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守護天使

作者:S
 寓話に近い話です。
 ツァオル(小さいという意味だそうです)君は、貧しく苦労の絶えない子供時代を過ごします。そこには、彼には見えないけれど守護天使がいつも寄り添っています。あまりにも過酷な境遇の中、ツァオル君は盗みをするようになります。その時もできる限り、天使は彼を守り、悪の道から善の道へ導くよう身をボロボロにしながら努力します。ついにツァオル君は、大きな過ちを犯し、それを後悔し、償いをしたいと思うようになります。そして、努力の果てに償いをするという話です。  
 ツァオル君はある村の小さな家に生まれました。その村は北の方にある土地で貧しく、作物もなかなか育たない所にありました。それでも両親は彼が生まれた時にはとても喜んで、上等の産着を着せ、おじいさんおばあさんと一緒に教会に行きました。
 教会では神父さんがツァオル君に洗礼をした後、祝福の口づけをしました。聖堂には両親とおじいさんおばあさん、親戚の人たち、村の人たちが彼の誕生を祝福していました。しかしその人たちの他にもう一人ツァオル君の誕生を見ている人がいました。その人は銀髪で目は薄く赤いサファイヤ色で、やわらかい肌色の手足で白い衣を纏っていました。優しそうな顔ですが、少し心配そうな表情で眺めていました。
 その人は他の人たちとは違い羽根が生えていました。そしてその姿は誰にも見えませんでした。その人はツァオル君の守護天使でした。
 ツァオル君は3歳の時に父親を亡くしました。父親は仕事の無理がたたって、畑の中で死んでしまいました。それでも村の人や親戚の人が助けてくれたので、母親一人で育てていくことが出来ました。
 しかしツァオル君が15歳になったその年の冬に、母親は流行病で病床に伏し、彼や村の人の看病にもかかわらず一年もたたずに亡くなってしまいました。
 追い打ちを掛けるように次の年は冷害で、作物は思うように育たず、村ではたくさんの人が飢えて亡くなりました。とうとうツァオル君の家の粉も底をつき、さらに時同じくして神父さんも亡くなり、村にはただ冷たい風が通り抜けるだけになりました。
 ツァオル君はまだ動ける内にと、村を出て町に行くことに決めました。町には働く場所があると考えたのでした。そして、その国で3番目に大きな町に行きました。はじめは彼のような田舎者を雇ってくれる所はありませんでしたが、根気強く探している内に町外れの小さなパン屋さんが下働きとして雇ってくれることになりました。
 朝から晩まで働きました。重い粉袋を上から下へ運び、かまどの掃除に、店の掃除、雑用、片付け、炊事などなんでもこなしました。
 しかし、2年がたったある日ツァオル君は重い粉袋を担いだまま倉庫の階段から落ちて、腰を痛めてしまいました。親方はまともに働けなくなった彼をその日限りで追い出してしました。そして再び路上をさまようことになりました。
 ツァオル君は路上で飢えていました。彼は神様に「私に早く死を与えて下さい。」と祈りました。
 しかし答えるものは何もありませんでした。
 そのとき心に悪魔が入りました。そして彼は心の中で叫びました。
 「どうせ神様なんていないのだから盗みでも何でもして生きた方が良いや。」
 そのときから、ツァオル君は盗みを働くようになりました。
 スリから始まり、空き巣、果ては強盗まであらゆる悪事に手を染めました。
 そして友達が出来ました。同じ盗人の仲間でした。話すことと言えば、どこの道がスリの稼ぎが良いか、どこそこの家がいつ留守だとかと言う話ばかりでした。彼もそのような情報を集めては仲間に教え、時には一緒に盗む相談をするのでした。
 ツァオル君の心にはもう生まれた村やお父さんお母さんや教会の神父さんはいなくなり、村の言葉も口に上らなくなりました。
 そして町であらかた盗みをすると、今度は、町から離れた荒地で旅人や商人を襲うようになりました。稼ぎが良いのと、人の目が届かないということが好都合でした。
 数人がかりで纏まってたくさんの人から金や物を奪いましたが、しばらくすると仲間内では一人で盗みをする者も出てきました。初めは抜け駆けなどと良く思われなかったのですが、一人でも十分に稼ぐことが出来ることが解り、さらにはたくさんの物や高価な物を一人で盗み出すことで仲間内で賞賛の的にさえなったのでみんな競ってこれを行いました。
 もちろんツァオル君も自分の度胸試しとばかりにこれを計画しました。まず手始めに旅人など一人や数人で歩いている者を襲うことにしました。数日かけて計画を練り上げ、男の人なら持っているものをみんな取り上げ、女の人だったら身ぐるみをはいだ後どこかに下女として売り飛ばそうと考えました。
 ツァオル君が荒地で物陰に隠れていると、一人の旅人が通りかかりました。その旅人は擦り切れたマントを羽織り、フードで顔をかくしていましたが、全体的に小柄でやせ形であまり強そうには見えませんでした。
 「不用心な奴め。初めての仕事には手ごろだぞ。」
ツォアル君は心の中でにやりと笑いました。
 そして、おもむろに飛び出し、その旅人をねじ伏せて、ギラリと光る短刀を喉元に突き付け、
 「身ぐるみすべて置いていけ。」
と言いました。
 すると、その旅人の顔を隠しているフードの下から澄んだ声が聞こえてきました。
 「あなたは誰?」
 その声があまりにも澄んだ美しい声だったので、ツァオル君は思わず旅人から離れました。旅人は怯えた様子もなく、スックと立ちがり、付いた砂を払うと、顔の覆いを取りました。
 その顔を見てあっと思いました。とても美しい顔でした。金色の髪、白い肌、目はどこまでも澄んでいて、穢れを知らないような瞳でした。しかし、服はボロボロで、表情はいくつもの辛酸を味わったようであり、全体的には歴戦の猛者のような雰囲気が漂ってきました。
 ツァオル君は、思わず頭を垂れ、短剣を鞘に戻し、視線も合わせずに後ずさりしました。
 「君は誰?」
その旅人は言いました。
 「僕はツァオル。」
ツァオル君は答えました。
 「君はどうしてこんなことをしているの?」
その人は言いました。
 「僕は………。」ツァオル君はどうしてかはわからず、ホロホロと涙を流しながら、今まであったことを、5歳で亡くなってお父さん、お母さんおじいさんおばあさん、町へ来たこと、そこで起こったこと、すべてその旅人に話しました。
 そして、 
 「僕には誰も涙を流してくれる人はいないんだ。」
ツァオル君は言いました。
 「だから盗みをするの。」
その人は言いました。
 「そう………。」
ツァオル君は口ごもりました。
 「君、君のために涙を流している人が、今そこにいるよ。」
その人は言いました。
 ツァオル君は突然の言葉に驚き一瞬止まりましたが、すぐに我に返りかえって怒りに任せながら、
 「いるわけがない、僕は一人だ、神様もいないし、天使も物語の中だけだ。信じられるのは自分だけだ。さぁ、命のあるうちに、馬鹿な話はやめて、とっととここを去れ。僕の気持ちが変わらないうちに。」
と叫びました。
 激しく怒って、後ろを確かめもせずにそこを離れると、急いで自分の塒に戻りました。
 そして頭から毛布を被り、先ほど起こったことを頭の中で巡らせました。
 「ふんだ、変な奴。およそ頭がおかしいやつに違いない。どうせ金目の物を身に着けていなかったし、襲う理由もない。頭がおかしければ奴隷にもならない。逃がしたのは別におかしいことではない。」
 しかし、心の中ではさっきの人の言葉が引っかかっていました。
 次の日、ツァオル君は朝早く起きて仲間と一緒に市場で荷車を襲いました。丁度、商人が反物を運んでいるところでした。荷車を押していた僕を打ち、商人に短刀を突き付けて脅すと、積み荷の全てを仲間とともに奪いました。
 「これだけ上等な反物を持っているようじゃ並大抵の金持ちじゃないな。」
仲間の一人が言いました。
 「全くだ。また今度は別な奴を襲おうぜ。」
ツァオル君は答えました。
 その後、仲間たちと一緒に奪った反物を売り払ったお金で一晩中飲み食いをしたのでした。
 それから幾日か過ぎたある日、ツァオル君が一人で市場をぶらぶら歩いていると、市場で奴隷の競りが行われていのに出くわしました。何気なく覘いてみると、一人の若い娘が売られているのが目に入りました。物憂いげに眺めていると、周りの中年のおばさんたちがぺちゃくちゃ話をしているのが耳に入りました。
 「可哀そうにね、あの子、あの反物商人の娘でしょ。」
 「そうそう、貧しくても、いい人だったんだけれどね。いつもにこにこしてね。あの子のお父さんは。」
 「奥さんを早く亡くしてね。男手一人で育ててきたのにね。この間の怖い事件だったさ、お得意先に届ける反物を全て奪われてね、気の毒に大変な借金を背負ったそうだよ。」
 「そうそう、その後に取引相手の客に打たれた傷でね、亡くなったんだってね。相手が悪かったよ。その客も身分の高い人でね。商人一人が亡くなっても知らん顔でね。」
 それらを聞いていたツァオル君は思わず
 「なんで、あんな高価な反物を持っている商人が貧しいんだ?」
と言いました。
 「おや、この子は何も知らないのかえ?高価な反物を持っていたって自分のものじゃないんだよ。遠く異国の地から借金をして買って来て、町の人に売るんだから、たいした儲けにはならないんだよ。どちらかというと借金の方が多いくらいさ。それを奪われちまったんだからどうしようもないさね。」
 ツァオル君は青い顔をしてそこを離れ、塒に帰り、件の反物の残りを手に取りながら、今の話と、若い娘の悲しそうな表情を思い浮かべていました。
 その日から、ツァオル君は魂が抜けたようになり、盗みにも気持ちが入らなくなりました。
 次第に仲間とも話が合わなくなり、終いには疎んじられるようにさえなりました。
 彼はついにその町を出て、別な小さな町に行き、そこで働くようになりました。
 まじめに働き、それでも何度か首になるような目にも合いましたが、また別の職を探してはまじめに働きました。
 そして、幾つもの飢えと寒さ、幾つもの夏と冬を過ごしました。
 その甲斐あってか、数年ほど経つと小さいながらも自分のお店を持つまでになりました。けれども、ツァオル君はそれ以上店を大きくすることはせず、稼いだお金の大部分を貧しい人に施しました。
 そして、ある日、ツァオル君は纏まったお金を財布に入れて、前に住んでいた町に行きました。そこで、染物屋で働いていた一人の女奴隷を買いました。染物屋の主人は初めは首を縦には振りませんでしたが、用意していた多額のお金と、その熱心さに負けてとうとう承諾の意を示しました。
 その女性は間違いなく、あの日、あの時の反物商人の娘でした。
 ツァオル君は、彼女を受け出し、町にいくらかのお金を寄付して、自分の家に戻りました。その日から、商人の娘だった人は、彼の養女になりました。
 ツァオル君は、彼女に対して自分の過去とその父親である反物商人との出来事は一切秘密にして何も話しませんでしたが、本当の父親のようにできる限りのことをしました。彼女は初め、奴隷のように働かされるわけでもなく本当の娘のように遇する彼を訝しく思いましたが、次第に心を許していきました。
 本当の親子のように、時には衝突もしましたが、ツァオル君は忍耐強く真剣に向き合うことで、さらに娘は彼を信用するようになりました。
 また幾年が過ぎ、娘が結婚をするような年齢になると、ツァオル君は骨を折って、一生懸命に婿を探しました。その甲斐あってか、良縁にも恵まれて、それほど裕福ではないが純朴そうな好青年と結ばれる運びとなりました。
 結婚式は華やかでした。ツァオル君は泣き、娘も泣いて彼の胸に縋りつきました。相手の家族もそれを見て思わず涙をこぼしました。
 ツァオル君は、娘をお嫁に出した後、お店をたたんでしまいました。そして、全財産を持って、自分の生まれた村に行きました。
 ツァオル君の生まれた村はそれは酷い有様でした。荒れ放題で村人は一人もいませんでした。それでも彼はまず煉瓦や木を拾い、小さいながらも教会を立て直し、道を整え、家を建て、畑を整備しました。
 そして気の遠くなるような努力の末に、人も次第に集まり始め、最後には以前よりも立派に活気があふれようになりました。
 その時ツァオル君はすでに壮年に差し掛かっていました。
 村が落ち着いて久しくなったある日、ツァオル君が一人で教会の礼拝堂でお祈りをしていると、一人の若者が教会に入ってきました。顔を上げると、そこには以前に荒地で会った金髪の旅人がその時の姿のままで立っていたのでした。
 ツァオル君は特に驚きもせずに、 
 「僕はあの時から変わりました。けれど、未だに、誰があの時、僕のために涙を流してくれたのかが分かりません。あなたはご存知でしょうか?」
と尋ねました。
 その人は、静かに口を開きました。そして、彼にこう告げたのでした。
 「君、今、君のために涙を流している人がそこにいるよ。擦り切れた服で、傷だらけの手足で、羽根もボロボロで、でも喜びでいっぱいの顔で静かに涙を流している人がそこにいるよ。」

 ツァオル君はその後、娘の子供に祝福の口づけをした後、60歳でこの世を去りました。
 ツァオル君の棺は村の教会の聖堂に運ばれ、神父さんが詩篇を読み、皆が別れを告げました。
 そして、神父さんが最後の告解の言葉を口にした時、彼の棺の上で何か羽根のようなものが羽ばたく音を村人たちは聞いたような気がしました。

 

 

 


 


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