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第九話・「……綺麗……」
 とりあえず、心の中で一言だけ言ってやる。


 ――馬鹿が! 加減を知れっ!


 もうもうと立ちこめる煙に、周囲の視界が一時的にゼロとなる。
 爆音が耳をつんざき、壁の破片がぱらぱらと床に降り注ぐ。さすがに廃屋同然の宿屋だけあって、爆発の及ぶ規模も広い。建物自体が揺さぶられるような振動で、イリスが転びそうになる。
 歓談スペースは爆風に飲まれて、イスもテーブルもめちゃめちゃだ。
 爆発した壁とは反対側に飾ってあった人物画の目玉には、残酷なまでに窓ガラスが突き刺さっていた。
 ……ふむ、どうせ安物だろうが。

 イリスは吹き込んでくる爆風に長い髪を揺らしながら、瑠璃色の瞳をまぶたの裏に隠している。細かい破片やら砂埃やらが、美しいイリスの姿を丸呑みにした。
 俺は前述した不幸の予感が感じられた時点で、イリスのベビードールにその身を滑り込ませている。

 褒めておかなくてはいけないのは、イリスは俺が胸元に潜り込んだことを咎めるでもなく、逆に俺を服ごと抱きしめるようにして爆発から守ってくれたことだ。
 いい具合に未発達の双丘が緩衝材となる。ちょうど顔の半分が埋まってしまう感じ。

 これがティアナならば極上なのだろうな……顔どころか、全身が柔らかい優しさに埋もれてしまうのではないだろうか……ハァ……ハァ――と思ってしまうのは贅沢だろうか。……そうだな、贅沢だな。

 とにかくだイリス、俺は殊勝な女は好きだぞ。キズナなどといると、そういった展開はついぞ望めないからな(胸もないし)。それどころか、面倒な目にばかり遭う。

 俺はお前という存在を貴重に思うぞ、イリス。

 ……という感想を二秒ほどでまとめ上げると、イリスは片目を苦しそうに開けながら、煙の中心をにらみ付ける。

「一体……何なの……?」

 立ちこめる煙の中では、フロントの上にあったベルが吹き飛ばされていた。落ちた拍子に鳴り響き、ちりんちりんと宿の主を呼んでいる。
 灰色に染まった視界。玄関口からは争う音だけが聞こえてくる。鈍い音の連続。後に続くのは苦悶と怒声。推測するまでもなく、キズナの仕業だろう。

「さっきの……キズナなの……?」

 ……ああ、その通りだ。あの馬鹿の考えそうなことだ。色々とつっこみどころはある。

 なぜ俺たちと同じ経路をたどってこないで、わざわざ外から突っ込んできたのか、とか。

 百歩譲って、外から突っ込んでくるにしても、なぜ壁ごと壊す必要があったのか、とか。窓を突き破ってくれば良かったのでは……とか。

 千歩譲って、壁を破壊するにしても、威力の加減というものがあったのではないか、とか。

 ……という感想を三秒ほどでまとめ上げると、煙を纏うようにキズナが飛び出してくる。

「みんなまとめて、危うく死ぬところだったわね」

 これだけは言っておく。命だけは譲れないぞ。

 恨めしそうににらみ付けてやると、キズナはやれやれといった顔。

 反省の色なし……いい度胸だ、馬鹿弟子。

 キズナは肩をかしていたティアナの身体をフロントによりかからせると、微々たる胸を張って煙の薄れていく様を見つめる。助け出されたティアナは気を失っていて、ボロのメイド服も二割増しでさらにボロになっていた。つまり、ボロボロと言うことだな。

「姉さん……こんなにされて……」

 ティアナを憂慮したあと、イリスはなぜかキズナをにらみ付けていた。
 気持ちは分からないでもないが、相手が違うぞ、イリス。

「それに……こんな……不潔な人に……助けられたなんて……」

 無表情の中にも特大の苦渋と哀切。それは、イリスだけではなく、俺も同じだった。

「慌ててたら、こうもなるわよ」

 手を振って、仕方がないと言わんばかり。

 よし、ここは俺が順を追って指摘してやろうではないか。

 上着を着、ブーツを履いたまではいい。髪型もいつものツインテールではなくなっているのも分かる。緊急事態だったからな。唯一、ヒップバックの中から【鶺鴒せきれい】を持ってきたことは褒めよう(ひまわりの種も取って来い)。だが、キズナよ。


 ……せめて、スカートぐらいは履いて欲しかった。


「何か言いたそうね、リニオ」

 言っていいのか?

「やっぱりいい」

 一瞬で師弟のアイコンタクトが成立した。

 お前は本当に間抜けな奴だな。ブーツを履く時間があって、上着を着る時間もあったのに、なぜ下はパンツだけなのだ。黒の下着をそんなに見せつけたいか? 見せるのはいいが、俺はイリスのベビードールを見つめている方が何倍も目の保養になるのだぞ。
 俺はお前の羞恥心の優先順位を切に知りたい……って、言っている側からパンツの食い込みを直すな、露出魔め。

 形の良い、小振りな尻に不満をぶつける。

「睡眠不足はお肌に悪いのよね。さっさと終わらせてもう一眠りしたいのよ、私は」

「……キズナは寝過ぎ」

 お前は寝過ぎだ。

「……ったく、助けてあげたっていうのに可愛くない女。それに…………リニオ受けしそうな服着ちゃって、何様のつもりよ、アンタ」

「……恋人だから……当然なの」

 キズナを上目遣いでにらむ。静かな自己主張。

「あのね! コイツの名前はリニオ! 私の――」

 イリスの胸元から慌ててジェスチャーを送る。

「……ああもう! なんでもないわよ!」

 ふう……世話の焼ける奴め。それに先程の言動……お前はやきもちでも焼いたのか? 焼きすぎて火傷しなければいいが。

 不機嫌なオーラを発散させながら、パンツのひもに挟んでいた【鶺鴒】を乱暴に抜き取るキズナ。パンツのゴムがお尻を叩くぺチンという音が、気持ちいいぐらいによく響いた。

【鶺鴒】は、一見、刀から刀身を取ったものと同じ形をしている。
 鍔と柄だけ。もちろん、そのままでは武器としてはなんの役にも立たない。
 キズナの魔力を通すことで起動し、初めて真価を発揮する。【鶺鴒】は魔法具の一つで、正式には魔法刀と呼称される。

 にしても、どこに入れている、お前は……。胸にチップを入れる女性ストリッパーのよう……いや、男性ストリッパーのぴちぴちのパンツに挟むチップだな、まるで。お前程度、これぐらいのたとえで十分だ。

 俺は悪態をつきながらも、キズナの肩口へ上り、耳打ちする。

(相手は四人。いずれも魔法使いの可能性がある。おそらく四人とも昼間の魔法使いと同等レベルだろう。決して侮るなよ、キズナ。相手は単詠唱魔法、地の利を行かせ)

(言われなくとも。私を誰だと思ってるの?)

(パンツ一丁で格好をつけられてもな)

(うっ……ふふ……いいわ、アンタの減らず口を塞いでやる)

(それは敵に言うセリフだろう)

(アンタも敵よ、私にとってはね)

(ふん、俺は獅子身中の虫か?)

(なによ、それ?)

(……)

(だ、黙ってないで、解説しなさいよ)

(……いいから、ほら、来たぞ。死にたかったら食らえ)

(死にたくなかったら避けろじゃないの!?)

 舞い上がっていた煙の中から、二人の男が怒りにまかせて飛び込んでくる。敵は単詠唱魔法を発動済。魔力を伝導した証拠に、腕には魔法文字が躍っている。拳の表面は文字から変換された炎が渦を巻いていた。

 俺はキズナの胸ポケットに素早く潜り込む。俺がきっちり所定の位置に入ったことを確認すると、キズナは準備万端とばかりに満足そうに笑った。

「そこで見てなさい、私の活躍をね」

「ふむ……拝見させてもらおう」

 ぺろりと唇をなめ、キズナは体勢を低くする。
 手に持った【鶺鴒】に魔力を込める。キズナの指先から肩まで、大小様々な魔法文字が青白い炎となり、キズナの腕を燃やすように取り巻き始めた。

 魔法具は発動に詠唱を用いない。

 製作の段階で、物に応じた魔法文字を魔法具内に埋め込むことで、詠唱の必要性をなくすのだ。それがキズナの纏う燃え上がる文字列であり、本来は詠唱されるべき文字列である。

 我が弟子の不肖さを隠さず言えば……単詠唱魔法すら出来ない奴のための救済法、というところか。

 ちなみに、イリスが部屋で使用したランプもその一つといえる。言うまでもないが、技術力はこの【鶺鴒】の方が何十倍も高度である。もともと流体である魔力を、高密度を保ったまま結晶化する。その技術は、倭国にだけ伝わる秘奥中の秘奥だ。

「八つ裂きにしてやるわ」

「四つ裂きでは駄目か?」

 死体の山を築かれても困るだけなのだがな。

 刹那――魔力が固形化する。

 刀身が一瞬で生成された。

「…………綺麗……」

 陶然としたイリスのため息。
 輝く刀身。
 美しく、それでいて猛々しいほどに蒼く燃える文字列を右腕に纏わせ、キズナは蒼き刀身を閃かせる。
 男達の目に驚愕が走った。

 今更驚いても、遅い。

【恩寵者】の魔力は青色。白く光る男達の文字列とは格が違う。たたらを踏む男達が、突進から一転、散開して左右から挟み打ちにするべく疾走する。
 ……いい判断だ。そのまま前進してきたら、両腕が空を舞っているところだ。


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