酒神バッカスが呑む~化け物どもの宴~
やばい、『酒は呑んでも飲まれるな』というが、これは格言だ。このことを守らなかったがために俺はピンチに陥っていた。
「あんた、酒はほどほどにしなっていってんだろ?」
「うるせぇ!!俺は酒の神だぞ!!呑むのも仕事なんだよ!!」
「何が呑むのも仕事だよ、呑んでばっかりじゃないか」
止めてくれた女房の話を聞かないからこうなってしまった。あのとき、女房の話を聞いていれば……。いや、あれは女房が俺をこずかい制にするからだ。こずかいが少ないから酒を質じゃなく量で補おうとしたから、こうなってしまったんだ!!生きて帰ったら、ずっと女房に伝えられなかったことを伝えよう。今まで言えなかったが、生きてかえれたら……。
生きて帰ったら、女房にこずかい上げてもらうんだ~~!!
と心なかで荒波をバックに叫び声を上げていると
「おい、オッサンはやくいくぞ!!美味いつまみも酒もよういしたから」
「あ、ああ、わかりました……」
そう言い、前を歩く黒髪に金色の目をしたイケメン。クレアシオン=ゼーレ=シュヴァーレン、悪い噂しか聞かない天使だ。神である俺にこの態度、本当なら殴り飛ばしたいが出来ない。本当に悪い噂しか聞かないからだ。
堕天しているだとか、魔王より魔王してるとか、邪神を狩にあらゆる世界回ってるとか、【神域の魔物】支配して、【神殺し】のスキルを与えているとか、そいつらを率いて【鬼狐】と名乗らせて、邪神狩りしたりとか、無断で世界に行き来したりとか、邪神を邪神神殿のある島ごと沈めたとか、本当にやばいやつだという噂しかない。
何より許せないのが、俺たちのアイドル、アリアちゃんを脅しているらしい。いや、そうに違いない。優しいアリアちゃんのことだ。脅されて怯えてるに違いない。可哀想に……。脅されてなければこんな男、アリアちゃんの天使にするはずがない。創造神様や最上級神様たちはなにやってるんだ……。
何故俺がこんな悪い噂しか聞かない男の後をついていってるかと言うと、昨日の夜に遡る。俺はその時酔いに酔っていた。こずかいが少なく、居酒屋で安い酒しか呑めないでいた。女房の愚痴を亭主に愚痴りながら呑んでいた。
その時に奴はきた。俺が安酒を呑んでいたのにあいつは高い酒を呑みながら葉巻を吸っていた。俺は何を思ったか絡んだ、絡んでしまった。何を話していたかは全く覚えていないが、
「――おれはアルコールランプでも呑む」
「なら、明日は俺たちと呑もう、丁度明日は【鬼狐】のみんなが集まる飲み会があるんだ」
これだけは覚えていた。朝起きとき、絶望した。だが、昨日の酔って女房に話していたらしい。
「行ってきな」
と、笑顔で送り出されてしまった。恨むぞ、【鬼狐】だぞ、化け物の代名詞だぞ!!一歩一歩断頭台に向かっていく、ああ、今日が俺の命日か。今思えば、俺はダメなやつだったな。酒の神なのに飲んでばっかりでここ最近、まともに作ったこともねぇ。
色々考えている内についたらしい。神界に穴を開けて作った空間に入っていく。中からは獣の呻き声が響いてきた。やべよ、こんなところで酔えるか!!酔いが覚めるよ!!
「主、誰ですかい?そいつは?」
そう言い、訪ねてくるのは大きなヒュドラだ。ヒュドラはSランクだが、こいつは違う、そう本能的に理解させられた。ヒュドラじゃない別の何かだ。当たりを見回すと、見たことのある魔物に似た何かと、見たことのない化け物たちがいた。
コイツらが【鬼狐】か、俺たち神を殺すことができ、創造神様から認められた独立した組織――て言うか、クレアシオンの言うことしか聞かない組織。クレアシオン自身も天使階級――最上級天使、上級天使、中級天使、下位天使――から外された存在。神界最大戦力とも言われ、神界が独立を認めざるを得なかった集団の飲み会になんで俺が招待されてんだよ!!
「ああ、こいつは昨日、呑みにいったときにあってな、意気投合したんで誘ったんだわ、名前は……。すまん、名前聞いてなかったな名前は?俺はクレアシオンだ」
「俺はバッカスだ」
「そうか、よろしくな」
「ああ、よろしく」
「俺はジョンソン、よろしく」
「よ、よろしく」
名前わからないやつ飲み会に呼んでんじゃねぇーよ!!いまさらだけど、魔物たち、言葉話せたんだな……。て言うか割りと社交的って言うか、あちこちから笑い声が聞こえてくるし、思っていたほど危ない連中じゃない?殺伐として、殺し合がおこったり、酒を呑みながら共食いしたりするとんでもない飲み会を想像してたが……。
「主、肉はあそこにまとめてあります。今日もよろしくお願いします」
そう言い、デュラハンが膝まずいている。よろしく?何が始まるんだ?
「おう、いま美味いもの作ってやるからな、酒でも用意しといてくれ、バッカスを案内しといてくれ」
そう言いながら、空間を殴るクレアシオン……!?空間殴ってる!?あっ!?空間割れた!?ガラスみたいに割れた!?
割れた穴からバカデカイ包丁とバカデカイ鍋とバカデカイフライパンを取り出した。デカくね?何人前だよ?ジョンソン何匹入るんだ?俺はデュラハンに案内された席にすわる。
「鬼神化!!」
クレアシオンが鬼神化と言うとあいつの神が銀髪になって黒い角が生えてくる。
「いいぞー!!主~!!」
「美味いの頼むぞ~!!」
「待ってました~!!」
クレアシオンの部下の魔物たちが騒ぎ出す。な、何をするんだ?そう思っているとデュラハンが俺に酒の入ったグラスを渡してくれる。この匂いは!!絶対高い酒だ!!いいの?のんでいいの?
「私はギルだ。よろしく頼む」
「よろしく、俺はバッカスだ。何が始まるんだ?」
「これから、我らが主の【暴食】の【暴食の料理人】の料理ショーだ」
「料理ショー?」
見ればわかると言われ、みると食材として並べられた、ドラゴンや牛、鯨など普通じゃないサイズの魔物が……って、あれ?あれは神域の魔物じゃね?え?仲間じゃないの?そう思い聞くと、
「私たちはある一定の基準で【鬼狐】を名乗ることを許されている。あいつらみたいに好き放題あばれる知能の低いやつらや、どうしようもないぐらい凶悪な魔物は【鬼狐】には要らない」
だそうだ。そうだよな、好き放題暴れるやつに【神殺し】なんて与えて、そいつらが神界にいるんじゃ被害者絶対でて騒ぎになってるもん。
そう思っていると、鍋とフライパンに火をつけ、油をひいていく。そして、魔物を掴み、投げた。あんなでかいものが空を飛ぶなんてはじめてみたよ。すると、バカデカイ包丁を肩に担いでいたクレアシオンが地面を蹴った。……あの包丁、長すぎて包丁っていうより、大太刀みたいだな……。
地面を蹴った瞬間、あいつを見失ったが、ギルに言われて上をみると、紅い魔法陣に上下逆さに勢いを殺して着地する姿が、そして、食材を斬っていく。その包丁捌きは洗練されていて、観るものを魅了する。クレアシオンが空中を駆けると、あいつの足場にした魔法陣が連続して波紋のように広がり消えていく。な……、なんつう無駄な技術。俺がそう思っていると、
「「「「さすが主!!無駄に洗練された無駄のない無駄な技術!!!」」」」
ウオオーと盛り上がる魔物たち、いいのか?それで?無駄って言っちゃってるよ。
そうしている間にも、切られた肉が宙を舞、鍋とフライパンに投入されていく。はや過ぎてみえねぇ。段々加速してついに見えなくなった。鬼狐の魔物たちにはかろうじて見えてるらしい。だが、見えなくても次々完成される料理を見るのは見ていて楽しかった。メチャクチャての込んだ料理も多くあるし、大きい魔物の為に大きな料理など、食べる者の事を考えられた料理ばかりだった。……早すぎて紅い魔法陣の連なる筋しか見えない……。
「おお、始まってるようじゃの」
「そ、創造神様!?」
後ろを振り返ると創造神様がいた。な、なんでこんなところに……。
「そ、創造神様?」
「うむ?見ない顔じゃな?」
「バッカスです。中級神のバッカスです」
「おお、お主もクレアに招待されたんじゃな?」
「はい、創造神様は?」
「わしはクレアとも鬼狐も飲み友じゃからな」
そう笑いながら、奥にいってしまった。……飲み友って。そう思っている内に飲み会が始まった。
「うめ~!!」
「そうだろそうだろ」
俺が今まで食べていたのが何かわからなくなるぐらい美味い。俺が美味そうに食べていると後ろからクレアシオンがやって来た。
「ああ、メチャクチャ美味い」
「なら、次からもこい。歓迎するぞ」
俺が美味い、と言うとクレアシオンは嬉しそうに笑いながら次からもこいと言ってくれた。噂はあてにならないな。いいやつばかりじゃねぇか。酒も美味い。……俺は酒の神なのに、何やってんだろうな。……呑んでばっかじゃねぇか……。そう思っていると。
「どうした?」
そう、聞いてくる。こんな楽しい時間に話す事じゃない、と思ったが、つい愚痴ってしまった。
「俺は酒の神なのに、呑んでばっかで、ろくに働きもしねぇ、自分が情けなくなってな。女房にも怒られてばっかで……」
そう言うとクレアシオンは少し黙って考え込んでしまった。こんな時にする話じゃなかったか?そう思っていると。
「なら、酒を作ってみればいいじゃねえか」
「けどよ、昔、酒を作っていたんだがよ。最上級神様に不味いって言われちまってよ……」
「それで、それからは作ってねぇと」
「ああ、情けないことにな……」
あれは俺の自信作だった。その酒を一口のんで不味いって捨てられちまった。こだわり抜いた酒をまるで自分の分身のように思っていたんだ……。それを目の前で投げ捨てられるのをみて、自分の全てを否定されたように感じた。そう思うと酒を作るのが怖くなっちまった。その事をクレアシオンに話すと――
「なら、これを呑んでくれよ」
そう言い、ラベルも貼られてない瓶を渡された。これも美味いのかと思い飲んでみると……。
「まずっ!!」
「どこが不味い?」
「いや、どこが不味いってレベルじゃねぇーよ」
何これ?まっず!!酔いが覚めたよ!!
「それはな、俺が食べて旨かった木の実を発酵させて作ってみた」
「いや、発酵ていうより、腐敗だよ!!」
しまった。クレアシオンに強気に言っちゃったよ。殺される!?……いや、あれは酒じゃねえ。そう思っていると。
「ハッハハハ、不味いだろ?俺もそう思う!!」
「じゃあ、なんで飲ませたんだよ」
本当、なんで飲ませたんだよ。まぁ、助かったみたいだしいいか。
「でもな、作ったことに後悔はないよ。作ってみないと酒は出来ないし、飲んでみないと味はわからねぇ。作ってみないと酒の有り難みがわかない」
そう言って笑う。
「お前、本当は酒をつくりたいだろ?昨日一緒に呑んでわかったが、お前は本当に酒のことを嬉しそうに話すからよ」
「いいんだ。俺はもう、酒を作らねぇ。飲まれないような酒は意味がねぇんだよ!!」
そう叫んでしまった。周りからの視線が刺さる。やっちまった。そう思っていると。
「俺達が呑んでやるよ。幸いここには飲んだくれしかいない。昔から化け物のと鬼は酒好きだしな。美味い酒ができるまで呑んでやるよ。そして、最高の酒ができたらそれを祝って皆で呑んだくれよう」
周りの魔物たちも頷いてくれる。それから俺達は呑んだ。飲みまくった。そして――――酒に飲まれた。だが、昨日までの気持ち悪い酔いじゃなかった。心地よい酔いだった。
「あんた、今朝は随分楽しそうじゃないか」
「そうか?まぁ、昨日の飲み会がよかったからかな。なぁ、また……。酒を作ってみようと思う」
「あんた……。やっとかい。応援してるよ」
「あぁ、今度は最後まで一緒に呑んでくれる飲み友がいるからな……」
あのあと、クレアはアリアちゃんと銀髪の美人さんに正座させられて説教されていた。噂は当てにならねぇな……。酒も人も一口じゃあわかる訳がない。これから、クレアと鬼狐の皆と呑みながら、語り合いながら絆を作って行こうと思う。
敵には容赦ないが、仲間は元より他人にまで深い懐で受け入れてくれる。清濁併せ呑んだような男だ。創造神様や多くの最上級神様たちが注目するのもわかる。
これからは、しっかりと酒を熟成させていこう。
ありがとうございました。