024:手段と発見
レミリア・スカーレットを相手に逃げるにしろ戦うにしろ、必要なモノがある。それは有史以来あまねく人類が追い求めてきたモノ。
端的に、力が足りない。
フランドール・スカーレット……長いからフランドールでいいか。フランドールが手伝ってくれるのはあくまで『お姉様の思惑通りにならない為』であって、逃げたりなんだりを手伝ってくれる訳では無い。聞いた話、雇われている妖精(多分、あの小さな使用人達の事だろう)も多少は弾幕を張るらしい。それを回避だけでやり過ごす自信は無い。
弾幕ごっこのルールに則っているなら、こちらも弾幕らしきものを当てればいい。なのだが、残念な事に自分には弾が無い。あの時みたいにナイフを投げられたらいいが、どうにも上手く飛んでくれない。何より相手が武器を持たせてくれる訳も無く、偶然服に紛れていたナイフが二本しか無いので投げる訳にはいかない。
「だったら、魔法でも習う?」
通算三十回目の敗北を喫した後、石畳に寝転び愚痴愚痴とその事について話していると、ベッドに寝ていたフランドールからそんな事を言われた。
「……魔法って、火を出したりするアレ?」
「そうそう。本だけならあるからやってみたら?」
投げ渡されたぶ厚い本。角が金属で覆われていて、凶器になりそうな見た目をしている。青色の表紙にも裏表紙にも特に何も書かれておらず、唯一背表紙に『魔術入門』とだけ捺されていた。
「僕は普通の人間だぞ。魔法なんて本読んだだけで使えるのか?」
「普通な訳無いと思うけど……やってみなきゃ分からないわよ?」
いい加減な。けどまぁ、弾幕ごっこをしないのであれば暇なのだし。新しく何かが使える様になるのであれば万々歳だ。
まだ目立った汚れの無い表紙を開く。目次をとばし、大きめに第一章と書かれたページから読み進める。
「何々……『魔法とは一般的に通常では有り得ない現象、奇跡を起こす技術だと想われている。その認識でこの本から魔術を学ぶつもりなのであれば、即刻この本を古本屋で端金に変え御伽噺の書かれた児童書でも買うべきだろう。何故ならこの本に著している魔術とは学問であり』もうコレ返していいか?」
なんと言うか、読んでて気分が悪くなる。著者の高説は聞くのも読むのも好きじゃあない。
そんな気持ちを知りもしないし知る必要も無さそうにフランドールが寝転びながらパタパタと足でベッドを蹴り返事をする。返事であって返答になってないのは言うまでも無い。
「ハァ……いいや」
どうせ会話が無ければ暇なのだ。諦めて文字を追う事にする。
そこに記されていたのは魔術の呪文などでは無く、三文小説の設定集の様なものだった。自分の黒歴史でも読まされている気分だ。読む気が起きない。
その内に読む事を諦め、挿し絵だけを眺めてページを流す。それすらも終わると本棚に本を戻し、今度は年季の入った茶色い本を取り出す。
「F」を斜めにした様な文字や「B」をカクカクさせた模様を見ながら――――あるページで捲るのを止める。
いや、正確に言えば、引っ掛かったと言うべきか。ページとページの間に挟まっていたモノが、無造作な指の動きを止める。
「なんだ、コレ?」
一見すれば、栞。トランプの絵札の様な絵が描かれているが、何か違う。何か銘が描かれているし、トランプにこんな絵は無かった筈。
描かれている絵は、まるで王様……いや神父、法皇の様な格好をした男。その予感を裏付ける様に、その銘は〈HIGH EROPHANT〉となっている。
「確か……タロット、だっけ?」
22枚のタロットカード。大だか小だかのアルカナがどうとか。そんなモノだった様な気がする。
タロットが挟まれていたページを見てみる。重要な事が書かれている訳では無い。だが、わざわざカードが挟まれていたのだ、何か意味のあるページかもしれない。
「魔法のトラップ、ね……そんなん出来るんだか」
分厚い本を片手で持ちながら、書かれている内容を試す。髪の毛を一本巻きつけた石ころでガリガリと石の床を傷つけ、円を作る。
「反応、接触。石槍射出」
歌い呟きながら目を閉じ、体の中に意識を向ける。肉体には注目せず、それ以外を理解しようとする。ぬいぐるみの布地でも綿でもない、その隙間にある空気を見る様に。
やがてそれを体中にある事を認識する。思い込みだとしても、それが出来なければ始まらない。職人の勘は須く最初からあるモノでは無い。些細な兆しを感じ、確信へと至らせる事で技へと昇華させているのだ。
認識したモノ――――紅さん風に言えば『気』。指の先にあるモノを、描いた円に触れながら送り込む。ひんやりとした石に体温を分ける様に。身体に空っぽを入れる様に。
――――一瞬、頭が軋む。
「あ、出来たんだ?」
可愛らしい声が投げかけられる。フランドールが上半身を起こし、此方を見ていた。
その格好はなんというか、だらけている。さっきまで付けていた帽子を外し、片側だけ長い髪をとっちらかしている。服も何時の間に脱いだのか下着姿で、ロリコンで無い僕でも赤くなりそうだ。
「ん? なぁに、その顔」
「いや、だらしないなと」
率直な感想を述べると、何が可笑しいのか笑い始める。宝石の様な羽がそれに併せて揺れ、七色の光が目に優しい。
「ほんと、あなたって取り繕う事をしないね。わたしはそういう所、好きだなぁ」
「生意気って意味か?」
「良くお分かりで」
成る程、舐められてる訳だ。いや、吸血鬼だと言うなら人間を舐める位じゃないと駄目か?
「で、何をやったの?」
「んー……フランドール、この円を触ってみてくれるか?」
口で説明するより、そちらの方が分かり易い。その意が伝わったか、ふわりと浮かんで僕の横に降り立つフランドール。
小さな手が僕の描いた円に近付き、触れた瞬間――――
「きゃっ!?」
驚いたのか、フランドールがこちらに跳びすさる。それを軽く抱き留め、自分のやった事に驚きと興奮、恐怖を一緒に受け止める。
フランドールの手には、小さな血の跡。恐らく少し切っただけなのだろう、傷口はもう無い。だが、僕の描いた円――――『石の結界』はフランドールに対して正しく起動し、石を飛ばしていた。
本に書かれていたのは、こういう事だ。自分以外のモノが触れればカウンターとして何かが発射される。欠点は『線』に触れなければいけない所だが、応用すれば紐でも出来そうだ。
「凄いね、いきなりこんな変な魔法が使えるなんて」
「才能だろ」
「臆面もなくそんな事を……」
事実、努力なんてしていない。ならばそれを才能と呼ばずに何と言う。
本を置き、立ち上がる。今度は少し大きく作ろうと思い、部屋の端から端まで壁に傷を付ける。
「反応、接触。石槍射出」
その傷を辿りながら、指先の気を分け――――ようとするのだが。
「……あれ?」
さっきはすんなりと移動した気が、ピクリともしない。その流れを感じない。
五分間程試すが、全く成果は表れない。やはり才能だけでは駄目なのか。
「やっぱりまだ、本を見ながらじゃなきゃダメなんじゃないの?」
と言われ、本を受け取る。しかしページにはコツやそんなモノは無い。呪文と、やるべき事しか載っていない。
だと言うのに。その革表紙の感触と古書の重さが左手に伝わった瞬間、右手の指から壁の傷へ、まるで用水路に水が流れる様に伝わっていった。
試しに石を投げつけてみる。すると、丁度その石が投げられた場所――つまり、僕の手目掛けて数個の石器の様な石の槍が飛んできた。
どうやら、まだまだ僕は幸運の女神に見放されていない様だ。今度祭壇を見掛ける事があれば、鮮魚でも捧げてみよう。
そんな事を思いながら、手に刺さった石を抜き取った。掌に空いた穴から出る血は、何時もより熱く、しっかりと感じられた。