100のお題:愛
「だからさぁ、言ってやったわけよ」
悪友の平井が隣で管を巻いている。まだ生ビール二杯目のはずなのだが、ずいぶんできあがっている。
こんなに絡み酒をする奴だったかな、と俺は冷酒を手酌する。
「愛なんて目に見えないモノ、どーやって信じるんだって」
ああ、そうだった。こいつはこの間、婚約者にぶん殴られたところだったな。
婚約者の芽衣子嬢に同情する。
こいつはそんなに悪い男じゃない。顔も悪くないし、スマートでスポーツマン。でもってそれなりの高給取りだ。まあ、肝臓はそろそろ緑色になってるかもしれないが、浮気・博打・タバコには縁がない。
そんなお得物件のくせに、たまにこういうことをやらかす。
「おまえが悪い」
俺はそう断ずる。
嫉妬深い。愛すればこそ、なんだろうと思うが、デート中に男から電話がかかったりメールが入ったりすると、不快になって彼女に食って掛かる。
「おまえまでそんなこと言うのかよぉ」
「だっておまえ、俺が彼女に電話しても怒ったろ」
「それはだってさぁ……」
「おまえの携帯が壊れて、新しいのを買うまでに会社から連絡があったら電話してくれって彼女の電話番号を伝えてきたのはおまえだぞ」
しかも、折悪しく会社から呼び出しの電話がかかり――平井は三連休だというのに出社する羽目になった。
「それは……」
「それで彼女に八つ当たりしたのはおまえだろうが。今回も同じなんだろ? おまえが悪い。ちゃんと頭下げて謝ってこい」
「でも、グーで殴るとか、ないだろ? だろ?」
「おまえ、まさか殴り返してないだろうな」
「殴ってないよ。俺は女には手を上げたことがないんだっ」
「はいはい。――で、おまえは彼女のこと、愛してないわけだな?」
「だから、愛なんて目に――」
「あー、もういいから」
酔っぱらいの繰り言を断ち切る。何回聞かされたことか。
「じゃあ、婚約解消するのか」
「いや、しない」
「なんでだよ。愛が信じられないんだろ?」
「目に見えないものは信じない。でも、彼女の鼻は好きなんだ」
――は?
「それとたぷんたぷんの乳。もうこれが……」
それ以上の言葉はとりあえず唐揚げを詰め込んで封じる。
「で、彼女はそれでいいって言ったのか?」
「ああ、彼女は俺の耳が好きなんだそうだ」
頭を抱え込む。
割れ鍋に綴じ蓋、という言葉が蘇った。