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第3章 サイ蔵法師サマ御一行
「だっはぁ〜〜っ…」
力の抜けきった何とも情けない声を出すのは、ひたすら続く山道をゆっくりと四つ足で歩くハチ。声だけでなく、その顔も力の抜けきった何とも情けない顔である。
「そんなにダハダハ言ってるとエリマキトカゲになってしまいますよ、ハチ」
「何故にっ!?」
涼しげな表情で前を歩いていく輝矢の言葉に、大きく反応するハチ。
「つーかさぁ、羊の国出てからロクに飯食ってねぇーしっ…イヌの俺でもキツいってぇ〜」
「まだ三日じゃないですか。私なんていつも一ヶ月はロクにご飯食べてませんよぉ?」
「やっぱ俺に旅って無理だったのかな…」
輝矢の笑顔に、ハチが自信を失う。
「そんなにお腹が空いているのなら、先ほど見かけた山小屋の老夫婦宅へ押し入って食料をっ…」
「頼むから、人の道に反することは止めてくれ…」
卑劣極まりないことを言う輝矢に、ハチがやつれた表情で願う。
「だっはぁ〜っ……って、ああっ!」
「えっ?」
エリマキトカゲになっていたハチが何かを見て大声をあげる。その声に驚き、ハチの見ている方を見る輝矢。
「バナナっ!!」
森のとある木に違和感たっぷりに生っている一房の黄色いバナナ。
「何故、このような森にバナナが?」
「神のお導きだぁっ!!ひぃぃやっほぉーうっ!」
「あっ」
輝矢の疑問を完全に無視し、バナナの生っている木へと飛び出していくハチ。
「いっただっきまぁーーっ…!!」
「おおっとっ」
「のわあああっ!!」
「ハチっ」
バナナに飛びつこうとしたハチが、横から出てきた影に地面へと突き落とされる。

――――ドッスゥゥーーンッ!!――――

「痛つつつつつつつっ…」
「ハチ、もしやショックで私との美しい思い出をすべて忘れてしまったのでは?」
「大してねぇーだろっ!思い出っっ!!」
地面に落下したハチが、輝矢の言葉に割りと元気よく怒鳴りながら起き上がる。
「ったく誰だぁっ!!こんなマネしやがったのはっ…!って、うえっ!?」
上を見上げたハチが、大きく目を見開く。
「サル…」
「サルぅぅっ!?」
「よぉーうっ!」
木の枝の上に自然と立ち、ハチが獲ろうとしたバナナの房を抱えて、下にいる輝矢とハチに笑顔で手を上げたのは、何とも可愛らしい茶色の子ザルであった。話しているところを見ると、“猿人”のようである。
「“よう”じゃねぇっ!!お前なぁっ!いっきなり人っ…いやっ、イヌを突き飛ばして一体っ…!」
「お前が俺のバナナ獲ろうとしたからやんかぁ〜ワンコっ」
「ああっ!?」
サルの小ばかにしたような笑みに、顔を引きつるハチ。
「俺のって、それは生ってたバナナだぞっ!?見つけたもん勝ちだろっ!?」
「それを言うなら獲ったもん勝ちやろぉ?何なら獲ってみるかぁ?」
サルがハチを挑発するかのように、ハチの方へとバナナをひけらかす。
「よぉーしっ!!臨むところだぁぁっっ!!獲ってやろうじゃねぇーかぁっ!!」
怒りを全面に押し出して、木の上にいるサルへと飛び出していくハチ。
「どりゃああああっ!!」
「もぐもぐっ」
飛び出してくるハチを見ながら、素早くバナナを一本、皮を剥いて食べる。
「ぽいっ」
「へっ?」
木の上へと四つ足で器用に登っていっていたハチの足元を目がけて、サルが食べ終えたバナナの皮を落とした。

――――つるんっ…!――――

「だあああっ!!」
バナナの皮に足を滑らせ、見事に木から落下していくハチ。

――――ドッスゥゥゥーーンッ!!――――

「ぐへぇぇっ!!」
地面に全身を打ちつけ、死んだような声を出すハチ。さすがに本日二度目の落下はきいたようである。
「イヌも木から落ちるってやつですね」
特に手を貸すわけでもなく、冷静に呟く輝矢。
「どうやら俺の勝ちみたいやなぁ〜っ!ほなっ、バナナは貰ってくでぇっ!ワンちゃんっ」
「かっ…!」
「じゃっあにぃ〜っ!」
余裕の笑みを浮かべて、素早く木を飛び移り、どこかへと去っていってしまうサル。
「何じゃあっ!!あのサルわああっ!!」
力の限り叫ぶハチ。これが今回の事件の、そもそもの始まりであったのである。




一時間後。
「ああ〜街ですよっ、ハチっ」
山道のすぐ先に灯りの集まった集落を見つけ、輝矢が嬉しそうに後ろを歩くハチの方を振り返る。
「クッソっ…!あのサルめっ…!」
「まだ気にしているのですかぁ〜?」
しかしハチは街よりも、先ほどのサルへの怒りで頭が一杯の様子である。
「街に着いたら私がバナナよりもいいもの、買ってあげますからぁ〜」
輝矢が怒っているハチを宥めるように言う。
「朱実の金でっ」
「俺ん家の金じゃねぇーかっっ!!」
怒っていても突っ込むことは忘れないハチ。
「いやぁ、着きましたよぉ」
「ようこそぉぉっっ!!お二人さんっ、旅の人かいっ?」
『えっ?』
輝矢たちが街の入口に足を踏み入れた途端に、近くに立っていた若い男が親しげに二人に声をかけてくる。少し戸惑うように顔を上げる輝矢とハチ。
「この街はいぃ〜い街だよぉっ!オススメは特に足つぼマッサージかなっ?是非、試してってよっ!」
「足つぼっ…」
男の言葉に、ハチが少し表情を引きつる。
「ここは何という名の街なのですか?」
「名前なんてないさぁっ!ここは所謂、“雑種の街”っ!いっろんな獣人が交じって暮らしてるんだっ」
「雑種の街…」
輝矢が目を丸くして、男の言葉を繰り返す。
「ちなみに俺は“蛸人”のタコ吉ねっ!街で有名な“八本足つぼマッサージ”のお店の主人やってからっ!」
「それでオススメなわけですか…」
「ただの宣伝じゃねぇーかっ」
親切な案内というよりはしつこい宣伝であるタコ吉に、呆れた表情を見せる輝矢とハチ。
「にしてもこの街は平和だなぁ」
街を見渡しながらハチが言う。
「そう離れてない羊の国なんて、鬼人出現に厳戒態勢だったってぇーのにっ」
「そっりゃーこの街は鬼人が出たって平気だからだよっ!」
「はぁっ?」
「平気っ…?」
タコ吉の言葉に、首をかしげるハチと眉をひそめる輝矢。
「この街には、御伽界随一の退治屋がいるからなっ!」
『退治屋っ?』
二人が同時に驚いた顔を見せる。
『サイ蔵様だぁっ!!サイ蔵法師様がいらっしゃったぞぉっ!!』
「おっ!君たち、運がいいなぁ〜っ!ちょぉ〜どサイ蔵法師様が拝めるぞっ!」
「サイ蔵法師様っ?」
「・・・っ?」
急に声をあげ、一箇所に集まり始める街人たち。タコ吉の言葉に、輝矢とハチは首をかしげながらも、駆け出していくタコ吉の後を追って、街人たちの集まっている方へと歩み寄って行く。
『サイ蔵法師様っ!!』
「君たちっ!こっちこっちぃ〜っ!!」
『・・・?』
集まっている人々は、その集まりの中央へと必死に手を振り、声援のようなものをかけている。人込みをスルスルと抜けていくタコ吉に続いて、何とかその中央付近へと顔を出す輝矢とハチ。
『・・・っ』
『サイ蔵法師様ぁぁっっ!!』
「ああ〜押すな、押すな。サインは一人一枚、写メールは一人二ショットまでじゃぞぉ」
街人の集まりの中央で、声援をかけられながら街人にサインやら握手やらを求められているのは、白い法衣を纏った灰色の髪の老人であった。老人は背こそ低いが、がっしりとした体付きをしていた。真ん中に寄った瞳の人相は、街人が慕っているほどのいい人間には見えない。
「サイ蔵様っ!この間はウチのペットをいじめた鬼人を退治してくださってありがとうございましたっ!!」
「鬼人っ!?」
「ペットをいじめた…?」
ある街人のサイ蔵への言葉に、輝矢とハチ同時に眉をひそめる。
「お安い御用じゃよ」
「ウチのバナナ畑を荒らした鬼人も退治してくださってありがとうごぜぇましたぁ〜」
「鬼人っ!?」
「畑を荒らした…?」
続いて礼を言う街人の言葉にも同じような反応を示す輝矢とハチ。
「何っ、いちいち驚いてんのぉ〜っ!ほっんと何も知らないねぇ〜まっ、旅人だっから無理ないかぁ〜」
「タコ吉さん、あの方は一体っ…」
「あのお人はサイ蔵法師っ!仏に仕えるお坊さんにして、御伽界随一の鬼人退治屋っ!」
「御伽界随一っ…」
「あのじいさんがぁっ!?」
タコ吉の説明に、あまり納得していなさそうな声を出す輝矢とハチ。
「ナメちゃいけねぇぜっ?倒した鬼人数知れずっ!この街に出た鬼人も六匹ぜぇーんぶ退治してくれたし!」
「六匹っ…」
「今じゃ鬼人の方が逃げてくって噂よっ!ヌワッハッハッハっっ!!」
「・・・。」
タコ吉の笑いを聞きながら、輝矢が気難しげに俯く。
「あのじじいがなぁ〜」
「サイ蔵法師サマっ!!サイン下さいっ!」
「んっ?おお〜いいぞぉ〜っ」
ハチが意外そうに見つめる中、白髪のまだ幼い少年が人混みを掻き分けてサイ蔵へと駆け寄る。サイ蔵はその少年の頭を撫でて、サインを書いた。
『お師匠様ぁ〜っ!!』
「あっ?」
人込みを掻き分けながらやって来るいくつかの声に、ハチたちが振り向く。
『お探ししましたよっ!お師匠様っ』
「おおっ、門貴もんき、コショー、九戒きゅうかいっ」
サイ蔵を“師匠”と呼び、人込みの中央へと姿を現したのは、頭に皿の乗った緑色のカッパと、丸々と太った大柄な肌色のブタと、可愛らしい茶色の子ザルであった。
「んっ?」
三匹の中の子ザルにどことなく見覚えのあるハチ。

――――ほなっ、バナナは貰ってくでぇっ!ワンちゃんっ!――――

「ああああっ!!」
『・・・?』
あの屈辱的な出来事を思い出し、サルを指差して思わず大声を出すハチ。その声にサイ蔵とサルたち三匹、そして集まっていた街人たちが皆、振り返る。
「あっ」
サルもハチを見て、思い出した様子で声を出す。
「知り合いかのぉ?門貴」
「知り合いゆうかぁ、通りすがり会うただけですわぁっ!“ご機嫌よぉ〜”ゆうてっ」
「ウソをつけぇっ!!お前が人のっ…!いやっイヌのバナナを横取りしてったんじゃねぇかっ!」
サイ蔵に笑顔を向けるモンキと呼ばれたサルに、思い切り怒鳴り返すハチ。
「横取り?」
「お師匠さんの前で人聞き悪いこと言いなやぁ〜ワンコぉ〜」
顔をしかめるサイ蔵を見て、困ったような顔を見せるモンキ。
「ホントのこったろっ!!」
「獲ったもん勝ちやゆうて、俺がちゃ〜んと勝ったやんっ?」
「あんなんで納得できっかぁぁっ!!」
ハチがさらに鋭い目でモンキを睨みつける。
「しゃーないなぁ…」
「・・・?」
急に声のトーンを落とすモンキに、ハチが少し表情を曇らせる。
「ほんならっ…」

――――ボォォォ〜〜ンッ!!――――

「・・・っ!」
モンキの体を白い煙が包む。
「みんなが見とうトコで勝ち負けハッキリしたろかぁっ!」
「・・・っ」
次の瞬間、煙の中から現れたのは、茶色い短髪にまっすぐと光る金色の瞳をした、いかにも活発そうな背の高い青年・門貴であった。派手な赤い胴着を着ている。
「これこれ、門貴っ」
「いっくら師匠さんでも、俺の決闘止める権利はないでぇ〜っ!」
「・・・やれやれ、お前は言っても聞かんヤツじゃからなぁ」
笑顔で言い切る門貴を見て、サイ蔵が少し疲れたように肩を落とした。
「皆、危ないから下がりなさい」
サイ蔵の指示に、集まっていた街人が大人しく後退していく。
「やりすぎんなよぉ〜、門貴っ」
「おうっ!」
やる気なく声をかけるカッパに、手を挙げて答える門貴。
「“如意棒にょいぼう”っ!」
「・・・っ」
門貴がそう言うと、門貴の右手の中にどこからともなく金色の装飾が施された真っ赤な棒が現れた。その様子を少し驚いたように見つめるハチ。
「さっ!お前もとっとと人化しぃ〜やっ!」
「あのなぁっ!バナナもないのに何で今更っ…!」
「それともぉ〜、その背負っとう立派な刀はコケ脅しかぁ〜?」
「・・・っ」
ハチの背負っている村雨丸を指差し、ハチを嘲笑うかのように言い放つ門貴。その門貴の見え透いた挑発に、ハチが思い切り表情を引きつる。

――――ボォォォ〜〜ンッ!!――――

「上等じゃねぇーかぁっっ!!このクソザルぅっ!!」
桜時の姿となって、村雨丸を抜くハチ。
「そうこなっ…!」
門貴が楽しげに笑って如意棒を振りかぶる。
「おいおいっ!アンタの連れっ!とっとと止めないと、サイ蔵様のお弟子さんとっ…!」
危機を感じて、輝矢の方を振り返るタコ吉。
「はいはぁ〜い、イヌVSサルっ、どっちが勝つと思いますぅ〜?一口、十チュンからですよぉ〜」
「商売始めてるしっ!!」
近くにいる街人を相手に、決闘を賭け事にして商売を始めている輝矢。その姿にタコ吉が驚く。
「まっ、とりあえず俺っ!サルに五十チュンっ!」
「俺、イヌに三十っ!」
「サルに百っ!」
「はいはぁ〜いっ」
驚きながらも、とりあえず賭け勝負に参加するタコ吉。その他の街人もどんどん参加していき、輝矢がテキパキと動いていく。
「おっらぁぁっ!!如意棒っっっ!!!」
「クっ…!!」
門貴が全力で振り下ろす如意棒を、村雨丸で正面から何とか受け止める桜時。
「やるやんっ!派手な頭しとるだけのことはあるなぁっ!」
「髪の色は関係ねぇーだろーがっっ!!!」
「おおっとっ」
村雨丸に力を込めて、受け止めていた如意棒ごと門貴を押し返す桜時。門貴が身軽に後ろに飛ぶ。
「こっからやっ!“如意棒”っ!」
「村雨丸っ!!」
「行けぇぇっ!!サルっ!」
「そこだぁっ!!イヌっっ!!」
激しく村雨丸と如意棒を交錯させていく桜時と門貴。戦いが白熱するほどに、周りからの歓声も熱くなる。
「へぇっ」
見事な動きでレベルの高い戦いを繰り広げている桜時と門貴に、商売を終えた輝矢はどこか感心するような声を漏らした。
『はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…』
二人は少し間合いを取り、肩で息をしながら呼吸を整える。
「やるなぁ、イヌ。思とった以上やっ」
門貴が笑みを浮かべる。
「けどっ…そんくらいの力じゃあ、まだまだ俺には勝てへんでぇっ」
「・・・?」
余裕に見える笑みを浮かべ、桜時とは離れた間合いのまま如意棒を構える門貴。今までに見たことのない構えをとる門貴に、桜時が少し眉をひそめる。
「今日は特別に見せたるわっ!俺の力っ」
「・・・っあれはっ…」
門貴の構えた如意棒の周りに集まっていく大気に、輝矢が目を見張らせる。
「何だっ?あの棒の周りに白い靄みたいなもんがっ…」
「これぞっ!俺の“風力”が奥義っ!」
「風力だとっ!?」
「行くでぇっ!如意棒・第一の舞っ…」
「クっ…!!」
村雨丸に両手を当てて、“花力”での防衛体勢を取る桜時。
「“くっ…!」
「そこまでっ」
「ぎゃほおおおっ!!」
「へっ…?」
今まさに必殺技を繰り出そうとしていた門貴が、横からやって来た輝矢の一蹴りで五メートルほど離れた家の壁まで吹き飛ばされていく。防衛体勢を取っていた桜時も目を丸くする。
「お痛ててててててっ…」
「まったく、ウチのハチが傷物にでもなったらどうしてくれるんですかぁ。危ないサルですねぇ」
蹴られた腹を押さえながら、やっとこさ起き上がる門貴を見ながら、輝矢が冷たく言い放つ。
「というわけで、勝負は私の勝ちということでっ」
『納得できるかぁっ!!』
笑顔の輝矢に、賭け勝負をしていた街人たちからの非難が集中する。
「金返せこんにゃろうっっ!!」
「そうだそうだっっ!!サギ女ぁっ!!」
「どうやら痛い目に合わないと納得できないようですねぇ…」
「頼むから金を返して、ちゃんと謝ってくれっ…」
文句を言いまくる街人たちに殺意を向ける輝矢に、桜時が泣く泣くお願いをする。
「ふぅっ…折角、一儲けするチャンスでしたのにっ」
「俺は人の道をはずれるくらいなら貧乏に生きた方がマシだっ」
「私はハチのためなら人の道をもはずれる覚悟です」
「ちょっとカッコよく言うなっ!!」
何とか桜時の願いを聞きいれ、街人に金を返した輝矢。
「いっやぁ〜姉ちゃんっ!強いなぁ〜っ!」
「・・・?」
そんな輝矢の元へ、輝矢の蹴りを喰らったわりに元気そうな門貴が笑顔でやって来る。
「姉ちゃんっ!俺と結婚せぇ〜へんっ?そいで二人の息子を世界最強のサルにっ…!」
「結構です」
「ほんならぁ〜俺を姉ちゃんの愛の付き猿にっ…!」
「私、サルって嫌いなんです」
「ううっ…」
調子のいい笑顔を見せていた門貴であったが、輝矢の冷たい一言で悲しみに暮れる。
「あっ、イヌは好きですよ?」
「聞いてねぇっ!!」
付け加える輝矢に、少し顔を赤らめて怒鳴り返す桜時。
「サイ蔵様、門貴を倒すなんてあの女…」
「うむ…」
周りの街人を気にしながら小声で言う河童に、サイ蔵が表情を曇らせて頷く。
「サイ蔵様ぁぁっ!!」
『・・・?』
そこへ街の出口の方から、一人の若い男が血相を変えて駆け込んできた。その男を輝矢や桜時たちも見る。
「サイ蔵様ぁぁっ!!」
「どうしたのじゃ?」
サイ蔵の前まで走ってきた男に、サイ蔵が声をかける。
「森がっ…!森の木がっ…!!」
「何っ…?」
『・・・っ』
男の言葉に、輝矢たちもサイ蔵とともに眉をひそめた。




街のすぐ外。“実りの森”。
「これはっ…」
愕然とした表情で呟くハチ。
「・・・。」
輝矢も厳しい表情を見せている。二人の前に広がっていたのは、森の一部の木が切り落とされた、無残な光景であった。
「実りのっ…!実りの木がぁぁぁっ…!!」
「もうすぐ実がなる予定だったのにっ…!!」
「・・・っ」
後方にいる街人から漏れる嘆きの声に、ハチが少し振り返って目を細める。
「でも一体、どうしてっ…」
「鬼人じゃな…」
「えっ?」
「そんなっ…!!」
「きゃあああっ!!」
「・・・っ」
サイ蔵の言葉に驚くハチであったが、街人たちはもっと驚き、怯える者・悲鳴をあげる者が多く出た。混乱状態に陥る街人を見て、ハチが慌てたようにサイ蔵の方を見る。
「おいっ!あんたっ!そんな適当なことっ…!」
「適当ではないっ!」
「・・・っ!」
強く言い放つサイ蔵に、ハチは思わず言葉を止める。
「わしは鬼人の気配が読める。鬼人はまだこの近くにおるっ!」
「気配がっ…?」
サイ蔵の言葉に戸惑うように呟くハチ。
「ああ〜そういえばぁ、私たちも退治屋なんですぅ〜」
『・・・っ?』
ハチとサイ蔵の間に割って入ってくる輝矢に、ハチとサイ蔵が不思議そうに振り向く。
「姉ちゃん、退治屋なんっ!?まっすますスッテキぃ〜〜っ!」
「退治屋…?お主らもっ…?」
「ええっ」
盛り上がるモンキを無視し、顔をしかめるサイ蔵と、あっさりと頷く輝矢。
「でぇ、私も鬼人の気配が読めるんですがぁ」
「えっ!?おっおいっ、お前、気配なんてこれっぽっちも読めねぇーじゃねぇーかよっ」
「こうゆうのはノリです、ノリっ」
「ノリって…」
サイ蔵たちには聞こえないよう小声で囁くハチに、輝矢が適当に答える。輝矢の答えに呆然とするハチ。
「気配が読めると…?」
「ええっ、でも私の方はまったく気配感じないんですよねぇ〜」
「・・・っ」
輝矢の言葉に眉をひそめるサイ蔵。
「何でですかねぇ〜」
「・・・。」
サイ蔵に笑顔と鋭い瞳を向ける輝矢。サイ蔵が険しい表情を見せ、河童の方を振り向くと、同じく険しい表情を見せていた河童が小さく頷いた。
「おいおいおいっ!何だぁ〜?てめぇーっ!サイ蔵様に文句付けようってのかぁっっ!?」
「・・・?」
どこのヤクザかというくらい人相と態度悪く、サイ蔵を庇うようにして前へと出てくる河童とブタ。河童が輝矢を見下すように見る。
「お前らも退治屋とか言ってけど、怪しいなぁっ」
「ああっ!?」
輝矢とハチをじろじろ見ながら言う河童に、ハチが顔をしかめて声をあげる。
「もしかしてお前らが鬼人なんじゃねぇーのぉっ?」
「そうだブヒっ」
「んだとっ!?ふざけんじゃねぇっ!」
「せやせやっっ!!薄汚いイヌはともかく、こぉ〜んなかわゆい鬼人がおるわけないやろぉっっ!!」
「だっれが薄汚いだぁっ!!」
――――ざわざわざわざわっ……!!――――
「・・・っ!」
急にざわつき始める街人たちに、モンキと言い争っていたハチが思わず言葉を止める。
「鬼人っ?そういえば何となくっ…」
「人の振りをして街に入り込んだんじゃっ…」
「来る前にここの木を切ってきたのかもっ…」
「なっ…何だよっ…」
一斉に向く疑いの目に、戸惑うように後退するハチ。輝矢も厳しい表情を見せる。
「お前らがやったんだろっっ!!」
「そうだっ!お前らが鬼人なんだっっ!!」
「ちげぇーよっっ!!俺たちはっ…!!」
「最早、どちらが正しいかは一目瞭然じゃなぁ…」
「うっ…!」
街人たちを味方に付け、輝矢たちを追い詰めるサイ蔵。サイ蔵が二人に冷たい目を向ける。
「ええ〜そんなぁ〜」
「お前、どっちの味方してんだよっ」
追い詰められていく輝矢とハチに、悲しげな顔を見せるモンキ。そんなモンキに河童が突っ込みを入れる。
「仕方ありません。ここは全員、ハッ倒して突破を…」
「一般市民を殺す気かっ!お前はっ!」
真剣な顔をして言う輝矢に、ハチが追い詰められながらも全力で突っ込む。
「にしてもどうしたらっ…」
『退治しろぉぉっ!!』
「どわあああああっ!!」
「おぉーうっ!退治屋のガキどもじゃねぇーかぁっ!」
「へっ…?」
街人が輝矢とハチに飛びかかろうとした、ちょうどその時、聞こえてきた一つの声。ハチが目を丸くして顔を上げ、飛びかかろうとしていた街人も皆、振り向く。
「あっ!ホントっスねっ!おぉ〜いっ!輝矢さぁ〜ん、ハチくぅ〜んっ」
「何やってんだぁ〜?んなとこでっ」
「ごっ…ゴンっ…羊スケっ…」
皆が振り向いた先の道にいたのは、この前の羊の国での鬼人騒ぎで出会った、ゴンと羊スケであった。二人は目立つ黒いオープンカーに乗っている。
「おっおいっ、あれっ、オトポリの制服じゃっ…」
「オトポリと知り合いってことはっ…」
「それに今、確かに退治屋って…」
街人の疑いの目が徐々に消えていく。
「たっ…助かったっ…」
「ふぅっ…」
「あっ?何だ?」
肩を落として息をつく輝矢とハチに、ゴンは大きく首をかしげる。
「ほお…オトポリの方々と知り合いであるほどの退治屋の方じゃったかぁ」
サイ蔵は妙に企んだような笑みを浮かべながら、輝矢たちを見た。
「どうじゃ?ここは一つ、わしらと勝負せんかぁ?」
「勝負…?」
サイ蔵の言葉に、首をかしげる輝矢。
「ああ、先に鬼人を見つけ退治した方が勝ち。負けた方は退治屋を止め、即刻この街を出る…というものじゃ」
「いいですよぉ〜」
「ええっ!?」
あっさり返事をした輝矢に、ハチは大きく驚いた。



数時間後。
「はぁ〜助かったぁ〜っ…」
力の抜けきった様子で呟くのはハチである。
「あのタイミングでゴンたちが来なかったら、俺ら鬼人として退治されちまってたぜぇ〜…」
「ほぉ〜んとゴンザレスが役に立つこともあるんですねぇ〜明日は雨でしょうかぁ〜」
「どういう意味だっ!こらっ!そして俺はゴンザレスじゃねぇっ!ゴンだっ!!」
安心しきっているハチの横で、明日の天気を心配しながら窓の外を見る輝矢に、ゴンが思い切り怒鳴りつける。街人たちに鬼人と疑われ、退治されそうになった輝矢たちであったが、都合よく現れたゴンたちのお陰で誤解も解け、難を逃れたのである。
「いっやぁ〜俺は信じてたよぉ〜っ!君たちのことっ」
「ウソつけぇっ!思いっきり疑いの目向けてたじゃねぇーかぁっっ!!」
軽い口調で言いながらハチの足のつぼ押しをしているのは、先ほど街の入口で出会った男・タコ吉。誤解の解けた輝矢たちは、とりあえずタコ吉の店で休むことにしたのである。
「だってぇ〜サイ蔵様が仰ったことだしさぁ〜」
「だってじゃねぇーよっ!」
「サイ蔵法師っスかぁ〜」
「・・・?」
しみじみ呟く羊スケに、ハチが首をかしげる。
「羊スケ、あのじいさん、知ってんのかっ?」
「知ってるっスよぉ〜サイ蔵法師様御一行って、オトポリ内でも結構有名な退治屋っスからぁ〜」
オトポリ。正式名称:御伽警察。対鬼人用に形成された組織で、ゴンと羊スケはオトポリの警官なのである。
「この街以外にも、鬼人の被害に遭ってたところをサイ蔵たちに救われたって街がいくつかあるんスよ」
「へぇ〜やっぱスゴいじいさんなのかぁ」
「どうだかなぁ」
「えっ?」
感心していたハチが、横から口を挟んだゴンの言葉に目を丸くする。
「どうだかなって?」
「どの街にしたってそうだが、ヤツらが倒したってゆーわりに、鬼人の目撃情報が出てなさすぎなんだよ」
ハチの質問に、曇った表情で答えるゴン。
「それにっ…」
「それに被害状況も妙ですしね」
「そうそうっ…って、俺が言おうとしたこと言うんじゃねぇーよっ!!」
ゴンに変わって言葉を続けたのは、珍しく真面目な顔をしている輝矢であった。先に言ってしまった輝矢を非難するゴン。
「妙って?」
「タコ吉さん、この街で起こった鬼人の被害をすべて教えていただけませんか?」
「ええっとぉ、ペットいじめ、畑荒らし、食料泥棒、井戸水汚し、屋根瓦割り、街のオブジェ破壊っ」
ハチの足つぼマッサージをしながら、次々と思い出していくタコ吉。
「そんで最後が今日の森の木切り倒しっ」
「どう思います?」
輝矢がマッサージを受けているハチに問いかける。
「どうって酷いことすんなぁとしかっ…」
「はぁっ…」
「何かムカつくなっ!その溜め息っ!!」
ハチの答えを聞いて深々と溜め息をつく輝矢に、ハチが顔をしかめる。
「確かに酷いことは酷いですが、鬼人がやったにしてはショボすぎるんですよ」
「ショボい?」
輝矢の答えに戸惑うように首をかしげるハチ。
「ええ、簡単に言うと私にもできるってゆーか」
「お前は基準にならんだろうがっ」
輝矢の例えに突っ込みを入れるハチ。
「今までの鬼人は皆、国主を殺して国を乗っ取ろうとしていました」
「ん〜確かにっ…」
考えるように俯くハチ。今までの鬼人は二匹とも国に周到に潜入し、国主の命を狙っていた。それに比べると、今回この街に現れている鬼人は確かに妙だ。
「短期間でそう何度も鬼人が出るのも妙っスしねぇ〜」
「こんな国主もいない雑種の街を狙うのは一層変ですよ」
「じゃあもしかしてっ…」
「あれかぁっ!この地方に出る鬼人はちょっと変わってるっつーことかぁっ!!」
『・・・。』
すごいことを思いつきましたと言わんばかりに輝いた笑顔を見せて言い放つゴンに、皆が呆然と固まる。
「じゃあもしかしてっ…」
「ええ、サイ蔵は…」
「サイ蔵様は御伽界で一っ番強くって、一っ番優しい退治屋だぁっ!!」
『へっ?』
気を取り直して話を続けようとした輝矢とハチが、横から聞こえてくる幼い声に振り向く。
「あっ、お前っ…」
「・・・っ」
輝矢とハチに鋭い瞳を向けているのは、先ほどのサイ蔵に人が集まっていた時に、サイ蔵にサインを求めていた白髪の少年であった。
「イカ吉っ!」
「知り合いか?」
少年の名前を呼んだタコ吉に、ゴンが問いかける。
「弟ですっ」
「イカなのにっ!?」
「アイツ、名前はイカですけど、立派な蛸人ですよぉ〜っ!」
「イカなのにっ!?」
笑顔で説明するタコ吉に、繰り返し驚くゴン。
「サイ蔵様の悪口を言うなんてっ…!やっぱりお前たち、悪いヤツじゃないのかっ!?」
「おっおいっ!イカ吉っ!」
輝矢とハチを指差して責めるイカ吉を、タコ吉が慌てて止めに入る。
「この人たちはなぁっ!あぁ〜のオトポリも認める優秀な退治屋でぇっ…!」
「オトポリっていったってっ…!このお兄ちゃんっ!どう見ても悪役面じゃないっ!!」
「んなっ…!!」
『プっ!』
イカ吉にその悪役面を指差され、思い切り顔を歪めるゴン。その光景にハチと羊スケが思わず吹き出す。
「何笑ってやがんだぁっ!!てめぇーらぁっ!!」
「怒らない怒らないぃ〜さらに悪役面になるっスよっ!ゴンさんっ!」
「てめぇーっ…」
宥めているのかバカにしているのかわからない羊スケに、ゴンは静かに拳を握り締める。
「お前たちなんかっ!サイ蔵様にこってんぱんに負けちゃえばいいんだっっ!!」
「イカ吉っ…!」
タコ吉が止めるのも聞かず、そう言い放ってイカ吉が家を飛び出していく。
「すみません〜〜」
「ホント小憎たらしい弟さんですねっ」
「おいっ!」
笑顔で冷たく言い放つ輝矢に、ハチが突っ込みを入れる。
「あの子、街のオブジェが大好きだったんですよぉ〜それを鬼人に壊されちゃってから酷く落ち込んでっ」
イカ吉のフォローを入れるようにタコ吉が話し出す。
「そこをサイ蔵様に救ってもらったんです…」
『・・・。』
タコ吉の穏やかな笑顔に、真剣な表情を見せる一同。
「あの子にとって…サイ蔵様は英雄なんですよ…」
「英雄っ、か…」
大切なものを壊され、その壊した悪いヤツを退治してくれたサイ蔵は、イカ吉にとって何よりも絶対的な存在なのかも知れない。ハチが少し気難しい顔を見せる。
「完っ璧、アウェイだよなぁ〜けど勝負に負けるわけにはいかねぇーしっ」
「何故です?」
「おっ前が“負けた方は退治屋やめる”なんて勝負、あっさり受けたからだろーがっ!」
「ああ、ノリで返事したアレですか」
「ノリで退治屋生命賭けたのかっ!?お前はっ!!」
暢気この上なく答える輝矢に、マッサージ中でありながら全くリラックスできないハチ。
「ったく、どうすんだよっ!もしアイツらがでっちあげた鬼人なら、退治のしようなんてないしっ」
「そうですねぇ〜」
輝矢が少し考え込むように俯く。
「とにかく鬼人の被害に遭った場所でも回ってみますかぁ〜」
「まぁこのまま考えててもしょうがねぇーしなっ」
輝矢がゆっくりと立ち上がると、ハチもタコ吉のマッサージを終えて立つ。
「ゴンザレスとヒツジは街の方への聞き込みお願いします」
「おうっ!任せとけっ!」
ゴンの爽やかな返事に見送られ、タコ吉の店を出て行く輝矢とハチ。
「って何で俺様がアイツにコキ使われなきゃいけねぇーんだよっっ!!」
「一回返事しちゃったことに文句付けないで下さいよぉ〜」
「そして俺はゴンザレスじゃねぇーっ!!」
ゴンの怒声とともに、輝矢たちの調査が始まった。




「うぅ〜んっ…」
無残に破壊された、街のとある家を眺めながら、気難しい表情で唸り声を発している輝矢。もう日が暮れ始めており、街にはオレンジ色の光が差し込んでいる。
「鬼爪で攻撃されたというよりはハンマーか何かでバッコォンとやったような感じですねぇ〜」
「そうだなぁ〜」
輝矢の言葉にハチが頷く。
「井戸水汚しも食料泥棒も鬼人がやったにしては細かいっつーかショボいっつーかだったしっ」
「次は畑ですねぇ〜」
色々と考えながら、輝矢とハチは畑へと移動していく。
「いっづもいづもあんがとぉ〜ごぜぇ〜ますだぁ〜門貴さぁぁ〜ん」
「いいってことよぉ〜っ!」
『・・・?』
畑へと着いた輝矢とハチが、聞こえてくる声に気づく。
「あれはっ…」
「んっ?ああっ!かっぐやぁ〜んっ!!」
畑の前で老婆と話していた門貴が、輝矢に気づき、笑顔となって駆け込んでくる。
「はいっ?」
「んぐっっ!!」
嬉しそうに飛び込んできた門貴を、顔面から足で受け止める輝矢。
「ほいっ」
「ぐへぇぇっ!!」
輝矢がそのまま足で門貴を地面へと押し付ける。カエルが苦しんでいるような変な声を出す門貴。
「そんなっ…お転婆なお前もっ…好きやっ…ぐふっ…」
「アホかっ」
輝矢の足の下で力尽きる門貴を見て、起き上がったハチが呆れた顔を見せた。
「でもでもぉこんなとこで会えるやなんてっ、二人の運命やったりしっちゃったりしっちゃっとうっ!?」
「しちゃってません」
輝矢の足の下でモジモジと動きながら浮かれきったことを言っている門貴に、きっぱりと答える輝矢。
「つーかお前、こんなトコで何やってんだよぉ?」
「へっ?」
「門貴さんはぁ、鬼人に荒らされたぁ〜ウチの畑を直すのを手伝ってくれてるんでずぅ〜」
「手伝いっ?」
畑の方からやってきたのは、皺の目立つ小柄な老婆であった。老婆の言葉にハチが目を丸くする。
「このサルがぁ〜?」
「ええぇ〜、私はこの通り、もう体が動きませんのでぇ〜ひんじょ〜に助かっておりますぅ〜」
「まぁ困った時はお互い様やからなっ!」
門貴が笑顔を見せて立ち上がる。
「人助けはしちゃう性質(たち)っ…こんな俺ってどおっ!?輝矢っ!」
「別にどうでも」
「ううっ…」
輝矢の淡白な反応に悲しむ門貴。
「お陰様でぇ〜もうほっとんど元通りになってきますたぁ〜ほんどに門貴さんはすばらしいお猿さんです〜」
「えへへっ」
「そうですかぁ?」
老婆の言葉に、照れる門貴とあまり納得していない表情で返す輝矢。
「じゃあ婆ちゃんっ!明日もくっからなぁ〜っ!」
「どうもぉ〜」
門貴がいるところで詳しい話も聞けぬまま、門貴とともに畑を去る流れとなった輝矢とハチ。


「へっ?他の被害者んトコにも手伝いに行ってんのかっ?」
道中、門貴の話を聞いていたハチが、驚いたように声を出した。
「おうっ!俺、身軽やしわりと何でも器用にこなすねんでぇっ?」
門貴が得意げな笑顔で話を続ける。
「けど街のオブジェだけはどうにも直せんでなぁ〜」
急に難しい表情を見せる門貴。
「あっのオブジェ作ったヤツとは、どうも芸術的センスが噛み合ってへんみたいやね〜んっ」
「つーかお前に芸術的センスがねぇーだけだろうがっ」
考え込むように腕組みをする門貴に、ハチが突っ込みを入れる。
「せやけど鬼人も酷いことしおうよなぁ〜」
「えっ?」
「みんなが大切にしとうもん、平気で壊してっ…許せへんわっ」
「・・・っ」
その時の門貴の表情からは本当に鬼人に対する怒りが感じられ、ハチは少し戸惑うように門貴を見つめた。
「まっ!せやから師匠の弟子になってんけどなぁっ!」
「そうっ…なのかっ…?」
今度は曇りない笑顔を見せる門貴に、ハチが少し言葉を詰まらせながらも聞き返す。
「おうっ!俺がなぁ〜んもなくって腐っとった時に、師匠が言うてくれてんっ」
門貴が笑顔で話を続ける。
「“お前は人々の役に立つために生まれてきたおサルや”ってっ!」
「・・・っ」
輝いた笑顔を見せる門貴に、驚いたように目を見開くハチ。まっすぐな、そして完全にサイ蔵のことを信じきっている目。この門貴が鬼人の振りをして街人の大切なものを破壊することなどできるだろうか。
「おいっ、アイツが鬼人のでっちあげなんかしてると思うか?」
「サルは見かけによりませんからね」
「けどよぉ」
「おっ!あれやでぇ〜っ!街のオブジェっ!」
『・・・っ?』
門貴について小声で会話をしていた輝矢とハチが、門貴の大きな声に振り向く。
「あれっ?」
「・・・。」
街の中央に、無残に破壊されて倒れている像。その前で、悲しげな表情のイカ吉が一人、佇んでいた。
「・・・?お前たちっ…」
やって来た輝矢たちを見て、表情をしかめるイカ吉。
「なんやっ!ボーズぅ〜っ!もう暗なんのに一人で出歩いとったら危ないでぇっ?」
「・・・っ!門貴さんっ!?」
明るく声をかける門貴を見て、イカ吉が急に目を輝かせる。
「門貴さんっ!?門貴さんだよねっ!!サイ蔵様の弟子のっ!!」
「えっ?あっああ〜そうやけどぉっ?」
「ボクっ!超ゲキマジ本イキスペシャルファンなんですっ!!」
輝いた目を門貴に向け、熱く語るイカ吉。
「如意棒操る姿とか最高にカッコ良くてっっ!!それでめっちゃくちゃ強くってっ!」
「そんなぁ〜照れるなぁ〜っ」
誉めまくるイカ吉に、嬉しそうに頭を掻く門貴。
「ボクっ!大きくなったら門貴さんみたいな強いサルになりたいんですっ!!」
「俺たちへの態度とはまるで違うな」
「というかサルにはなれないでしょう、イカは」
「いや、タコだって」
輝矢たちへの冷え切った態度とは一転して、何とも嬉しそうに語るイカ吉に不満の声を漏らす輝矢とハチ。
「おぉーうおうっ!いいボーズやぁ〜っ!お前ならきっとなれるでぇっ!俺みたいなサルにっ!」
「ホントっ!?」
「だからサルにはなれませんて、イカは」
「いや、だからアイツはタコだって」
イカ吉の頭を撫で、少しカッコつけながら言う門貴。さらに目を輝かせるイカ吉を見ながら、輝矢とハチはくだらない会話を繰り返す。
「おぉ〜いっ!退治屋ぁぁ〜っ!」
『・・・?』
聞こえてくる声に振り向く輝矢とハチ、そして門貴、イカ吉。街の中央から畑の方へとやって来るのは、ゴンと羊スケであった。
「何かわかりましたか?ゴンザレス」
「偉そうに聞くなぁっっ!!そして俺はゴンだぁっ!!」
輝矢の問いかけに、怒声のみを返すゴン。
「やっぱり街人で実際に動いてる鬼人見たって人はいなかったっスよぉ〜輝矢さんっ」
「あっさり報告すんなっ!てめぇーもぉっ!!」
「みんな、サイ蔵が倒した後の残骸しか見たことないそうっス。それもすぐ砂になっちゃったって」
「やはりそうですか…」
羊スケからの報告を受け、ゴンのことは無視して、考え込むように俯く輝矢。
「門貴、少し聞きたいことがあるのですが」
顔を上げて輝矢が門貴の方を見る。
「何々っ!?俺が動物占い何やとかっ!?」
「いえ、まったく興味ないです」
嬉しそうに勢いよく聞き返す門貴に、冷たく答える輝矢。
「アナタ方がこの街で倒してきたという六匹の鬼人のことなんですが」
「へっ?鬼人?」
輝矢の問いかけに門貴が目を丸くする。
「レベル・形態、その他特徴を教えていただけますか?」
「へぇ〜っ?」
さらに目を丸くする門貴。
「さぁ〜っ?」
「さぁってお前っ、見たことくらいあんだろっ!?」
大きく首をかしげる門貴に、横からハチが強い口調で問いかける。
「いっやぁ〜俺っ、いっつも寝とって、その間に師匠たちがちゃっちゃと倒してまうからさぁ〜」
「はぁっ!?」
「えっ…?」
門貴の言葉に顔を引きつるハチと戸惑いの表情を見せるイカ吉。
「じゃっじゃあっ!お前っ、鬼人見たことないのかっ!?」
「おうよっ!師匠がなぁ、“お前はいざという時のために力を温存しとけ”てさぁっ!」
門貴が誇らしげに語る。
「まぁそんだけ、俺への期待がデカいっちゅーこっちゃなぁ〜っ!うんうんっ」
「なっ…」
満足そうに頷いている門貴を見ながら、唖然とした表情を見せるハチ。
「おいっ、まさかアイツ、本当に何も知らないんじゃっ…」
「有り得ますね。あのサル結構強いですから、本当に鬼人が現れた時のために仲間にしておいたのかも」
「ええ〜?何々っ?」
小声で話している輝矢とゴンに、陽気に話しかけてくる門貴。
「そんなっ…」
イカ吉がショックを受けた様子で俯く。
「もうこうなったらサイ蔵の所へ行って直接っ…」
「サイ蔵様は悪いヤツなんかじゃないっ!!」
「えっ?」
輝矢の言葉を遮って、大きな声をあげたのはイカ吉であった。
「やっぱりお前たちは悪いヤツだっ!悪いヤツだからサイ蔵様を追い出そうとしてるんだっ!!」
「あのなぁ、俺らは根拠があっからこうしてぇっ…!」
「お前たちなんかサイ蔵様にやっつけてもらうっ!!」
「ああっ!おいっ!!」
ゴンが止めるのも聞かず、どこかへ走り出して行ってしまうイカ吉。
「参ったなぁ〜」
「何、わめいてたんやぁ〜?あのボーズ」
困ったように頭を掻くゴンの横で、状況をまったく飲み込めていない様子で首をかしげる門貴。
「でもサイ蔵んとこに行ったんならマズいなっ…おいっ!サルっ!俺らをサイ蔵んとこまで案内しろっ!」
「いっややねぇっ!だいったい誰も連れてくんなって師匠に言われてんねんっ!」
ハチの言葉を、あっさりと断る門貴。
「頼みます、サル」
「喜んでいっ!!」
「おいっっ!!」
輝矢の頼みにはあっさりと頷く門貴に、ハチは不機嫌な顔で声を荒げた。




街のすぐ外・“実りの森”奥。実りの木に囲まれた一軒の山小屋。ここがサイ蔵たちが滞在している場所であった。山もすっかり夜が更けている。
「サイ蔵法師様、どうでブヒっ?」
「うむ?おおっ、今回も実に良いデキだ。九戒」
丸々と太ったブタの九戒が差し出した何かを見て、満足げに微笑むサイ蔵。
「これなら誰も疑わんじゃろう…」
サイ蔵が手に取ったそれは、鬼人の残骸に似せた、よく出来た石像であった。
「後はトドメを刺す振りをして、ハンマーで砕いて砂にしてしまえば良い…」
「もうそんな周到にすることもないんじゃないですかぁ〜?街人は完っ全、俺らの力信じきってるしっ」
「念のためじゃよ。あの退治屋とオトポリのこともあるしのぅ…」
軽い口調で話す河童のコショーに答えながら、いやらしい笑みを浮かべるサイ蔵。
「でも、もしアイツらにオイラたちが鬼人退治でっちあげてるってバレたらどうするブヒぃ〜?」
「バレはせんよ。勝負でわしらが勝てば、ヤツらは嫌でも街人に追い出されるじゃろうからな」
不安げに問いかける九戒に、サイ蔵が滑らかな口調で答える。
「足が付きそうになったら違う街へ行けば良い。どうせこの街もそろそろ潮時じゃ」
サイ蔵が再びいやらしい笑みを浮かべる。
「もう壊すものもそうないからなぁ〜っ!ハッハッハッ!!」
「そうですねぇっ!アッハッハッっ!!」
「そうだブヒっ!ブヒヒヒっ…!ヒっ…ヒ…」
「あんっ?」
サイ蔵・九戒と同じように高らかと笑っていたコショーが、小屋の入口を見て、その笑みを止める。
「コショー、どうしたブヒ?」
「・・・。」
九戒の問いかけに答えることなく、小屋の入口へと歩いていくコショー。
「誰だっ!?」
「うっ…!!」
『・・・っ』
コショーが勢いよく戸を開くと、そこには怯えた表情を見せたイカ吉が立っていた。イカ吉の姿を見たサイ蔵と九戒が眉をひそめる。
「てめぇー確か、街のっ…」
「いっ…今の話っ…って…」
イカ吉が震えた声で呟く。
「おっやぁ〜?どうやら聞かれちまったみたいですよぉ〜師匠っ」
「そいつは困ったな…」
「サイ…蔵っ…様っ?」
コショーの言葉に答えながら、ゆっくりとイカ吉の方へとやって来るサイ蔵を、イカ吉がまっすぐに見つめる。
「サイ蔵様っ…サイ蔵様っ!ウソだよねっ!?サイ蔵様は鬼人たちをやっつけてくれた街の英雄っ…!」
「このガキ、どうしますぅ〜?お師匠さんっ」
「殺すかのぉ」
「・・・っ!」
サイ蔵の冷たい笑みと言葉に、イカ吉が大きく目を見開く。
「いいブヒかぁ?」
「ガキが一匹殺される…鬼人が出たといういい演出となるっ…」
「・・・っ」
その冷たい笑みは、イカ吉の知っているサイ蔵ではなかった。
「酷い人ですねぇ〜アッハッハッ!!」
「ブヒブヒブヒブヒっ!」
「ではっ…」
「うっ…!」
コショーと九戒の高らかとした笑いが響く中、サイ蔵がイカ吉へと手を振り上げる。表情を凍りつかせるイカ吉。恐怖で体など動かない。
「運がなかったのぉ…ガキぃぃっ!!」
「・・・っ!うわあああっ!!」

――――バシィィッ!!――――

「えっ…?」
聞こえてくる接触音に、目を閉じ俯いていたイカ吉がゆっくりと目を開ける。
「あっ…」
開いた目を、もっと見開くイカ吉。
「門貴っ…さんっ…」
「・・・。」
イカ吉の前に立ち、サイ蔵の拳を受け止めていたのは、何とも険しい表情を見せた門貴であった。
「門貴、お主っ…」
「どうゆうことやっ…?今のっ…」
門貴が静かな表情で問いかける。
「どうゆうことや言うてんねんっ!!」
「門貴っ!これはなぁっ…!」
「コショー」
「・・・?お師匠さんっ?」
何とか誤魔化そうと声を出したコショーの前に手を出し、サイ蔵が止める。
「見た通りじゃよ、門貴」
「見た通りっ?って、まさかっ…!」
「そうこの街でも前の街でも、起こった鬼人騒ぎはすべて、わしらが自作自演じゃっ!!」
「・・・っ!」
「・・・。」
ハッキリと答えるサイ蔵に、衝撃を走らせる門貴と辛そうに俯くイカ吉。
「街の何かを壊して鬼人のせいにし、鬼人の石像で倒したと見せかけ、街人に英雄視させた…」
「じゃあっ…今までのことは全部っ…」
「そう、これがお主を仲間にする前からやっておる、わしらのやり方じゃよっ」
ショックを隠しきれないでいる門貴に、冷たく笑いかけるサイ蔵。
「お主を仲間にしたのは、本物の鬼人が出た時の戦力と考えたのと、それとっ…」
サイ蔵が見下したような目で門貴を見る。
「騙しやすかったからじゃよぉっ!お前はバカで間抜けなサルじゃからなぁっ!ハッハッハッ!!」
「・・・っ!」
――――お主は、人々の役に立つために生まれてきたサルなんじゃよ…――――
思い出されるのは、出会った日のサイ蔵の笑顔。
「・・・っ」
モンキが強く拳を握り締める。
「そういえばそのガキ、街のオブジェを壊した鬼人を退治してくれたワシに感謝しとったガキじゃなぁ」
「・・・っ」
イカ吉のことを思い出したサイ蔵に、イカ吉が少し顔を上げる。
「あのオブジェを壊したのはなぁっ…ワシじゃよっ!!」
「・・・っ!」
――――大切なオブジェを破壊するとは…許せんのぉ、鬼人はっ…――――
「うっ…!」
あまりの悔しさに、イカ吉の瞳から涙が溢れた。
「ボーズっ…。・・・っ!」
高々と笑うサイ蔵を見て、モンキは意を決したように顔を上げる。
「許さへんっ…お前だけは許さへんっっ!!」
門貴が、サイ蔵に怒りの表情を見せる。
「何じゃあ〜?そんなに騙されたことが悔しかったのかぁ〜?」
「そんなんどうでもええっ!!」
「何っ…?」
門貴の言葉に眉をひそめるサイ蔵。
「俺は確かにアホで間抜けやっ…お前らみたいなんに騙された、俺が悪いっ…けどなぁっ!」
――――いっづもいづもありがとぉ〜ごぜぇ〜ますだぁ、門貴さん――――
――――門貴さんだよねっ!?サイ蔵様の弟子のっ!――――
過ぎる人々の笑顔。イカ吉の笑顔。
「・・・っ!」
サイ蔵に鋭い瞳を向ける門貴。
「純粋な人の思い踏みにじったお前らはっ…お前らだけはっ!絶対許されへんっ!!」
「反吐が出るほどまっすぐな言葉じゃのぅ…」
――――ボォォォ〜ンッッ!!――――
「なっ…!」
サイ蔵が白い煙に包まれると、次の瞬間、小さな小屋の天井を突き破るほどに巨大な灰色の体に、額に鋭い角を持った犀が姿を現した。
「“ミサイル・ドリル”っっ!!」
「んなっ…!」

――――ドッヒュウゥゥーーンッ!!――――

「うわああっ!!」
「ボーズっ!!クソっ!!」
その名の通り、ミサイルのような勢いでドリルのように鋭く突っ込んできたサイ蔵の角に、イカ吉とイカ吉を庇うように抱きかかえた門貴が小屋の壁を突き破り、軽々と吹き飛ばされてしまう。
「ううっ…!!」
森の木の幹へと背中を打ち付ける門貴。
「門貴さんっ!」
「怪我ぁ〜ないかっ?ボーズっ」
門貴の腕の中で、不安げに門貴を見上げるイカ吉に、門貴が穏やかな笑みを浮かべる。
「ごめんなっ…お前をこんな目にっ…」
「門貴さんが謝ることじゃないよっ!」
「何とかお前だけでもっ…」
「させると思うかぁっ!?」
『・・・っ!』
二人へと突進してくる巨大な犀。
「如意棒っ…!」
「遅いわぁぁっ!!」
「・・・っ!」
門貴が如意棒を出そうとするが、サイ蔵のスピードの方が速く、二人に角が迫る。
「死ねぇぇっ!!」
「うわああっ!!」
「クっ…!」
再び突き出される鋭い角に、イカ吉が叫び、門貴が唇を噛み締める。
「アナタの方が死んだらどうです?」
「何っ?」

――――バシィィィィっ!!――――

「どわあああっ!!」
「・・・っ!」
急に吹き飛んでいくサイ蔵。サイ蔵のその巨体を蹴り飛ばした人物に、門貴が驚きの表情を見せる。
「輝矢んっ…」
「悪役女っ…」
そう、それは輝矢であった。


「へっ…?どわああっ!!」
「ブヒィィィィっ!!」

――――ドッスゥゥーンッ!!――――

輝矢に蹴り飛ばされたサイ蔵の巨体が見事に小屋を直撃し、崩れていく小屋にコショーと九戒が押し潰される。


「輝矢んっ!愛する俺のために必死に駆けつけてくれたんやなっ…!」
「違います」
「ってかお前が道案内してるくせに、先々行っちまったんだろうがっ」
目を輝かせて言う門貴の言葉をあっさり否定する輝矢と、突っ込みを入れるハチ。
「おっおのれっ…お主たちはっ…」
「まったく、とんだ悪徳法師ですねぇ」
ゆっくりと起き上がった、まだ蹴りが効いている様子のサイ蔵に、輝矢が冷たい表情を見せる。
「どうしてくれましょうか…?」
「うっ…!」
輝矢の冷たい笑みに、寒気を覚えるサイ蔵。
「クっ…!」
――――ボォォォ〜〜ンッ!!――――
「・・・?」
人の姿へと戻るサイ蔵に、輝矢が少し首をかしげる。
「皆のものっ!撤収じゃっ!!」
『アイアイサーっ!!』
「あれっ?」
サイ蔵の言葉に、元気よく返事をするコショーと九戒。三人は息ぴったりに素早くその場から逃げていく。その様子に目を丸くする輝矢。
「早く追って下さい、ゴン」
「おうっ!って、何で俺様がお前の指示を聞かなきゃいけねぇーんだよっ!!」
「はいはいっ、とっとと行くっスよぉ〜?」
輝矢に文句を言っているゴンを、車へと引っ張っていく羊スケ。
『ぎゃああああっ!!』
「あれっ?戻ってきたぞ?」
何やら悲鳴のようなものをあげて戻ってくるサイ蔵たちに、ハチが首をかしげる。
「自首する気になったんスかねぇ〜?」
「でも何か様子がへっ…」
「グワアアアッ!!」
「どおええっ!?」
様子のおかしいサイ蔵たちを覗っていたハチが、サイ蔵たちの後方からやって来る巨大な緑色の鬼に、目玉が飛び出しそうなほどに驚く。
「鬼人っ!?」
『助けてぇぇーーっ!!』
追いかけてくる鬼人から必死に逃げてくるサイ蔵たち。
「スゴイ出来栄えですねぇ〜どこからどう見ても本物っ…」
「だから本物だってぇぇのぉーーっ!!」
「へっ?」
感心して鬼人を見上げていた輝矢が、サイ蔵たちの叫びに間抜けな声を出す。
「本物って…」
「だっから本物の鬼人が出てきちゃったって言っとるんじゃああーっ!!」
「ウソから出た誠というヤツですかぁ」
『感心してないで、とっとと助けてぇーーっ!!』
声を揃えて助けを求めるサイ蔵法師様御一行。
「グワアアアッ!!」
「ひいいっ!!」
『お師匠様っ!!』
「のわああああっ!!」
サイ蔵が鬼人の右手に捕まれ、勢いよく上空まで持ち上げられる。身を乗り出すコショー、九戒と、鬼人の手の中で狂ったように叫ぶサイ蔵。
「お助けぇーっ!!」
「やれやれ…退治屋と名乗っていたわりに対鬼人用の力はまったく持ち合わせていないようですねぇ〜」
助けをもおめるばかりのサイ蔵を見て、少し呆れた表情を見せる輝矢。
「仕方ありませんねぇ…“月器っ」
「・・・?」
ピアスに手を触れる輝矢に、立ち上がった門貴が気づく。
「三日月”っ」
『・・・っ!』
ピアスから剣のような武器へと姿を変える月器に、驚いた表情を見せる門貴とイカ吉。
「さてとっ」
「ええっ!?助けるのっ!?」
「へっ?」
驚いたように問いかけるイカ吉に、輝矢が振り返る。
「あんな“悪いヤツ”っ…!助ける必要なんかっ…!」
「でもっ…」
「・・・っ?」
イカ吉の言葉を遮り、まっすぐな瞳でイカ吉を見つめる輝矢。
「ここで助けないと、これから“良いヤツ”にだって、なれないでしょう?」
「・・・っ」
輝矢の笑みに、イカ吉が大きく目を見開く。
「・・・。」
輝矢とイカ吉の会話を聞き、少し考え込むように俯く門貴。
「・・・っ!」
イカ吉との会話が終わると、輝矢が三日月を構えて鬼人の元へと駆けていく。
「貴様だなぁっ!?最近ここいらで鬼人を退治しまくっているという御伽界随一の退治屋とはぁっ!!」
「いっえぇーっ!違います違いますっ!それは尾ひれのついたウワサ話というかぁっ!」
「そうですよぉ〜」
「へっ?」
「何っ?」
聞こえてくる声に、サイ蔵と鬼人が同時に顔を上げる。と、そこには三日月を振り上げた輝矢の姿。
「御伽界随一の退治屋はっ、この竹取輝矢ですからっ」
「うっ…!」
輝矢が笑顔で話しながら、素早く三日月を鬼人に振り下ろす。
「ぐわあああっ!!」
「のっはああっ!!」
三日月に右肩から腹部までをナナメに切り裂かれ、叫び声をあげる鬼人。三日月の攻撃に力が緩んだのか、サイ蔵を掴んでいた右手が開かれ、サイ蔵が地面に勢いよく落下する。

――――ドッスゥゥゥーーンッ!!――――

「お痛つつつっ…!!」
打った後頭部を痛そうに押さえるサイ蔵。
『師匠ぉ〜っ!!』
「んっ?おおっ!コショーっ!九戒っ!」
倒れこんでいるサイ蔵の元へと駆け込んでくるコショーと九戒。
「お師匠様っ!大丈ブヒかぁっ!?」
「ご無事で何よりですっ!」
「まったくだぜっ」
『へっ…?』
サイ蔵の元へと駆け寄ろうとするコショーと九戒の前に立ち塞がる人物。
「これからいぃ〜っぱい聞かなきゃいけねぇーことがあんだからなぁっ…」
『うっ…!』
それは両拳の関節を鳴らしまくっているゴンであった。笑っているのにどうにも怖いゴンの顔に、コショーと九戒が観念したように足を止めた。
「まぁ確かに悪役面っスよねぇっ」
「そうだなっ…」
陽気に話しかけてくる羊スケの言葉に、呆れた表情で頷くハチ。

「おっのれぇっ!!“鬼口”っ!!」
「・・・っ“月器・十六夜”っ」

――――パァァァーーンッ!!――――

「うわあああっ!!」
傷ついた鬼人がすかさず鬼口を放つが、三日月から変形した盾・十六夜にあっさりと跳ね返される。自らの鬼口を受け、苦しむ鬼人。
「おのれっ!“鬼爪・天回”っっ!!」
「“月器・三日月”っ!」
飛んでくる十本の鬼爪を、三日月で一本ずつ弾いていく輝矢。
「はいっ、十本っ!」
「“鬼口”っ!!」
「うっ…!」
十本目を弾き落とし、少し油断した輝矢の元へ、再び鬼口が飛んでくる。
「クっ…!」
十六夜に変形させる間もなく、輝矢はギリギリのところで鬼口をかわす。
「避けていいのかぁ?」
「えっ…?・・・っ!」
含んだ笑いを浮かべる鬼人に眉をひそめた輝矢が、避けた鬼口の飛んでいく先を振り返る。
「へっ…?あっひゃあああっ!!」
その先にいるのは、先ほど鬼人の手の中から落下し、倒れこんだままのサイ蔵。飛んでくる鬼口に、サイ蔵が狂ったように悲鳴をあげる。
「しまっ…!」
『お師匠様ぁっ!!』
「クソっ…!」
「・・・っ」
「えっ…?」
サイ蔵を助けに行こうとしたハチの横から、ハチよりも素早くサイ蔵の元へと飛び出していくある人物。
「“如意棒”っ!」
『門貴っ!?』
「門貴さんっ…」
コショーと九戒が目を丸くし、イカ吉が戸惑うように見つめる中、如意棒を出して鬼口とサイ蔵の間に割って入ったのは門貴であった。
「第一の舞っ…」
サイ蔵の前に立った門貴が、向かってくる鬼口へと如意棒を構える。
「“くう”っ!!」

――――バァァーーンッ!!――――

「何っ!?」
『・・・っ!』
門貴が如意棒を振り切ると、如意棒を包んでいた大気の集まりが鬼口へと当たり、その衝撃で鬼人の方へと勢いよく鬼口を弾き返した。鬼人や皆が驚きの目で見る。
「ぎゃあああっ!!」
自らの鬼口と門貴の技を受け、後方の木へと激しく吹き飛ばされる鬼人。
「すっげ…」
ハチも思わず唖然とする。
「・・・。」
鬼人に自分の技が当たったことを確認し、静かに俯く門貴。
「もっ…ももももっ…門貴っ!」
そんな門貴へ、やっと起き上がったサイ蔵が声をかける。
「わしを助けてくれたんじゃなっ!?やはりわしの弟子はお前だけっ…!」
「・・・っ」
「ぐっはあああっ!!」
『・・・っ!』
『お師匠様ぁぁっ!!』
都合のいい言葉を投げかけてくるサイ蔵を、門貴が振り返った途端に如意棒で吹き飛ばす。ハチやゴン、コショーと九戒も皆、驚いた表情を見せた。
『門貴っ!ってんめぇーお師匠様になんてことをっ…!』
「うるさいっっ!!」
『すんませぇーんっ…』
凄まじい気迫の門貴に、大人しく謝るコショーと九戒。
「ぐっ…ぐふっ…」
「今の一発で俺を騙したことは全部チャラにしたるわっ」
倒れこんでいるサイ蔵に向かって門貴が言い放つ。
「イカ吉や街の人たちへの償いは、とことん生きてやってもらうでっ!」
「・・・はいっ…」
門貴の言葉に、サイ蔵は力なく頷いた。
「けどっ…」
「・・・っ?」
門貴がサイ蔵に背を向け、小さな声を落とす。
――――お主は人々の役に立つために生まれてきたサルなんじゃよっ…――――
「あの言葉だけはっ…貰っといたるわっ」
「・・・。」
どこか悲しげに呟いた門貴に、サイ蔵はそっと目を細めた。
「門貴さん…」
そんな門貴をまっすぐに見つめるイカ吉。
「・・・っ」
その様子を見て、少し笑みを浮かべる輝矢。
「クっ…!クソぉぉ〜〜っ…!」
「・・・。」
輝矢がすぐさま表情を鋭くし、ゆっくりと起き上がる鬼人の方を振り返る。
「何だっ!?今の技はっ…!」
「さてとっ、そろそろ終わりにしましょうか、緑鬼さん」
「何っ?」
輝矢の言葉に、鬼人が眉をひそめる。
「三日月っ…」
「待っ…!待てっ…!!」
「鬼退治、いたしますっ」
「ううっ…!!」
必死に手を突き出す鬼人へ、輝矢が容赦なく三日月を振り下ろす。

――――・・・・・・・っ!――――

「ぎゃあああっ!!」
飛び散る血と、響き渡る断末魔。
「終わったスねぇ〜」
「ああっ」
羊スケの言葉に頷くゴン。
「・・・。」
門貴が見つめる中、鬼人は砂と化して消えていった。





翌日。“実りの森”。
『ふわぁぁ〜っっ』
サイ蔵たちに切り倒された木の一帯に集まったタコ吉や畑の老婆をはじめとする多くの街人たちが皆、目と口を大きく開けたまま一斉に声を漏らした。
『・・・っ』
街人たちの視界一面に広がるのは、桃色鮮やかな幾本もの満開の桜の木。
「いっやぁ〜はははぁ〜っ」
唖然と桜の木を見上げる街人たちに、苦い笑みを向けるのはハチ。
「悪りぃなぁ、俺、木は桜しか咲かせらんなくってさぁ〜」
サイ蔵たちに無残にも切り落とされた木たちを、ハチは昨日の戦いの後、“花力”を使って桜の芽を植え込み、その芽はたったの一日で立派な木を咲かせたのである。
「思いっきり季節はずれだし、この桜じゃ実、食えねぇーけどっ…」
「すんばらしぃーーっ!!」
「へっ…?」
大声をあげるタコ吉に、ハチが目を丸くする。
「何と素晴らしい桜だぁーっ!!」
「ホントっ!キレイぃーっ!!」
街人からは次々と感嘆の声が漏れる。
「サイ蔵みたいな悪党の肩を持ち、あなた方を鬼人とまで言った我らにここまでしていただいてっ…!」
「申し訳ありませんでしたっ!そしてっ…本当にありがとうございましたっ!」
『ありがとうございましたぁっ!!』
街人たちが一斉に輝矢とハチに頭を下ろす。
「いっ…いいってっ!誤解されたこととか特に気にしてねぇーしっ!」
「深く傷ついたので一人十チュンずつ払って下さい」
「おいっ!!」
金の請求をする輝矢に、ハチが勢いよく突っ込む。
「ボクもっ…ごめんねっ…」
『・・・?』
街人たちの一歩前へ出て、輝矢とハチに気まずそうに謝るイカ吉。
「そのっ…悪いヤツだって…散々言っちゃってっ…ホントごめんなさいっ!」
「イカ吉っ…」
深く頭を下げるイカ吉を見て、タコ吉が穏やかな笑みをこぼす。
「いいってっ!俺ら別に気にしてなっ…!」
「私にあのような失言の数々…決して許されることではありませんねっ」
「えっ?」
「おっおいっ!」
冷たく言い放つ輝矢に、何となく嫌な予感を感じて顔を引きつるハチとイカ吉。
「罰としてっ…」
「・・・っ」
輝矢を見つめ、息を呑むイカ吉。
「今後はアナタがこの街を守りなさいっ」
「えっ…?」
冷たい笑みではなく笑う輝矢に、イカ吉が戸惑いの表情を見せる。
「二度と私の手を煩わせないように。そうすれば許してあげます」
「・・・っうんっ!」
「・・・っ」
輝矢の言葉に笑顔で大きく頷くイカ吉。そんなイカ吉を見て、ハチもそっと笑顔をこぼした。
「じゃあ俺らはコイツらを本部まで連行してくっからっ」
『・・・っ』
鬼人に襲われてからはとても大人しくなったサイ蔵一行を車の後部席に乗せ、助手席の扉を開けたゴンが輝矢とハチに言う。
「それから、そこでこっそり隠れてるサルっ」
『・・・?』
ゴンが森の木陰の方を向いて言うと、輝矢やハチ、街の人々の視線がそちらに集中した。
「あっ、門貴っ」
「・・・。」
木陰に隠れるようにして佇んでいたモンキに、皆が気づく。一斉に注がれる街人たちの視線にモンキはどこか悲しげに俯き、離れたその位置から歩み寄ろうとはしない。
「コイツらの証言も取って、お前がこの鬼人でっちあげ事件には無関係だったことが立証された」
「じゃあアイツは無罪ってことか?」
「ああ、まぁ後は自由に暮らせっ!じゃあなっ」
「では失礼するっス〜」
そしてゴンたちはサイ蔵一行を連れ、一足先にこの街を旅立っていった。
『・・・。』
モンキと街人たちとも間に立ち込める沈黙。
「アイツっ…やっぱ気まじぃのかなっ…」
「・・・。」
そんなモンキに表情を曇らせる輝矢とハチ。
「無関係だったっつったって、街の人が信じてくれっかどうかっ…」
「・・・。」
輝矢とハチが不安げに見守る中、モンキと街人たちとの間に静かで気まずい空気が流れる。
「あっ…あのっ…」
ゆっくりと口を開くモンキ。
「俺っ…!」
「門貴さんっ!ありがとうっ!!」
「へっ?」
モンキが言葉を発しようとするその前に、モンキに笑顔で礼を言ったのはイカ吉であった。
「イカ吉っ…」
「門貴さん、あんがとぉ〜ごぜぇ〜ましたぁ〜〜っっ」
「えっ…?」
イカ吉に続くように礼を言う、昨日の畑の老婆。
「これは感謝の気持ちのバナナですぅ〜」
「・・・っ」
老婆の差し出した大量のバナナを見て、モンキが唇を噛み締める。
「せっ…せやけど俺っ!サイ蔵の仲間やったしっ…!せやのにサイ蔵のしとること気づかんかったしっ!」
モンキが俯き、叫ぶ。
「お礼言ってもらう資格なんかっ…!」
「あんりますよぉ〜〜」
「へっ…?」
老婆の言葉に、モンキがゆっくりと顔を上げる。
「門貴さんはぁ、一生懸命ウチの畑、耕し直して下さったじゃあないですかぁ〜」
「ばあちゃんっ…」
「俺ん家の屋根瓦も直してくれたっ!」
「ウチの井戸水もキレイにしてくれたわぁっ!」
街人が次々に明るい声を出す。
『ありがとうございましたっ!!門貴さんっ!!』
「みんなっ…」
笑顔で礼を言う街人たちに、モンキがその目を少し潤ませる。
「ありがとおっ!!」
バナナを受け取り、心から嬉しそうな笑顔を見せるモンキ。
「門貴さんっ」
「・・・?」
次々とお礼の品を渡す街人たちの最後に、イカ吉が門貴の前へと出る。
「色々あったけどっ…ボクっ!やっぱり門貴さんみたいな強いおサルさんになるよっ!」
「イカ吉っ…」
「だからサルにはなれませんて、イカは」
「だからアイツはタコなんだって」
変わらぬ輝く瞳を向けて、イカ吉がモンキに言う。感動しているモンキの横で、昨日と同じくだらないやりとりをしている輝矢とハチ。
「ああっ!頑張りやっ!」
「うんっ!!」
『・・・っ』
モンキの言葉に、大きく頷くイカ吉。そんな二人を見て、輝矢とハチも笑みをこぼした。
「ああっ!でも俺っ!まだ街のオブジェの修理をっ…!」
「街も落ち着いたし、修理は街のみんなでやるよぉ〜」
「そっそうかぁ?」
タコ吉の言葉に、モンキはオブジェを作りたかったのか、少し残念そうな顔を見せる。
「じゃあ私たちはそろそろ行きましょうか」
「ああっ」
「おうっ!」
「ああっ!?」
輝矢の言葉にハチと同じように返事をするモンキに、ハチが勢いよく振り返る。
「なんっでお前が返事すんだよっっ!!」
「へぇっ?だって俺、今日から一緒に旅する仲間やんっ?」
「誰がっ!いつっ!どこでどうなってそうなったんだよっ!!」
自然と答えるモンキに、突っ込みを入れまくるハチ。
「だって俺ぇ〜、自由にしぃ〜言われたけど、特に行く当てとかないしぃ〜それにっ」
「それにっ?」
「輝矢んの心意気にどぉーんと惚れたぁぁーっ!!」
「はぁぁっ!?」
大声で愛を叫ぶモンキに、ハチがこれ以上歪まないくらい顔を歪める。
「俺はこの世の終わりまでもお前と一緒に行くでぇっ!輝矢んっ!」
「一人でっ…あっ、間違えた。一匹で行って下さい」
目を輝かせて言うモンキを、相変わらず冷たくあしらう輝矢。
「おっおいっ!どうすんだよっ!?」
「別にいいんじゃないですかぁ〜?そこそこ強いし使えるかも」
「んな適当なっ…!」
「ひぃぃやっほぉっ!!じゃあとりあえず行こかぁ〜っ!次はバナナの国へっ!!」
「仕切んなっ!しかも何だぁっ!?バナナの国ってっ!!」
こうして、輝矢とハチの旅に、新たにサルの門貴が加わった。


また、とある“雑種の街”に、“サル”を象った神様のオブジェが作られるのは、もう少し後の話である…。



                             第4章へ続く。
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