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それから、ほぼ毎日――、



ユウリの所にラーサーが訪れるようになった。

なるべく時間がある時に僅かな時間でもラーサーはユウリに会いに来ていた。



そんなラーサーにユウリは徐々に心を開いていった……。





そうして、一ヶ月が過ぎた頃――。



泉の畔に二人で並んで座っている時、

「……あの……ラーサー様」

ユウリが思い切ったように口を開いた。



「ん?」

ラーサーは優しい瞳をユウリに向けた。



「……ラーサー様は……私の本当の姿を見ても……その……平気なのですか……?」



「……」

ラーサーはユウリの口から出た言葉に少し驚いた。

しかし、それと同時にいつかはそう訊かれる事も予測していた。



「普通の人は……私の姿を見た途端、怖がって離れて行きます……」

ユウリは俯いて哀しそうな顔をした。



「……俺も……」



「え……?」

ユウリはハッと顔を上げる。



「俺も……そんな人間だと……?」

ラーサーは真っ直ぐにユウリを見つめた。



「……」



「確かに……最初は驚きもした。けど……君は“君”だ」



君は“君”――。



「……っ」

ユウリはその言葉を聞き、ラーサーを見つめ返した。



「ユウリ……」

ラーサーは見つめ返してきたユウリの頬をそっと包み込むと優しく指で涙を拭った。

ユウリはその感触で自分が泣いているのだとわかった。



「……」

ラーサーは何も言わずにユウリの肩をただ抱き寄せた。

そしてユウリもそんなラーサーの胸に顔を埋め、声を上げて泣き始めた。

両親が亡くなってから、こうして誰かの胸で泣く事などなかった。

泣く時はいつも一人で……ジョルジュも傍にいる事しか出来なかったからだ……。





     ◆  ◆  ◆





――次の日。



ユウリがいつものようにラーサーを丸太小屋の中に招き入れると、

「ユウリ、今日はランディール王の使いとして来た」

ラーサーが真剣な顔つきで口を開いた。



「国王様の……?」



「あぁ……、まずはこれを読んで欲しい」

そう言うとラーサーはユウリにランディール王からの書状を手渡した。



「……」

ユウリは不安で少し表情を強張らせながら受け取った書簡を開いた。

ジョルジュは黙ったまま、二人の様子を窺っている。





「……っ!?」

書簡に目を通し、内容を把握したユウリは目を見開いた。



「……これは……どういう……」

ユウリは驚いた表情のままラーサーに視線を移した。



「その書状に書いてある通りだ」



「ユウリ様……どうされたのですか?」

ジョルジュはユウリの様子に首を捻った。



「……こ、国王様が……」



「……? 国王様はなんと……?」



「国王様が……私を……王立魔道士隊に任命したいと……」



「……っ!?」

ジョルジュは驚き、ユウリとラーサーの目の前まで飛んで来るとテーブルの上に広げられた書状に目を移した。



「ラーサー様……これは……っ?」

やや放心したように俯いているユウリの代わりにジョルジュが訊ねる。



「そこに書いてある通り、国王様はユウリの王立魔道士隊への入隊を望んでおられる。

 しかし、これはあくまで国王様のご希望で強制や命令などではない」



「……もし、入隊を拒んだ場合はどうなるのですか?」



「何も……、何も変わりはしない……今の生活のままだ。

 ただ、またこの間のような事が起こった場合、手を借りる事もある……と言う事だが」



「……ラーサー様は、どのように思われているのですか?」



「もちろん、俺も国王様と同じ考えだ」



「では……入隊を望まれていると?」



「あぁ……、王立騎士団の騎士として……だが、それは俺個人が望んでいる事でもある」



「どういう意味……ですか?」

ユウリはラーサーの顔をゆっくりと見上げた。



「……ユウリ、君は一生、このままこの森の中で暮らすつもりなのか?」



「え……?」



「このままここにいれば自由な暮らしが出来るだろう。

 しかしその反面、君はずっと人の目を恐れて暮らしていかなければならない」



「……」



「だが、城に入れば君を特異の目で見たり、好奇な目で見る者はいない。

 最初は皆、驚くし、今までのように完全な自由ではいられなくなるだろうけれど……」



「……」



「王立魔道士隊の中には有翼人もいる」



「でも……私のように黒い翼ではないのでしょう……?」



「……あぁ」

ラーサーがそう返事をすると、ユウリはプッと吹き出した。

「ラーサー様って……正直なお方ですね」

ユウリはクスクスと笑いながらラーサーを上目遣いに見上げた。



「どうしてだ?」

ラーサーはユウリの反応に首を傾げた。



「だって……嘘でも私と同じ様に黒い翼を持った者もいると言えば、

 簡単に私を連れて行く事も出来るでしょう?」



「フッ、確かにそうだな」

ラーサーは少しだけ苦笑いした。



「嘘を吐いて君を城へ連れ帰る事なんて造作もない。

 もっと言えば……力ずくだって君をここから連れ出す事も出来る」



「そうしないのは……何故、ですか……?」



「そうしたところで君を傷付けるだけだからだ」



「……」



「……三日後にまた来る……返事はその時に聞くよ。

 それまで、じっくりジョルジュとも話し合って考えておいてくれ」



「はい、わかりました」

ユウリはしっかりと頷いた――。





そうして、ラーサーが帰った後、しばらく考え込んでいるユウリにジョルジュが声を掛けた。

「ユウリ様、どうされるおつもりですか?」



「……わからない……、まだ突然の事で……」



「そうですね……」



「ジョルジュは……どう思う……?」



「私は、ユウリ様がご自分でお決めになった事なら、何処へでもついて行きます」



「……ありがとう……」

ユウリは優しい目をして言ったジョルジュに少しだけ笑みを返した――。





     ◆  ◆  ◆





約束の三日後――、



ラーサーがユウリの元を訪れた。



「返事を聞かせて貰おうか」

ラーサーは丸太小屋の中に通されると、静かに口を開いた。



「あの……その前に一つだけ、お訊きしてもよろしいですか?」



「ん?」



「ラーサー様が私に会いに来て下さっていたのは……国王様のご命令だったから、ですか……?」

ユウリは少し不安そうにラーサーの顔を見上げた。



「……あぁ」

ラーサーは短く返事をした。

それを聞いたユウリは少しだけ表情が曇った。



「だが、それは俺の意思でもある」

しかし、ユウリの不安を払拭するかのようにラーサーは真っ直ぐに見つめ返しながら言った。



「確かに国王様からのご命令で君に会いに来ていたのは事実だ。

 けれど俺自身、君に会いたかったからだし、君に言った言葉も全て国王様に言わされていた訳ではない。

 俺自身の素直な気持ちだ」



ユウリはラーサーから視線を外す事無く、その言葉を聞くと――、

「……わかりました」

静かに頷き、立ち上がった。



「私をお城に連れて行って下さい」



「……いいのか?」



「はい、ラーサー様の今のお言葉を聞いて覚悟が出来ました」

ユウリははっきりとした口調で言った。



「そうか……よく決心してくれた。ありがとう」

ラーサーは柔らかく微笑んだ。



「荷物は、もう纏めてあるのか?」



「はい……と、言ってもあまりないですけれど」

ユウリが言ったとおり、荷物はあまり多くはなかった。

衣類と身の回りの物、そして数十冊の書籍……それ以外の物は全て置いて行く。

家具や調理器具、食器類などは城の方で全て用意されているからだ。





ラーサーは一緒に来ている騎士達と共にユウリの荷物を幌馬車に載せた後、

最後に丸太小屋のドアに錠前を取り付けて彼女の手に鍵を握らせると箱馬車へと案内した。



ユウリは荷物を運ぶ為の幌馬車と自分とジョルジュ、ラーサーが移動する為の箱馬車が用意されている事に驚いた。



「君ならきっと一緒に来てくれるだろうと思ってね」

ラーサーはそう言ってユウリに微笑んだ後、

「じゃ、出発しようか」

御者に伝え、馬車を走らせた。





「あの……ラーサー様は何故、私が王立魔道士隊へ入る事を決めたとお思いになられたのですか?」

城へ向かう馬車の中、ユウリは外の景色を眺めていたラーサーに訊ねた。



「……ん? あぁ、それは君が王立騎士団を助けてくれた時、

 “私の力で助ける事が出来るのなら”と君は言った。

 それに、“あのまま行かなかったらきっと後悔していた”とも。

 だから、きっと今回も君は後悔しない決断をするんじゃないかと思ってね」



「すっかりお見通しだった訳ですね?」

ジョルジュがそう言うとラーサーは小さく笑って頷いた。





     ◆  ◆  ◆





そうして――、

一時間以上が経った頃。

ようやく馬車は城下町に入り、少し小高い丘の上に聳えるランディール城が見えてきた。



「ユウリ、城が見えてきたぞ。ここからは後三十分余りで着く」



「はい」

ユウリはいつも遠くからしか眺めた事のなかった城が段々と目の前に近づくにつれ、緊張し始めた。





やがて――、

馬車は屈強そうな門番二人が守りを固めている大きな城門を潜り、城の敷地内へと入って行った。



「わぁ……」

城門を抜けると一面に広がる花園がユウリを出迎えるように咲き乱れていた。

その光景に彼女は目を輝かせた。



「泉の周りに咲いている花も綺麗だが、この城の花も負けていないだろう?」

そんなユウリの横顔にラーサーが微笑み掛ける。



「はい」

ユウリは花のような笑みを浮かべて答えた。





そして城の入り口で馬車を降りたユウリを今度はエントランスホールで兵士達が敬礼で出迎えていた。



「……っ」

思わず足を止めるユウリ。



「大丈夫、俺の後ろをただついてくればいいから」

ラーサーはユウリの耳元に囁いた。



「は、はい」

ユウリが小さな声で返事をすると、ラーサーは兵士達に敬礼を返し、

ランディール王の待つ謁見の間へと再び歩みを進めた。



(ここから先はもう引き返せない……)

ユウリは前を歩くラーサーの背中を見つめながら大きく深呼吸をした。



すると、ユウリの様子を背中で感じ取ったのかラーサーが彼女の方に振り向いて、

『俺がついているから安心しろ』という風に優しく微笑んだ。

ユウリは小さく頷いた。



エントランスホールから謁見の間へ辿り着くのには、そう時間は掛からなかった。



ラーサーは謁見の間に通じている大扉の前に控えている兵士に

「国王様にユウリ=マーシェリー殿をお連れしたと伝えてくれ」

と言った。



「はっ」

兵士は短く返事をし、ラーサーに敬礼すると謁見の間へと入って行った。



「どうぞ、中へお入りください」

兵士はすぐに謁見の間から出て来て大扉を開け放った。



ラーサーはもう一度ユウリの方に軽く振り返り、優しい笑みを浮かべて

ゆっくりと謁見の間の中へと歩みを進めた――。

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