第38章 マホウの国の3人組
千年の時を生きているという、初代龍人・青守トマト。
彼女に入った依頼を何故か受けることとなり、輝矢一行は、トマトの143番目の夫・センシとともに、“マホウの国”へと赴くため、トマトの屋敷を旅立とうとしていた。
青守トマトの屋敷・裏庭。
「でっ?」
無駄に広い裏庭へとやって来た輝矢が、無理やり引っ張ってきたセンシの方を振り向く。
「その“魔法の国”とやらはどこにあるんです?ユーシャ」
「いえっ、ですから私はただの一端のセンシでしてっ…」
輝矢に怯えながらも、何とか名前の訂正を入れようとするセンシ。職業・魔法使い。
「魔法の国かぁ〜っ」
天を見上げ、モンキが両手を組んで、目を輝かせる。
「とんがり帽子にホウキに乗ったかわゆい魔女っ子ちゃんとお友達になれるやろかぁ〜っ?」
「もっ…物を空中に浮かせたり…とかっ?」
目を輝かせているモンキの横で、隠してはいるがワクワクしている様子のハチ。
「トカゲをカエルに変えたりとかぁ〜?」
『・・・。』
「なっ何さっ?」
自分の言葉に顔をしかめるハチとモンキを、ユキジが少し戸惑いながら見る。
「夢がねぇっ」
「ホンマ、なってないわぁ〜っ!ユッキーっ!」
「ボクは君たちと違って現実的なんですぅっ!」
ダメだしをするように言い放つハチとモンキに、ユキジが少しムキになって言い返した。
「現実的になってどないすんねぇ〜んっ!ユッキーっ!」
「そうそうっ!何てったって魔法の国だぜぇっ?」
「マホウの国は…」
『・・・っ?』
魔法の国について熱く語っていたハチとモンキが、聞こえてくるセンシの声に同時に振り返る。
「龍国の国境ともなっております…あの御伽山脈の向こう側にありますです」
「御伽山脈のっ…?」
センシの説明に表情を曇らせ、輝矢がパッと顔を上げる。十分に高いトマトの屋敷の塀の上からでも軽々と見える程に高い山の数々。その頂は雲に隠れ、下からでは見ることが出来ない。
「御伽山脈の向こう側ってっ、そんなのどうやって行くのさぁ〜っ?」
顔をしかめたユキジが、責めるような口調でセンシに問いかける。
「へっ?登ってけばええやんっ?」
「バカ」
「がびぃぃぃぃぃぃーーーんっっ!!!」
普通に答えたモンキであったが、ユキジに一言で片付けられ、かなりショックを受ける。
「御伽山脈は…断崖絶壁の巨大な山々の並び…」
「・・・っ?」
真剣な表情を見せた輝矢が、ショックを受けていたモンキに説明するように言葉を発する。
「どの山も、人や動物の足で越えることは不可能です…」
「あの高さじゃ、トリが飛び越えるのも不可能だしねぇっ」
「山脈を越えてく以外に道はねぇーのかっ?」
輝矢とユキジの説明を聞き、状況を理解したハチが、センシへと問いかける。
「んん〜〜っ、ナイです」
「じゃあどうすんだよっ!!」
あっさりと答えるセンシに、思わず怒鳴ってしまうハチ。
「行けもしないんじゃ、依頼どころの問題じゃっ…!」
「そこで、魔法使いの私の出番なわけです」
『へっ?』
センシの言葉に、目を丸くする一行。
「私の魔法で貴方がたを魔法の国まで送りましょう。あぁ〜どっこいしょっ」
『・・・っ?』
重い腰を動かし、センシが持っていた木製の杖で、裏庭の地面に何やら円形の模様のようなものを描き始める。
「せっせ、せっせっ」
『・・・。』
円の中に何やら左右対称の不思議な模様を描き入れていくセンシを、真剣な表情で見つめるハチとモンキ。
「こっ…これはもしやっ…魔法陣っ?」
「うおぉぉ〜っ!魔法で魔法の国までワープするんやなっ!?」
描かれていく魔法陣らしきものに、2匹が期待を膨らませる。
「ふぅ〜っ、出来ましたぁっ」
杖を地面から離したセンシが、額の汗を拭い、腰を伸ばす。
「さぁ、では皆さん」
『・・・っ』
振り向くセンシに、ハチとモンキが少し緊張した面持ちで息を呑む。
「あちらの方で一ヶ所に集まって下さい」
『だあああああああああああっっっ!!!』
描いたばかりの魔法陣とはまったく逆の方向を指差すセンシに、思わず転ぶハチとモンキ。
「魔法陣使わんのぉっ!?」
「ええ」
「じゃあ何で描いたんだよっ!!?」
「何かカッコいいじゃありませんかぁ」
『・・・。』
どうやら気分的なもので魔法陣を描いたらしいこの魔法使いに、ハチとモンキが呆れきった表情を見せる。
「まともに取り合っても仕方ありませんよ。とにかく集まりましょう」
輝矢の言葉にあまり納得しきっていない表情を見せながら、ハチとモンキがユキジとともに、センシの指差した辺りに立っている輝矢の元へと集まる。
「この辺りでいいですか?」
「ええ」
輝矢の問いかけに、センシが笑顔で頷く。
「あっ、ハグれるといけないので、お互いの体はよぉ〜く掴んでおいた方がいいですよ?」
『へっ…?』
センシのその言葉に、皆が一斉に顔をしかめる。
「ではいきますっ!」
力強くそう言い放ち、センシが高々と持っている杖を振り上げた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っっ……」
「・・・っ」
何やら唸るように声を出しながら、力を溜めていくセンシに、何となく嫌な予感がして表情を引きつる輝矢。
「皆っ、私にしっかり掴まりなさいっ…!」
「えっ…?」
「喜んでぃっ!!ぎゃあああっ!!」
輝矢の生足に飛びつこうとしたモンキが、勢いよく輝矢に踏み倒される。
「ううぅ〜っ…」
「ったくっ…」
ダメージを受けているモンキを左手で掴む輝矢。その光景を見てか、ユキジも大人しく輝矢の肩に身を乗せる。
「ハチっ」
「えっ!?いやっ…!ちょっとそれはっ…!」
右手を差し出す輝矢に、焦った表情を見せるハチ。
「ああ、そうだっ!門貴に掴まっ…」
「いいですからっ」
「ぎゃああああああああああああっっっ!!!」
輝矢が右手で軽々とハチを抱え上げると、ハチは白い顔を赤くして悲鳴をあげた。
「いきますぞぉっ!!魔法使いセンシっ!必殺っ…!!」
センシがその瞳を鋭くし、輝矢たちへ向かって杖を振り下ろした。
「“竜巻マァァァキィィィィーーーー”っっっ!!!」
――――ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーンっっっ!!!――――
『うっ…!』
激しく巻き起こった竜巻が、輝矢たちへと向かってくる。
「その竜巻に吹き飛ばされれば、マホウの国までホントにひとっ飛びですからぁ〜」
「ちょっ…!アナタはどうやってっ…!?」
迫り来る竜巻に焦りながら、輝矢がセンシに問いかける。
「私は行きません」
『行かんのかいっ!!!』
シレっと答えるセンシに、皆が同時に突っ込みを入れる。
「じゃっじゃあ依頼の内容はっ…!?」
「町の人に適当に聞いて下さいぃ〜っ」
「はぁっ!?」
勢いよく歪む輝矢の表情。
「何を無責任なことっ…!ううっ…!!」
もう怒りだす寸前であった輝矢の手前に、もう寸前にまで迫る竜巻。今からでは避けることも出来ない。
『うわああああああっっ!!』
輝矢たちが、竜巻に呑み込まれていく。
『だあああああああああああああっっっ!!!』
そして勢いのある巨大竜巻に吹き飛ばされ、輝矢たち一行は、軽々と御伽山脈を越えていった。
「うぅ〜んっ、今日もイイ出来でしたっ」
その様子を眺めながら、センシはどこか満足げに微笑んだ。
「ぎゃあああああああああっっ!!ぎゃあああああああああっっ!!」
竜巻に吹き飛ばされ、軽々と御伽山脈を越えたはいいが、その後すぐにやって来る重力に、真っ逆さまとなって落ちていっている途中の一行。落下を恐れてか、単に輝矢に抱えられているからか、ハチがひたすら悲鳴をあげる。
「あぁ〜もううるさいなぁ〜っ」
その悲鳴に、輝矢の肩の上からうんざりした表情を見せるユキジ。
「お前はトリで飛べるからっ、そう落ち着いてられるんだろうがっ!!」
「うん」
「あっさり頷くなっ!!」
「・・・っ」
ハチとユキジの会話を聞きながら、確実に迫り来る地面に顔をしかめる輝矢。
「サルっ、風力で何とか勢いを止めっ…」
「ううぅ〜っ…」
「・・・。」
左手で掴んでいるモンキの方を見る輝矢であったが、モンキは弱った様子で目を閉じていた。
「まったくっ、こんな肝心な時に」
「まぁ君が踏んだんだけどね」
怒ったように言い放つ輝矢に、ユキジがこっそり突っ込みを入れる。
「キジっ、ピアスを弾いて下さいっ」
輝矢がそう言って首を傾け、ユキジの顔の前に三日月型のピアスを持っていく。
「了解っ!ほっ!」
嘴を突き出し、輝矢のピアスを弾くユキジ。
「“月器っ…」
弾かれたピアスが光を放ち、巨大化していく。
「望月っ…!」
――――パァァァァァァァァァァァーーーーンっっ!!――――
月器が巨大な金色の球体となり、輝矢たちを包み込んでいく。落下の速度は一気に落ち、球体に包まれたままゆっくりと地面に着地する一行。
「ふぅっ」
輝矢が地面へと足を下ろすと、ハチとモンキを地面に下ろす。ユキジも羽根を広げ、輝矢の肩から離れた。
「はぁぁ〜〜っ!死ぬかと思った。色んな意味でっ」
輝矢の右手から解放され、地面に降り立って胸を撫で下ろすハチ。
「“月器”」
輝矢が望月を、元のピアスへと戻す。
「んん〜っ…?」
倒れていたモンキがゆっくりと目を開ける。
「あれぇ〜?俺ぇっ…」
モンキが少し間の抜けた表情で起き上がる。
「ここはぁ…」
「お待ちかねの“魔法の国”っ」
「うぇっ…!?」
ユキジのその声に、モンキが大きく目を見開く。
「せやったっ!!俺の魔女っ子ちゃんっ…!!」
「・・・には、見えないけどねっ」
「・・・っ」
言葉を付け加えたユキジが、どこか不適に笑う。楽しげな表情で顔を上げたモンキも、前方を見た途端、その表情を曇らせた。
「まっ…魔法の国…?」
モンキが戸惑うように声を漏らす。
「ここがっ…?」
山脈を越え、地面へと降り立った一行の前に広がっていたのは、見渡す限り一面の広大な畑であった。色々な種類の野菜やら米やらが生っている。どの畑も、中央には妙に個性豊かな案山子。畑の隙間を縫うようにして、藁製の小さな家が、ポツリポツリと建っている。
「どう見ても、ただの農村ですね」
「まったく魔法の国っぽくないよなぁ〜」
モンキの横に並び、輝矢とハチも顔をしかめる。
「どうするのぉ?輝矢ぁっ」
「魔法の国だろうと農村だろうと、依頼をこなせれば、それでいいんです。とにかく村人から依頼の内容を聞きだしましょう」
ユキジの問いかけにそう答え、輝矢が足早に畑ばかりの村へと歩いて行く。
「あぁ〜あっ、珍しく躍起になっちゃってぇ」
「・・・。」
呆れたように言うユキジの横で、ハチが少し表情を曇らせる。
「そこの人っ」
「んだぁ?」
畑の間の道へと足を踏み入れた輝矢が、畑で農作業中の麦わら帽子を被った中年男性へと声をかけた。輝矢の声に、男性が鍬を持つ手を止めて、振り向く。
「この村の中で、青守トマトという千年も生きているクソババアに、何やら依頼した方を知りませんか?」
「んだぁ…?ああっ」
輝矢の問いかけに少し戸惑った後、何かを思いついたのか男性が大きく頷く。
「トイレならあっちだぁよぉっ!」
「あらっ」
返って来る、まったく噛み合っていない答えに、思わず肩を落とす輝矢。
「いえ、ですから私はトマトというババアに依頼をした方を探してっ…」
「ああぁ〜っ!」
男性がもう1度大きく頷く。
「水飲み場ならあっちだぁよぉっ!」
「・・・。」
笑顔で答える男性に、輝矢が表情を引きつったまま固まる。
「何だぁ?」
「人語通じないんじゃなぁ〜いっ?」
「仕方ありませんね…他の人間にっ…」
「父ちゃ〜〜〜んっっ!!」
『・・・っ?』
聞こえてくる無駄に明るい男の声に、輝矢たちが一斉に振り返る。
「父ちゃ〜〜んっっ!!」
『・・・っ』
輝矢たちが振り返ると、藁製の小さな家から出て、男性のいる畑へと駆けてくる1人の青年の姿が見えた。青年は黒色の瞳で明るい笑顔を見せており、麦わら帽子の下からは茶色の髪が覗いている。その右手には鍬を抱えていた。Tシャツ、ジーンズ、長靴と、いかにも農民らしい格好である。
「父ちゃんっ!」
「おおっ、お前はっ…!」
青年が、笑顔で男性に駆け寄ると、男性も笑顔を見せる。
「えぇ〜っと…誰だぁったっけなぁ?」
『だあああああああああああああああっっっ!!!』
首を傾げる男性に、畑の中へと勢いよく倒れ込むハチとモンキ。
「息子とちゃうんかぁぁいっ!!」
「えっ?息子っ?」
モンキの突っ込みに男性が目を丸くして青年の方を見る。
「お前は俺の息子かぁ…?」
「そういうアンタは俺の父ちゃんっ!?」
「お前、さっき“父ちゃん”っつってたじゃねぇーかっ!!」
聞き返す青年に、ハチが勢いよく突っ込みを入れる。
『アッハッハッハっハっ!!』
『何がおかしいんだよっ!!!』
今までの会話の流れも関係なく、とりあえず楽しげに笑う男性と青年に、ハチとモンキが怒鳴りつけるように突っ込みを入れた。
「はぁっ…何なのですか…一体…」
「ねぇっ、輝矢…」
「・・・?」
ユキジに名を呼ばれ、輝矢が振り向く。
「あっらぁ〜っ?こんなところにいたのぉ?パパぁ〜っ!」
「わしは婆さんじゃよ、清美サンっ」
「あっらぁ〜!そういうお婆さんこそ、私は節子よぉ〜っ」
「そうじゃったか?アッハッハっ!!」
「オッホッホっ!!」
男性と青年のように、身内の中であり得ないような間違いをしては、それまでの流れもすべて無視して楽しげに笑い飛ばしている他の村人たち。
「アッハッハッハ〜〜っ!!」
「オッホッホっホ〜〜っっ!!」
村中に、何も考えてないような、暢気な笑い声が響き渡っている。
「・・・ココ、何か変じゃないっ…?」
「・・・。」
その光景を見ながら問いかけるユキジに、輝矢が少し目を細める。
「そこのバカ親子っ、ここは一体っ…」
「俺の名前は加々鹿男だっ!」
「いえ、誰も聞いてませんから」
聞いてもいないのに笑顔で名を名乗る鹿男青年に、輝矢が冷たく言い放つ。
「一体、ここはどっ…」
「父ちゃんの名前っ?父ちゃんの名前はぁ〜何だっけっ?」
「マトリョー鹿だぁっ」
「変な名前っ…」
「干支かっ?干支は午だっ!!アッハッハっ!!」
「・・・。」
相変わらず会話の噛み合わないマトリョー鹿に、小バカにしたことさえ無駄であったことを知るユキジ。
「お前らっ!名前はぁっ?」
鹿男が明るい笑顔で輝矢たちへと問いかける。
「私ですか?私は竹取輝矢です」
「俺、桜時」
「俺、門貴ぃ〜っ!」
「由雉っ…」
鹿男の問いかけに、それぞれ名を名乗る一行。
「父ちゃ〜んっ!今晩のオカズ、何だろぉ〜っ?」
『聞けよっ!!』
せっかく名乗ったというのに、思いきり無視して、父とともに畑仕事を始めている鹿男に、皆が一斉に突っ込みを入れる。
「そうだなぁ〜っ!今朝のさんまはおいしかったなぁ〜っ!」
鹿男の問いかけに、まったく噛み合っていない答えを返すマトリョー鹿。
『アッハッハッハっっ!!』
「だからさっきから全然っ、会話成り立ってねぇーしっ!!」
またもや楽しげに笑いだす2人に、ハチが全力で突っ込みを入れる。
「じゃあお前のあだ名は、“ぐぅー”なっ!」
「遅い上に、この上なく不快なあだ名センスです」
輝矢たちの自己紹介に遅れて反応する鹿男に、輝矢が冷たい表情で指摘する。
「お前が“サクサク”で、お前が“ユージー”、んでお前がぁ“ぷぅー”っ!」
「ちょい待てぇぇっっ!!俺だけ明らかに名前と一文字も関係のないあだ名やぞぉっ!!?」
鹿男のあだ名決めに、勢いよく異議を唱えるモンキ。
「まぁいいじゃんっ。“ぷぅー”っぽいしっ」
「そんなんないわぁぁぁっっ!!ユッキーっ!!」
どうでも良さそうに言い放つユキジに、モンキがさらにショックを受ける。
「あぁ〜おっほんっ!」
逸れた話題を元に戻すため、大きく咳払いをする輝矢。
「とにかくっ…」
輝矢が少ししかめた表情を見せ、がっちりと腕を組む。
「この村や人間がおかしいのは一体何で、あのババアに依頼した方というのはどこにいっ…」
「そんなこと、この村の人間に聞いたって無駄よ…」
「・・・っ?」
横から聞こえてくる、この村にしては陽気でないその女の声に、輝矢がゆっくりと振り向いた。
「まともな人間の言葉なんて、通じるわけないもの…」
「・・・っ」
どこか冷たい口調でそう言い放ったのは、肩まで伸びた艶のある黒髪に、透き通るような青色の瞳の、少し暗い雰囲気を持った、15,16歳の知的そうな少女であった。
「アナタ…は…?」
少し戸惑ったような表情を見せながら、輝矢が少女へと問いかける。
「私の名前は…寒鰤キリコ…」
「寒ブリっ…?」
「種族は“鰤人”…職業はきこり…趣味は…」
キリコの瞳が鋭く輝く。
「“伐採”っ…」
『ぎゃああああああああああああああああっっっ!!!』
いきなり斧を振りきるキリコに、ハチとモンキが悲鳴をあげて後ろへと倒れ込む。
「自然を大切にぃぃぃぃぃっっ!!」
「ってか俺ら、木じゃねぇーしぃっ!!」
「斬るのは…どんなものでも構わない…」
『ひぃぃぃええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!』
冷たく言い放つキリコに、さらに悲鳴をあげる2匹。
「で…貴方たち…」
「・・・?」
震え上がっているハチとモンキを気にする素振りもなく、キリコが輝矢の方を向く。
「こんなところに…一体、何をしに来たの…?」
「はぁっ…やっとまともな会話の出来る人間が出てきたようですねぇ」
「まぁ斧振り回してる時点で、まともじゃないけどね…」
問いかけるキリコに、輝矢が安心したように肩を落とすが、ユキジはまだしかめた表情を見せていた。
「私たちは青守トマトというクソババアの代わりに、依頼を受けに来たんです」
「依頼…?」
「ええ。でもその依頼内容を聞けなかったので、実際に依頼した方を探しているというわけです」
「なるほどね…」
輝矢の言葉に、納得したようにキリコが俯く。
「この人たち…別に怪しい人間じゃないみたいよ…」
『・・・?』
とある藁の家を見ながら、誰にともなく話しかけるキリコに、輝矢たちが皆、首を傾げる。
「だから出て来たら…?“レオ”…」
「レオ…?」
「何っ!?怪しい奴らじゃないのかっ!?」
「・・・っ」
大きな声が聞こえてくると、キリコの見ていた藁の家の裏から、1人の青年が出て来た。金色の短髪に、鋭く光る同じく金色の瞳。貴族風の格好をしたその青年は、キリコ同様、明らかに村人たちとは違う空気を醸し出していた。
「あぁ〜はっはっはっはっ!そうかそうかぁっ!怪しい奴らじゃないのかぁっ!」
急に余裕の笑みとなって、レオと呼ばれた青年が、キリコや輝矢たちの元へとやって来る。
「あぁ〜っ!焦ったぁ〜っ!驚かすなよなぁ〜っ!ホントっ」
「別に驚かせた覚えはありませんけど…」
調子のいい声を出すレオに、輝矢が呆れた表情を見せる。
「まぁ怪しい奴らが出たとしてもぉっ?この俺様っ!最強の“獅人”っ!獅子戸レオがやっつけてやるけどなぁっ!」
「またそんな出来もしないこと、口にして…」
「うっせぇぞぉっ!キリコっ!」
冷たく言い放つキリコに、強く怒鳴りあげるレオ。
「変なのばっかり出てくんなぁ…」
「まったくです」
呆れた表情のハチの言葉に、輝矢は深々と頷いた。
「まぁ話はだいたい聞かせてもらったっ!」
「盗み聞き…?最低ね…」
「怯えて隠れてたら聞こえてきたんだよっ!!」
漫才のような会話を繰り広げるレオとキリコ。
「その何とかって人に依頼した奴を探してるんだよなぁっ?」
「ええ、根性はともかくとして、知能指数はまぁまぁのようですね」
「お前も大概、失礼だなっ!!」
この村で初めて輝矢たちがここに来た理由を理解したレオを、輝矢が誉めつつも貶す。
「おいっ、鹿男っ」
「んん〜っ?」
レオが農作業中の鹿男に呼びかける。明るい笑顔で振り向く鹿男。
「お前、一昨日の昼間にレンコン食った?」
『だあああああああああああっっっ!!!』
まったく関係のない問いかけをするレオに、ハチたちがまたもや前方へと倒れ込む。
「何、意味わからんこと聞いとんねんっ!!」
「俺たちは依頼した人間をだなぁっ…!!」
「村で他国の人に依頼をした人ぉ〜?さぁ〜?聞かないなぁ〜っ」
『えええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!?』
返って来るまともな答えに、ハチたちが目玉が飛び出そうなほどに驚く。
「何がどうなってそう…?」
「色々と思考回路があるのよ…」
首を傾げるユキジに、キリコが静かに答える。
「レオぉ〜っ!」
「んっ?」
今度は鹿男がレオの名を呼んだ。
「やっぱり熱帯魚はミジンコだよなぁ〜っ!」
「ああ」
鹿男の意味不明な言葉に、レオが笑顔を見せて頷く。
「鹿男が、“お前たち、うちで茶でも飲まねぇーか?”だとさっ」
『ええぇぇぇっ!?今っ、そう言ったのっ!?』
レオの通訳に、またしても大きく驚くハチとモンキ。
「まったく意味がわからない…」
「ここの村人たち…頭がユルいにしても度を越えていると思うのですが…」
理解に苦しんでいるユキジの横から、輝矢も引きつった表情で問いかけるようにキリコを見る。
「この村は一体…」
「ここは鹿国…」
輝矢の問いかけに、キリコが無表情で静かに答える。
「バカとボケとマヌケの住む場所…別称…」
キリコがゆっくりと輝矢の方を見る。
「“アホウの国”…」
「アっ…?」
その別称に、輝矢が目を丸くする。
「アホウの国っ…?」
こうして、輝矢一行は、“アホウの国”へと足を踏み入れたのであった。
20分後。
「まさかマホウの国じゃなくって、アホウの国だったとはなぁ…」
どこかしみじみと呟くハチ。マホウの国ではなくアホウの国へとやって来てしまった輝矢一行は、畑で知り合った鹿男の家に訪れていた。小さな藁の家の中に、一行と鹿男の父・母、そしてキリコとレオも入り、家の中は満杯である。
「はぁ〜いっ!粗茶でぇ〜すっ!」
「母さんっ、それお味噌汁ぅ〜っ!」
「あらっ、ホントっ!まぁいいじゃないっ!」
「まぁいいよぉ〜っ!アッハッハっ!!」
『・・・。』
鹿男同様に頭のユルい母親により運ばれた味噌汁を前に出され、勢いよく表情を引きつる輝矢一行。そんな輝矢たちに気づくことなく、鹿男一家は陽気に微笑んでいる。
「確かに阿呆の国っ…」
「ううぅ〜っ!俺の魔女っ子ちゃんの夢がぁ〜っ!」
納得せざるを得ないといった表情で頷くハチの横で、魔法の国ではなかったことに激しくショックを受けているモンキ。
「皆して聞き間違えるとかあるぅ〜?わざと言ったんじゃないのぉ〜?」
「あのクソババアならあり得ますね」
ユキジの言葉に、あっさりと頷く輝矢。
「まぁまともな言葉の通じる人間なんていない国だっからさぁっ、その依頼したって奴もっ…」
陽気に笑う一家の横から、まともな言葉を放つレオ。
「依頼したこと覚えてねぇーかもよっ?」
「本当にあり得ますね」
「最悪じゃ〜んっ」
しかめた表情で頷く輝矢の横で、面倒臭そうに頭を抱えるユキジ。
「って、お前らは?話が通じるってことは、この国の人間じゃねぇーのか?」
『・・・っ』
ハチのその問いかけに、一気に曇るレオとキリコの表情。
「まっ…まぁなっ…」
「・・・。」
「・・・?」
ぎこちなく答えるレオと、そっぽを向いてしまうキリコに、ハチが少し首を傾げる。
「・・・っ」
2人の様子に、輝矢もそっと眉をひそめた。
「キリコとレオ、俺が拾ったぁ〜っ!」
『・・・っ?』
急に口を挟んでくる、相変わらず陽気な笑顔の鹿男に、輝矢たちが少し目を丸くする。
「こんなバカに拾われるとは…はぁっ」
「溜息をつくなっ!!溜息っ!!」
「言っておくけど、拾われた覚えはないわよ…?」
深々と溜息をつく輝矢に、レオとキリコが必死に弁解をする。
「2人とも俺の大切な友達だっ!!」
『・・・っ』
続けられた鹿男の言葉と、その曇りない無邪気な笑みに、レオとキリコが少し驚いたように目を見開く。
『・・・。』
「・・・っ」
そっと俯き、どこか嬉しそうに微笑んだレオとキリコを見て、輝矢もそっと笑みをこぼした。
「でぇ、どないするん〜?輝矢ぁぁ〜んっ」
「そうだよぉ〜依頼した人が忘れてるかもっていうんじゃさぁ〜っ」
「そうですねぇ…」
モンキとユキジの言葉に、少し困った顔を見せる輝矢。
「何を依頼したかなら…心当たりがあるわよ…」
『えっ…?』
キリコの言葉に、輝矢たちが少し驚いたように顔を上げる。
「心当たり…?」
「ええ…」
聞き返した輝矢に、静かに頷くキリコ。
「この国のはずれの屋敷に…“オズ”という名の魔法使いが住んでいてね…」
「オズ…?」
「魔法使いっ?」
キリコの言葉に、輝矢たちが眉をひそめる。
「魔法使いっていったって、まぁ〜たどうせエセモノなんじゃっ…」
「違うわ…」
「・・・っ」
すぐさま否定するキリコに、ユキジが表情を険しくする。
「オズと傍仕えの4人の魔女は…実際に恐ろしい魔法を使って、この村の畑を焼き払ったりしている…」
「魔法…」
その単語を繰り返し、さらに眉をひそめる輝矢。
「逆らえば畑だけじゃ済まなくなるからなぁ〜それでここの村人たちもお手上げ状態ってわけだっ」
「そっかぁ」
付け加えるレオの言葉に、しみじみと呟くハチ。
「それでババアに依頼を…」
「ってか、あの千年竜って、何の仕事請け負ってるわけぇ?」
「えっ…?」
今更という感じだが、ハチへと問いかけるユキジ。
「さぁ?困った人は誰でも助ける何でも屋とか言ってたような…」
「あの性格で人助けなどと、ちゃんちゃら可笑しいですねっ」
「まぁお前もそう変わんねぇーぞっ…?」
トマトの話題となり、勢いよく顔をしかめて言い放つ輝矢に、ハチが呆れた表情でこっそりと呟いた。
「まぁとにかく、そのオズという者の屋敷へ案内して下さい」
『へっ…?』
立ち上がりながら言い放つ輝矢に、目を丸くするハチたちとレオ。
「案内って、何する気っ…」
「決まっているでしょう?ぶっ倒すんですよ」
問いかけたレオに、輝矢があっさりと答える。
「おっ…おいおいっ!まだ事実関係だって、よくわかってねぇーんだぞっ!?」
ハチが立ちあがった輝矢を見上げ、少し非難するように声をあげる。
「それに魔法の正体だってわかってねぇーしっ…もうちょっと調べてからの方がっ…!」
「私はとっとと依頼を完了して、あのババアに見せつけて差し上げねばならないんですっ」
「・・・っ」
鋭い表情で言い放つ輝矢に、ハチが表情を曇らせる。
「とにかく、とっととそのオズという者を倒せばいいんですよっ」
「・・・。」
言葉を続けた輝矢に、ハチはどこか複雑な表情でそっと俯いた。
「ではとっとと屋敷までの案内を」
「いっやぁ〜っ、俺はちょっとっ…」
輝矢の要求に、苦々しい笑みで俯くレオ。
「怖いから無理よね…」
「うっせぇぞぉっ!キリコぉっ!ホントのことを言うなぁっ!」
口を挟んだキリコに、レオが勢いよく怒鳴り返す。
「じゃあぁ〜俺ぇ〜っ!行く行くぅ〜っ!」
「結構ですっ」
「そぉ〜っ?アっハっハァ〜っ!」
名乗り出た鹿男の好意を、一瞬にして断る輝矢。一瞬にして断られたというのに、鹿男はやはり楽しげに笑っていた。
「ここは私かしら…仕方ないわね…」
レオも鹿男も案内出来ないということで、面倒臭そうに名乗りをあげるキリコ。
「もうすぐ伐採の時間なのに…」
「いや、むしろしないでっ」
「それが自然のためやっ」
こっそりと呟くキリコに、ハチとモンキが口々に突っ込みを入れる。
「じゃあとっとと…」
「マトリョー鹿さんっ!!鹿男っっ!!」
『・・・っ?』
キリコが立ちあがろうとしたその時、鹿男の家へ麦わら帽を被った中年男が、どこか慌てた様子で駆け込んできた。皆が不思議そうな顔で、そちらを振り返る。
『・・・誰っ?』
『だあああああああああああああっっっ!!!』
一斉に首を傾げる鹿男一家に、勢いよくズッコケるハチたち。
「隣の隣の家の甘吉さんよ…」
「ああぁ〜っ!向かいの左隣の大五郎さんかぁ〜っ!」
キリコの説明に、納得した笑顔を見せる鹿男。
「この場合、甘吉と大五郎、どっちがあの人なんだ…?」
「さぁ?大五郎とちゃう?」
「まぁ限りなくどっちでもいいです」
首を傾げているハチとモンキの横で、輝矢がとても興味なさそうに言い放つ。
「大変なんだぁっ!!」
甘吉もしくは大五郎であるその男が、焦った様子で声を出す。
「サンショウウオが山の麓で団子を作っただぁよぉっっ!!」
『なっ…!何ぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!?』
甘吉もしくは大五郎の言葉に、大きく目を見開いて驚く鹿男とマトリョー鹿。
「何と?」
輝矢がレオに通訳を求める。
「えぇ〜っと、“オズの仲間の魔女の1人が、畑を焼き払って暴れてる”ってさぁっ」
『へぇぇぇぇぇ〜〜っっ』
レオの見事な通訳に、感心したように声を揃えるハチたち3匹。
『って……ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!?』
次に大きな驚きの声が、鹿男宅に響き渡った。
鹿国のとある畑の1つが、赤々とした炎に燃え尽くされていく。
「オォ〜ホッホッホッホっ!!オォ〜ホッホッホッホっ!!」
草を実を、すべてを燃やし尽くしていくその巨大な炎を眺めながら、畑の前で高々とした笑い声をあげているのは、黒いとんがり帽子に黒いローブを纏った、怪しげな女。
「燃えなさぁ〜いっ!!もっともっと激しく燃えなさぁ〜いっっ!!」
女が燃え盛る炎の前で両手を広げながら、何とも楽しげに笑っている。
「あっ!あそこですっ!」
甘吉だか大五郎だかに案内され、鹿男・マトリョー鹿とともに現場に駆けつける輝矢たち。
「・・・っ」
輝矢が燃え盛る炎を見て、その表情を険しくする。
「オォ〜ホッホッホっ!!」
「うおぉ〜っ!俺憧れの魔女っ子ちゃんっ!!」
「今はんなこと言ってる場合じゃねぇーだろうがっ!」
畑の前にいる魔女の姿に興奮するモンキ。そんなモンキにハチが非難の目を向ける。
「とにかくあの火をっ…!」
「やめてよぉっ!!」
「・・・っ?」
火を止めようと両手を突き出した輝矢であったが、どこからか聞こえてくる子供の声に手を止めて、振り向く。
「やめてよぉっ!!」
笑っている魔女のローブを持ち、必死に訴えているのは、まだ幼い少女。
「せっかくっ…!せっかくお父さんたちが毎日、頑張ったのにぃぃぃっ…!!」
少女が瞳に涙を溜めながら、必死に訴えを続ける。
「なぁにぃ〜?このガキっ…」
「ううっ…!」
冷たい瞳で見下す魔女に、少女の顔が強張る。
「気安く私に…触るんじゃないわよっ」
「ううっ!!」
『・・・っ!』
魔女が、右手を少女へと向けると、輝矢たちが一斉に焦った表情を見せる。
「クっ…!“月器っ…!」
慌ててピアスを弾く輝矢。
――――ボォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
「えっ…?」
月器を目覚めさせようとしていた輝矢が、白い煙の中から飛び出していく、その獣の姿に、思わず動きを止めてしまった。
――――ブシュっ……!!――――
「ううっ…!!」
何か鋭いものが魔女の手をかすめ、魔女が苦しげな表情で少女に向けられていた右手を引っ込める。
「クっ…!」
「・・・。」
睨むように顔を上げた魔女の視線の先にいるのは、左右に鋭い角を持った1頭のシカ。
――――ボォォォォォォォォォォォ〜〜〜ンっ!――――
「・・・。」
シカは白い煙に包まれると、初めて鋭い表情を見せた鹿男へと姿を変えた。
「“鹿人”…」
そんな鹿男の様子を見ながら、輝矢がひそめた表情で呟く。
「・・・っ」
少し俯いた魔女が、自分の右手を見る。すると鹿男の角にかすめられた傷から、赤い血が滴り落ちていた。
「このっ…」
「・・・五ヵ年計画っ!!」
「はぁっ!?」
顔をしかめた魔女に、鹿男が勇ましい表情で言い放つ。しかしその意味不明な発言に、魔女はさらに表情をしかめた。
「何と?」
「“この村の人間に手を出すな”よ…」
「毎回思うけど、何の脈絡もねぇーよなっ…」
見事に通訳をこなすキリコに、ハチが呆れた表情で呟く。
「よくもっ…」
またしても俯いた魔女が、少し震えるような低い声を漏らした。
「よくも私にっ…傷をつけたわねっ…!!」
そう叫び、魔女が勢いよく顔を上げる。
「許さないっ!絶対、許さないわぁっ!!」
魔女が右手を掲げると、白い煙に包まれ、1本のホウキが現れた。魔女は空中に浮かぶそのホウキを手に取り、軽々とホウキの上に乗る。
「オズ様に言いつけてやるっ!!」
子供のように叫ぶ魔女を乗せたホウキが、上空へと浮かんでいく。
「覚悟してなさいっ!オズ様の魔法にかかればっ、こんな村、コッパ微塵よっ!!」
『・・・っ』
魔女の言葉に、輝矢や鹿男たちの表情が一斉に曇る。
「オォ〜っホッホッホっ!!オォ〜っホっホッホッホっ!!」
高々と笑いながら、ホウキに乗った魔女は、遠くの空へとその姿を消していく。
「ああぁ〜っ!!待ってぇぇぇ〜〜っ!!俺の魔女っ子ちゃ〜〜〜んっ!!」
「バカっ…」
見えなくなっていく魔女に必死に手を伸ばすモンキに、ユキジが呆れきった表情を見せた。
『・・・。』
魔女は去ったものの、その残された言葉に、どこか暗い表情を見せ俯く、村の面々。
「輝矢、火をっ」
「えっ?ああ、そうでしたね。“水月”っ」
輝矢が水力を使い、畑で燃え盛っていた火を消火する。
「はぁ…」
そんな中、深々と溜息をつき、近くの家の方へと歩いて行くキリコ。
『・・・っ?』
そんなキリコを、輝矢たちが不思議そうに見つめる。
「もう終わったわよ…」
キリコが家の裏側を覗き込む。
「ぶるぶるぶるぶるっ…」
「レオ…」
「ふぇっ?」
キリコが声を掛けたのは、家の裏側でしゃがみ込み、背中を丸めて震えているレオであった。キリコに名を呼ばれ、レオが間の抜けた表情で振り向く。
「そっ…そうかぁっ!いなくなったかぁっ!!」
急に元気になって立ち上がり、家の裏側から皆の方へと出て来るレオ。
「さぁ〜ては俺の獅子パワーに圧倒されたかぁっ!?ナッハッハっ!!」
「何だ…?アイツっ…」
「気にしないで…ビビりがうつるわ…」
呆れた表情を見せるハチに、キリコが冷たく答える。
「おっ…俺はビビりじゃねぇーぞぉっ!キリコぉっ!ちょっと臆病なだけだぁっ!」
「どっちにしろ、生きてる価値はないわ…伐採してあげましょうか…?」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
「はぁっ…」
レオとキリコの会話を聞きながら、少し頭を抱えるハチ。
「ごめん…みんなっ…」
「・・・っ?」
聞こえてくる鹿男の陽気でない声に、頭を抱えていたハチが少し眉をひそめて振り返った。
「俺が余計なことしたせいで…魔女怒らせちゃって…」
鹿男は、集まっている村人たちに、被っている麦わら帽子を取り、何とも申し訳なさそうな顔を見せていた。
「俺…取り返しのつかないことを…」
「気にすんなっ!鹿男っ!」
「・・・っ」
その声に、俯いていた鹿男が顔を上げる。
「父ちゃんっ…」
そう声を掛けたマトリョー鹿は、鹿男に優しい笑みを向けていた。
「お前がやらなきゃ俺がやってたとこだぁっ!」
「・・・っ」
マトリョー鹿のその言葉に、鹿男が少し目を細める。
「そうそうっ!いつまでもオズに怯えて暮らしてたって意味ねぇーしなぁっ!いい機会さぁっ!」
「逆にオズをぶっ倒してやろうぜぇっ!」
『おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!』
「みんなっ…」
次々と声をあげる村人たちに、鹿男は少し泣きそうな表情で微笑んだ。
「何っ…?このまともな会話…」
「ピンチ過ぎて、頭の回転が速くなったんじゃないですか?」
その感動のシーンを目の当たりにしても、鹿国の者たちがまともに会話をしているということにしか注目出来ない輝矢とユキジ。
「本領を発揮したのよ…」
「常日頃から発揮しろよっっ!!」
キリコの言葉に、ハチが勢いよく突っ込みを入れた。
「よっしゃああああああっっ!!やってやろぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
『おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!』
鹿男の掛け声に、村人たちが決起する。
「でぇ?俺らはどないするん〜?輝矢んっ」
そんな決起している村人たちを見ながら、モンキが輝矢へと問いかける。
「そうですねぇ…」
少し考えるように、首を捻る輝矢。
「まぁ丁度、オズというのを倒しに行こうと思っていた所ですしっ…」
首をまっすぐにした輝矢が、そっと笑みをこぼす。
「バカの手伝いというのも悪くはありませんねっ」
『・・・っ』
輝矢のその言葉に、ハチ・モンキ・ユキジも笑みをこぼす。
「ぐぅーっ…」
その言葉を聞いていた鹿男が、感動したような笑顔で、輝矢につけた愛称を呼ぶ。
「ふんころがしっ!!」
「“ありがとう”と言ってるわ…」
「まったく、有り難みありませんね…」
笑顔で少し変わった礼を言う鹿男に、輝矢はがっくりと肩を落とした。
「・・・。」
その会話を聞きながら、レオは皆と少し離れた場所で、どこか感慨深げにそっと俯いた。
その後も鹿国の者たちの本領を発揮したまともな会話が繰り広げられ、オズが攻めて来る前に、年寄り・女・子供を覗く村の男たちで、オズの屋敷へと乗り込むことが決まった。戦いの支度を整えるため、男たちは皆、1度家へと戻った。輝矢たちも、鹿男・マトリョー鹿とともに、鹿男の家へと戻っていた。
「父ちゃ〜んっ!畑耕しに行こぉ〜っ!」
『だあああああああああああああっっっ!!!』
身支度を整え、部屋から出て来た鹿男の一言に、勢いよくズッコケるハチたち。
「ちゃうやろっ!!オズ倒しに行くんやろっ!!オズっ!!」
「お前っ、自分で先陣切って言ってたじゃねぇーかっ!!」
「ええぇ〜っ?」
ハチとモンキの突っ込みに、目を丸くして首を捻る鹿男。
「鹿男ぉぉ〜っ!晩飯の買い出しでも行くかぁ〜っ!」
『アンタもかっっ!!』
陽気な声を出すマトリョー鹿にも、2匹が全力の突っ込みを入れた。
「こんなんで大丈夫なのかなぁ〜っ」
「まぁ補償は出来ませんね」
そんな鹿男とマトリョー鹿に、不安げな表情を見せるユキジと、呆れきった表情を見せる輝矢。
「さぁ…じゃあ私は伐採にでも出掛けようかしら…」
『へっ?』
そう言って、斧を持って立ち上がるキリコに、ハチたちが不思議そうな顔を見せる。
「何だぁ?お前、行かねぇーのかぁっ?」
「当たり前でしょう…?私はか弱い女の子よ…?」
「どこがっ」
「斧の振り回しっぽりは明らかに戦力になりそうやったけどなぁ」
「っつーか、まず伐採やめろよ」
当然のように答えるキリコに、呆れた表情でこっそりと突っ込みを入れる3匹。
「随分と冷たいんですね」
輝矢がキリコに、どこか刺すような視線を向ける。
「お友達の村が大ピンチだというのに」
「・・・。」
輝矢のその言葉に、キリコの表情が曇る。
――――お前はいっつも1人っきりっ!死ぬまでずっと1人っきりっ!――――
「・・・っ」
思い出される、その呪いのような言葉に、キリコは少し唇を噛み締めた。
「私に友達なんていないわ…」
「・・・っ」
「・・・。」
冷たく、だがどこか悲しげに言い放ったキリコに、輝矢は眉をひそめ、鹿男はその表情をそっと曇らせた。
「俺も行かねぇっ」
『・・・っ?』
次に声を出したのは、部屋の端で壁にもたれかかるようにして、やる気なく座り込んでいるレオであった。
「まぁビビりライオンになど、初めから誰も期待してませんけど」
「ビビり言うなぁっ!俺は臆病なだけだぁっ!」
冷たく言い放った輝矢に、レオが立ち上がって必死に訂正を入れる。
「だいったいビビりとかの問題じゃねぇーだろっ!」
「・・・っ?」
どこか怒ったように声を張り上げるレオに、輝矢が少し表情をひそめる。
「俺はこの村の人間じゃねぇーんだっ!」
声を荒げたレオは、そのまま言葉を続ける。
「あんなぁっ、今はんなこと言っとらんと、とにかくオズっちゅー奴をっ…」
「相手は恐ろしい魔法を使うんだぞっ!?見す見す死にに行くようなもんじゃねぇーかっ!!」
「・・・っ」
説得しようと試みたモンキが、あまりに必死に言い返してくるレオに、言葉を止めてしまう。
「俺はっ…んなことで死にたくねぇっ…」
少し躊躇うように、俯くレオ。
「俺はっ…この村がどうなろうと知ったこっちゃねぇっ!!」
「・・・っ」
勢いよく顔を上げ、そう叫んだレオに、鹿男は少し目を細めた。
「お前なぁっ!!そんな言い方っ…!」
「うんっ!わかったっ!」
「えっ…?」
レオに思わず怒鳴りあげようとしたハチが、背後から聞こえてくる陽気な声に、戸惑うように振り向く。
「鹿男…?」
ハチが振り返ると、そこにはいつもの陽気な笑顔の鹿男が立っていた。
「俺たちだけで行ってくるからっ!レオとキリコはウチの畑でも耕しててよっ!」
「私の趣味は伐採よ…?鹿男…」
「そこっ?」
困ったように訴えるキリコに、呆れた表情を向けるユキジ。
「鹿男っ…」
レオが少し厳しい表情で、陽気に笑う鹿男を見つめる。
「さっ!行こ〜っ!父ちゃんっ!!」
「おぉーーうっ!!」
鹿男に背中を押され、気合い十分のマトリョー鹿が家を出て行く。その後に続くようにして、玄関先へと行った鹿男が、その場でそっと足を止めた。
「俺…バカだからさっ…」
『・・・っ?』
背中を向けたまま言葉を発する鹿男を、キリコとレオが戸惑うように見つめる。
「この村にいて、レオとキリコが楽しかったか、楽しくなかったかなんて、わかんないけど…」
2人が見つめる中、鹿男が言葉を続ける。
「俺は…楽しかったっ…」
そっと微笑んだ鹿男が、ゆっくりと2人の方を振り返る。
「楽しかったよっ!」
『・・・っ』
鹿男のその笑顔に、キリコとレオはどこか痛むように目を細める。
「じゃあっ!ご馳走様ぁ〜っ!!」
「それを言うなら“行ってきます”では?」
挨拶の言葉を間違え、輝矢に突っ込まれるも、気にせずに陽気な笑みを見せながら家から出て行く鹿男。
『・・・。』
深く俯いたキリコとレオが、鹿男の家に残される。
「おっ…おいっ!いいのかよっ…!?」
そんな2人に、ハチがどこか心配するように声を掛ける。
「鹿男、行っちまったぞっ…!?」
「・・・。」
ハチの言葉に、レオが少し唇を噛む。
――――弱き獅子などっ…何の役にも立ちはせんっ!――――
「・・・っ」
レオの脳裏にも、呪いのような言葉が過ぎる。
「鹿男たちだけに戦わせていいのかっ!?」
「せやっ!お前らダチなんやろっ!?せやったらっ…!」
「・・・どうせ俺はっ…勇気のねぇー臆病なライオンだっ…」
『えっ…?』
必死に訴えかけていたハチとモンキが、レオのその諦めたような言葉に、眉をひそめる。
「行ったって…何の役にも立ちゃしねぇーさっ…」
少し辛そうな表情でそう言い放つと、レオはハチたちの横を通り過ぎ、足早に鹿男の家を出て行く。
「おっ…おいっ!」
ハチの声に振り返ることなく、レオは鹿男の家を後にした。
「なんやぁ〜っ!アイツっ!冷たいやっちゃなぁ〜っ!」
「・・・。」
怒ったように声を出すモンキの横で、少し目を細める輝矢。
「私も…伐採があるから…」
「・・・っ」
キリコも斧を持って、レオの後を追うように家を出て行く。
「おっおいっ!鹿男をっ…!」
「私にそんなことを言ったって無駄よ…」
「えっ…?」
レオと同じように、キリコも呼び止めようと声を張り上げたハチ。しかし、その言葉を遮るように、冷たく言い放つキリコ。
「私に…心なんてないから…」
「・・・っ」
そう言い放ったキリコのどこか悲しげな表情に、とても感情がないとは思えず、ハチはそれ以上呼び止めることが出来なかった。そのまま、キリコも鹿男の家を出て行く。
「・・・。」
出て行ってしまった2人に、ハチが少し落ち込むように俯く。
「勇気のないライオンに、心のないきこりねぇ〜」
「難しいなぁ〜っ」
出て行ってしまったレオとキリコに、モンキとユキジが気難しげな表情で首を捻る。
「輝矢っ…」
「私たちの目的は、オズという者を倒し、この村の誰だかの依頼を完了させること」
「・・・っ」
少し顔を上げたハチに、輝矢はそうキッパリと言い放った。そんな輝矢の言葉に、ハチがまたしても俯いてしまう。
「一刻も早く終わらせて、あのクソババアを見返してやらねばなりませんしっ」
「そう…だよな…」
さらに続く輝矢の言葉に、どこか落ち込むように呟くハチ。
「ですが…」
「・・・っ?」
しかし、さらに続いたその言葉に、ハチは少し目を丸くして顔を上げた。
「このままというのはどうも、全身が痒くって仕方ありませんっ」
「えっ…?」
ハチが少し戸惑うように声を漏らす。
「私はビビりライオンと伐採女のところへ行ってきます」
輝矢がまっすぐな瞳で言い放つ。
「ハチ、サル、キジっ」
『・・・っ?』
名を呼ばれ、ハチ、モンキ、ユキジが輝矢の方を見る。
「鹿男たちの後を追い、バカどもの援護をして下さい」
『・・・っ』
輝矢のその言葉に、笑顔を見せるハチ、モンキ、ユキジ。
『了解っ!』
笑顔を見せた3匹は、大きく頷いた。
「よぉ〜しっ!俺もさっきの魔女っ子ちゃんとホウキデートするぞぉ〜っ!!」
「一応、あの魔女、敵なんだけど…?」
妙なやる気で両手を上げるモンキに、ユキジは冷たい瞳を向けた。
――――あの子、子供のくせにピクリとも笑わないのよっ?――――
――――感情がないんじゃないっ?気持ち悪ぅ〜いっ!――――
――――見てるだけで不快っ!早くこの町から出てってくれればいいのにぃ〜っ!――――
「・・・。」
思い出される過去に、斧を握り締め、唇を噛み締めるキリコ。
「私に…心なんてないっ…」
キリコはどこか言い聞かせるように呟いた。
――――レオ、あいつはいつも逃げてばかり…――――
――――獅子の国に生まれた男のくせに…何とも情けないっ…――――
――――あんな弱虫ライオンっ、獅子の恥だっ!――――
「・・・怖いんだから…逃げて何が悪いっ…」
思い出される言葉に、言い返すように呟くレオ。
「勇気のないライオンがいてっ…何が悪いんだよっ…」
レオは少し震える声を漏らし、その顔面を両手で覆った。
鹿国はずれ。大魔法使いオズの屋敷。
「クっ…!」
ホウキから降り、屋敷内へと入って来た先程の魔女が、まだ血の止まらぬ右手の傷を見ながら、その表情を歪める。
「あの鹿っ…!」
傷をつけた鹿男のことを思い出し、魔女が鋭く瞳を光らせる。
「可愛いバンビに逆襲されちゃったみたいね、ノース」
「・・・っ」
後ろから聞こえてくる女の声に、ノースと呼ばれた魔女が、少し顔をしかめて振り返る。
「サウス…」
ノースの振り返った先に立っていたのは、ノースと同じとんがり帽子にローブを纏った女であった。
「ウフフっ…あぁ〜痛そうっ」
「・・・っ」
まったく心配する素振りもなく、どこか楽しげに微笑むサウスに、ノースが眉を引きつる。
「相手を鹿だと思って侮るからよ…」
「イースっ…」
「アハハァ〜っ!ノースってば超間抜けぇ〜っ!」
「うるさいわよっ!!ウェスっ!」
同じくとんがり帽子にローブ姿の魔女が、後2人現れた。
「私がちょっと油断しただけでっ…!」
「何を…騒いでいる…?」
『・・・っ』
薄暗い部屋の奥から聞こえてくるその低く重い声に、4人の魔女は一斉に表情を引き締め、慌てて奥を振り返り、膝をついて深々と頭を下げた。
「眠りから醒めてしまったではないか…」
『申し訳ありません、オズ様っ』
どこか不機嫌そうに言うその声の主・オズに、4人は声を揃えて謝った。
「しっ…しかしオズ様っ!聞いて下さいっ!」
ノースが立ち上がり、オズへと訴えかける。
「ヤツらっ…!鹿国のヤツらがっ…!私に傷をつけたのですっ!」
「何っ…?」
「ほらっ!これっ!」
「・・・っ」
ノーズがオズへ、傷ついた右手を見せる。薄暗いところに居るオズの表情が、かすかに動いたような気がした。
「ノースが油断し過ぎただけじゃないのぉ〜?」
「黙りなさいっ!ウェスっ!」
「クスっ」
横からからかうように口を挟むウェスに、ノースは勢いよく怒鳴りあげた。
「鹿国の奴ら、我らを倒そうと、武装してこちらへ向かっているようですわよぉ〜?」
「えっ…?」
サウスの言葉に、ノースも少し驚いた表情を見せる。
「我らを…倒すだとっ…?」
オズの声色が、さらに重く変わる。
「小癪なっ…!!」
――――バァァァァァァァァァァァァーーーンっ!――――
『ううっ…!』
声を荒げたオズの全身から、その力の強さを示すような衝撃波のようなものが放たれ、4人の魔女が皆、思わず身を伏せる。
「二度と逆らう気など起きぬよう…握り潰してくれるわっ…」
そう言うと、オズと見られる影がゆっくりと立ち上がった。
「くだらぬバカどもを迎え討てっ!我が魔女たちよっ!」
『はっ!』
オズの言葉に、4人の魔女がまた深々と頭を下げた。
「わぁ〜いっ!殺戮っ♪殺戮っ♪」
「バンビちゃんたちを燃やせるのね…楽しそうっ」
「今度は油断しないでよ…ノース…」
「わっ…わかってるわよっ!!」
4人の魔女が立ち上がり、それぞれに戦いへの意気込みを見せる。
「この大魔法使いオズの力…見せつけてくれるわっ…」
立ち上がった巨大な影は、不気味に怪しく微笑んだ。
其の三十九へつづく。
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