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第14章 伝説の男
 御伽界最大の国・“龍国”へとやって来た輝矢たち一行であったが、オトポリ本部を訪問中に輝矢が倒れ、しかも謎のメイドたちに輝矢をさらわれてしまった。
 輝矢を取り返すべく敵のアジト“エセお菓子の家”へと赴いたハチ、モンキ、ユキジの三匹であったが、三匹の前に“狼人”らしきオオカミと、二人のメイド・ヘンゼルとグレーテルが立ちはだかった…。



“エセお菓子の家”空間内の“桃の苑”。桜時vsオオカミ。
「お前、人化はっ…?」
 村雨丸を抜いた桜時が、鋭い表情でオオカミに問いかける。
「ん〜、オオカミのままでキツくなってきたらしようかとは思ってるけどっ…」
 穏やかな笑みを口調で話すオオカミ。
「僕の予想では、この姿で十分な感じかなっ」
「……っ」
 桜時を挑発するように笑うオオカミに、桜時が表情をしかめる。
「そうかよっ…」
 しかめた表情のまま、村雨丸を構える桜時。
「だったらっ…すぐにでも人化させてやるよっ…!」
「……っ」
 勢いよく飛び込んでくる桜時を見て、オオカミは怪しげな笑みを浮べた。




 一方、同じく“桃の苑”。門貴vsヘンゼル。
「クっ…!」
「うっ…」
 如意棒と大剣を激しく交錯させていた門貴とヘンゼルが、それぞれ後方に飛んで、互いに距離を取る。武器を構えなおしながらも肩で息をし始める両者。剣技はほぼ互角である。
「ふぅっ…なかなかやりますわね…」
 少し楽しげに微笑むヘンゼル。
「何だか恋に落ちてしまいそうですわっ…」
「マジでぇぇっ!?」
 ヘンゼルの言葉に、門貴が本気で嬉しそうに声をあげる。
「じゃあじゃあっ!初デートはバナナ園にバナナ狩りってことでぇっ…!」
「でも残念っ」
「へっ?」
 ウキウキにデートプランを提案していた門貴に、ヘンゼルが鋭い瞳を向ける。
「私っ、好きな人には本気で攻撃しちゃうタイプなのっ!」
「へっ…?」
「“微巣決土(ビスケット)”っ!!」
「……っ!」

――バァァァーンッ!

 ヘンゼルが大剣を床に突き刺した途端に、門貴の立っている辺りの床に亀裂が入り、所々が盛り上がる。
「うおっ!」
 砕ける床に足を取られ、バランスを崩す門貴。
「……っ」
「うっ…!如意棒っ!」
 そんな門貴の目の前にヘンゼルが現れ、門貴に向かって大剣を振りかぶる。慌てて如意棒を構える門貴。
「第一の舞っ…“くっ…!」
「ウフっ」
「うぅっ…!」
 目の前で微笑みかけてくるヘンゼルに、門貴が思わず如意棒を止める。
「はいっ、どうぞっ!」
「うっ…!!」

――ブシュッ…!

「うぐぅっ…!!」
 ヘンゼルの大剣が、門貴の胴体を勢いよく切り裂き、門貴の表情が痛みに歪む。真っ赤な血を流しながら、後方に吹き飛ばされていく門貴。
「はいっ」
「うっ…!!」
 吹き飛ばされていく門貴の真上へと現れるヘンゼル。
「終わりっ!」
「クっ…!」
 ヘンゼルが門貴に大剣を突き出す。
「“右翼・裂羽”っ」
「何っ…!?」
 門貴に剣先を突き出そうとしたヘンゼルに、横から向かって飛んでくる青い羽根。
「クっ…!」
 ヘンゼルがギリギリのところでかわした羽根が、部屋の壁に突き刺さり、大きな穴をあけた。

「勝負はっ…一対一ではなかったのですかっ?」
「あっ、そうなのぉ〜っ?」
 着地したヘンゼルが、羽根の飛んで来た方向へ鋭い瞳を向ける。
「ごめんごめぇ〜ん、聞いてなかったもんだからさぁ〜」
「……っ」
 そこに立っていたのは嘘臭いほど爽やかな笑みを浮べた由雉であった。そんな由雉にヘンゼルが眉をひそめる。
「グレーテル…」
「ごっ…ごめんなさいっ…お姉さまっ」
 由雉の相手をしていたグレーテルが、姉の睨みに申し訳なさそうに俯いた。
「ったく、世話かけないでよねぇ〜っ」
「おっおうっ、ユッキー、サンキューなぁっ。助かったわっ」
 由雉が呆れた表情を見せながら、深手を負って地面へと倒れ込んだ門貴の元へ近寄っていく。由雉にあまり力のない笑みを向ける門貴。
「押されっぱなしじゃんっ」
「それがな、ユッキー…聞いてくれるかっ…?」
「……っ?」
 やけに深刻な表情を見せる門貴に、由雉が眉をひそめる。
「実は…大変なことに気づいてもたんやっ…」
「なっ…ななっ…何っ…?」
 つられて真剣な表情となった由雉が、恐る恐る問いかける。
「俺なっ…」
「うんっ…」
「俺っ…あんなカワイ子ちゃんメイドに攻撃できへんわぁ〜っ!!」
「……。」
 悩ましげに叫ぶ門貴に、凍りつく由雉。
「あんなカワイ子ちゃんメイドに“空”とか、絶対絶対できへんもぉ〜んっ!!」
「……。」
「ああ〜っ!!どないしょっ!?ユッキーっ!!」
「とりあえず死んだら?」
「ぎゃああああっ!!」
 冷たい表情の由雉が、門貴の傷口へ容赦なく黄色い羽根を突き刺す。
「なっ…何やっ…“癒羽”かっ」
 黄色い羽根が光を放ち、門貴の傷口を塞いでいく。それを見てホッとしたように汗を拭う門貴。
「ったく、桜時に“お前じゃメイドは無理やろぉ〜”とか言っときながら、なんてザマだよっ」
「ううぅ〜ん…俺っ、自分で思とったより紳士やったみたいっ」
「はぁっ…」
 体を起こしながら笑顔を見せる門貴に、由雉が少し頭を抱える。
「……っ!」
 その時、横から飛んで来た鎖鎌が、由雉の左手に巻きつく。
「いつまで女性を待たせるおつもりですっ?」
「……。」
 由雉に巻きついた鎖鎌の一方の端を持ち、由雉に笑いかけたのはグレーテルであった。そんなグレーテルに由雉が少し表情を鋭くする。
「というわけで、ご使命入っちゃったからこれ以上は手ぇ貸せないよぉ?」
「アホうっ!これぁ俺が受けた勝負やっ!こっちかてなぁ、お前の手なんか借りる気ゼロやわっ!」
「あっそ。じゃあとっととあの大剣メイドさん、倒しちゃってよぉ」
「そんなん、お前に言われんでもすぅーぐになぁっ…!」
 門貴が強気に立ち上がり、ヘンゼルの方を見る。
「ウフっ」
「アハっ!」
 可愛らしく微笑み手を振ってくるヘンゼルに、何のためらいもなく手を振り返す門貴。
「やっぱ無理かもっ」
「知ぃ〜らないっ」
「ああっ!ユッキーっ!!」
 そんな門貴を見捨てて、由雉は左手に鎖鎌を巻きつかせたまま、端を持っているグレーテルの元へと飛び出していく。
「薄情なキジやわぁ〜っ」
「傷はもうよろしいんですか?」
「へっ?」
 立ち上がった門貴に、声をかけながらゆっくりと歩み寄って来るヘンゼル。
「ああ〜っ!もうすっかりっ!」
 そんなヘンゼルに、門貴が癒羽を取りながら笑顔で答える。癒羽のお陰で、ヘンゼルに切り裂かれた胴の傷はすっかり癒えていた。
「そうですかっ。それは良かった」
「ヘンゼルちゃんっ…!」
 ホッとしたような笑顔を見せるヘンゼルに、門貴が目を輝かせる。
「そんなに俺のことをぉ〜っ…!?」
「また斬り裂いて差し上げますわねっ!」
「……。」
 笑顔で大剣を構えるヘンゼルに、門貴が下に垂れ下がった笑顔のまま固まる。
「せやろなぁ〜…」
 少し落ち込んだように呟きながら、笑顔を消す門貴。
「どないしょっ…」
 門貴は戸惑った様子で、再び如意棒を構えた。




「はぁぁっ!!」
「よっ」
「たぁぁっ!!」
「よっ」
「クっ…!」
 桜時が全力で振り切る村雨丸を、軽々とかわしていくオオカミ。幾度も空を斬る村雨丸に、桜時が少し表情をしかめる。
「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」
 肩で大きく息をする桜時。まだ戦いを始めて十分程度。その間、オオカミからの攻撃は1度もない。桜時がただ村雨丸を振って、オオカミはただそれを避けているだけだった。
「ちっとも当たんねぇーっ…」
 額の汗を拭い、オオカミをまっすぐに見つめながら、桜時が戸惑うように呟く。
「アイツの速さっ…門貴や由雉とも比べもんになんねぇっ…」
「……っ」
 野原に立ち、余裕に見える穏やかな笑みを浮べているオオカミに、桜時が眉をひそめる。桜時も犬人であるためスピードには自信があったが、オオカミのそれはまるでレベルが違っていた。
「あのオオカミっ…一体っ…」
「筋はいいよぉ」
「……っ?」
 軽い口調で話しかけてくるオオカミに、桜時が戸惑うように顔を上げる。
「でも形が雑だなぁ。刀は自己流かい?」
「……っ何でんなこと、聞くんだよっ…?」
 オオカミの質問に、桜時が怪訝そうに聞き返す。
「興味があるからさっ。それにっ…」
「……っ?」
「トークででも楽しまないと、君のノロノロした攻撃、避けてるだけじゃ暇だしねぇ」
「……っ!」
 挑発するように笑うオオカミに、桜時が村雨丸を握る力を強める。
「これならどうだっ!」
「……っ?」
 オオカミに村雨丸の刃先を向ける桜時。
「“瞬花っ…終刀”っ…!!」
「……っ」
 村雨丸の刃先から放たれたピンク色の強い光が、まっすぐオオカミに向かっていく。
「……。」
 避ける素振りも見せず、平然とした表情でその場に立ち尽くすオオカミ。
「直撃する気かっ…!?」
「……っ」
 桜時が戸惑ったように見つめる中、オオカミが向かってくる光に対し、その尾を一振りさせる。

――バァァァァーンッ!

「……っ!!」
 オオカミの小さな尾に、何倍もある大きさの光があっさりと弾き飛ばされ、天井に直撃して大きな穴をあけた。その光景に大きく目を見開く桜時。
「そっ…そんなっ…」
 桜時が天井にあいた穴を見上げながら、信じられないといった様子で呟く。
「尻尾だけでっ…俺の瞬花終刀をっ…?」
「ふぅ〜っ…」
 尾を左右に振りながら、一息ついたように肩を落とすオオカミ。
「思ったより威力あったねぇ。尻尾の毛が二,三本抜けちゃったよぉ〜ツルツル尻尾になっちゃうかなぁ?」
「……っ」
 オオカミの軽い冗談に、何の反応も出来ずにただただ茫然とする桜時。
「さてとっ、じゃあそろそろコッチからも攻撃しようかな」
「えっ…?」
「……っ」
 まだ茫然としている桜時に対し、オオカミが態勢を低くし、目つきを鋭くする。
「“機微きび団子弾”っ」
「……っ?」
 オオカミの周囲に現れる無数の小さな玉に、桜時が眉をひそめる。
「バッキューンっ☆」

――バァァァーンッ!

「うっ…!!」
 オオカミが声を発した途端に、オオカミの周囲に浮かんでいた無数の玉が、桜時に向かって一斉に飛び出してくる。焦ったように左手を突き出す桜時。
「“瞬花”っ…!!」
 桜時が、瞬花を放つ。
「……っ!!」
 しかし機微団子弾は、桜の花びらとなることなく、まっすぐに桜時に向かってくる。
「そんなっ…!“瞬花”が効かないっ…!?」
 戸惑うように声を出す桜時。
「うっ…!!」
 そんな桜時に、機微団子弾は迫り来る。
「うっ…!うわああああっ!!」



「……っ桜時っ…!」
「隙アリっ!」
「……っ!」
 桜時の叫び声に気を取られた由雉に、すかさず鎖鎌が襲いかかる。
「うっ…!」
 飛んで来た鎌が由雉の右腕をかすめ、由雉が少し表情をしかめた。
「私以外の人を…見つめちゃイヤンですわっ!」
「……。」
 由雉の右腕をかすめた鎌をキャッチして、慣れた手つきで鎖鎌を回すグレーテル。血の流れる右腕の傷を左手で押さえながら、由雉が鋭い目を見せる。
「自己中な女っ…君っ、モテないでしょっ?」
「それは乙女のエヌジーワードですわっ…」
 由雉の言葉に、グレーテルが少し引きつった笑みを見せながら、鎖鎌を構える。
「……っ?」
 今まで見せたことのない構えを取るグレーテルに、少し眉をひそめる由雉。
「“()()”っ!!」
「……っ!!」
 グレーテルの鎖鎌が幾重にも分裂し、無数の鎌が由雉の八方から一斉に襲いかかる。
「串刺しですわっ!」
「……冗談っ!」
 楽しげに声を出すグレーテルに、少し焦ったような表情を見せながら懐から羽根を取り出す由雉。
「“癒羽”・“裂羽”っ」
 由雉が右手に青い羽根を、左手に黄色い羽根を構える。
「“合翼っ…」
 二つの羽根を合わせる由雉。合わさった羽根から光が放たれ、やがて一枚の緑の羽根となる。鎌の向かってくる上空へと、その緑の羽根を放り投げる由雉。
包羽ほうば”っ!!」

――パァァァーンッ!

 包羽が光を放った瞬間に、由雉にすべての鎌が降り注いだ。
「やったかしら…?」
 巻き起こる衝風の中を、目を凝らして見つめるグレーテル。
「んっ…?」
 目を凝らしていたグレーテルが、晴れていく煙の中から見えてくるものに、そっと眉をひそめる。
「あれはっ…」
 煙が晴れ、由雉のいた付近に見えてきたのは、大きな緑色の球体であった。よく見れば、無数の緑の羽根で構成されている。その球体が降り注いだグレーテルの鎌をすべて受け止めていた。
「ふぅ〜っ…」
 球体を構成していた緑の羽根が、頂点から崩れ落ちていく。すると球体の中から由雉が姿を現した。
「“包羽”使ったのに三個も喰らっちゃったよぉ〜」
 そう言いながら由雉が足や肩に負った傷を見る。確かに傷は負っているが、グレーテルの攻撃の大きさを考えれば、それは無傷に近かった。
「……っ」
 少し唇を噛み締めるグレーテル。
「なかなか…やりますわねっ」
「当然っ」
 絞りだすように言ったグレーテルに、由雉が余裕の笑みを向ける。
「なかなかやらなきゃっ、輝矢のお供なんて務まんないからねっ」
「……ですが、他の方はそうでもないようですわよ…?」
「えっ?」
「うわあああああっ!!」
「……っ!」
 グレーテルの言葉に眉をひそめていた由雉が、後方から聞こえてくる叫び声に振り返る。
「門貴っ…!」
 由雉が振り返った先では、ヘンゼルの攻撃を喰らい、傷だらけとなった門貴が床に膝をついていた。

「クっ…!」
 床に如意棒を突き刺し、傷だらけの体を何とか支える門貴。
「こっ…!今度こそっ…!」
 そう言って門貴が鋭い目つきで顔を上げる。
「ウフっ」
「アハっ!」
 しかしその鋭い顔つきは、笑顔のヘンゼルと目が合った途端に一瞬で崩れ去る。
「あかんっ…!可愛すぎやっ…!」
 再び俯いた門貴が、悩み込むように頭を抱える。
「すぐ楽にして差し上げますわぁ〜っ!」
「……っ!」
 ヘンゼルが大剣を構え、そんな苦悩している門貴の元へ飛び込んでいく。
「うがああああっ!!」
 門貴の叫び声とともに、真っ赤な血が空に舞った。

「……っ」
 再びヘンゼルに切り裂かれ、倒れていく門貴を見つめ、表情をしかめる由雉。
「あのバカザっ…なっ…!」
 門貴の方に気を取られていた由雉の胴に、勢いよく巻きつく太い鎖。
「グっ…!」
 鎖はきつく由雉を縛り、両手の動きも封じる。
「だから言いましたでしょう…?」
 由雉を縛った鎖を持ったグレーテルが、ゆっくりと由雉の前へと歩み寄る。
「私以外を見つめちゃイヤンって…」
「……っ」
 グレーテルの笑みに厳しい表情を見せる由雉。
「まぁもう…誰も見つめることなんてできないですけど…」
 そう言ってグレーテルが鎌の刃先を由雉へ向ける。
「クっ…」
 由雉がどこか悔しげに歯を食いしばる。
「安心して下さい。貴方様のお仲間はお兄様がちゃあ〜んとっ…」
「お兄様っ?」
 由雉がグレーテルの言葉に敏感に反応する。
「えっ?あっ…!」
 グレーテルが急に焦ったような表情となり、思わず口を押さえる。
「ちっ…違いますわっ!お姉様ですっ!お姉様っ!」
「ふぅ〜ん…そういうことぉ…」
「うっ…!」
 見透かしたように笑う由雉に、グレーテルが益々、焦った表情を見せる。
「違っ…!だからっ…!今のはちょっとした言い間違いでっ…!」
「……っ」
「……っ?」
 俯く由雉に、必死に言い繕っていたグレーテルが表情を曇らせる。
「“脚翼っ…」
「何っ…!?」
 鎖に縛られ両手を封じられている由雉が、不意に右足を上げる。由雉の右足の靴には、まるで飾りのように青い羽根が付いていた。それに気づき、一気に表情を変えるグレーテル。
「まさか足にもっ…!?」
「裂羽”っ!!」
「しまっ…!」
 由雉が靴に付けていた青い羽根を、門貴を攻撃しようとしているヘンゼルへと飛ばす。

「さぁそろそろ終わりにしましょうねぇっ!」
「はぁ〜いっ!って、ちゃうちゃうっ!俺が負けたら輝矢んがぁ〜っ!」
 大剣を構え門貴ににじり寄るヘンゼルと、ヘンゼルに攻められ、何とかしようと思いながらも苦悩している門貴。どちらもヘンゼルに飛んできている裂羽には気づいていない。

「危ないっ!!」
 思わず身を乗り出して叫ぶグレーテル。
「避けてっ!!お兄様っ!!」
「……っグレーテルっ?」
「お兄様ぁ〜っ?」
 グレーテルの叫びに、一斉に振り返る門貴とヘンゼル。
「うっ…!」
 振り返ったヘンゼルが、自分に飛んできている裂羽に気づく。
「クっ…!!」
 ギリギリのところで何とか裂羽をかわすヘンゼル。

――バァァァーンッ!

 ヘンゼルにかわされた裂羽が壁に直撃し、大きな穴をあけた。
「ふぅっ…あっぶねぇーっ」
 素となった表情と先ほどまでとはえらい違いの低い声を出しながら、無造作に額の汗を拭うヘンゼル。
「じぃ〜っ」
「ハッ!」
 そんな無造作ヘンゼルが、こちらをじっと見つめている門貴に気づき、我に返る。
「危なかったですわぁ〜っ!!オホホホホぉ〜っ!」
「……。」
 明らかに不自然な高笑いをするヘンゼルに、門貴がさらに疑いの目を向ける。
「今…グレーテルちゃん、“お兄様”て…」
「聞き間違いですわよぉっ!私はどう見たってお姉さっ…!」
「門貴ぃ〜っ!」
 ヘンゼルの言葉を遮るようにして聞こえてくる、門貴を呼ぶ由雉の声。

「この二人ぃ〜っ、“姉妹”じゃなくって“兄妹”みたいだよぉ〜っ」
「ちっ…!違いますわっ!!」
 由雉の言葉を必死に否定するグレーテル。
「たっ…!確かにお兄様は男ですけどっ…!心は完璧女ですしっ…!いわゆる一つのオカマであって…!!」
『……。』
「って、あっ…」
 思い切りヘンゼルの秘密をバラしてしまったことにやっと気づき、固まるグレーテル。
「あっ…えとっ…そのっ…」
「だってぇ〜っ」
「おぉぉうっ」
 由雉の声に返事をしながら、如意棒を支えにし、ボロボロの体でゆっくりと立ち上がる門貴。

「よぅわかったわっ…」
「うっ…」
 顔を上げた門貴は、鋭い笑みを見せていた。そんな門貴に少し動揺した様子で一歩下がるヘンゼル。
「ふっ…バレてしまったものは仕方ありませんわねぇっ」
 ヘンゼルが開き直ったように声を出しながら、再び大剣を構える。
「色香で惑わすのもそろそろ飽きてきましたし、終わりにいたしましょうかっ!」
「えっらい甘い夢、見させてもろたわぁ〜」
 唇の端から流れていた血を拭い、どこか得意げに笑う門貴。
「けどっ、こっから先は思いっきりやらせてもらうでぇ?」
「フフっ」
 自信ありげに笑う門貴を、ヘンゼルが軽く嘲笑う。
「今更、そんなボロボロの体で何をしようというんですの?」
「何でもするわぁっ」
 如意棒を持つ手に力を込める門貴。
「輝矢んのためならっ」
「笑止っ…」
 まっすぐな瞳で答える門貴に、ヘンゼルが冷たい笑顔を見せる。
「すぐにトドメを刺して差し上げますわっ…!!」
 ヘンゼルが大剣を床に突き刺す。
「“微巣決土”っ!!」
 ヘンゼルの技にまたしても門貴の周囲の床に亀裂が入り、門貴の足元が崩れ始める。
「これでっ…!」
 バランスを崩すであろう門貴の元へと飛び出していくヘンゼル。
「終わりですわっ!」
「……如意棒・第二の舞っ…」
 足元が崩れる中、門貴が冷静な表情で如意棒を構える。
「“浄”っ!!」
「何っ…!?」
 ヘンゼルが門貴に切り込もうとした途端、門貴の周囲に強い竜巻のような風が巻き起こる。
「うわあああああっ!!」
 風に勢いよく弾き飛ばされるヘンゼル。
「うっ…ううっ…」
 風に切り裂かれ傷ついたヘンゼルが、ゆっくりと痛む体を起き上がらせる。
「……。」
「ううっ…!」
 やっと起き上がったヘンゼルの前に、いつの間にか立っている門貴。門貴の鋭い視線に、ヘンゼルの額から汗が流れた。
「待っ…!待ってっ…!私っ…!男には生まれてきちゃったけどっ…!心は超乙女ってゆうかっ…!」
「よぅ覚えときぃっ…」
 両手を突き出し、必死に言葉を繋げるヘンゼルに、門貴が言い放つ。
「俺ぁ、女にはめっちゃ甘いけどっ…」
 門貴がヘンゼルを見て笑う。
「その分っ、男にはめっちゃ厳しいねんっ!」
「待っ…!!」
「如意棒・第一の舞っ…」
 門貴がヘンゼルに向けて如意棒を振り上げる。
「“空”っ!!」
「うがあああああっ!!」
 門貴の真空波に吹き飛ばされ、傷だらけとなったヘンゼルが力なく地面に落ちた。
「ううっ…ホントっ…惚れそうなくらい強いわぁっ…ううっ…」
 そう呟いて、ヘンゼルはそっと瞳を閉じた。
「ふぃ〜っ」
 倒れたヘンゼルを確認し、如意棒を下ろす門貴。
「純情男心っ、騙したりするからやっ」

 門貴vsヘンゼル、勝者:門貴、勝因:オカマ。




「お兄様ぁっ!!」
 門貴に敗北したヘンゼルを見て、身を乗り出すグレーテル。
「お兄様っ…」
「あぁ〜あ〜負けちゃったぁ〜」
 落ち込むように肩を落とすグレーテルに、鎖に縛られたままの由雉が軽い口調で声をかける。
「君がうっかり口滑らせたりしなきゃ勝てたのにねぇ〜」
「……っ」
 由雉の挑発めいた言葉に、目つきを鋭くして由雉を睨みつけるグレーテル。
「せめてっ…貴方だけでもっ…」
 そう言ってグレーテルが鎌を構える。
「倒しますわっ…!」
「できないと思うよぉ〜君にはっ」
「ハッ!その状態で、よくそんな強気な発言ができますわねぇっ!」
 鎖に縛られ両手を動かすこともできない状態で、強気な発言をする由雉に、グレーテルが小バカにしたように言い放つ。
「いつまでも私がお間抜けなことばかりやっているとは思わない方がいいですわよっ!」
「君こそ…」
「……っ?」
 由雉がグレーテルに鋭い瞳を向ける。
「いつまでもトリを捕まえてられるなんて、思わない方がいいよっ」
「何っ…?」

――ボォォォ〜ンッ!

「うっ…!」
「……っ」
 由雉がキジに姿を変えて、鎖から逃れる。
「しまったっ…!」
 上空に飛び上がったキジの姿を見て、表情をしかめるグレーテル。
「けどっ…」
 グレーテルが素早く鎖鎌を構える。
「格好の餌食ですわっ!“螺無根”っ!!」
 グレーテルの鎖鎌が再び幾重にも分裂し、無数の鎌が上空を飛んでいるユキジを八方から狙い撃ちにする。
「今度こそ串刺しですわっ…!」
「だからっ…」
 ユキジが鋭い表情を見せ、その青々とした美しい羽根を広げる。
「冗談じゃないって言ってるでしょっ?“千滅羽”っ…!!」

――パァァァァーンッ!

「なっ…!!」
 青いキジが巻き放った千の赤い羽根が、グレーテルの鎖鎌を一つ残らず掻き消す。驚きのあまり、大きく目を見開いて上空を見つめるグレーテル。
「そっ…そんなっ…私のラムネがっ…」
「ああ、ちなみにっ」
「……っ!」
 唖然としていたグレーテルの背後に、先ほどまで上空を飛んでいたユキジが現れる。
「いつの間にっ…!」

――ボォォォ〜ンッ!

 グレーテルが振り返った途端に、ユキジが白い煙に包まれて再び人化する。
「ボクは特に可愛い女の子に甘いとかないからっ」
「うっ…!!」
 そう微笑んで、由雉がグレーテルに青い羽根を見せる。
「待っ…!」
「“右翼・裂羽”っ」
「……っ!!」
 制止を促したグレーテルを完全に無視して、由雉がグレーテルに青い羽根を投げ放つ。
「うっ…!きゃあああああっ!!」
 裂羽に吹き飛ばされたグレーテルが壁に激突し、力なく床に倒れ込む。
「うっ…ううっ…無念っ…ですわっ…ううっ…」
 弱々しくそう呟いて、グレーテルはそっと瞳を閉じた。
「ふぅっ」
 そんなグレーテルを見て、由雉が一息ついたように肩を落とす。
「いっやぁっ!グレーテルちゃぁぁんっ!!」
「……。」
 聞こえてくる門貴の叫びに、由雉が急激に表情を引きつる。
「大変やぁっ!気ぃ失っとぉっ!!」
 倒れたグレーテルに駆け寄り、困ったように頭を抱え込む門貴。
「ユッキーっ!早く癒羽をっ!」
「バカっ…?」

 由雉vsグレーテル、勝者:由雉、勝因:根性の悪さ。




「へぇっ…」
 ヘンゼルとグレーテルにそれぞれ勝利し、漫才のように明るい声で話している門貴と由雉の姿を見て、オオカミがどこか楽しそうに笑ってみせる。
「サル君もキジ君も結構強いんだねぇ〜。もしかして…」
 オオカミがゆっくりと正面を振り向く。
「君が一番、弱いのかな?」
「ううっ…」
 オオカミが振り向いた先には、野原に深々と倒れこんでいる桜時の姿があった。先ほどのオオカミの機微団子弾をもろに喰らい、全身に傷を負い、立つこともできない状態であった。
「イヌ君っ…」
「クっ…」
 オオカミの微笑みに、桜時が苦しげな表情を見せながらも目つきを鋭くする。
「……っ」
「……っ?」
 倒れたまま目の前に転がっている村雨丸を手にし、刃先をオオカミへと向ける桜時。
「“瞬花っ…終刀”っ!!」
「……っ」
 再び瞬花終刀を放つ桜時に、オオカミが笑みを消して目を細める。
「ふぅっ」
 またしても尻尾を一振りさせただけで、瞬花終刀を弾き返すオオカミ。
「うっ…!」
 弾き返された瞬花終刀が、倒れたままの桜時の元へと飛んでくる。
「うわああああっ!!」
 自らの技に桜時が吹き飛ばされる。
「うっ…ううっ…!」
 床に倒れ込み、こめかみから血を流した桜時が、力なく村雨丸から手を離す。
「効かないものは効かないのに、あんまり学習能力ないねぇ」
 倒れた桜時の元へと歩み寄りながら、オオカミがどこか呆れたように言い放つ。
「がっかりだよ…」
 オオカミの表情から穏やかな笑みが消える。
「竹取輝矢のお供だって聞いたから、もう少しやるものかと期待していたのに…」
「……っ」
 オオカミの口から輝矢の名が出ると、倒れ込んでいる桜時が少し驚いたように目を見開いた。そのオオカミの言葉は、輝矢を知っているような口振りであった。
「アンタ、やっぱ輝矢のこと知っ…」
「これじゃあ彼女も大変だろうねぇ。そりゃあ倒れちゃうはずだぁ」
「えっ…?」
 意味深なオオカミの言葉に、眉をひそめる桜時。そんな桜時を見て、オオカミが冷たく笑う。
「鬼人退治をしなきゃいけない上に、こんな“か弱い子犬”を守ってあげなきゃいけないんだからぁ」
「……っ!」
 そのあからさまな挑発に、桜時がまたしても表情をしかめる。
「何だとっ…!?」
「あれっ?僕、間違ったこと言ったかな?」
 表情に怒りを見せる桜時を、嘲笑うかのような笑みを浮べるオオカミ。
「じゃあ君、彼女を助けたことはあるかい?」
「……っ」
「彼女に頼られたこと、あるかい?」
「それはっ…」
 オオカミの質問にどんどん俯いていく桜時。

――大丈夫ですよっ、ハチ――
――ハチは全然、何にも心配しなくていいですから――

 いつだってそう言って笑う。少しの心配もかけさせない。少しの助けも入れさせない。少しも頼りにしてこない。それが輝矢。そして、それが輝矢にとっての桜時。

「それ…は…」
 俯いた桜時は、やがて言葉を失くした。
「それで仲間っ?ううん、違う」
 オオカミがゆっくりと首を横に振り、鋭い瞳を桜時へと向けた。
「一般にはねっ、そうゆうのをタダの“お荷物”って言うんだよっ」
「……。」
 その挑発に、桜時が乗ることはなかった。

「あんニャローっ!言わせておけばぁっ…!!」
「はいはいっ、落ち着いてぇ〜」
 ヘンゼルとの戦闘でもうボロボロだというのに、割りと元気そうに怒り全開でオオカミに向かって行こうとしている門貴を、由雉が冷静な表情で止める。
「まともに突っ込んでいって勝てる相手じゃないよっ。ボクらが戦ったメイドたちとはレベルが違う」
「そりゃ種族が違うからなぁ〜っ」
「そういう見た目的な話をしてるんじゃなくて…まぁいいやっ」
 門貴の惚けっぷりに、由雉が説明を途中放棄する。
「とにかく桜時には荷の重い相手なことは確かだからねっ、ここは一つ、不意打ちといくよっ」
「いっやぁっ!ユッキーっ!悪い顔ぉ〜っ」
 鋭い表情で青い羽根を構える由雉に、門貴が茶化すように叫ぶ。

「……っ」

「……っ?」
 その時、ふと右手を動かした桜時に、門貴が眉をひそめた。
「“右翼っ…」
「待てっ!」
「……っ?」
 オオカミに向けて青い羽根を放とうとしていた由雉を、門貴が大きな声で止める。
「何っ?」
 しかめた表情で門貴を見る由雉。
「アイツっ…」
 門貴が真剣な表情で桜時を見つめる。
「アイツっ…まだ何かやる気やっ…」
「えっ…?」


「……っ?」
 門貴と由雉が桜時を見つめる中、オオカミも桜時の変化に気づき、その表情を曇らせていた。
「クっ…」
 倒れたままの傷だらけの桜時が、まっすぐ前を見つめる強い瞳を見せ、必死に目の前に転がっている村雨丸へと手を伸ばそうとしていた。
「ふぅ…」
 そんな桜時の姿に、オオカミはどこか呆れたように肩を落とした。
「弱い上に…往生際まで悪いようだね…」
「確かに…」
「……?」
 絞りだされたような、その弱々しい声に、オオカミがゆっくりと顔を上げる。
「確かに俺は…今の俺はっ…アイツにとってはただのお荷物で…」
 桜時が必死に村雨丸へと手を伸ばしながら、その弱々しい言葉を繋ぐ。
「何の力にもなれねぇーしっ…これっぽっちも頼りになんかされねぇーけどっ…でもっ…」
「……っ」
 桜時の手が、村雨丸の柄を掴む。
「それでっ…このままで終わる気はねぇーしっ…」
 ゆっくりと片足ずつ膝を立たせ、傷ついた体を奮い起こす桜時。
「この勝負だってっ…」
 桜時がやっとの思いで立ち上がり、オオカミの方に向かって顔を上げる。
「このまま終わる気はねぇっ…!」
 顔を上げた桜時は、力強く曇りのない瞳を、オオカミへと向けた。
「はぁっ…」
「……っ?」
 深々と息をつくオオカミに、桜時が少し眉をひそめる。
「あくまでも足掻くと言うのかい?」
「イヌは足掻くのが得意なんだぜっ?諦めの早いオオカミと違ってなっ」
「……っ」
 笑顔さえ見せ、自信を持って言い放つ桜時に、オオカミの表情が今まで見せていた余裕の笑みが消えていく。
「じゃあその足掻きとやらを見せてもらおうか…」
 オオカミが鋭い瞳を桜時へと向ける。
「“機微団子弾”」
「……っ!」
 オオカミの周囲を取り囲むようにして現れる無数の機微団子弾に、桜時が表情を厳しくする。
「バッキューンっ☆」
 オオカミの合図で、一斉に桜時へと飛び出していく機微団子弾。

「桜時っ!」
「イヌっ!!」

「……。」
 門貴と由雉が名を呼びながら身を乗り出す中、桜時が向かってくる機微団子弾に向かって村雨丸を振り上げる。

――私には確かに見えますよ…?――

 お荷物であるのなら、仲間と呼べるほどの存在になればいい。弱いのなら、強くなればいい。少しでも助けられるように、少しでも頼られるように。

――アナタの背に、その翼が…――

 あの笑みに、少しでも応えられるように。


「……っ!!」
 桜時が、向かってくる機微団子弾に、勢いよく村雨丸を振り下ろす。
「“瞬花”っ…!!」
「また同じことをっ…」
 瞬花を唱えた桜時に、オオカミが思わず肩を落とす。
「あれほど効かないものは効かないとっ…」

――パァァァァーンッ!

「なっ…!!」
 その瞬間、オオカミの目の前で無数の機微団子弾が無数の桜の花びらと変わり、美しく散っていった。
「僕の機微団子を…?」

――パァァァァンッ!

「えっ…?」
 オオカミのすぐ横に立っていた桃の木が、その音とともに一瞬にして桜の木へと変わる。

――パァンッ!パァンッ!パァンッ!

 部屋にあるすべての桃の木が、どんどん桜の木へと変わっていく。
「“桃の苑”がっ…お兄様っ…!」
「ああっ…」
 いつの間にか気が付いたらしきグレーテルが驚いたように振り返ると、そこにいたヘンゼルは咲いたばかりの桜の木を見上げながら、思い切り男らしい低音ボイスで頷いた。
「まさかっ…これほどの力のヤツがいるとはな…」

「はぁぁ〜っ、一気に桃園から桜園だねぇ〜」
「何々ぃ〜っ?みんな、何をそんなに驚いてるんぅ〜っ?」
「桃と桜の区別も付かないバカは黙ってて」
「がいいぃーんっ!!」
 由雉に冷たい言葉を投げかけられ、門貴が激しくショックを受ける。


「こんなことが…」
 部屋一面、桜の木となった周囲を見回しながら、今までにない険しい表情を見せるオオカミ。
「春だねぇ…」
『落ち着いてる場合じゃありませんわっ!ご主人様っ!!』
 桜の木を見上げながらまったりし始めるオオカミに、ヘンゼルとグレーテルが突っ込みを入れる。
「ああ、ごめんごめん。ついぃ〜」
 オオカミが二人に気の抜けた笑みを向ける。
『ついとか言ってる場合じゃありませんわぁっ!!前ぇっ!前ぇっ!!』
「前っ…?」
 必死に指差すヘンゼルとグレーテルに、オオカミがゆっくりと前を見る。
「……っ」
「……。」
 オオカミが前を見ると、そこには再び村雨丸を構えた桜時の姿があった。桜の木から散っていくすべての花びらが、まるで桜時に引き寄せられていくように集まっている。桜の花びらに包まれた桜時は、今までにはない不思議な空気を醸し出していた。
「村雨丸っ…」
 桜時がゆっくりと村雨丸を構える。
「……っ!」
 桜時から発せられるただならぬ力に、オオカミが表情を険しくして身構える。
「これはヤバいかもっ」
『ご主人様っ!!』
 距離を取るように後方へ飛ぶオオカミに、ヘンゼルとグレーテルが不安げに身を乗り出す。
「……“柔桜じゅうおうっ…無塵むじん”っ!!」
 桜時がオオカミに村雨丸を振りきると、桜時を包む桜の花びらが一斉にオオカミへと飛び出していく。
「クっ…!」
 向かってくる桃色の花びらの塊に、顔をしかめるオオカミ。


――バァァァァァーンッ!

 巨大な衝撃音とともに、桜時の技がオオカミのいた辺りの野原を一気に吹き飛ばした。部屋中に砂煙が立ち込め、皆の視界を塞ぐ。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
 肩で大きく息をしながら、砂煙の中に立ち尽くす桜時。
「ご主人様っ!?お兄様っ!ご主人様がっ…!」
「まさかっ…ご主人様がっ…」
 晴れない砂煙に、不安げな表情を見せるヘンゼルとグレーテル。
「うっ…ううっ…!」
『桜時っ…!』
 力なくその場に座り込む桜時を見て、門貴と由雉が身を乗り出す。
「ダメだっ…!桜時、もう立つ力もっ…!」
「でももうええやぁ〜んっ!イヌのヤツ、やったんやろぉ〜っ?」
「……いやっ…」
「へぇっ?」
 厳しい表情で呟いた由雉に、門貴が首をかしげて振り向く。

「……っ」
 砂煙をまっすぐに見つめていた桜時が、ふと眉をひそめる。
「ああぁ〜っ…凄い凄いっ」
「……っ?」
 晴れていく砂煙の中から見えてくる人影に、桜時が座り込んだまま身構える。
「まさかホントに人化させられちゃうとは思わなかったなぁ〜」
「あっ…」
『なっ…』
 晴れていく砂煙の中から現れたその人物に、思わず目を見開く桜時、門貴、由雉。

「今のはホントにビックリしたよぉ〜」
『きゃあああっ!ご主人様ぁぁっ!!』

 黄色い歓声をあげるヘンゼルとグレーテル。そこに立っていたのは茶色いサラサラ髪に、穏やかな緑色の瞳をした、笑顔の何とも爽やかな長身の男であった。二十代半ばくらいだろうが、物腰柔らかな雰囲気がそれ以上に年上に思わせた。

「もぉーうっ!相変わらず、ご主人様カッコいいぃぃっ!!」
「当然よっ!私に男を捨てさせたぐらいのお人なんだからっ!」
「ってか、アンタが勝手に捨てたんでしょ…?」
 人化したオオカミに一気にテンションを上げるヘンゼルとグレーテル。そのヘンゼルの言葉に、由雉が呆れた表情で突っ込みを入れる。
「でもでもぉっ!さっきの戦いで門貴さんにグッと来ちゃったぁっ!!」
「いっやぁっ!来んでええぇっ!!」
 勢いよく駆け込んでくるヘンゼルから、門貴が死に物狂いで逃げる。


「はぁ〜っ、驚いたよっ」
 そう言いながら、懐に手を入れるオオカミだった男。
「まさか朱実の王子クンがここまでとはねぇ〜」
 男が懐から取り出したのは、黒いフチのメガネであった。
「知ってて仲間にしたのかな…?あの子はっ」
「えっ…?」
 メガネのレンズを拭きながら漏らした男の小声を聞き取れず、桜時が少し首をかしげる。
「まぁいいかぁ」
「……っ」
 メガネを掛ける男の右手の甲を見て、眉をひそめる桜時。
「傷っ…?」
 男の右手の甲には、古い刀傷の跡があった。
「さてとっ」
 黒いメガネを掛け、さらに爽やかさを増した男が、仕切りなおすように顔を上げ、桜時の方を見る。
「じゃあコッチもちょっと本気でいかせてもらうねぇ〜」
「ええっ!?」
 笑顔で言い放つ男に、座り込んだままの桜時が引きつった表情で声を出す。
「ちょっ…!」
「“神狼しんろう丸”っ」
「……っ!」
 男がどこからともなく刀を取り出し、素早く構える。その長く美しい黒刃に、思わず目を見張る桜時。
「じゃあ行くよっ…!」
「うえっ!?ちょっ…!ちょっと待っ…!俺、もうっ…!」
「終わりだよっ、イヌ君っ」
「クソっ…!!」
『桜時っ…!!』
 振り下ろされる刃に、さすがに諦めの色を見せる桜時。門貴と由雉が必死に叫ぶ。
「……っ」

――パァァァァァーンッ!

「へっ…?」
『ああっ!!』
 桜時に向かって振り下ろされようとした神狼丸を受け止めた金色の刃。その刃を突きつけた者の姿に、桜時や門貴、由雉、そしてヘンゼルたちも目を見開く。

『輝矢ぁっ!?』

 そう、金色の刃・三日月を構え、男の神狼丸を止めたのは、冷たい表情を見せた輝矢であった。

「どういうこっちゃ〜っ?輝矢ん、捕まってたんとちゃうん〜?」
「まぁ輝矢は大人しく捕まってるタイプじゃないけどね」
 急に現れた輝矢に、門貴と由雉が戸惑った表情を見せる。

「かっ…輝矢っ…お前っ…」
 しゃがみ込んでいる桜時も、茫然と輝矢を見上げる。
「んん〜っ、どうやらぁ終わりに出来ないみたいだねぇっ」
「……っ」
 爽やかな笑みを浮べた男に、輝矢がさらに表情を冷たくする。
「人が寝てる間に…人のペット相手に何をしているんです…?」
 キツく男を睨みつける輝矢。
「少し…“悪フザケ”が過ぎるのではないですか…?タローっ」
『へっ?』
 輝矢の言葉に目を丸くする桜時たち。
「いっや〜っ!輝矢ちゃんがお供連れて帰って来たって聞いたからさ〜っ!どんな子かと思って、ついっ!」
『へぇっ?』
 輝矢と“タロー”と呼ばれた男のやり取りに、三人がどんどんと困惑した表情となっていく。
「ついじゃありませんよっ、ついじゃっ」
「だってぇ〜フツーに自己紹介したってつまんないじゃないっ?」
 睨む輝矢に、タローが満面の笑顔を向ける。
「長く深い付き合いを見据えての自己紹介はぁ、やっぱこう命を張った戦いにしないとぉっ…!」
「だからってハチをこんなに傷だらけにしてもいいと…?」
「あっ、やっぱりごめんなさぁ〜いっ」
 輝矢からさらに怒りのオーラが発されると、タローが笑ったまま素直に頭を下げる。
「あっ…あのっ…輝矢っ…」
「……っ?」
 タローと言葉を交わしていた輝矢を、遠慮がちに桜時が呼ぶ。
「ソイツは一体っ…」
「ハチぃっ!!」
「ぎゃああっ!!」
 勢いよく抱きついてくる輝矢に、桜時が耳が砕けそうな叫び声を発する。
「こぉんなボロボロになってぇ〜私の愛で治してあげますからねぇ〜っ」
「治るかぁっ!離れろっ!!ボケぇっ!!」
 愛を振り撒いてくる輝矢に、傷だらけの体で必死に抵抗する桜時。

「あのぉ〜…お楽しみのところ、大変申し訳ないんですけどぉ〜」
 二人の元へと歩み寄ってきた由雉が、少し遠慮がちに声をかける。
「後にしなさいっ」
「はいっ!由雉クンっ!どうぞぉ!!」
 由雉の進言を許さない輝矢に対し、すかさず進言を許す桜時。
「でぇ、結局のところ、あの人たちは誰なわけぇ?」
 由雉が一番気になっている質問をストレートに輝矢に投げかける。
「まっ、戦ってる最中に殺気がなかったから、鬼人関連じゃないってことは察しついてたけどっ」
「ええぇっ!?そうなんっ!?」
「ちょっとバカは黙っててもらえる?」
「ううっ…」
 由雉の冷たい言葉に、しゃがみ込んで落ち込む門貴。
「そうだよっ!アイツら一体、何者なんだっ?お前、知ってんだろっ!?」
「はぁっ…」
 桜時からも問いかけられ、輝矢が少し肩を落としながら桜時から離れて、タローの方を振り返る。
「タロー」
「はいはいっ」
 鋭く見つめる輝矢に、タローが軽い返事をする。
「ヘンゼル、グレーテルっ」
『はぁ〜いっ!』
 タローに名を呼ばれるとヘンゼルとグレーテルが元気よく返事をして、右手を天井に突き上げる。
『“解”っ』

――パァァァァーンッ!

「えっ…?」
「うおおおおっ!」
「何だっ!?」
 ヘンゼルとグレーテルがそう言い放った瞬間、今は桜の苑となっていた穏やかな野原の景色が掻き消え、野原よりはかなり狭い、ごく普通の家の中へと姿を変えた。
「どうなっとんやぁ?」
「やっぱり今までの部屋は空間系の能力で作られたものだったみたいだねぇ」
 目を丸くする門貴に、冷静な表情で答える由雉。

「改めまして、ようこそっ」
『……っ?』
 タローが三人に笑顔を向ける。
「“エセお菓子の家”こと、“輝矢ちゃんの実家”へっ!」
『……へぇっ!?』
 一瞬、固まった後、大きなリアクションで聞き返す3人。
「輝矢んの家っ?」
「この悪趣味な家がぁ〜っ?」
「そぉうっ!そしてぇっ…」
 爽やかな笑顔のまま、言葉を続けるタロー。

「僕の名前は桃原太狼っ。人呼んで、“桃タロー”っ」
『えっ…?』
 太狼の茶目っ気たっぷりの自己紹介に、先ほどよりもさらに凍りつく三人。

『ええぇぇっ!?』
 桜時、門貴、由雉が目玉が飛び出しそうなくらい目を開き、これ以上ないくらいに驚いて叫ぶ。
「もっ…!ももも桃タローってっ…十年前、鬼人を退治して英雄になっちゃったあの桃タローっ…!?」
「うん、そぉ〜っ」
「今や伝説とされて御伽界中の子供たちの憧れになっちゃってる、あの桃タローっ!?」
「うん、そぉ〜っ」
「圧倒的な強さで鬼人を退治していき、“神の子”かとまで言われてたあの桃タローかぁっ!?」
「うん、そぉ〜っ」
 三人の問いかけに、満面の笑顔で頷く太狼。
『ええぇぇっ!?』
 三人がもう一度声を揃えて、大声で驚く。
「そんなに感激されちゃったら照れるなぁ〜っ」
 驚いている三人に、何故か照れ始める太狼。
「それはもう太狼様ですものぉっ!」
「当然ですわぁっ!」
「あっ、やっぱりそぉ〜おっ?」
 ヘンゼルとグレーテルの言葉に、さらにテンションを上げる。
「おっ…俺っ…桃タローってもっとこうっ、キリっとしてて精悍で誠実で心もキレイそうな感じかとっ…」
「ボクもっ…桃タローはもっと知的で真面目でクールで渋い人だと思ってたのに…」
「俺はもっとがっちりしたゴツゴツの怪力男か思てたぁ〜っ」
 あまりにイメージと違う桃タローに、少し落ち込む三人。
「だから言ったでしょう?あんまり期待しない方がいいって」
「やぁ〜輝矢ちゃんってば、ひどいなぁ〜っ」
 そんな三人に声をかけた輝矢に、太狼が笑顔で突っ込みを入れる。
「ほっ…ほらっ、桜時っ、握手してもらうんでしょっ?」
「いやっ…何つーかっ…あんだけ戦った後に“握手してくださぁ〜い”ってのも言いにくくねっ?」
「ってことはぁ、あんたが輝矢んのお師匠さんてことかぁ?」
「んんっ?」
 桜時と由雉が戸惑いながら会話している横から、門貴がふと問いかける。
「そうそぉ〜っ、僕は輝矢ちゃんの師匠で、この家で一緒に暮らしてるのっ。で、こっちがぁっ」
「桃原家の使用人をやらせていただいておりますヘンゼルですわぁっ!」
「同じくグレーテルですわぁっ!」
 太狼の紹介に、元気よく自己紹介を始めるヘンゼルとグレーテル。
「何故に使用人が大剣やら鎖鎌を…?」
「それはぁ、まぁ僕の趣味っ?」
『……。』
 笑顔満面の太狼の答えに、返す言葉もなく固まる桜時と由雉。
「門貴様ぁっ!!」
「うげっ!」
 ヘンゼルに名前を呼ばれ、一気に顔を歪める門貴。
「これぞ運命の出逢いっ!これを機会に交際を始めましょぉ〜っ!!」
「絶対、いやぁぁっ!!」
 全力で駆け込んでくるヘンゼルから、全力で逃げる門貴。さすが体は男というだけあって、足の速さは門貴といい勝負である。

「何だか面白いことになってますねぇ〜」
「面白い…か…?あれっ…」
「桜時、癒羽ぁ〜」
「あっ、悪りぃっ」
 輝矢の言葉に呆れた表情を見せていた桜時に、由雉が黄色い羽根を差し出す。
「私の愛で治すのとどちらがいいですか?」
「癒羽っ」
 輝矢の問いかけに、桜時が即答する。
「またまたハチってば、照れちゃってぇ〜っ」
「照れてねぇーよっ!!」
「ぎゃあああああっ!!輝矢ん、助けてぇっ!!」
『……っ?』
 ヘンゼルに追いかけられ、家中を走り回っている門貴が、助けを求めて声をあげる。その声に振り向く輝矢。
「嫌です」
「即答っ!?」
「門貴さまぁぁっ!!」
「ふぎゃああっ!!」
 輝矢に助けを断られ、門貴が再び逃げ惑う。
「ったく、あんなに暴れちゃってぇ〜まだ傷の治療してないのにっ」
 由雉がやれやれといった表情で立ち上がり、癒羽を片手に追い回されている門貴の方へと歩いて行く。
「サルも厄介なものに惚れられましたねぇ」
「まったくだっ」
 桜時が輝矢の問いかけに答えながら、由雉からもらった癒羽を自分の右手に突き刺す。癒羽がやわらかな光を放ち、桜時の傷を徐々に治していく。
「……。」
 治っていきはしているが、全身傷だらけの桜時を見て、少し目を細める輝矢。
「すみませんでしたね…」
「えっ?」
 輝矢の言葉に、桜時が顔を上げる。
「タローが…アナタを傷つけて…」
「ああっ、まぁそんなに気にしてねぇーって。傷も治っていってるしっ、ほらっ」
「外傷のことではなくて…」
「えっ…?」
 少し気まずそうに言う輝矢に、桜時が眉をひそめる。
「ああっ…」

―― 一般にはねっ、そうゆうのをタダの“お荷物”って言うんだよっ――

「聞いてたのかっ…」
 桜時が少し笑みをこぼして、目線を下に落とす。
「苦しめて…しまいましたね…」
「いいよっ。間違ったことは言われてねぇーしっ」
 今のままの桜時では、輝矢の力にはなれないことを思い知らされた。
「……っ」
「ハチっ…」
 どこか元気なく俯く桜時に、輝矢が少し表情を曇らせる。
「ハチっ、私はっ…」
「はいっ、そこまでぇ〜っ」
「へっ?って、ぎゃああっ!!」
 突然、輝矢と桜時の間に手を入れた太狼が、勢いよく桜時の眉毛を抜いた。
「うっ…ううっ…おおぉ〜っ…」
 体を俯かせ、眉毛を押さえて苦しげな声をあげる桜時。
「あっ、結構抜けたねぇ〜ギネスものじゃなぁ〜いっ?」
「タローっ」
 十本以上はある、抜いた桜時の眉毛を数えながら、楽しげに笑う太狼。そんな太狼を輝矢が見上げる。
「何してくれてんだよっ!アンタはっ!!」
 左眉だけ異常に薄くなった桜時が、勢いよく太狼に怒鳴り上げる。
「ごめんごめん〜ピンクの眉毛なんて珍しいもんだからさぁ〜っ、ついぃ〜っ」
「ついじゃねぇーよぉっ!ピンクの眉ペンなんて、どこにも売ってねぇーんだぞぉ!?」
 軽く笑って誤魔化す太狼に、桜時の怒りはさらに加熱する。
「ぶわぁっはっはっ!何やぁ〜っ!イヌぅ〜っ!その眉毛ぇ〜っ!」
「眉毛だけハゲる家系なのぉ〜?」
「うっせぇっ!!黙れっ!」
 いつの間にか輝矢や桜時の元へと歩み寄ってきていた門貴と由雉が、眉毛の薄くなった桜時を見て大笑いをする。そんな二人にも勢いよく怒鳴る桜時。

「さっ、お部屋に戻ってお休みしよっかぁ〜輝矢ちゃんっ」
「えっ?」
『……っ?』
 三人が騒いでいるうちに、桜時の眉毛を抜いた太狼が軽々と輝矢を抱え上げてそう言った。太狼の言葉に、輝矢や桜時たちが目を丸くする。
「なっ…!だっ…大丈夫ですっ…!私は全然平っ…!」
「はいはいっ」
「……っ」
 少しムキになった表情で平気であると言おうとした輝矢の口を、太狼が手でそっと押さえる。
「大丈夫じゃない時ほど、“全然”“何でも”“まったく”って言うんだよねぇ〜輝矢ちゃんはっ」
「うっ…」
 太狼のその言葉に、思わず表情をしかめる輝矢。
「……っ」
 そんな輝矢の様子を見て、桜時は少し驚いたような表情を見せる。
「んっ…」
「……っ?」
 またしても頭に痛みが走り、頭を押さえる輝矢を見て、太狼が少し眉をひそめる。
「まったく〜安静にしてなきゃいけないのに、無理して起きてきちゃったりするからぁ〜」
「誰のせいです…?」
「あっ…アハハぁ〜、ヘンゼル〜グレーテル〜、輝矢ちゃんにお休みの準備してあげてぇ〜」
『はぁ〜いっ!』
 輝矢の鋭い指摘を笑って誤魔化し、太狼がヘンゼルとグレーテルに指示を与える。太狼の言葉に元気よく返事をし、廊下の奥にある階段から急いで二階へと上がっていくヘンゼルとグレーテル。
「さっ、自分の部屋に帰ろうねぇ〜」
「で…でも…」
「……っ?」
 輝矢を抱えて二階に行こうとした太狼を、輝矢が裾を掴んで止める。
「タロー…またっ…ハチたちに…何か…」
「だぁ〜い丈夫っ、もう何にもしないよっ。約束するっ」
 半分閉じた瞳で弱々しく問いかける輝矢に、笑顔を向ける太狼。
「でも…」
「僕が約束、破ったことあるかい?」
「……三回に二回はっ…」
「……。」
 輝矢の答えに、太狼が笑顔のまま一瞬、固まる。
「まっまぁとにかくっ、ゆっくりお休みっ…」
「……っ」
 太狼の笑顔に少し安心したように微笑んだ後、輝矢はゆっくりとその瞳を閉じた。
「すぅー…すぅー…」
 すぐに輝矢の小さな寝息が聞こえてくる。
「凄いっ…あの輝矢がとっても素直にっ…」
「あんな子供っぽい輝矢ん、初めて見たなぁ〜」
「……。」
 太狼にすべてを任せるように安心して眠った輝矢に、驚いた表情を見せる門貴と由雉。その2人の横で桜時は、複雑な表情でまっすぐに輝矢を見つめていた。
「じゃあちょっと寝かせてくるねぇ〜」
 太狼が三人にそう言って、階段へと足をかける。
「あっ、そうだぁっ」
『……っ?』
 急に足を止める太狼に、目を丸くして顔を上げる3人。
「イヌくぅ〜んっ」
「痛ててててっ…!」
 太狼がもう一度、桜時の方へとやって来て、座っている桜時の耳を引っ張りあげる。
「やっ…!やめっ…!何すっ…!」
「まぁた輝矢ちゃんに無理させたらぁっ、今度はぶっ殺すからねっ」
「うっ…!」
 耳元で呟かれた太狼の小声に、桜時が凍りつく。
『……っ?』
 太狼の声が聞こえなかったため、よくわからず首をかしげる門貴と由雉。
「よっ」
 太狼が桜時の耳から手を離し、輝矢を抱えたまま三人を見下ろす。
「輝矢ちゃんの体調くらい見分けらんないとぉ、お供なんてやめさせちゃうよぉ〜」
 太狼が悪戯っぽく笑う。
「諸君っ」
『うっ…』
 急に目つきを鋭くする太狼に、思わず固まる三人。
「もぉ〜はもぉぐらのもぉ〜♪もぉ〜はモスラのもぉ〜♪もぉ〜はモントリオールのもぉ〜♪」
『……。』
 すぐにまた爽やかな笑顔に戻って、変な歌とともに太狼は2階へと姿を消していった。そんな太狼を唖然と見送る桜時たち。
「なっ…何やろっ…?あの歌っ…」
「さぁ…?って、問題はそこじゃなくないっ?」
「しっかし…すっごい敗北感やなぁ〜っ…」
「桜時、さっき何言われたのぉ〜?」
「……俺もうっ…ダメかもっ…」
 子供の頃から憧れであった伝説の男・“桃タロー”に、出会ったその日に殺人予告を受ける桜時なのであった。




「すぅー…すぅー…」
「……っ」
 眠っている輝矢を見つめ、優しい笑みをこぼしながら2階へとやって来る太狼。
「気は済んだんですか?」
「……っ?」
 前方から聞こえてくる声に、太狼が顔を上げる。
「ゴンっ」
 太狼が振り返った先の二階の廊下に立っていたのは、少し不機嫌そうな表情を見せたゴンであった。
「やぁっ、君がウチに来るなんて珍しいねぇ〜何か用かいっ?」
「白々しいこと言わないで下さいよっ。俺が入れないよう、さっきまでヘンゼルたちに結界張らせたでしょ?」
「えっ?何のことぉ〜っ?」
「ったくっ」
 嘘臭い笑顔で誤魔化す太狼に、ゴンが呆れた表情を見せる。
「全部、アイツらの実力見るために仕掛けたことだったんでしょ?」
「んん〜っ、どうかなっ」
 ゴンの問いかけに、太狼がはぐらかすように答える。
「えらく強い退治屋がいると思ったら、まさかあの時のガキだったとはねっ…」
「……。」
 ゴンの言葉に、太狼は笑顔ながらも神妙な表情を見せる。
「まぁ急にお供なんか連れて帰ってきて心配なのはわかりますけどっ、でも大丈夫ですよっ」
 ゴンも桜時や由雉に囲まれている輝矢の方を見る。
「アイツら、割りとそれなりに強っ…」
「“割りとそれなり”…で大丈夫なのかい?」
「へっ…?」
 意味深な太狼の言葉に、ゴンが少し表情を曇らせる。
「これからの戦い…彼らはこの子と共に戦っていくつもりなんだろう…?」
 太狼が鋭い表情で、眠っている輝矢を見る。
「この子の背負っているものは…そんなに軽いものじゃないんだよっ」
「……っ」
 そう笑って太狼は、すぐ突き当たりにある輝矢の部屋へと入っていった。

「やれやれ…だなっ…」
 廊下に一人残されたゴンは、少し疲れたように呟いて肩を落とした。



                                      其の十五につづく。
千風のHP「千風のお部屋」へ!←キャライラストも満載です。