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第17章 裏切りの一族

 輝矢たちが虎国へとやって来た、翌朝。虎国主・白雪虎克の屋敷。
「はぁーいっ!とっとと起きた!起きたぁーっ!!」
『んんっ…』
 輝矢たちの眠る客間に飛び込んできて、いきなり大きな声を出して手を叩いているのは白雪。その音に、並んだベッドに寝ていた輝矢たちがゆっくりと目を覚ます。
「もう…朝ですかっ…?」
 輝矢が目をこすりながら、ダルそうに起き上がる。
「ええっ!五時よっ!」
『早えぇーよっ!!』
 寝起きのわりに声を揃えてしっかりと突っ込むハチ、モンキ、ユキジの三匹。
「だってぇ鬼人化の調査に行くんでしょ〜?とっとと起きてとっとと動かないとダメじゃないっ!」
「何かめっちゃ仕切ってるねぇ」
「ああいう独りよがりな女ほど、仕切ってみたくなるものなんです」
「うっさいわねっ!!」
 輝矢とユキジの小声の会話にも、しっかり耳を立てて怒鳴り返す白雪。
「ふわぁ〜あ、仕方ねぇ。起きるかぁ」
「あっ、桜時様っ!お目覚めのキッスはどぉ〜おっ?」
「いらねぇーよっ!!」
「そうですよ。ハチは私のキッスだけで間に合ってるんです」
「お前のもいらねぇーよっ!!」
 輝矢と白雪に囲まれ、朝から全開で怒鳴りまくるハチ。
「失礼するっスぅ〜っ」
 そこへゴンとともに別室で休んでいた羊スケが入ってくる。
「あれっ?ゴンさん、来てないっスかぁ〜?」
『えっ?』
 部屋を見回しながらそう言う羊スケに、寝起きの皆が目を丸くする。
「来てねぇーけど?」
「何やぁ?ゴンゴンのヤツ、おらんのかぁ?」
「はいっ。朝、俺が起きたらもう部屋にはいなくてっ」
「……っ」
 ハチたちと羊スケの会話を聞き、少し眉をひそめる輝矢。
「屋敷内で迷子にでもなってるのかしら?鈴白、芹っ」
『はっ!』
 白雪が名を呼ぶと、どこからともなく鈴白と芹が現れる。
「屋敷内にはおられません」
「外へお出掛けになったのではないでしょうか」
「ですって」
「お出掛けぇ?」
 二人の報告に、羊スケが大きく首をかしげる。
「こんな朝早くからっスかぁ〜?」
「もう調査にいっちゃったんじゃないのぉ〜?あの人、単独行動とか好きそうじゃんっ」
「確かに好きっスけどぉ…行く時はいっつも声かけてから行くのになぁ〜っ」
「……。」
 戸惑うようにさらに首をかしげる羊スケの言葉を聞きながら、そっと俯く輝矢。

――共に理想の一族を作ろうぞ…ゴン…――

「……っ」
 昨夜の紺染の言葉が、輝矢の脳裏に過ぎった。




 朝食を終えたハチたちは、白雪の案内の元、鬼人化人間の情報を得るため、街に聞き込みに出た。
「おっ!白雪姫っ!」
『……っ?』
 通りを歩いていると沿いにある店の主人らしき男が、軽い口調で白雪に声をかける。
「昨日の侵入者ってのっ、姫のお客だったんだってぇ〜っ?手荒なマネしちまって悪かったなぁっ!」
「まったくだわっ」
 そんな親しげに話しかけてくる男に、笑顔を向ける白雪。
「おっ!白雪姫っ!そっちのイヌさんっ、雀国の王子なんだってぇ?姫もスミにおけないねぇ〜っ!」
「はっ…?」
「結婚披露宴は私たちが盛大にやったげるからねぇ〜っ!姫サマっ!」
「はぁっ!?」
 次々と白雪に声をかけてくる街人の言葉に、いちいち口を開けて驚くハチ。
「みんなっ、ありがとうっ!白雪っ、幸せになるわぁっ!」
「はぁぁっ!?」
 幸せの溢れたような笑顔で街人に手を振る白雪に、ハチの表情が歪みまくる。
「お前っ、街人に俺らのこと、なんて説明したんだよっ?」
「えっ?“白雪の婚約者・桜時様とその一行”ってっ!」
「あのなぁっ…」
 笑顔で答える白雪に、ハチががっくりと肩を落とす。
「んでぇっ?姫っ!明日の夜は二人で“アレ”を見るのかいっ!?」
「アレっ?」
 街人の言葉に、首をかしげるハチ。
「ええぇ〜っ?“アレ”、明日なのぉ〜っ?超ラッキーっ!」
「そりゃまた都合のイイ時にぃっ」
「きっと神様が二人を導いて下さってんのよぉ〜っ!」
「やっぱりぃ〜っ!」
「おっおいっ!」
「……っ?」
 街人たちに持てはやされ、浮かれきった笑みを浮べている白雪にハチが声をかける。
「なぁ〜にぃ〜っ?ダーリンっ!」
「誰がダーリンだっ!!ってか、“アレ”って何だよっ?」
「えっ?ああっ!」
 ハチの問いかけに、何やら嬉しそうに微笑む白雪。
「この辺りではねっ、満月の夜、月の光に反射して七色の雪の降る“ムーンスター”って現象があるのっ」
「ムーンスター?」
「そうっ!それを一緒に見たカップルはぁ、必ず結ばれるってゆー素敵な言い伝えまであるのよっ!!」
「へぇ〜っ…」
 目を輝かせる白雪に対し、まったく興味なさそうに頷くハチ。
「明日はちょうど満月らしいからぁ、一緒にムーンスター見ましょううねっ!桜時様っ!」
「見ねぇーよっ!!」
 白雪の誘いを、ハチが勢いよく断る。
「きゃあっ!照れた顔も可愛いっ!」
「照れてねぇっ!ぎゃああああっ!!」
『ヒューっ!ヒューっ!』
 白雪に抱きつかれ、ハチが気絶寸前の悲鳴をあげる中、街人たちからは祝福の声が飛ぶ。
「あぁ〜あぁ〜、輝矢がいないからってやりたい放題だね。白雪っ」
「せやなぁ〜って、その輝矢んはどこ行ったん?」
「羊スケと街の周囲の見回りだってぇ〜ついでにゴンも探してくるとか言ってたよぉ」
「ああぁ〜、そういやゴンゴンも行方不明中やったなぁ」
「ってか、お前らちっとは助けろよっ!!」
『へっ?』
 暢気に話していたモンキとユキジの元へ、白雪の手の中からやっとこさ避難してきたらしきボロボロのハチがやって来て、勢いよく怒鳴る。
「ったくっ、人が…ってかイヌがピンチだっつーのに、暢気にしゃべりやがってっ!」
「あっ、ピンチだったのぉ〜?」
「俺にとっては代わって欲しいくらい羨ましいこっちゃけどなぁ〜」
 不機嫌なハチに対し、モンキとユキジはわりと興味なさそうに答える。

「おっ!白雪姫っ!今日はいぃ〜い肉が入ったんだっ!持ってかないかいっ?」
「ウチの卵も持ってっておくれよっ!姫っ!」
「こっちもっ!」
「ウチもあげるよっ!姫っ!!」
「ありがとっ!みんなっ、ありがとっ!」
『……。』
 街人たちから次々に物を貰う白雪の姿を見て、少し驚いたような表情を見せるハチたち3匹。
「意外と人気あんねんなぁ」
「猫かぶってんじゃないのぉ〜?トラだしぃ」
「俺なんか国の人間に顔も知られてねぇーのになぁ」
「それは桜時がイヌで、そのこと朱実が隠してたからでしょ?」
「ううっ…」
 ユキジの厳しい言葉に、少し落ち込むハチ。
「まぁ桜時はともかくとしても、一般人とお姫様にしては親し過ぎるよねぇ〜」
「あっれが姫様のいい所なんだぁっ」
『……っ?』
 あれこれと話をしていたハチたちに、街人らしき中年男が声をかけてきた。
「人見知りの激しいご両親に代わって俺らと交流を深めようと、ああやって何度も街に足を運ばれててなぁ」
「へぇっ」
 男の言葉に、感心するように声を漏らすユキジ。
「こんな雪に覆われた何の外交もない国だ。街に問題は度々起こる。だがっ」
 笑顔で白雪を見つめる男。
「その度に姫様は街の人間の話を親身になって聞いてくれて、国主にその対策を掛け合ってくれたのよっ」
「……っ」
「街の人間にとっちゃあ、姫様は神ってトコだなっ!アッハッハっ!」
「……すげぇなっ…」
 ポツリと言葉を漏らすハチ。白雪のやって来たことがどれほど大変なことであるのか、国主を務める朱実家にいたハチにはよくわかる。並大抵の努力でできることではない。
「と、いうわけでぇ、姫様を幸せにしてやってくれっ!!」
「それはちょっと…」
 目を輝かせて手を取ってくる男に、気まずそうに目を背けるハチ。
「我らが姫様の幸せを頼んだぁ〜っ!!」
「だからぁっ…!」
「そうそうっ!あぁ〜んなコンソメとか何とかゆーヤツより、よっぽど姫様の方が信用できるよなぁ〜っ!」
「……っ?」
 横から口を挟んできた、まだ若い男の言葉に眉をひそめるハチ。
「コンソメって、あの副国主とかいう?」
「あっ?ああっ!俺はあぁ〜んな胡散臭いヤツ、全っ然、信用してねぇーっ!」
「止せっ!国主の耳にでも入ったらっ…」
「うっせぇなぁっ!国主もどうかしてんだよっ!!あんなキツネヤローを信用するなんてっ…!」
「キツネっ…?」
 男の言葉に、ハチが少しハッとした表情を見せる。
「あんな“裏切りの一族”っ…!」
「裏切りっ…?」

――バァァァァーンッ!

『……っ!』
 突如、聞こえてくる大きな破壊音に、白雪やハチたちが一斉に振り向く。
「なっ…何やぁっ?」
「きゃああああっ!!」
「うわああああっ!!」
『……っ!』
「悲鳴っ…?」
 破壊音のした方から、尋常ではない悲鳴が聞こえてくると、皆の表情が一斉に強張る。
「クっ…!」
「あっ…!白雪っ…!」
 強く拳を握り締め、一人、悲鳴の聞こえた方へと駆け出していってしまう白雪。
「ボクたちも行こうっ!」
「ああっ…!」
 ハチたちも急いで、白雪の後を追う。


「ハァっ!ハァっ!ハァっ!」
 ドレスの裾を持ち上げ、ヒールの靴を全力で走らせる白雪。
「……っ!」
 道の前方に、粉々に破壊された家が見えてくる。
「どうしたのっ…!?うっ…!」
 壊れた家の前で止まり、振り向いた白雪の表情が凍りつく。
「どうしたっ!?」
「何やっ!?何やっ!?」
 白雪の元へと駆けつけるハチたち。
『なっ…!!』
 ハチたちも大きく目を見開く。
「あれはっ…」
「グワアアアッ!!」
「鬼人っ…」
 そこには、赤々とした皮膚に金色の角を持った、巨大な鬼が立っていた。




 その頃、虎国・北のはずれ。
「どこにもいないっスねぇ〜ゴンさぁ〜んっ」
 雪に覆われた森を見回しながら、羊スケが肩を落とし気味に呟く。
「まったくどこ行っちゃったんだかっ…」
「……。」
「って、聞いてるっスかぁ〜?輝矢さぁ〜んっ」
 羊スケの言葉にまったく答えることなく、森を徘徊しながら何かを探している様子の輝矢に、羊スケが少し不満げな顔で言い放った。
「聞いていますよ。答える必要性を感じていないだけで」
「ヒドい言われようっスねっ…」
 切り捨てるような輝矢の言葉に、羊スケはさらに肩を落とした。
「だいたいさっきから何を探してっ…」
「あっ」
「……っ?」
 歩き回っていた輝矢が、何かを見つけたような表情を見せて立ち止まる。その様子に首をかしげる羊スケ。
「これはっ…」
「何かあったんスかぁ〜?」
 輝矢の見下ろした先に、地面に積もった雪に刻まれたくぼみがあった。
「足跡っ…?」
「……っ!輝矢さんっ!危ないっ!」
「えっ…?」
「グワアアアアアアッ!!」
「……っ!」
 危機迫った羊スケの声に輝矢が振り向くと、後方には輝矢に向かって爪を振り下ろしてくる巨大な赤鬼の姿。
「“月器っ…!」
 輝矢が素早く右耳のピアスを弾く。
「三日月”っ…!」
 目覚めさせた三日月を、赤鬼に向かって勢いよく振るう。
「ギャアアアッ!!」
 三日月に鋭く斬り裂かれ、激しい断末魔とともに砂となって掻き消える赤鬼。
「ふぅっ…」
「グワアアアアッ!!」
「……っ!もう一匹っ…!?」
 一息ついていた輝矢の後方から、さらに飛びかかってくる赤鬼がもう一匹。
「ガアアアアアアッ!!」
「クっ…!」
 迫り来る鋭い爪に、輝矢が必死に三日月を構え直す。
「“羊々ボール”っ!」
「グガっ…?」
「……っ?」
 横から飛んで来た綿飴のような白い玉が、赤鬼の右手にくっ付き、鋭い爪を覆い隠す。その玉に戸惑いを見せる赤鬼と輝矢。
「今のうちっスよぉ〜っ!輝矢さぁ〜んっ!」
「羊スケっ」
 そう言って輝矢に手を振る羊スケ。
「グガッ…?グガガガッ…!」
「……っ」
 羊々ボールを取ることが出来ずに苦戦している赤鬼を見て、輝矢が素早く三日月を構える。
「三日月っ…!」
「グガッ…!!」

――……………………っ!!

「ギャアアアアアッ!!」
 激しい断末魔を残して、もう一匹の赤鬼も砂となって掻き消えた。
「今度こそっ…いないですか?」
 輝矢が周囲を見回しながら、月器をピアスへと戻す。
「輝矢さぁ〜んっ!大丈夫っスかぁ〜?」
 羊スケが輝矢の元へと駆け寄ってくる。
「私が赤鬼などに負けるはずがないでしょう?」
「俺の羊々ボールなかったら、ヤバかったっスよね…?」
 自信満々に答える輝矢に、呆れた表情を向ける羊スケ。
「でっ、今のヤツらは鬼人化人間っスかっ?」
「いえっ、鬼人化人間なら死ぬ前に一度、元の人間の姿に戻ります。今の二匹はごく普通の鬼人でしょう」
「じゃあ今回の件には関係なさそうっスねぇ〜」
「……。」
 少し残念そうに呟く羊スケの言葉を聞きながら、先ほどの地面に残る足跡を見下ろす輝矢。巨大で歪な足跡は、おそらくは鬼人のもの。
「……っ」
 とある山の山頂付近へと続く足跡を見て、輝矢は少し厳しい表情を見せた。
「とにかく一旦、街へ戻りましょうかっ。ゴンさんも見つからないっスしっ」
「……そうですねっ…」




「鬼人っ…」
 虎国の街に突如として現れた赤鬼。その現場に駆けつけたハチ、モンキ、ユキジ、そして白雪。
「鬼人化したヤツかっ…!?」
「さぁなっ…!」

――ボォォォォ〜ンッ!

 ハチとモンキが素早く人化し、それぞれ村雨丸と如意棒を構える。

「ひっ…姫…様っ…」
「……っ?」
 弱々しくか細い声に、白雪が振り向く。
「……っ!」
 白雪が振り向いた先には、傷つき倒れている数人の街人の姿があった。
「姫っ…様っ…」
「逃げ…てっ…」
「……っ」
 傷ついたその状況で白雪の身を案じる街人たち。白雪が唇を噛み締め、拳を握る手に力を込める。
「グハアッハァ〜ッ!!お前っ、虎国の姫なのかぁ〜っ!そりゃあ好都合っ!!」
 鋭い爪を日の光に輝かせた赤鬼が、高々と笑い上げる。
「お前を人質に、この国を乗っ取ってやろうっ!!」
『……っ!』
 赤鬼の言葉に、桜時と門貴が表情を鋭くして、村雨丸と如意棒を構える。
「由雉っ、怪我人の手当てをっ!」
「はいはいっ」
 桜時に言われ、ユキジが人化して怪我人の元へと駆け寄っていく。
「白雪っ、お前は下がってろっ!」
「白雪ちゃ〜んっ!俺が守ってあげるからねぇ〜っ!」
「……っ」
 二人の言葉を聞いた白雪が、勢いよく顔を上げる。
「がああああっ!!」
『うおおおっ!!』
 急に獣のような叫び声をあげる白雪に、ビビったように後退する桜時と門貴。
「どっ…どないしたんやっ?白雪ちゃんっ」
「虎化もしてないのに虎になったかっ…?」
「……折角の桜時様のお言葉だけどっ…遠慮しておくわっ」
「へっ?」
「桜時様とサルは下がっててっ」
『えっ?』
 そう言って前へ出る白雪に、目を丸くする桜時と門貴。
「でもぉ〜白雪ちゃ〜んっ」
「いいから下がってろっ!!」
「はい…」
 白雪の気迫に押され、門貴が大人しく如意棒を下ろして下がる。
「おおっ?姫様、直々のお相手かぁ?光栄だなぁ〜っ!」
「よっくも人の国で、こんな騒ぎ起こしてくれたわねぇ…」
 余裕の笑みを浮べる赤鬼に対し、鋭く突き刺さるような瞳を向ける白雪。
「死んで償いなさいっ!!“雪時雨”っ!!」
 白雪が両手から吹雪を放つ。
「グハアッハァァァ〜ッ!雪などこの俺に効くかぁっ!“鬼炎”っ!!」
 赤鬼が大口を開き、赤々とした炎を放つ。

――バァァァァーンッ!

 白雪の吹雪と赤鬼の炎がぶつかり合う。
「そういや赤鬼は“火力”を使うんだったっ!」
「あかんっ!炎相手じゃ白雪ちゃんの雪も溶かされてまうわぁ〜っ!」
 鬼炎に押し負けていく雪時雨に、桜時と門貴が表情を引きつる。

「クっ…!」
 やがて白雪の雪時雨は、鬼炎に蒸発して掻き消された。その光景に白雪が少し眉をひそめながら、飛んで来た鬼炎を横に飛んで避ける。
「グハアッハァァァ〜ッ!残念だったなっ!!俺に雪は効かっ…!」
「貴方こそっ…残念だったわねっ…」
「何っ…!?」
 白雪の言葉に、赤鬼が眉をひそめる。
「ここは雪の国よっ…」
「グハアッハァァァァ〜ッ!それがどうしっ…!」

――パァァァーンッ!

「んなっ…!!」
 赤鬼が笑い飛ばそうとしたその瞬間、赤鬼の足元の雪が、噴き出すように舞い上がる。
「こっ…これはっ…!」
「……“雪柱”っ…」
「ううっ…!!」
 赤鬼が足元から凍っていき、その危機迫った表情のまま、全身氷付けとなっていく。
「……“天誅”っ」

――パリィィィーンッ!

 白雪がそう呟いた途端、赤鬼の氷像は粉々に砕き割れ、地面へと崩れ落ちた。


「私の国でっ…暴れたりするからよっ…」
 崩れ落ちた赤鬼の氷像を、白雪はそっと踏み砕いた。

『はぁ〜っ…』
 そんな白雪の戦いっぷりを、唖然として見つめる桜時と門貴。
「強っ!」
「考えてみりゃあ、輝矢と互角で戦ってたヤツだもんな…赤鬼くらいで苦戦するわきゃねぇーよなっ…」
 感心する門貴の横で、取り越し苦労に肩を落とす桜時。
「あっ…!みんなはっ…!?」
「もう平気ぃ〜っ」
「そうっ…」
 振り返った白雪が、由雉の答えにホッとしたように笑みをこぼす。由雉の癒羽により、傷つき倒れていた街の人たちは、すっかり全快で立ち上がっていた。
「貴方、けっこう使えるキジね。竹取輝矢と組むのなんてやめて、桜時様と一緒に私の所に来ないっ?」
「んん〜っ、待遇次第かなっ?」
「つーか俺っ、お前んトコ行くとか言ってねぇーしっ」
 白雪の勧誘に軽く答える由雉と、思わず突っ込みを入れる桜時。
「なぁ〜?コイツ、鬼人化人間かなぁ〜?」
『……っ?』
 氷の破片となった赤鬼を見下ろしながら問いかける門貴に、桜時たちが振り返る。
「そうとは限らないんじゃないぃ〜?言動は何となく普通の鬼人っぽかったしぃ」
「倒した後、人間の姿に戻んなかったしな」
「じゃあフツーに鬼人が出ただけかぁ」
「フツーに鬼人がっ…」
 門貴の言葉を、白雪が眉をひそめて繰り返す。
「それはおかしいわねっ…国の周りには見張りを付けてるから、街に鬼人なんて入れっこないはずなのに…」
『えっ…?』
 白雪の言葉に、桜時たちも眉をひそめる。
「見張りがサボってたんじゃないのぉ?」
「そんなはずはっ…んっ?」
 由雉の問いかけに答えようとしていた白雪が、近くの建物の陰に人影を見つける。
「あれはっ…」
「……っ」
 白雪と目が合った途端、焦った様子でその場から逃げ去っていくとある人物。
「ギンっ…?」
 国の出口側へと去っていくギンに、白雪は表情を曇らせた。





 十分後。白雪の屋敷。
「紺染っ!!こらああっ!!」
 屋敷の扉を勢いよく開けて、白雪が玄関で怒鳴りあげる。
「どこだあああっ!?紺染ぇぇっ!!おらあああっ!!」
「押し入りじゃねぇーんだからっ…」
「今時、押し入りでももうちょっと丁寧だよぉ」
 そんな白雪に呆れた表情を向けながら、ハチたちも屋敷の中へと入ってくる。
「なっ…ななな何だぁ〜っ、ととと虎昌ちゃんかぁ〜っ…」
「……っ」
 玄関を入ってすぐの廊下に置いてある観葉植物の後ろから、そろそろと姿を現す虎克とマーサ。
「パパっ、てっきり例の取り立てかと思ってビビっちゃったよぉ〜っ」
「パパをビビらせちゃダメよぉ?虎昌ちゃ〜んっ」
「ってか、何だっ?例の取り立てって…」
 苦笑いをする虎昌に、疑いの目を向けるハチ。
「パパっ…」
「はっ…はははいっ…!」
 負のオーラを醸し出しながら歩み寄ってくる白雪に、危機を感じた虎克が背筋を伸ばして返事をする。
「……っ」
「ひいっ!!」
 白雪の手が肩に乗り、虎克が思わず震え上がる。
「紺染はどこっ…?」
「こっ…紺染っ?」
 白雪の問いかけに、戸惑った表情を見せる虎克。
「さっ…さぁ?きょっ…きょきょきょ今日はまだ見てないよ…なぁっ?」
「えっ、ええっ!ええっ!おっ…お部屋じゃないかしらぁ?」
「部屋ねっ」
 二人の言葉に、白雪が虎克の肩から手を下ろし、二人に背を向ける。
「ふぅ〜っ」
「大丈夫?パパっ」
 力尽きたように座り込む虎克に、心配そうに声をかけるマーサ。

「紺染の部屋は三階よっ」
「あっ…!ちょちょちょっ…!待てよっ!!」
 足早に階段を上っていく白雪を、慌てて追いかけるハチた三匹。
「あんま突っ走んなよっ!」
「そうだよぉ〜だいたいまだ紺染さんが関係してるかどうかなんてわかんなっ…」
「現場にギンがいたのよっ!?紺染の付き人の!!」
『うおっ!』
 勢いよく振り返る白雪に、思わず階段から落ちそうになる三匹。
「あんな街中まで鬼人が侵入するなんて、国にいる誰かが手引きしたとしか考えられないしっ!それにっ…」
『それにっ?』
 白雪の言葉に、三匹が眉をひそめる。
「私の第六感が前々から紺染を疑ってたのよっ!!」
『……。』
 自信満々に答える白雪に、ハチとユキジが呆れた表情で固まる。
「要は勘ってことか…」
「自分のことしか信じないタイプだよねぇ〜この人って」
「俺は信じるでぇ〜っ!!白雪ちゃぁ〜んっ!!」
「とにかくっ!!紺染の部屋に急ぐわよっ!!」
 あれこれといった言い合いを終え、再び紺染の部屋へと走る白雪とハチたち。階段を三階まで駆け上り、長い廊下の一番奥にある部屋へと飛び込む。

「紺染ぇぇっ!!」
 扉を蹴り壊して、中へと突入する白雪。
「って…」
 しかし、部屋の中は蛻のからで、紺染の姿どころか、物一つなかった。
「いないじゃないのぉっ!!」
「ぎゃぼおおおんっ!!」
 白雪が腹いせにモンキを殴り飛ばす。何もない部屋の奥へと、きれいに転がっていくモンキ。
「ううっ…これもっ…愛の試練っ…」
「相変わらずバカ言ってるよぉ」
 力尽きるモンキを見て、肩を落とすユキジ。
「どうなってんのよっ!?」
「ホント何もねぇーなぁ。夜逃げでもしたみてぇっ」
「ハッ!まさか銭湯疲れたんじゃ…!?」
「それを言うなら先手を打たれただろっ」
 白雪の言葉の間違いを、冷静に直すハチ。
「まぁそうだろうなぁ」
「きいぃぃ〜っ!!」
 ハチがあっさり頷くと、白雪が悔しげな雄たけびをあげながら頭を抱えた。
「んん〜っ」
「……?どうした?由雉っ」
 考え込むような唸り声を漏らすユキジに、ハチが声をかける。
「なぁ〜んか…あからさまだなぁと思って…」
「あからさまっ?」
「だってこれじゃあ、疑って下さいって言ってるようなもんじゃないっ」
「確かにっ…」
 ユキジの言葉に、ハチが少し表情を曇らせる。
「まぁとにかく何か仕掛けられる前に、とっとと紺染探さんとなぁ」
 モンキが部屋の中を見回しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「でもっ…何だって今になって紺染は動き出したのかしらっ…?」
『えっ?』
 白雪の言葉に、ハチたちが振り向く。
「もう十二年も虎国にいんのよっ?なのに急にっ…まるで桜時様たちが来るのに合わせたみたいっ」
「俺たちにっ…合わせた…?」
 その言葉を聞いた途端、ハチの頭に何やら嫌な予感が走った。

「白雪様っ」
「……っ?鈴白っ」
 そこに鈴白が現れる。
「この者が昨夜、紺染を見たと…」
「何ですって?」
 鈴白が横に立っている使用人らしき若い男を白雪の前に立たせる。眉をひそめて男を見る白雪。
「でっ?紺染は何をしてたのっ?」
「はぁっ、それがっ…」
「……っ?」
 顔色を覗うように少しハチたちの方を見る男に、ハチが眉をひそめる。
「そこの方々と一緒に来られた、目つきの鋭い黒服の方と何やらお話になっておられました…」
「ゴンとっ?」
 ハチたちが驚いたように目を見開く。
「はいっ…何やらよく知った仲のような感じでした…」
「ゴンと紺染がっ…知り合いっ?」
 男の話に、戸惑ったような表情を見せるハチ。
「そんなはずはっ…!」
「二人が落ち合って何らかの計画を実行したのだとすれば、紺染が急に動き出した理由も説明がつくわね…」
「……っ!」
 白雪の言葉に、ハチが顔をしかめる。
「ちょっと待ってくれよっ!ゴンはんなコトするヤツじゃっ…!」
「せやでぇっ!ゴンゴンは悪役顔やけど、ホンマに悪いことするようなヤツちゃうでぇっ!」
「腐ってもオトポリだしねぇ」
「……。」
 次々とゴンを庇うハチたちの言葉を聞きながら、徐々に表情を曇らせていく白雪。
「桜時様…」
「……っ?」
「あの人は…“キツネ”なんでしょ…?」
「えっ…?」
 白雪の急な問いかけに、ハチが戸惑ったような顔を見せる。
「何やっ?それがどうかしたんかっ?」
「やっぱりっ…」
『……っ?』
 肩を落とす白雪に、三匹が益々混乱した表情となる。
「ゴンがキツネだってことが何だってっ…」
「やっぱりなぁっ!!」
『……っ?』
 部屋の外から聞こえてくる声に、ハチや白雪が振り向く。
「アンタらはっ…」
 部屋の外に立っていたのは先ほど、ハチたちが街で話をした街人たちであった。けっこうな数の街人が、屋敷に押しかけてきたのか、集まっている。
「だっから言ったんだよっ!キツネなんて信用できねぇーってっ!!」
「キツネっ…」
「アイツらは“裏切りの一族”なんだからよぉっ!!」
「……っ」

――あんな“裏切りの一族”っ…!!――

 街で聞いた時からハチに引っ掛かっていたその言葉。
「アンタっ、さっきも同じこと言ってたけど、それってどういう意っ…」
「“狐族こぞく”という、一族があってね…」
「……っ?」
 街人に問いかけようとしたハチの言葉を遮って、白雪が話を始める。
「その一族は特定の故郷を持たないで、他の種族の国に入り込んでは、鬼人などの敵から身を守ったそうよ」
『……。』
 白雪の話を、静かに聞くハチたち。
「そして、身を隠しているその国に危害が及べば、迷うことなくその国を捨てたっ…」
「……っ」
 厳しい表情を見せる白雪に、眉をひそめるハチ。
「そのことから付いた呼び名が…“裏切りの一族”っ…」
「ゴンがっ…ゴンがその一族だってのかっ!?」
「私の調べた所によれば、狐族以外に狐人はいないわっ。そして紺染とギンも狐人っ…」
 白雪が鋭い目つきを見せる。
「二人が知り合いだったことも頷ける」
「……っ」
 白雪の話に、言い返す言葉もなく、ハチがそっと俯く。
「へぇ〜、“狐族”ですかぁ。よく調べましたねぇ、そんなことっ」
「ええっ、紺染が怪しいなって思い始めてから、散っ々、鈴白たちに調べさせっ…!って…」
 すらすらと答えていた白雪が、何かに気づき顔を上げる。
「竹取輝矢っ!!」
「自分で調べたわけでもないのに、よくそんなに偉そうに話せますよねぇ」
 いつの間にか隣に平然と立っている輝矢に、白雪がとても驚いた様子で声をあげる。
「ある意味、感心しますよ」
「うっさいわねっ!ってかアンタっ、いつの間に現れたのよっ!!」
「今、来ました」
 怒鳴りあげる白雪に、輝矢が笑顔で答える。
「かっ…輝矢っ!」
 ハチが大きな声で輝矢を呼ぶ。
「ご無沙汰してます、ハチ。寂しかったですか?」
「別に寂しかねぇーよっ!!って、それより大変なんだっ!」
 一応突っ込みを入れた後、困った表情を輝矢へと向けるハチ。
「ゴンっ…!ゴンが何か紺染とグルになって虎国に鬼人寄こしたんじゃないかみたいな話になっててっ…!」
「そうみたいですね」
 必死に説明するハチに対し、落ち着いた様子で頷く輝矢。
「お前からも何とか言っ…!」
「私も見ましたよ〜昨晩、ゴンと紺染が話してるところっ」
「へっ?」
 思いがけない輝矢の言葉に、目を丸くするハチ。
「“私の元へ来い”だの“一緒に理想の一族を作ろう”だの言われてましたよっ」
「やっぱりアイツもグルだったのかっ!!警察だとか何とか言って騙しやがってっ!」
「ほれ見ろっ!!キツネなんてどいつもコイツも一緒なんだよっ!」
 輝矢の話を聞き、ゴンへの不信感をさらに高める街の人々。
「おいっ!!何っ、ゴン悪人説を強めちゃってんだよっ!!」
「私は真実を述べただけですよ?」
 怒鳴るハチに、平然と答える輝矢。
「こうなったら羊スケっ!お前、ビシっと言ってやれ!お前の上司がどんなヤツかってことをっ!」
「へぇっ?」
 輝矢に見切りをつけたハチが、輝矢とともに来た羊スケへと振る。
「ああぁ〜っ、でも俺、まだゴンさんと付き合い浅いっスからぁ〜何とも言えないっスねぇ〜」
「だああああっ!!」
 特にゴンを庇おうとはしない羊スケに、ハチが勢いよくズッコケる。
「もういい!とりあえずまた鬼人が街に入らねぇーように街中の男共で警戒態勢取ろうっっ!!」
『おおっ!!』
「あっ…!おいっ!!」
 ゴンを敵と認識したまま、街人たちは警戒態勢を取るため、気合いを入れてその場を去っていった。必死に手を伸ばしたハチの声にも、最早止まることはなかった。

「あぁ〜あぁ〜行っちゃったぁ〜」
「白雪っ…!」
 ユキジが諦めたように肩を落とす中、ハチが訴えるように白雪の方を振り向く。
「いくら桜時様のお知り合いとはいえっ…この状況で彼を信用することはできないわっ」
「……っ」
 厳しい表情で言い放つ白雪に、ハチが表情を険しくする。
「私は紺染を探すわ。鈴白、貴方は皆に指示をして国周辺の警戒を」
「はいっ!」
「……。」
 ハチが何も言い返せず俯いて黙り込んでいるうちに、白雪と鈴白も素早く紺染の部屋を後にした。
「ったくぅ〜輝矢が妙なこと吹き込むからぁ〜」
「だから私は聞いたことをそのまま述べただけですって」
 非難するように言うユキジに、輝矢がまたもや平然と答える。
「でっ、ゴンはぁ?」
「ゴンゴンのヤツ、ホンマに紺染と手ぇ組んだんかぁ?」
「そんなこと私に聞いて、わかるはずがないでしょう?」
『えっ!?』
 輝矢の答えに驚いたように声を揃えるモンキとユキジ。
「なんでぇっ?いっつも輝矢ならそういうの予知能力みたいな感じでわかるじゃんっ」
「せやせやぁ〜っ!ゴンゴンの心ん中とか透視とかしたみたいに見透かしてなぁっ!」
「私はエスパーではありませんので」
「……。」
 輝矢とモンキたちの会話を聞きながら、そっと視線を落とすハチ。

――お前、家族はっ?――
――いねぇっ…初めっからいねぇ…――

「……裏切りの一族…か…」
 ゴンの言葉を思い出し、ハチはどこか悲しげに呟いた。





――物心がついた頃、俺は、住んでいた小さな街を自分の“故郷”だと思っていた。

「おうっ!ゴンちゃんっ!お遣いかいっ?偉いねぇっ!」
「うんっ!」
 何の特色があるわけでもなく、昔からその土地に住むいくつかの家庭が集まっただけの小さな街。そんな街でも、温かくて優しい人ばかりで俺は大好きだった。
でもある日、事件は起こった。
『グワアアアアッ!!』
「きゃああああああっ!!」
「うわああああっ!!」
 俺が六歳の頃、御伽界に謎の化け物“鬼人”が現れ始めた。鬼人たちは無差別に街や村を襲い、多くの人間が犠牲となっていた。そんな鬼人どもが俺たちの街も襲ってきたのだった。
「ゴンっ!急げっ!ゴンっ!!」
「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」
 鬼人が街を破壊する中、俺は一族の大人たちに手を引かれ、必死に走った。
「急げっ!川を下って逃げるぞっ!!」
「ああっ!!」
「……っ?」
 俺の走り着いた、逃げ道の確保された避難場所には、俺たち一族の姿だけしかなく、他の街の人間の姿は一人も見当たらなかった。
「ねっ…ねぇっ!他の人たちはっ!?」
「ああっ?」
 必死に喰らいつくように問いかけた俺に、一族の人間はこう言った。
「他人の命まで面倒見切れっかよっ」
「……っ!」

 その日初めて、俺は“裏切り”を知った…。

 それから色々な街や村に住みつき、鬼人に襲われる度に、街の人間を見捨てて逃げた。
「助けてぇっ!お願い!助けてぇっ!!」
「……っ」
「助けるな!一族の者だけが助かればそれでいいっ!!」
 “助けて”と伸ばされた手を、何度も振り払った。助けられた命を、何度も見殺しにした。
「裏切り者ぉぉっ!!」
「裏切り者っ…裏切り者っ!!」
「ううっ…!!」
 投げかけられるその言葉に、何度も耳を塞いだ。

 そうして俺は、何度も何度も“裏切り”を重ねた。一族の為なのだからと割り切って。
 でも、どんな街に住んでも、俺が“故郷”と思うことは二度となかった。
 いつだったか、一族の大人に問いかけたことがあった。“俺の両親はどうしたのか”と。それを聞いたその大人はこう言った。

「さぁなっ。どっかの街、逃げる時に死んだんじゃねぇーのぉ?んなのっ、いちいち覚えてらんねぇーよっ」

 冷たい言葉だった。

 俺がたくさんの人を傷つけてまで守った場所は、こんなにも冷たいものであったことを知った。


 そして数年後、桃タローが鬼人を倒して、世界に平和が戻り始めた頃。
「虎国へっ…?」
「ああ、鬼人の騒ぎも落ち着いたことじゃし、次はゆっくりと住める拠点がいいと思ってのぅ」
 たくさんの裏切りの果て、一族の数も減った。生き残りの一人で、その頃の一族で最も権限のあった紺染が、ある日、俺にそう言った。
「虎国なら寒さはキツいが、四大国でもあるし、いざという時に困らんじゃろう」
「……っ」
 “いざという時”の言葉に思い出されたのは、俺がこれまでに捨ててきた街の人たちの顔だった。
「じじいっ…」
「……っ?」
「俺はもうっ…こんなの嫌だっ…!!」
「ゴンっ…」
「俺はっ…一族を抜けるっ…」
 十歳の俺が、やっと口にした自分の意志だった。
「良かろう…じゃが一族を抜けた所で、お前が見る世界は変わりはせん…」
「……。」
 希望なんて持ったわけじゃない。今まで散々、人を裏切ってきた俺に、希望が見えるはずがない。
「人は人を裏切る…それが人の常じゃ…お前が人を信じた所で、人は誰もお前を信じたりはせんよ…ゴン…」
 そんなことはわかっている。何かを期待してるわけじゃない。
「わかってるっ…」
 そう言って俺は、一族を抜けた。紺染の言葉を胸に秘めて。

 でもっ…


――行く所がないんですか?じゃあ一緒に俺の国に行きましょうよっ!――





「……っ」
 過去の夢から目を覚まし、ゴンがゆっくりと起き上がる。そこは蝋燭の灯りしかない、暗く小さな山小屋の中であった。焚いている火の前でいつの間にか眠ってしまったようである。
「随分と眠っておったようじゃな、ゴン」
「……っ?」
 小屋の戸が開くと、吹雪いてきた外から紺染が入ってきた。
「疲れておるのではないか?」
「ああっ…お陰で最近、夢見が悪りぃんだっ…」
 起き上がったゴンが、少し不機嫌な表情で言い放つ。
「二日連続、アンタが出てきた」
「それは光栄じゃなっ」
 ゴンの言葉に、紺染は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「計画は順調に進んでおる。そろそろヤツらの元へ移動するぞ」
「ああっ…」
 紺染の言葉に頷いたゴンが焚いていた火を消し、ゆっくりと立ち上がる。
「案ずるな。この計画が無事に終われば、お前の夢見も良くなろう…」
「計画…ねっ…」
 ゴンと紺染が山小屋を出る。そこは激しく吹雪く、虎国に程近い森の奥深くであった。
「そうじゃ。この計画が上手くいけば、我ら念願の国が持てるかも知れんぞぉ?」
 森の中を歩きながら、ゴンに笑みを向ける紺染。
「今度こそ、我らだけの国、故郷じゃっ」
「故郷っ…」
 その言葉に、ゴンは先ほど見た過去の夢を思い出す。
「これでお前ももう彷徨わずに済むのぅ」
「じじいっ…」
「んっ?」
 吹雪に掻き消えそうな小声で呼ぶゴンに、紺染がゆっくりと振り返る。
「何で鬼人の現場にギンをっ…?わざと白雪たちに目撃させて」
「ああっ…」
 紺染が不敵な笑みを浮かべる。
「ギンにすべての罪を被ってもらうためじゃよっ…」
「被るっ…?」
 紺染の言葉に、ゴンが眉をひそめる。
「そうじゃ。鬼人と組み、虎国を襲ったのはすべてギンの仕業ということにする」
 すらすらと、何の迷いもなく言葉を続ける紺染。
「私はただ囚われていただけということにすれば、国主一家を失った虎国は自動的に私のものじゃっ」
「……っ」
 少し眉をひそめるゴン。
「“虎国”改め、“狐国”とでも名づけるか?国主は私で、副国主がお前じゃっ」
「……んな話っ、早々国民が信じるはずっ…」
「その為にっ…お前がおるんじゃろう…?」
「……っ」
 紺染の笑みに、ゴンの表情が一瞬にして曇る。
「国民どもは姫派じゃからなっ、私の言うことなどまず信じないとは思うが、鬼人が出ればオトポリが動く」
 ゴンが身に付けているオトポリの腕章を指差す紺染。
「オトポリの連中なら、外交もない国の世間知らずな国民より、一隊員の言葉を信じるじゃろう…?」
「……。」
 紺染の言葉を聞きながら、ゴンは何を言うでもなく、そっと目を細めた。
「お前は本当に役に立つヤツじゃよ。ゴンっ」
 そう言って、ゴンに微笑みかける紺染。
「共にっ…我らが故郷を作ろうぞっ…」
「……故郷っ…」
 紺染の囁きに、ゴンはそっと俯いた。





 日も落ち、気温も下がって辺りが吹雪き始めた頃。虎国入口・トンネル付近。
「探し回ったのに全っ然、見つからないのよっ!!」
 虎国へとやって来たオトポリの黒オープンカーの周りに座っている輝矢たちに、そう怒鳴りあげるのは白雪。
「どうしてっ!?」
「知りませんよ。そんなこと」
 問いかける白雪に、冷たく答える輝矢。
「アナタの方がこの辺りの地理にはお詳しいでしょう?」
「だっから怪しいと思う所は全部、探したんだってばっ!!」
「お得意の第六感とやらはどうしたんです?」
「第六感っ?あっ、その手があったわねっ!」
 輝矢の適当な返しに、ひらめいたとばかりにポンと手を叩く白雪。
「むむむぅぅ〜っ…!!」
「単純〜っ」
「ああなったら人間、終わりですね」
「すっげぇ言いっぷりっ…」
 輝矢の言葉通りに第六感を働かせようとする白雪に、冷たい言葉を投げかける輝矢とユキジ。そんな二人にハチが少し呆れた表情を見せる。
「にしても寒いなぁ〜っ」
 空から落ちてくる雪を見上げながら、体を震わせるモンキ。
「おぉ〜いっ、羊スケ、まだかぁ〜っ?」
「それでぇ〜何かゴンさんが敵ぃ〜みたいな感じになっちゃったんスよぉ〜っ!ハッハぁ〜っ!」
『……。』
 モンキが振り向いた先では、羊スケが運転席に座り、無線を片手に暢気な口調で話をしていた。その軽いしゃべりっぷりに、皆が一斉に呆れた表情を見せる。
「あんなんでいいのかねぇ〜報告ってぇ」
「ってか適当なわりに長いわぁ〜」
「はぁっ…」
 モンキとユキジの会話を聞きながら、深々と肩を落とすハチ。
「どうかしましたか?ハチ」
「どうかって…」
 問いかける輝矢に、ハチはさらに肩を落とす。
「お前も羊スケも…薄情だよなぁ…」
「生まれつきです」
「ちったあ否定か反省かしろよっ!」
 笑顔で答える輝矢に、思わず突っ込みを入れるハチ。
「ったくっ…ゴンがっ…ゴンが鬼人と手を組むなんてことするはずないのによぉ…疑うなんてっ…」
「私は別に、ゴンを疑った覚えはありませんよ?」
「へぇっ?」
 何食わぬ顔で答える輝矢に、ハチが勢いよく顔をしかめる。
「だってさっきっ…!」
「だから言ったでしょう?私は聞いたままを述べただけで、別にゴンが怪しいどうこうは言ってませんよぉ」
「でっ…でもあんなこと聞いたら誰だってっ…!」
「聞いても疑わないのが仲間でしょう?」
「……っ」
 輝矢の笑顔に、ハチがハッとした表情を見せる。
「ハチはどうです?私の話を聞いて、ゴンを疑いました?」
「うっ…疑うわけっ…ねぇーじゃんっ…」
「……っ」
 少し俯き気味に呟くハチを見て、輝矢が穏やかに笑う。
「そういうことですよっ」
「……っ」
 輝矢の言葉に、ハチの表情から不安の色が消える。

<バッカじゃないのかぁ〜いっ!?>
『……っ?』
 無線の向こうから聞こえてくる聞き覚えのある声に、一斉に振り向く輝矢たち。
<僕を差し置いて勝手なことばっかりするからだよぉ〜っ!!>
「この声は…」
「鉄グマだ、鉄グマっ」
 話し方や言動からして、その声の主は間違いなく鉄汰であろう。本来、この先遣隊の隊長として来るはずだった鉄汰を、輝矢が吹き飛ばして、代わりに虎国まで乗り込んできたのである。
「それはまぁ百歩譲って謝るっスから〜、こっちはこのまま俺らに任せて隊長は鮭でも取ってて下さい〜」
「まったく謝る気ねぇーだろっ…」
 適当な受け答えをしている羊スケに、ハチが少し突っ込みを入れる。
<冗っ談じゃないよっ!!今すぐゴーバックっ!!ゴーバックっ!!>
「ええっ?だってゴンさんがぁ〜っ」
<そんな敵になっちゃったかもわからないヤツ、構ってたって仕方ないよっ!!>
「……っ」
 無線から聞こえてくる鉄汰の言葉に、羊スケの表情が止まる。
<とにかく今すぐ部外者の竹取輝矢一味を連れて戻って来るんだ!その後、虎国へは僕が行くからっ!>
「無線を通しても頭悪そうな声ですね、アナタは」
<んなっ!?その声はもしやっ…!憎っくき竹取輝矢かっ!?そうだねっ!?そうなんだねっ!?>
「うるさいから切りますよぉ」
<待て待て待ていっ!!>
 助手席に座り、無線のボタンを消そうとする輝矢を、鉄汰が無線の向こう側から必死に止める。
<とにかくっ!君たちは余計なことは一切するなっ!今すぐゴーバックだよっ!いいね!?羊スケ君っ!>
「だから私たちはぁっ…」
「嫌っス」
「えっ…?」
<へっ…?>
 何とか鉄汰を丸め込もうと試みる輝矢であったが、その前に羊スケがあっさりと断りを入れる。羊スケの答えに、間の抜けた声を出す輝矢と鉄汰。
<いっ…嫌っ…?>
 無線から、鉄汰の聞き返す声が聞こえてくる。
<何を言っているんだいっ!?羊スケ君っ!!これは上司命令でっ…!!>
「俺の上司はっ…狐上ゴンだけっスからっ」
 誇らしい笑顔で言い放つ羊スケ。
<んなぁっ…!何をっ…!よっ…!!>

――プチっ!

 鉄汰の文句が返って来る前に、羊スケが素早く無線の電源を切る。
「……。」
「羊スケっ…」
 運転席で茫然と座り込む羊スケを、ハチたち三匹は少し意外そうに見つめる。
「……クビっスかねぇっ?」
「クビでしょうね」
 少し引きつった表情で問いかける羊スケに、輝矢が情け容赦なくハッキリと答える。
「やっぱそうっスかぁ〜はぁっ…おふくろ、泣くかなぁ〜」
「けどっ…」
「……っ?」
 輝矢の声に、俯いていた羊スケが顔を上げる。
「少し見直しましたっ」
「……っ」
 笑顔を見せる輝矢に、羊スケが目を見開く。
「俺もっ!見直したでぇっ!」
「俺もっ」
「うん。それにぃ、今頃、鉄汰がどんな顔して切れた無線に文句言ってるのかって想像しただけで笑えるしね」
「プっ!そりゃ確かに笑えるっスねぇ〜っ!」
 ユキジの言葉に、思わず吹き出す羊スケ。
「ねっ?こういうことですっ」
「ああっ」
 そんな羊スケに、輝矢とハチが笑顔で頷き合う。
「さてとっ、ではそろそろウチのキツネを迎えに行きましょうか」
「えっ!?場所わかんのかっ!?」
「まぁ何となくは」
「それを早く言えよぉ〜っ」
 輝矢の言葉に、疲れたように肩を落とすハチ。
「むむむむぅぅ〜っ!!ふわああああっ!!」
 第六感を働かせようと瞑想に入っていた白雪が、何かが降りてきたかのように突然、大きな声をあげる。
「見えたわっ!連中は南側の海沿いよっ!!」
「さっ、行きましょう。向かうは北側の山沿いです」
「って、人の意見、聞きなさいよっ!!」
 完全に白雪を無視して素早く歩き去っていく輝矢たちに、白雪は勢いよく怒鳴り声をあげた。




 虎国北側。雪山山頂。
「ここじゃっ」
「……っ」
 紺染の案内の元、吹雪の中、森を抜け、登った山の上に広がる景色に、ゴンは少し驚くように目を見開いた。
「城っ…」
 雪山の山頂に佇んでいたのは、巨大なまだ真新しい城であった。激しい雪に白く覆われているが、その壮大な姿はやはり目が留まる。
「随分と大層なもん、作ったなっ」
「後々、私の居城になるからのぅ…」
「……そうかよっ…」
 紺染の不敵な笑みに、表情をしかめるゴン。
「……っ?」
 その時、大きな城門が二人を出迎えるように自動的に開き始めた。
「門がっ…?」
「お待ちしておりました。紺染様、ゴン様」
「……っギンっ」
 開いた城門の中から姿を現したのは、ギンであった。
「ご苦労じゃったな、ギン。それで、あの方は?」
「あの方っ…?」
 紺染の言葉に、ゴンがふと眉をひそめる。
「中にいらっしゃいます。どうぞ」
「ああっ」

 二人が通ると再び城門は閉じ、城門の内側へと入ったゴンたちは、ギンに案内され、城の正面口へと続く一本道を歩いた。正面口に三人が着くと、城内部へと続く扉も自動的に開く。ゆっくりと開いた扉の中へと、足を踏み入れるゴン。
「ここはっ…?」
 城に入った途端に広がっていたのは、薄暗く何もない大きな部屋。ゴンが少し眉をひそめる。
「お二人をお連れしました、みぞれ様」
「ミゾレっ?……っ」
 ゴンがギンの言葉に首をかしげていると、急に部屋の明かりがついた。
「遅かったわねぇ…紺染…」
「……っ!」
 部屋の奥にある玉座に座っていたのは、藍色の短い髪に、大きな赤い瞳の、どこか怪しげな空気を持った、まだ若い女であった。
「待ちくたびれたわ…」
「……っ女っ…?」
「申し訳ありません。霙様」
 ゴンが戸惑いの表情を見せる横で、紺染が霙に向かって深々と頭を下げる。
「まぁいい…で?そっちは?」
「我らが狐族の同胞、狐上ゴンにございます」
「そう…お前が…」
 霙が鋭い瞳をゴンへと向ける。
「見たところ、その服からして忌々しい我らの敵、御伽警察の者のようだけど…?」
「これは我らの味方です。それにゴンがおれば、後々オトポリを利用することも可能となってきましょう」
「……っ」
「それもそうね…」
 紺染の揚々とした言葉に、ゴンは少し視線を落とすが、霙は特に疑いもせずに頷いた。
「して、計画の方は?」
「順調よ。何の障害もないわっ、ギン」
「はい」
「……っ?」
 霙に促され、ギンが部屋の隅に行き、何やら電灯のスイッチのようなボタンを押す。
「……っ」
 すると霙の後方にある大きな壁が中央で縦に大きく割れ、機械音を立てて左右にゆっくりと開いていった。
「……っ!!」
 壁の向こうに広がる光景に、目を見開くゴン。
「これはっ…」
『グワアアァァーッ…』
 どこまでも続く薄暗く広い空間を、埋め尽くすように立っていたのは、様々な色の鬼人の集団であった。これまで見たこともない数の鬼人に、ゴンは思わず言葉を失う。
「どう…?九千の鬼の軍勢は…」
「九千っ…?」
「素晴らしいっ…!素晴らしいですよっ!霙様っ!!」
 ゴンが圧倒されたように呟く中、紺染は喜びに震え上がるように両手を突き上げる。
「これならっ…!これなら虎国を確実に滅ぼせますぞっ…!ハハハハハっ…!!」
「まぁ虎国周辺の街や村から造りだした人間あがりの鬼も少し混ざっているけどね…」
「何っ…?」
 霙の言葉に、ゴンが表情を一変させる。
「本当はもっと造って一万の軍勢にするつもりだったんだけど、オトポリにけっこう倒されちゃってね…」
「……っ」
 怪しく微笑みかけてくる霙に、ゴンが少し表情をしかめる。
「でっ…では霙様っ…!早速っ…!」
「そう慌てないでよ…」
『……っ?』
 急かす紺染に微笑みかけながら、霙が懐から何やら赤いスイッチのようなものを取り出す。
「このボタンを押せば…鬼人たちのいる部屋の向こう側の扉が開くわ…」
 霙がゴンの方を見て言う。
「扉が開けば、鬼人たちは自動的に山を下り、その下にある虎国を襲う…どう…?素敵な仕掛けでしょう?」
「……っ」
 霙の言葉に、ゴンがさらに表情を険しくする。
「はっはいっ!では早速お願いしますっ!霙様っ!」
「そうねっ…」
 紺染の声に押されるようにして、霙の指がゆっくりとスイッチに伸びていく。
「……っ!」
 その時、ゴンは表情を鋭くし、右手を霙に突き出した。
「“狐火・一髪”っ!」
「何っ…!?」
 紺染が驚きの表情で振り返る中、ゴンが霙の持つスイッチに向かって炎の玉を放つ。
「クっ…!」

――バァァァーンッ!

 霙が炎の玉を避けてスイッチを手放すと、炎の玉がスイッチを燃やし尽くした。燃えかすが力なく床に落ちる。
「……っ」
「虎国になんて下ろさせてたまるかよっ」
 振り向いた霙に、鋭い笑みを向けるゴン。
「てめぇーらはっ…一匹残らず、俺が連行するっ!」
 そう言ってゴンは素早く構えを取った。
「ゴン!貴様っ!裏切る気かっ!?」
「ああっ?」
 必死に叫ぶ紺染に、鋭い瞳を向けるゴン。
「初めっから信じてねぇーのにっ、裏切るもクソもあるかよっ」
「何だとっ…!?」
 ゴンの挑発めいた言葉に、紺染がさらに表情を引きつる。
「わっ…!私は本気でお前を信用してっ…!!」
「最後の仲間であるギンさえ平気で犠牲にするアンタが、俺を本気で信用するはずなんてねぇーだろっ!!」
「クっ…!」
 強く言い放つゴンに、さすがの紺染も返す言葉もなく唇を噛む。
「フンっ!こんなことになるだろうとは思っておったわいっ!お前は出来損ないのキツネじゃからなっ!」
 紺染が開き直ったかのようにゴンを謗る。
「裏切り者じゃっ!そいつを捕まえろっ!ギンっ!!」
「……そうですね」
「……っ!」
 紺染の言葉に頷くギンに、ゴンが身構える。
「……っ」
「何っ…!?」
 驚きの声をあげて振り向くゴン。

「ギっ…ギンっ…?」
 素早く動いたギンが背後に回り、その首元にナイフを突きつけたのは、ゴンではなく、紺染であった。戸惑うようにギンの名を呼ぶ紺染。
「一体、何のつもりじゃっ!ギンっ!!」
「うるさいなぁ…」
「……っ」
 紺染の言葉を煩わしそうに払いのけるギン。
「いつまで…僕に偉そうな態度を取る気ですか…?紺染さんっ…」
「何っ…!」
「……っ」
 冷たく問いかけるギンを見ながら、ゴンが静かに右手を構える。
「動かないで下さいっ」
「うっ…!」
 右手から炎を放とうとしたゴンが、ギンの鋭い視線に動きを止めた。
「少しでも動いたら…この男の首を切り裂きますっ…」
「クっ…!」
 ギンの脅迫に、ナイフを突きつけられている紺染が険しい表情を見せる。
「おっおいっ…!ゴンっ!ここは私のためじゃと思ってどうか一つっ…!」
「別にアンタの命とかどうでもいいしっ」
「そんなこと言わないでぇぇっ!!」
 冷たく答えるゴンに、紺染が少し泣きそうな表情を見せる。
「ギンっ…てめぇーもちったあ考えてから人質選べよっ。俺がそんなクソじじいのこと守るはずっ…」
「いえっ、貴方は見捨てませんよ」
「……っ」
 言い切るギンに、少し眉をひそめるゴン。
「例えこんな男でもねっ…」
「ううっ…!」
 近づくナイフの刃に、震え上がる紺染。
「何を根拠にっ…」
「僕はまだ幼かったので覚えていませんが、貴方のことは一族の方からよく聞かされました」
「……。」
 バカらしいと笑い飛ばそうとしたゴンであったが、ギンの言葉にその表情を曇らせる。
「人を裏切ることに耐えかね、一族を抜けた、優しい優しい貴方は…もう決して誰も見捨てはしない…」
「……っ」
 ゴンのことを見透かすように笑うギンに、ゴンが目をさらに鋭くする。
「……っ」
 少し考え込んだ後、ゴンがゆっくりと右手を下ろす。
「ゴンっ…」
「フフっ…」
 そんなゴンに目を細める紺染と、どこか楽しげに微笑むギン。
「霙様」
「ええっ」
「……っ?」
 ギンの呼びかけに、玉座の上の霙が右手をゴンへと向けた。
「“氷縛”っ」
 霙の右手から、無数の氷の粒が放たれた。
「うっ…!!」
 ゴンの手足を直撃した氷の粒たちは、やがてゴンの手足を凍りつかせた。足が床ごと凍り付いており、ゴンは動くこともできない。凍りついた両手を見て、表情をしかめるゴン。
「お前の言う通り、紺染を信用しなくて良かったわ、ギン」
「ええ、この人の人望のなさは折り紙付きですからね…」
「……っ貴様らっ…!初めからグルかっ…!」
 二人の会話を聞き、紺染が険しい表情で言い放つ。
「ええ、そうですよ…?僕はもう随分と前から、霙様の部下です。貴方の部下ではなくてね…」
「ギンっ…!貴様っ…!!」
「“汚いぞ”…とでも仰るつもりですか…?」
 声を荒げる紺染を嘲笑うギン。
「僕のやったことは、貴方のいつもやっていることですよっ…?」
「クっ…!」
 ギンの最もな言葉に、紺染が悔しげに唇を噛む。
「裏切り者の末路なんてこんなものねっ」
 そんな紺染を見下ろしながら、霙がゆっくりと玉座から立ち上がる。
「お前も…私たちを連行出来なくて残念だったわねぇ…」
「……っ」
 振り向き笑う霙に、ゴンが鋭い表情を見せる。
「だがスイッチは燃やしたっ!てめぇーらの計画はもうっ…!!」
「言ったでしょう?初めから紺染など信用していなかったと…」
「何っ…?」
 霙の言葉に、眉をひそめるゴン。
「そんな紺染が連れて来たお前に、みすみすスイッチを見せると思う…?」
「……っ!まさかっ…!」
 ゴンが大きく目を見開く。
「ニセモノかっ…!?」
「ハズレっ…」
「えっ…?」
「元々スイッチなんてないのっ…だってあの壁は…」
 霙が微笑みながら、ゆっくりと右手を突き上げる。
「私の“氷力”で出来ているのだから…!」

――バァァァァーンッ!

「……っ!!」
 霙の右手が白く光った途端、鬼人で埋め尽くされた部屋の向こう側の壁が、一気に崩れ落ちる。

『グアアアアアアッ!!』
 崩れ落ちた壁から溢れ出すように外へと出て、山を下っていく九千の鬼人たち。

「待っ…!!ううっ…!!」
 身を乗り出したゴンが、足が床に凍り付いているため、前のめりになって倒れこんでしまう。
「これで虎国は終わりねっ…」
「クっ…!!」
 霙の言葉に、倒れこんだまま鋭く霙を見上げるゴン。
「そして…狐族も終わりにしてあげるわ…」
 ゆっくりと右手を下ろす霙。
「“氷柱”っ…」
「……っ!」
 霙の右手を氷が包み、鋭い刃となる。
「可哀想な裏切りキツネ…最期も一人で死になさいっ…!」
「クっ…!!」
 身動きの取れないゴンに、鋭い氷柱が放たれた。



                                      其の十八へつづく。
千風のHP「千風のお部屋」へ!←キャライラストも満載です。