんっ…!お前らはぁっ…!」
「・・・っ」
門貴が如意棒に力をこめ、交えていた醍也の十字刃を勢いよく押し切る。
「クっ…」
醍也は如意棒に押し切られる前に、素早く自分の武器を引き、後ろに飛んで、押された衝撃と軽減した。
「ったくっ…!」
離れた醍也に、しかめた表情を向ける門貴。
「しつこい男はモテへんでぇっ!ほんまにっ!」
「・・・。」
「・・・っ?」
門貴の言葉に特に反応を示さずに、ただまっすぐに門貴を見つめる醍也。そんな醍也を不審に思い、門貴が少し首を傾げる。
「なっ何やっ?どないしてんっ?」
思わず問いかけてしまう門貴。
「・・・報告で聞いてたより強い」
「へっ…?」
少しの間を置いて、醍也がゆったりとした口調で答えると、門貴が目を丸くする。
「報告で聞いてたほど、バカ丸出しの面じゃないし、報告で聞いてたほど、間抜けな発言もしないし…」
首を捻り、何かを思い出すようにしながら、言葉を続けていく醍也。
「報告で聞いてたほどっ…」
「どんだけ報告いってんねんっ!!」
さらに言葉を続けようとする醍也に、門貴が思わず突っ込んだ。
「しかもロクでもない報告ばっかりっ!」
「・・・。」
あまりの報告内容に、不機嫌さを全開にして言い放つ門貴。そんな門貴を、醍也は特にない表情でまっすぐに見つめる。
「・・・それは被検体が被検体だからっ…」
「うっさいわっ!!」
「ロクでもない報告になるのは、自然の摂理で…」
「だからうっさい言うてんねんっ!!」
こっそりと呟いた醍也に、門貴が勢いよく怒鳴り声をあげた。
「ったくっ…!何か気の入りにくい相手ばっかりやなぁ〜っ!」
「だっ…醍也っ…」
「・・・っ?」
門貴が戦いにくそうに頭を抱えている中、醍也が、どこからか聞こえてくる弱々しくかすれた声に、ゆっくりと振り返った。
「醍也っ…」
醍也の振り返った先に倒れ込んでいるのは、先程、門貴にやられた剛也であった。剛也が少し薄めた瞳で醍也の方を見つめ、弱々しくその名を呼ぶ。
「ごっ…ごめん…さぁっ…おっ俺っ…」
「・・・。」
申し訳なさそうに謝る剛也を、特にない表情で、静かに見つめる醍也。
「俺っ…」
「・・・っ」
特に剛也の言葉には反応せず、表情を作らぬまま、醍也が突如、右手の十字刃を構える。
「へっ…?」
その様子に、頭を抱えていた門貴が、驚いたように顔を上げる。
「敗北者に…」
醍也の十字刃が、赤い光を放ち始める。
「死を…」
「えっ…?」
「・・・っ!」
剛也へと駆け込んでいく醍也に、戸惑う剛也と、表情を変える門貴。
「なっ…何をっ…!」
「・・・っ」
またもや剛也の声に少しも反応せず、倒れたままの剛也へと駆け込み、勢いよく十字刃を振り上げる醍也。
「クソっ…!」
少し表情をしかめ、門貴も2人の元へと駆け込んでいく。
「“赤十字”っ…」
「ううっ…!」
醍也が剛也へ向け、勢いよく十字刃を振り下ろす。剛也の表情が、恐怖に歪んだ。
――――パァァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
「あっ…」
次の瞬間、声を漏らしたのは、倒れ込んでいる剛也であった。
「にょっ…如意棒っ…!」
「・・・。」
醍也の振り下ろした十字刃を、剛也の前へと駆け込み、如意棒を突き出して受け止めている門貴。そんな門貴を、醍也は特に驚いた様子もなく、静かに見つめる。
「おっ…お前っ…」
自分を庇っている門貴の姿に、そっと目を細める剛也。
「明後日から“兄貴”って呼ばせてほしいさぁ〜っ!」
「誰が兄貴やねんっ!しかも何故に明後日っ!!」
目を輝かせて懇願する剛也に、門貴が刃を交えたまま、勢いよく突っ込みを入れる。
「報告で聞いたとおり…」
「・・・っ?」
目の前から聞こえてくる醍也の声に、門貴が少ししかめた顔を上げる。
「・・・人に甘い…」
「・・・っ」
呟く醍也に、門貴の表情が曇る。
「そんなヤツの助けに入らなければ…」
そう言いながら、醍也が十字刃を握る手に力をこめる。
「もう少しだけは生きていられたろうに…」
再び赤く輝く刃。
「・・・“重示”っ…」
「・・・っ!」
十字刃が赤く輝いたその瞬間、受け止めていたその力が、急激に強まった。
「ううっ…!」
重くのしかかる力に、如意棒から門貴の体へと伝わる衝撃。如意棒は一気に押され、門貴の足が後方へと押されていく。
「なっ…何やっ…!?これっ…!」
顔をしかめ、目の前の十字刃を見つめる門貴。
「刃がっ…急に重っ…ううっ…!!」
戸惑う隙もないほどに、押されていく門貴と如意棒。
「あっ…!」
倒れたままの剛也が、不安げに門貴を見上げる。
――――ピキっ…!――――
「ううっ…!」
十字刃を受け止めていた如意棒に、小さな亀裂が入る。
「俺のっ…如意棒がっ…!」
亀裂の入った如意棒を、驚きの表情で見る門貴。
「敗北者に…」
苦しげに歪んでいく門貴の表情を、まっすぐに見つめる醍也。
「死を…」
――――パァァァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
十字刃に貫かれ、真ん中で砕き割れる如意棒。
「うううぅっ…!」
如意棒を砕いた十字刃が、そのまま縦一文字に門貴の胸部を斬り裂いた。
「かっ…かはっ…!」
体を縦に大きく斬り裂かれ、門貴の口から真っ赤な血が零れ落ちる。
「クっ…」
血を流しながら、力なく前方へと倒れ込んでいく門貴。
「クっ…ソ…」
そのまま、門貴は、地面の上へと崩れ落ちた。
「うっ…ううっ…」
傷だらけで全身から血を流した由雉が、そのボロボロの体を、重そうに引きずりながら、必死に起き上がらせる。その表情からは、痛みがにじみ出ていた。
「ううっ…」
「口ほどにもないな…」
「・・・っ」
前方から聞こえてくる、その落ち着いた口調の声に、由雉が少ししかめた顔を、ゆっくりと上げる。
「この程度か…?」
由雉の見上げた先に立つのは、余裕の笑みを浮かべた黒羽。
「ハヤテの羽根は…」
「・・・っ」
黒羽が再び発するハヤテの名に、由雉が表情をしかめる。
「君は何なの…?」
怪訝そうに問いかける由雉。
「その黒い羽根に、合翼までっ…それにっ…」
戦う前もそうであった。冷静に足止めを考えていたというのに、由雉がハヤテの作った色羽の使い手だとわかると、あっさりと輝矢たちを先に進ませ、由雉との勝負を選んだ。
「ハヤテハヤテって…君はあの男と一体どういうっ…」
「知らないか?“2人の羽根造り”の話を…」
「2人の…羽根造り…?」
「知らないようだな…」
大きく首を傾げた由雉を見て、黒羽は少しがっかりしたように肩を落とした。
「十数年前、御伽界に、2人の色羽造りの天才がいた…」
肩を落とした黒羽は、そのままとある物語を話し始める。
「2人は競い合うように羽根を造り、その度に色羽はどんどんと進化していった…」
「・・・。」
黒羽が話し出した物語を、由雉は真剣な表情で聞く。
「しかし、やがて世界は、2人の天才のうちの1人のみを選んだ…その者のみを天才と崇めた…」
「・・・っ?」
どこか恨みがましく話す黒羽に、少し眉をひそめる由雉。
「もう1人の天才は、日陰に追いやられ、歴史にその名を残すことはなかった…」
「それがっ…」
由雉が話の途中で、思わず口を挟む。
「それが何っ?ハヤテの話とその話に一体、何の関係がっ…!」
「わからないかっ…?」
「えっ…?」
不意に問い返され、由雉が少し困ったように口ごもる。
「その世界が選んだ天才…その者こそがハヤテだ…」
「えっ…!?」
思わず大きな声を発する由雉。
――――やぁ〜っ!マァ〜イソォ〜ンっ!――――
「・・・っ」
思い出される能天気顔のハヤテに、由雉が勢いよく顔を引きつる。
「世界の選んだ天才…?あれでっ…?」
確かに羽根の開発力は認めるが、正直、そんな大層な人物には見えない。今となっては羽根造りよりも事業家“ハネキング”としての方が有名であるし、黒羽の話はあまりピンとこなかった。
「そしてもう1人の天才の名はウルシ…」
「ウルシ…?」
「俺の父だ…」
「えっ…?」
黒羽の言葉に、由雉の表情が止まる。
「父…親っ…?」
「ああっ…」
ゆっくりと聞き返した由雉に、もう1度深く頷く黒羽。
「父は死んだ…最期までハヤテと世界を憎んで…」
「・・・っ」
冷たい瞳で語る黒羽を、複雑な表情で見つめる由雉。2人の羽根造りの天才、その息子同士が戦いの場で出会うとは、一体何の因果であろうか。
「父は言った…最期に造り出したこの鬼の羽根っ…」
「鬼っ…?」
黒い羽根を取り出し、そう言った黒羽に、由雉が眉をひそめる。
「この漆黒の羽根でっ…ハヤテの羽根を超えろとっ…!!」
「・・・っ」
そう言い放ち、黒羽がまだ起き上がってもいない由雉へ、黒い羽根を投げ放つ。
「“右翼・襲羽”っ…!」
「うっ…!」
避ける術もない由雉に、迫る黒き羽根。
「うわああああああああああああああっっ!!」
羽根が由雉を直撃し、さらに真っ赤な血が舞うと、由雉はさらに後方へと吹き飛ばされた。
「あっ…うあっ…」
倒れ込んだ由雉が、苦しげな声を出す。
「他愛も無い…」
倒れた由雉を眺め、少し呆れたように肩を落とす黒羽。
「これが…俺の目指してきた羽根か…」
そう呟き、黒羽はそっと目を細めた。
「はぁっ…はぁっ…」
乱れた呼吸で、ゆっくりと首を動かす由雉。
「・・・っ?」
由雉が横を向くと、そこには少し血がつき、赤く染まった青い羽根が落ちていた。吹き飛ばされた時に、懐から落ちたのだろう。
「・・・っ」
由雉がその青い羽根へ、動きの鈍い右手を伸ばす。
「ボクのっ…羽根っ…」
伸ばした右手が、青い羽根に触れる。
――――由雉ほどの色羽の使い手はいないんですよっ?――――
――――やっぱり君は最高だよぉ〜っ!マイソォォ〜ンっ!――――
「・・・っ」
思い出される幸コやハヤテの笑顔に、由雉が少し唇を噛み締め、そして強く青い羽根を握り締めた。
「お前っ…」
「・・・っ?」
由雉が懐に左手を伸ばし、赤い羽根を取り出す。その様子に、黒羽が少し眉を動かす。
「お前の羽根…なんかにっ…!」
左右の手に赤と青の羽根を構え、少しだけ身を起こして、胸の前で2枚の羽根を重ね合わせる由雉。
「“滅羽・裂羽”っ…“合翼っ…」
重ね合わせた赤と青の羽根が、光を放ち、やがて紫色の1枚の羽根となる。
「・・・壊羽”っ…!!」
由雉が紫色の羽根を、黒羽へと投げつける。
「・・・。」
向かってくる紫色の羽根を見ながら、冷静な表情で黒い羽根を取り出す黒羽。
「“左翼・消羽”っ…」
黒羽が左手で、向かってくる由雉の壊羽へ向け、黒い羽根を投げ放った。
――――パァァァァァァァァァァーーーーンっ!――――
「・・・っ!」
黒羽の消羽に、あっさりと砕かれる由雉の羽根。由雉が大きく目を見開く。
「ボクのっ…壊羽…がっ…」
由雉の口から、力のない声が零れ落ちた。
「最高の技でこの程度か…」
黒羽がどこかがっかりしたように肩を落とす。
「興醒めだな…」
そう言って黒羽が懐に手を入れ、再び黒い羽根を取り出した。
「ハヤテの羽根を持つ者よ…」
その瞳を冷たくし、黒羽が由雉へ向けて羽根を構える。
「“右翼…」
「・・・っ」
黒羽が羽根を構える中、その表情からすっかり戦意を消し、ゆっくりと後方に倒れ込んでいく由雉。
「勝てない…」
倒れていく由雉の口から、零れ落ちる言葉。
「勝てないよっ…」
由雉が、上空に広がる真っ青な空を見上げる。
「・・・父さんっ…」
「・・・襲羽”っ…!」
力なく父を呼んだ由雉に、黒い羽根が向かっていった。
――――パリィィィィィィィィィーーーーンっ!――――
「おおっ!」
目の前で勢いよく砕け散った羽根に、作業着姿のハヤテは、思わず驚きの声を漏らした。
「どうしたんですかぁ〜?ハヤテさぁ〜んっ」
「幸之助クンっ」
ハヤテの声を聞きつけて、店先から作業場へと、助手の幸之助が顔を出した。
「いやぁ〜造りかけの羽根が突然、砕け散ってしまってねっ!ビックリビックリっ!」
「羽根が突然っ…?」
砕け散った羽根の破片を集めながら、ハヤテは暢気そうな笑顔で話したが、その言葉に幸之助は少し眉をひそめた。
「そんなことがあるんですねぇ〜」
少し感心したように言いながら、幸之助がハヤテの元へホウキとちりとりを持っていく。
「何かっ…ちょっと不吉ですねっ…」
「・・・っ」
幸之助の言葉に、曇るハヤテの表情。
「そうだねぇっ…」
ハヤテは少し目を細め、その手の中の羽根の破片を見つめた。
その頃、桃原家。
「ああぁ〜っ!やっぱり遅すぎますわっ!!」
玄関先で輝矢たちの帰りを待ち続けていたヘンゼルが、ついに痺れを切らしたのか、勢いよく立ち上がる。もう日も沈んで、早数時間。散歩しているにしては、明らかに遅すぎる。
「こうなったら私が火の中水の中、門貴様を捜索してっ…!」
「待って待ってっ!お兄様っ!ここはご主人様のご意見をっ…!」
飛び出していこうとするヘンゼルを、グレーテルが何とか止める。
「皆様に何かあったのでしょうか?タロー様っ」
「うぅ〜んっ…」
廊下からグレーテルに問いかけられ、少し首を捻るリビングの中の太狼。
「来る時が来たのかなっ…」
「えっ…?」
そう呟いてソファーから立ち上がる太狼に、グレーテルが少し首を傾げた。
「行こうかっ…ヘンゼル、グレーテルっ」
『・・・っ』
太狼のその言葉に、少し驚いた表情を見せるヘンゼルとグレーテル。
『はっはいっ!!』
しかし、次の瞬間、2人は大きく返事をし、準備に駆け出していった。
『よぉ〜しっ!』
「・・・っ?」
横から聞こえてくる、その場面で妙に緊張感のない2つの声に、太狼が振り向く。
「僕たちも準備しようかぁ〜っ!竹人クンっ!」
「おうっ!俺たちが梅ちゃんと桜ちゃんのピンチを華麗に救うんだぁ〜っ!」
「・・・。」
太狼の振り返った先には、何故か行く気満々の松人と竹人の姿があった。盛り上がっている2人を見て、太狼が少し固まる。
「あっああぁ〜君たちぃ〜」
『へぇっ?』
呼びかける太狼に、2人が同時に振り返る。
「ちょ〜っとお遣い、頼まれてくれなぁ〜い?」
「お遣いっ?」
太狼の言葉に、目を丸くする松人と竹人。
「今はそんなことやってる場合じゃあ〜っ…!」
「そうだよぉ〜っ!僕らは桜時クンと梅人クンを助けにっ…!」
「頼まれてっ…くれない…?」
『うっ…』
一気に冷たく変わる太狼の笑みに、反論しようとしていた2人の言葉が止まった。
『頼んで下さいっ…』
「ありがとぉ〜っ!」
がっくりと肩を落とし、頷く2人に、太狼はとても爽やかな笑みを浮かべた。
オトポリ本部・長官室。
「失礼します…」
「おお、イチゴっ」
長官室へと遠慮がちに入ってきたのは、今日も大人しそうなオーラの出ているイチゴであった。やってきた娘に、書類を読んでいた座黒がすぐさま顔を上げる。
「どうした?」
「お父様、お姉ちゃんを知らない…?」
長官席へと歩み寄りながら、イチゴが小さな声で問いかける。
「さっきからどこ探してもいなくて…」
「ああ、リンゴならっ…」
「ちょっちょっと困りますっ!!」
『いいからどいてどいてどいてぇぇ〜〜っ!!』
『・・・っ?』
扉の外側から聞こえてくる妙に騒がしい声たちに、座黒とイチゴが会話を止めて、振り返る。
「ここだねぇっ!!」
「ああっ…!ちょっ…!!」
「失礼しまぁ〜すっ!!」
必死に止めるオトポリ隊員を振り切り、長官室へと突入してきたのは、かなり焦った表情を見せた松人と竹人であった。
「侵入者ですかっ…?」
『違う違う違うっ!!』
急に表情を鋭くし、構えを取るイチゴに、2人が必死に首を横に振る。
「君たちは確か…朱実のっ…」
「そうですそうですっ!!朱実の嫡男・松人ですっ!」
「次男の竹人でっすぅ〜っ!」
「えっ…?」
慌てて名を名乗る松人と竹人に、イチゴが少し目を丸くして構えを解く。
「では桜時様の…」
『従兄でぇ〜すっ!』
「ようこそ、おいで下さいました」
「随分と態度、変わるねぇ〜」
「ほらっ、桜ちゃんってば人気あるからぁ〜っ」
桜時の従兄とわかった途端に、目に見えて丁寧な応対となるイチゴに、2人は少し呆れたような表情で、こっそりと言葉を交わした。
「君たちが何故、ここに…というか、どうしたんだ?」
2人に何とも不思議そうに、問いかける座黒。
「それがっ!うちの桜時クンと梅人クンがいつまで待っても帰って来ないんですよぉ〜っ!」
「お仲間の輝矢ちゃんたちも一緒にいなくなっちゃってぇ〜っ!」
「えっ…?」
「何っ…?」
2人の言葉に、同時に眉をひそめる座黒とイチゴ。
「桜時さんたちがっ…!?」
「あっうんっ」
勢いよく問いかけるイチゴに、少し驚きながら頷く竹人。
「僕たち、桃タローさんにオトポリに伝えてくるよう言われてっ…」
「太狼にっ…?」
松人の言葉に、座黒がさらに眉をひそめる。
「それで、太狼はっ?」
「へっ?えとっ…たったぶんっ…みんなを探しにっ…」
「・・・っ」
一気に険しくなる、座黒の表情。
「あの男が自ら…?・・・。」
「お父様っ…?」
黙り込む座黒に、イチゴが少し首を傾げる。
「・・・相手は牢戸知玖ということかっ…」
座黒が険しい表情のまま、誰にともなく呟く。
「こんなに早くっ…金汰も主力隊も皆、粘っランドだというのにっ…!」
「お父様っ…」
焦りを表情に出し、声を荒げる座黒を、イチゴが少し不安げに見つめる。
「イチゴっ!今いる隊員を掻き集めろっ!」
「はっはいっ!」
座黒の指示に頷き、イチゴが慌てて長官室から飛び出していく。
「なっ何か大変なことになってきたねぇ〜お兄ちゃんっ」
「ホントっ、僕ら、家出梅人クンを連れ戻しに来ただけなのにねぇ〜っ」
「お前たちっ!」
『はっはいっ!!』
暢気に会話を交わしていた松人と竹人が、座黒に呼ばれ、背筋をピンと立たせて、大きく返事をする。
「もう1度伝言だっ!研究塔へ行ってくれっ!」
『けっ…研究塔っ?』
同刻、オトポリ本部・研究塔。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう」
オトポリ内の研究員に案内され、リンゴとゴンは研究塔の最深部へと入っていく。そこはオトポリの中でも、一部の隊員のみしか入れない、特別な場所であり、ここで極秘裏に、鬼人化人間の調査が進められていた。
「いいのかぁ〜?俺っ、ヒラ隊員なのにっ」
「大丈夫よ。私、偉いから」
「職権乱用だな…」
きっぱりと答えるリンゴに、少し呆れた表情を見せるゴン。
「それに…アンタも関わったことだしねっ…」
「えっ…?」
「こちらです」
「・・・っ?」
ゴンがリンゴの意味深な言葉に眉をひそめていると、前方を歩く研究員が立ち止まり、そう言い放った。ゴンが明かりのつけられた、研究員の前のガラスの壁の、その向こう側を見る。
「こっ…これ…はっ…?」
ガラスの向こうの、まるで手術室のような寝台の上。その上に横たわっているのは、深く目を閉じた、長い黒髪の女であった。怪我でも負ったのか、女の体の所々には包帯が巻いてある。
「女っ…?」
その見たこともない女に、眉をひそめるゴン。
「リンゴ、誰だっ?こいつっ…」
ゴンがしかめた表情で、隣に立つリンゴへと問いかける。
「あの女がどうしっ…」
「彼女が唯1人、我々が回収した鬼人化人間の中で、人間の姿に戻った人間よっ」
「えっ…?」
リンゴの言葉に、ゴンの表情が一気に曇る。
「人間に…戻ったっ…!?」
「ええ」
驚き、問いかけるゴンに、リンゴは厳しい表情を見せながら頷く。
「色々と実験をやっても戻らなくて、そのまま経過観察をしていたら、昨日、突然、人間の姿に戻ったそうよ」
「突然っ…?」
リンゴの話に、ゴンはさらに困惑した表情を見せる。
「なんで…こいつだけ…」
戸惑いの瞳で、横たわる女を見つめるゴン。
「こいつはどこで回収したヤツなんだっ?」
「・・・っ」
ゴンのその問いかけに、リンゴが少し眉をひそめた。
「リンゴっ…?」
少し黙り込むリンゴに、ゴンが首を傾げる。
「・・・砂漠よ」
「へっ?」
ポツリと答えたリンゴの言葉を、ゴンが顔をしかめて聞き返す。
「この女は、御伽砂漠で輝矢に重傷を負わせた、あの蠍人の女よっ」
「・・・っ!」
リンゴの言葉が、ゴンにさらなる衝撃を与えた。
「砂漠のっ…サソリっ…?」
――――ゴンっ…輝矢がっ…――――
思い出されるのは、血まみれの輝矢を抱えた、弱々しい表情の桜時の姿。
「あいつだけがっ…人間にっ…?」
その事実は、ゴンをさらに困惑させた。
――――・・・・・・・・・・
「んっ…んんっ…」
桜時がゆっくりと、その青い瞳を開く。
「ここ…は…?」
起き上がったそこは、確かな地面であった。ロムとレムにより亜空間に呑み込まれたかと思ったが、どうやらそうではないようである。
「梅人っ…?」
立ち上がりながら周囲を見回し、梅人の姿を探す桜時。だが、梅人の姿はない。
「・・・っ?」
その代わり、妙なことに気付いた。その周囲の景色、どこかの屋敷の庭のようなその景色に、桜時はとても見覚えがあったのである。
「ううっ…ううっ…!」
「・・・っ?」
聞こえてくる、子供のすすり泣くような、その声に、桜時が振り向く。
「ううぅぅっ…!」
「・・・っ」
桜時の振り向いた先、その広い庭の片隅で、派手な桃色頭に大きな青い瞳の、まだ幼い少年が、目にいっぱい大粒の涙を溜めて、まだ子供だというのに、とても苦しそうに、泣いていた。
「あれはっ…」
その少年を見つめ、桜時がそっと目を細める。
「俺っ…?」
「んっ…んん〜っ…」
少し頭を押さえながら、緑色の瞳を開く梅人。
「ここはぁ〜っ…」
「もうやってられませんっ!!」
「・・・っ?」
ここがどこであるかを把握しようとした梅人であったが、聞こえてきた大きな声に、周囲を確認する前に、思わずそちらを振り向いた。
「まったくっ!!」
梅人が振り向くと、すぐ近くにある屋敷の、縁側の障子が勢いよく開き、そこから赤いふちのメガネをかけた、いかにも知的そうな女が飛び出てくる。
「こんなことならっ…!あの犬王子のお世話役になった方が、全然マシだったわっ!!」
部屋の中へ向かってそう吐き捨てて、女は怒りに体を捻らせながら、早足でその場を歩き去っていった。
「・・・っ?」
梅人がゆっくりと、開いたままの障子の、その奥を見る。
「そんなになりたいならっ…なればいいじゃんっ…」
部屋の中から、聞こえてくる幼い声。
「アイツの…お世話役にっ…」
「・・・っ」
部屋にいるのは、どこか悲しげな表情を見せた、赤毛に緑色の瞳の、まだ幼い少年。その少年を見て、梅人は大きく目を見開く。
「僕っ…」
『フフフっ…フフフっ…』
ただどこまでも真っ暗な空間の中に、浮かび上がるロムとレム。
『さぁ…遊ぼうかっ…』
双子が、ただ暗いだけの上方を見上げ、微笑む。
『お兄ちゃんたちっ…』
幼い2つの声が、暗闇の中に響き渡った。
其の五十一につづく。
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