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陸のいるか

作者:文月めぐ
 五月になって昼間は暑く感じられるようになってきたけど、夜になると闇が昼間の熱気を取り込んでしまったみたいで、少し肌寒い。だけど、一台の自転車に二人でまたがって、海斗くんの背中に寄りかかっていると、じわじわと体温が伝わってくるから、一人で自転車に乗っているよりあたたかい。
 周りに人影はなく、私たちの自転車のタイヤがコンクリートとこすれてしゃりしゃりと回転する音しか聞こえない。
 部活が終わってすっかり暗くなった夜に、海斗くんがこぐ自転車の荷台に私が乗る。二人乗りはルール違反だとわかっているけど、私はこの目的もなく走り回る時間が大好き。こうしていると顔は見えないけど、一番海斗くんのそばにいられるから。海斗くんの息遣いまで聞こえてくるほどに
 もう何回もこの荷台に乗っているけど、いまだに海斗くんの腰に手を回すことはできなくて、肩に手を置くだけ。それだけで私の胸はどきどきと高鳴る。どきどきすると掌に汗をかいてじとじとと私たちの間に膜をつくる。これは仕切りじゃない、接着剤だ。このまま一つになれたらいいのに。離れられなくなってしまえばいいのに。このまま自転車に乗り続けて、どこか遠くへ行けたらいいのに。

 そんな私の考えなど全く知らずに、海斗くんはすいすいと自転車をこいでいる。まるで風の抵抗などないかのように。私たち二人の空間から冷たい夜の風を排除してしまったかのように。いるかが海の中をすーっと泳ぐように、私たちもコンクリートの上をすーっと走る。
 でも実際は風が流れていて、私の着ている白いカーディガンをぱたぱたと揺らしている。海斗くんの少し長めの髪も、さらさらと私の方へ流れてきて、肩に置いている手をちくちくとくすぐるように撫でている。思わず、ふふ、と声を漏らすと、「どうしたの、澪」と涼やかな声が前から聞こえてきた。その声に「何でもないよ」と答える。
 海斗くんのハンドルを握る手は、白くて滑らかで女の子みたいだけど、力を入れると血管や骨格が浮き出て、私の手とは違うとわかる。ああ、やっぱり男の子なんだ、と当然のことを今更思う。そういえば、いるかの雌雄の違いって、どこでわかるのかな。身体の大きさが違うのかな。後ろへと流れていく街の様子をぼんやりと眺めながら、いるかのことを考え続けた。

 しゃー、という音がして、自転車のタイヤとコンクリートがこすれた。自転車がゆっくりと速度を落として、大きな交差点の赤信号で止まった。
「澪、今なにを考えていた?」
 海斗くんが少しだけ振り返って尋ねた。
「いるかのこと」
「イルカ?」
 首をかしげる海斗くん。
「イルカって、海にいる、イルカの事?」
 私はうなずいた。
 信号が青に変わり、海斗くんの足に、ぐ、と力が入る。少しぐらぐらしてからまた一直線に走る。
「澪、いるかはね、人間に似てるんだ」
「そうなの?」
「うん。単独で行動するより団体で行動する方が多いし、それなりの知性もある。言葉はしゃべれないけど、その代わりに信号を使ってコミュニケーションをとるんだ」
 そこまで言った後、少し言葉を切った。そしてふっと息を吐いた後、つづける。
「でもね、いじめもあるんだ」
 集団で行動すると、強いものと弱いものの差が出てくる。強いものが弱いものを排除しようとして、頭を使う。そして「邪魔だ、どっか行け」と言う。
 集団・知性・言葉がそろうと、それだけでナイフのように鋭い武器になる。

「人間って恐ろしいよ」
 自転車がふらふらとし始めた。海斗くんの口から出たその言葉に、身体がこわばる。
 人間って恐ろしいよ、と言った海斗くんの声はいつものように涼やかで、透明感があったけど、あまりにも透明すぎて、海斗くんまで透明になっちゃうんじゃないかと言う気がした。数分前まであったかかったはずなのに、寒気がした。

 気づいた時には、すでに私の両腕は海斗くんの腰に回っていて、後ろからぎゅっと抱きしめていた。心臓がばくばくと動いている。こうしていないと海斗くんが消えてしまいそうな気がした。「どうしたの」と聞かれたけど、それには答えず、さらに腕に力を込める。体中の血管が脈打っている。

 集団で行動するから誰かを好きになって、知性があるから、好きな人と幸せになるにはどうすればいいかを考えて、言葉があるから「好き」って伝えられる。
 集団・知性・言葉がそろうと、それだけで目には見えない「幸福」を生み出すことができるんじゃないかな。

「そばにいて、大好きだから」
 「好き」という気持ちを伝えることができる私は、今とても幸せだ。
「うん、そばにいるよ」
 はっきりとした声が聞こえた。海斗くんの心臓の音も伝わってくるようだ。
 私たちは夜の闇の中を静かに走り続ける。
 まるで、仲の良い二頭のいるかが暗い海の中を泳ぐように、ひらひらと。

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