この小説はゼロの使い魔の舞台をモチーフにしたファン小説です。オリジナル主人公が活躍するため、原作とは大きく異なる点もございますのでご了承ください。
領内視察
ヴァルデス・ウェストリ・コーラッドが生まれてから五年の月日が経った。コーラッド家はゲルマニアに置いて伯爵家の称号を貰っている家柄だった。
しかし、その生活は決して裕福とは言いがたいものだった。コーラッド領では漁業がその主な収入源となっているが、それ以外の収入はほとんどなかった。領民の生活も漁業以外のものがないので、税金を払うだけでも一苦労する有様だった。
ヴァルデスはコーラッド家始まって以来の天才だと両親や領民たちからは評価されていた。一歳を過ぎたことには自由に歩き回ることができ、一歳半の時には既に自由に言葉を話していた。
ヴァルデスの父コーエンは水のトライアングル、母のエレーネは風のトライアングルだった。魔法使いの家系としても中堅、本当にぱっとしない家系というのがコーラッド家が対外にもたれている印象だった。
「ヴァルデス! ヴァルデスは何処だ!」
そして、今日もいつものようにコーエンの声が屋敷の中に響いた。
「旦那様、おはようございます」
ヴァルデスの部屋の前にはいつものように侍従長であるマリエルが控えていた。
「ヴァルデスはどうした?」
「ヴァルデス様はいつものようにお部屋にてトレーニングに励んでおります」
「またか……」
コーエンは思わず頭を抱えた。これがコーエンの頭を悩ませている種だった。
「マリエル。何故、あの子は魔法の鍛錬より体を鍛えようとするのだ?」
「はあ……ヴァルデス様がおっしゃるには、魔法を使うにしても体を鍛えておいた方が使い勝手がいいからということです」
「……そうか」
コーエンもその言葉には賛成だった。どんなに強力な魔法が使えようとも、それを使うだけの体力が無ければ無用の長物と化してしまうからだ。それはかつて内乱戦争に参加したコーエンはその身をもって理解していることだった。
しかし、世間では天才児と呼ばれているヴァルデスもまだ五歳の子供なのだ。そんな背伸びをして体を壊すのではないかと、両親はかねてから心配の種を抱えていた。それに世間の子供と同じように親に甘えてほしいという願望もあった。
「旦那様、こんなことを言うのは恐縮ですが……」
「何だ?」
「ヴァルデス様は軍人に向いているのではないでしょうか? 考えるより行動が先に出るあの性格といい、普段から体を鍛えようとするあの行動といい、全てが軍人向きではないかと私は思います」
「……やはりそう思うか?」
それはコーエンも思っていた。どう考えたって、あれらの行動が政治家向きだとは思えなかった。生まれながらの軍人といわれても誰一人として疑う者はいないだろう。だが、それはコーエンの望むところではなかった。
戦争の悲惨さは参加したコーエンが一番よく知っていた。あの悲惨さをせっかく内乱が収まって平和になった今の世の中で息子に味合わせたくないというのが親心というものなのだ。
「はい。後は魔法衛士隊か軍隊かって所ではないかと思います」
「……そうだな。まあいい、とにかくヴァルデスは中なのだな」
「はい」
コーエンはそれを確認すると部屋の中に入った。すると、部屋の中ではヴァルデスが腕立て伏せをしていた。その背中にいくつもの鉄塊を乗せた状態で。
「あ、おはようございます。父上」
「うむ。朝から精が出るな、ヴァルデス」
内心では呆れていたが、それでも必死になって体を鍛えている姿を見てはコーエンも何も言えず、無難な挨拶に留まった。
ちなみに、ヴァルデスの背中に乗っている鉄塊は彼が自分で錬金して土の塊を変えたものである。彼が一番最初に覚えた魔法が錬金だったのは、両親を驚かせた。
何故なら、水と風の属性を持った両親から生まれた子供は、普通なら最初に覚えるコモンマジック以外の魔法は両親の属性に沿った魔法である確率が極めて高いからだ。それなのに両親と全く関係ない土属性の魔法を先に覚えたのだから両親の驚きは一入だった。
「ちょっと手を休めて私の話を聞いてくれぬか」
「はい」
ヴァルデスは腕立て伏せを止めて、改めて椅子に座ってコーエンと向き合った。
「お話とは何でしょうか? 父上」
「うむ。お前もそろそろ領内を見て回ってもよい歳だと思う。だから、今日は私と共に領内を見て回るからついてまいれ」
(しかし、今頃になって初めて屋敷から外に出るのか?)
ヴァルデスはちょっと遅すぎるのではないかとも感じていたが、それにはきちんと理由があった。このコーラッド領内は他の領に比べると平和なのだが、それでも不貞の輩はいる。そいつらから身を守るための人員は用意しているのだが、それでも幼いヴァルデスを連れ出すには不安が残っていた。
それゆえ、ヴァルデスが言葉をある程度理解し、少しでも魔法が使えるようになってから領内に連れ出そうというのが両親の考えだった。ただ、ヴァルデスは二人が思っている以上の早さでその二つの条件を満たしてしまったが、彼が必死になって鍛錬をしている様子を見て焦る必要はないと判断したため、当初予定していた今の時期まで引き延ばしていたのだ。
「わかりました、父上。お供させていただきます」
「うむ。お前もいずれはこのコーラッド家を継ぐ人間だ。領民の生活を見て、何が悪いのかを判断し、領民のために何が出来るのかを考えるのだ」
「はい、父上」
返事を返すヴァルデスを見て、コーエンは満足そうに頷いていた。
「まあ気負う必要はない。今はまだ政治のことはわからんだろうから、領民たちがどんな生活をしているのかをよく見ておきなさい」
「はい」
「では、朝食の用意も出来たようだから食堂に行こう」
コーエンが手を差し出すと、ヴァルデスはすぐにその手を握り返した。滅多に甘えてこないヴァルデスが唯一両親とのつながりを示すのが握手だった。この握手が両親にとっては何よりも嬉しいものだった。
食堂には既にエレーネが座って待っていた。その周りには侍従たちが控えていた。
「おはようございます。母上」
「おはよう、ヴァルデス。今日も元気ね」
「はい。元気です」
侍従に椅子を引いてもらい、ヴァルデスとコーエンは席に着いた。
「親愛なる始祖ブリミルよ、本日も我らにささやかな糧を……」
コーエンが代表して祈りの言葉を述べる、その間は誰も一言たりとも発することはない。始祖に捧げる言葉を妨げることは、これ以上ないくらい無礼な行為として考えられているからである。
「では、いただこうか」
その言葉を皮切りにして食事が始まった。コーラッド家も貴族としては零細であったが、それでも食事は平民に比べれば充分豪勢であると言ってもいいくらいのものだった。しかし、ヴァルデスはこの異常に量が多い食事が苦手だった。
まずは、朝からこんなに食べられないという量そのものが苦手だった。それは食べきれないということと、たくさん残してしまうことが非常にもったいないということだった。残された食事は使用人たちで食べることもあるのだが、それでも結構な量が残ってしまうので廃棄されてしまうことが多かった。食べきれないから捨てるという行為がヴァルデスにはどうしても許せないものだった。
かつて、暗殺者サヴァンとして生きていた頃はその日食べる糧にも困ったこともあった。今は裕福になったとは言え、それでも無駄をたくさん出す今の食事のあり方には納得いかないものがあった。
(もう少ししたら提案してみるか)
さすがに完全に養ってもらっている身で贅沢を言うことは出来ない。ヴァルデスはそういうところにはかなり律儀な男だということに、生まれ変わって初めて気がついた。
「ヴァルデス、今日も体を鍛えていたの?」
「はい。母上」
「相変わらず体を鍛えるのが好きなのね」
「将来、立派なメイジになるために必要なことだと思っております」
「そう。でも、平民の剣などの武器の鍛錬までしているのは何故なの? 魔法が使えればそのようなものなど必要ないのでは?」
「いいえ、母上。武器は時に魔法より強いと私は考えております。メイジも平民も同じ人間、頭を思いっきりどつかれれば簡単に死にます。だから、武器の扱いに慣れておけばその対処をすることもできます」
これは前の世界で学んだことだった。魔法はあくまで道具であって、絶対の力ではないことはサヴァンが一番よく知っていた。呪文を唱える間にナイフを投げられてしまえばそれまでなのだ。
「そうなの……でも、無理をしてはいけませんよ。あなたはまだ小さいのですから、ゆっくりと学んでいけばよいのです」
「はい。心得ました、母上」
朝食のときに会話をするのはマナー違反とされているが、元々が寡黙なヴァルデスなので少しでも会話する場を持とうと、両親が考えた苦肉の策だった。ただ、最初は両親も少しマナーに反していることに戸惑いを隠せなかったが今ではこっちの方が好きになっていた。
賑やかな朝食というのは平民のものかと思っていたが、少し外れるだけでこんなにも食事というものが楽しくなるのかと少し平民たちの生活を取り入れてみようというのもヴァルデスが生まれてからコーラッド家で変わったことの一つだった。
楽しい食事が終わると、ヴァルデスはコーエンと共に馬車に乗って領内を見て回ることになった。穏やかな平原が続く風景、と言えば聞こえはいいのだが、ヴァルデスにはその風景が少し違って見えていた。
(これだけの平原地帯なら畑でも作ったほうが有意義だろうに……)
青々とした広大な草原地帯、言い換えれば、そこはまだ人の手が入れられていない場所ということである。手を入れれば広大な畑に変えることが出来る場所であり、生産性の高い産業に使用する事だって可能な場所なのだ。
「どうした? ヴァルデス」
「いえ、ここを畑に変えたら儲かるかなと思いまして」
「畑?」
「ええ。漁業しか主だった産業がないのなら、今からでも農業を発展させればいいのではないかと思いまして……」
「なるほどな。確かにそうだが、これがなかなか難しくてな……」
「何故ですか?」
「畑にするにも金がかかる。かかった費用に対して、ペイするのにも時間がかかるからな」
それも納得いく話だった。ただでさえ、零細貴族であるコーラッド家の資金でこれだけの土地を畑に変えることは難しい話である。ヴァルデスは一気に全てを畑にするのは無理ならば、少しずつ畑に変えていこうと考えを改めていた。ただ、無理だと話している父の前でその話をするのはもう少し後になることだったが。
「わかりました。仕方ないですね」
「まあいずれは取り組まなければならない課題ではあるのだがな」
馬車は更に街道を進んでいき、やがて小さな漁村にたどり着いた。人口はわずか数百人程度の小さな村だったが、ここで獲れる魚が大きな収入源となっていた。
「臭い……」
馬車を降りるなり最初にヴァルデスが感じたのは強烈な異臭だった。
「魚の臭いだ。いずれ慣れる」
「魚はいいんです。臭いのはゴミや汚物です」
初めて屋敷の外で嗅いだ臭いは、あの裏通りで感じていた臭いと同じ類のものだった。本来ならば、気にもならない魚の臭いが汚物やゴミなどの臭いが混じって最悪の悪臭になっていた。
「まあ、漁村というのはこんなものだ」
「こんなもの……なんですか?」
これが当たり前と言われると、何とも言えない気分になっていた。前の世界でも色々なところに行ったが、それでもこういう漁村に来たのはこれが生まれて初めてだった。
「これはこれは、領主様」
すると、この漁村の村長と思われる初老の男が二人の前に慌ててやって来た。
「村長、最近はどうだ?」
「ええ。おかげさまで漁獲量も安定しております。これも領主様と始祖ブリミル様のご加護があったからでしょう」
始祖ブリミル、何かあるとこの名前をよく聞くとヴァルデスは思っていた。確かに、ハルケギニアの歴史を家庭教師からも勉強していたが、これほどまでに過度に信仰するのはどうか、と彼は内心では考えていた。
確かに魔法を生み出したという意味では偉大なのかもしれないが、死後六千年を経た今でもこれほどまでに信仰されるのは面倒だった。おかげで、下手なことを言えばロマリアあたりに睨まれて異端にされてしまいかねない現実があるのだ。そのせいで、ロマリアがでかい面をしていてろくなことを考えない神官がいたりするのだ。
「そうか。それはよかった。最近、何か困ったことはないか?」
「それが……最近、ちょっと病人が増えまして」
「病人が増えたのか?」
「ええ。腹痛や吐き気などを訴える者がだんだん増えてまいりまして……漁獲量は安定しているのですが、このままでは病気で漁に出られない者が増えてしまいます」
「そうか……戻り次第、水のメイジを手配しよう。水の秘薬などもこちらで用意しよう」
「ありがとうございます、領主様」
「父上、それだけでは不十分かと思います」
すると、ヴァルデスが意見を言い出したので、二人の視線が彼に注がれた。
「どういうことだ? ヴァルデス」
「病人に対しての対処は問題ないと思いますが、病人を出さないための対処が不十分です」
「ならば、どうすればよいのだ?」
「まずはこの不潔な環境を一新する必要があります。ゴミや汚物を排除し、また新しく出てくるゴミや汚物をきっちりと分別・処分できるように制度とシステムを作るべきです」
ヴァルデスは、これを機に色々実験しようと考えていた。前の世界では一介の暗殺者でしかないため、何かを変えることができなかったが、せっかく生まれ変わったのだから何かを変えてみたいという思いが強く出ていた。
「……お前は腹痛や嘔吐の原因がゴミや汚物にあると言うのだな?」
「はい」
「どうしてそう思う?」
「周りをご覧ください。細かいところは私にもよくわかりませんが、少なくともゴミや汚物にたかっている蝿や虫などが私たちの体に飛んできたりしているこの環境が人間の体に害を与えないとは到底思えません。可能性の域を出ませんが、少なくとも人間が生活していく上でよりいい生活環境を持つという意味ではいいと思います」
ヴァルデスの意見を聞いて、コーエンと少し唸りながら考え込むような仕草を見せた。村長は子供でありながらも、そこまでしっかりとした意見を述べている彼に驚きを隠せなかった。
「よかろう。とりあえず、水のメイジと秘薬の手配を最優先させよう。お前はお前のやりたいことをしっかりとまとめて、私に報告しなさい。それを見てから検討しよう」
「ありがとうございます、父上」
「では村長、そのようにするからしばし待ってくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
こうして、ヴァルデスは領内の政治・経済に関わることとなった。
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