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第20章 シアワセ家族

 龍国・中央商店街。
「売り切れっ?」
 とある店の店頭で、目を丸くして聞き返す由雉。
「ああ〜っ!最近、鬼人が各地で増えてんだろぉ〜?それで妙に需要が高まっちゃってねぇ〜っ」
 そんな由雉に答えるのは、店頭に立つ気の良さそうな中年男。
「たぶん他の店も同じじゃないかぁ〜」
「んん〜っ…」
 少し気難しそうに考え込む由雉。
「どうしても急ぐってんなら、産地の『幸ノ街』まで行ったらどうだいっ?」
「幸ノ街…ねぇっ…」
 こんな所から、今回の事件は始まるのである。



 御伽界・南東部。穏やかな平原の続く、自然と気候に恵まれた土地。ここに幸ノ街があった。
「ああぁ〜っ!俺ってばなんて幸せなんだぁ〜っ!!」
「私もこの上なく幸せよぉ〜っ!!誰かに分けてあげたいくらぁ〜いっ!!」
「ニャ〜ンっ!」
「ワンワンっ!!」
『……。』
 幸ノ街では、行き交うすべての人はもちろん、道端のイヌやネコまでもが幸せオーラを醸し出していた。その光景を見て、呆然とする輝矢たち。
「相変わらずどいつもこいつも、幸せそうな街だな…」
「相変わらず他人の幸せは鼻につきますね」
 少し引きつった表情で呟く輝矢とハチ。幸ノ街は、“幸力”を持つコウノトリの獣人が住み着き、街人たちを幸せにするため、別名“幸福の街”とも呼ばれていた。
「やはりキジじゃなくてコウノトリを仲間にするべきでしたね…」
「今更、失礼なこと言わないでよ」
「人が実家でのんびりしている時に、いきなり里帰りしたいなどと言い出す始末ですし…」
「仕方ないでしょ〜っ?癒羽が龍国で売り切れだったんだからぁ〜」
 しみじみと呟く輝矢に、冷たい目を向けるユキジ。
「それともボクがカワイイだけのただのキジになっちゃってもいいわけぇ〜?」
「確かに仕方ありませんね、ペットとしての価値がなくなってしまう」
「……。」
 輝矢がはっきりと言い放つと、ユキジが少し引きつった表情で固まる。虎国の戦いで癒羽を使いきったユキジは、龍国で買うことも出来ず、結局、全員揃って幸ノ街にやって来たのであった。
「まずミチルさんに顔見せるんやろぉ〜?」
「うん。輝矢たちも少し休みたいでっ…」
「ありがとうございまぁぁーすっ!!」
『……っ?』
 聞こえてくる大きな声に、振り向く輝矢たち。
「お陰で初めてくじ引きでティッシュ以外のものを当てることが出来ましたぁっ!!」
「いえいえ、コウノトリとして当然のことをしたまでですから」
 輝矢たちが振り返った先にいたのは、感動した表情で礼を言っている男と、その男に笑顔を見せている一羽の青い鳥であった。
「ではまたお願いしますっ!!」
「はいっ、いつでも呼んで下さいねっ」
 深々と頭を下げて、男がコウノトリの前から去っていった。
「ふぅ〜っ」

――ボォォォォォ〜ンッ!

「今日のお勤め、終了〜っ」
『あっ!』
「えっ?」
 コウノトリから姿を変えた青髪の少女が、聞こえてくる声に振り向く。
「……っ!ユキっ…!」
「さっちこちゃあああんっ!!」
「げっ」
 勢いよく飛び込んでくるモンキに、顔を引きつる少女。
「ゆっ…!由雉っ…!!」
「ぎゃああっ!」
 飛び込んできたモンキをかわして、ユキジへと駆け寄る少女。かわされたモンキが勢いよく地面に転がる。
「幸コっ」
「戻って来てたのねっ!輝矢さんたちもっ!」
 その少女は、由雉やミチルとは昔からの付き合いであるコウノトリの獣人・幸コであった。輝矢たちが前にこの街を訪れた時、色々と世話になったのである。
「どうしたの?」
「うん」

――ボォォォ〜ンッ!

「“色羽”の買い付けにね」
 幸コの問いかけに、人化して答える由雉。
「そうなんだぁっ」
「丁度、今から家に帰ってミチルさんに顔出す所なんだけどぉ」
「ミチっ…!」
「……っ?」
 あからさまに顔を引きつる幸コに、輝矢が少し眉をひそめる。
「幸コも一緒にっ…」
「さあああっ!とっとと色羽の買い付けに行きましょーっ!!」
「へっ?ちょっ…ちょっとっ!幸コっ!?」
「ゴーゴーっ!!」
「ああーっ!待ってぇっ!幸コちゃああんっ!」
 由雉を無理やり引っ張るようにして、街の中へと駆け込んでいく幸コ。そんな2人をモンキが追っていく。
「何か…変じゃないか?幸コのヤツ」
「そうですねぇ…」
 ハチの言葉に、輝矢は少し表情を曇らせた。



 幸ノ街・中心部。羽根専門店・『羽根屋』。
「さぁ〜っ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!安いよ安いよぉ〜っ!!」
「何、店員になりきってんのさっ」
 大声で羽根を売りさばく幸コに、由雉が呆れた瞳を向ける。
「ほらほらっ!由雉っ!こぉ〜んなに癒羽がいっぱいあるわよぉ〜っ?」
「専門店なんだから当たり前でしょっ。たくっ…」
 両手いっぱいに黄色い羽根を持って、必死に由雉に売りつける幸コ。そんな幸コに、由雉は少し呆れたように肩を落とした。
「だいたい羽根買うの、そんなに急いでないし、一回家に帰って休んでから来たって良かったのにさぁ」
「いっ…一回休んでから来た時には、泥棒が入ってて全部、羽根盗まれちゃってるかも知れないわよっ!?」
「こんな幸せ満開の街に泥棒なんて出るわけないでしょっ」
 不満げな由雉を何とか説得しようとする幸コであるが、その言葉には無理があった。
「ふぅ〜ん…色んな羽根があんねんなぁ〜っ」
 店頭に並んだ色とりどりの羽根を眺め、感心した表情を見せるモンキ。
「羽根をお探しかぁーいっ!?モンキーっ!」
「……っ?」
 羽根を見ていたモンキの元にやって来たのは、真っ白なスーツに金色の髪の、何やら派手な男であったその身に付けている装飾品の数々からして、かなりの金持ちのようである。
「げっ!」
「……っ?」
 モンキに声をかけたその男を見て、あからさまに顔をしかめる幸コに、輝矢が少し首をかしげる。
「じっくり見ていくといいっ!この店には全種の“色羽”が揃っているからねぇっ!」
「はぁっ…」
 愛想のいい笑みで勢いよく話しかけてくる男に、少し困った表情を見せるモンキ。
「この白色の羽根かいっ!?」
「へっ?」
 いきなり胸ポケットに入っていた白い羽根を突き出してくる男に、モンキが少し焦ったような表情を見せる。
「この羽はねぇっ!どんな色の羽根にも変えられ、かつ繰り返し使える万能品なんだよっっ!!」
「はっ、はぁっ…」
「つまぁーりっ!これ一枚あれば、大量の羽根を持ち歩かずとも済むんだよっ!まぁまだ試供品だがねっ!」
「はっ、はぁっ…」
 勢いよく羽根の説明をする男に、モンキはただ押されて頷く。
「使ってみるかいっ!?」
「えっ?」
「ほら!羽根を掴んで今、自分が一番欲しいと思っている羽根を念じればいいんだよ!」
「念じっ…?わっ、わかったわぁ〜」
 男に押されるままに、白い羽根を受け取ってしまうモンキ。
「んんっ…んん〜っ!!」
 モンキが羽根を両手で持ち、目を閉じて真剣に念じる。
「んん〜っ!!……んんっ?」
 何も起こらない羽根に、モンキが目を開けて眉をひそめる。
「何も起こらんでぇ〜っ?」
「何ぃぃっ!?」
「うおおっ!」
 まったく色の変わる気配のない白い羽根をモンキが差し出すと、男がひどく慌てた様子で羽根を手に取る。
「故障かっ!?はぁっ!まさか僕の計算に狂いがあったのかっ!?」
「ハヤテさんっ、ハヤテさんっ」
「くわああっ!!早く精密検査しなくてはっ!!」
「ハヤテさんってばっ!」
「んんっ?」
 横から男の名らしきものを呼ぶ、店員らしきまだ若い青年の声に、ハヤテがやっと気付いて振り向く。
「おおっ!幸之助クン!大変なんだよ!“染羽”の試作品が故障したようなんだ!!」
「そりゃあ無理もないですよ。彼、おサルさんなんですから」
「へっ?」
 冷静に答える幸之助に、ハヤテが目を丸くしてモンキを見る。
「おおぉ〜っ!確かにこれはこれはっ!モンキーってばおサルさんだったねぇっ!!」
「自分でモンキーっつってんじゃねぇーかよっ…」
「これまた変なのが出て来ましたねぇ」
 今更モンキがサルだったことに気付くハヤテに、横から見ていたハチと輝矢が呆れた表情を見せる。
「“色羽”ってサルには使えんの?」
「ええっ、鳥類の獣人のみが使えることになっております」
「ちぇ〜っ、俺には使えんのかぁ〜」
 冷静に答える幸之助に、残念そうに口を尖らせるモンキ。
「それ、貸してっ」
「んんっ?」
 羽根を見て安心したような笑顔を見せていたハヤテから、その白い羽根を奪い取る手。それは由雉であった。
「ボーイっ?何をっ…」
「“彩”っ」

――パァァァーンッ!

「……っ!」
 由雉が染羽を持った瞬間に、染羽が光を放ち、黄色の彩を帯びていく。
「輝矢、手っ」
「えっ?あっ、はい」
 輝矢が、まだ霙との戦いでの傷のために包帯の巻いてある右手を由雉へと差し出す。
「“癒羽”っ」
 由雉が黄色く染まった羽根を輝矢の右手に軽く刺す。輝矢が包帯をはずしてみると、傷が見る見るうちに癒えていっていた。
「ペット価値上がった?」
「まぁまぁですかね」
 傷の治った右手を動かしながら、輝矢が素っ気なく答える。
「ふぅ〜ん、使い切ると元の白羽根に戻るんだぁ〜」
 白色に戻った羽根を輝矢の右手から抜き、興味深そうに呟く由雉。
「面白いね、これ。早く商品化してよぉ」
「……。」
 そう言って染羽を差し出す由雉を、唖然とした表情で見つめるハヤテ。
「素晴らしいよっ!ボーイっ!!」
「うわっ」
 声を張り上げて由雉の手を取るハヤテに、由雉が少し後ずさる。
「これほどまで完璧に僕の羽根を使いこなした人はいなかったよっ!ああっ!感動したっ!」
「それはどうもっ…」
 目を輝かせるハヤテに、どこか呆れたように礼を言う由雉。
「ええなぁ〜ユッキー、鳥類やから使えてぇ〜」
「鳥なら誰でも使えるというわけでもありませんよ」
「へっ?」
 横から口を挟む幸コに、不思議そうに振り返るモンキ。
「由雉みたいに、鬼人を倒すほどに羽根の力を高めたり、羽根同士を合成させたり出来る人は稀ですからっ」
「ふぅ〜んっ、ユッキーって実はすごいトリやったんやぁ〜っ」
「まっ、ボクって可愛いだけじゃなくって才能もあるからねぇ〜」
「それで性格が良ければもっと良かったんですがね」
「輝矢にだけは言われたくないよ」
 自慢げに話す由雉に輝矢が鋭く突っ込むと、由雉は冷たい瞳で突っ込み返した。
「トリのみに、かぁ…」
「……っ?」
 どこか神妙な表情で羽根を手に取るハチに由雉が気づく。
「使ってみたら?」
「嫌味で言ってんのかよっ」
 由雉の言葉にハチが少し顔をしかめる。
「だって半分は入ってるんでしょっ?トリの血っ」
「入ってたってイヌはイヌだよっ」
「……っ」
 羽根を元の棚の上に返しながら、ハチは少し拗ねたように言い返す。そんなハチに、目を細める由雉。
「ボク、桜時のそういうウジウジクヨクヨメルメルしたトコ、すっごく嫌ぁ〜いっ」
「俺はお前のそういう所が嫌いだってのっ!だいたい何だぁ〜っ!?メルメルってっ!」
「私はメルメルしたトコも好きですよ」
「だっからお前はいちいちそういうコト言うなってっ!そしてメルメルって何だよっ!!」
 包み隠さず言う由雉と、便乗して告白してくる輝矢に、ハチが怒鳴り返しまくる。
「おおっ!コウノトリガールっ!!」
 今度は幸コへと勢いよく話しかけるハヤテ。
「この素晴らしいボーイはコウノトリガールのお知り合いかぁいっ!?」
「えっ?えっ、ええ、まぁっ…」
「何っ?幸コ、この変な人と知り合いなの?」
「えっ?えっ、うん、まぁっ…」
「……っ」
 由雉とハヤテ、どちらからの問いかけにも妙に言葉を濁す幸コに、輝矢が少し眉をひそめる。
「で、アナタはどちらの変人なんです?」
「んっ?」
 輝矢が不意にハヤテに問いかける。
「ちょっとっ!確かにハヤテさんは変人ですけどっ、そんな言い方しないで下さいよっ!!」
「おおっ!幸之助クンっ!僕のためにそこまで熱くなってくれるのかいっ!?」
「っつーか、変人っつってたぞっ…?」
 ハヤテを庇うようで庇っていない幸之助の発言に、ハチが呆れた表情でこっそりと突っ込みを入れる。
「ハヤテさんはこの店の主人で、御伽界で初めて“色羽”を作り、羽根事業を拡大させた方なんですよっ!」
「色羽をっ…?」
 幸之助の説明に、輝矢たちが皆、目を丸くする。
「別名“ハネキング”と呼ばれている程物凄いっ!世界有数の企業家なんですからっ!!」
「“ハネキング”…ねぇ」
 その何とも言えないネーミングに、白い羽根を見ながら少し呆れたような表情を見せる由雉。
「まぁいいやぁ。とりあえず癒羽百枚くらい頂戴っ」
「百枚ですかっ?」
 由雉の注文に、驚いたように聞き返す幸之助。
「そんなに何に使うんです?」
「そうですよ、無駄遣いは止めて下さい」
「主に君の傷、治してるんだけど?」
 幸之助と同じように問いかけてくる輝矢に、由雉が冷たい視線を向けた。
「後ぉ、裂羽五十枚に、滅羽三十枚ねぇっ」
「は…はぁっ…」
 由雉が何をしているトリなのかを疑いつつも、注文をメモする幸之助。
「支払いは現金でぇ」
「そんなに金あるんか?ユッキー」
「この前、虎国でお礼にたんまり貰ったからね」
「ええっ!?俺、そんなに貰ってへんでっ!?」
「働き度によるんじゃない?」
「がいいぃぃーんっ!!」
 モンキにショックを受けさせながら、由雉が財布の厚い札束を数える。
「羽根は街はずれのミチルさんて女の人の家に届けてくれればいいからぁ〜」
「ミチルっ?」
 ミチルの名に敏感に反応するハヤテ。
「ヤバっ…!」
「えっ?」
 思わず言葉を漏らす幸コに、ハチが首をかしげる。
「おお!ボーイっ!君がもしかしてウワサの“ユキジくん”かぁ〜いっ!?」
「へっ?」
 自分の名を知っているハヤテに、由雉が驚く。
「そっ…そうだけど?」
「おおっ!そうだったのかぁ〜いっ!!」
「ヤバいっ…!!」
 笑顔で手を叩くハヤテの元へ、慌てて駆け寄っていく幸コ。
「ハヤテさんっ!ちょっと待っ…!」
「僕がミチルの結婚相手のハヤテさぁ〜っ!!よろしく!マイソンっ!!」
「へっ?」
「あちゃ〜っ…」
 ハヤテの思いがけない発言に、大きく目を見開く由雉と、深々と頭を抱える幸コ。
「けっ…!結婚っ!?」
 由雉の叫び声が、ハヤテの店に響き渡った。




 幸ノ街はずれ。ミチルの家。
「ふんふふんふふぅ〜んっ♪」
 森に程近い広い庭で、のんびりと洗濯物のシーツを干している一人の女。由雉の養母・ミチルである。
「いい天気ねぇ〜」
 ミチルが不意に晴れ渡った空を見上げる。
「由雉…今どこでどうしているのかしら…」
 少し寂しそうに呟くミチル。
「きっと楽しくやってるわね。輝矢さんたちと一緒だものっ」
 自分に言い聞かせるように呟き、優しい笑みを作る。
「さっ!さっさと干し終わらなきゃっ!って」

――ズリッ…!

「あらっ?」
 ミチルが振り返った瞬間に、干し立てのシーツの端っ子を踏んでしまう。
「きゃあああっ!!」
 シーツに見事な勢いでからまり、ミチルがその場に激しく転倒する。
「痛たたたたっ…」
 地面に落ちたシーツの下から顔を出す、少し痛みに表情をしかめたミチル。
「またやっちゃったわぁ〜っ」
 起き上がってシーツを手に取りながら、ミチルが自分自身に呆れきったように呟く。
「由雉がいたらまた、“ミチルさんっ!”って怒られちゃうわねぇ」
「ミチルさぁぁんっ!!」
「そうそうこんな感じでっ…って、えっ?」
 しみじみと呟いていたミチルが、聞こえてくるタイムリーな声に、目を丸くして振り返る。
「由雉っ?」
「ミチルさぁぁんっ!!」
「……っ」
 街の方から高速で飛んでくる一羽の青いキジに、驚きの表情を見せるミチル。

――ボォォォォォ〜ンッ!

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
「由雉っ…!」
 人化してミチルの前へと降り立った由雉が、全力で飛んで来たためか少し息を切らせる。ミチルはシーツを置いて、そんな由雉に駆け寄った。
「どうしたの?いきなり戻って来た上に、そんなに慌てて…」
「どうしたもこうしたもないよっ…」
「えっ?」
 下を向いたまま呟く由雉に、ミチルが首をかしげる。
「どういうことなのっ!?」
「どういうっ…?」
「へぇ〜いっ!ミチルっ!!マイハニィーっ!!」
「あれはどういうことって聞いてるんだよっ!!」
「ああ…」
 由雉に遅れるようにしてやって来る、大きく手を振った笑顔のハヤテを見て、由雉が不機嫌この上ない表情で問いかける。少し呆れたような表情で頷くミチル。一瞬で状況を飲み込んだようである。
「やぁっ!マイハニーっ!元気かい!?ちなみに僕は今日も絶好調さっ!!」
「はっ、はぁ…」
 目の前にやって来て勢いのいい挨拶をしてくるハヤテに、ミチルが少し押され気味に答える。
「絶対、反対っ…」
「えっ…?」
 小さく呟く由雉に、首をかしげるミチル。

「由雉っ…!」
「ふぅ〜っ、やっと着きましたねぇ」
 そこへ幸コと輝矢たちがやって来る。

「絶対絶対の反対の反対で、最高級に反対でその上にこれまた反対で反対の反対は反対ぃっ!!」
「ええっ…?」
 叫びまくる由雉に、ミチルが戸惑いの表情を見せる。

「あちゃ〜っ…遅かった…」
「ってか反対言い過ぎて、何が言いたいのかわからん…」
「とりあえず物凄く反対なのでしょう…?」
 幸コが思わず頭を抱え、輝矢たちは少し呆れた表情を見せた。




 数分後。ミチル家・リビング。
「むぅぅ〜っ…」
『……。』
 この上なく不機嫌な表情を見せている由雉を見て、少し困った顔を見せるミチル、幸コ、そして輝矢たち。
「いっやぁ〜っ!“奇遇”とはまさにこのことだねぇーっ!」
 そんな中、一人、空気の読めていないハヤテが、明るい声で話を始める。
「聞いておくれよっ!ハニー!今日は何とねぇっ!我が店にマイソン・由雉がやって来たのだよっ!!」
「誰がソンだっ」
「親子の縁だろうねぇっ!!」
「あんたと親子になった覚えなんて微塵もないよっ!!」
 肩を組んでくるハヤテの手を、由雉が必死に払いのける。
「照れるな!照れるな!マイソンっ!!早速パパと呼んでくれていいのだよっ!?」
「呼ばないよっ!バカじゃないのっ!?」
 ハヤテが何か言うたびに、由雉の眉間の皺が増えていく。
「どうするん?仲裁するん?」
「見ておきましょう。身内同士のモメ事に口を挟む趣味はありません」
「面倒臭いだけだろ、お前…」
 モンキの問いかけに真面目に答える輝矢に、ハチがこっそりと突っ込みを入れた。
「でぇっ!!どういうつもりなわけっ!?ミチルさんっ!!」
「えっ?」
 ハヤテを争うのを止めて、改めてミチルの方を見る由雉。ミチルが少し目を丸くする。
「どういうつもりって…?」
「こんな!金持ってるだけが取り柄の、見るからに頭の軽そうな男と結婚するなんてっっ!!」
「えっ…?」
 由雉の言葉に、ミチルが驚いた表情を見せる。
「そんなに父を誉めてくれるなっ!マイソンっ!」
「誰が父だっ!!だいたい何一つ誉めてないよっ!!」
「困ります、ハヤテさん」
『へっ?』
 ミチルの声に、由雉とハヤテが振り向く。
「結婚のこと、まだ私は何のお返事も…」
「えっ?そうなのっ?」
「いいやっ!ハニーっ!君は僕と結婚するのさっ!それはもう決まっているのだよっ!!」
「なんっでだよっ!!」
 高々と言い放つハヤテに、目を丸くしていた由雉が鋭い目つきとなる。
「ミチルさんはまだ同意してないって言ってるじゃないかっ!!」
「いいやっ!!ハニーと僕が結婚するのはもう決まったことなのさっ!!」
「だから何でだよっ!?」
「それはだねっ…」
「……っ」
 急に真剣な顔つきとなるハヤテに、由雉が思わず息を呑む。
「ハニーのドジっぷりに僕がぞっこんしちゃってるからさっ!!」
「何の理由にもなってないよっ!!」
「初めて会った日のあの溝へのハマリっぷりっ…もうこれ以上はないほどのドジだったっ…」
 昔を懐かしむように熱く語るハヤテ。
「君は最高のハニーなのだよっ!!ミチルっ!!」
「何萌えだよっ!ってかそれは結婚する理由になってないしっ!!」
 とことん自分の世界を生きているハヤテに、由雉が大声で突っ込みまくる。
「あのユッキーが振り回されとるなぁ〜」
「強烈っ…」
 いつも落ち着いている由雉のペースを、どこまでも狂わせるハヤテに、モンキとハチは感心したような呆れたような表情で呟いた。
「とにかくとっとと帰って二度とボクらの前に現れないでっ!いいっ!?」
「由雉、何もそんな言い方っ…」
「だってミチルさんは結婚する気なんてさらさらないんでしょっ!?」
「さらさらってわけじゃっ…」
「えっ…?」
「あっ」
 思いがけないミチルの答えに、由雉の表情が一気に曇る。
「あのっ…!そのっ…!そりゃ今すぐ結婚って気はないけどそのっ…!いつかは…なんてっ…」
「……っ」
 少し照れるようにして答えるミチルに、由雉がショックを受けたように目を見開く。
「ハヤテさんはとてもいい方よ?私なんかにはもったいないくらいっ…」
「そんなことはないよっ!ハニーっ!君は僕にとって最高の人さっ!!」
「まっまぁ確かにああゆう口振りは軽そうに思えるけど、本当に優しいし面白い方で一緒にいて楽しいし…」
「……。」
 穏やかな笑顔を見せるミチルに、暗い表情となって徐々に俯いていく由雉。
「だからね、今回のこと、私は前向きに考えたいと思ってるの…」
「……っ」

――あなたのような立派な息子がいて…私は幸せ者ね…――

 思い出されるミチルの言葉に、由雉が力強く拳を握り締める。

「いらないっ…」
「由雉っ…?」
「ボクはこんな人、いらないっ!!」
「由雉っ…」
 ハヤテを指差して言い放つ由雉に、ミチルが少し眉をひそめる。
「家族なんてボクとミチルさんで十分でしょっ!?ミチルさんはもう十分幸せでしょっ!?」
「それはっ…」
「だったら、こんな男なんて必要なっ…!」
「由雉っ!!」
「……っ」
 強く呼ぶミチルに、由雉が思わず言葉を止める。
「家族のことも幸せのことも、それは、あなただけで決めることじゃないわ…」
「……っ」
 厳しい表情で言い放つミチルに、由雉の表情が曇る。
「だからね、由雉…」
「そうだね…」
「えっ…?」
 俯いたままポツリと落とした由雉の言葉に、ミチルが目を丸くする。
「ボクなんかが決めていいことじゃなかったね…」
「由雉っ…?どうしっ…」
「どうせっ…!」
 由雉がミチルの言葉を遮って、勢いよく顔を上げる。
「どうせボクなんてっ…!本当の子供でも何でもないんだからさっ!!」
「……っ」
 由雉の言葉に、ミチルが大きく目を見開く。
「由雉っ!そんな言い方なっ…!!」
 幸コが思わず身を乗り出した、その時。

――パァァァァァーンッ!

「へっ?」
『……っ』
 響き渡った平手の音に、身を乗り出そうとした幸コや輝矢たちが皆、驚いたように目を開く。
「……っ」
「……。」
 由雉の頬を平手で勢いよく叩いたのは、厳しい表情を見せたミチルであった。叩かれた由雉自身も、手で頬を押さえながら、相当驚いたような表情でミチルを見つめる。
「ミチルさんがっ…由雉を…」
「……。」
 幸コが驚きの表情で呟く中、ハヤテはどこか冷静な表情で二人を見つめていた。
「……ごめんっ」
 ポツリと謝って、玄関を飛び出していく由雉。
「あっ!由雉っ…!」
「……っ」
「……っ?輝矢さんっ?」
 追おうと立ち上がった幸コの前に手を出して止める輝矢。
「私が行きます」
「あっ、はいっ」
「寂しがらないで下さいね、ハチ」
「がらねぇーよっ!とっとと行けっ!!」
 輝矢の強い瞳に幸コは大人しく頷き、ハチに送り出されるようにして、輝矢は去っていった由雉の後を追って、ミチルの家を出て行った。
「……っ」
 ミチルは厳しくも、どこか悲しげな表情を見せていた。




 数分後、ミチルの家の前。
「すみませんでした、ハヤテさん」
 ハヤテへ向かって深々と頭を下げるミチル。
「大したお構いもせずに、お見苦しいところまで見せてしまって…」
「……。」
 申し訳なさそうな表情を見せるミチルを、ハヤテがまっすぐに見つめる。
「いいものだねっ」
「えっ…?」
 ハヤテの言葉に、ミチルが少し目を丸くして顔を上げる。
「母親というものはっ…」
「……っ」
 ミチルが顔を上げたその先では、ハヤテがとても穏やかな表情で笑みをこぼしていた。
「ボクは益々、君のことが好きになったよっ!ハニーっ!」
「えっ…?」
 ハヤテのストレートな言葉に、ミチルが思わず頬を赤く染める。
「そっ…そんなっ…!私なんてそのっ…!えっとっ…!」
 照れたミチルが、ハヤテの前から素早く後ろ向きに下がっていく。

――ズリッ…!

「ふえっ?」
 後退していたミチルが、地面に落ちている石に躓く。
「きゃあああああっ!!」
 石に躓き、頭から勢いよく転ぶミチル。
「そのドジっぷりも大好きだよっ!ハニーっ!!」
「そっ…!そんなっ!私なんてっ…!きゃああああっ!!」
「ハッハッハっ!君は最高さっ!!ハニーっ!!」
 倒れたミチルを見て笑顔を見せるハヤテに、再び倒れ込むミチル。そんなミチルを見て、ハヤテはとても幸せそうな笑みを浮かべた。


「ふぅ〜んっ」
 倒れたミチルへと笑顔で手を差し伸べるハヤテの様子を家の窓から見つめ、少し笑顔をこぼすモンキ。
「何やぁ〜軽くてうっさいだけのオッサンか思とったけど、わりかしええヤツやんっ」
「そうなんですよねぇ…私も最初は反対してたんですけど、何かハヤテさんいい人で」
「ってことは残る問題はっ…」
 モンキと幸コの言葉を受け、ハチがゆっくりと顔を上げる。
「あの頑固キジだけか」
 ハチがそう呟いて、少し目を細めた。




 幸ノ街はずれの森。
「ああぁぁっ!!もおぉぉっ!!」
 湧き上がる怒りをぶつけるように、腹の奥深くから声を出す由雉。
「なぁ〜にがマイハニーだよっ!!あのバカハネキングっ!!」
「あまり騒ぐと近所迷惑ですよ?」
「うわっ!」
 いつの間にかすぐ背後に現れる輝矢に、由雉が少し驚いて振り返る。
「まぁ近所にいるとしてもシカくらいですかねぇ」
「なっ…何しに来たのさっ?」
 暢気な口調で周りを見回す輝矢に、しかめた面を向ける由雉。
「ボク、励ましとかそうゆうの、すごく嫌いなんだけど?」
「まったく励ます気はないですから大丈夫です」
「……そうだったねっ」
 爽やかな笑顔で答える輝矢に、由雉が少し呆れ気味にそっぽを向く。
「母親の結婚相手に嫉妬するなんて、意外と思春期なんですね、キジ」
「その言われ方、何か不快っ」
 そんなやり取りをしながら、二人がその場に座り込む。
「別にミチルさんが結婚すること自体に反対してるわけじゃないよっ。あの男だから反対してるだけっ!」
「どうしてです?」
「どうしてって、見ればわかるでしょっ?あんな金ばっか持ってるだけの軽そうな男っ…!」
「見ただけではわかりませんよ」
「えっ…?」
 輝矢の声に、由雉が言葉を止めて顔を上げる。
「見た目だけで言えば、アナタはただの可愛いキジですし、私はただの美しく気立ての良さそうな少女です」
「それ、自分で言う?」
 自分を美化する輝矢に、思わず突っ込みを入れる由雉。
「人間、相手を見ただけでは、何一つ理解することなど出来ません…」
 輝矢が穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと由雉の方を見る。
「まずは一度向き合って、話すくらいしてはどうですか?」
「あんな脳みそ軽い男と話す気になんてなれないよっ」
「ただの金持ちで脳みその軽い男を、ミチルさんが選ぶとも思えませんけどね」
「……っ」
 輝矢の一言に、少しバツが悪そうに俯く由雉。
「そうだねっ…結婚もその相手もっ…全部、ミチルさん一人が決めることだよっ」
「……。」
 口を尖らせて話す由雉を見つめ、輝矢が少し目を細める。
「ボクが口出ししていいことじゃなっ…」
「聞いていなかったのですか?思春キジ」
「だからその言われ方、不快だってばっ」
 輝矢の微妙な言い回しに、嫌そうな表情を見せる由雉。
「ミチルさんは“あなただけで決めることじゃない”と仰ったのですよ?」
「そうだよっ。だからボクが決めていいことじゃなっ…」
「何を聞いていたのです?思春キジ」
「だからその言い方、やめっ…!」
「“あなただけではなく、二人で一緒に決めよう”…あの言葉は、そういう意味でしょう?」
「……っ」
 輝矢の言葉に、由雉が少し驚いたように目を見開く。
「二人で…一緒に…」
「まぁ悩むだけ悩んで、しっかりと見極めて下さい、思春キジ」
「しつこいなぁ〜」
 立ち上がりながら言い放つ輝矢に、由雉が顔を上げて突っ込みを入れる。
「大事なのは、アナタが誰の“幸せ”を望むかです」
「えっ…?」
「では」
 由雉が言葉の意味を図りかねている中、輝矢はあっさりとその場を後にしていった。
「誰の…幸せ…」
 由雉は考え込むように、そっと呟いた。




 その日・夜。再び羽根専門店・『羽根屋』。
「ただいまぁっ!!幸之助くんっ!!」
 勢いよく扉を開けて店へと戻ってきたのは、渦中の人・ハヤテ。
「遅くなって済まなかったねぇっ!!マイソンとハニーのことで初めての親子喧嘩をしてしまってさっ!って、あれっ?」
 返って来ない返事に少し首をかしげるハヤテ。店の中は明かりがついておらず、どこかひっそりとしていた。
「幸之助クン?帰ったのかいっ?」
 暗い店内を見回しながら、ハヤテがゆっくりとした足取りで店の奥へと踏み込んでいく。
「んんっ?」
 店の奥に何やら倒れている人影。
「……っ!幸之助クンっ!!」
 そこに倒れていたのは、大怪我を負い血を流している幸之助であった。ハヤテが焦った様子で慌てて駆け寄る。
「幸之助クンっ…!!幸之助クンっ!?」
 ハヤテが幸之助を抱え上げ、必死に呼びかけるが、深く目を閉じた幸之助は少しの返事も返さない。
「とっ…とにかく医者をっ…!」
「……っ」
「えっ…?」
 立ち上がろうとしたハヤテの背後に迫る黒い影。
「……っ!」

――………………っ!

「ううっ…!!」
 影が何かを振り下ろすと、ハヤテの後頭部に激しい痛みが走った。
「クっ…」
 ハヤテが力なくその場に倒れていく。
「……っ」
 倒れ込み、深く目を閉じたハヤテを見て、その黒い影は怪しげな笑みを浮かべた。





 翌朝。ミチルの家。
「……。」
 黙ったまま、ひたすら朝食を食べる由雉。
「……。」
 黙ったまま、ひたすら朝食の準備と片付けを続けるミチル。
『……。』
 その静まり返った何とも気まずい空気に、朝食の味さえもわからなくなりそうなやりにくさを感じるハチとモンキ。空気のせいか、箸もあまり進まない。
「ああぁ〜っ…俺、こうゆう空気、苦手やわぁ〜」
「お前、深刻さとは縁遠いもんなっ」
 困り顔を見せるモンキに、ハチが冷たく一言。昨日のハヤテの一件以来、由雉とミチルは気まずい状態となってしまい、あれから1度も口を聞いていないのである。
「っつーか昨日、由雉を説得しに行ったんじゃなかったのかよっ?」
「えっ?」
 ハチが少し非難するように、隣に座っている輝矢を見る。
「何の解決もしてねぇーじゃんかよっ」
「別に私は家族の仲を取り持つ仕事を請け負っているわけではありませんから」
「けどよぉっ」
「家族の問題というのは、他人が解決出来るものではないのですよ」
「えっ…?」
 妙に真剣な口調で言い放つ輝矢に、ハチが少し目を丸くする。
「家族の問題というのは、あくまで家族同士で解決しないと…」
 輝矢が笑顔を浮かべ、ハチの方を見る。
「アナタになら、わかるのではないですか?ハチ」
「……っ」
 輝矢の問いかけに、ハチがハッとしたような表情を見せる。

――いつでも帰って来なさいっ、桜時…――

「……。」
 輝矢の出現がきっかけになったのは確かだが、桜時と孔雀が歩み寄ることが出来たのは、桜時と孔雀がそれぞれに自ら歩み寄ろうとしたからであった。家族とは、そういうものなのである。
「そうだなっ…」
「……っ」
 納得したように笑顔を見せるハチを見て、輝矢もそっと笑みをこぼした。
「ですからハチも私と幸せな家庭をっ…」
「大変よぉぉぉっ!!」
「どわあああっ!!」
 ドサクサに紛れてプロポーズしようとした輝矢の言葉を遮り、窓から勢いよく飛び込んでくる一羽の青い鳥。その大きな声に、ハチが思わず飛び上がって驚く。
「幸コっ?」
「あっ!さっちこちゅわぁぁ〜んっ!!」
「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」

――ボォォォォ〜ンッ!

 由雉とモンキが少し驚いたように名を呼ぶ中、息を切らせた青い鳥が白い煙に包まれて人化する。
「大変っ!大変っ!大変なのよぉぉっ!!」
 人化した幸コが、かなり焦った様子で“大変”という言葉を繰り返す。
「大変って何がぁ?」
「それがねっ…!」
「私のハチへのプロポーズを遮っておいて、これで大して大変でなかったらタダでは済みませんよ…?」
「えっ?じゃっじゃあやめておこうかな…」
「言えっ!!」
 輝矢の脅しを受け、すぐに挫ける幸コに、由雉が勢いよく突っ込む。
「大変なのよっ!ハヤテさんのお店がっ…!!」
『えっ…?』
 幸コの知らせに、皆の表情が曇った。




 幸ノ街・中心部。ハヤテの店・『羽根屋』。
「これはっ…」
 幸コの知らせを聞き駆けつけた輝矢たちを待っていたのは、昨日とはまったく違う姿と化した羽根屋であった。扉やショーガラスは粉々に砕かれ、店の床にはガラスの破片が散らばっていた。その光景に輝矢たちが皆、唖然とした表情を見せる。
「朝、街の人が見つけた時には、店中の羽根が盗まれてたそうです…」
「羽根泥棒か…」
 幸コの説明に、真剣な表情で呟くハチ。
「……。」
 由雉が少し厳しい表情を見せて俯く。

―― 一回休んでから来た時には、泥棒が入ってて全部、羽根盗まれちゃってるかも知れないわよっ!?――
――こんな幸せ満開の街に泥棒なんて出るわけないでしょっ――

「昨日の幸コの言葉通りになっちゃったってわけかぁ」
「わっ私が盗んだんじゃないわよっ!?」
「わかってるよっ」
 少し焦ったように言う幸コに、由雉が呆れたような表情を見せた。
「うわぁぁ〜んっ!!ハヤテさぁぁ〜んっ!!」
『……っ?』
 聞こえてくる大きな叫び声に、輝矢たちが一斉に振り返る。
「ハヤテさぁぁ〜んっ!!」
 皆が振り返った先にいたのは、かなりの重傷を負った包帯だらけの泣きじゃくっている幸之助であった。
「幸之助さんっ」
「……っ?ああっ!!ミチルさぁぁ〜んっ!!」
 泣きじゃくっていた幸之助が、ミチルを見つけ、大きな声を出して駆け寄ってくる。
「大変なんですぅ〜っ!!ハヤテさんがっ…!ハヤテさんが羽根のついでに誘拐されちゃったんですぅ〜!」
「えっ…?」
「ハヤテさんがぁっ!?」
 幸之助の言葉に、衝撃を走らせるミチルと幸コ。
「ハネキングよ、永久に…」
「勝手にハヤテさんを殺さないで下さいっ!ハヤテさんは生きてますっ!!」
 店に向かって手を合わせる由雉に、幸之助が少し怒った顔で突っ込みを入れる。
「きっと唯一の取柄である羽根の発明能力を散々利用されて、挙句ボロ雑巾のように捨てられるんですっ!」
「それって殺されてるって考えるより残酷じゃない?」
 自分の想像に頭を抱える幸之助に、由雉が少し冷たい目を向ける。
「ハヤテさんっ…」
「ミチルさん…」
「……っ」
 不安げに両手を組むミチルに、駆け寄る幸コ。そんなミチルの様子を見て、由雉が少し目を細める。
「鬼人の仕業やろかぁ?」
「鬼人じゃ羽根盗んでも使えねぇーだろーがっ」
「ええ、ハヤテさんをさらっていったことも気になりますしね…」
 それぞれ真面目な表情で言葉を交わす輝矢、ハチ、モンキ。
「ああっ!そうだぁっ!!」
「うわっ!」
 急に大声を出す幸之助に、すぐ横に立っていた由雉が驚く。
「なっ何っ?」
「これっ!俺のポケットに入ってたんですっ!!」
「……っ?」
 そう言って幸之助が由雉に差し出したのは、小さなオレンジ色の羽根であった。
「見たことない羽根だけど」
「これは“思念羽”と言って、ハヤテさんの試作段階の羽根の一つなんです」
「思念羽…?」
「持っていた人のメッセージを保存して他者に伝えることが出来るんです」
「じゃあハヤテさんが伝言入れて、お前に残したかも知れんてことかぁ?」
「はいっ!」
 横から口を挟んだモンキの言葉に、大きく頷く幸之助。
「でも何せ試作品ですから、並みの力しかない鳥人には読み取れなくてっ…」
「そこでキジの出番というわけですか」
「そうですっ!由雉さんほどの力の持ち主ならきっとっ…!」
「お断りっ」

――パシンッ!

「えっ…?」
 羽根を差し出した幸之助の手を、あっさりと振り払う由雉の手。オレンジ色の思念羽が力なく地面に落ちる。
「由雉っ!何してっ…!」
「別にボク、あの人を助ける義理なんてないもん。むしろいなくなって清々してるし?」
「なっ…!!」
 由雉のあまりの態度に、幸コが顔をしかめる。
「まぁ羽根買えなかったのは残念だけどねぇ〜他の街まで行くしかないかなぁ〜」
「由雉っ!あんたねぇっ…!」
「幸コちゃんっ」
「ミチルさんっ!だってアイツっ…!」
 由雉に食ってかかる勢いの幸コを、ミチルが必死に宥め止める。
「じゃあボク、朝飛行にでも行ってくるからぁ〜適当に泥棒探しでも何でもしといてぇ〜」

――ボォォォォォ〜ンッ!

「ああっ…!!」
 白い煙に包まれてキジ化した由雉が、青々とした空へと飛び立っていく。
「ったく、薄情なキジやなぁ〜」
「素直じゃないだけですよ」
「へっ?」
 横から口を挟む輝矢の言葉に、非難していたモンキが目を丸くする。
「ねぇ?ミチルさん」
「ええ…」
 輝矢の問いかけに、穏やかな笑顔で頷くミチル。
「不器用な子ですから…」
 ミチルは笑顔のまま、そっと呟いた。




―― ヘイっ!マイソンっ!僕は街はずれの大倉庫に拉致られるそうだっ!父を助けに来ておくれっ!――

 思念羽に入っていたメッセージ。初めから由雉に残したかのような言葉。

「…誰が父だよっ、バカ男っ」
 面倒臭そうに呟くユキジ。
「ったくっ…!」
 ユキジは街はずれの大倉庫へと、羽根を広げて速度を速めた。




 街はずれの大倉庫、内部。
「僕はお腹が空いてしまったよっ!何か食べるものを出してくれないかいっ!?泥棒諸君っ!!」
 倉庫の柱に縄で括り付けられ、思い切り囚われの身の状態だというのに、いつもと変わらぬハイテンションっぷりのハヤテ。
「だああああっ!うっせぇなぁっ!!」
 そんなハヤテに苛立ったような声を出す、いかにも泥棒らしい黒マスクを付けた男。
「ボスっ!何でこんなん一緒にさらって来たんですっ!?」
 マスク男が、ボスと呼んだ同じくマスクの男の方を振り向く。
「ソイツは金のなる木、いや羽根のなる木さ。次々と色んな羽根を生み出させりゃ、もっと儲かる」
 マスク男に冷静に答えるボス男。
「何せ天下の“ハネキング”様だからなっ」
「ハッハッハっ!そこまで誉められると照れちゃうねぇっ!!」
「別に誉めてねぇーよっ」
「僕が今、考えている羽根の効力かいっ!?それはねぇっ!」
「聞いてねぇーよっ!!」
 捕まっているというのに泥棒たちのペースをすっかり乱しているハヤテ。ある意味、大した器である。

「あぁ〜あ…何やってんだか…あの男は…」
 そんなハヤテの様子を、屋根裏から見つめる呆れた表情の由雉。キジの姿であっさりと窓から倉庫内へと入り込んだのであった。
「まぁとりあえずあの男に泥棒たちの気を引きつけといてもらって、その内に羽根を…」
 由雉が盗まれた羽根を探そうと、屋根裏から倉庫内を見回す。

「んんっ?」
 その時、ハヤテがふと天井を見上げ、羽根を探している由雉の姿を見つける。
「おおっ!!マイソンっ!父を助けに来てくれたのだねっ!!」
「げっ」
『何っ!?』
 ハヤテの大声に、由雉が勢いよく顔をしかめ、下にいた泥棒たちが皆、天井の由雉の方を見る。
「バカ男っ!何言っ…!!」
「撃てぇぇっ!!」
「いいえぇぇっ!?」
 ハヤテに怒鳴ろうとしていた由雉に向けて、泥棒たちが下から一斉に衝撃弾を放つ。
「うわわわっ!!」

――バァァァァーンッ!

「痛っつぅぅぅ〜っ…」
 破壊された天井から、勢いよく床へと落下する由雉。打ち付けた背中を押さえ、ゆっくりと起き上がる。
「捕まえろっ!!」
「へっ…?うわああああっ!!」




 数分後。
「……。」
 ハヤテと背中合わせになるようにして柱に縄で括り付けられている由雉。その表情からはかなりの負のオーラが漂っていた。
「助けに来ておいて捕まるとは不甲斐ないなぁ〜っ!マイソンっ!」
「誰のせいで捕まったと思ってるんだよっ!!」
 互いの顔が見えない状態で会話をする由雉とハヤテ。
「ったくっ!」
「おいっ!一応、他に仲間がいないか見回っておけっ!!」
『はいっ!』
 二人の周囲にいた黒マスクの泥棒たちが、警戒するように四方へと散っていく。柱に括り付けられた状態でその場に二人だけが残る。
「何とかならないのかい?マイソンっ」
「捕まる時、“色羽”全部取られちゃったから無理っ」
「意外と無能だねっ!マイソンっ!」
「うるさいよっ!!」
 威勢のいい会話を続ける二人。二人になっても捕まっているという自覚は薄いようだ。
「あぁ〜あっ!こんなことになるんなら、助けになんて来るんじゃなかったよっ!」
「それでも助けに来てくれたんだろう?」
「それはっ…」
「父は感動だよっ!マイソンっ!!」
「誰が父だっ!ソンって言うなっ!」
 パターン化したやり取りを繰り返す由雉とハヤテ。
「……っ」
 由雉が怒鳴るのを止め、そっと俯く。

――ハヤテさんっ…――

 ミチルの不安げな表情が、脳裏を過ぎる。

「あんたを…」
「んっ?」
「あんたを助けに来たのは…ミチルさんがすっごく心配してたから…だから…」
「……。」
 先ほどまでの威勢はなく、静かな口調で聞こえてくる由雉の言葉に、少し真剣な表情を見せるハヤテ。
「それだけ…だから…」
「マイソンっ」
「だからソンって言うなって言っ…!」
「僕はね、母親というものを持ち合わせていなかったのだよ…」
「……っ?」
 いつもとは違うまったく軽くない口調で話しを始めるハヤテに、由雉が思わず怒鳴ろうとしていた声を止める。
「僕が物心つく前に、病気で亡くなってね…」
「……っ」
 ハヤテの話に、由雉が少し目を細める。
「父は資産家だったからね、たくさんの使用人に囲まれて、母親のいない不自由を感じたことはなかった…」
 ハヤテが少し遠くを見るような目で笑う。
「だが…決して満たされない何かがあったんだよ…ずっと…」
「……。」
 その言葉にそっと俯く由雉。満たされない何か。本当の家族を知らず、コウノトリの群れの中にたった一羽のキジとして存在してきた由雉には、その何かが少しわかるような気がした。
「そんな時ハニーに、ミチルに出会った…」
「えっ…?」
 由雉が少し驚いたように、ハヤテの方を振り向く。
「彼女はいつも君の話をした…優しい笑顔で君のことを語った…」
「えっ…?」
 ハヤテの言葉に、由雉が戸惑うように声を漏らす。
「僕が新作の羽根を見せれば、いつも“由雉が見たら喜びそうだ”と優しく笑ったよ」
「……。」
 昨日ミチルに放った心無い言葉を思い出し、由雉がどこか悲しげに俯く。
「彼女は僕の思い描いていた母親像そのもの…そして君たちは僕が思い描いていた親子像そのものだ…」
 ハヤテが穏やかに微笑む。
「君たちと…家族になりたいと思った…」
「……っ」
 ハヤテのその言葉が、由雉の胸に小さな衝動を走らせた。
「そっ…そのっ…」
「まぁ君が嫌なら無理強いはしないさっ!安心してくれたまえっ!」
「えっ…?ちょっと待っ…!」
「羽根を運び出すぞぉぉっ!!」
『……っ』
 泥棒たちの声に、由雉とハヤテが同時に振り向く。倉庫の大きな扉が開き、荷車に積まれた大量の羽根が、外に待つトラックへと運び込まれようとしていた。
「ああっ!僕の大事な羽根さんたちがっ…!!」
「……っ」
「さてとっ…」
 嘆くハヤテと厳しい表情を見せる由雉の元へ、ゆっくりと先ほどのボス男がやって来る。
「こっちも運び出さないとなぁっ」
「羽根をどうするつもりなわけ?」
 マスクの奥から少しだけ見える口元を怪しげに笑わせるボス男に、由雉が鋭く問いかける。
「なぁ〜にっ、鬼人退治に躍起になってる連中に高値で売りつけるのさっ」
「そういうの、悪徳商法っていうんだよ?」
「知ってるさっ。さてっ」
『……っ!』
 ボス男が懐からナイフを取り出す。光る刃先に、少し表情を曇らせる由雉とハヤテ。
「ハネキング様は今度の商売のために生かしておくとして…そっちの坊やにはここで死んでもらおうかっ」
「……っ」
 向けられるナイフに、厳しい表情を見せる由雉。
「待てっ!!」
『……っ?』
 そう言って強くボス男を止めたのは、ハヤテであった。
「マイソンには手を出すなっ!殺すのなら僕を殺せっ!!」
「……っ!」
 ハヤテの必死の言葉に、由雉が大きく目を見開く。
「ハヤっ…」
「って一度言ってみたかったんだよねぇ〜っ!!」
「言ってみたかっただけかっ!!」
 言った自分に陶酔するハヤテに、由雉が怒りを全開にして怒鳴りあげる。
「じゃあまぁ、満場一致で殺していいみたいだなぁっ」
「クっ…!」
 ナイフを構えて歩み寄ってくるボス男に、険しい表情となる由雉。
「ああ〜っ!!このままではマイソンがぁぁ〜っ!!」
「んっ?」
 慌てふためいているハヤテのズボンのポケットから、何かが少し顔を出した。
「あっ…!」
 その何かを見て、思いついたような表情となる由雉。
「ちょっとっ!左足思いっきり上げてっ!」
「へぇっ?だがマイソン、今はコザックダンスをしてる場合じゃっ…」
「いいから早くっ!!」
「わっわかったよ、マイソンっ」
 由雉に急かされ、ハヤテが高々と左足を上げる。
『んっ?』
 ハヤテが左足を上げると、ズボンの左側のポケットから何やら薄っぺらいものが地面へと落ちた。ハヤテとボス男がそれぞれ目を見張る。
「あっ!!」
「白い羽根っ…?」
 そう、地面へと落ちたのは、一枚の白い羽根であった。
「……っ!」
 由雉が何とか動く右手を、落ちた白い羽根へと伸ばす。

――この羽はねぇっ!どんな色の羽根にも変えられ、かつ繰り返し使える万能品なんだよっっ!!――

「“染羽”…」
 右手でしっかりと白い羽根を掴む由雉。
「チっ…!クソっ…!」
 羽根を掴んだ由雉を見て、ボス男が慌ててナイフを由雉へと振り下ろす。
「“彩”っ…!」
「何っ…!?」
 白い羽根が、徐々に赤く染まっていく。
「“滅羽”っ!!」
 赤く染まった羽根を、由雉が括り付けられている柱へと突き刺す。

――バァァァァーンッ!

「うわああああっ!!」
 強い光を放って消える柱に、ボス男が思わず吹き飛ばされる。
「うっ…ううっ…」
「ふぅ〜っ」
「……っ?」
 吹き飛ばされたボス男がゆっくりと起き上がると、消えた柱のすぐ近くの辺りに、縄から解放された由雉とハヤテが立っていた。
「ああ〜窮屈だったっ」
「素晴らしい“染羽”の使いっぷりだよっ!マイソンっ!!」
「はいはいっ」
 目を輝かせているハヤテを、由雉が面倒臭そうにあしらう。
「クソっ…!!」
「……っ」
 ナイフを捨て、衝撃銃を構えるボス男。由雉が目つきを鋭くして、再び染羽を構える。
「“彩”っ…“裂羽”っ!!」
「……っ!」
 今度は青く染まった染羽を、由雉がボス男へと投げ放つ。
「うわああああっ!!」
 裂羽を直に受け、力なく後方へと倒れていくボス男。
「うっ…うぐっ…」
 倒れたボス男が、白目を剥いて気絶する。
「ふぅっ」
「やっぱり君は最高だぁぁっ!!マイソンっ!!」
「ソン言うな。ってかうるさいっ」
 テンション上がりまくりのハヤテに、由雉は少し冷たい瞳を向けた。

「ボっ…ボスがヤラれたっ…!」
「逃げろぉぉーっ!!」
 ボス男が倒されたのを見て、子分の泥棒たちが倉庫の外へと逃げ去っていく。
『ういっ!?』
「……。」
 外へ飛び出した泥棒たちを出迎える、一つの人影。
「どうもっ」
 それは三日月を構えた、爽やか笑顔の輝矢であった。
「どけぇぇっ!女ぁぁっ!!」
「どかなきゃ殺すぞぉっ!!」
 ナイフや銃を構えて、輝矢へと向かってくる泥棒たち。
「竹取輝矢っ…」
 輝矢が怪しげに笑う。
「泥棒退治、いたしますっ」
『へっ…?』
 輝矢が素早く泥棒たちの方へと飛び出していく。
『うっぎゃあああああっ!!』
 次の瞬間、泥棒たちの悲痛な叫びが響き渡った。

「あぁ〜あ…不幸ぅ〜っ」
 輝矢に無残なまでにやられていく泥棒たちに少し同情するように呟きながら、由雉がボス男のすぐ近くに落ちていた染羽を拾い上げた。

――パァァァァーンッ!

「うわっ!」
 由雉が持ち上げた途端、染羽が粉々になって砕け散る。
「バラバラになっちゃったぁ」
「三回しかもたなかったかぁ。もうちょっと強度を上げないとなぁ」
 砕け散った染羽の一部を拾いながら、冷静な分析を行うハヤテ。
「次はもっといいものを渡せるように頑張るよっ!」
「……っ」
 優しい笑顔を見せるハヤテに、目を見開く由雉。
「あっ…あのさっ…」
「由雉っ!!」
「……っ?」
 ハヤテに何かを言おうとした由雉が、名を呼ばれて振り向く。
「ミチルさんっ」
「由雉っ!!」
 倉庫の外から由雉の元へと必死に走ってくるのはミチルであった。
「ちょちょっと待ってっ!そんなに走ったらっ…!」
「あらっ?」
 必死に走ってきていたミチルが、何もない床に躓く。
「きゃあああっ!!」
「あっちゃ〜っ…」
「相変わらず最高だぁっ!ハニぃぃっ!!」
 顔面から勢いよく転ぶミチルに、由雉が思わず頭を抱え、ハヤテが黄色い声を出す。
「だから言わんこっちゃないっ。大丈夫?」
 転んだミチルの元へと駆け寄り、手を差し伸べる由雉。
「由雉っ!!」
「うわっ!」
 勢いよく起き上がるミチルに、由雉が少し驚かされる。
「怪我はないっ!?」
「ミチルさんよりはないよっ…」
 額に大きな擦り傷を作りつつも問いかけてくるミチルに、少し呆れた表情で答える由雉。
「良かった…」
「……っ」
 ホッとしたように穏やかに微笑むミチルに、由雉がそっと目を細める。
「ハヤテさんもご無事でっ…」
「ハッハッハっ!マイソンの活躍のお陰でピンピンしてるよっ!!」
「良かったっ…」
「……。」
 ミチルとハヤテのやり取りを見つめ、由雉が意を決したような表情となる。
「ハヤテさん…」
「へっ?」
 初めて呼ばれる名に、ハヤテが少し意外そうに由雉を見る。
「ハッハッハっ!マイソンっ!!照れずともパピーと呼んでくれればっ…!」
「ミチルさんを…幸せにしてあげて下さい…」
「……っ」
「由雉っ…」
 深々と頭を下げる由雉に、驚いた表情を見せるハヤテとミチル。

「由雉…」
「……。」
 幸コや輝矢たちも、倉庫の外からその様子を見守る。

「……顔を上げてくれたまえ…」
「……。」
 目の前に立って言うハヤテに、由雉がゆっくりと顔を上げた。
「一緒に幸せになろう…由雉…」
「……っ」
 穏やかな笑顔を浮かべたハヤテから、差し出される右手。由雉が少し戸惑うようにハヤテを見る。
「……うんっ」
 すぐに笑顔となり、由雉はそのハヤテの手を取った。
「大好きだぁっ!マイソぉーンっ!!」
「ぎゃあああっ!!やめろぉぉっ!!」
「フフっ」
 勢いよく抱きつくハヤテに、必死に嫌がる由雉。そんな二人を見て、ミチルが優しく笑う。

「めでたしめでたしぃ〜やなっ」
「ええっ」
 出来立てホヤホヤのシアワセ家族に、輝矢たちも皆、笑顔をこぼした。

 その後、泥棒たちは街の警備隊に逮捕され、幸ノ街に再び、平穏が戻った。




 翌朝。幸ノ街中心部・『羽根屋』。
「これが“電羽”といっていつでも電気の使える羽根っ!これが“合羽”といって雨避けになる羽根っ!」
「……。」
「で、これがぁ“マッ羽”といって足が超高速になる羽根だぁっ!!」
「……。」
 次々と色とりどりの変わった形の羽根を取り出し、一つずつ解説していく何とも楽しそうな『羽根屋』の主人・ハヤテ。その目の前でどこかうんざりした表情を見せているのは由雉である。
「まぁすべて試作品だけどねぇっ!あっ!それからぁっ…!」
「まだあるわけっ…?」
 またもや店奥から何かを出してくるハヤテに、さらにうんざり顔となる由雉。並んでいる羽根の数からして、もうかなりの羽根の説明を受けてきたのであろう。
「幸之助クンっ!」
「はいはぁ〜いっ!!」
「これっ!注文を受けていた“裂羽”千枚枚に“滅羽”千枚枚に“癒羽”三千枚ねぇっ!!」
「はっ?」
 目の前にてんこ盛りに積まれる赤、青、黄色の羽根を見て、由雉が大口を開ける。
「なっ…何っ…?この羽根っ…」
「へっ?だからぁ、注文を受けていただねぇっ」
「ボクが注文したのは“裂羽”五十枚に“滅羽”三十枚に“癒羽”百枚でしょっ!?全然数合ってないよっ!」
「そんな生半可な数じゃ足りないよっ!マイソンに何かあっては困るからねっ!!」
「ってかこんなに大量な羽根っ!どうやって持ち歩くのさっ!!」
 すでに親ばかモード全開のハヤテと、うんざりした表情で言い争う由雉。
「微笑ましい限りやねぇ〜」
「今は少し、父親に逆らってみたくなるお年頃ですからね」
「どこの年寄りだっ、お前ら…」
 由雉とハヤテの様子を見てまったりと語り合っている輝矢とモンキに、ハチが呆れた表情で突っ込みを入れる。
「持ち歩きのことなら平気さっ!マイソンっ!!」
「へっ?」
「君にはあぁ〜んなにたっくさんの荷物持ちがいるじゃないかっ!!」
『えっ…?』
 ハヤテが指差したのはもちろん、輝矢、ハチ、モンキの三人。
『何ぃぃっ!?』
 ハチとモンキが思わず叫び声をあげる。
「あっ、それもそっかぁ〜」
『おいっ!!』
 意外とノリ気の由雉に、勢いよく突っ込みを入れるハチとモンキ。
「マイソンが何一つ苦労しないよう、マイソンのこと、しっかりと頼むよ!ガールたちっ!!」
「……っ」
 偉そうに肩を叩いてくるハヤテに、輝矢の表情が一気に凍りつく。
「ほうっ…」
『げっ…!』
 冷たさを感じる輝矢の声に、危険を感じて表情を引きつるハチ、モンキ、由雉。
「私に上から目線でモノを頼むとは…イイ度胸ですねぇ…ハネキング…」
「へっ?」
 輝矢から溢れ出る怒りのオーラを、ハヤテもさすがにキャッチして顔を引きつる。
「二度と羽根など造れなくして差し上げましょうか…」
「ひええええっ!!」
「ああ〜っ!ハヤテさぁ〜んっ!!」
「待ってぇ〜っ!輝矢ん!ユッキーの幸せがぁ〜っ!!」
「落ち着けぇっ!輝矢ぁぁっ!!」
 輝矢の殺意に、悲鳴をあげるハヤテ。幸之助も悲鳴をあげ、ハチとモンキが必死に輝矢を止める。

「あぁ〜あ、もうっ…」
 そんな飼い主と父親の攻防に、疲れきった様子で肩を落とす由雉。
「良かったねっ」
「えっ?」
 由雉が振り向くと、そこには笑顔の幸コが立っていた。
「家族が増えてっ」
「……うるさいだけだよっ」
「またまたぁ〜素直じゃないなぁ」
 素っ気なく答える由雉に、幸コが笑顔を向ける。
「ありがとうねっ、幸コ」
「えっ?」
 急に礼を言う由雉に、幸コが目を丸くする。
「何が?」
「うぅ〜ん…何か色々っ?」
「……っ」
 穏やかな笑顔を見せる由雉を見て、幸コが少し目を細める。
「……あっあのねっ、由雉」
「んっ?」
 どこか改まったように切り出す幸コに、由雉がハヤテたちの方を見たまま聞き返す。
「私、ミチルさんとハヤテさん見てて思ったんだっ。私もあんな風に幸せになれたらなぁ〜って…」
 言葉を続けながら、幸コが徐々に頬を赤く染めていく。
「出来ればっ…由雉と一っ…!」
「あっ!ミチルさぁ〜んっ!」
「だああああっ!!」
 幸コの言葉の途中で、やって来たミチルの方へと駆けて行ってしまう由雉に、幸コが勢いよくズッコケる。
「……そうよね…私ってこうゆうキャラっ…」
 落ち込んだように呟く幸コ。
「俺がおるでぇっ!さっちこちゃぁ〜んっ!!」
「ううんっ!諦めずに頑張らなくちゃっ!おぉーうっ!!」
「あれっ?さっちこちゃ〜んっ?」
 モンキのアピールを無視して、幸コは強く気合いを入れる。

「ミチルさんっ!」
「はい、これっ。お弁当のササミチーズ」
「ありがとっ」
 ミチルから大量のササミチーズを受け取り、笑顔を見せる由雉。
「気をつけてね」
「うん」
「寂しくなったらすぐに会いに行くよっ!僕がっ!!」
「来なくていいよ…」
 大きな声で言い放つハヤテに、由雉がうんざりした顔で答える。
「ミチルさんのこと、頼むからねっ?」
「父にどぉーんと任せておきたまえっ!マイソンっ!!」
「じゃあっ…」
 由雉がミチルとハヤテの方をまっすぐに見つめる。
「行ってきますっ。父さん、母さんっ」
『……っ』
 由雉の言葉に、驚いた様子で大きく目を見開くミチルとハヤテ。
「うおおぉぉっ!!愛してるよぉっ!!マイソンっ!!」
「だあああっ!!やめろぉぉっ!!」
 抱きついてくるハヤテに、必死に抵抗する由雉。


 父と母に見送られ、由雉は再び幸福の街を旅立った。



                                    其の二十一につづく。
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