041:YES案内、NOタッチ
シリアスをかなぐり捨てた結果が以下略
紅霧が消え、我が君レミリア・スカーレットに新しい茶飲み友達が出来た頃。それは、忘れた頃にやってきた。
「ふぅ」
動かしていた手を一旦止め、額の汗を拭う。門の近くに日陰らしい日陰は無く、少し移動しようかと思えばどこからかメイドが釘ならぬナイフを刺しに来る。座っていられるのが最大限の慈悲らしいが。
握られた短剣と木片――二の腕ほどの大きさはあろう作りかけの杭と、それらに付いた木っ端を息で飛ばす。暇潰しでこんな事をしているなんて、なんとも悲しい事だと我ながら思う。
とは言え、杭に実用性が無い訳ではない。自分の能力を使えば擬似的に得物を具現化出来るが、能力の容量が圧迫されるのはよろしくない。やはり実体のある武器があるのが一番良い。まぁ使う時には能力付与しないと幻想郷の奴らには意味が無いだろうけど。
ちなみに杭にした理由は、身近な化け物に対するささやかな抵抗心だったりする。
「今日中に、二つは作れるか」
まだ日も高いし、未だ信用が無いのだろう、門番以外の仕事は任されていない。ナイフでちまちま丁寧に作っていればそんなもんだろう。白木だったり金具が欲しかったりするが、無い物ねだりは良くない。
手をほぐし終わり、再び始める地味な作業。今作っているのは形を整えれば終わりだから、早々に次のを――――?
「……?」
顔を上げ、辺りを見る。そよぐ風が枝を揺らし、照る太陽がそれを影で描く。何ら変わらない、配属されて十分で見飽きた風景だ。
だが何か、感じる。何とも言えない、強いて言えば触感に近いこの感覚。集中が解けていた今だから分かったが、おそらくは少し前から「あった」のだろう。
紅さんに聞いたのだが、万象あらゆるモノには『気』が宿るらしい。水や氷であれば冷気、火であれば火気と言った分かり易いものから、人が由来のあらゆる気配――視線、吐息、心拍、小指一つ動かす事から、思考する意識にすら、何らかの『気』がある。
そしてそれらには強弱があり、視線であれば相手を見つめる瞬間に一番気配が強くなり、長時間見ているとその強弱が無くなり平坦なものとなる。故に見られるその瞬間が、番人として最も重要である。らしい。
生憎と理解は出来ていなかったが、紅さんがやった事を再現して言わんとしていた事が分かった。『何をやろうとしているのか』が分からなければ再現は出来ないが、『気』の類であれば紅さんの得意分野だ。分かり易くしてもらえたから、真似事は出来る。
つまり、視線や呼吸があるか無いか程度であれば、なんとか分かる様にはなった。本当に気にしていれば鋭くはなるが、常時気張っているのは疲れる。適度に緩くが一番良い。
そしてその程度で引っ掛かる視線、しかも強弱が無いとすれば。
「近い、な」
立ち上がる。昼からずうっと座っていたからだろう、足はまだ良いが尻が痛い。今度クッションでも用意しよう。
腰には手製の木杭が六本。ナイフは一本。能力はそこそこ快調。規格外の化け物――例えばどこぞのメイド長クラス――でなければ、撃退出来る自信はある。
さて、どこにいるのやら。草葉の影か、森の中か、土の中か、あるいは異性のスカートの中か。などと下らない事を思いながら辺りを見回していると。
「……ん」
紅魔館からずうっと湖畔へ続く道。その向こうから人影が見える。羽根あるし人間じゃないとは思うが。
結った緑色の髪を揺らしながらふよふよと飛んでくるそれは――
「あれ、あなたは……」
「久しぶり、じゃあ無いか。まぁとにかく、こんにちは」
可愛らしく首を傾げる少女、大妖精。見知った顔で安心したが、同時にいらんものまで忘却の彼方からやってきた。
「その節はどうも。お陰で助かった」
「い、いえ。こちらこそ」
何に恐縮しているのか分からないが、分かり易く気の弱さを見せつけてくれる。多分、ここいらで紅さん同様数少ない常識人枠。
「えっと、あなたはなんでここに?」
「何の因果か、この屋敷で働く事になってね」
八割方レミリアの所為だが。無論知らない大妖精は何のこっちゃと言わんばかりの表情。
「そういう君は――知り合いを引き取りに、って所かな」
その問い掛けに、大妖精は大真面目に首を縦に振る。
大妖精が逃げていた時、一緒にいた奴が捕まってしまったらしい。チルノ、とかいう妖精だった筈。僕が戻る時に幽夜共々助けてやんよと言っていたのだが――ごめんなさい。キリッとか付きかねないセリフ吐いてた癖に忘れてました。超恥ずかしい。いやけど僕は悪くないし。助けるのを忘れてたのは認めるけど途中からでしゃばる奴が悪いんだ。僕はどこも悪くない――と思わず見上げた空は、何故かどんより曇っていた。
「あ?」
「え?」
聞こえる雨音。落ちる雷。突然の天気の変わりように、僕も大妖精も対応しきれない。
雲と言うのは、存外に流れるのが早い。ボーっと見ていると、もくもくと動いているのが良く分かる。
とは言え、頭上を覆いきる雲が接近するのに気付けないものだろうか。それもこんな黒い雲をうわ危ね雷近過ぎ。
「大妖精、中に入ろう」
「え? いいんですか?」
「チルノを引き取るにしても、雨の中で待たせる訳にはいかないし。僕だって寒いのは嫌だ」
妖精一匹位なら、何もとやかく言われないだろう。そうこう言っている間にじゃんじゃん降る雨粒。濡れ鼠になりながら門を飛び越え、紅魔館の扉を開く。
……別に面倒くさがった訳じゃない。ただ門の鍵を貰ってないだけだ。そこまで信用無いのか、僕は。
僕も大概だが、大妖精の服はびしょ濡れになっている。白い部分から透ける肌色が目に毒だ。軽く目を逸らしながら、小さい手を引く。
ここ数日でようやく覚えた館の一部分。玄関ホールから自分の部屋への道順、それと各人の私室程度だが、複雑なのは変わりない。自室に辿り着く頃には、濡れていた僕の髪が少し乾いていた。
「僕んとこの風呂場で悪いけど、好きに使って構わないから」
「は、はい」
この紅魔館、ボイラーどころかなんと部屋ごとに風呂が付いている。一々沸かしたお湯を持って行く何時だったかの英国スタイルだったら今頃十六夜が過労死していただろうが。
ん、しかし吸血鬼って流れる水が駄目とか聞いたが。湯船に浸かるだけなら大丈夫なのだろうか。そんな事を考えながら、脱衣場の方へ大妖精を通す。さすがに濡れた服をまた着せるのはあれだし、レミリアの服でも借りればいいか。いやしかし主不在で部屋に入りでもしたら面倒な事になりそうだ。妖精メイドに適当な服を見繕って貰えばいいか。
僕自身も湿った服を脱いで、簡単に体を拭き、クローゼットに入った同じデザインの服を取り出す。しかしここの奴らは不思議と服のデザインに凝らない。と言うより、一つのデザインと決めたらそれ以外は着ようとしていない。なんだ、キャラ付けのつもりか。似たようなナイトキャップ被って。
『あのー……』
「ん?」
スラックスにワイシャツだけの格好で杭の湿気を取っていると、風呂場の方から大妖精の声がした。
『えっと、このお風呂って……その……』
「どうかしたのか?」
石鹸は切らしていなかった筈だし、タオルも何時も置いてある。それとも何か、女の子には必要なものが無かったとかそういうのか。そう言うのだとちょっと分からないが。
『ど、どうやって、使えばいいんです、か?』
「………………」
沈黙、凡そ3秒。丸々文章の解読に使い、そこから脳味噌に血と思考を巡らせる。
一瞬だが、ああそうなんだと納得した自分もいた。だが理由を導き出すのには少しばかりな時間が必要でもあった。
そうだ、妖精が人間の風呂に入った事があるとは思えない。使い方が分からなくて当たり前じゃないか。
「……えーっと、だな」
思わず眉間を抑えながら、またも思索の海に沈む。
口頭でどう説明すべきか。蛇口、と言っても理解はされないだろう。もっと分かり易く、猿でも分かる様に。いやでも猿とか言語を解さないし。妖精の記憶容量とか鶏も真っ青なものだから言ってる傍から忘れられるかもしんないし。いやいや大妖精はしっかりしてそうだしそんな頭の足りない事は無いと信じたい。だがやはり妖精である事には変わらないし。いや。だが。しかし。
――ええい落ち着け自分。こうやって頭の中だけで結論を出そうとするのは悪い癖だ。とにかく目の前の現実に目を逸らしているんじゃなくて、きちんと向き合ってやればいいじゃないか。とりあえずは目を開ける所から初めてみようか。
「あの、どうかしました?」
「ぶッ」
やっぱり妖精は駄目だった。つーか駄目とかそれ以前に人並みの羞恥心をいや人並みとかそう言うの関係無かったね。
「せめてタオル位巻けアホ!」
「え? え? え?」
敢えて多くは語るまい。少女の裸体をなるたけ視界にいれずに風呂場へ押しやりああ微妙に湿気たきめ細かい肌の手触りがどうだなんて考えてない感じてない見えない知った事じゃないとにかく退散を要求。
そこからなんとか平静を取り戻し、磨り硝子越しになんとか説明をする。冷水を浴びて『きゃあっ!』とか湯船に使って『はわぁ~……』とかロリコン歓喜な声がちょくちょく聞こえたが今の僕に反応する余裕は無い。あくまで僕は大艦巨砲主義であってガキの裸に興味は無い。そりゃあキレイな子供が裸でいたら慌てるけどそれを余裕持って対処出来る程の人生経験も無おい馬鹿やめろそのまま風呂から出るなタオル忘れてんじゃねえ。
くそ、早く幻想入りしろ一般常識。
凪人君の受難はまだまだ続く、筈。
(ハーレムフラグが)勃たない主人公の癖にこんなイベントばっか。はぜろ。