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待ち合わせ

作者:新田 船
 天気予報の嘘つき。

 明け方から降り始めた雨は止むことなく降り続け、道路のそこかしこに水たまりを作っていた。各々が目的地に向かって行き交う色とりどりの傘の群れの中、私――神崎のぞみは待ち合わせ場所である映画館が併設された駅ビルまでの道を足早に駆けていた。
 本来の時間より5分早く進めてある腕時計は9時50分、約束の時間の10分前を示していた。つまり、猶予はあと15分。

 初めての待ち合わせが雨の日になるなんて、ついてない。

 晴れになるという予報を信じてこの日のために白のロングスカートを新調し、お洒落なミュールも用意していたのだ。なのに、水跳ねを気にしてスカートはハーフパンツに、靴はスニーカーになった。そのうえ、湿気で爆発した癖のある髪を直すのに時間がかかり、最終的にはいつものように結わえて大き目の青いシュシュで跳ねが目立たないように誤魔化すしかなかった。
 さらに悪い事は重なるもので、いつも通っている最短ルートの道が交通事故で一時通行止めになり迂回するはめに陥ったのだ。そのせいでいつもなら家を出て10分くらいで駅ビル屋上の広告看板が見え始めるのに、まだその方向は高いビルに遮られている。

 このままでもなんとか間に合うけれど、できれば会う前にトイレで身だしなみをチェックする時間が欲しい。

 逸る気持ちのままに足を速めるが、傘にぶつからないように気を付けているため思うような速度で進むことができない。
 それでも足を止めずに進め、ようやく駅ビルまで信号一つというところでその信号が赤に変わった。あと少しというところで立ち止まらざる得なくなったことで、焦りは募る。早く青に変わってと願いながら横断歩道の向かい側に目をやると、同じように信号待ちしている花束を持った小学校低学年くらいの女の子の姿が目に入った。急いでいるのだろう。足踏みしながら信号と歩道に視線を往復させていた。
 同じような状況の人を見ると自然と落ち着くもので、信号が変わる前に待ち合わせ相手と会った時のシミュレーションをしておこうと頭の中を切り替えた。

 最初は無難に『おはよう、相場君』や『今日はよろしく』でいいのかな?『今日雨すごいね?』とか天気の話題から入ったほうがいいのかな?

 明るく元気な人が多いクラスの男子の中でも落ち着いていて、のんびりとした笑顔を持つ坊主頭の男の子の姿を思い浮かべる。 
 彼とは高校のクラスメイトで隣の席というだけの間柄だ。それが、自習の時間に暇を持て余して他愛のない会話の中で、今度封切になる映画を楽しみにしているという話をしたら、自分も気になってたから一緒に行こうと誘われたのだ。

 いいかな?と聞かれて、断ることなんてできなかった。
 だって、私は彼のことがずっと気になっていたから。



 そのきっかけは、本当に些細なことだった。

「うちのクラスで一番っていったら、やっぱ中川っしょ。胸でかいし」
「えー、顔でいったら森野だろ」

 3か月前、帰宅途中に明日提出の現国の課題プリントを忘れたことに気付いて学校に引き返した放課後。教室のドアを開けようとしたところ、居残っていたクラスの男子の声にピタリと手が止まった。

「俺は吉川さんかな。明るくて優しいし」
「なんだ、春山は足派か」
「ちげーよ。性格の事いってんだろ」

 内容から察するにクラスの女子の品評を行っているらしい。別に女子だって男子がいないときにそういう話をすることがあるから、話をすること自体は別にいい。でも、よりによってこのタイミングでしなくてもいいのに、と自分の間の悪さを呪った。
 ここで女子が入ってくるのは、お互い大変気まずすぎるだろう。なにより、私がはいっても気にもせずに話を続けられたら、私に精神的負荷がかかることうけあいである。
 うだうだと扉の前で悩んでいる間にも、男子の会話は続いていく。

「俺は吉川、鈴木のセット推し」
「春山、じゃあお前は吉川の足を見て何も思わないのかよ」
「……まぁすらっとして、ってお前何言わせる気だよ!」
「ははっ、やっぱ見てんじゃねーか」

終わる気配を見せない様子に、課題は明日友達のを写させてもらおうと諦めてそっと扉の傍から離れようとした時、聞こえた隣の席の男子の名前に思わず足を止めた。

「なぁ、さっきからだまってっけど相場は誰派なんだよ?」
「えー、俺ー?」

 クラスの男子の中でも低めの声が、己に向けられた声に面倒くさそうにしながらも、それでもはっきりと答えた。

「……俺は隣の神崎さん、かな」

 呼ばれた自分の名前にピクリと肩が揺れる。 

「か、神崎ぃ?あの元気猿っと、わりぃ。まぁ、顔は可愛くないことはないよな」
「へぇ、相場はあんま飾り気のないのがタイプなのか」
「足は悪くないけど、胸がなぁ……」  

 対するほかの男子の意見は、辛口とまでいかないまでも微妙な評価だ。そして、それが対外的に見て納得できる自分の評価だと知っている。
 体を動かすことが好きで、スカートの下はハーフパンツ。テニス部の活動で日に焼けた肌。可愛いグッズが好きだけど、似合わないだろうとなるべく持ち物は機能性重視のシンプルなものを選んでいる。清潔感は保つようにしているが、しゃれっ気などなく女子力というものはほぼ皆無だ。
 そんなのだから女子扱いなど、されたことないのに。 

「わかんないけど、なんかいいから」

 あいまいすぎる発言に、「なんだよそれー」と笑いだす男子たち。
 その笑い声に我に返って慌てて教室から下駄箱まで走っていく。それほど距離があったわけでもないのに、靴を履き替える時には顔が赤くなっているのが分かった。
 ここがいい、とはっきりとした理由で言われたわけじゃない。だから、理由なんてなくて適当な名前で場をごまかそうとしただけかもしれない。

 それでもその日から、隣の席の男の子という認識の前に『気になる』という言葉が付け加えられる様になった。




 考え事をしているうちに気が付けば横断歩道の信号機が、赤から青に変化していた。
 急がないと、と足を踏み出した時、すでに駆け出していた花束を持った女の子が足を滑らせて道路の真ん中で倒れこんだ。花束が手を離れて水たまりに落ちる。

「大丈夫?」

 慌てて駆け寄り近くにあった花束を拾ってから、女の子の前に膝をついて声をかける。手を貸して立たせるが、雨水を被った花束を見て呆然としていた。とりあえず信号が変わる前にと道を引き返し、交差点の角にある喫茶店の道に張り出した屋根の下まで連れて行くと転んで汚れた膝や手をハンカチで拭う。

「怪我はない?」

 もう一度声をかけると、女の子は顔をくしゃりと歪ませて泣き出した。血はでてないけれど、どこか痛いところがあるのか尋ねると、女の子はそうじゃないと首を振った。
 詳しく話を聞くと、今日が母親の誕生日でこれから親子3人でお出かけするところだったらしい。父親がまず母を店に連れて行き、女の子はその間に花屋で予約していた花束を取りに行ってサプライズプレゼントを演出する予定だった。なのに、花束をだめにしてしまった、と。
 雨用に花の部分にはセロハンが巻かれているのでそれさえ取り外せば大丈夫と伝えても、リボンが汚れてしまった。折角母の好きな青にしてもらったのにと大粒の涙を零す。
 持ち手部分についているレース素材のリボンを確認すると濡れているが、汚れてはいない。上の水気を拭きとれば数時間後には何事もなかったかのように乾くと思うが、渡すのはこれからすぐなのだろう。
 何か代わりになるものがあればいいのにと、視線意味なく巡らすと喫茶店のガラス越しに自分がつけている青いシュシュに気が付いた。
 指でそれに触れ、もう一度泣いている女の子に目を向けると髪から抜き取る。花束からリボンを外して、その代わりに付ける。

「なら、これならどう?同じ青だし、可愛いくない……かな?」

 目の前に出して見せてみると、涙がピタリと止まった。反応から見て、青地にところどころにパールがちりばめられた可愛らしいデザインのそれは、リボンの代わりとして十分なようだった。そのまま受け取ろうと手を伸ばした女の子は、直前でためらいの表情を浮かべた。

「あ、あの、で、でもそれお姉ちゃんのでしょ?」   
「大丈夫、大丈夫。ほかにもいくつか持ってるから気にしないで。それより早くしないとお父さんとお母さん、まってるんじゃないの」

 腕時計を見せると「もう10時!?」と女の子は驚きの声を上げると、花束とこれから向かう先であろう場所に視線を彷徨わせた。その迷いを振り切る後押しするために、手を重ねるようにして花束を持たせる。
 本当にいいの?と問う視線に笑顔で答えると、女の子はとびきりの笑顔を見せた。

「ありがとう!」

 そう言って大きく手を振って駆け去っていく女の子に私も笑って手を振り返す。女の子の姿が人波の中にに消えると、顔から血の気が引いた。

 さっき、女の子は何時と言った?

 慌てて体の向きを本来の目的地に返ると、今日の約束の相手がこちらに向かって歩いてくるのに気付き思わず動きを止めてしまった。
 約束の相手――相田君は横断歩道を渡って私の元にやってくると傘を閉じてから軽く手を上げて挨拶をした。

「おはよう、神崎さん」
「お、おはよう」
「2階のロビーから姿が見えたから迎えに来たんだ。それで、よかったらこれ使って」

 そう言うと、驚いている私の頭に手に持っていたタオルを被せた。

「えっ?」

 なんでタオル?と思い、自分の状態を見直して、気が付く。可愛さのかけらもない格好に、膝をついた時に濡れた足、走ったせいで髪もほつれている。
 あまりにもひどい有様に、恥ずかしくなって顔を伏せる。お礼を言って、少し固い感触のタオルに手を伸ばし濡れた髪を軽く拭いた。

「もっと早く気づいてればよかったんだけど、あの女の子大丈夫だった?」
「うん。そこまでひどく濡れてたわけじゃないから」  
「そっか」  

話を振られても顔を合わすことができず視線をそらし、女の子が向かった先に向ける。

軽やかな足取りで駆けていったあの子は無事に、お母さんに渡せただろうか。

 きっと娘からのサプライズプレゼントを喜んで受け取るだろう姿を思い浮かべると、自然と口角が上がるのを感じた。すると、横で息をのむ音が聞こえて、おもわずそちらに視線を向けると相田君と視線がぶつかった。
 思いがけずという感じだったので、視線を外すきっかけがつかめず、しばらくお互いに見つめあっていたが、ひとつ瞬きした後相田君は照れたように視線をそらした。 

「あっと、俺、神崎さんのそういう所、すっごくいいなって思う」
「……ありがとう?」

 どう返答していいかわからず、ずれた答えだなと自分でも思いつつも言葉を返すと相田君はくしゃりと笑った。その柔らかな表情に胸が高鳴る。女の子らしくないいつもの私じゃなくて、可愛くした私で会いたかった。『いい』じゃなくて『可愛い』って言ってほしかったな、なんて思ってしまう。

「ちょうど小降りになり始めたみたいだし、今のうちに行こうか」

 そんな私の内心など知らず、相田君は空を見て再び傘を開いた。私もそれに倣って傘を開くと、二人で駅ビルまでの道を並んで歩く。

「ごめんね、なんか手間かけさせちゃって。タオルも今度洗って返すから」
「気にしなくていいのに」
「そういうわけにいかないよ、それに……」

 待ち合わせ早く来てくれてたのにまたせてごめん、と続けようとした言葉は喉の奥で止まった。こちらが謝っても、優しい彼はきっと同じように『気にしなくていい』と答えてくれるだろう。
 折角の二人きりで遊ぶのに、そんなつまらないやり取りでもったいない時間の使い方をしたくない。

「それに?」

 不自然に言葉を途切れさせた私を不思議そうに見る相場君に、『なんでもない』と首を振る。
 そして、代わりに笑顔を向けた。せめてお互いが楽しい時間が過ごせるようになればいいと願って。

「それより、今日はよろしくね」 

 傘をずらして下からのぞき込んでそう言うと、彼は空いた手で口元を隠すしぐさをした。それから、一つ咳払いをすると私の好きな柔らかい笑顔を見せた。

「こちらこそ、よろしく」

 その時に見えた彼の腕時計はちょうど、約束の時間を指していた。

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