001:二種の来訪者
ある県、ある山間部の町の、それなりの高さの山の上に立てられた神社。それなりの縁起と御利益があるらしく、昔からそれなりに信仰されていた、らしい。
らしいと言うのは、正直自分では信仰されているのかどうかなんて分かったものでは無いからだ。担ぐ筈の御神輿は蔵で埃を被り、賽銭箱は閑古鳥の巣と化している。こんな現状では、本当に神様なんてモノを奉っていたのかどころか、宗教として成り立っていたのかすら怪しい。
社務所と居住区と本堂が重複してるし、そもそも御神体が無い。一応蛇かなんかの彫刻はあるけれど、子供の手遊びで出来たんじゃないかと思うぐらいの代物だ。
そんな訳で、休日にわざわざ来る様な物好きもおらず。
「……ふぅ」
二十歳の自分一人で勉学に勤しんでいても全く問題無い。誰か雇いたくても金が無いし、雇う必要が無いのが本音だ。
机上の参考書を一旦片付け、冷蔵庫の中から飲み物を出そうとする。生憎とお茶入れに入ったそばつゆしか無い、と気付いた時には吹き出していた。
口直しに常備している栗饅頭を出す。表面がなにやら緑色のモノに包まれていたのでゴミ箱に投げ入れる。
「……買い出しいくか」
生来の出不精が憎らしくなりながらも、高校のジャージから黒いシャツとジーンズに着替え、ポケットに薄い財布を入れる。誰が入れてるかも分からない賽銭と肉体労働のバイトだけでは生活費も危うい。進学はまだまだ遠そうだな、と先程仕舞った参考書を思い溜め息を吐いていると
ピンポーン
「…………?」
来客を知らせるベルが鳴った。ここ数年使われて無いと言うのによく機能したものだ。などと関心している暇は無く
ピンポーン、ピンポーン
「はいはいはいはい、今出ますよ」
間髪入れずに二回の呼び出し音。早く玄関に行かなければこれ以上に呼び出されてしまうだろうから歩行速度を上げる。
古びた引き戸を出来るだけ優しく開ける。新聞屋なら何時も通り断ってやればいいし、押し売りなら塩でも……そうだ、塩も買ってこなければ。
心の中の買い出しリストにペンを走らせつつ、自分を呼び出した者を確認する。
「こんにちわ。京都の■■大学『秘封倶楽部』のマエリベリー・ハーンと申します」
「……はぁ……?」
予想外、想定する事が出来ない範囲からの訪問者が現れた。
まず見た目。金髪の女性――――しかも自分と同年代――――なぞついぞ見た事が無い。それにそんな人が丁寧にお辞儀をしながら流暢に日本語で喋っているとは二重に驚く。端麗な顔立ちなら尚更だ。変なフリルの帽子とおばさんが着そうな紫の服は減点ポイントだが。
その後ろには、黒髪の女性。金髪女性とは違ってワイシャツにネクタイ、黒いスカートに黒い帽子と、白黒とした服装だ。どことなく男っぽく感じてしまうが、スカートを穿いているから女性だろう。
「あー……ええっと……大学の学生? さんが、どうしてウチに?」
「えっ」
「えっ」
しどろもどろに問うと、奇妙な掛け合いの後に呆けた顔をする女性……ハーンさん。寧ろ呆けたいのは自分の方なのだが、と思っていると、確認する様にハーンさんが訊いてくる。
「あの……確か一週間程前に、電話で御連絡を差し上げた筈ですけど……。此方の神社についての取材をさせて頂けないかと」
……万年受話器に埃が被ってるウチに電話なんて掛かってくる事があっただろうか。間違い電話すら無いし、友人からの電話なんてものは掛かってくる訳が無い。
「あ〜、その事なんだけどさ、メリー」
バツが悪そうに頭を掻きながら、ハーンさんの後ろに立っていた対照的な日本人女性。二人の共通点と言えば、種類は違えど帽子を被っている事だろうか。
メリー……恐らくは愛称だろう。そう呼ばれたハーンさんは、黒髪女性の方に振り返る。一瞬だが、綺麗な顔立ちが歪んでいた様に見えた。
「蓮子……まさか」
「いや、連絡しなきゃなーとは思ってたんだよ? だけどまさか連絡先書いた紙を無くしちゃうとは思ってなくてねぇ。仕方無いからアポ無しでもどうにかなるかーって」
あれだ、良く言う割れ鍋に閉じ蓋と言うか、凸凹コンビと言うか、そんな感じがする。割れ鍋の場合は亀裂が致命的過ぎて、凹なら深すぎて底が見えない位だろうけど。何故か。ハーンさんのうなだれっぷりが似合い過ぎていたから。
「ハァァ……確認しなかった私が悪いわね……」
長い溜め息を吐き終わると、恥ずかしそうに顔を赤らめて此方を向くハーンさん。咳払いで場を仕切り直そうとしても無駄ですよ。
「大変申し訳ありません。此方の不手際で連絡せずに伺ってしまい」
「……その様で」
件の不手際の人は悪びれる様子は全く無く、口笛まで吹いて忘れようとしている。今時そんな誤魔化し方もどうだろう。
「いや、別に連絡云々は良いんですけど。一体、ウチにどんな用事があるんですか?」
先程言っていた『秘封倶楽部』と言う単語。部活……大学だとサークルか? の類なんだろう、多分。そのサークルの名前を出すって事は、サークル活動の一環で此処に来たと考えるのが妥当だ。とすれば歴史関連か、次点で日本文化関連か、無いとは思うが大穴、宗教関連か。
「それについては私、宇佐見蓮子がお答えしまっす!」
僕の疑問を聞きつけると、さっきまでぴーひゃらと口笛を吹き鳴らしていた女性がいきなり食いついてきた。
「私達『秘封倶楽部』はメンバーは二人だけど、良くあるただの霊能者サークルッ! 但しッ、霊能者サークルだけど除霊や降霊とかは行わないッ! 周りからはまともな霊能活動をした事のない不良サークル、と思われてるがその実態はッ――――」
ヤケに熱血口調な割れ鍋が取り出したのは紙の束。差し出されるままに手に取り、まず一枚目に書かれた文字を見る。
「……幻想郷?」
「そうッ! 我々の目的はその妖怪の隠れ里、幻想郷を見つける事であるッ!」
――――かつての日本には、いや世界中には幽霊や妖怪、妖精、神様の類がいた。それを否定するには否定出来る証拠は無いし、肯定するには材料が多過ぎる。
だが現代において彼らの目撃情報は余りにも少ない。かつては共に杯を交わした鬼は消え、圧倒的な力を誇る天狗も失せた。
何故、今現在彼らは存在しないのか? 死滅したのか、隠れているのか、そもそもいなかったのか。
これらの謎を解く鍵は、各地の伝承に残っている――――以上、『秘封倶楽部報告書:幻想郷』序文より抜粋。
「……お二人が此処に来たって言うのは、まさか……」
「はい、此方の――――水香神社の文献を、どうか拝見させて貰えないかと」
流石に立ち話を続ける雰囲気では無くなったので、応接間兼本堂にお二人を通す。粗茶と先程のレポート、菌糸の魔の手から唯一免れた柿ピーを載せた机を挟んで、詳しい事情を聞く。
なんでも彼女達、三百年以上前に書かれた外国の書物『幻想ノ郷』(日本語訳)のみを手掛かりに、大学でその研究をしているのだそうだ。『幻想ノ郷』(日本語訳)とやらは読ませて貰ったが、どうにも荒唐無稽なファンタジー図鑑にしか思えない。真っ赤な館に住まう吸血鬼夫婦、妖怪が支配する山、幽冥に漂う桜、それらを管理する妖怪、巫女。訳が分からないし理解出来ない。
確かに夢物語にしては細か過ぎる。かと言って決定的な証拠にはならない。何故ならこれは――――
「ご無礼を承知でお願いします。どうか」
「い、いえ、そんな。頭を下げられても……」
中々返答を寄越さない僕に深々と頭を下げる二人。しまった、そんなに渋っているのでは無いのだが。
「多分、古書の類なら蔵にあると思います。お見せするのは勿論構わないです」
その言葉にパッと顔を明るくする二人。ガッツポーズやハイタッチをどうにか抑えている宇佐見さんを横目に、ハーンさんはまたお辞儀をする。
「……その前に。少し、質問して良いですか?」
晴れやかな顔の二人に訊くには、少し悪いかもしれない質問。けれど、僕にはどうしても訊かなければいけない質問。
「その……お二人は、所謂、霊能的なものを信じているんですか?」
◆◇◆◇◆◇
「……ん〜?」
初めて、の筈。だけど見覚えと言うか、感じた覚えのある空気。外見は違っていても、此処の土地は印象が強過ぎる。
気の向くまま足の向くまま進んでいたけれど、今度と言う今度は終着点かな? 前みたいに変な棒を投げられたらヤだけど、そこはプラス思考プラス思考。
「そうだとしたら……まずは腹拵え! すんませーん、一番良い料理を!」
「らっしゃいッ! ウチのは全部が全部旨いよッ!」
料理人のあんちゃんの御託を聞いていたせいか、どんな店でも安牌のカレーに行き着くまで二十分掛かった。海無し県の癖に浜茶屋のカレーの味がしたのはきっと気のせい。