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第10章 最期の言葉

「……。」
 二花から門貴と一花の話を聞き終えたハチは、痛みにも似た、言いようのない思いを抱えながら、蟹江家の縁側で庭の木を見つめていた。
「……柿…か…」
「ああぁ〜いたいたぁ〜っ」
「……?」
 そんなハチの元へとやって来たのは由雉であった。
「由雉っ…もうカニたちの手当て終わったのか?」
「まぁねぇ〜お礼に柿のタネなんてゆ〜くだらないもの貰ったんだけど食べるぅ〜?」
「柿のっ…タネっ…」
「……っ」
 由雉の差し出した小さいオカキのたくさん入った袋を見て、少し悲しげな表情を見せるハチ。そんなハチを見て、由雉が眉をひそめる。
「柿のタネ見たくらいでそんな反応するってコトは桜時たちも聞いたんだねぇ〜一花さんのことっ」
「えっ!?あっ!いやっ!俺はっ…!」
「別に誤魔化さなくたっていいでしょ?ボクもチョキ三郎から聞いたしぃ」
「……っそ…そうかっ…」
 納得しつつも、どこか元気のない様子で俯くハチ。
「やっとわかったよぉ〜今朝、門貴があの種落としてから元気なくなっちゃった理由がぁ〜」
「そうだな…」
 隣に座りながら話す由雉の言葉に、ハチが小さく頷く。
「で、輝矢はぁ?」
「行った…」
「……そっ」
 ハチの言葉に、短く答える由雉。
「珍しく…置いてかれたねっ」
「そうだな」
「淋しい?」
「さっ!淋しいわけねぇーだろーがぁっ!!」
「冗談だよぉ〜そんなムキになんないでよぉ〜」




 蟹の村・西はずれの丘の上。一花の墓の前。
「……一花…」
 一人になった春から半年の時が流れたが、門貴は未だ変わらず返事の返って来ることない墓石に呼びかける。呼べば呼ぶほど、悲しみが増すことを知っているというのに。
「いくら繊細さには縁遠い野猿とはいえ、そのままでは破傷風くらいにはなるんじゃないですかぁ〜?」
「へっ…?」
 聞き覚えのある凛とした声に、門貴が戸惑いながらゆっくりと振り返る。
「輝矢んっ…」
 蟹の村の方から、門貴の元へと歩み寄ってくるのは輝矢であった。
「それっ」
「それっ?おおうっ!せやったっ!カニちゃんにハサミでぶった切られたんやったぁっ!!」
 輝矢に指差され、門貴が自分の左手を見ると、左手は大きな切り傷を負っており、流れ出た血がもう固まってしまっていた。
「ううぅ〜気づくと急に痛いっ」
「よくこれほどの傷を忘れ去れたものですね」
「……っ」
 傷ついた門貴の左手に、輝矢がそっとハンカチを巻いた。少し驚いたように目を見開く門貴。
「あんがとぉっ!輝矢んっ!キレイに洗ってついでに愛も込めまくって返っ…!」
「使い終わったら捨てちゃっていいですから」
「がいいぃぃ〜んっ!!」
 冷たく言い放つ輝矢に、門貴がショックを受けてその場にしゃがみ込む。

「……ここに来たゆーことは…二花たちから聞いたんやろ…?」
 しゃがみ込んで俯いたまま、静かな口調で問いかける門貴。
「一花の…こと…」
「……。」
 門貴の声に、輝矢が表情を曇らせる。
「次は山育ち系の動物に生まれてきたいからと言って、海ではなく山にお墓を作っていただいたそうですね」
 輝矢が門貴の横を通り、一花の墓石の前へと立つ。
「ユニークなカニさんではないですか」
「……ああ」
「……。」
 輝矢がそっと目を閉じ、手を合わせて、そこに眠る一花に祈りを送った。祈りを送る輝矢の後方で門貴がゆっくりと立ち上がり、輝矢の横へと並ぶ。
「一花が死んだ時に死んだんや思うわ…」
「……?」
 門貴の声に、輝矢が目を開いて振り向く。
「俺も…一緒に…」
「……。」
 悲しげな笑みをこぼして呟く門貴を見つめ、輝矢は少し眉をひそめた。
「一花死んで…この場所におるんが耐えられんくて、すぐ村出た…」

――待てやっ!門貴っ!お前は猿長やねんぞっ!?おいっ!――

 周りの声も耳に入らず、ただ一花といたこの場所から逃げた。

「けど、どこ行っても何もする気起きんくて…」

 何をすればいいのかわからない。どこへ行けばいいのかわからない。なんでここにいるのかわからない。

――お主は人々の役に立つために生まれてきたサルなんじゃよっ…――

 そんな時、差し出された道。

「サイ蔵の…あんな安っぽい言葉にも平気で流された…」
 何の迷いもなく、あの悪い手を取った。
「誰かの役に立っとかな…誰かのために存在しとかな…生きてられる気がせんかった…」
「……。」
 話し続ける門貴の言葉を、黙ったまま真面目な表情で聞く輝矢。
「一花が死んだ時から…俺はずっと死人やねん…」
「……っ」
 輝矢は少し目を伏せ、門貴から目を逸らして、正面に見える海に沈んでいこうとしている夕日を見つめた。
「私、慈愛の精神というものがサッパリ無いんですよ」
「へっ?」
 いきなりまったく関係のないことを言い始める輝矢に、門貴が思わず目を丸くする。
「そりゃ知っとるけどっ…って、ちゃうちゃうっ!なんでいきなり、そんな話っ…」
「万民に振り撒くほどの優しさも持ち合わせていません」
「んん〜っ?」
 意味不明な言葉を続ける輝矢に、どんどん混乱した表情となっていく門貴。
「あっのぉ〜言いたいことがサッパリ見えてこぉ〜へんのですけどぉ〜」
「知ってます?幽霊の類は、慈愛の精神や万民に振り撒くほど優しさ持ってる人にしか見えないんですよ?」
「……っ」 
 輝矢の言葉に、門貴が少し眉をひそめる。
「そうでない人間には、姿を見せたところで助けてはくれないと、幽霊たちはわかっているのですかねぇ」
 輝矢がゆっくりと門貴の方を振り返る。
「だから私に死人は見えません…ですが…」
 門貴に笑みを向ける輝矢。
「私に…アナタは見える…」
「……っ!」
 大きく目を見開く門貴。
「アナタは生きていて…そして、私たちと出会った…」
「……っ」
 門貴はどこか泣き出しそうな表情を見せ、すぐさま俯き、歯を食いしばった。
「……せやな…」
 俯いた門貴が、ポツリと小さな声を落とす。
「今まで見たこともない柔らかな輝矢んの笑顔を見れたんもっ、俺が生きてるからこそやもんなぁ〜!」
 明るい笑顔で、顔を上げる門貴。
「まぁ作り笑いですけどね」
「ぎゃいぃ〜んっ!!」
 輝矢の冷たい反応に、いつものようにショックを受ける。
「さぁ、では生き返ったところで、死人さんっ」
「いやっ、生き返ったんやから死人ちゃうやろぉ〜」
 振り返り、墓石に背を向ける輝矢に、門貴が少し突っ込みを入れる。
「猿の村に入り込んだ粒栗とかいう男を、調べついでにもしかしたら吹き飛ばしに行きます」
「粒栗ぃ〜?」
 首をかしげる門貴を、少しだけ振り返って見る輝矢。
「付いて来なさいっ、サルっ」
「……っ」
 そう言って歩き去っていく輝矢の背中を見て、門貴がそっと笑みを浮かべる。
「喜んでぃっ!」
 門貴は一花の墓石に背を向け、しっかりとした足取りで輝矢の後を追った。





 日も暮れた頃。柿之木山・柿の木すぐ傍。
「何っ…!?」
 驚きの表情を見せるのは、一匹のメガネザル。移貴である。
「今から蟹の村に夜討ちを仕掛けるやてっ…!?」
「そんなっ…!」
「へぇっ」
 怒りに震えるような声をあげた移貴と猿飛に、不敵な笑みで頷いたのはパン児であった。
「何、アホなことをっ…!!」
「アホなことちゃいますよぉ〜もう手っ取り早くカニはんたち皆殺しにしてまおぉ〜言うとるんどすぅ」
「皆殺しやとっ…!?」
 パン児の言葉に、移貴が目を見開く。
「何をっ…!」
「蟹の村の土地が手に入ればっ…!カニたちは追い出すだけでええってっ…!!」
「カニはんたち、早々簡単に出て行かはりまへんでっしゃろ〜?ほんなら殺してもた方が早いって話どすわ」
『なっ…!?』
 パン児の冷酷な笑みに、言葉を詰まらせる移貴と猿飛。
「お前ぇっ!!」
「猿飛っ…!」

――ボォォォ〜ンッ!

「だああああっ!!」
 移貴が手を伸ばす中、猿飛が人の姿となって怒り全開にパン児に殴りかかっていく。
「……っ」
「ぐあああっ!!」
「猿飛っ!!」
 猿飛が殴ろうと突き出した右手をパン児に軽々と掴まれ、体ごと捻り上げられる。痛々しい声を出す猿飛に、思わず身を乗り出す移貴。
「今更、ゴタゴタ言わんといて下さいなぁ〜」
「ううっ…!!」
 弱った猿飛を体ごと投げ飛ばすパン児。
「ううっ…」
 猿飛は力なく地面に倒れ込んだ。
「これは決定事項どすえぇ〜?」
「誰がんなことっ…!!」
「貴方はんに選ぶ権利はないんだのぉ、猿長はん…」
「……っ」
 パン児の言葉に逆らおうとした移貴にそう言い放ったのは、頂上から柿の木へと降りてくる粒栗であった。
「粒栗っ…。……っ!何やっ?そいつらはっ…」
 粒栗の背後には、十数匹のチンパンジー。
「マロの可愛い手下たちだのぉ」
「何っ…!?」
「ううっ!!」
「猿飛っ…!!」
 チンパンジーの一匹が倒れていた猿飛を容赦なく踏みつける。
「お前らっ…いつの間にっ…!」
 扇子で口元を隠して微笑む粒栗に、移貴が表情を歪める。
「こやつらの仲間が村で待機しておる…マロが合図すれば、すぐにでも人質どもの首が飛ぶのぉ…」
「……っ!」
 粒栗の脅迫に、顔をしかめる移貴。
「貴方はんは…マロの要求に“イエス”と答えるしか道はないんだのぉ…ホッホッホっ」
「外道っ…」
「……っ口を慎んだ方がサルたちのためだのぉ…」
 粒栗を睨みつけながら呟いた移貴に、粒栗が扇子を閉じて冷たい目を向ける。
「さてとぉ〜ほなっ、サルはんたち呼び出してとっとと夜討ちといきまひょかぁ〜猿長はんっ」
 パン児がそう笑いかけ、移貴の肩に手を置く。
「……っ!」
「あっ?」
 肩に置かれたパン児の手を、強く振り払う移貴。
「酷いどすなぁ…」
 パン児が振り払われた手を見て呟く。
「確かに…みんなの命守るためや思て…一族の誇りも何もかんも捨ててお前らに従った…」
 拳を強く握りしめ、少し震えた声で言い放つ移貴。
「けどなぁっ…!!」

――ボォォォォ〜ンッ!

 移貴が顔を上げた途端、移貴の体を白い煙が包む。
「己の誇りまでっ…捨てる気はないっ!!」
 人の姿となった移貴が、腰に差していた棒を伸ばし、粒栗へと飛びかかっていく。
「粒栗ぃっ!!」
「……っ」

――パァァァンッ!

「……っ!」
 粒栗に振り下ろした移貴の棒を、粒栗の手前でパン児の剣が止める。
「クっ…!」
 移貴が後方へ飛び、パン児と距離を取って再び棒を構える。
「愚かなおサルはんっ…ウチが天国まで送って差し上げましょ…」
「……っ」
 微笑んで剣を構えるパン児に、移貴が目つきを鋭くする。
「だああああああっ!!」
 移貴は全力でパン児に向かっていった。




 その頃、蟹の村。蟹江家・二花の自室。
「……。」
 灯りもつけていない暗い部屋に立ち尽くす二花の手の中には、一年前の門貴たちと二花たちの写った写真があった。写真の中、門貴の横で穏やかな笑みを浮かべている一花。
「姉ちゃん…」
 写真の中の一花に、そっと呼びかける二花。
「門貴な…まだあの種、持っとんねんて…」
 一花が門貴に託した、ただの柿の種。一年経っても、村を出ても、門貴は手離すことなく大事に持ち続けていたのだろう。
「持っとると思たわっ…アイツ、意外と女々しいトコあるしっ」
 二花が写真の一花に、無理に作ったような笑顔を向ける。
「アイツ…ホンマのホンマに…姉ちゃんのこと、好きやったんよっ…?」
 写真に写る門貴は、隣にいる一花の方を見つめ、笑っていた。
「それは…私が一っ番知っとるっ…」
 写真に写る二花は、そんな門貴を見て、あまり楽しくなさそうな顔をしていた。
「だからなっ…姉ちゃっ…」
「姉ちゃぁーんっ!!」
「だあああっ!!」
 いきなり大声を出して、全力で襖を開いて、部屋の中へと入ってくるチョキ三郎に、二花が思わず驚く。
「姉ちゃんっ!!もお門貴さんたち行っ…!」
「ノックくらいしてから入って来いやぁぁっ!!」
「ぎゃあああっ!!」
 部屋に駆け込んできたチョキ三郎が、二花の飛び蹴りで部屋の外まで吹き飛ばされる。
「襖でノックてそない難しいこと言うたかてぇ〜」
「ノックの問題ちゃうわいっ!空気読めっちゅーこっちゃっ!空気っ!!」
「空気っ?って、そんなことより姉ちゃんっ!門貴さんたち、もう猿の村に行っちゃっ…!」
「わかっとるっ!!」
 チョキ三郎に強く答え、写真を懐にしまって、壁にかけてあったハサミを背中に背負う二花。
「あのアホのせいで色々考えとったら、色々腹立ってきてもたんやっ」
 拳を鳴らし、二花が部屋を出る。
「一暴れしに行くでぇっ!チョキ三郎っ!!」
「うんっ!!」
 二花の声に、チョキ三郎は大きく頷いた。





「があああああっ!!」
 パン児の剣に切り裂かれ、倒れ込む移貴。
「うっ…ううっ…!」
 すでに棒は砕かれ、全身に傷を負い、移貴はもう立ち上がることも困難な状況であった。
「猿長はん言うても…大したことありまへんなぁ〜」
「クっ…!」
 ゆっくりと近づいてくるパン児に、移貴が顔を引きつる。
「そろそろ終わりにしまひょか…」
「……っ」
 冷酷な笑みを浮かべて剣を振り上げるパン児。移貴には最早、受け止める力も避ける力も残されていない。
「移貴さんっ!!」
 チンパンジーに動きを封じられている猿飛が、移貴の名を呼び、助けに行こうと必死にもがく。
「移貴さんっ!!」
「ほなっ…」
 パン児の振り上げた剣が、宙で止まる。
「さいならっ」
「……っ!」
 振り下ろされる剣に、覚悟を決める移貴。

「第一の舞…“空”っ!!」
「……っ!何っ…!?」
 剣を振り下ろそうとしたパン児に、横から吹き込んでくる真空波。
「がああああっ!!」
「なっ…!」
 吹き飛ばされていくパン児に、移貴が目を見張る。
「今の技は…」
「猿長ともあろうもんが何ちゅ〜ザマやぁっ!」
「……っ!」
 聞こえてくる明るい声に、戸惑いの表情を浮かべていた移貴が勢いよく振り返る。
「修行が足りてへんのとちゃうかぁ〜?移貴っ!」
「門貴…」
 移貴が振り向いた先に立っていたのは、明るい笑みを浮かべ、如意棒を構えた門貴であった。
「門貴さんっ…!!」
 門貴の姿に、猿飛も目を輝かせる。
「うっ…ううっ…!あんさんはっ…確かっ…」
 門貴の放った風力に少しダメージを受け、膝をつきながら、睨みつけるように門貴を見るパン児。
「よぉーうっ!生きのええチンパンジーっ!こっからは俺が相手になったんでぇっ!」
「クっ…!」
 余裕の笑みを浮かべる門貴に、パン児が少し表情をしかめる。
「待っ…!待つんだのぉっ!!」
「……?」
 間延びした声に、振り返る門貴。門貴に言い放ったのは粒栗であった。
「そう勝手な振る舞いをすると、マロが合図して村にいるマロの仲間たちに人質である村の連中をこっ…!」
「ほぉーうっ…」
「……っ」
 山の上方から聞こえてくる声に、粒栗やパン児たちが一斉に顔を上げる。
「“マロの仲間たち”というのは…この方々ですかぁ?」
「……っ!なっ…!?」
『うっ…ウホっ…ううっ…』
 粒栗たちの見上げた先に立っていたのは、ボコボコになった二匹のチンパンジーを容赦なく踏みつけている輝矢であった。その脇には由雉の姿もある。

「“瞬花っ…」
「……っ」
「ううっ…!?」
 猿飛の上に乗っているチンパンジーの後方へと現れる桜時。
「終刀”っ…!!」
「ぎゃああああああっ!!」
「うわっ!」
 桜時が村雨丸を振り切り、チンパンジーを吹き飛ばして猿飛を解放する。
「大丈夫かっ?」
「あっはっはいっ」
 差し伸べられた桜時の手を、少し戸惑いがちに取る猿飛。

「チっ…!どいつもこいつも役立たずだのぉっ…!」
 輝矢に踏まれているチンパンジーと桜時に吹き飛ばされたチンパンジーを見て、粒栗が顔を歪める。
「さてと…」
 輝矢がチンパンジーたちから足を下ろし、鋭い瞳を粒栗へと向ける。
「そろそろ本当の合戦と行きましょうか…粒あんさんっ」
「粒栗だよぉ〜」
「あっ、そうでしたっけ?」
「おのれっ…!」
 由雉と間抜けな会話を繰り広げる輝矢を見ながら、粒栗が強く拳を握り締める。
「やってやるんだのぉっ!お前たちっ!!」
『ウホっ!!』

――バァァァァーーンッ!

『グワアアアアッ!!』
『なっ…!?』
 粒栗の合図に、チンパンジーたちが一斉に光を放って、濁った緑色の皮膚に金色の角を持つ鬼へと姿を変えた。移貴と猿飛が驚いた様子で目を見開く。
「うっわぁ〜緑鬼のオンパレードじゃんっ…」
「柿のタネで膨らんだお腹を減らすのにはちょうどいいのではないですか?キジ」
「減りすぎちゃうでしょ〜明らかに」
 輝矢の言葉に不満げな表情を見せながら、由雉が懐から色とりどりの羽根を取り出す。
「アイツらっ…やっぱ鬼人やったんかっ…」
「なぁ〜んかここら一帯、支配するために、お前ら利用して猿も蟹もどっちも潰そうとしてたみたいやでぇ〜」
 呆然と呟いた移貴に、門貴が答える。
「まっ、村の連中は全員、無事やから安心しぃっ!」
「……っ」
 明るく笑いかける門貴に、移貴が辛そうに俯いた。
「すまんっ…俺が不甲斐ないせいでっ…」
「反省会は後でじ〜っくり付き合ったるわぁっ!」
 俯いた移貴の横を通り抜け、門貴がゆっくりと歩を進める。
「アイツを…ぶっ飛ばした後でなぁっ!!」
「ふんっ…くだらんことをっ…」
 門貴が如意棒を構えたその先にいるのはパン児。
「調子に乗るんやっ…ないどすえぇぇっ!!」

――バァァァーンッ!

 パン児は怒り狂ったように叫び声をあげ、その姿を黄鬼へと変える。パン児の持っていた剣も体とともに巨大化し、まるで柱のような大きさまでなる。
「……っ」
 門貴は表情を鋭くして、如意棒を構えた。



「“瞬花っ…終刀”っ!!」
「“右翼・裂羽”っ!」
『ギャアアアアッ!!』
 桜時の村雨丸と、由雉の青い羽根に、激しい叫び声を残して緑鬼が二匹一斉に消えていく。
「ふぅ〜っ」
『グワアアッ!!』
「げっ…」
 一息ついた由雉であったが、まだまだいる多くの緑鬼に、うんざりした表情を見せる。
「いくら雑魚だっていっても多すぎじゃなぁ〜いっ?」
「文句言ってる間にとっとと倒せよっ!」
 やる気なく言い放つ由雉に、桜時が怒鳴りかける。
「ボク昼間、カニさんたちの傷治したお陰でけっこう疲れてんだけどぉ〜」
「だっからそう言ってる間にとっととっ…!」
「グワアアアアッ!!」
「……っ!」
「桜時っ…!」
 由雉を注意していた桜時の背後へと迫る緑鬼。桜時が顔をしかめ、由雉が羽根を構える。
「“カニカニスラァァーっシュ”っ!!」
「ギャアアアッ!!」
『……っ!』
 桜時の背後から桜時へ爪を振り下ろそうとした緑鬼が、見事なまでに縦に真っ二つに切り裂かれて消えていく。その光景に大きく目を見開く桜時と由雉。
「大丈夫かっ!?」
「……っ!二花っ」
 消え去った緑鬼の後方に立っていたのは、大バサミを構えた二花であった。
「と、チョキ三郎」
「どうせ俺は姉ちゃんのおまけですよっ…」
 桜時の言葉に、二花の後ろにいたチョキ三郎が少し悲しげに俯く。
「何とか間に合ったようやなぁっ!って…」
 笑顔を見せていた二花が、急に眉をひそめる。
「誰や?アンタっ」
「だあああああっ!!」
 首をかしげる二花に、思わずコケる桜時。
「ほらっ、ボクらと一緒に白いイヌがいたでしょ〜?あれが化けてんのぉ」
「化けてねぇーよっ!」
「ああ〜っ!あのイヌかぁ〜っ!」
「つーか、認識してねぇーのに助けたのかよっ」
「そんなんノリやんっ?ノリっ」
 呆れた表情で立ち上がる桜時に、適当な笑みを向ける二花。

「二花っ…」
「……っ?」
 自分の名を呼ぶ声に、二花が振り返る。
「移貴っ」
 二花が振り返った先にいたのは、猿飛に支えられ、何とか立ち上がった移貴であった。
「二花…俺っ…」
「……。」
 どこか申し訳なさそうに俯く移貴を見て、二花が厳しい表情を見せる。
「このっ…クソメガネがああ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
『ええぇぇっ!?』
「うっ…移貴さんっ!?」
 パン児にヤラれてすでにボロボロの移貴を、二花が寸分の迷いもなく殴り飛ばす。吹き飛ばされていく移貴を見て驚いた表情を見せる桜時、由雉、そして猿飛。
「ううっ…うっ…パン児の攻撃よりきいたっ…」
「こんなこっちゃろーとは思っとったわっ!まんまと鬼なんかの言いなりになりよってっ!!」
「……っ」
 真っ赤に膨れ上がった頬を押さえながら起き上がった移貴が、二花の鋭い言葉に辛そうに目を細めた。
「村を預かる猿長ともあろうもんが何やっとんねんっ!アホっ!ボケっ!マヌケっ!メガネっ!!」
「まぁまぁ姉ちゃ〜んっ」
 まだまだ殴り足りないと言わんばかりに怒鳴る二花を、チョキ三郎が後ろから必死に宥める。
「移貴さんだけのせいちゃうねんから、そんな言い方っ…!」
「アンタは黙っときやっ!!チョキ三郎っ!!」
「……。」
 二花とチョキ三郎の会話を聞きながら、力なく目を閉じ、深く深く俯く移貴。
「本当に済まなかっ…」
「なんですぐウチらに言わんかったんやっ!アホウっ!!」
「えっ…?」
 謝ろうとした移貴が、思いがけない二花の言葉に戸惑うように顔を上げる。
「すぐウチらに言うてくれればっ!協力し合ってあっちゅー間に鬼どもなんか倒せたやろっっ!?」
「二花っ…」
「なんですぐ言わへんねんっ…!」
 二花がどこか悔しげな表情を見せ、拳を強く握り締める。
「何でも言いやっ…移貴っ…」
 まっすぐに移貴を見つめる二花。
「ウチらっ…“仲間”やろっ…?」
「……っ」
 二花の問いかけに、移貴がそっと目を細めた。
『……っ』
 その二人のやり取りに、桜時や由雉、猿飛とチョキ三郎も笑みをこぼす。
「すまんかった…二花…」
 移貴が二花に頭を下げる。
「じゃあ早速言うけどっ!俺と付き合っ…!!」
「断るっ!!」
「ううっ…」
「場は弁えた方がええですよ、移貴さん」
 言い終わる前に一瞬で二花に断られ、落ち込んだ様子で俯く移貴に、猿飛が冷静に声をかける。
『グワアアアッ!!』
『……っ』
 唸り声をあげながら、囲むようにして迫ってくる緑鬼たちに、二花や移貴が表情を鋭くする。
「いつまでも座っとう気ぃちゃうやろなぁっ?猿長っ!」
「アホ言いなやっ!!俺はいつでもいけるでっ!蟹長っ!」
 二花の問いかけに、移貴が笑みをこぼし、再び棒を手に取って立ち上がる。
「行くでぇっ!猿飛っ!」
「はいっ!移貴さんっ!!」
「暴れるでぇっ!チョキ三郎っ!!」
「おうっ!!姉ちゃんっ!!」
 四人が緑鬼に向かって一斉に構え、それぞれ緑鬼へと飛び出していく。
「サボってると見せ場取られっぞぉ〜?」
「はいはいっ」
 二花や移貴たちに触発されるように、桜時と由雉も再び緑鬼たちに向かっていった。



「クっ…!」
 二花たちも加わった戦況を見つめながら、表情をしかめる粒栗。いかに数で勝るとは言え、あの力の差では時間の問題である。
「ええぇ〜いっ!パン児は何をやっておるんだのぉっ!?」
 粒栗が苛立ちを表に出す。
「もう少しっ…!もう少しで柿之木山をマロのものにするという計画が上手くいくというのにっ…!」
「上手くなどいくはずがないでしょう?」
「……っ?」
 声に反応し、粒栗が眉をひそめて振り返る。
「お前はっ…」
「鬼の企んだロクでもない計画は私がぶっ壊すって、相場は決まっているんですよっ」
 粒栗の前へと立ったのは、余裕の笑みを浮かべた輝矢であった。
「小癪なっ…」
 輝矢を見つめ、粒栗が表情を歪める。
「マロに生意気な口を聞くんじゃないのぉっ!小娘ぇっ!!」

――バァァァーーンッ!

 天に両手を突き上げ、叫び声をあげた粒栗の体が強い光を放つ。とやがて粒栗の体が巨大化し始め、破けた服の向こうから見えてくるのは真っ赤な皮膚。尖った頭からは金色の角が一本生え、鋭い牙と爪が勢いよく伸びる。そこに現れたのは赤き鬼であった。
「……。」
 赤き鬼を見つめ、表情を鋭くする輝矢。
「マロの爪で切り裂いてやるんだのぉっ!!」
「“月器…」
 輝矢がゆっくりと右耳のピアスに手をかける。
「三日月”っ」
 輝矢がピアスを弾くと、ピアスは巨大化し、曲剣のような三日月が輝矢の手に納まる。
「グワアアアッ!!」
「……っ」
 飛びかかってくる粒栗に、三日月を構える輝矢。
「竹取輝矢っ…鬼退治、いたしますっ…!」
 輝矢と粒栗の戦いが始まった。



「如意棒・第一の舞っ…“空”っ!!」
 高々と飛び上がった門貴が、真下にいるパン児に向かって真空波を放つ。
「……っだああああっ!!」
「……っ!」
 パン児が巨大な剣を地面に向かって叩きつけ、その衝撃で巻き起こった風で門貴の真空波を弾き飛ばした。少し驚きの表情を見せながら、地面へと降り立つ門貴。
「ちっから技やなぁ〜」
「……っ」
「なっ…!」
 感心していた門貴の方へ、衝風の中から勢いよく攻め込んでくるパン児。図体のわりに素早い動きに、門貴が戸惑いながらも如意棒を突き出す。
「クっ…!」
 ぶつかり合う門貴の如意棒と、パン児の巨大な剣。パン児の力の強さに、受け止めている門貴が少し顔を引きつった。
「……っ」
「……っ?」
 不敵な笑みをこぼすパン児に、門貴が首をかしげる。
「“鬼妖剣”…」
「何っ…!?」

――パァァァーンッ!

 パン児の巨大な剣が、光を放って分裂し、無数の小さな剣となって門貴へと飛びかかってくる。
「クっ…!ううっ…!!うわあああっ!!」
 何本かは如意棒で弾き返す門貴であったが、すべては弾き返せず、小さな剣を無数に喰らって吹き飛ばされる。
「っ痛ってぇ〜っ…」
 全身の所々に切り傷を負い、苦しげな表情を見せながら起き上がる門貴。
「変わった武器やなぁ〜」
「そうでっしゃろぉ…?」
 感心したように言う門貴に、怪しげな笑みを向けるパン児。分裂した小さな剣は、また一つの巨大な剣となってパン児の右手へと戻っていく。
「ウチにはこの鬼妖剣があるゆえ…残念やけどぉ、あんさんに万に一つの勝ち目もないどすえぇ〜」
「そんなんっ、やってみなわからんやろっ?」
「……っ」
 明るく笑って立ち上がる門貴を見て、パン児が少し表情をしかめる。
「それに俺かて負けられへっ…!」
「“一族の誇り”…が、かかっとるからどすか…?」
「えっ…?」
 パン児の問いかけに、目を丸くする門貴。
「“一族の誇り”て…あんさんたちはサルはんもカニはんも、そればっかりや…」
 どこか煩わしそうに言うパン児。
「猿蟹合戦?かぁ〜っ!くだらへんっ…!一族の誇りのために命まで賭けて力比べどすかぁ〜?」
「……。」
 門貴は静かな表情で、パン児の言葉を聞いていた。
「何と愚かっ…実にバカげとりますわぁ〜」
「……っ」
 門貴がハッとしたように目を見開く。

――“バカげてる”…そう思った…――

 そのパン児の言葉は、かつて門貴の心の中にあったものと、まったく同じ言葉であった。
「まっ、そのバカさを利用するんは、実に楽しかったどすけどなぁ〜ひょっひょっ!」
「……。」
 パン児の高々とした笑い声を聞きながら、深く俯く門貴。

――俺は猿蟹合戦なんかどうでもええねんっ…――

「……そうか…」

――俺はどいつもコイツもグサボロにできりゃあそれでええんやっ!――

「俺は…お前やったんやな…」
「はっ?」
 俯いたまま話す門貴の言葉に、顔をしかめるパン児。
「その誇りの意味も知らんままっ…“バカげてる”って否定した…」
 くだらない誇りのために死んだ兄を、そんな兄を誇った父を、誇りにすべてを賭ける村を人々を、愚かなものだと下に見て、何もかもを否定した。
「けどっ…」
 門貴が切ない笑みをこぼす。
「そんなバカげてると思っとった場所でっ…俺は…一番大切な人と出逢ったっ…」

――勝負やっ!!猿川門貴っ!!――

 一花と、出逢った。

「だからっ…今の俺にはちゃんとわかるっ…」
 門貴がゆっくりと顔を上げ、まっすぐにパン児を見る。



「“カニカニスラァァーっシュ”っ!!」
「“ウッキーウッキーホップステップジャンピィーング”っ!!」
『ギャアアアアアアッ!!』
 次々と緑鬼を消し去っていく二花と移貴。
「おっしゃっ!もう一息やっ!移貴っ!」
「おうっ!!」
『おおぉーいっ!移貴っ!猿飛っ!!』
『……っ?』
 聞こえてくる声に、移貴たちが山の頂上の方を見る。
「みんなっ…!」
『村のサルはみんな無事だぁっ!!』
 山の頂上からは猿の村のものたちであろう多くのサルが、移貴たちに力強く手を振りながら、柿の木の方へと降りてきていた。そのサルたちの姿に、目を見開く移貴。
「長老さまもこの通りっ!」
「移貴…」
「……っ!長老っ!」
 サルの群れの中から、白髪の老ザルが前へと出てくる。
「移貴…よく耐えてくっ…グボオオオウっ!ゲハっ!!ゲハァっ!!」
「長老さまっ…!お薬をっ…!!」
「……。」
 相変わらず肝心なところで咳き込む長老に、呆れた表情を見せる移貴。
「……っ」
 しかし、すぐさま安心したように微笑んだ。
『おおぉーいっ!!蟹長っ!!移貴っ!!』
『……っ?』
 今度は下から聞こえてくる声に、移貴たちが振り返る。
「なっ…!」
 山の麓から柿の木へと登ってくるのは、蟹の村に住む多くのカニたち。移貴が驚いた様子で目を見開く。
「事情は蟹長からだいたい聞いたぁっ!!」
「大丈夫かぁっ!?サルどもぉっ!!」
「みんなっ…」
 酷い合戦を仕掛けた移貴に、傷つけられたはずのカニたちは皆、明るい笑顔を向ける。カニたちの笑顔に、移貴は少し泣きそうな瞳を見せる。
「行くで、移貴っ」
「……っ」
 そんな移貴の肩に手を乗せ、力強く微笑みかける二花。
「……ああっ!」
 移貴がしっかりと頷く。
『……っ!』
「ググっ…!!」
 最後の一匹となった緑鬼に、同時に飛びかかっていく移貴と二花。
「“カニカニスラァーっシュ”っ!!」
「“ウッキーウッキーホップステップジャンピィーング”っ!!」
「グっ…!ギャアアアアッ!!」
 移貴と二花の攻撃を受け、最後の緑鬼が煙となって消えていく。



「なっ…!何やっ…!これはっ…!」
 山の上と下から、一斉に現れたサルやカニたちの姿に、さすがのパン児も圧倒された様子で声を出す。
「こんなっ…!」
「猿蟹合戦には…この山に生きてきたサルとカニのたっくさんの思いが詰まっとうっ…」

――じゃがな門貴、猿蟹合戦は相手を傷つけるための戦場ではない…――
――戦場は戦場やろっ!?――
―― 一族の誇りを賭けて蟹長と猿長が拳と拳でぶつかり合うっ!それが猿蟹合戦やろっ?――
――門貴、約束しよう。来年の猿蟹合戦も、猿長と蟹長としてここに来るって…――

「猿蟹合戦は、この山に生きるすべてのサルとカニの生き様そのものやっ…」
 門貴が胸を張って、言い放つ。

「この“誇り”っ…そう簡単には折らせへんっ!!」
「……っ」
 誇らしく笑う門貴に、パン児が再び顔をしかめた。

「そうかぁ…ほんならっ!誇りと一緒に死になはれぇっ!!」
「……っ」
 勢いよく飛びかかってくるパン児に、門貴が表情を鋭くして如意棒を構えた。
「だああああっ!!」
「……っ!」
 パン児が全力で振り下ろした剣から、高々と宙に飛び上がって身を避ける門貴。
「かかったどすなぁっ!」
 すぐさま剣を空中にいる門貴へ向けるパン児。
「串刺しになって死になはれっ!!“鬼妖剣”っ!!」

――バァァァァーンッ!

 パン児の剣が再び分裂し、無数の小さい剣となって、まっすぐに空中にいる門貴へと飛んでいく。
「ひょっひょっひょっ!随分とあっけない最期どしたなぁっ!!」
 自分の勝利を確信し、高々と笑うパン児。
「……っ」
「んっ…?」
 空中で如意棒を構える門貴を見て、パン児が眉をひそめる。
「今更何をっ…!」
「如意棒・第二の舞…」
 向かってくる小剣に対し、空中で如意棒を振り上げる門貴。
「……“浄”っ!!」
「んなぁぁっ…!?」
 門貴の八方から巻き起こった風に、パン児の剣が一本残らず叩き落される。目が飛び出そうなほどに大きく驚くパン児。
「何とっ…」
「……っ」
「ううっ…!!」
 門貴の力に圧倒されていたパン児の目の前に、門貴が降りてきて如意棒を振り下ろす。
「“鬼妖剣”っ!!」
 叩き落された剣を元の一本の巨剣へと戻して、パン児が慌てて門貴の振り下ろした如意棒を受け止める。
「クっ…!」
 ぶつかり合う剣と如意棒。剣にかかる力に、パン児が額から汗を流す。
「……うっ!」

――バリィィーンッ!

「なっ…!!」
 如意棒を受け止めていたパン児の剣が、ヒビが入っていき、脆くあっさりと砕き割れる。
「鬼妖剣がっ…」
 砕け散り、地面へと落ちていく剣に、どこか茫然とするパン児。
「お前のんが…先、折れたなっ」
「……っ!」
 そんなパン児に、門貴が素早く如意棒を構える。
「如意棒・第一の舞っ…」
「うっ…!!まだっ…!まだ鬼爪がっ…!」
「……“空”っ!!」
「グウウッ…!ガアアアッ!!」
 門貴の真空波を直撃し、パン児が全身を切り裂かれ、吹き飛ばされていく。
「ガアアアアアアッ!!」
 力なく地面に倒れ込むパン児。
「こっ…こんなっ…」
 砂となって消えていき始める自分の手を見ながら、パン児が表情を歪める。
「ウチがっ…“誇り”如きにっ…負けるなんてっ…ううっ…」

――パァァァーンッ!

「……。」
 どこか悔しそうにそう言って、砂となって消えていったパン児の姿に、門貴は少し目を細めた。
「門貴っ!!」
「門貴さぁ〜んっ!!」
「……っ?」
 聞こえてくる名に門貴が振り向く。そこには笑顔で手を振る二花や猿飛の姿。その隣には、笑みを浮かべた移貴の姿もある。
「……っ」
「へっ」
 ピースを向ける移貴に、笑顔を見せる門貴。
「おっしゃあああっ!!勝ったでぇっ!!」
『うおおおおっ!!』
 雄たけびをあげる門貴に、サルたちもカニたちも皆、両手を突き上げた。



「“鬼爪”っ!!」
「“月器・十六夜”っ」
「クっ…!」
 輝矢の十六夜にあっさりと弾き返される鬼爪に、赤鬼・粒栗が唇を噛む。
「パっ…パパパっ…パン児までっ…!」
 門貴に倒されたパン児を見て、顔を歪める粒栗。多くの緑鬼たちも桜時や移貴たちに一掃され、残る鬼は粒栗だけとなっていた。
「こっ…!こうなったら一旦退いて、体勢を整えてからもう一度来るんだのぉっ…!!」
 粒栗がサルやカニたちに背を向け、逃げ去ろうとする。
「させると思いますかぁ?」
「うっ…!」
 そんな粒栗の前へと回り込み、粒栗に冷たい瞳を向ける輝矢。
「これほどのことをして…今更逃げようなどと…」
「まっ…マロは何もやっていないんだのぉっ!!」
「……っ」
 叫ぶ粒栗に、輝矢が眉をひそめる。
「人質には手は出しておらんしっ…!カニたちを傷つけたのは、サルたちとパン児だのぉぉっ!!」
 両手を肩ほどまで挙げて、必死に訴える粒栗。
「マロは誰も傷つけていないんだのぉっ!!」
「いいえっ…」
「……っ!」
 すぐさま否定する輝矢に、粒栗が顔をしかめる。
「アナタは…強く踏み躙りました…」
 一度俯いた輝矢がゆっくりと顔を上げ、突き刺すように粒栗を見る。
「サルやカニの誇りを…強く…」
「ううっ…!」
 責めるように見つめる輝矢に、粒栗が少し後ずさる。
「万死に値します…」
「クっ…!」
 粒栗が唇を噛み締め、拳を握り締める。
「逃げる前に、お前だけは殺していこうかのぉっ!!」
 そう叫んで、粒栗が輝矢に向かって大口を開く。
「黒焦げになるんだのぉっ!!“鬼炎”っ!!」
「……。」
 口から輝矢に向けて赤々とした激しい炎を放つ粒栗。炎は輝矢に避ける隙も与えず、迫っていく。しかし、輝矢は顔色一つ変えない。

――バァァァーンッ!

 鬼炎が輝矢を直撃し、輝矢のいた辺り一帯を燃やしていく。
「ほっほっほっほっ!!跡形も残らないんだのぉぉっ!!」
 燃え盛る炎を見て、高々と笑う粒栗。
「ほっほっほっ!!ほっ…?」
 妙に早く消えていく炎に、粒栗が眉をひそめる。
「なっ…何っ…」
「ふぅ〜暑い、暑いっ」
「……っ!まさかっ…!!」
 消えていく炎の中から見えてくる人影に、粒栗が目を見開く。
「跡形なら…だいぶ残りましたけどっ?」
「うっ…!!」
 左手を突き出し、自分の前に水の壁を張った輝矢が、傷一つなく粒栗に笑いかける。
「さてっ、“月器・三日月”っ」
 右手に持っていた十六夜を、三日月へと変える輝矢。
「待っ…待てっ!!マロはっっ…!!」
「待ちませんっ」
「ひいっ…!!」
 三日月を構え、飛び出してくる輝矢に背を向け、怯えるように逃げる粒栗。
「マロはっ…!!マロはまだっ…!!」
「残念ですが、容赦はしませんっ」
「ううっ…!!」
 逃げる粒栗の、すぐ目の前へと現れる輝矢。
「実は私っ、いつもより少し怒っているのでっ」
「うううっ…!!」
「三日月っ…」
「……っ!!」
 輝矢が粒栗へ向け、三日月を振り下ろす。

「グッ…ギャアアアッ!!」

 三日月に切り裂かれ、粒栗が砂となって消えていく。

「地獄で赤鬼のバイトでもして下さいっ…」
 風に吹かれていく砂に、輝矢はそっと言い放った。




「終わったみたいだなっ」
「ってか、いっつも容赦とかしてたんだぁ〜」
「気持ちの問題だろっ?」
 粒栗を倒し終えた輝矢の方を見ながら、笑顔をこぼしつつ暢気な会話をする桜時と由雉。
「さっすが俺の輝矢んっ!!ラブラブリィーンっ!!」
「ちょっとぉ〜回想シーンのイメージ壊れるからやめてくんないっ?」
「まったくだっ」
「へぇっ?」
 一花との話の中のクールさは欠片もない、いつものアホ門貴に、由雉と桜時が少しうんざりしたように言う。二人の言葉に首をかしげる門貴。
「あっ、そういや移貴ぃ〜お前怪我、ユッキーにぃっ」
「猿蟹合戦に参加した者っ!全員、ここへ集まりぃっ!」
「……っ?」
 門貴が移貴に声をかけようとした時、移貴が集まっていたサルたちにそう言い放った。猿飛をはじめ、猿蟹合戦に参加した若いサルたちが次々と移貴の元へ集まっていく。

『……?』
 その光景を、戸惑うように見つめる二花たちカニ。
「揃ったかっ!?よしっ!」
 二花たちカニの前に、移貴を先頭にしてサルたちがきれいに並ぶ。
『すみませんでしたぁっ!!』
『……っ!』
 一斉に頭を下げて謝る移貴たちに、二花たちカニが少し驚く。
「鬼人に脅されとったとはいえっ…俺らはお前らをたくさん傷つけたっ…」
 移貴がサルたちを代表し、頭を下げたまま言葉を発する。
「俺たちがやったんはっ…猿蟹合戦を裏切る行為やっ…」
「移貴…」
 言葉を続ける移貴を、目を細めて見つめる二花。
「この償いはっ…」
「せやなっ!償ってもらおかっ!」
「えっ…?」
 二花の声に、移貴が戸惑うように顔を上げる。
「二っ…」
「明日っからホンマの猿蟹合戦やろっ!!」
「……っ」
 二花の笑顔に、移貴が思わず目を見開く。
「みんなで誇り賭けて戦おっ!!それが償いやっ!なっ!?猿長っ!!」
「二花っ…」
 移貴が笑みをこぼす。
「みんなもそれでええやろっ!?」
『おおぉーっ!!!明日っからは負けねぇーぞぉっ!サルどもぉっ!』
『そりゃーこっちのセリフやぁっ!!カニどもぉっ!!』
『……っ』
 盛り上がるサルとカニたちを見て、移貴と二花がさらに笑う。
「負けへんでっ?移貴っ」
「おうっ…でも二花ぁっ!!俺、やっぱりお前のことが好っ…!」
「断るっ!!」
「うううっ…」
「懲りへんなぁ〜移貴さんも」
 またしても一瞬で二花に断られ、悲しむ移貴を見て、猿飛がどこか呆れたように呟いた。

「“めでたしめでたし”といったところですかねぇ〜」
「うん〜」
「そうだな」
 月器を元のピアスへと戻し、こちらへとやって来る輝矢の言葉に、由雉と桜時が笑顔で頷く。
「まぁこれでサルもっ…」
「……。」
「……っ」
 輝矢が門貴の方を振り向くと、門貴は憂いを帯びた表情で、静かに風に吹かれる柿の木を見上げていた。そんな門貴を見て、輝矢は声をかけるのをやめる。
「んっ…?」
 そんな時、由雉が風に吹かれて目の前を横切る、白いものに気づく。
「何だろぉ〜?これっ」
 その白いものを思わず手に取る由雉。それはとても薄く、小さい花びらのようなものであった。
「ああ、それはっ…」
「……っ」
 由雉に答える桜時の言葉に、輝矢はハッとした表情を見せた。




 数時間後。柿之木山頂上・“猿の村”。
「かぁ〜っ!やぁ〜っぱ自分の生まれ故郷は落ち着くなぁ〜っ!」
 戦いを終え、輝矢たちを別れて一人、村へと戻った門貴は、移貴・猿飛とともに村で最も高い、長老の家の屋根の上へと並んで座っていた。もう間もなく、長かった夜も明けようとしている。
「久しぶりですもんねぇ〜三人でここ来るなんてっ。ねぇ?移貴さんっ」
「おうっ…」
「……?移貴さん?」
 返って来る元気のない返事に、猿飛が首をかしげて移貴の方を振り向く。
「まだ気にしてるんですかぁ〜?カニさんもみんな、許してくれたやないですかぁ〜」
「うぅんっ…」
 気を遣うように声をかけた猿飛に、またもや冴えない返事を返す移貴。
「何でも一人で抱え込むからやろぉ〜」
 そんな元気のない移貴に、門貴が声をかける。
「まぁ巻き込むんが嫌で二花に黙っとったんはわかるけどぉ、なんで俺にすぐ言わんかってんっ?」
「……っ」
 門貴の言葉に、移貴が少し顔をしかめる。
「俺が来てすぐ言うといてくれれば、俺や輝矢んがすぅ〜ぐ何とかしたのにぃ〜」
「ボクもそう言ったんですけどねぇ?移貴さんてば、“門貴にだけは言うなぁ〜”って」
「どうせ意地張ったんやろぉ〜ったく、昔はすぅ〜ぐ何でも頼ってきとったくせにっ」
「だからやろっ!?」
「へっ?」
 急に声をあげ、立ち上がる移貴に、門貴が目を丸くする。
「俺っ…!俺がっ…!何でもすぐお前に頼ってばっかやったからっ…!」
「移貴?」
「ばっかやったからっ…一花ん時もっ…」
「……っ」
 移貴の口から一花の名が出ると、門貴が少し表情を曇らせた。
「俺があん時っ…腕相撲なんてくだらんこと頼まんかったらっ…!お前、一花のこと看取れっ…!」
「看取れんで…良かったんよっ…」
「えっ…?」
 俯いたまま微笑む門貴に、移貴が首をかしげる。
「看取ったりなんかしたら…きっと俺、一緒に死んでもた思うから…」
「……っ」

――門貴っ…!――

 あの笑顔をもし目の前で失ってしまっていたら、きっと耐えられずに死を選んでしまったと思う。一花の死を目にしていないから、まだどこかで生きているのではないかと、またどこかで会えるのではないかと思い、生きていられたのだと思う。
「門貴っ…」
「だから…良かったんよっ…」
「……。」
 笑顔で顔を上げる門貴を見て、移貴は少し辛そうに俯いた。
「そんなこと気にせんと、もっとどんどん頼れやぁ〜」
「えっ?」
 門貴が立ち上がり、移貴の肩を叩く。
「何年来のダチやねんっ?俺らっ」
「……っ」
 門貴の言葉に、移貴も笑みをこぼす。
「ああ〜でもあん時の約束のバナナ、まだ奢ってもらってへんかったなぁ〜」
「へっ?」

――ったく、しゃーないなぁっ、移貴はぁっ…――
――サ〜ンキュっ!帰ってきたらバナナ奢っからよぉっ!――

「そういやぁっ…」
 思い出したように言う門貴。移貴も思い返して頷く。
「じゃっ!バナナ十本、よろしくっ!」
「はぁっ?五本でええやろっ?」
「あっ!もう日が昇りますよっ!門貴さんっ!移貴さんっ!」
 長い長い夜が明け、昇った朝日が久々に笑い合う三人を照らした。




 日も昇った柿之木山。柿の木の前。
「……。」
 実の生っている柿の木を見上げ、考え込むように立ち尽くしているモンキ。
「……っ」
 顔を下に向けたモンキが、小さな手の中にある、小さな一粒の種を見る。

――これっ…姉ちゃんがアンタに…“最期の言葉”やって…――

「……。」
 一花が門貴に最期に残した柿の種。
「結局…お前の最期の言葉の意味は…わからんかったな…」
 モンキが少し微笑んで、また柿の木を見上げる。

「なぁっ…一花っ…」
「やはりここでしたか…」
「……っ?」
 麓の方から聞こえてくる声にモンキが振り返る。
「輝矢んっ」
 モンキのすぐ後方へとやって来たのは輝矢であった。
「もう行くんかぁ?ほんなら準備をっ…」
「サルっ…」
「へっ?」
 輝矢が呼びに来たのかと思い、旅立ちの支度のために猿の村へと戻ろうとしたモンキを、輝矢が呼び止める。柿の木の横を通り過ぎたところで、輝矢の方を振り返るモンキ。
「柿の花言葉を…知っていますか?」
「花ぁ?柿に花なんてっ…」
「あるのだそうです…」
 不思議そうにするモンキに答えながら、輝矢が少し山を登り、柿の木の幹に手を触れる。
「咲いている時は目立たず、散って初めて花が咲いていたのだと気づかれるような白い花が…」
「散って…初めて…」
 モンキが考え深げに輝矢の言葉を繰り返す。
「そして…その花言葉は…」
 ゆっくりと柿の木を見上げる輝矢。

「“この美しい自然の中に私を埋めよ”…」
「……っ」
 輝矢から伝えられる柿の花言葉に、モンキが思わず目を見開く。

「この…美しい自然の中に…私を…埋めよ…?」
「ええ…まぁすべてハチの受け売りですけどっ」
 花言葉を繰り返すモンキの元へ、輝矢が歩み寄る。
「だからこの種っ」
「へっ?うわわっ!ちょっちょっとっ…!」
 モンキの手の中から、一花の柿の種を奪い取る輝矢。モンキが焦ったように輝矢に手を伸ばす。
「かっ…!輝矢んっ…!その種だけはっ…!!」
「この種に込められた思いは、“後生、大事に持ち歩け”ではありません。ハチっ!」
「おぉーうっ!」
「ほいっ」
「だああああっ!!」
 柿の木のすぐ横へと現れた桜時に、勢いよく柿の種を投げる輝矢。桜時の横には由雉の姿もある。放り投げられる種を見て、モンキが思わず声をあげる。
「よっ!」
 柿の種を右手でしっかりと受け取った桜時が、種に左手を向ける。
「おっおいっ!イヌっ!何をっ…!」
「まぁ見ていなさい」
「えっ?」
 焦るモンキに、諭すように声をかける輝矢。
「……っ」
 ハラハラとモンキが見守る中、桜時の両手が桃色の光を帯びていく。
「“瞬花”っ!!」

――パァァァァーーンッ!

「……っ!!」

 桜時の光を受けた柿の種を、桜時が土へと投げ放った途端、柿之木山の柿の木の横にもう一本、たくさんの実を付けた、立派な柿の木が咲き誇った。その木を見て、モンキが目を見開く。

「……。」
「種を植えれば新しい命が芽吹く…一花がアナタにあの種を託したのは…」
 咲いたばかりの柿の木を見上げて立ち尽くすモンキに、輝矢が後ろから声をかける。
「アナタの手で自分を…新しい命へと送り出してほしかったからではないのですか…?」
「……っ!」

――姉ちゃんがアンタに…“最期の言葉”やって…――

「一っ…花…」
 やっと辿り着いた、最期の言葉。

「ううっ…!ううっ…!!」
 モンキが涙を流し、その場に膝をつく。
「ううっ…!一花っ…!」
「……。」
 涙に暮れるモンキを、静かに見守る輝矢。
『……。』
 そして、桜時、由雉。
「輝矢んっ…」
「はいっ?」
 モンキが少しかすれた声で、輝矢を呼ぶ。
「輝矢んの胸で泣き暮れていいっ?」
「冗談じゃありません」
「……ハハっ…」
 あっさり断る輝矢に、いつもはショックを受けるモンキだが、今回は少し笑みをこぼした。
「釣れへんなぁ〜…輝矢んはっ…」
 そう言いながら、モンキがゆっくりと顔を上げる。

――今度っ……――

 顔を上げたモンキの目の前に咲き誇る、柿の木。

――今度、この木に実がなる時は…きっと笑顔で出逢えるね…――

「やっとっ…」
 柿の木を見上げ、モンキが笑う。

「やっと逢えたなっ…一花っ…」


――そうやね…門貴っ…――

 こうして、サルとカニを巻き込んだ戦いは終わった…。門貴と一花の思い出とともに…。





 一時間後。“猿の村”入口。
「もう行くのか?」
「そうですよぉ〜もう一日くらいゆっくりして行けばええのにぃ〜」
 旅立ちの支度を整えた輝矢や門貴たちは、移貴や猿飛、蟹の村から駆けつけた二花たちに見送られ、この柿之木山から旅立とうとしていた。
「すまんなぁ、移貴、猿飛っ…この世界にはまだまだ、俺の助けを必要としてる人たちがいっ…」
「別に残っていただいても全然、構いませんよっ?サルっ」
「そんなぁぁ殺生なぁ〜っ!!俺を見捨てんといてやぁ〜っ!輝矢ぁ〜んっ!」
『……。』
 カッコつけようとしたモンキが、輝矢の笑顔の一言に、一瞬にして激しく泣きつく。そのモンキの情けない姿に、呆れた表情を見せる移貴と猿飛。
『ああっ!移貴さぁ〜んっ!』
『……っ?』
 聞こえてくる黄色い声に、移貴やモンキたちが振り向く。
『今日の猿蟹合戦、見に行きますねぇ〜っ!』
 振り返った先にいるのは、若くて可愛らしい女の子の三人組。移貴にハートを飛ばしながら、手を振っている。
「ああ、おうっ」
『きゃああ〜っ!!“おうっ”って言われちゃったぁっ!』
「……っ?」
 妙に盛り上がって去っていく三人娘たちに、首をかしげる移貴。
「おっ…おいおいおいっ、移貴っ!今のって…村のアイドル、“ウキウキ猿っ子三人娘”じゃっ…」
 モンキが喰らいつくように移貴を見上げる。
「お前っ…!いつの間にっ…!?」
「へぇっ?」
 必死に問いかけるモンキに、移貴が首をかしげる。
「移貴さん、猿長になってから妙にモテるんですよぉ〜メガネが誠実さアップ〜って好評でぇ〜」
「何っ…!?」
 猿飛の言葉に、敏感に反応するモンキ。
「やっ…やっぱ村、残ろうかなっ…アハっ」
「どこが純愛一筋なんだよっ」
「これじゃあ一花さんが生きてたところで愛想つかされただろうねぇ〜」
 下心見え見えの笑みを浮かべるモンキに、ハチとユキジが呆れきった表情で呟く。

「なぁ〜っ?ウッキー、今度合コンせぇ〜へんっ?」
「はぁっ?」
「……っ!」
 移貴に合コンを迫るモンキを見て、二花が背中のハサミに手をかける。

――バギコォォォーンッ!

「ぐぎゃああああっ!!」
 二花の大バサミがモンキの後頭部を攻撃する。
「何すんねんっ!この暴力カニ女ぁっ!!」
「姉ちゃんの代わりに殴ったまでやっ」
「ああっ?」
 しかめっ面で答える二花に、モンキが首をかしげる。

「あっ、そうやっ!お前に大事な話があってんっ、二花っ」
「えっ…?」
 そう言って二花の肩に飛び乗るモンキ。二花が少し裏返った声を出し、頬を赤くする。
「あんなっ…」
「……っ」
 緊張したようにゴクリと息を呑む二花。
「お前、ちゃんと移貴のこと、考えたれよっ?」
「はぁっ?」
 想定外の内容に、二花が勢いよく顔をしかめる。
「お前みたいな乱暴下品カニ女、移貴みたいな物好き逃したらもう一生、相手おらへんでぇ〜?」
「……っ!」
 モンキの笑顔に、二花の堪忍袋の緒が切れる。
「アホオオオオウッ!!」
「どわああああっ!!」
 二花の怒鳴り声に、モンキが肩の上から転げ落ちる。
「どおおっ!!痛っつぅ〜っ」
 転げ落ちた勢いのまま、地面に思い切り頭を打ちつけるモンキ。
「何やねんっ、いきなりぃ〜」
「アンタなんかもう知らんわっ!はんっ!!」
「ああ〜っ?」
 頭を押さえて起き上がったモンキが、怒った様子でそっぽを向く二花を見て、首をかしげる。
「何、怒っとんねんっ?アイツっ…」
「当ったりめぇーだろっ」
「ちょ鈍ぅ〜っ」
 わけのわかっていないモンキに、ハチとユキジがまたまた呆れきった様子で呟いた。

「あっ…おいっ、門貴っ!長老がっ」
「……っ」
 首をかしげていた門貴が移貴の言葉に振り向くと、村の奥から村人を数人従えて、白髪の老ザル・長老が入口へとやって来た。
「じじいっ」
 長老の姿を見て、門貴が笑顔を見せて立ち上がる。
「行くのか…」
「おうっ!」
「うむっ…」
 明るく答えるモンキを見て、しみじみと頷く長老。
「どうやらお主っ…グホホウっ!!ゲハっ!ゲハァっ!グフウっ!フウっ!」
「長老さまっ…!お薬をっ…!!」
『……。』
 咳き込む長老に、薬と水を差し出すサル。その光景に輝矢たちが呆れた表情を見せる。
「あっはぁ〜っ!相変わらずやなぁ〜っ!長老はっ」
「あんなので相変わらずとか危なくねぇ〜かっ?」
「だぁ〜い丈夫やってっ!長老、十年くらい前からあんなんやけど、未だに生きてるしっ」
「それで大丈夫なのかっ…?」
 モンキの笑顔に、思わず突っ込みを入れるハチ。
「うっううんっ…うんっ…あっああっ…」
 薬を飲んで、呼吸を整えた長老が、改めてモンキを見る。
「どうやら…また、いい“出会い”をしたようじゃな、門貴…」
「……っおうっ!」
 長老の言葉に、モンキが大きく笑みをこぼす。
「俺っ…今回は逃げて出て行くんちゃうからっ…」
 長老や移貴たちに、モンキが穏やかな笑みを向ける。
「今回はちゃんとっ…旅立っていくんやっ…」
「門貴っ…」
「だからっ…ちゃんと帰って来るっ!」
『……っ』
 門貴の笑顔に、移貴や長老、二花たちが皆、笑みを浮かべる。

「ではそろそろ行きましょうか」
「ああっ」
「うんっ」
「おうっ!!」
 輝矢の言葉に大きく頷くハチ、ユキジ、そしてモンキ。
「じゃあっ!行ってくるっ!!」
 大きく手を挙げ、輝矢たちとともに山を降りていくモンキ。
「おうっ!行って来いっ!!」
「たまには帰ってくるんやでぇっ!?アホザルっ!!」
「またねぇ〜っ!門貴さんっ!!」
「ありがとぉ〜っ!!みなさんっ!お元気でぇ〜っ!!」
 移貴や二花、猿飛、チョキ三郎が、大きく手を振り、モンキを見送る。やがて2本の柿の木の間を通り、モンキたちは柿之木山を後にした。

「さっ!猿蟹合戦始めよかぁ〜っ!猿長っ!!」
「ああっ!蟹長っ!」
 モンキたちが見えなくなると、移貴と二花は笑い合った。




「怯むなぁっ!!サルの誇りを見せつけろぉぉっ!!」
『うおおおおおおっ!!』
 移貴の掛け声に、勢いよく山を駆け下りていくサル軍団。

「来たでぇっ!!どんどん暴れぇやっ!!カニ一族っ!!」
『いえっさああああっ!!』
 二花の掛け声に、勢いよく山を駆け上るカニ軍団。


 秋の空広がる、普通の日。今日も柿之木山で、二本となった柿の木の下、猿蟹合戦が始まる。



                                      其の十一へつづく。
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