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第13章 御伽最大の国

 “龍国”。
 御伽界東方に位置する、海に面した巨大な国。
 “雀国”とともに御伽四大国の一つに数えられ、千年以上前から存在する、御伽界最古にして最大の国である。
 その名の通り、獣人最強とされる“龍人”一族に治められ、獣人・人間を問わず、多くの者が暮らしている。



 龍国・中央部。御伽警察・本部。
 本部最奥に存在する、二十階建てのシンプルな白い塔。この塔の最上階に“長官室”があった。
「うむ…」
 渋い表情を見せて頷く、長官席の椅子に座った、水色の髪に真っ赤な瞳の色黒の男。四十歳は超えているだろうが、何とも若々しく凛々しい顔立ちであった。体格のいい体にオトポリの黒制服を身にまとい、その左胸にはオトポリのマークが象られた金色のバッチを付けていた。
「私こそが、オトポリ長官にして龍国主を務める、青守ザクゥーロである」
「いやっ、知ってますから」
 男の言葉に少し呆れた表情で反応するのは、長官席の机の前へと立つ、人間の姿の金汰。
「私こそが獣人最強とされる龍人一族『アオモォーリ』の血筋であり、その圧倒的な力でぇっ…!」
「いやっ、だから知ってますって」
 長々と話を続ける男の言葉を、金汰が思わず途中で遮る。そう、この男こそ、オトポリ長官にして龍国主を務める青守座黒である。獣人最強とされる龍人一族『青守』は、その圧倒的な力で大国・龍を長年に渡り治め、十年前の鬼人出没時もオトポリを結成し、その指揮をとった伝統の一族である。
「それよりも今回の件のことを」
「今回の件は私の自己紹介よりも重要か?」
「当たり前です」
「そっ…そうか…」
 金汰にきっぱりと言われ、座黒が少し悲しげに頷く。
「しかし人が鬼人に…なぁ…」
「ええ」
 座黒の言葉に金汰が深々と頷く。
「その者たちは確かに人間であったのか?ゴン」
「はい…」
 金汰の横に立つゴンが厳しい表情で頷く。

――シロキ…?ねぇ…シロキっ…どう…したの…?――
――あれっ…?何だか俺もっ…もう眠いやっ…――

 クロトとシロキのことを思い出し、ゴンが少し俯く。
「……本人の口からそう聞きましたし、死ぬ間際に人の姿に戻ったのを確認しました。間違いありません」
「そうか…」
 暗い表情で報告するゴンを見て、座黒も気難しい表情で頷いた。
「竹取輝矢の話によると、そのオーロラという女が鬼人化したのは今から三十年も前ということになるな…」
「ええ、世界中に鬼人が出没し、桃タローが英雄となった十年前よりもさらに前ということになります」
「つまり…鬼人が出没する前から、その人間を鬼人に変える力を持った者は存在した…」
 そう言うと座黒は椅子から立ち上がり、窓際の方へと歩いて行く。
「十年前の鬼人出現も、今回の鬼人復活も…どうやらその者が深く関わっているのは間違いないようだな…」
 窓から龍国を見渡し、厳しい表情を見せる座黒。
「お前たち以外からも、鬼人化した人間の報告をいくつか受けていてな…」
『えっ…?』
 座黒の言葉に、ゴンと金汰が眉をひそめる。
「北西の地では、とある街の住人がある日突然、全員消え、その後その付近に多くの鬼人が出現した…」
「街人全員が…鬼人化したと…?」
「確証はないがな」
『……。』
 座黒が振り返ると、ゴンと金汰は何とも厳しい表情を見せていた。
「その者の動きがここに来て活発化しているのは間違いない。我々も早急に手を打たねばならん…」
「そうですね」
 金汰が素早く頷く。
「……ゴンっ」
「……っ?」
 座黒が鋭い瞳をゴンへと向ける。
「はいっ?」
 少し戸惑うように返事をするゴン。
「この度の件、あの女が絡んでいる可能性がある…」
「……っ」
 その言葉を聞いた瞬間に、ゴンの表情が凍りつく。
「その辺りは…お前も覚悟してかかるようっ…」
「覚悟って…何ですかっ?」
「……っ?」
 言葉を遮り、鋭く問いかけてくるゴンに、座黒が顔を上げる。
「俺はいつだって殺せますっ」
「おっおいっ、ゴンっ」
 強く言い放つゴンに、金汰が注意するように声をかける。
「今更覚悟なんて必要ない…」
「ゴン…」
 怖いとすら思えるほど冷たい瞳を見せるゴンに、座黒が少し目を細める。
「じゃあ俺っ…まだ報告書残ってるんでっ…」
「あっ!おいっ!ゴンっ!」
 金汰が呼び止めるにも関わらず、ゴンはあっさりと座黒に背を向け、長官室を後にした。
「すみません、長官。アイツ、いい年こいてんのに、どうにも子供染みたところがあってっ…」
 ゴンの代わりに申し訳なさそうな顔を見せる金汰。
「アイツには後で俺からきっちりっ…」
「いやっ…」
「へっ?」
 穏やかな笑みを見せる座黒に、金汰が少し首をかしげる。
「あれはあれで…大人になったんだと思う…。あの頃のゴンに比べれば…」
「長官…」
 まるで親のように温かい座黒の表情に、少し目を細める金汰。
「だが…憎しみというものは深い…」
 座黒が少し悲しげな表情となる。
「消したくとも…消せないものなのだ…」
「……。」
 座黒の言葉に、金汰も少し辛い表情で俯いた。
「それと竹取輝矢のことだが…」
「ああ、はい。早速、今から迎えにっ…」
「いやっ、お前は警務に集中してくれれば良い」
「はっ?」
 座黒に背を向けて輝矢を迎えに行こうとした金汰が、座黒の言葉に目を丸くして立ち止まる。
「ですがそれではっ…」
「イチゴ」
「はい…」
「……っ」
 座黒が名を呼ぶと、長官室の入口付近に人影が現れる。影となっていて顔はよく見えないが、声からしてまだ若い女性に思える。
「お呼びでしょうか…?お父様…」
「お嬢さんっ」
 入ってきた人影を見て、金汰が少し驚いた顔を見せる。
「竹取輝矢のことはイチゴに任せることにした」
「お嬢さんにですか?」
「ああ、竹取輝矢とは昔からよく知る仲だしな。それに竹取輝矢のお供に朱実桜時がおるそうではないか」
「えっ?ああ〜はいはいっ、ハチ公のことですねっ」
 思い出したように答える金汰。ハチが朱実の一族であるという認識が、まだ薄いようである。
「イチゴは彼とも面識があってな。前々からもう1度会いたいと言っておったしな」
「お父様っ…」
 笑顔で言い放つ座黒に、人影が少し照れるように俯いた。
「では早速、迎えに行ってくれ、イチゴ」
「はい…」
 小さな声で返事をして、人影が長官室から姿を消した。
「お前は会議の準備を頼む、金汰」
「はっ!」
 金汰が敬礼をしてしっかりと答える。
「あっ、それと長官っ」
「んっ?」
「輝矢さんから桃ちゃんに今回の件、伝わりますかねぇ?後で報告に行こうかと思ってたんですけど」
「むう…」
 金汰の言葉に、座黒が少し考えるように俯く。
「今回の件、桃ちゃんにも伝わっておいた方がいいですよね?桃ちゃんなら何かわかるかもっ…」
「わからんっ」
「へっ?」
 座黒の一言に、目を丸くする金汰。
「あの男の考えることはわからんからなぁ…」
「まっ…まぁ確かに…」
 困ったように呟く座黒に、金汰も思わず相づちを入れる。
「でぇ、私の自己紹介の続きなんだがぁ」
「いやっ、だからもういいですって」
 真剣な表情をすぐに崩して、またしても自己紹介を始めようとする座黒に、金汰は呆れた表情で言い放った。




 長官室を出たゴンは長く続く静かな廊下を一人、歩いていた。
「……。」

――今回の件、あの女が関わっている可能性がある…――
――お前もその辺りは覚悟してかかるようっ…――

「……っ」
 過ぎる座黒の言葉に、ゴンはどこか煩わしそうに首を振った。
「クソっ…!」
 収まらない何かを振り切るように、ゴンはすぐ横の壁に拳を打ちつけた。




 色々な想いが交錯し、色々な人々が動く中、輝矢たちもその“龍国”へとやって来ていた。
『ふっはぁ〜っ』
 どこまでも広がる街並みと、その向こうに延々と続く真っ青な海に、少し間の抜けた感嘆の声を漏らすのは、一匹のイヌと一匹のサル。ハチとモンキである。
「ここが…龍国っ…」
「かぁ〜っ!さっすが御伽最大の国やなぁ〜っ!」
「おっきいねぇ〜」
 丘の上から街全体を一望しながら、それぞれに声を出すハチ、モンキ、ユキジ。これまでも大きな国はいくつか行ったが、龍国はまったく規模が違っていた。家の数も人の数も倍、いやそれ以上である。
「桜時はぁ〜?同じ四大国の雀の王子様なんだし、龍国来たことあるんじゃないのぉ〜?」
「えっ?あっ、いやぁ…それがぁ…小さい頃、孔雀さんに連れられて一回来たことあるらしいんだけどぉ…」
 ユキジの問いかけに、気難しい表情を見せるハチ。
「どうにも思い出せないってゆーか、思い出そうとするとこう頭がキーンとなるってゆーか…」
「キーン?」
「来た時に頭でもぶつけたんちゃうかぁ〜?」
「んん〜っ」
 ユキジとモンキの言葉に、ハチがさらに考え込む。
「まぁそのウチ思い出すってぇ〜でぇ〜?オトポリの本部ってゆ〜のはここから遠いのぉ〜?輝っ…」
「すぅーっ…すぅーっ…」
『……。』
 立ったまま器用に眠っている輝矢を見て、ハチたちが固まる。
「よくこの状態で寝れるよねぇ〜ある意味、感心っ」
「ここに来るまでなんか、歩きながら寝とったでぇ?さっすが輝矢んっ!」
「ったくっ!」
 感心しているユキジとモンキの横から、ハチが呆れた表情で輝矢の元へと歩み寄っていく。
「おいっ!おおぉーいっ!!」
「んっ…?」
 ハチの大声に、輝矢がゆっくりと目を開く。
「いやぁ〜っ、懐かしいですねぇ〜。若かりし頃が甦るというか、心あらわれるような思いですねぇ〜」
「ウソをつけっ!思いっきり寝てたじゃねぇーかっ!!」
 龍国の街を眺めながら、懐かしそうに微笑む輝矢に、ハチが全力で突っ込みを入れる。
「いやぁ〜っ、すみません。あまりの懐かしい香りについウトウトしてしまいましてっ」
「ったくっ!……っ」
 笑顔で謝る輝矢に不機嫌な表情を見せていたハチであったが、その表情が不意に曇る。

――疲れてるんじゃなぁ〜い?やっぱ…――
――月器や水力使うのって、やっぱそれなりに輝矢の体に負担かけてんじゃないかなぁ〜?――

「……。」
 思い出されるユキジの言葉に、ハチが少し目を細める。
「もし調子悪いんならっ…ちゃんとそうっ…」
「別にっ、どっこも悪くないですよぉ〜っ」
 ハチが言葉を言い終えないうちに、輝矢がハチに爽やかな笑顔を向けた。
「ハチは全然っ、何にも心配しなくて大丈夫ですからっ」
「……っ」
 その輝矢の言葉に、少し表情をしかめるハチ。
「そうかよっ…」
「……っ?」
 どこか暗い表情で俯くハチに、輝矢が少し首をかしげる。
「それにしてもぉ〜輝矢に故郷があるなんて思わなかったなぁ〜っ」
「せやなぁ〜」
「確かに…」
「失礼ですねぇ」
 ユキジの言葉に深く頷くハチとモンキ。そんな3匹を見て、輝矢が少し表情をしかめる。
「じゃあ私はどこで生まれたと思っていたんです?」
『どこでっ…?』
 輝矢の問いかけに一斉に考え込む三匹。
「地獄っ?」
「闇の底とかぁ?」
「ブラックホールっ!」
「……っ」
『ううっ…』
 笑顔で答えたモンキとユキジに、輝矢の鉄足が振り下ろされた。
「なんで桜時は蹴らないのさぁ〜っ?」
「ハチの言うことなら何でもいいからです」
「ううぅ〜差別だぁ〜っ」
「俺は輝矢んとの出会いが、ブラックホールから来たくらいの衝撃やったってことを伝えようとぉっ…!!」
「はいはいっ」
「ぎゃああああっ!!」
 下手な言い訳をしようとしたモンキに、再び輝矢の鉄足が振り下ろされる。
「さっ、じゃあまだ会議まで時間はありますが、オトポリ本部へ行きますかっ」
「えっ?お前ん家、行かないのかっ?」
 輝矢の言葉に、ハチが少し意外そうに聞き返す。
「何です?ハチ。そんなに私のお家訪問がしたかったのですか?」
「そうじゃねぇーよっ!」
「大丈夫ですよぉ。後でたっぷりお家デートしましょうねぇっ」
「だっからそうじゃねぇーって言ってんだろうがっ!!」
 一人、ウキウキとしたオーラを放つ輝矢に、ハチがどんどん突っ込む声を大きくしていく。
「そうじゃなくってぇっ!まず家に顔出さなくていいのかって聞いてんだよっ!!」
「そうだよぉ〜まだ会議には時間あるんだしぃ、先、家行っちゃえばぁ〜っ?」
「家に行くと、会議に間に合わなくなりそうですからっ」
 ハチとユキジの問いかけに、輝矢が平然とした表情で答える。
「アナタたちのことを師匠に紹介しなきゃいけませんしね」
『師匠っ?』
 輝矢の言葉に三匹が一斉に目を丸くする。
『しっ…師匠って…』
「ああ、“桃タロー”のことですよ」
『桃タローっ!?』
 三匹が桃タローの名に敏感に反応する。
「もっ…桃タローっ!?そうかぁっ!俺ら、あの桃タローに会えるんかぁっ!!」
「御伽界を救ったってゆう超スペシャルな英雄をナマで見れるんだねぇ〜っ!感激ぃ〜っ!」
「おっ俺っ、握手してもらおっかなっ!?」
「まぁそんなに期待しない方がいいと思いますけどね…」
 興奮気味の三匹には聞こえないような小さな声で、輝矢がそっと呟く。
「まぁとりあえず、先にオトポリに行きますよぉ〜」
『はぁ〜いっ!!』
 桃タローにすっかりテンションの上がった三匹は、輝矢の言葉に素直に手を上げた。




 と、いうわけで、御伽警察・本部。敷地内出入り口。
『ふっはぁ〜っ!!』
 その壮大な敷地と、いくつも並んだ高い塔を見渡しながら、感心したように声を漏らすハチ・モンキ・ユキジの三匹。整った設備と高度な技術により造られた建造物の数々は、ハチたちがこれまで一度も目にしたことのないものばかりであった。
「こんなすっげぇートコで働いてんのかよっ…ゴンたちっ…」
「桜時ん家の広さにもビックリしたけど、上には上がいるんだねぇ〜」
「さっ、とっとと入りましょうかっ」
「って、おいっ!そんなにドンドン進んでいいのかよっ!?」
「大丈夫ですよ」
 不安げにハチが問いかけるが、輝矢は爽やかな笑顔で遠慮することなくオトポリの敷地に足を踏み入れる。

――ビーっ!ビーっ!ビーっ!

「あれっ?」
「ほら見ろぉっ!言わんこっちゃねぇっ!!」
 輝矢が足を踏み入れた途端に鳴り響く警報音。首をかしげる輝矢にハチが思い切り怒鳴りあげる。
「侵入者だぁっ!!」
「どゅおおおっ!?」
 中から出てくるたくさんの警官に、ハチが怯えたように叫ぶ。
「どうすんだよっ!?」
「あんなヤツらっ…一人残らず倒してみせますっ」
「いっやぁぁっ!!絶対、監獄行きだぁっ!!」
「おっ…俺は別に怪しいサルちゃうでぇっ!?フツーのサルやっ!フツーのっ!」
「サルがフツーだって言ってる時点でフツーじゃないよ」
 焦る者や冷静な者、武器を構えようとする者のいる中、警官たちが入口へと駆け込んでくる。
「貴様らっ!何ヤツだっ!?」
『ひいいいっ!!』
 周囲を囲む警官たちに、ハチたち三匹が輝矢の後ろへと逃げ込む。
「何奴?まぁアナタ方より偉いことは確かです。とっとと道を開けなさい」
『何ぃぃっ!?』
 輝矢の偉そうな発言に、周囲の警官たちが皆、怒りを露にする。
「おっおいっ!何、怒らせてんだよっ!」
「そうそう、ここは穏便にぃ〜っ」
「とっとと開けないと吹っ飛ばしますよ?」
『だあああっ!!』
 穏便とはかけ離れた発言をする輝矢に、ハチたちが皆、ズッコケる。
「吹っ飛ばすだとぉ〜っ?むむぅ〜っ、怪しいヤツめっ!捕まえろぉっ!!」
『ひええええっ!』
 一斉に構えを取る警官たちに、震え上がる三匹。

「何の騒ぎっ?」
『……っ』
 凛と響き渡る声に、輝矢たちや警官が一斉に振り向く。
「何かあったのっ?」
 皆が振り返った先に立っていたのは、水色の長いポニーテールに、大きな力強い真っ赤な瞳の、まだ二十代前半くらいの若く美しい女性であった。オトポリの黒い制服を身に纏い、その左胸にはオトポリのマークの入った銀のバッチを付けていた。
「うっひょぉ〜っ!キレイなお姉さんっ!」
「懲りない男だねぇ〜」
 目を輝かせるモンキに、横のユキジが呆れた表情を見せる。
「……っ?」
 何か戸惑うように眉をひそめるハチ。
『副長官殿っ!!』
『えええっ!?副長官っ!?』
 他の警官たちの言葉に驚き、思わず大声を出すハチたち。
「こんな真っ昼間から侵入者っ?一体、どこにそんなバカっ…って、輝矢ぁ〜っ?」
「久しぶりですね、リンゴ」
『ええええっ!?しかも知り合いっ!?』
 互いに名前を呼び合う輝矢とリンゴに、三匹がさらに驚きの声をあげる。
「ふっ…副長官殿のお知り合いでありますかっ!?」
「まっまぁねっ。ってか、何でアンタがここにいんのよっ?」
「金汰にオトポリの会議があるので聞きに来ないかって言われて来たんです」
『そっ…総長殿にぃぃっ!?』
 輝矢から金汰の名が出ると、警官たちがさらに驚く。
「それなのにこの方々が…」
『うっ…!』
 輝矢が鋭い瞳を向けると、周りを囲んでいた警官たちが皆、焦った表情を見せる。
『しっ…!失礼しましたぁぁ〜っ!!』
 警官たちが敬礼をして、逃げるようにその場から去っていく。
「まったく…空気の読めない方ばかりですね、ここは」
「そう言ってやらないでよっ。どうせアンタが“一人残らず吹っ飛ばす”とか何とか言ったんでしょっ?」
「私がそんなこと言うはずないじゃありませんか」
「言っただろーがっ!!思いっきりっ!!」
「んんっ?」
『……っ?』
 輝矢に突っ込んだハチを見て、リンゴが急に眉をひそめる。そんなリンゴに首をかしげる輝矢たち。
「アンタぁ〜…」
「ううっ…」
 ハチをじっくりと見つめながらせり寄って来るリンゴに、ハチが表情をしかめて後退する。
「どっかでっ…」
「えっ…?」
 考え込むように呟くリンゴに、ハチが戸惑うように目を丸くする。
「何です?リンゴ。私のハチに下手なナンパしないで下さいよ?」
「そんなんじゃないわよっ。ってか、何っ?このイヌ、アンタの男?」
「そうです」
「サラっとウソ言うんじゃねぇっ!!」
 リンゴの問いかけにあっさりと頷く輝矢に、ハチがまたしても大声で突っ込む。
「じゃ大丈夫よっ。私とアンタ、男の趣味、まるで違うし」
「それもそうですね」
「ってか、ナンパとかじゃなくってぇ、マジどっかで見たことあんのよねぇ〜このイヌ」
 納得している輝矢の横で、まじまじとハチを見つめるリンゴ。
「桜時はどうなの?」
「いやっ、俺はよくっ…」
「まぁ見たことくらいはあるでしょうね」
『へっ?』
 互いに首をかしげていたハチとリンゴが、横から口を挟んだ輝矢の言葉に眉をひそめる。
「それ、どういうことよっ?」
「ハチは雀国の朱実一族なんですよ」
「朱実のっ!?」
 輝矢の言葉に、リンゴが驚いたように再びハチを見る。
「でも朱実ってスズメじゃっ…」
「うっ…」
 スズメ一族であるのにイヌである自分に相変わらずの劣等感を感じ、ハチが少し俯く。
「イヌの…朱実っ…」
 リンゴが深く考え込む。
「ああぁーっ!思い出したっ!!」
『うおっ!』
 いきなり大声を発するリンゴに、三匹が驚いて思わず1歩下がる。
「いたいたぁっ!スズメ一族なのになぁ〜んかイヌに生まれてきちゃった出来損ない王子の桜時っ!!」
「……どうせ俺なんかっ…」
「すっごく落ち込んじゃったけどぉ〜?」
「ハチを落ち込ませるようなこと言わないで下さいよ、リンゴ」
「あっ、ごめんごめんっ」
 目に見えて落ち込むハチに、リンゴが少し苦笑いを見せる。
「ほらっ!覚えてないっ?アンタがウチ…ってか『青守』の屋敷に来た時にさぁ〜っ」
「青守?」
「龍国を治める龍人一族ですよ。リンゴは青守一族、というか今の国主・青守座黒の娘なんです」
「ええっ!?じゃあの人ってば龍国のお姫様ってことっ!?」
「ええ、ガラにもないですけどね」
「アンタに言われたくないわよっ」
 驚くユキジに笑顔で答える輝矢。そんな輝矢にリンゴがしかめっ面で突っ込みを入れる。
「で、アンタが派手なオバサンとウチに来た時にさぁ〜遊んだじゃないっ?私や私の妹とっ!」
「んん〜っ?」
 リンゴの言葉に、さらに首を捻って考え込むハチ。
「うっ…!」

――キィィィーンッ!

「痛っ!」
「ハチっ」
 走る痛みに、表情を歪めて思わず頭を押さえるハチ。そんなハチを輝矢が不安げに覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「ダメだっ…やっぱ思い出せねぇーっ…」
「まぁ無理もないわねぇ〜“あんなこと”があったんじゃっ」
「へっ?」
 リンゴの意味深な言葉に、ハチが顔を上げる。
「それってどうゆうっ…」
「まぁいっかぁっ」
「いやっ、よくねぇーよっ!」
 勝手に話を完結させてしまうリンゴに、ハチが止めるように手を上げる。
「それよりアンタたち、会議聞きに来たんでしょっ?まだ時間あるけど、会議室まで連れてってあげるわっ」
「って、俺のことは…?」
「リンゴは一度、切り替えしたらそれっきりなんで、またの機会にした方が良いかも知れませんね」
「ったく…」
 輝矢の言葉に、ハチががっくりと肩を落とした。
「こっちよっ」
「すみませんね」
「まっ、私もどうせ会議出るからっ。ついでよ、ついでっ」
 リンゴに連れられて、輝矢たちはオトポリの門をくぐった。




 門をくぐった輝矢たちは、リンゴに誘導され、北東に見える大きな塔へと歩いて行く。
『ふわぁ〜っ…』
 敷地内にある稽古場や休憩所を見回しながら、感心したように声を漏らす三匹。
「凄いでしょっ?無駄なことに金かけるの好きなのっ、オトポリってっ」
「それって笑って言っちゃっていいことなの…?」
 笑顔で話すリンゴに少し突っ込みを入れるユキジ。
「今回のこと、私も聞いたわっ」
『……っ』
 リンゴの言葉に輝矢や、感心の声を出していたハチたちが皆、表情をしかめる。
「人間が鬼人になったってんでしょっ?」
「……。」
 歩きながら、どこか悲しげに俯く輝矢。
「まぁこっちもあんまり大した情報は入ってきてないんだけどねぇ」
 北東の塔まで辿り着くと、リンゴが右胸のポケットから隊員カードのようなものを取り出し、扉の横の機械にかけて扉を開ける。
「世界各地で鬼人化した人間の目撃情報が出てるってくらいっ?」
「世界各地っ…?」
 塔の中に足を踏み入れながら、リンゴの言葉にハチが表情を曇らせる。
「でっ、アンタも戦ったわけっ?」
「……ええっ…」
 その問いかけに、少し俯き気味に答える輝矢。

――貴女も…目の前に死が迫ったら…きっと言うわっ…“鬼になってでも生きたい”って…――
――人でなくなるだけでっ死ななくて済むのよっ!?だったらその方がずっとずっといいじゃないっ!――

「朽ち逝く命を嘆き、自らの体を鬼へと変えた女性と…」
 オーロラのことを思い出し、輝矢が険しい表情を見せる。
「そうっ…」
「……。」
「……っ」
 俯く輝矢を見て、リンゴが少し目を細める。
「ほらっ!」
「痛っ」
 リンゴが輝矢の頭を思い切り小突く。戸惑うように顔を上げる輝矢。
「そう気にすんじゃないのっ!別にアンタが悪いんじゃないんだからっ」
「……っ」
 リンゴの優しい笑顔に、輝矢が少し目を見開く。
「アンタは何でも背負い込むクセあるからねぇ〜」
「……。」 
 少し照れるように、リンゴから目を逸らして俯く輝矢。
「けっこう疲れた顔してるわよっ?折角帰って来たんだから少し休みなっ」
「……そうですね…」
「……。」
 リンゴの言葉に頷く輝矢を見て、横にいるハチが気難しい表情を見せた。
「まぁ会議で鬼人化した人間の発生地域くらいは絞れるかも知んないから、それでっ…んっ…!」
『……っ?』
 急に表情を鋭くするリンゴに、輝矢たちが首をかしげる。
「そこぉぉっ!!」

――バギコォォォーンッ!

『のわああああっ!!』
 塔内の柱に向かって右足を振り切るリンゴ。リンゴの足が当たった途端に、大きく太い頑丈そうな柱が一瞬にして砕け散り、二階の天井が少し傾く。塔崩壊の危機を感じ、思わず叫ぶ三匹。
「ふぅっ…」
「いっきなり何してんだよっ!アンタはっ!!」
「はぁ〜っ…」
『……っ?』
 一息ついたリンゴにハチが怒鳴り込んでいる中、崩れ去った柱の方からかすかに小さな声が聞こえてきて、皆が一斉に振り返る。
「ビックリしたぁ〜っ…」
『いいぃっ!?』
 崩れた柱のすぐ横から姿を現したそのものを見て、大きく目を見開く三匹。姿を見せたのは、青い皮膚に金色の角を持った、いわゆる一つの“竜”であった。細身ではあるが巨体で、長い首を持っている。その強そうな外見とは裏腹に、可愛らしい声を出す竜。
「ドっ…ドラゴォーンっ…?」
「うっわぁ〜ボク、龍って初めて見たぁ〜」
「すっげぇ迫力っ…」
「えっ…?あっ…ああっ…!こっ…こんにちはっ…」
 三匹から集まる視線に、焦った表情を見せながら挨拶をする竜。
「何だぁ〜っ、イチゴじゃないっ」
「おっ…お姉ちゃんっ…」
 右足を下ろし、間の抜けた様子で竜の名を呼ぶリンゴ。竜も驚いたようにリンゴを見る。
「何だぁ〜っ!てっきり侵入者かと思ったぁ〜っ!紛らわしくコソコソ隠れてんじゃないわよぉ〜っ!」
「ごっ…ごめんなさいっ…」
 豪快に笑うリンゴに、小さく謝る竜。
「姉妹っ…?」
「ええっ」
 引きつった表情で問いかけるユキジに、輝矢が一言。
「まぁ見ての通り、オシドリ姉妹です」
「見た感じ、種族から違うけど…?」
 輝矢の言葉に、ユキジが思わず突っ込みを入れる。
「しかも、もうちょっとでリンゴがあの竜、蹴り殺してたぞっ?」
「リンゴは私の蹴りの師匠ですからね」
「絶対、逆らわないでおこう…」
「あっ…」
「……っ?」
 リンゴの蹴りにも危機を感じて呟いていたハチが、自分の方を見て声を出す竜を見て、首をかしげる。
「あっ…あのっ…」
「……っ?」
 竜がハチの前へと立ち、勇気を振り絞るように声を出す。

――ボォォォーーンッ!

 竜が白い煙に包まれる。
「えっとっ…」
『……っ』
 次の瞬間、煙の中から姿を現したのは、水色の長い髪を二つに束ねた、大きく真っ赤な瞳の、まだ幼さを残す顔立ちをした、美しくもどこか大人しそうな少女であった。十六,十七歳くらいであろうか。オトポリの黒い制服を身に纏い、ミニスカートからは長く細い足が惜しみなく露出されている。その左胸にはオトポリのマークの入った銅色のバッチを付けていた。
「“龍人”っ…」
「彼女も青守一族ですからね」
 竜から人へと姿を変えたイチゴに、ユキジが目を見張る。
「うっひょ〜っ!これまた可愛いぃ〜っ!」
「うげっ…!女っ…!」
 モンキがテンションを上げる横で、ハチが怯えたように後退する。
「動物の姿の時は近づかれても平気なんだぁ〜」
「竜じゃあ女か何かわかんねぇーだろうがっ」
 感心したように言うユキジに、ハチがしかめっ面で答える。
「おっ…お久しぶりですっ…桜時さんっ…あっ…あのっ…私っ…」
「へっ?」
 イチゴの言葉に、ハチが少し困惑した表情を見せる。
「えっと…そのっ…」
「ああ〜っ、ダメダメっ!ソイツ、私らのこと、覚えてないわよぉっ」
「えっ…?」
 リンゴの言葉に驚いた表情を見せるイチゴ。
「覚えて…ない…?」
「“あんなこと”があったせいで記憶から抹消しちゃったみたいっ」
「だから何だよっ?“あんなこと”って」
「そうですか…」
「……っ?」
 リンゴに“あんなこと”の内容を聞こうとしたハチが、前方から聞こえてくる暗い声に顔を上げる。
「覚えて…らっしゃらないんですか…」
「うっ…」
 あからさまに悲しげな表情を見せるイチゴに、ハチが困ったように表情をしかめる。
「おっ…俺っ、何か悪いことしたかなっ?」
「まぁ覚えてないってのはねぇ〜、酷すぎるにもほどがあるんじゃなぁ〜いっ?」
「そっ…そうなのかっ?」
 煽るように言うユキジに、さらに困った顔となるハチ。
「あっ…あのよぉっ…!えっとっ…そのっ…!覚えてなくて悪かっ…!」
「まぁいいです…」
「いいのかよっ!!」
 あっさりと引くイチゴに、謝ろうとしていたハチが勢いよく突っ込む。
「切り替えの早さはこの姉妹の特徴です」
「変な遺伝、受け継いでんじゃねぇーよっ…」
 輝矢の解説に呆れた表情を見せるハチ。
「ってか、イチゴぉ〜アンタ、こんなとこで何してんのよぉ〜っ?」
「えっ…?」
 リンゴの問いかけに、イチゴが少し焦ったような表情を見せる。
「えっ…えとっ…おっ…お父様に頼まれて…輝矢さんたちの道案内にっ…」
「パパにぃ〜っ?」
 イチゴの答えに、リンゴが眉をひそめる。
「パパって国主やっけぇ?」
「ええ。二人のお父上はオトポリの長官でもあるんですよ」
「それでリンゴさんが副長官なのかぁ〜」
 輝矢の説明に、ユキジが納得したように頷く。
「パパに頼まれてたんだったら、もうちょい早く来なさいよねぇ〜っ」
 リンゴが呆れたように言い放つ。
「コイツら、危うく正門で連行されるトコだったのよぉ〜?」
「うっ…うんっ…見てた…」
「はっ?見てたっ?」
 俯きながら答えるイチゴに、リンゴが思わず大口を開く。
「でっ…でも中々、声かけるタイミングがなくって…」
「はぁ〜っ…アンタねぇっ…」
 リンゴが深々と頭を抱える。
「イチゴはとてつもなく内気なんです」
「性格はまったく似てないみたいだね」
「俺はどっちもキレイやから好きやぁ〜っ!!」
『アホっ』
 両手を広げて愛を告白するモンキに、皆から一斉に突っ込みが入る。

「どわああああっ!!」
『……っ?』
 廊下の奥から聞こえてくる大きな声に、輝矢たちが振り向く。
「何だぁっ!?この柱ぁっ!」
『あっ』
 リンゴが蹴りで柱を粉砕したせいで変に傾いてしまった天井に、上へと続く塔の階段から、下りにくそうにして姿を現したのはよく見覚えのあるゴンであった。
「ゴっ…」
「ゴンっ」
「……っ?」
 自分よりも先にゴンの名を呼ぶリンゴに、輝矢が少し首をかしげる。
「ああっ?げっ」
 階段を下りきって、輝矢やリンゴの方を見たゴンが少し表情をしかめる。
「おっおうっ!久々だなぁ〜っ!リンゴっ!」
「ってかアンタ、今、小さく“げっ”って言ったでしょ?」
 皆の方へと歩いてきながら、無理やり作ったような笑顔とともにリンゴに手を挙げるゴン。そんなゴンにリンゴが鋭く問いかける。
「お二人は知り合いだったのですか?」
「えっ?ああっ、同期なのっ。それ以外にも色々と腐れ縁でねっ」
「ほぉ〜んと、懲り懲りしてんだよっ」
「何か言った?」
「いえっ」
 懲り懲りしていたゴンが、リンゴに鋭く睨みつけられ、すぐさまリンゴから視線を逸らす。確かに親しそうな空気は出ていた。
「……っ」
「……っ?」
 少し疲れたように肩を落とすゴンを見て、リンゴが眉をひそめる。
「何かあったの?」
「ああっ?別に何もねぇーよっ」
「……。」
 言い捨てるように答えて、そっぽを向くゴンに、リンゴはさらに表情を曇らせる。
「それよかリンゴ、てめぇーまぁたっ、柱破壊しやがったなぁっ」
 ゴンが無理に話題を変えるように言い出し、崩れ去っている柱の方を見る。
「まぁ〜た反省文千枚決定だなっ。副長官がこれじゃあ、他の警官に示しがつかねぇーぜっ」
「ああっ!?」
 トゲのある言葉を吐いたゴンに、リンゴが勢いよく表情を歪める。
「年間トラブル警官賞のアンタに言われたくないわっ!アンタは一日で反省文千枚行くでしょうがっ!」
「んだとぉっ!?」
「まぁまぁ〜ここは穏便にぃ〜っ」
『うるさいっ!!』
「ひぃぃっ!!」
 仲裁に入ろうとしたモンキであったが、二人に一斉に怒鳴られて、イチゴの陰へと隠れる。
「あぁ〜あ〜もうっ」
「放っておいて大丈夫ですよ…」
「へっ?」
 困った表情を見せたモンキに、イチゴが優しく微笑みかける。
「“バカにつける薬はない”って言いますから…」
「イチゴっ…ちゃんっ…?」
 大人しい笑顔でわりとキツイことを言うイチゴに、モンキが少し引きつった表情を見せた。
「んっ…」
 柔らかな痛みを頭に感じ、思わず頭を押さえる輝矢。
「んんっ…」
 眩暈が襲い、景色がかすみ始め、足元がふらついていく。
「……っ」
『……っ?』
 力なくその場に倒れていく輝矢に、皆が気づく。
『……っ!!』
 輝矢が倒れたすぐ近くの柱が、リンゴが柱を破壊した影響で倒れていき、輝矢の真上から覆いかぶさっていく。
「輝矢っ…!」
「竹取っ!!」
 思わず身を乗り出すゴンとリンゴ。
『……っ!!』
 ハチ、モンキ、ユキジが表情を鋭くして、その場から飛び出していく。
『……っ』

――バァァァーンッ!

 輝矢の真上へと倒れ込む柱。その衝撃で床が割れ、辺りを衝風が立ち込める。
「あちゃ〜…こりゃ反省文二千枚かもっ…」
 煙の晴れた先に広がる悲惨な光景に、気まずい表情を見せるリンゴ。
「って、輝矢はぁっ!?」
『痛つつつつっ…』
「……っ!」
 リンゴが振り向いた先には、人化して輝矢の前に立ち、身代わりとなって柱を受け止めた桜時、門貴、由雉の姿があった。リンゴが少し驚いたように目を見開く。
「ふぅ〜っ…“瞬花”っ」
『……っ』
 桜時が受け止めていた柱を、桜の花びらへ変えて散らせる。散っていく花びらに、目を見張るリンゴとイチゴ。
「ってか、もっと早くそれやってよねぇ〜お陰で可愛いボクまで柱で背中打っちゃったじゃ〜んっ」
「悪りぃ悪りぃっ」
「危険なんわかってて自分から出てきたんやろぉ?ユッキーっ」
「そっそれはっ…」
 由雉に悪戯っぽく笑いかけながら、門貴が倒れていた輝矢を抱えあげる。
「輝矢っ!?」
「竹取っ!」
 門貴が抱えあげた輝矢の元へ、ゴンやリンゴが少し焦った表情を見せながら駆け寄ってくる。
「何だっ!?どうしたんだっ!?」
「まさか…お姉ちゃんの蹴りが入ったんじゃ…」
「何っ!?そりゃ致命傷じゃねぇーかっ!」
「何で私が輝矢を攻撃すんのよっ!!」
「いやぁ〜目立った外傷はないなぁっ」
 ゴンとリンゴ、イチゴの言い争いを気にすることなく、門貴が輝矢の容態を確認する。
「とっとにかく救護室だっ!」
「そっそうねっ」
 ゴンとリンゴに言われ、門貴が輝矢を抱えたまま立ち上がる。
「……っ」
 門貴の抱えた、深く目を閉じた輝矢を見て、桜時はどこか不安げに目を細めた。




 数分後。オトポリ本部・救護室。
「んん〜っ…」
 データ値の多く書かれた紙を見ながら気難しい表情を見せるのは、オトポリの制服の上から白衣を着た男。オトポリの救護員である。
「これはぁっ…“過労”ですねっ」
「過労っ?」
 救護員の言葉に、リンゴが目を丸くする。
「ええ。力の使い過ぎか、体に相当な無理が来ています」
 救護員が白一色のベッドに眠る輝矢を見ながら言う。ベッドのすぐ横には、眠る輝矢を不安げに見つめるハチ、モンキ、ユキジの三匹が並んでいた。
「まぁ少し休めば問題ないでしょう。目が覚めたら連れて帰られて結構ですよ」
「はっ、はぁ。どうもありがとうございました」
 リンゴが深々と頭を下げて見送る中、病室から救護員が出て行く。
「しっかし過労って…」
「まぁ無理もねぇーなっ」
「えっ?」
 ベッドの横の椅子に腰かけたゴンが呟く。
「ここんトコ、鬼人との戦い続きだったし、この前の鬼人化事件で精神的疲労も来ちまったんだろう」
「……。」

――朽ち逝く命を嘆き、自らの体を鬼へと変えた女性と…――

 悲しげに話した輝矢のことを思い出し、リンゴがそっと視線を落とす。
「こりゃ会議がどうのってのより、休息が第一かもなぁ〜」
「全部、お姉ちゃんの蹴りのせいで…」
「何で私なのよっ!!」
 深刻そうに呟くイチゴに、リンゴが病室にも関わらず大声を出す。
「てめぇー、後先考えねぇーからなぁっ」
「私は柱を蹴っただけだってのっ!!だいたい過労なんでしょっ!?」
「……。」
 ゴンとリンゴの言い争いを聞きながら、イチゴがゆっくりとベッドの横のハチへと視線を移す。
「輝矢…」
「……っ」
 心配そうに輝矢の名を呟くハチを見て、イチゴは少し目を細めた。
「とにかく竹取の目が覚めたら家まで送ってくかぁ〜」
「そうねぇ〜」
「でも…こんな状態の輝矢さんを見て…あの人がどう言うか…」
「そこが問題よねぇ…」
『あの人っ?』
 イチゴとリンゴのやり取りに、目を丸くする三匹。
「あの人ってだっ…」

――パッリィィィーンッ!

『へっ?』
 輝矢のベッドのすぐ横にある窓のガラスが、突然勢いよく割れ、リンゴたちに問いかけようとしていた三匹が目を丸くして振り向く。
『こんにちわぁ〜っ!ご主人様っ!』
「……っ!」
 割れた窓ガラスから病室へと侵入して来たのは、満面の笑みを向けたのはメイド服姿の二人の少女であった。どちらも金色の髪に緑色の瞳をしており、よく似ていた。至近距離で微笑む二人にハチが凍りつく。
「なっぎゃあああっ!!」
「萌えぇ〜っ!」
「何故にメイド…?」
 現れたメイド少女に叫ぶハチ、萌えるモンキ、眉をひそめるユキジ。
『じゃっ、そうゆうことでぇ、貴方様がたのご主人様はいただいていきまぁ〜すっ!』
『はぁっ!?』
 そう言って眠っている輝矢を抱えあげるメイド少女たち。ハチたちが大きく口を開けて聞き返す。
「お前ら何言っ…!」
『ではまたのご来店をぉ〜っ!』
 輝矢を抱えあげたメイドたちが、懐から小さな玉を取り出し、床へと投げつける。
『……っ!』

――ボォォォ〜ンッ!

 床に投げつけられた玉から勢いよく煙が吹き出し、病室中を包み込んだ。
『ケホっ!ケホっ!』
 むせ返るハチたち。やがて窓から煙が出て、辺りが少しずつ晴れていく。
『ああっ!!』
 煙が晴れた途端に大きく叫ぶ三匹。煙の晴れた病室のベッドからは、すっかり輝矢の姿がなくなっていた。
「あいつらっ…!」
「いっやぁーっ!!輝矢ぁーんっ!!」
「んっ?」
 頭を抱えるモンキの横で、ユキジが天井からゆっくりと落ちてくる紙のようなものに気づく。
「よっ」
『……っ?』
 飛び上がって嘴で紙を掴むユキジ。そんなユキジの様子にハチとモンキが目を丸くする。
「何やぁ?それっ」
「何か書いてあるみたい。えぇ〜っと…」
 器用に羽根を動かし、紙を広げるユキジ。両端からハチとモンキがその広げた紙を覗き込む。
『“ご主人様を返して欲しくば、海岸沿いの私たちの家まで来てねっ!可愛いメイドよりっ”』
 きれいに声を揃えて、紙に書かれている内容を読み上げる三匹。
『って、何ぃぃっ!?』
「これはいわゆる誘拐の一種だねぇ〜」
 驚きのあまり大声を出すハチとモンキの横で、冷静に呟くユキジ。
「でぇ、どうすっ…」
「海岸沿いってくらいだから海目指しゃいいんだなっ!よしっ!行くぞっ!」
「輝矢ぁーんっ!待っててやぁーっ!すぐ助けに行くでぇっ!!」
「って、聞くまでもないか…」
 もうすでに病室を飛び出して行ってしまっているハチとモンキを見て、ユキジが呆れたように言う。
「じゃあちょっと行って来るねぇ〜」
「罠かも知れないわよっ?」
 羽根を上げたユキジに、リンゴが鋭い表情で問いかける。
「だったらっ?」
「……っ」
 “それがどうした”と言わんばかりの笑みを浮かべて飛び去っていくユキジ。遠ざかっていく三匹の姿を見て、リンゴが少し浮かない表情を見せる。

「お姉ちゃん…さっきのメイドさんたち…もしかして…」
「ええっ」
 イチゴの問いかけに、リンゴが少し肩を落として頷く。
「ったく、何考えてんだかっ」
「……。」
「……っ?」
 立ち上がるゴンを見て、リンゴが眉をひそめる。
「行くの?」
「ああ」
 リンゴの問いかけに短く答えて、割れた窓に右足をかけるゴン。
「もうすぐ会議だけど?」
「俺がいねぇー方が進みいいだろ?」
「まぁ確かにっ」
「おいっ!」
 素直に頷いたリンゴに、ゴンが少し突っ込みを入れる。
「じゃっ、理由は適当に頼むわっ」
 そう言って軽く笑みを浮べて、ゴンも三匹の後を追うように病室を飛び出していった。
「……。」
 去っていくゴンの背中を見つめながら、厳しい表情を見せるリンゴ。
「なぁ〜んか変なようなっ…」
 リンゴが少し考えるように首を傾ける。
「ゴンさん…さっきお父様から言われてたよ…」
「えっ…?」
 どこか遠慮がちに俯きながら言葉を発するイチゴに、リンゴが眉をひそめる。
「今回の件は…あの女の人が関わってる可能性があるから…覚悟しておけって…」
「……っ」
 イチゴの言葉に、リンゴの表情が凍りつく。
「ねぇ…前から聞きたかったんだけど…“あの女”って…」
「イチゴっ…」
「……っ」
 イチゴの言葉を遮るように、強くイチゴの名を呼ぶリンゴ。
「私の前で…二度とその話はしないで…」
「……。」
 怖いと思えるほどの鋭い眼差しなのに、何故か悲しげなリンゴに、イチゴはそっと目を細めた。
「ごめんなさい…」





 数十分後。龍国東・海岸沿い。
「一体、何の目的で輝矢んさらったんやろっ?あいつ等、鬼やろかっ?」
「そんなのボクに聞いたってわかるわけないでしょ〜」
 モンキの問いかけに、ユキジが突き放すように答える。
「そんなことより家探すよぉ〜家っ」
「そりゃわかっとうけどなぁ〜こんな広さで家なんか見つけられるかぁ〜っ?」
「……っ」
 モンキの言葉に、隣にいたハチが表情をしかめる。青い海へと続く白い砂浜へとやって来たハチたちは、とりあえず辺りを見回し、家を探していた。しかし南北に大きく広がる海岸は、一通り見るだけでも一日かかりそなほどの巨大さであった。
「だいたい“私たちの家”って何か表現がアバウト過ぎゆうかぁ〜」
「あっ…」
『……っ?』
 何かを見つけたようなユキジの声に、ハチとモンキが振り返る。
「どうしたっ?ユキジっ」
「それっぽい家、見つけたんかっ?」
「うん、あれっ…」
『……っ』
 ユキジが力なく指差すその方に視線を送るハチとモンキ。
『ううっ…!』
 一瞬にして固まるハチとモンキ。ユキジが羽根を差し出した先にあったその家は、“エセお菓子の家”であった。屋根も壁も煙突も扉も、すべてお菓子に似せて造ってある。凝ってはいるが、何とも悪趣味な家であった。
「こっ…この家じゃねぇーよっ!きっとっ!」
「せやせやっ!きっとちゃうでぇ〜っ!別ん家やっ!」
「そっそうだよねぇ〜っ!あんな悪趣味な家に誘拐犯が隠れるはずっ…!」

――ピンポンパンポォ〜ンッ!

『……っ?』
 無理やり自分に言い聞かせるように笑顔を作って、エセお菓子に背を向ける三匹であったが、その時、エセお菓子の家の方から何やら放送音のようなものが流れてくる。
《竹取輝矢様を預かっているお家はこちらでぇ〜すっ!イヌ、サル、キジの三方、どうぞ中へぇ〜!》
『……。』
 その親切な放送に、三匹が足を止める。
「……ここに入るのかっ…」
「こんな悪趣味な家の住人だなんて思われたくなぁ〜いっ」
 改めてエセお菓子の家を見上げ、気難しい表情を見せるハチとユキジ。
「ほっほらっ、桜時っ」
「なっ…!なんで俺なんだよっ!」
「訪問時はイヌからっちゅーのが相場やろぉ〜?」
「んな相場がどこにあんだよっ!?」
 モンキとユキジが嫌がるハチを扉へと押し出す。
「お前らが先、入っ…!」
『はいっ!どうぞぉ〜っ』
「だああああっ!!」
 ハチが押し出された途端に、エセお菓子の家の扉が勢いよく開き、ハチが転がり込むようにしてエセお菓子の家の中へと入っていく。
「痛つつつつっ…」
 転がった時に打ちつけた頭を気にしながら、ゆっくりと起き上がるハチ。

「……っ?桃っ…?」
 ハチが足を踏み入れたそこは、屋内だというのにまるで野原のような、穏やかな自然の広がる大きな空間であった。かすかに風も感じる。部屋一面に咲いた桃の木から、鮮やかな桃色の花びらがハチへと降り注いだ。
「ここは一体っ…んっ…?」
 すぐ目の前にある2人の人間の四本の足に、ハチがゆっくりと顔を上げる。
『いらっしゃいませぇっ!ご主人様ぁっ!』
「……っ!!」
 目の前に立つ先ほどの二人のメイドに、またもや青ざめていくハチ。
「ほんぎゃあああっ!」
「おおっとっ」
「なあああああっ!!」
 必死に家の中から逃げ出そうとするハチを、後から入ってきたモンキが力づくで押さえ込む。
「はっ…!離せぇっ!!離してくれぇっ!!俺がこの世で一番苦手な萌えメイドがぁっ!!」
「かぁ〜!見事な大自然っ!ようこんなもん、家ん中に作ったなぁ〜っ!」
「違うよっ」
「へっ?」
 抵抗するハチを無視して、感心したように声を出したモンキに、ユキジが鋭く突っ込みを入れる。
「外観より明らかに広すぎるでしょ〜がっ。空間系の能力か何かなんだよっ」
「ご名答っ」
『……っ?』
 部屋の奥から聞こえてくる声に、三匹が顔を上げる。

「ようこそ、我が“桃の苑”へ」
「……っオオカミっ…?」
 ハチたちが見つめるその先の野原でゆったりと横たわり、三匹に穏やかな笑みを向けたのは一匹の茶色いオオカミであった。その笑みは気性の荒いイメージのあるオオカミとは程遠い。人の言葉を話しているところから見て、獣人であろう。
「“狼人”っ…?」
 メイドが嫌で暴れていたハチも、真剣な表情となって自らの足で地面に下りる。
「気を付けて。狼人は獣人の中でも高い能力を持つってウワサだよっ」
 ゆったりと起き上がるオオカミを見ながら、ユキジが警戒するように言う。
『……っ』
 メイドたちが後方へと飛び、オオカミの両脇へと立つ。
「キレイなもんだろう?桃の苑っていうのも」
 オオカミが降り注ぐ桃の花びらに手を伸ばしながら問いかける。
「まぁ、君の“花力”には負けるかな…?朱実桜時クンっ…」
「……っ!何で俺のことっ…」
 オオカミの言葉に、ハチが戸惑うように声を出す。
「どうやら…ボクらのこと知ってて輝矢をさらったみたいだね」
 ユキジが鋭い表情を見せる。
「輝矢はどこっ?」
「せやせやぁっ!輝矢んをどこへやったぁっ!?」
「君たちの主人はあの扉の向こうにいるよ…」
『……っ』
 ユキジとモンキの問いかけに、オオカミが部屋の最奥にある白く小さな扉を指差し、あっさりと答える。
「僕らを倒せたら通してあげるっ」
「……っ俺たちを試そうってのかっ?」
「うぅ〜ん、まぁそんなとこだねぇ」
「……。」
 はぐらかすように答えるオオカミに、ハチがさらに表情を曇らせる。
「倒せたらって、何かゲームでもするの?それとも力づくでいいわけっ?」
『もちろん力ずくでいいですわっ!』
『……っ?』
 そう微笑むと二人がそれぞれ体に似合わぬほどに巨大な鎖鎌と大剣を取り出し、鋭い目つきとなって構える。
『こちらも力ずくは得意ですからっ!』
「なるほどね…」
「萌えぇ〜っ!」
「変態っ」
 厳しい表情を見せたユキジであったが、隣で萌えているモンキを見て、すぐさま呆れた表情となる。
「お前らの目的は何だっ!?お前ら鬼人なのかっ!?」
「それもっ、僕を倒せたら教えてあげる」
「……っ」
 オオカミが相変わらずの、穏やかながら何を企んでいるのかわからない笑みを浮べる。そんなオオカミに気難しい表情を見せるハチ。
「フツーに聞いても教えてくれそうにないなぁ」
「まぁもう力ずくでいいんじゃない?ちょうど3対3だし、あっちはやる気満々だしっ」
 ユキジが肩を落とし、疲れたように呟く。
「ほな、メイドは俺とユッキーに任せて、イヌっころはあのオオカミいけやっ」
「へっ?」
 モンキの言葉に、ハチが驚いたように目を丸める。
「何で俺がオオカミなんだ?」
「オオカミはイヌ科やからっ!」
「……。」
「ってのは冗談でぇ、萌えメイド相手やったら、お前ろくに戦えへんやろっ?」
 呆れきった表情を見せるハチに、モンキが慌てて付け加える。
「まっ…まぁっ…」
 ハチが少し申し訳なさそうに頷く。
「そういうこっちゃっ!カワイ子ちゃんは俺らに任せときぃ〜っ」
「そだねぇ〜門貴にしてはまともな策じゃなぁ〜いっ?」
「いやっほぉーっ!ユッキーに誉められたぁぁっ!!」
 ユキジの言葉に、両手を突き上げて喜ぶモンキ。
「わっわかったっ」
 ハチが仕方なく返事をする。
「オオカミに噛み殺されないでよぉ〜?」
「いっやぁ〜!爪で切り裂かれるかもっ。痛そぉ〜っ!」
「お前らなっ…」
 無駄に脅かすモンキとユキジに、ハチが引きつった表情を見せる。
「ほないっちょ行くでぇ〜っ?ユッキーっ!」
「相当、面倒臭いけどねぇ〜」

――ボォォォ〜ンッ!

 モンキの掛け声にユキジがやる気なく答えると、二匹が一斉に白い煙に包まれて人化する。

「相手が決まったようだね」
 人化した門貴と由雉を見て、オオカミがどこか楽しげに笑う。
「少し遊んであげて。ヘンゼル、グレーテル」
『はぁ〜いっ!』
 武器を構え、一斉に飛び出していく二人のメイド。
「……っ!」
 大剣を持った、ショートカットに十九,二十歳くらいの年上に見える方の少女が、門貴へと向かってくる。
「……っ!“如意棒”っ!」
 門貴が如意棒を取り出し、メイドの振り下ろした大剣に向けて振りかぶる。
「クっ…!」
 思ったよりも力のある大剣の少女に、門貴が少し顔をしかめる。
「私の名はヘンゼル…」
「そりゃどうもぉ〜っ!俺は猿川門貴やっ!」
「猿川門貴様…お相手致しますっ…!」
「うっ…!」
 怪しげに微笑んだヘンゼルがさらに大剣に力を込めると、門貴の如意棒が押され始めた。
「くわあああっ!」

「……っ!門貴っ…!」
 如意棒ごと空間の端へと吹き飛ばされる門貴に、由雉が思わず身を乗り出す。
「余所見などしたらイヤンですわっ!」
「……っ?うっ…!」
 振り向いた由雉に、勢いよく飛んでくる鎖鎌。
「“右翼・裂羽”っ!」
 由雉が素早く青い羽根を放って、青い羽根から放たれた衝撃で、鎖鎌を弾き飛ばす。
「ウフっ」
 飛ばされた鎖鎌を持ち直し由雉に怪しげな笑みを向ける、ロングヘアに十七,十八歳くらいのヘンゼルよりも年下に見える少女。
「私の名はグレーテル…貴方様のお名前は?」
「由雉っ」
 グレーテルの問いかけに、由雉がやる気なく答える。
「由雉様…」
 グレーテルが白い手には大きすぎるほどの鎖鎌を構え、由雉に鋭い瞳を向ける。
「お相手っ…致しますっ!」
「……っ」
 そんなグレーテルに対し、由雉も鋭い表情で色とりどりの羽根を構えた。

「門貴っ…由雉っ…」
 それぞれ戦いに入った門貴と由雉を、どこか不安げに見つめるハチ。
「さてっ、こちらも始めようか」
「……っ」
 準備体操のように首を回しながらそう言うオオカミに、ハチが少し警戒するように身構える。
「……。」
 ハチがゆっくりと準備体操を続けるオオカミの、その鋭い牙や爪を見つめる。

――オオカミに噛み殺されないでよぉ〜?――
――いっやぁ〜!爪で切り裂かれるかもっ。痛そぉ〜っ!――

「うぐっ…」
 門貴と由雉の言葉を思い出し、少し怯えたような表情を見せるハチ。
「まっまぁっ、とりあえず輝矢さえ助け出せば後は輝矢がっ…!」

――これは過労ですねぇ…体に相当な無理が来てます…――

「……っ」
 自分に言い聞かせるように無理な笑みを作ったハチであったが、思い出される救護員の言葉に笑顔を止める。

――ここんトコ、鬼人との戦い続きだったし、この前の鬼人化事件で精神的疲労も来ちまったんだろう――

 疲れていることなんて、ずっと前からわかっていた。

――ハチは全然っ、何にも心配しなくて大丈夫ですからっ――

 あれが、ハチを心配させないための無理な笑顔だということも、わかっていた。

「……今回くらいっ…自分で何とかしねぇーとなっ…」

――ボォォォ〜ンッ!

 白い煙に包まれ、ハチが人化する。
「……っ」
「うんうんっ…いい眼だっ…」
 何かを決意したような表情で顔を上げた桜時を見て、オオカミがどこか満足げな笑みを浮べる。
「さぁ…見せてごらん…」
 楽しげに言うオオカミ。
「君の力を…」
「“村雨丸”っ…」
 桜時が鋭い表情となって、ゆっくりと村雨丸を抜く。
「……っ!」
 そして村雨丸を構え、オオカミへと勢いよく飛び出していった。



                                      其の十四へつづく。
千風のHP「千風のお部屋」へ!←キャライラストも満載です。