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女神伝説  作者: Sugary
第七章
98/127

BS1 ミュエリの苦しみ

 夜も更けてみんなが深い眠りについた頃、ずっと眠れなかったミュエリが堪らず宿の外へと出ていった。

 どこに行こうというのではなく、単に冷たい空気を吸って頭の中をスッキリさせたかった…もしくは全ての思考を凍らせ何も考えなくて済むようにしたかったのだ。

 空を見上げて二・三度大きく息を吸えば、そこに肺があると分かるくらいに胸が冷たくなる。それが一気に寒さを感じさせて、ミュエリはシーヴァから貰った防寒着の襟元をギュッと握り締めた。そして寒さで震えるように息を吐くと、ドアにもたれるようにしてその場に座り込んだ。

(みんなの言う通り…やっぱり私は悪魔の子なんだわ…。一番恐れていたことなのに、それを自らの手でしてしまうなんて…しかも、何の躊躇いもなく……)

 足手まといになりたくないと習った剣術は、自分の身を守ると同時に相手を傷つけ、最悪、その命をも奪ってしまう。たとえ相手がどんな悪人でも、人を殺めたという罪の意識を感じるのは当然で、その罪を背負う覚悟をしたのは事実だった。

(だけど…まさかこんなに苦しいものになるなんて……)

 ミュエリは、思ってもない方向の苦しみに腹立たしさを覚えつつ、抱え込んだ膝の中に顔を埋めた。──とその時だった。

「うぉ~、さみぃーな。こりゃ、また雪が降るぜ?」

 突然の声に驚き聞こえた方に顔を上げれば、音もなく反対のドアを開けて出てきたイオータがそこに立っていた。

「イオータ…どうして…」

「ん~? いや、寒くなるとアレが近くてよ…歳かなぁ、オレも」

 そう言って、苦笑しながらミュエリの隣に座り込んだイオータ。分かりやすいくらいの偶然を装った言葉だが、何の反応もない事にイオータは小さな溜め息をついた。

(ま、しょうがねぇか…。覚悟をしたからって平気でいられる罪の重さじゃねーからな。それがただの女…こういう状況とは全く無縁だった人間なら尚更の事だ)

 イオータは、ルフェラの事を思い出しながらそっとミュエリの気持ちに触れた。

「忘れろとか、気にするなとか…そんな意味のない慰めを言うつもりはねーけど、辛かったら剣を収めてもいいんだぜ?」

「…え?」

「ルフェラがそうだったろ? シニアのことがあってから、暫くは剣を抜く事もできなかった。人の命を奪ったという罪を感じれば、当然の反応だ」

「当然…の……。じゃぁ、あなたは? あなたもその罪を感じた?」

「オレか? ん~まぁ、なかったワケでもねーかな」

「じゃぁ、どうして今も当たり前のように剣を抜いて戦ってるの? ルフェラだって、また剣を抜いたし…。人を殺めるのって慣れていくものなの? 罪の意識は感じなくなっていくもの?」

「おいおい…。オレを悪魔か何かだと思ってんのか?」

「──── !」

「いくらオレでもな、人を殺して何とも思わないって事はねーんだぜ? 今だって、少なからず人の命を奪ったっていう罪の意識はある。ただそれを遥かに上回るものがココントコにあるってだけだ」

 イオータはそう言って、〝ココントコ〟と親指で自分の胸を指差した。そして、その〝罪の意識を遥かに上回るもの〟が何なのかを説明しようとした所で、ミュエリが俯いて肩を震わせているのに気付き、思わずその説明を飲み込んだ。

「おい、ミュエ──」

「悪魔よ…」

「なに?」

 自分が悪魔だと言われたのかと思い聞き返せば、再びミュエリが震える声で繰り返したのは、ミュエリ自身に対してのものだった。

「やっぱり私は…悪魔なのよ…」

「おいおい、そこまで自分を蔑むな。だいたい、悪魔なら人を殺して苦しむわけねーだろーが?」

「違う…!」

 ミュエリは大きく首を振った。

「違うの…そうじゃないのよ…!」

「じゃぁ、何なんだ?」

「…私が辛いと思うのは……自分自身が腹立たしいと思うのは…人を殺めた事に対して思ったほど罪を感じてない事よ…!」

 ミュエリは、抱える膝に拳を叩きつけながらそう叫んだ。

 人を殺めた事に罪を感じているのではなく、その罪を思うほど感じてない事に罪を感じ苦しんでいる…つまり、それが思ってもない方向の苦しみだったのだ。

「…剣術を習う時に覚悟をしたわ…。剣術は自分の身を守ると同時に、人の命を奪うものだって…。その時の罪もちゃんと背負う覚悟をして習ったのよ。でも本当は、罪を感じたかったの……自分にも罪を感じて苦しむ心があるってことを知りたかった……悪魔じゃないって…そう証明したかったのよ……」

(罪を感じたかった…? 悪魔じゃないって証明したかった…って、いったいどういうことだ?)

 普段のミュエリからは想像できない発言に、さすがのイオータも言っている意味が分からなくなってきた。ただ、自分が何気なく言った〝悪魔〟という言葉が、ミュエリをひどく苦しめているものだというのは分かった気がした。

 一方、ミュリは更に続ける。

「…一番恐れてた事なのよ…自分の手で人を殺めるなんて…。だってそうでしょう? 人を殺めたら、悪魔だって証明するようなものだもの…。だけど、たとえ死んで当然の人を殺めても、罪の意識を感じれば私はまだ悪魔じゃないって…そう思える気がしたのよ…。なのに実際は躊躇うどころか……」

 その先は、期待はずれの結果に込み上げてくる涙で喉を詰まらせた。それを敢えてイオータが代弁する。

「思ったほど罪を感じなかった、か…」

 ミュエリは黙って頷いた。

(悪魔か…。これまでのミュエリの言動からいって、神を信じない…っつーのも何か関係があるんだろうが…)

 今はその根源を知ることよりも必要な言葉があるな…と、イオータは話を戻す事にした。

「変わんねぇよ」

「……何が?」

「オレらと同じで、お前にも〝それを遥かに上回るもの〟があったって事だ」

「…………?」

 口調から、今までの話を受けて慰めているのだろうというのは何となく分かったものの、肝心なこと──言っている意味が──全く分からず、ミュエリは一瞬 泣くのさえ忘れてしまった。

「…よく、分からないわ……」

「そうか? だったら聞くが、なんでお前は統治家で戦ったんだ?」

「なんで…って…そんなの、ルシーナ達を助ける為に決まってるじゃない…」

 〝何を今更…?〟というように答えれば、続いてされた質問は、ミュエリにとって更にバカげたものだった。

「じゃぁ、あいつらを助けたのは間違いだと思うのか?」

「思うわけないでしょ…」

「後悔は?」

「してないわよ…するわけないじゃない…! いったい何を──」

「ほらな。やっぱ、変わんねーじゃねーか、オレたちと」

「………え?」

 あまりにもバカげた質問に声を荒げそうになったところで、〝オレたちと変わらない〟と言われ、何かに躓いたように感情が途切れた。その時、ようやく分かりやすい説明が始まった。

「別に、オレらはあの役人が憎くて殺したわけじゃない。個人的に恨みを持ってたんじゃねーからな。ただ、そうしねーとルシーナやタウルが殺されちまうし、二人を助けたい、助ける事が正しいと思ったから、そうしたまでだ。──違うか?」

 その質問に、ミュエリは〝えぇ、そうよ〟と頷いた。

「つまり、それが〝遥かに上回るもの〟ってことだ」

「……………!?」

「オレの場合、守りたいと思うものがあったら命を賭けてでもそれを守り抜くし、自分が正しいと思うことなら、誰かを傷つけ殺す事になったとしても、その罪を背負う覚悟で貫き通す。敵が本気で挑んできたら、礼儀としてオレも本気でそれに応えてやるしな。ま、結局はオレが強ぇから勝っちまうんだけどよ。要は、そういう気持ちが〝罪の意識を遥かに上回るもの〟で、それが戦う理由になったり信念になったりするんだ」

「戦う理由や、信念…?」

「あぁ。それにラディが言ってたぜ。〝人を斬った時の感触や殺した後っていうのは気分のいいもんじゃねーけど、守りたいものを守れないよりはずっとマシだ〟ってな」

(守りたいものを守れないよりは…ずっとマシ……)

 ミュエリは、その言葉を心の中で繰り返した。一方でイオータも続ける。

「ルフェラなんかな、お前の姿を見て戦う理由を見つけたんだぜ?」

「え…?」

 思ってもみなかった言葉に、ミュエリが驚いて顔を上げた。

「〝ミュエリは、ルシーナ達を守る為に剣を振るのを躊躇わなかった。あの姿を見た時、傷つくことを恐れてたら誰も救えない、守れないんだ…ってそう思った〟ってよ。人を殺した時の苦しみを恐れてたあいつがだぜ? 剣を抜く事を恐れてたあいつが、お前の姿を見て変わったんだ。今日だってよ、誰かを守る為にも剣術を身に付けるんだって…オレにその剣術を教えてくれって言ってきたくらいなんだからな」

「ルフェラが…そんな事を…?」

「あぁ。だからもう自分を責めるな。それよりも胸を張れ。自分の〝信念〟に従った事を後悔してないなら、それを誇りにすればいいだけのことだ」

 〝簡単だろ?〟

 そんな目を向けられて、ミュエリはそれまで苦しんできた事──少なくとも 〝思ったより罪を感じなかった事〟に苦しんできた事──がフッとどこかに消えていくのを感じた。と同時に、今までとは違う涙が溢れてきた。そんなミュエリにホッとしながらも、イオータが心の中で溜め息を付く。

(これで、剣術の練習にミュエリが参加するのは確実だな…。って、大丈夫かよ、オレ…?)

 イオータは、改めてルフェラとの練習を断っておいて良かった…と思った。

 それからしばらくして、ようやくミュエリも落ち着いてきた。涙が止まったのを確認したところで、イオータが〝寝るぞ?〟と声を掛けようとしたのだが、

「あれ…?」

 ──と、何かを思い出したようにふと顔を上げた。

「なんだ?」

「…何か、変じゃないかな…と思って…」

「変…? 何がだ?」

「だって…剣を抜くのを躊躇ってたっていうけど、あの時はもう、躊躇ってなかったわよ? 私の姿を見る前から吹っ切れてたみたいで…それって何か矛盾してない…? それに、おかしいのはあの剣術よ? 剣を抜くのさえ恐れてた人が、どうしてあんな風に戦えたの?」

 その疑問に、イオータは少々 戸惑った。

「あ…あぁ~…まぁ、それはだな……」

(〝あいつの力が目覚めたからだ〟──なんて、言えるわけねーよなぁ。っつーか、何で今更その矛盾に気付くんだ…)

 言い分けを考えるのが面倒臭いと思いつつ、そこは納得させないと今までの事がムダになるのは百も承知で…イオータはとにかくそれらしい言い分けを考えた。その結果、ルフェラの〝勘違い〟が一番妥当だと判断。イオータはそれを口にした。

「あれはルフェラの意思じゃねぇ。オレの剣の意思っつーか、力だな」

「剣の…力…?」

「あぁ。前に言っただろ、この剣には特別な力が宿ってるってよ?」

「え、えぇ…」

「そうでなくても、多くの戦いを経てきた剣っていうのは、人を操る力が宿るもんなんだ。それに、お前が黒風にさらわれていない間、少しだが、オレが剣術を教えてやったからな。そういう剣術の基礎とか、剣と人間の波長とか…色んな状況が重なって、あんな風に戦えたんだ」

 もっともらしくそう言えば、ややあって、

「ふ~ん、そうなんだぁ」

 ──と大いに納得し、それを見たイオータもようやく胸を撫で下ろしたのだった。

「よし。んじゃ、もう中に入るぞ? オレは寒さに弱いんだ。これ以上ここにいたら、マジで凍え死ぬ」

 そう言って体をブルッと振るわせ立ち上がれば、その格好を目にしたミュエリが今更ながら最初のウソに気が付いた。

(いくら寒さに弱いからって用を足すだけで防寒着まで着ないわよねぇ、普通…?)

 それがどういう事なのか、今のミュエリなら容易に分かる。そんな彼の優しさに胸が温かくなれば、本当は一番聞きたい事があったにも拘らず、性分なのか別の事が聞きたくなってしまった。

「ねぇ?」

「おぁっ?」

 ミュエリは、中に入ろうとしたイオータの腕にガバッとしがみついた。

「恋愛も本気でぶつかったら、本気で応えてくれるのかしら?」

「……!?」

 さっきまでのミュエリからは想像もつかない、しかも冗談か本気かも分からない言葉に、さすがのイオータも一瞬 面食らってしまった。そんな表情にミュエリがクスッと笑えば、イオータの顔もフッと緩む。

「はは…そんな言葉が出るなら、もう大丈夫だな?」

「えぇ、そうみたい」

 ミュエリは笑顔でそう答えながら、心の中で付け足した。

(…そうよ、大丈夫。ただ、元に戻っただけだもの…何も変わらないわ…)

 ──と。


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