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東方災生変  作者: すばみずる
忘れられた世界
22/51

021:緋と赤〈底〉



 赤瀬凪人が投げたナイフは三本。身体から抜き取った十六夜咲夜の銀のナイフだ。

 一投目はレミリア・スカーレットの頭部に、二投目は紅い槍を持つ右手に、三投目は右脚に。

 どれも当たるとは思っていない。時間稼ぎの為のものだ。


「スペルカードは必要無いか。ふん」


 勿論、レミリアにはそんなナイフは当たらない。槍を横に振り、一度に全て叩き落とす。それを見越して、凪人は既に行動を起こしていた。

 足に刺さるナイフを抜き取り、順々に投げていく。牽制に牽制を重ね、足周りの動きを確保する。

 レミリアもそれを避け、防ぎ、自らも弾幕を張る。だが、これは弾幕ごっこに定義されない戦い。バラまくやり方は控え、ある程度狙いを定める。

 やがて凪人の足に刺さっていたナイフが無くなり、牽制が止まる。好機、と距離を縮めるか、槍を投げ仕留めるか。ナイフの中でもどちらとも出来る事には出来る。だが、この体に傷が付くのは癪だ。

 即座に判断したレミリアの手から、紅い猟犬(グングニル)が離れる。


「コレを食らっても立っていられるか!」


 凪人目掛け飛ぶ槍。幾ら離れようと、幾ら避けようと、標的を逃す事は無い。

 だがそれに臆する事無く、凪人はそれを見る。手に持ったナイフに力を込める。


 ――――受ける? 否。砕かれるか力負けする。

 ――――避ける? 否。アレは地獄まで追い掛けて来かねない。

 ――――斬る? 否。貧弱な刃を立てられるモノでは無い。

 ――――掴む?


「――――――応」


 槍の切っ先をナイフの刃で僅かに逸らす。掠るだけで腕を切り裂かれるが、そこには怯まない。

 左手を通り過ぎて行く柄に掛ける。主以外の持ち手を拒む様に槍は凪人の手を離れようとするが、その隙に右手が動き始める。

 金の鍔を口に挟み、背中からナイフを抜き取る。猛るグングニルを左脇に抑えつけながら、右腕で接近してきたレミリアを迎撃する。


「薄汚い手で私の槍に触るな!」


 悪魔の爪の前に右腕はあっさりと砕け、そのままグングニルを掴まれる。真の主の手に収まり、任を解かれる魔槍。

 だがその瞬間。折れた筈の凪人の右腕が、蛇の様にレミリアの手首に巻き付く。柄ごと拘束され、槍を放つ事もままならない。


「残念だったな、吸血鬼(、、、)


 口からナイフが離れ、凪人そう耳元で囁く。左手で受けたナイフをレミリアの首筋に斬りつけた――――筈だった。


「お前の方こそ、残念だったな」


 その左手が切断されていなければ、凪人の勝ちになっていただろうか。キョトンとする凪人を余所に、奇形に再生された腕は握力のみで破壊される。

 両腕を潰され退く凪人に、レミリアは呆れた顔をする。


「一体、何なんだお前?」


 さぁ、と赤瀬凪人は応える。自分にだって分からない事だ。流すしか無い。

 レミリアの質問は止まない。


「ウチの咲夜と遜色の無いナイフ捌きに、人間とは思えない解決法。再生力が可愛く見える無感振りには脱帽するよ」


 そうか、と狩人は応える。ああ、獲物が何か鳴いている。だが、意味を解する必要は無い。


「聞き方を変えようか。――――お前は、人間か?」

「――――……」


 その問いには、思わず意識を割いてしまう。だが、言える事は一つしか無い。


「……人間だ」


 そう。赤瀬凪人は人間だ。自身にそう言い聞かせているだけかもしれない。だが、その理性は人間だ。

 納得しない様子だが、ひとまずは気が晴れたレミリア。凪人の両腕の再生が終わったのを見計らい、再び槍を構える。


「さぁ、この槍をどうしようか? 人間のお前に勝ち目は無いぞ?」

「ハッ、ふざけろ化け物。狩られる立場だとまだ理解していないのか」


 強がりを、といいたい。だが、確かに凪人には何かがある。再生力や感覚無視なんかでは無い、もっと強力な切り札がある。

 迂闊に掛かるのは危険。だが、強力な再生力を持ったコイツを捕獲するのは難しい。悩むレミリアは、ある事に気付く。


「…………」


 床に落ちている、砕かれた腕とそれに握られた金の鍔のナイフ。異常なまでの投げナイフの力量。吸血鬼と遜色の無い再生能力み

 似ている。だが、違う。確かに似てはいるが、同じにしては弱過ぎる。しかし戦い方そのものはそっくりだ。

 かつての使用人を思い出しながら、レミリアは、意識せずに口を開く。


「全く、再生(、、)しか出来ないのか」


 再び、戦いが始まる。凪人に刺さるナイフは残り五本。その内の一本を抜き取り、投げつけず構える。

 今、彼の中にあるのは殺意のみ。だがそれは人間に向けられるものでは無く、畜生に相応しい殺意だ。

 何時もの凪人なら、その殺意は胸の内に秘めるのみだ。しかし、今はその意を行動で示している。殺意によって動き、殺意によって思考する。

 その頭中には、自らの安全なんてものは無い。ただただ目の前にいるモノを狩らなければいけないから。


「狩る」


 もう一度、自身に言い聞かせる。言葉で自身を縛り、言葉で自身を昇華させる。

 人間で在る為に/妖怪に成る為に。


 息を吐き出し、吸い込みながら走り出す。凪人の手には銀のナイフが一本。それのみを頼りに、レミリアへと走り寄る。

 それにレミリアも応じ、同じ様に槍を構え走る。本来なら投げる為のスピアを抱え、男を串刺しにする為に駆ける。


 人間と吸血鬼のぶつかり合い。当然、吸血鬼の力に人間が及ぶ訳も、吸血鬼の速さに人間が敵う訳が無い。だが、凪人はそれを承知で走る。

 その姿にレミリアは警戒する。捨て身のつもりなのだろうか、それならこのまま馬鹿正直にやる必要も無い。

 そっと切っ先をずらし、凪人の足に狙いを付ける。リーチは此方にある、とすれば先に機動力を削いだ方が良い。


 その僅かな動作を、凪人は見逃さなかった。レミリアが狙いを変えた一瞬の意識の隙間の内に、凪人は前に跳んだ。


「それで避けられるとでも!」


 すぐさまレミリアは足を止め、槍を引く。中空で槍を避ける手段を凪人は持たない。このまま捉えれば勝ち。

 その筈だった。


「そんな槍、刺さらなければ良い」


 あろうことか凪人は、構えられた紅の槍に手をつき、レミリアの頭上を飛び越えていった。

 言うには簡単だ。だがそれを実行する狂気は計り知れない。レミリアの行動すらも信頼した回避は、完全に虚を突くものだ。


「え?」


 槍に掛かる体重が無くなり、凪人が視界から消えた所でレミリアの口から零れた。その声はまるで年相応の少女の様で、今にも首が狩り取られそうな吸血鬼だとは思えない、とても可愛らしいモノだった。


「死ね」


 冷淡な声で彼は宣告する。従者のナイフによって死ぬ事に僅かながら憐れみをしながら、その白い首に刃を突き立て――――


「申し訳ございません、お嬢様。禁を破らせて頂きます」


 ――――どこからか現れたメイドに、両目を抉り取られた。


「主の命が奪われる瞬間に動揺してしまいました私をお許し下さい」


 そのまま、両肩を斬り落とされる。抉られた目の跡にはナイフが刺さったままで、再生すら許されない。


「罰は覚悟しております。ですが――――この狼藉者に罰を下す我が侭だけは、どうかお聞き届け下さい」


 逃れようとする脚も無情にも崩れ落ちる。足首を斬られているのか、それとも脚自体を切断されたのか。ご丁寧に傷口には大量のナイフが埋め込まれている。


「チェックメイト……いえ、フールズメイトとでも言うべきかしら? 身の程を弁えない駄犬さん」


 声にならない叫びが響く中、十六夜咲夜は微笑みながら言う。その笑顔を貼り付けたまま、凪人の喉笛を切り裂いた。




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