027:赤の協奏曲
キシリ、と頭が軋む。まるで頭蓋骨が脳を締め付けているかの様に。
魔法を使う時の副作用かもしれない。どんな力であろうと対価無しには行使は出来ない。
だがどんな痛みも感覚も、僕には無意味だ。傷が無ければ痛みは酷くならない。痛みに慣れてしまえば傷は無いに等しい。
魔法書を握る左手に力を込める。
『結界』を張るには、自身から流れる力の方向性を正してやればいい。『気』の流れを一方にして、その流れを乱す先に仕掛けたモノを放つ。
その力の方向性を分かり易く、なんの支えも無く出来ればいい。やろうとはしているが、なかなか上手くいかないのが現状だ。
何度も見た、フランドールの弾幕。一度抜けてしまえばやり方は把握出来るが、その抜けるのが難しい。クランベリートラップだけで両手両足の指じゃ到底足らない位撃墜した。
隙間を、這う様にして抜ける。掠る弾から魔力を取り込み、燃料を増やす。
その増えた燃料を燃やし――――五メートル程飛び上がる。
足の裏に書いた血の円。気を流す事で発動する『結界』を応用した、所謂加速装置だ。発するモノが風に変わっただけで、基本に変わりは無い。風と表現はしているが、実際は違うモノなのだろう。人体を浮かせる程の風圧を出しているとは到底思えない。
それに反応して、空に漂うフランドールが二枚目のスペルカードを発動させる。
禁忌「レーヴァテイン」
激痛の枝の名を冠したスペル。大剣の様なそれは弾幕と武器の中間の様であり、近付く僕をはたき落とすのに丁度良い。
炎剣の弾幕が迫る。滲み出る熱気だけで髪の毛がチリチリと焦げ、何とも言えない臭いを放つ。
その脅威を無視して、足の裏から限界まで風を放出させる。段々と足が崩れていく不快感。だがそれも、フランドールまで近付けるなら関係無い。
ギチリと、頭蓋が縮まる。
それでも、言葉は止まらない。
『空にいられない』
「ッ!」
紡がれた言葉。それに従うかの様に、床へ落ちていくフランドール。その姿は繰り糸の切れた人形の様だが、それでも弾幕を放っているのだから弾幕シューターの集中力は計り知れない。
耳元で囁いたのは只の言葉だ。只の言葉に少しの暗示を含ませた、『言霊』の類。僕が教えられたのは自己暗示のモノだけだったが、先に進めたのはここにあった本のお陰だ。
下から迫る弾幕を、足で踏みつける。一発は血の円が放つ風で防げるが、二発目以降となると無理だ。足の皮が焦げていく。
十数発当たると、つま先が消えるのを感じる。無論再生されるのだが、神経が脳に伝える不快な信号は止む事は無い。
落ちるフランドール。落ちる僕。両者の間には赤い弾幕。
身体が焼かれるのを構わず、フランドールへと腕を伸ばす。先にある右手の甲には、血で書き込んだ複雑な図式。
焦げる腕に意識を集中させ、身体の芯から気を流し通す。分流の様に染み渡る気を五指にまで満たし――――――
――――――大きな鐘の音が響いた。
「な、なんだ!?」
体勢が崩れ、空中であると言うのに辺りを見回してしまう。必殺のチャンスを逃した代償は、フランドールの声を聞く事だった。
「侵入者じゃないの? 気にするのは良いけど、避けられるのー」
「って、住人のお前は少しぐらい気にしぃってぇぇぇ!」
右腕から、身体全てを包む巨大な光弾。意識を刈り取るには足りないが、そこから先の戦闘を継続させるまでの戦意を喪失させるには十分だった。
「で、なんでこうなってるのよ」
「動いてないからだろ」
不機嫌な声に、不機嫌な声で返す。傷一つ無い身体ではあるが、疲労感は口を動かす事しか認めようとしない。
「私が飛んでるままだったらこんな事にはなってないと思うんだけど」
「お前が不意打ちなんてしなかったらこんな事にはなってないと思うんだが」
対するフランドールも外傷は見られず、落っこちそうな宝石みたいな羽根を小さく動かしている。
……僕の下敷きになりながら。
「ロリコン」
「否」
「だったら退きなさいよ」
「無理。疲れた」
「ロリコン」
「否。断じて否」
フランドールの腹を枕にして寝そべっている今現在。胸にでも落ちていればまだ衝撃が少なかったか、いやこんなんだとどこに落ちても変わりはそんなにって何を言ってるんだ僕は。
「変態」
「何時の間にかクラスチェンジしていやがる」
「今変な事考えてたでしょ」
「知らぬ知らぬ見えぬ聞こえぬ」
「死ね」
「遊びの無い声色で言う言葉じゃないぞそれ」
そろそろお遊びでは済まなくなってきたので身体を横へと転がす。背中に感じる石畳の冷たさが心地良いが、未だに響く警報の振動が頭に伝わる。
代わりの枕に魔法書を置く。ゴツゴツしているが、無いよりはマシだ。
「今回は上手く行ったと思ったのにな……」
前回も前々回も同じ事を言っているのだが。
「私相手では今までのままで良いかもしれないけどね」
「……?」
上体を起こし、軽く伸びをするフランドール。
「身体が慣れちゃったのかもしれないけど、動きが単調になってきてるんだもの。一回抜けられたら次から同じ動きをしてるみたい。
クランベリートラップなんて、もう目で追ってないでしょ?」
……言われて見れば、確かにそうだ。身体が動くのに任せて、次の手をどうするかばかり考えている。
「咄嗟の判断で、一回だけで見切れる様にならないと、意味無いよ。『フランドール・スカーレットの弾幕』を攻略するんじゃなくて、知らない弾幕を初見で躱せなくちゃ」
「そうは言ってもなぁ」
それはつまり、地力を上げなければいけないと言う事。オールラウンドで通じる回避方法を見出さない限り、勝てる見込みは無い。
だが、無理だ。身体が勝手に動くのを遮れば被弾しかねないし、記憶をまっさらにする事も出来ない。目新しい弾幕のみをやっていれば出来るのかもしれないが、フランドールが扱える種類は少ない。それをただ地力上げの為にするのはなにかおかしい。
「……地道にやるしか無い」
「そーね」
今度、訓練用の弾幕でも考えようか。しかしそんな事をする暇があるならさっさと脱出を考えるべきか。
僕の目的は幽夜の救出と此処からの脱出。(多分だが)三日も経った今、幽夜の無事も危うい……と思ったが、フランドール曰くレミリア・スカーレットも手を出せないでいるらしい。魂が無い現段階は綱の上でやじろべえを支えながらコサックダンスをしている様なモノで、少しでも障ろうものなら呆気なく崩れる危険があるとか。
殺したいみたいな事を言いながら躊躇うって言うのは、どういう事なんだろうか。因縁とは分かり難い。
で、脱出だが。これが全く目処が立っていない。結界はネズミが通れる隙間も存在せず、壊れるとは到底思えない。転移する魔法は使用自体が出来ず、透過に関しても同じだ。
どうしよう。このままフランドールの恩情に甘えて暮らせる訳が無い。多分弾幕ごっこの最中に『壊』される。それ以前に痺れを切らしたレミリア・スカーレットが殺しに来るかもしれない。ああいや、いっそその方が都合が良いか?
もっとなんかこう、天からアイデアや手段が降ってこないものか。そう思い中空へと手を伸ばすが、触るモノはある訳……
「……あ?」
訂正、なにかが手を触れた。何が触れたのか認識する前に顔面が平面ガエルよろしく二次元体になったらしく、その余波で意識が何処かへイってしまった。