025:一日経過
「レミィ……貴女、鉄生に似たわね」
ある意味想定外、ある意味予想通りの戦闘の一部始終を聞き、魔女が口にした一番最初の言葉はそれだった。
「私はお兄……鉄生みたいに、自分から死ぬ様な真似はしてない」
「そういう意味じゃないわよトラブルメイカー」
グングニルよりも鋭い言葉のトゲがグサリとレミリアの心に突き刺さる。
「貴女がもっとまともな交渉をしていれば闘う事なんて無かったでしょう。それに、もう片方の……幽夜だったかしら? 彼女が本当に鉄生や竜神と関係あるかなんて、まだ分からないじゃない。それなのに無駄な脅迫するなんて、馬鹿の極みよ」
「そ、そんなに言う事、無いじゃない……」
あっと言う間に涙目の紅い月が出来上がる。と言うより、化けの皮が剥がれた。
「咲夜を此処に縛り付けた時だってそうよ。感情に身を任せて言い散らかして、一番辛いのは咲夜や幽香だって、分かってたの? 貴女は他人に対する配慮が足りてないの」
「う、うう……」
「もっと言えば、凪人って言うのの身体を結界の核にしたのも短絡的過ぎる。確かにフランドールの部屋に閉じ込めておけば殺してくれるかもしれないけれど、フランドールは異質であって異端じゃない。懐柔されるかしている可能性は十分にある」
「フ、フランに限ってそんな事!」
「大体貴女、嫌われてるでしょ。聡いフランドールが貴女の思惑通りに行くとは到底……」
そこで鼻で笑われなかったのは友人としての情なのだろう。その代わりに出た溜め息でも、レミリアの品格を瓦解させるのには強過ぎる位だった。
紫色を基調とした寝間着の様な服で毒舌を奮っていたパチュリー・ノーレッジ。抱えると言うのが正しい表現であろう本と肘を机に載せ、呆れた目をしている。今にも泣き出してしまいそうなレミリアを見てその心中は如何なるモノなのか。
「ハァ……」
もう一度、溜め息。今度は友人の行動を良く見ていなかっのと、簡単とまでは言わないが、後からいじれる結界式にしていたと言う自分の不手際に対してだ。
「けど凄いわね。あそこの結界を維持するだけのキャパシティがその男にあるだなんて」
「そ、そうよね!?」
話題が変わった事に安心したのか、涙目を拭いながらレミリアは食いつく。
「あの男、絶対妖怪の類よ。咲夜のナイフで死なないどころかグングニルを捕まえるなんて芸見せてくれたんだから」
「…………」
果たしてそうだろうか、とパチュリーは考え込む。確かに異常な生命力と再生力は人間離れしているとしか思えない。だが、それだけで妖怪と決めるのはおかしい。大体、妖怪にしては戦い方が人間の様ではないか。
考えられるのは、固有の能力による異常な身体強化か、人外の縁がある者なのか。おそらくはどちらもだろう。かつて紅魔館にいた執事の遠縁の様なものだと言っていた。それはつまり、言外に妖怪の血が混じっているという意味だろう。
固有の能力については……予測をする他無い。正体が妖混じりだとしたら、ただ単に再生するだけの固有能力でも強力になる。内包している気の総量、つまりキャパシティが大きいのなら馬力も大きくなる。
「赤瀬凪人の能力は再生する程度のモノだとしたら……なんでレミィと戦えたのかしら」
「?」
レミリアが疑問符を浮かべるのも無理は無い。今のセリフはレミリアに向けてでは無く、自身に問うたのだ。
仮にも吸血鬼、しかも真性真祖の吸血鬼であるレミリアの力は凄まじい。尖ってはいないものの、平均値が高いのは言うまでもない。弾幕ごっこの腕だって、持ち前の頑丈さと無尽蔵に近い妖力で押し潰すだけの才能はある。
昨夜の初弾すら避けられなかった半妖に、ナイフに頼る事しか無かった半妖に、何故レミリアと戦うだけの意志が宿ったのか。何故、それだけの技量が発揮されたのか。
軽業めいた体捌きや、ナイフ投げの精度は咲夜のモノと似ていたらしい。しかし咲夜の専門は投げナイフであって近接戦闘では無い。あくまで彼女は中、遠距離からの射撃を得手とし、敢えて近付く戦法は行わない筈。
……しかしパチュリー・ノーレッジは、その戦法を好む者を知っている。そしておそらくはレミリア・スカーレットも、部屋の外に控える十六夜咲夜も知っている。
――――興味が湧くわね。赤瀬凪人ってニンゲンは
誰が呟いたのか。心中にこの言葉を置き、話を進める。
「彼の能力、貴女の見立てではどう?」
「……はっきりはしない。けど、力や速さが格段に上がった訳じゃない所、身体の再生や技が能力と関係してるとは思う。痛みを感じていなかったのは吹っ切れていただけか……」
「痛み自体を何かに変えていたか……いえ、それは無いわね。だったら自傷していてもおかしくない」
「していた様なモノよ。ナイフの壁に飛び込むなんて、痛がり屋のやる事じゃあない」
「そうね……取り敢えず、再生する能力があるのは確定的。それがあるから、結界の核になり得たんでしょうし」
「再生に、投げナイフか……本当、何者なんだろうな。赤瀬凪人も、水元幽夜も」
ふぅ、と、今度は吸血鬼が溜め息を吐く。少し瞼の下がった目線は、憂いと怒りを帯びたものであった。
――――十五年前、グッドエンドで締めくくる筈の処女作が意図せずにグランギニョルへと変貌してしまった身としては、幕後劇が続くのは好ましくない。
よろしい。ならば、私が自ら、駄作の幕を引こう。紅魔館の主は一人、そう心に決めた。
◇◆◇◆◇◆
「幸運だな、お前さんは。これが主人公補正って奴か? 妬ましくなる」
■■は僕に声を掛ける。
今は五体満足だ、声も出そうと思えば出せる筈なのに、自然と黙り込んでしまう。
「そもそもなーんでフランが俺が借りた本を持ってんのか……これが運命だとしたら、今回はレミリアに勝機は無いって事になるな」
さも可笑しそうに笑う。白が広がる空間には、僕と彼以外誰もいない。
「ま、ソレは上手く使ってやれ? 俺は観客と一緒に期待してるんだから。精々――――期待通りにしてくれよ」
そう呟く声は、道化の様だ。言葉を発しないで思いを伝える道化が、助けを求める様に放つ僅かな悲鳴。
「それはいいとして。お前さん、魔術が何たるかを理解してるか? 何時までも固まってると使い物にならねぇぞ。魔術ってのは、思い込む事が大事なんだから」
それは、理解してる。身体の紐を崩す様にして巡らせる結界は、さながら蜘蛛の巣と思いながら仕込む。
「そーじゃないんだがなぁ……ま、いいや」
それだけ言って、■■は背中を向けた。
その背中は、まるで死地に赴く兵士の様だと、ありもしない感覚が感じ取っていた。
◆◇◆◇◆◇
夢からは覚められる。だが、幻は無くならない。そう言ったのは誰だったか。
記憶の糸に引っ掛かる塵を気にしながらも、固まりきった身体をほぐす。フランドールの温情によって毛布を賜ったが、敷き布団なんて無いこの石畳で寝るのは身体に優しくない。
「あ゛ー……首いてぇ」
ゴキリ。ゴキリ。こんな音が聞こえると、何時かは折れてしまうんじゃないか、と、馬鹿みたいな考えを起こしてしまう程、固まった間接は酷い。寝違えるのとダブルでやると大変そうだ。
枕代わりにしていたのは、『結界』が載っていた例の魔法書。革張りなら多少は役に立つかと思ったが、本よりも僕の頭が痛みそうだ。鉄板でも入ってるんじゃないだろうな。
「フランドール、起きてるか?」
「……すぅ……すぅ……」
朝の挨拶でもしようかと思ったが、良く考えたら今が朝か夕かも分からない。時計は六時を示しているが、残念ながら古い柱時計だ。午前か午後かを知らせる機能は無い。
老体を無理に起こすのも悪いと思い、そろそろと立ち上がる。寝る前まで使っていた小さな燭台にランプから火を分けてもらい、本の近くに置く。出来るなら暖炉を使いたいが、どうも使うと息が詰まりそうで怖いし、薪の置き場所が分からないのでどうにも……あ。
「こういう事を魔法でやればいいのか」
単純な動機。だが、起きっぱなからやる意欲を取り戻すには十分だろう。
フランドールが蹴飛ばした毛布を拝借して、魔法書を開く。全く、好き好んで勉強をするなんて何時振りだろう。