039:12/泣き王女の為のセプテット
ちょいと急ぎ足ですが、これにて紅魔郷終幕です。
……ちょいと位じゃないけどね。
◇◆◇◆◇◆
「咲夜さん咲夜さん」
「…………」
「いやね、スルーはいいんだけど歩く度に一々踵で俺の足を狙い撃ちしないで貰えるかな」
「…………」
さっきからこんな調子である。足まで金属じゃないから痛いのだが。
さて、今の状況はと言うと、満身創痍な俺と、俺が肩を貸してるにも関わらずすげー恨みの籠もった一撃を挟んでくる咲夜さんが並んで歩いていると言った感じだ。服もボロボロだからまぁ言わんとする事はいててててて。
「お願いだから口で言ってくれませんかね?」
睨む事すらせず、ただ俺の足を踏みにじる。痛い。
とは言え、ボロボロにしたのは俺なのだし、どっかのライダーみたいな結界の中じゃ手荒な真似もこれ以上出来まいし。
「俺に怒るのもいいけど、さっきの巫女だって共犯みたいなもんだぜ? 男女差別良くない」
「…………」
「……野郎ばっか話しててもツマラナいから合いの手位入れてくれませんかね。ダメ?」
「…………」
ダメらしい。
諦めて踏まれながら、好き勝手に喋る事にする。
「しかしなんだ、レ――――お前さんのお嬢様も、結構無差別なんだな」
流石に主人を呼び捨てにするのは良くないだろうと言い直しながらボヤく。下段ワンヒット。
「確証ある訳じゃねぇけどさ、お嬢のだろ、この結界っぽいの。血の臭いがプンプンしやがって鼻と頭が馬鹿になりそうだ」
ビックマウス叩くと色々ヤバいから深くは言わねーけど。下段ツーヒット。
「咲夜さんの時止めも、俺の領域も覆い尽くしちまう大したキャパシティだけどよ。……まぁ、リアルチートには適わねえみてぇだが」
言わずもがな、“あの”博麗の巫女だ。時間停止が無くなり膠着状態になった俺達を両成敗しかけやがった。下段スリーヒット。
「強いねぇ、今代の巫女は。俺は出来れば相手したくねぇけど……お嬢様はどうなんだろうねぇ」
下段フォーヒット。大体あの巫女は強い弱いの尺度で測っていいのか分からない。死ぬ事は死ぬだろうが、殺せるかは非常に怪しい。
「まーいいさ。魔理沙もいるだろうし、死人はでねぇだろ、多分」
それよか気になる事はあるっちゃあるんだが。下段ファイブヒット。
「咲夜さんや。やっぱお前さん、俺の事知ってるんじゃないか?」
「――――……」
一瞬、ほんの一瞬だが、俺を踏み続けていた足は止まる。コンボが切れた所でこちらの反撃だ。
「確信はねーけどよ、なんか変だ。お前さん、そんなやたらめったら人を切り裂く殺人鬼なのか? 違うだろ。忠誠誓ってるだけじゃねぇか。
凪人殺し掛けた所、魔理沙を仕留め掛けた所までは良かった。その後――――俺が名乗ってからだ、お前さんがそんな目をする様になったのは」
覗き込む顔には、仮面の様に微動だにしない表情。だがその瞳は演じている者の感情を素直に見せていた。
「憎んでる」
俺を、と言うより俺を『再現』した凪人を憎んでる。この娘は俺を本物だと思う様な馬鹿じゃあない。
では、俺の『再現』を気に入らない理由とは? 単純に他の人の皮を被る阿呆が気に入らないのか。俺が惨殺したい程憎いのか。それとも――――
「俺の『偽物』である事が許せないのか」
そうなら嬉しい限りだが、恨みを買っているのなら哀しい。女の子に嫌われるのは嫌だ。
「泡沫の存在とは知ってるがよ、消え行く幽霊に少し位理由を言ったって良いんじゃないか?」
憐れみついでに。
俺の足も、咲夜さんの足も動かない。脈打つ世界で此処だけが凍っているかの様だ。
不意に、咲夜さんの顔が上がる。向かい合っていた訳では無かったからデコをぶつける事は無かったがかなり顔が近い。しかし、その目は俺を見ていない。
「あなたは」
まるで、過去を視ているかの様に。
「私を覚えてないの?」
憎しむ為の確認。気持ちの筋を切らない為の、自己の行動原理を決める為の儀式。
その問いに俺は、なんと答えるのが正解なのだろう。彼女を疎かにしてはいけないと記録が叫んでいる。だが自身を護らねばいけないと言う防衛本能もある。
何かに縋っているその目。妄信を信じる目。それを壊すのは簡単だけど、保つ事は俺には難しい。
だから。
「あいつなら」
自身の為に。なにより十六夜咲夜の為に。
「本物なら、ちゃんと言ってやれるよ」
◆◇◆◇◆◇
ベッドで横になった、銀髪の女性。口から漏れる吐息や規則正しく上下する薄い胸しか見なければ、彼女は眠っている様にしか見えない。
だが、そこには色が無い。視覚で捉えられる色彩ではなく、生物として当然備わっている筈の色。
即ち、魂。
「パチュリー様が言っていたわ。コレにはもう魂が無いって」
生物を生かせる要因。それが無ければ生物は物と化し、物が持ってしまえば生物となる。
つまりそれが無い今、この肉体は何時朽ちてもおかしくないと言う事。
「確かに、空っぽみてぇだな」
ツンツンと頬をつつく。端麗な顔はされるがままになっており、恐らくどんな衝撃を与えた所で目を覚ましはしないだろう。
だが。
「こりゃ……ああ、そういう事か」
「え……?」
「魂は無くなってるけど生きている状態。こんなもん、普通はありえない。生きているなら魂があって然るべき。だが魂が無い。それなら死んでいる筈。けどこれは生きている。異常過ぎる」
十六夜咲夜はこの有り様を植物状態の様なものと思っていた。医学には詳しくないものの、脳が機能を十全に働かせる事が出来なくなると、身体は動かせず意志を持っているのかも分からない状態になると。これの場合は魂が無くなったものの、奇跡的に外傷が無い為に魂と言う機能を無くした脳が只生かしているだけかと思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
「それならさっさとくたばっちまう筈だ。精気の根っ子が無いんだから、あっと言う間に干からびるなり衰弱してあぼんだ。だがこいつの肌にそんな兆候は見られない」
「……でも、魂が無いんだから」
暗い顔のメイドに、明るく呼び掛ける。
「んな顔すんなよ。生きているなら希望はある。つーか、俺が見つけた」
指が示す先。それは白を思わせる銀髪。
「多分だが、こいつの魂は肉体に引っ張られて女性人格になっている。だが本来は男の魂だ、相容れる訳が無い。それを女の魂が包み、無理矢理固定していたんだろう」
女の魂。つまりそれは――――
「竜神……」
「そう。あいつの魂を利用だかする事でなんとか保っていた。だが完全には定着しないし、元々癒着を始めていた魂二つだ。魂合した性格が出来上がる。その上、魂は完全に固定されてないから肉体に引き寄せられる。つまり」
赤瀬凪人――――今は別の存在である彼は、一つの結論を出す。
「今、二人の魂は、この身体そのモノになろうとしている」
「……どういう、意味?」
「つまり、水元幽夜ってのは境界線だったんだ。女だが男でもある。竜神でもない、■■でもない。そのバランスが、これを生み出していた。
だがどこかで壊れた。肉体がこのままでいる事を願った。だから残った魂二つは、幽夜の身体としての魂に作り替えられている」
つまり、身体に魂が引っ張られると言う現象。別段、おかしい話では無い。肉体的な死により魂が汚されるのだって同じ事だ。
「これは魂とは呼べない。生きていて不思議だったと思うよ。俺で無ければ分かる訳が無い」
「じゃあ……ねぇ、じゃあ!」
破けたワイシャツを掴み、頬に流れる涙を無視して叫ぶ。
「■■は……お父さんは……もう、助からないの……?」
その言葉に、多少だが動揺する。だがそこに考えを使っている場合では無い。
「いいや」
思えば、何故彼女はこの身体と仲良くなったのだろう。昔懐かしい血族だからか、単なる偶然か、それとも――――
「俺が、なんとかする」
こうなる事を、予測していたのか。
「簡単だ。コイツの身体を作り直しながら、コイツの中でコイツの魂を再現すればいい」
魂が肉体に引き寄せられる。それならば、引き寄せる身体を変えてしまえばいい。
「出来損ないの魂に惹かれて、魂は完全になる。人間はともかく妖怪の魂は、引き寄せあう性質があるからな」
後の問題は、肉体をきちんと作り直せるかどうか。魂を再現出来るかどうか。そして、この奪われる空間で成功するかどうか。
「だから……咲夜」
しゃくりあげる瀟洒な従者と言う珍しい光景を目の当たりにしながら、彼は言った。
「この部屋の時間を止め続けて、レミリア・スカーレットの世界を防いでくれ。そうしておかなきゃ、魂が霧散しちまうかもしれない」
「ッ…………」
先程は、展開されると同時に崩れ落ちた時の世界。それを、この博打が終わるまで保たせろと言う。
無理、無茶、無謀と言える。ともすれば、主の牙に殺されるかもしれないのだから。だが彼女は口にしない。何故なら。
「それで、お父さんが助かるなら」
希望と言う道標が正しい事を祈っているから。
◇◆◇◆◇◆
「で、反省した?」
「しました」
文字通りな針の筵の上でレミリアを正座させながら、霊夢は満足そうな顔をする。
ちょっとでも霊夢が動くと、びくりと震えて涙目になる吸血鬼。
……私が起きてから、ずっとこんな調子だ。
「なぁ霊夢」
「なによ」
「お前、勝ったのか?」
「当たり前じゃない」
何言ってんの、とばかりにささやかな胸部と腋を自慢……要は、腰に手を当てて胸を張っている。
あー、えー、なんと言うか。
「どうやって?」
「がんばって」
「どれくらい?」
「背中に出来た出来物を潰す位」
意味が分からない。と言うより、頑張ればどうにかなるものなのか。
理解出来ないと言う顔が伝わったのか、霊夢はなんとも言えない顔をしながら。
「本当に強い人の前じゃ、どんな小細工したって負けちゃうの。
……そんな事より、帰りましょ。ご飯食べてしっかり寝ないと、怪我残っちゃうわよ」
可愛い顔してるんだから、と。最後に余計な事を言いながら、霧が晴れた空を飛んでいった。
さて、そろそろ主人公が復活する頃かな。
……あ、もちろん凪人デスヨ?