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プレセハイドストーリー(王都編)

もう一人の相棒

作者: swan


 自分に居場所がなくなり窮屈になったのはいつだったか。


 貴族と言ってもたいした金もなく、それも兄弟の多い家では一番上の兄貴以外何が手に入るわけでもなかった。ましてや、自分は末弟だ。


 学校を卒業すると家を出てすぐに軍に入った。

 別に意欲を持って入ったわけでもなく、ただすぐに金と寝る場所が手に入ればそれでよかった。

 しかし、入ってみると意外に家系が古かった事が利いたのか、前線に送り込まれても戦闘には出されなかった。


 厄介払いされたのだと思うが、特別上級能力仕官に付くことを命じられた。

 それも、彼がその場所から逃げ出さないようにする事が仕事だ。

 出会ってすぐの印象はたいした事の無い普通の子供だった。3つ下と聞いて自分よりも若い上級士官に戸惑った。

 確か、幼い子供を「能力者の館」と言う通称名の国を挙げての能力者教育をしていると聞いていたので、自分より幼くても珍しくないのかもしれない。そして、徹底的教育により軍に従順だと聞いた。


 その士官は自分を見止めると、満面の笑みを広げた。


「よろしく」


 差し出された手を取ると、笑みがにんまりに変わった。





「何をしてらっしゃったんですか。少しは置いていかれる私の身にもなってください。」


 そう告げても、彼は鼻歌交じりに首を傾げるだけだ。


「ケノワ・リュウ、いいじゃん♪ そんなに怒んなくても」


 かれこれもう四年の付き合いになるが、彼の部下として命じられた者は自分以外すぐ彼に追い払われてしまう。

 彼は、最初の日以降自由奔放に生きている。徹底的な無神経に徹したり、冗談では済まされないいたずらを仕掛けたりする。

 それでいて能力は飛び抜けていいのだから、ほとんど持て余されている。

 持て余され過ぎて本来ならこんな前線基地では与えられない個室を彼は持っていた。

 ―――作戦司令部存続の為に。


「…よくないから言ってるんです。最前線で紙切れ一枚の指示書だけでは人の命を守る事はできません。」


「そう? たいした損失があったわけじゃないだろう?」


 机に頬杖をつきながら、彼は答える。


 彼は十日前の昼、自分の目を盗んで十日分のサキヨミを書き残して、軍の車を盗んで南の戦地から姿を消した。

 今までに彼から撒かれる事がよくあったが、大抵サボる為に数時間程度だった。

 しかし、今回は違った。

 自分の行動までも徹底的にサキヨミされていて、卒倒しそうになった。

 彼が逃亡しないようにするのが自分の仕事であるのに関わらず、彼に逃げられたのだから。目の当てようがない。


「王都で何をなさって来たんです?」


 彼の目の前に立ち尋ねる。いつも無表情に近い顔をしているから、少しは笑えと彼に言われるが、きっと今は本当の無表情になっているだろう。

 彼の笑顔も引き攣っている。


「何って、別に。あ、俺ちょっと用事が」


 素知らぬ顔で出て行こうとする彼が扉の前に立ったとき、腰に掛けてあった小型ナイフを投げる。


―カツッ!


 小気味よい音で扉にナイフが刺さる。


 彼は、自分の髪の毛が削ぎ取られ床に落ちているのを見て顔を上げる。


「これ、酷くない?」


「いいえ。全く。何の問題もございません」


「・・・。」


 彼はしばらく沈黙し、再び自分の机に戻って来た。


「分かった、降参します。だから…」


 そこで、言葉が途切れる。


「だから?」


「その手の物を仕舞ってくれよ」


 言われて初めて自分が二つ目のナイフを手にしていた事に気づく。


「失礼しました」


 彼は少しすねたように、机を指で鳴らす。


「俺ってなんで、リュウには弱いんだろう。やんなちゃうなぁー」


「それで、何をしてこられたのです。」


 もう一度繰り返す。


「本当は、全部報告受けているんだろう?いいじゃんそれで」


「私は、貴方の口からお聞きしたいのです。」


 瞬間、彼の頬が子供のように膨らむ。ガシガシといつもこだわっている髪を無造作に掻いてから口を開く。


「…村に、戻ってたんだよ」


「村と言いますと、ご実家がある村ですか?」


「ん。俺が、南の戦地に行くたびに村が襲われているのをお前知っているだろう?」


 上目使いに見られて、思わず頷く。

 情報によれば、彼の村は多くの能力者を持つ隠れ処のような所だと聞いている。そこは、十年に一人しか能力者を出さないという異例の場所だ。上官からの資料には、彼が軍に来るまで村の長を務めていたとも。


「…もーさぁ、俺が居なくなると、すーぐ村の奴ら攫いに軍の馬鹿が行くからさぁ。今回は直接行って手を下してやったのさ。」


 あえて軽く彼は告げた。


「んで、それを王都のお偉いさんに突き出して、タンマリ嫌味とか皮肉とか言ってやったの」


 今回の報告書には、彼の言うとおりのことが記されていた。

 軍人にあるまじき発言をした彼を、長年の付き合いである自分が絞れと言うのだ。普段はこの個室中垂れ流しなのだが。


「あまり本部で口が過ぎるといけません。今回の事では上層部が大変お怒りです」


 それまで敢えて笑っていた彼の表情が歪む。


「はっ、じゃあ何か? 俺がこれ以上何かすれば俺をどうにかするって?」


 彼は力任せに机を叩く。

 彼を取り巻く状況も、いつも能天気に装っていることも、全て見てきた自分には彼の気持ちが手に取るように分かる。

 しかし、自分に出来るのは、彼が少しでも行動しやすくするために側にいることだけだ。


 しばらくの沈黙の後、彼が擦れるような声で告げる。


「・・・リュウ、お前は関係ないんだったな。悪い。今回も、お前が全部フォローして回ったの知ってるよ。でも、また迷惑かける時が来るかもしれない。」


「わかっていますよ」


 そう告げると、彼が伏せていた顔を上げる。


「貴方の唯一の直属の部下になって何年経ったと思っているんです。」


「そっか、そうだな。」


 彼の顔に笑みが戻る。



「ところで、貴方のご友人シン・ナカムラの脱兵が確認されたのですが、何かご情報は」


 すかさず、もう一つの確認事項も切り出した。

 表情だけですぐに読み取れる。


「何か、ご存知ですね。まさかと思いますが、脱走の援助など為さっていませんか? 脱走したその日は、戦地に行く直前です。貴方は私をあしらってしばらく居ませんでしたよね?」


 続けざまの質問に顔が凍りついている。


「しらないっ」


「ポーカーフェイスは、無駄ですからね」


「しーらないっ。何があったか知らないけど、シンは真面目だからねぇ。何かあったんじゃないの?」


 彼の目が、先程の話題よりも強固に口を閉ざす事を示している。


「そんな事より、意外にリュウは俺の事大好きなんだな。嬉しいなぁ」


 にんまりした彼に冷たく切り返す。


「いいえ、部下として貴方の扱いに馴れただけです。」


「酷くない?」


「いえ、全く。」


 悔しそうに考え込んでいた彼が、口元に不敵な笑みを作りなおす。


「これからお前に絶対に好きです、って言わせてやる。覚悟しやがれ!」


 立ち上がって指差すという身振りつきの宣言。これからのいたずらのターゲットに指名されてしまった。


「好きです」


「あ?」


 彼は口をぽかん開けて、立ち尽くす。


「だから、好きですと申し上げたんです。貴方の暇潰しに付き合うつもりはありませんよ」


「なぁんだよそれぇ、つまんねぇだろっ!! 俺の楽しみ取ってんじゃない!」


「そんな楽しみは、戦闘の最前線には必要ありません」


「素っ気無い! 心をこめろ! 愛だ、愛っ!」


 いつまで続くか分からない、執拗ないたずらに長年の経験でどう対処しようか考えながら、彼の読み散らかした書類を拾い始める。


 ふと、口元が緩む。


「あ、今、笑っただろ?」


「笑っていません。」


「いや、笑ったろ。」


「どうして、貴方はそうも騒がしいんです?」



                

          END


「弱虫のてのひら」という小説の登場人物を使ってみました。

これだけ読んでも大丈夫かと。ただ、弱虫のてのひらも読むと内容がちゃんと理解できるので読んで…欲しいな…


ここまで、お読みいただきありがとうございます。

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