042:U.N.オーエンは……?#1
精神的疲労がピークに達しながらも無事に大妖精の入浴が終わり、僕も軽く身体を温めた。風呂上がりに脱衣場で大妖精とご対面した時は赤くなって逃げるのだから妖精達の知識や感性は分からない。腰布巻いてるんですがね。
ともかく大妖精も妖精のメイド服に着替え(少し小さいのか、出る所が出ている様に見える。見えるだけ)、後は雨が止むのを待つのみ。
なのだが。
「止みませんね」
「そーだな」
ざあざあ降りの雨。何? 止むと思ってたの? 馬鹿なの? とでも嘲笑うかの様に空模様は悪い。それも館の周りだけ。なんだこれ。雨男か雨女でもいるのか。
「変な雨ですね」
「いずれ止むよ」
「けど、なんか閉じ込められてるみたいです」
「まぁ気持ちは分かるけど。チェック」
「う……そう言えばチルノちゃんは?」
「今妖精メイドに探させてる。おっとそこルーク取ってもナイトが利いてるぞ」
「むぐっ」
そう言うと、木製の黒いビショップを摘んだ指がピクリと動く。頬を膨らませる顔は愛らしいが、同時に嗜虐心を刺激してくる。楽しい。
苦し紛れに動くキングも、哀れポーンに詰められる。今度はどう足掻いても逃げられない。大妖精も理解したらしく、机に突っ伏してぶうたれる。
「う〜……難しいですよ、これ」
「駒の動かし方が覚えられただけ上等」
館の中で数少ない娯楽道具、チェス。流石西洋の妖怪、チェスなんざションベンよションベンとタカをくくってた僕をぎったんぎったんにしてくれた。大妖精と使っていたのはドヤ顔の吸血鬼を見返す為、それなりに苦労して自作したチェスセットなのだ。特に馬面は気合いを入れた。
しかし、問題があった。練習しようにも、同僚達――敢えて十六夜と紅さんを抜いて考える――の中に、チェスが出来る奴がいなかった。妖精メイドは殆ど頭パープリンだし、出来る程の知性を有した人達は皆その尻拭いも含めて雑務に追われていた。
そんなんで出来る事と言えば、記憶からレミリアとの棋譜を再現して手を考えたり、独り虚しく詰め将棋ならぬ詰めチェスをやっていた。ぼっちじゃない。やる事が無いからやってるだけで断じてぼっちじゃない。
「そろそろ飽きたし、他のでもやるか」
「凪人さんが持ってるそーゆーのって、どんなのがあるんですか?」
「んー、ボードゲームが少しと、トランプとか。あ、トランプは分かるか?」
「はい。ちょっと前に知り合いの人に見せてもらいました」
自作出来るゲームなんかたかが知れている。精々将棋チェスか、トランプ。頑張れば麻雀。その程度だ。
トランプ……あんまり二人でやるゲームが思い浮かばないな。ババ抜きとか不毛そのものだし。人数少ないから七並べも出来ない。神経衰弱でも……いや、なんか不毛だ。俺の能力からして卑怯だし。
「そうだ、ポーカーでもしようか」
「ポーカー?」
二人でやると些かノりにくいかもしれないが、まぁいいだろう。木箱(手作り)から木製のチップ(自家製)を数十枚取り出し、僕と大妖精で半分に分ける。
「五枚のカードの組み合わせで役を作って、相手より高い役なら勝ち。低いなら負け。そんなゲームだ」
トランプの山から幾つか選び出して、テーブルの上に並べていく。
「同じ数字の組が一つならワンペア。組が二つならツーペア。同じ数字が三枚あればスリー・オブ・ア・カインド、スリーカードだ。ここ辺りが基本だな」
「え、えっと……?」
さすがに口頭で暗記させるのは難しいか。紙にさらさらと役表を書く。
「全部同じマークなのがフラッシュ、数字が順番に並んでいるのがストレート、スリーカードとワンペアが両方あるのがフルハウス、同じ数字4つがフォー・オブ・ア・カインド……こんな所か」
ストレートフラッシュはなんとなく分かりそうだし、ロイヤルストレートフラッシュなんかそうそう出ないだろう。ファイブ・オブ・ア・カインドは論外。
「次はゲームの進め方だ。最初に賭け金を場に出す」
「お、お金ですか? 私、持ってないですよ」
「それの代わりがこのチップ。24枚あるだろ? それをお互いに1枚出す。次にカードを5枚引く」
お互いにチップを1枚置き、実際に引いてみる。手札はスペードのAと3、ハートの3、クラブの9とKだった。
「この状態から、今度は賭け金の上乗せをする」
「もっと増やすんですか?」
「そう。このタイミング、ベッディングインターバルとか言ったかな。この時に、『コール』――最初の賭け金と同額出すか、『レイズ』――最初の賭け金以上の賭け金を出すか、『ドロップ』――ゲームから降りるかを選択出来る」
言いながら、チップをもう1枚とコールの宣言。大妖精もそれに倣う。
「相手のベッディングが終われば、次はカードの交換だ。不要なカードを交換出来る」
クラブの9とKを場に捨て、新たに2枚を手札に加える。大妖精はカードを3枚交換した。
「僕の手札に入ったのはクラブとダイヤのA。これで役は『フルハウス』になった。手札交換の後にもベッディングインターバルがあり、こういう強い役が来れば――」
チップの山から10枚掴み取り、場に置く。
「――こんな風に、強気に上乗せ出来る。どうする? 大妖精」
「う……ド、ドロップで」
渋々降りた大妖精。よし、うまくいった。
「とまぁこんな風に勝負する前に勝敗が決まる事もあるけど、通常は全員がコールを宣言すると、『ショウダウン』――手札を見せ合い、勝敗を決める」
大妖精のカードはスペードとハートとダイヤのJにハートの4と6。スリー・オブ・ア・カインドだ。
対する俺は――
「ワン、ペア?」
「その通り」
スペードのAと3、ハートの3に、クラブの10とJ。手役は最初と変わらずワンペアのままだ。
「嘘だったんですか!?」
「こんな風に、騙し討ちをするのもポーカーの醍醐味だよ。悔しかったら僕を騙くらかしてごらん。まーこの程度のブラフが分からないんじゃあちょっと難しいかなぁ?」
分かり易い挑発に、大妖精の顔が湯上がり以上に真っ赤になる。こういう反応は子供だなぁ。
しゃっしゃかしゃっしゃかカードをシャッフルして、思い切りテーブルに叩きつける大妖精。
「いーですよ、絶対勝ちますから! 小細工なんか使わなくても、凪人さんなんかピチューンですよピチューン! 食らいボムも出来ない位速攻で!」
「やれるもんなら――」
やってみろ、まで言えなかった。
館を揺るがす轟音が、雷鳴さえも切り裂いたのだから。
※作中のポーカーのルールは筆者が覚えているものであり、公式のそれとは異なる場合があります。
館に雨雲とくれば……