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憎悪-創作五枚会

・創作五枚会第四回(2011年1月8日投稿)

・文字数制限…2000文字

・禁則事項…会話文の使用禁止

・テーマ…憎悪

・もちろんフィクションです


 初夏の爽やかながらも眩い日差しさす六月。ご近所でも評判の登山スポットに来ていたある日の事。

 山に入りかれこれ一時間程経ったところで、ちょっとした休憩ができる場所があるとの案内情報を見つけ、一回目の休憩を取る事に決めた。

 着いてみればそこは砂地に木製のベンチが二つあるだけの小さな広場だった。まわりは木々に囲まれ、耳を澄まさなくとも鳥の鳴く音が響いている。

 ベンチに近づくと空になった数本のペットボトル、携帯食料らしき空き箱、そしてタバコの吸い殻が散乱していた。大きな笑い声にふと顔を上げると、大学生くらいの男が三人歩いていた。彼らが捨てたモノだという確証は全くないが、なんとなく疑ってしまい少し嫌な気分になってしまう。

 気を取り直してベンチの上にリュックを置いて、肺の中まで青く癒すかのように大きく深呼吸を一つ。ベンチに座り、リュックから取りだしたペットボトルの水を飲みながらなんとなく足下のゴミを集めていた。


 その時だった。

 突然、僕の目の前に大きなイノシシが現れた。


 初めて間近で見る野生の獣。想像を遙かに超える重量感。圧倒的な存在感。その姿は黒く雄々しく、猛々しかった。けれど最も強く感じたのはそんな事ではない。

 恐怖。ただ恐怖。

 イノシシは二度、三度地面を蹴ると、いきなり恐怖で動けない僕に向かって一直線に突進してきた。あわてて逃げようとするが砂地で滑って上手く逃げられない。

 やっとの思いで逃げ出した時と、ベンチにイノシシが激突した時の差は一秒を切っていたかもしれない。それ位ギリギリのタイミングだった。

 獲物を仕留める事が出来なかった事が不満なのか、イノシシはまたもや二度、三度地面を蹴り始める。

 目の前で起こっている事が理解出来ないまま、一切の容赦なく身を削りにくる獣の攻撃。脳裏を掠めるのは死。しかしそれが自分の身に降りかかる災厄と実感できない奇妙な浮遊感。

 頬からつたう温かい何かを手で拭い、それが赤い一筋であったのを見る。何度か転んだ時に切ったのだろう。

 僕は心が落ち着いてゆくのを、一筋の赤を見て急速に心が切り替わったのを感じた。


【見上げる程の大きな氷が、高く澄んだ音を響かせ一瞬で粉々に砕け散るイメージ】

覚悟を決める自己暗示――


【針の穴に糸を通すさまをイメージ】

一瞬で集中する自己暗示――


【つま先に重心を。大きく息を丹田まで吸い込み、全身の筋肉を締めて一気に吐きながら拳を交差し降ろす】

息吹き――


 気が付けば自然に軽く腰を落とし、両膝を少し曲げて構えていた。震える足になんとか力を込める。せめて目はそらさずにまっすぐ相手を見据える。遠くで聞こえていた鳥の鳴き声はだんだん小さくなり、代わりにイノシシが削るように何度も何度も地面を蹴る音が耳に通る。イノシシが僅かに身を低くし、四肢に力を溜める。そんな事が見えるまで集中でいてきた。


 一瞬の無音。聞こえてるのは己の鼓動。


 次の瞬間、地面を蹴る激しい音。弾かれたように襲い来る黒く大きな塊。その全てが僕を壊す為だけに迫ってくる。

 愚直な程、ただ突っ込んでくるだけなのだが、恐怖が邪魔をし反応がわずかに遅れる。だけど僕の体は騒ぎ浮き足立つ心とはまるで別物のように、何度も何度も鍛錬した躱す動きを再生した。

 避けるや木に激突するイノシシ。軋む音と織り交なるように繰り出したのは渾身の右下段回し蹴り。

 腰から産まれた爆発力は関節を伝導し、筋肉はギシリと収縮し爆ぜるように伸び上がる。軸足はこれ以上なくしっかり地面を掴み、登山靴の重さで威力が増した蹴り足は裂帛の気合いと共にイノシシの腹部へ突き刺さった。

 しかし、吹っ飛ばされたのは蹴りを放った僕の足だった。


「なっ!?」


 流れるようにもう一度構え直すが驚きは隠せない。陳腐な例えだが、その感触は分厚いタイヤを蹴ったそれと同じ。蹴られた対象物にほとんど効果はないだろう。それどころか僕の右足がわずかに痺れている。

 迫るイノシシ、わずかな油断。至近距離での体当たりで今度は僕が背中から木に激突した。ばらばらと頭に降りかかる何かの実。鋭く奔る痛みを感じ右腕を見ると木片が幾つも刺さっている。

 心の中で『くそっ!』と呟き、歯を食いしばりながら左手に力を入れ立ち上がろうとした時、ふと僕の視界に二つの塊が飛び込んできた。


「なんだ……これ?」


 所々血で汚れた、縞模様の薄茶色をした特徴的な体毛。実際に見た事はないが見間違えるはずもない。うり坊だったものがそこに二体転がっていた。

 不意に過ぎったさっきの男達の言葉。あいつらはなんて言っていた?


『あはは、面白かったなぁ。すんごい勢いで転がってったぞ!』


 どうしても連想してしまう。もはや戦意という炎が心に灯る訳もなく、むしろ黒い瞳で僕を睨むイノシシに義があるようにさえ見えてきた。

 再びイノシシは地面を蹴りはじめた。僕はベンチの上にあるリュックを力任せに掴むと、後ろを振り返ることなくそこから全力で逃げ出した。

あけましておめでとうございます。本年のよろしくお願いします。


さて、憎悪です。会話なしです。今回は特に難しいと感じた訳ではないのですが、なんと一度書いて予約投稿したはずの作品データがいつの間にかいなくなってました。思わず現実逃避しました。カステラ食べて。

今回投稿した作品はもう一度書き直した、というか今日書いた作品です。真昼さんに吹かれてしまいました(笑)


どうして消えた作品はあんなに出来が良いのだろう(笑)


バトル物は過去の五枚会に無かったと思うですが今回出てきたのでしょうか。

それでは五枚会に参加されている他の方の作品を読んでまいります。

最後までお付き合いくださった方、本当にありがとうございました。


そうじ たかひろ

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