045:積み込み
ルール
1.最初に場代として全員がチップを1枚ベッドする
2.親が全員にカードを配り、順番に「コール」「レイズ」「ドロップ」を宣言していく。この際、全員が「コール」「ドロップ」のどちらかを宣言するまでこれを続ける。これをベッディングインターバルと言う。
2.カードの交換を一度行い、再びベッディングインターバルに入る。
3.ショウダウン。カードを公開し、勝敗を決める。
4.チップは勝者が総取り。
・初期チップは全員50枚。
・親は一回毎に変わっていく。
・カード交換の際、交換するカードは表にする。
・ドロップする者は手札を公開しなくて構わない。
・レイズの金額の上限は無し。
・賭け金を出せなくなった者はその時点で失格。
・最後まで残った者が優勝。おめでとう。
「これでいいかな?」
羊皮紙に書き出したルールを皆に見せて、確認を取る。穴があるだろうルールだが、暇潰しでやるなら、厳格に決める必要は無い。皆の意識も同じ様だ。適当に頷いている。
『再現』で影の様に黒いチップを作り出し、50枚ずつ配っていく。五人が余裕を持って座れる円卓の所為で、反対側までチップを送るのが面倒だ。
「カードは、コレだ」
物置の隅で埃を被っていた、金属製のトランプ。素材自体が特別らしく、形状記憶力は並じゃないし、サビや傷が一切付かない。マーキングなんざさせないって訳で。
「じゃあ、配るぞ。順番は僕、チルノ、紅さん、大妖精、フランドールで――」
「ちょっと待って。質問良い?」
フランドールだ。興味なさげに見えたが、質問するとは意外だ。
「何か?」
「コレ、賭け事なのよね」
「はい」
一応の敬語対応。
「お金の代わりにチップを賭ける、と」
「ええ」
「……それだけ?」
あ、嫌な予感。悪魔の笑みに防衛本能が警鐘を打ち鳴らす。
「もっと、面白いモノを賭けない?」
「命だけは勘弁して下さい」
「そんなの何時でも私の手のひらだもん」
怖い。
「品物とか、命じゃなくて、もっと楽しい、愉快なモノ――例えば、『この場にいる全員に一回だけ命令出来る権利』、とか」
全身総毛立つ。その先にある悪夢を想像するだけで、首都高の走り屋もかくや悪寒が爆走する。恐らく大妖精も、紅さんもだろう。目の端に映る顔からあっと言う間に血の気が無くなった。
「い、妹様、それは――」
「なぁに、紅美鈴?」
わざわざフルネームで圧力を掛けやがる495歳児。これは僕が言ったって無駄だろう。
しかし一人も賛成しないとなれば、幾らフランドールでも空気を読んでジョークとするだろう。うん。そうであってくれ。頼む。
「楽しそう! 良いんじゃない?」
おいパープリン、空気読め。元気良く言いやがった氷精チルノに三人分の視線の槍が突き刺さるが、聖人でない奴を吊し上げて刺したって血すら出ないのは自明の理。気付きやしないのだから始末に負えない。
「じゃ、最後まで残った人が『命令権』を手に入れる、って事で」
ね? と笑うフランドール。コイツがこんなに可愛くなければ今すぐパイルドライバーでもインディアンデスロックでも掛けて撤回させるのになぁ、と思う位の笑顔だった。
♠
一気に緊迫感の増した場にて、黙々とカードを配る。嗚呼、空気が重い。重い。重いが――やらねばなるまい。
勝たなければいけない。何をしようが、勝ってしまえば問題無い。そう。例えどんな手を使ったって構わない。だから――
♥
一瞬。凪人さんがカードを配るその瞬間の一コマに、動きがあった。
「ぐ……!」
身を乗り出していたのは、私の隣にいた赤い髪の女の人。紅美鈴さんだった。自身のカードを置こうとした凪人さんの人差し指に、拳を当てていた。
「咲夜さんにミスディレクションの一つでも教わってはどうですか? 私でも分かりましたよ」
「分かったって、何が?」
チルノちゃんが聞くと、美鈴さんは凪人さんの指を掴み、配られようとしていたカードを――山札に挟まっているカードを見せた。
「単純なイカサマですね。シャッフルの時点で仕組み、自分の札だけを山から違和感無く選び取る」
「……まいった、なぁ。見破られない自信はあったんだけど……」
「私が四順まで気付けなかったんです。悲嘆しないで下さい。尤も――」
♠
すっ、と紅さんが示す先。そこには、ニヤニヤ笑いの悪魔が鎮座している。
「妹様には、最初の一枚で気付かれていましたけどね」
「……ったく」
ああ、もう。化け物揃いだな、この館は。一回だってバレた事無かったってのに、自信無くしちまうよ、本当に。
「じゃあ、配り直して下さい」
そう言いながら、何時の間に集めたカードを山札に加え、シャッフルする紅さん。イカサマしたばかりの人に親任せますかね、普通。
「ま、良いけどさ」
山札を受け取り、今度は真面目にカードを取り。
「待って、凪人」
否、取ろうとして、止められた。
ニヤニヤしたままのフランドール。翳された手のひらに、黒い点が集まるのを幻視した。
「妹様?」
「配る前に、壊さなきゃいけないモノがあるわ」
僕が身構える前に、握られる手。
そして、僕の左手が――
♣
爆発した、様に見えた。勿論、火や煙があった訳じゃない。血が飛沫いた訳でも無い。それでも、凪人さんの手が吹っ飛ぶ様に見えた。
「危ない!」
よろめく凪人さんの肩をチルノが咄嗟に支え、その隙に気の流れを確認する。緊張からか酷い揺らぎを感じるが、怪我の様な乱れは無い。
左手を見る。確かに、どうにもなっていない。手に取ってみるが、何も異常は感じられない。けれど、今のは?
「あの、紅さん……大丈夫ですから、手、良いですか?」
手を握ったまま考えていると、はにかんだ様子で凪人さんが言う。応える前にサッと手を引き、自分の席に戻ってしまう。
少しだけ、ほんの少しだけ頬が赤く見えたのは、私だけだろうか。部屋を照らす明かりの所為かもしれないけど。ええい関係無い気にしない。
「満足ですかね、フランドールサマ」
「ええ。これでカードは元通りになったし」
「バレてましたか」
「バレないとでも?」
「いいえ全っ然これっぽっちも欠片も一片たりとも思っちゃいませんよええ」
あ、心の中で罵倒してるな。そう言う所は本当に分かり易い。
「何? 何してたの?」
「別に。ちょっと僕にだけ分かる目印を魔法で付けていたらぶっ壊されただけ」
「へー、じゃあバレたアンタがバカだったって事ね!」
「……あーそーだよ」
チルノに馬鹿にされながらシャッフルを始める凪人さん。まだイカサマの種を仕込んでたなんて、どれだけ勝ちたいのだろう。いやまぁ、妹様に勝たせたくないのは分かるけど。
「あ、袖とベストと襟に隠したカードも戻してね」
ここまで来ると、呆れたとしか言えないなぁ