※農機具の正しい使い方ではありません。
―――ここは、とある国の山奥の村。村といっても家はほんの数十件、皆自給自足で細々と暮らしていた。けれども、限られた生活のなかで人々はそれなりに楽しくくらしていたから、何も不満はなかった。ただひとつを除いて。
「あぁーもうしつこいっ!」
―――オリヴィア・カソヴィレイ、今年で18。特技は刺繍、趣味も刺繍。彼氏急募。
「あたしに彼ができないのもひとえにあんたたちのせいよー!」
嫌いなものは、最近大量発生する虫。とくにハネのある細かい虫がダメ。ハネはハネでも、蝶やとんぼなら平気だったりするけれど。
「こないだもっ!」
―――ざしゅっ!
「一昨日もっ!」
―――ざしゅっ!
「今日まで!」
―――ざしゅっ!
「こんなに出てきやがってー!」
―――ざしゅっ!
「いい加減にしてー!」
こないだは、村に立ち寄る行商人のアレンとデートだったのに、デートに行けずにフラれてしまった。一昨日はお隣のティム兄さんの友人以下略、今日は親戚のバートンおじさんの部下の以下略。毎回毎回、人がこれからデート!の時に邪魔に入ってくる。ほんとうにいいとき、これからっ!てときに出るのだ。お邪魔“むし”とはよくいったものだ。
「あんたらなんで境こえてくんのよー!」
―――いまオリヴィアが畑にて相手しているのは、一匹一匹が手のひらサイズはゆうにあるハエやアブといった人気のない“むし”。しかし巨大。そして、対峙するオリヴィアが持つのは、太切り枝鋏。柄がオリヴィアの肘から指さきまであり、小さな果樹の収穫用から、ごっつい木の枝が同時に何本も切り刻め、太い農用ロープまでなんでもござれな優秀な枝鋏である。オリヴィアが愛用して長いそれは、もはやオリヴィアの相棒といっても過言ではなかった。
―――何しろ、近くにある魔族との国境の向こうからやってくるむし型モンスターを切り刻むのにも活躍するのだから。
「とりゃー!」
―――今日もオリヴィアの恨み辛みが籠った雄叫びと、むしたちの断末魔があたりに響き渡った。
農繁期、それは農家の繁忙期。そして、作物を荒らす動物やむしたちとの熱い戦いが、収穫期を迎えるその時まで繰り広げられる時。国境の山奥の村の悩み、それは国境の向こうからやってくるモンスターたち。他の村とは違い、命がけの戦いになるのだ。―――何しろ、魔族との国境だから。魔族側ももちろん、こちらの国も定期的に討伐してくれているのだが、何しろ次から次へと湧くものだから、きりがないのだ。なので、おのずと自衛しなくてはならなくなり、自然と自衛の腕も上がっていった。そして、もちろんきちんとした武器もないので―――
「ふんっ、今度来たら農用フォークでぐっさぐさなんだから!」
―――農用フォーク、それは成人女性の胸の高さまである、真っ直ぐな鋤とイメージしていただきたい。柄の先に対し角度のついた鋤と違い、フォークがそのまま大きくなったようなものだ。酪農でわらを集めたり寄せたりするのに使用する農具である。
―――このように、彼ら村民は農機具を武器にする。なかには、鍬一本で熊型モンスターを倒すつわものもいる。他に、田の代かきに使うレーキも武器となる。
―――ここは、とある国の山奥の村。村といっても家はほんの数十件、皆自給自足で細々と暮らしていた。彼らに何も不満はなかった。ただひとつを除いて。
それは、退治しても退治してもわくモンスター。生活に邪魔なのである。とくに、オリヴィアみたいに若い子には恨まれていたりする。
―――そして、今日もまたオリヴィアの雄叫びが村に響き渡るのである。
「邪魔するなー!」
と。
農具は実際に存在します。そして意外と高い。ぜひぐぐってみてください。※一応作者の身近な農機具たちを出したので、農機具のモデルはあくまでも現代にて使用されています。なので、ファンタジー世界の農機具ではありません。農用フォークあたりは酪農で活躍しています。牛とか豚とかの畜舎で使用するんです。レーキもアメリカンレーキともいわれ、いまの時期大活躍です。