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女神伝説  作者: Sugary
第七章
121/127

10 姿を現した風神 <2>

 裏庭は思ったよりずっと広かった。そして、かなり荒れていた。そこら中で伸びきったままの雑草が、そのまま枯れて折り重なっている。ただの荒れ地にも見えるが、所々に見える雑草とは違う枯葉や茎を見ると、そこが野菜を育てていた畑だという事が分かった。

ふと、つむじ風の中で聞いた会話が蘇る。


 〝セト様、ほら見てください。こんなにもりっぱなお野菜が──〟


 ひょっとしてあれは、ここでの会話…?

 でもどうして…?

 風向きで声が聞こえてくる事はあるけど、あれはつむじ風の中だ。どこでされた会話であろうと、それはあり得ない。しかも季節が今と全く違うというのはどういう事なのか…。

そんな場合でもないのに、あたしは荒れた畑の上を歩きながら考えてしまった。が、すぐに意識は現実に引き戻された。

「ルフェラ…」

 不意に名前を呼ばれネオスの方を向くと、その視線は奥の方にある大きな木に向けられていた。

「…楓?」

 うっすらと浮かび上がる葉の形を目にして語尾を上げたのは、この季節に落ちてなくなるはずの葉が普通に残っていたからだ。だけど、それ故に真実味も帯びてくる。

「あぁ、あれに間違いない」

 ネオスが確信を持って言った。

 もちろん、御神木だからと言ってそこに必ずいるという保証はない。それでもあたし自身そこにいるような気がしたのは、風がその方向から吹いて来るからかもしれない。そして揺れる葉から視線を下に移した時、その根元で横たわっているような人の姿が目に入った。もしかして…と足早に近付けば、見覚えのある服にハッとする。

「リアンさん…!!」

 あたしは思わず駆け出した。──がその直後、

「─────っ!?」

 ネオスが何か叫ぶのと、突発的な風の音と共に風圧が下から上へと巻き上がったのはほぼ同時だった。いや、風圧というよりは風壁と言った方がいいだろうか。

 反射的に閉じていた目を開けてみる。だけど、視界に変わった様子は見られなかった。

「ルフェラ…!」

 ネオスが走り寄ってきた。

「ネオス、今のな──……っ!?」

 問い掛けようと振り向いた時、何かに足を取られバランスを崩してしまった。咄嗟にネオスが腕を掴んでくれたから転ばなかったものの、あたしはその足元を見て驚いた。それまで枯れ草に覆われていただけの地面には、何かで削られたような窪みが真横に走っていたからだ。

「飛刃だ」

「ひ…じん…?」

「飛ばす刃の事だよ。霧の中でクモ戝に襲われた時、空気の刃が飛んできたのを見ただろう? おそらく今のは、天の煌を使った飛刃だ」

 一瞬、どうして空気の刃が飛んできた事を知ってるのかと思ったが、前にイオータに話した事があったと思い出し聞くのはやめた。きっと彼から聞いたのだろう。

「天の煌を使った、飛刃─…」

 あたしはそう繰り返し、空を見上げるネオスにつられて顔を上げた。そして今更ながらそこで舞うものを目にして、この明るさが普通じゃない事を知った。改めて周りを見回してみると、この庭を照らす為の灯りどころか、部屋から漏れる灯りすらなかったのだ。

なのになぜ明るかったのか──

 その疑問を持たなかったのは、きっと敷地内──人が住んでいる家──には灯りがあるものだと思っていたからかもしれない。でもまさか月の光だったとは…。

「雲に覆われて見えないのに…」

 それはほぼひとり言だった。──が、

「それは違う」

 ネオスが首を振った。

 〝何が〟とは言わなかったが、それでも同じ空を見たネオスには分かったようだ。

「見える、見えないは関係ないんだ。昼間の星と同じで、見えないだけで必ずそこにはある。要は、それを引き寄せる力があるかどうかってだけなんだ。ルフェラにだって──」

 そう言いかけた時だった。御神木の方から何かを感じたのと、ネオスの顔付きが変わったのは同時だった。即座にあたしの腕を引っ張り、後ろに下がらせる。そして何の迷いもなく御神木に向かって弓を引くと、間髪入れず問いかけた。

「姿を見せず飛刃を撃つのが、あなたのやり方ですか?」

 冷静な口調だったが、背中越しに聞こえるその声には押し込めている怒りのようなものを感じた。ややあって聞こえてきたのは、竜巻の中で聞いた声。優しく澄んだ声だが、今はそこに冷たいものを感じる。

「ならば、共人の分際で私に矢を向けるのがお前のやり方なのか?」

 共人…?

 聞き覚えのある言葉に記憶を辿ろうとしたが、そんな間はなかった。

「見えない所から狙われているのに無防備でいろと?」

 ネオスの言葉にフッと鼻で笑ったのが聞こえた。

「何をやっても私の前では無防備と同じだ。たとえ、この姿を目にしたとしてもな」

 そう言うと、御神木の向こうからスッとその姿を現した。ネオスの弓が確実に狙いを定めるよう僅かに動く。だけどそれ以上は微動だにしなかった。

 あれが守り神、風神─…。

 光沢のある柔らかな布で身を纏い、右手には何か細い棒のような物を持っていた。それが扇だと分かったのは、心に余裕があるように何度も開いたり閉じたりしていたからだ。とても美しい扇だった。端正な顔立ちに少し長めの髪がサラリとなびき、あたし達を見る瞳の色は、不思議な事にここからでも分かった。とても綺麗な緑色をしている。でもその目を見ると、ずっと感じていた息苦しさが更に増す気がした。

「勝手に敷地に入ったのだ。穢れとして祓われる覚悟はあるのだろうな?」

「穢しているつもりはありません。でもそちらがその気なら、全力で守る覚悟はあります。たとえ相手があなただとしても」

 そう言うと、ネオスの弓矢が青白い光に包まれた。──宵の煌だ。

「フ…ン、その程度の力で守れると思っているなら、私も舐められたものだな。──気分が悪い」

 そう言うや否や、風神はパタンと扇を閉じ高く上にあげた。瞬く間に空から一筋の光が降りてくる。それは吸い寄せられるように扇を纏った。そして弧を描くように右から左肩の方へ下した次の瞬間、扇を左から右へ真っ直ぐと横に切った。光の残像は緩やかな曲線と緩急の動きで、それが飛刃でなければ優雅な舞の動きにも見える。

 ネオスは扇が横に振り切る瞬間、宵の煌を纏わせた矢を放ったかと思うと、あたしの体を守るようにガッシリと抱き、その場から飛びのいていた。

「─────っ!」

 〝ドンッ〟という体を地面に打ち付ける衝撃。それと共に風の音と地面を削る音、そして風圧が肌を掠めていった。──が何故かその時、僅かな胸の痛みを感じたような気がした…。

 恐る恐るネオスの肩越しに目を向けると、あたし達が立っていた場所より少し後ろに、新たに削られた跡が見えた。そのまま動かなければ、削られていたのはあたし達の体だと分かる位置だ。

 彼は本気だ──

 それが分かった途端、体が少し震えた。

「ルフェラ、大丈夫?」

「え、えぇ…」

 今、〝怖い〟なんて言っちゃいけない。言えば震えが止まらない気がするからだ。

 あたしは別の言葉を繋いだ。

「ネオスの矢は…?」

「飛刃を突き破ることはできなかった。飛ばされたよ」

「…そう」

「──大した矢だ」

 その言葉に振り向くと、ちょうど、風神が弾き飛ばされたネオスの矢をパシッと掴んだ所だった。

「飛刃に弾き飛ばされても折れない程度にはな」

 その矢を軽く回転させながら眺めていたが、次の瞬間、空中に放り投げたかと思うとそれに向かって飛刃を撃つた。

「─────!!」

 もちろん矢は真っ二つだ。

「ちょっ…なにすん──」

「ルフェラ──」

 思わず立ち上がり刃向かおうとしたが、あたしの腕をネオスがガシッと掴んだ。

「近付いてはダメだ」

「でも──」

 ネオスが無言で首を横に振った。

 たかが矢を一本切られただけ。しかも攻撃対象に向けて放った矢で、失って当然のものだ。だけど、作る工程を知ってるあたしには〝たかが〟じゃない。矢の材料から強度や歪みを調整しつつ、羽の大きさや形にまで拘り思い通りに飛ばせる矢を作り上げるのだ。それを一度は放った矢だからって、わざと壊されたら怒りも湧いてくる。

 気付けば、体の震えは止まっていた。

「だいたい……勝手に入ったのは確かだけど、それを許したのはあなたでしょう? だったら、穢したうちには入らないはずよ!?」

「許した…?」

 ネオスの小さな声が聞こえたが、あたしは構わず続けた。

「あたし達は、ただリアンさんを返してもらいに来ただけ。あなたとこんな事をするためじゃないわ!」

 そうよ、こんな事はできるなら避けたいのよ。話し合いで何とかなるならそうしたい。飛刃の威力を見せつけられたら尚更だ。

 風神は、あたしの言葉にフンと鼻を鳴らした。

「返してもらう? 何を言っているのだ、お前は?」

「何って…だから──」

「彼女は私の妻だ。結婚してすぐにいなくなり、ずっと探していた。やっと見つけたから連れ戻しただけだ。それを返してもらうだと? お前がしようとしているのは、私から彼女を奪おうとする行為に過ぎん」

「あなたこそ、何言ってるのよ? 最初に奪ったのはあなたの方でしょ? 彼女を手に入れる為にリューイさんを殺すよう命令し、悲しみに打ちひしがれてる彼女の心につけ込んだ。結婚してすぐいなくなったですって? 当然でしょ。彼女はその事実を知って、あなたから逃げたんだから」

 言いながら、チクチクと胸が痛んだ。事実を突き付けて責めている罪悪感なのだろうか? 自分でもよく分からなかった。ただ──

「やはり、知っていたのだな…」

 風神が横たわるリアンを見て言った途端、あたしは余計な事を言ってしまったと後悔した。

 二年もかけてリアンを連れ戻したのは、風神が彼女に好意を寄せているからというのがあたし達の推測だ。でもそれはリアンが事実を知らないという前提での話しであり、もしその前提が間違っていたとしたら──

「か、彼女をどうする気…?」

 そんな素振りを少しでも見せようものなら、絶対に阻止しなきゃ…と短剣の柄に手をかけて聞けば、風神は呆れたようにフッと笑った。

「私が彼女を殺すとでも思っているのか?」

「え…?」

「バカバカしい。彼女は私の妻だ。何があろうと命を奪うようなことはしない。だがそれと同様に、彼女は誰にも渡さん。お前達にはもちろん、そこにいるもの達にもな」

 そう言うと、あたし達がいる場所とは反対の方向を見てスッと扇を上にあげた。

 まさか、裏門に飛刃を…!?

「みんな下がって…!」

 聞こえるかどうか分からなかったが、門の向こうに向かって叫んだ。その直後、風神はさっきと同じ動きをしてから真横に空を切った。途端に銀色の刃のようなものが放たれる。それは一瞬のうちに裏門と壁を直撃した。バリバリともガガガとも、なんとも言えないような音が響き渡る。砕け散った木や壁の破片と共に、風圧で土けむりが舞い上がった。

 風神は更に別の動きをしていたようだが、正直、それを気にしている余裕はなかった。

 舞い上がる土けむりの中、すぐにはみんなの姿が見えなかったからだ。

 無事でいて…!

 ただそれだけを願い裏門のほうをジッと見ていると、ややあってイオータが銀色の布を盾のように背中で広げているのが見えてホッとした。

「イオータ!」

 あたしの声に、後ろ向きのイオータが振り返る。

「おぉ! えらい豪快に開いたな」

 〝開いた〟という言葉に反応したのか、その向こうからリューイが走り出てきた。

 リューイはザッと見回すと、風神を目にして駆け出した。

「セト…お前っ──」

「あ、おぃ、待てって…!」

 イオータの制止も聞かず、殴り掛かりそうな勢いで向かったリューイ。だが、視界の端に横たわるリアンの姿を目にしたのか、弾かれるようにそちらに駆け出した。

「リアン…!」

 その直後、風の動きが変わった気がした。〝なに…?〟と思いふと空を見上げたあたしはハッとした。

「逃げてリュ──」

 最後まで言い終わらないうちに上から風の渦が降りてくると、一瞬のうちにみんなを取り囲んでしまった。さすがのイオータも、逃げる余裕はなかった。

 つむじ風…? ううん、違う。この強さと形状は竜巻だ…!

 中にいるみんなはそれぞれ何か言っているが、声は聞こえない。周りの空気も土も枯れ草も全部、竜巻に吸い寄せられていく。あたしとネオスは竜巻に飲み込まれないよう、必死で体制を低く保つしかなかった。ただ、竜巻は竜巻でも風神が自在に作りだし操るものだ。普通の竜巻のような大きさにもならなければ移動もしない。少しずつ動きはするが、ほぼ同じ場所で留まっているのだ。

「ルフェラ─…」

 低い体制を保ちつつ、ネオスが近付いてきた。

「ルフェラ、この風を操っているのはあの扇だ。僕はあの扇を狙う。風神が僕に気を取られてる間に、ルフェラは彼女を彼から引き離すんだ」

「でもこの風じゃ矢は──」

「分かってる。だから、僕に貸して欲しい」

「貸すって──」

 〝何を?〟と聞こうとしたところで、再び風神の動く気配を感じた。反射的に、その体制のままネオスが弓を構える。

「〝僕に貸す〟って言ってくればいい」

「でも──」

「いいから、早く!!」

 何が何だか分からないが、初めてとも思える緊張感と焦りに考えてる余裕はなかった。

「分かっ─…ネオスに貸すわ!!」

 思わず叫んだ次の瞬間だった。ネオスの弓が月の光を吸い寄せたように銀色に輝くと、飛刃が打たれるのとほぼ同時にネオスも矢を放っていた。

 横一文字になって真っ直ぐこっちに飛んでくる飛刃。その刃に寸分の狂いもなく矢が直撃すれば、途端に爆発したような光が辺りを包み込んだ。あまりの眩しさに目は開けていられず──ダメだと思いつつも──両手で光を遮り目を瞑るしかなかった。

 矢が飛刃に負ければ、あたし達はそれをまともに食らってしまう。だから少しでもその場から動くべきなのだろうが、実際動けなかったのは視界のせいだけじゃなかった。反発する磁石を無理に近付けたような抵抗感と、全身の毛が逆立つようなビリビリとした感覚。少しでも動けば矢が飛刃の力に負け、あたし達もろとも飛刃に打たれて弾き飛ばされる…そんな圧を感じていたのだ。

 逃げちゃダメなんだ…!

 あたしは自分に言い聞かすように心の中で言うと、目を瞑ったまま大声で叫んだ。

「突き破るのよ…!!」

 その声に自分でも驚いた。なんの恐怖も躊躇いもない。そう願うというよりは、命令にさえ聞こえるような凛とした声だったのだ。まるで自分じゃないような声。だけど──

 肌に受ける感覚が明らかに変わり、飛刃と矢の力が動いたのが分かった。ようやくうす目を開けて指の隙間から覗き見れば、一際大きく光った後、矢が飛刃を突き破ったのが見えた。ただ威力はそれほど続かず、風神の手前で地面に落ちてしまった。一方飛刃は飛んできたが、矢が突き破った部分は丸く穴が開き、ちょうどあたし達はその部分を通り抜ける形となった。

「今よ…!」

 動けるようになった途端、あたし達はすぐに次の行動に出た。ネオスが次の矢を射る隙に、あたしはリアンの元へ急いだ。風神も対抗して飛刃を撃つ。それは矢を跳ね除けたあと軌道を変え、その場から離れたネオスの足元を削り取った。そのせいで少しバランスを崩した隙に、今度は風神の目があたしを捉えた。

 来る──!!

 そう思うや否や、風神の手が殺陣のようにキレのある動きをした。途端に飛んでくる飛刃。咄嗟に方向を変えたが、それくらいでは避け切れない…!

 どうして良いか分からなかったが、反射的にその場に伏せた。その瞬間だった。眩い光と共にさっき感じたあの抵抗感を体に受けたかと思うと、あっという間にそれが消えた。

 恐る恐る顔を上げると、飛刃の痕跡は何もなかった。ただ、離れた地面にネオスの矢だけが突き刺さっていた。

「行くんだ、ルフェラ!」

 その声に振り向くと、ネオスが再び風神に向かい矢を放った。風神も飛んでくる矢を跳ね除けようと飛刃を打てば、間髪入れずネオスに向かって次の飛刃を撃つた。それをもネオスは避けて更に矢を放つ。

 今のうちに── !

 攻撃し続ける以上、風神もそれを防がなければならない。ネオスはそれを意図的にしているのだ。風神があたしに向けて飛刃を打たせない為に。ただ問題は矢の数に限りがあるという事。だから、あたしも二人の攻防戦の音を聞きながら走った。リアンのところにさえ行けば、あたしだけに飛刃を撃つ事は出来ないはず。そうなればネオスだって無駄に矢を射らなくて済む。

 早く彼女のところに行かなきゃ──

 振り向きたい衝動を必死で押さえながら、ようやくリアンのすぐ近くまで来た。

「リ──」

 彼女の名前を呼んだあたしの声は、裏門や壁が壊れた時とは比べものにならないくらいの破壊音にかき消された。何が起こったのかと反射的に振り向けば、さっきまであった立派な屋敷が横半分から切られて倒壊しているではないか。

「なっ……!」

 咄嗟に〝ネオスは!?〟と視線を泳がせば、壁際に倒れているのが見えた。

「ネオス…!!」

 まさか、まともに飛刃を…!?

 思わずそちらに駆け出そうとした時、

「…ダメだ!」

 ネオスが体を起こして叫んだのと、飛刃があたしの足元に飛んできたのはほぼ同時だった。

「足場が悪くて、ちょっと飛ばされただけだ。ルフェラは早く彼女を…!」

 そう言い終わる頃には、ネオスは立ち上がって弓を構えていた。銀色の光を纏った弓矢は今までになく強く輝いている。これが最後だという思いが伝わってくる強さだ。いや、ネオスの肩越しに見えるはずの矢羽が見えないことから、事実、最後の一矢なのだ。

「言ったはずだ。彼女は誰にも渡さん、とな」

 まるでその言葉が合図にでもなったかのように、ふと風が変わった。

 確かこの感覚は──

 ネオスもそれに気付き、空を見上げる。──とその直後、ハッとした時には既に逃げる事もできず、竜巻の中に閉じ込められてしまった。

「ネオス!!」

 行ってどうにかできるわけではないが、自然と足がそちらに動く。だけど──

「人の事より自分の心配をしたらどうだ?」

 冷静な風神の言葉に〝え…?〟と振り向けば、突然風が乱れた時にはもう、巻き上げる風壁の中にいた──


 そ…んな、うそでしょ…!?

 目の前にあるのが扉なら叩く事も体当たりする事もできるが、竜巻の壁では触れる事もできない。

 どうしよう…このままじゃ何もできない…! 彼女を取り戻すどころか、みんな飛ばされてしまうわ…。あぁ、だけど…だけど、考えなきゃ─…。

 何かいい方法がないかと頭をフル回転させようとしたが、焦りと軽いパニックで〝どうしよう〟という言葉しか出てこない。それが更に焦りを募らせ、方法どころか自分がどうしたいのかさえ分からなくなりそうだ…。集中しようと両耳を塞ぐ手の指が震えてくる…。

 そんな時だった。

「…あ…いったい何が─…どうしてこんな事に……」

 それまでなかった新しい声に、あたしはハッとして顔を上げた。風壁の向こうでは、目を覚ましたリアンが青ざめた様子であたし達と風神を交互に見ていた。

「眠らせている間に終わらせるつもりだったのだがな…」

「終わらせる…? じゃぁ、これはあなたが…?」

「あぁ」

「どうしてそんな事──」

「私からお前を奪おうとしたからだ」

「そんな─…」

 ショックのあまり言葉を失ったリアンが、泣きそうな顔で三つの竜巻を見つめる中、その一つにリューイの顔を見つけたのか驚きの表情を見せた。リューイも何か言っているようだが、竜巻の外にいるリアン達には聞こえない。口の動きだけでもある程度は分かるのかもしれないが、リアンは敢えて顔を逸らしキュッと唇を噛み締めた。そして風神に向かって言った。

「私は…もうどこにも行きません。ずっとあなたの側にいます…。だから…だからみんなを助けてください…! あそこから出してあげて…!! お願いだから…もう…こんな事はやめて……」

 風神の腕にすがるようにお願いしたリアン。あたしにも聞こえているその声は、リューイにも聞こえたはずだ。驚く表情で立ち尽くしてはいるが、きっと本心じゃない事は分かっているだろう。

 一方で、あたしはリアンの〝出してあげて〟という言葉が頭の中で繰り返されていた。

 ここから出してあげて…ここから出して…ここから…つまり、ここから出る…って事よね…。

 頭の中で変換して、ようやくここを出なきゃ何も始まらないんだ、と冷静になれた。

 そうよ。竜巻を消すには扇をなんとかする必要があるけど、消すのではなく、ここから出るのが先決なのだ、と。

 竜巻から出る…。

 普通に考えれば風壁を抜けるという事だが、そんな事をすれば、たちまち体ごと空に飛ばされてしまう。

 ──とそう考えた時、ふと〝空…?〟と何かが閃いて上を見た。竜巻の渦は曲がりながらも筒のように空へと伸びている。ある意味そこは、唯一の出口だと言っても過言ではないだろうか。もちろん、この方法は現実的じゃないし、命の保証すらない。だけどそれ以外の方法が見つからないとなると、ここはもうやってみるしかない、というのが本音だ。ただ問題は、あたし一人が外に出られたところで何もできないという事。必要なのは、同じリスクを背負ってくれる協力者だった。

 あたしは暫く考えた。考えて、思い付くのは一人しかいなかった。

『…ネオス? 聞こえる、ネオス?』

 この村に来る道中、初めてネオスと頭の中で会話した時の事を思い出し、話しかけた。あたしからの発信が届くか不安だったが、問いかけに一瞬間があった後、聞こえてきたのはあの声だった。

『…ルフェラ?』

 その声にホッとした。

『良かった、聞こえるのね。──ネオス、聞いて。あたしは上に行く』

『上に…?』

 そう言って上を見上げる間があった後、

『…って、まさか──』

『えぇ、そのまさかよ。上に行って何があるのか、そのあと下に降りられるのか分からない。そもそもちゃんと上まで行けるのかさえ分からないわ。だけど──』

『出口はそこしかない、か』

 それは、あたしが言おうとした言葉だった。突拍子もない方法だけど、ネオスはすぐに理解してくれたのだ。でもそれだけじゃなかった。

『分かった。行こう』

『え…?』

『ルフェラが行くのに僕が行かない理由はない。それに、上に行ったら僕が必要なはずだ。──違うかい?』

 〝リスクを承知で一緒についてきて欲しい〟

 断られても仕方がないと思いつつ、そう続けようとしたのだが、それさえも理解してくれていたとは…。

 驚きとホッとした気持ち─…だけど、それ以上に心強さを感じて更に冷静になれた。

『えぇ。必要よ、すごく』

 その言葉に、ネオスがフッと笑った気がした。

『いつでもいいよ。タイミングは任せる』

『分かったわ』

 あたしはそう言って目を閉じると、意を決するようにひとつ深呼吸をした。そして、目を開けてネオスに向かって言った。

『行くわよ。せ〜の……』

 ─────ッ!!

 風壁に背中を押し付けた途端、ドンという衝撃と共に、一瞬にして体を横に持って行かれた。足は地面から離れ、まるで体と心が引き離されたような衝撃だ。

 ……っく!

 すごい力…!

 単純に、背中を壁に押し付けられて回転しているのとは違う。風壁の中でも風の動きはうねっていて、前後左右、そして上下の風が体を乱雑に振り回すのだ。時には横に、時には逆さになりながら。どうにか体制を立て直したくても、この遠心力では何もできない。しかも、そのせいで意識が薄れかけるのだ。一緒に巻き上げられた色んな物から頭を守るのに必死だが、それも危うくなる。せめて意識だけは…とできる限り全身に力をいれていたが──

 ダメだ…意識が持って行かれる…!

 視界がグルグルと回るのは、目を閉じていても分かる。見えない分、余計に予測不能で体がついていかない事も多い。その上この外側に押し付けられる強さに意識が朦朧としてきたのだ。自分の意思に反して、意識も体の力も薄れていく──

 …あ…ぁ…ネオス…あたし─…

 〝ダメかもしれない…〟

 そんな言葉を頭の中で言ったか言わないかのうちに、あたしの意識は渦の中に吸い込まれていった。それと入れ替わるように夢を見る。いや、これは──

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