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女神伝説  作者: Sugary
第七章
112/127

BS5 二重の責任と苦しみ

「おい、ミュエリ! 待てって…! おい──」

 何度目かの呼び掛けに、ようやくミュエリが足を止めた。だけど後ろは振り向かず、ただ肩で息をしているだけだ。

(──ったく、暗くて足元も悪いのによく転びもせず走れたもんだぜ)

 半ば感心しつつ、少し上がった息を整えるように大きく息を吐くと、イオータがその背中に問いかけた。

「…大丈夫か?」

「……………」

 ミュエリからの返事はなかった。何かを思いつめたように首ひとつ動かさない。ある意味それが返事なのだろうが、ここで〝あいつの言うことなんか気にするな〟とよくある言葉をかけても意味がない事は、イオータもよく分かっていた。気にしなくていいほどいい加減な話ではなかったし、何より、それを確かめるために聞いたミュエリ自身が実感したことだからだ。

(それに、あいつがオレらと〝似た匂い〟がした理由が分かったしな…)

 それはつまり、あの力が嘘ではない事の証明でもあった。

「それにしても、なんだな…まさかあんな力があいつにあったとは、さすがのオレも──」

「間違ってるわ」

「………?」

 最後まで言い終わらないうちに、ミュエリが遮った。

「勝手に人の過去を盗み見るなんて」

「あ〜…まぁ、それはそうだが…あいつも〝自分の意図するしないにかかわらず〟って言ってたからな」

「だから間違ってるって言ってるのよ。たとえそれを知ったとしても、簡単に口にする事じゃないわ。あんな、人の心に土足で踏み込んでくるような真似─…」

 見えるものはしょうがない。問題は、それを軽々しく口にする事だ。故に、〝使い方を間違っている〟という事だった。もちろん、それはイオータも同感だったが…。

「その言葉は、あいつの心にも何か刺さったと思うぜ?」

「…さぁ、どうかしら」

「家を出る時に見えたあいつの顔は、そんな顔だったけどな」

 一瞬だったが、イオータには見えていた。〝間違ってる〟と言われた時のランスの表情が。あれは、否定されて腹を立てた顔じゃない。本人に自覚があろうとなかろうと、触れられたくないものに触れられた時の顔だった──と。

 残念ながら、ランスの表情を見てないないミュエリには、それが本当かどうかは分からない。ただ、安易に〝反省している顔だった〟と言われるよりはずっと、信じられる気がした。

「だったら、ずっとずっと心の奥深くまで突き刺さって抜けないでほしいわ」

 冗談か本気かよく分からない口調だったが、イオータは、ようやくいつものミュエリに戻ったな、と思えた。

「…ほら?」

 ホッとしつつ、イオータが防寒着を持った手でミュエリの腕を軽く叩くと、そこでやっとミュエリの顔が動いた。腕に当たったものを見て、〝あ…〟とイオータを見る。

「まぁ、今のお前には不要なものかもしれねーけどな?」

 それだけ怒りで熱くなってる、という意味なのだが、イオータの口調から冗談だとすぐに分かる。

「もう冷めたわ。ありがとう」

 お互いにクスッと笑うと、ミュエリは防寒着を受け取って早速腕を通した。

(あったかい…)

 それはきっと、自分を心配して追いかけてくれたイオータの気持ちも感じたからなのだろう。

「それで本当に行くのか、ラディの所に?」

「えぇ、もちろん。ラディの事が心配だし、今はランスと顔を合わせたくないもの…。それに、あなただって渡しに行くんでしょ、それ?」

 そう言って指差したのは、イオータが手に持っているもう一着の防寒着だった。

「せっかく風呂で温まったのにこれだ。ぜってぇ、風邪引くぞ、あいつ?」

「あら、それは困るわ」

「何がだ…?」

「風邪引いたら、〝バカだ〟って言えなくなるじゃない」

「は…?」

「ふふ。冗談よ。──ほら、急ぎましょう」

 〝バカは風邪引かない〟

 その言葉が通用しなくなる…と、この状況で冗談が言えるとは…。いや、こういう状況だからこそ、少しでも気を紛らわせたいのかもしれない。

 いまいちミュエリの本音が分からないまま、イオータは言われるがままラディの後を追った。

 川沿いを下った先に、本当にラディの家があるかどうかは分からない。ただ、川沿いを進む足跡を追えば、その先にラディがいるというのは確実で…。二人はほぼ無言で、その足跡を追っていた。

 それからどれくらい経っただろうか。途中、何度か雪に足を取られたり、月の光が途切れ足跡を見失ったりもしたが、不意に視線の先に明かりが見えた。

「あれか…」

 イオータが呟きながらも数歩進むと、その明かりの前でジッと佇む人の姿が見えた。

「ラディ─…」

 ほぼ同時に気付き、思わず駆け寄ろうとしたミュエリ。けれど、瞬時にイオータがその腕を掴み引き止めた。

「ちょっ…なに、どうしたのよ?」

「いや、ちょっと様子がな─…」

「様子…?」

 同じ言葉を繰り返しつつ再び視線を元に戻すと、開けるのを躊躇っているのか、ラディは引き戸に手をかけたまま全然動こうとしなかった。俯向く視線がどこを見ているのかは分からないが、家を出てきた理由や出ていた年数を考えれば、そう簡単に扉を開けられないのも無理はないだろう。

「家を出て十年も経ってるんだもの、当然だわ。だからこそ、私たちがついていた方がいいんでしょう?」

 〝それなのに、どうして止めるのよ?〟

 暗にそう言ったところで、ちょうどラディに動きがあった。引き戸にかけていた手がゆっくりと離れると、力なく数歩後退りしたのだ。その手や体は心なしか震えているように見える。

 最初こそ〝ほら、やっぱり一人じゃ無理じゃない〟と思ったミュエリだったが、ここにきてなんとなく、イオータが口にした〝様子〟が気になってきた。

 ラディは拳をギュッと握ると、何かを断ち切るように踵を返した。そして元来た道を戻り始めたのだが、そのすぐ先にはイオータとミュエリが待っている。まさかそこに人がいるとは思ってなかったラディは、ふと視界に入った二人の姿に驚き一瞬後退りするように立ち止まった。

「お前ら…何でここに…!?」

「何でって…心配だったからついてきたのよ」

 さも当然のようにそう言ったが、実際には家を飛び出した本当の理由は違う。ただ心配している気持ちは嘘じゃない為、ミュエリは躊躇うことなくそう言った。

「ふ…ん、そりゃ悪かったな…」

 本気か否かそう言うと、ラディは再び歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ってよ…みんなには会わないの?」

 慌てて止めるミュエリの言葉に、ラディの足が止まる。だけど、視線はそのままだった。

「もちろん、簡単じゃないことは分かってるわ。でも、今会わなかったらいつ会うっていうのよ?」

「じゃぁ、会わなきゃいいんだろ、一生」

「どうしてそうなるのよ? 弟の事だって心配でしょうがないくせに…。大体、このまま熱が下がらなかったら──」

「だから、会わねーつってんだろ!」

 その先の言葉を遮るように、ラディが強い口調で言った。が、家の中には聞こえないよう、声はかなり押し殺している。

「…ってか、会えるかよ……会わせる顔がどこにあるってんだ…」

「でも─…」

「オレは…あいつの人生まで奪ったんだぞ? 妹のタフィーだけじゃねぇ…あいつの人生まで…!」

 そう言うと、ギュッと拳を握りしめた。

 この時、ミュエリは初めてだが何となく分かった気がした。ラディが何を抱えて自分たちの村にやってきたのか。

 当時パーゴラのばば様から聞かされたのは、〝妹を亡くした〟という事だけだった。それ以上何も言わなかったが、誰も詮索はしなかったし、したいとも思わなかった。

 部外者だから関係ない、というのではない。むしろ、仲間だと思う気持ちの方が強かった。──というのも、その村は何かしら理由があって、生まれ故郷を出てきた人達の集まりだったからだ。そしてラディより早かったというだけで、ミュエリもまた、過去の事が原因でその村にやってきた一人だった。

 それぞれが何かを抱えながら、それでも誰も自分の事を知らないという事に救われていた。だからこそ、〝余計な詮索をせず受け入れる〟というのが〝暗黙のルール〟になっていたのだ。

 そんなラディが抱えていた過去──

 なぜ妹が亡くなったのかは分からないが、少なくともその死に責任を感じている事だけは分かった気がした。

 だとすれば──

 妹を失ってそれまでの人生が変わったのなら、ラディはもちろん、家族も同じはず。それを〝あいつら〟ではなく〝あいつの…〟と言った事に、更にミュエリは何か嫌な感じがした。頭から血の気が引く前触れのような、何かざわざわした感じだ。

「…それって…どういう意味…?」

 かろうじてそう聞いたものの、ラディはすぐに答えなかった。

 一方、イオータはその答えを知っていた。様子がおかしいと気付いたのは、ラディがここに向かった時点でこうなる事を頭に入れていたからだ。そう、途中まで聞いていたルフェラとネオスが話していた、あの事だ──

「…まぁ、言いたくなきゃ別に言わなくていいけどな」

 敢えて興味なさげに言ったものの、本音は〝ここまで来て、今更何もなかったことにするつもりか? とっとと話せ〟だった。それをラディが感じたかどうかは分からないが、ようやく重い口を開いた。

「…クレイが…喋れなくなった…」

「え…?」

 驚いたのは、もちろんミュエリ。だけど、ラディは構わず続けた。

「タフィーは…男だらけの中でやっと生まれた妹なんだ。だから、家族中で可愛がってた…。時々、誰が一番可愛がってるか…ってバカみたいに言い合ったりしてよ。もちろん、その時は誰もが自分だって思ってたさ。このオレだって、自信を持ってそう思ってたしな。けど、実際はあいつの方が─…」

「クレイか…?」

 僅かに空いた間にイオータが問うと、〝あぁ〟と頷いた。

「体が弱かったクレイは、オレ達と一緒に外で遊べなかった。いつも一人だったんだ…。そこにタフィーが生まれて、あいつは一人じゃなくなった。家の中ではずっと傍にいたし、少し大きくなってきたら女の子の遊びだって嫌な顔一つせず付き合ってた。兄妹で遊べる事が本当に幸せだったんだ、あいつは…。なのに、あの日オレが魚釣りに出かけちまったせいで、タフィーは死んだ…あいつからタフィーを奪っちまったんだ…。そのショックで声が出なくなったって…!」

「そんな…」

 ミュエリはそう言ったきり、言葉を失った。

 正直、魚釣りに出かけただけで、どうしてそこまで責任を感じるかは分からない。ただラディがそう思っている以上、クレイの声まで奪ってしまったという事実に、ラディは二重の責任と苦しみを背負ってしまったのは確かなのだ。そんな彼に、いったいどんな言葉が救いになるというのか。

「最低…だよな…」

 無言の間が耐えられなくなったのか、ラディが続けた。

「オレは…熱出して寝込んでるあいつを置いて家を出てきたんだぜ…? 喋れなくなった事も知らずに今まで普通に生きてきてよ…ほんっと─…」

 〝最低だ…〟

 そう言おうとしたが、その時にはもう込み上げてくるものが喉につかえて声にならなかった。

(くっそ…こんなオレが泣いていいわけねーだろ! 泣きたいのはあいつらの方なのによ…!)

 二人に気付かれたくなくて、思わず顔を背けたラディ。必死に息を止めて抑え込むが、良くも悪くも、それに気付かないほど鈍感な二人ではない。ただ触れられたくない気持ちも十分に分かるため、イオータは敢えてラディの方を見ずに言った。

「──ったく、普通になんて生きてねーだろうがよ?」

「…………!」

「十二やそこらのガキが、家を出るほど苦しんだんじゃねーか。しかも、今までずっとそれを背負ってきたんだろ? どこが普通に生きてきた、だ。ほんっと、バカだな」

「───── !」

 声にならなかった〝最低だ〟の言葉。それを置き換えるように、イオータが〝ほんっと〟の部分を強調した。

「それに、妹が死んだのは単なる事故だ。まぁ、目を離した自分を責める気持ちは分からなくもねーけどな。ただ子供が子供の面倒見るんだ、限界があって当然だろ? それを喋れなくなった弟のことまで自分のせいだと思いやがって。──いいか、全責任を負うのは親であってお前じゃねーんだよ」

 それは、ラディの過去を聞いた時からずっと思っていた事だった。

 家族なら助け合うのが当然とは言え、十二歳の子供が、それも実質一人で弟達の面倒を全て見るというのは不可能な事だ。そんな中で起きた事故を、なぜラディが一人で背負わなければならないのか。多少の責任を感じ責められる事があったとしても、許されるべきはずなのだ。

 〝お前だけのせいじゃない。自分を責めんな〟

 そう思っていてもあの場で言わなかったのは、ルフェラを助ける事が最優先だった事はもちろん、そんな言葉でラディを救えるとは思わなかったからだ。

 案の定、チラリと見やったラディの表情は少しも和らいでいるようには見えなかった。

(…だよなぁ。分かってんだ、あいつに必要なのは理屈じゃねぇって事はよ…)

 だとしたら、何が必要なのか。

 ラディの過去を聞いた限りでは、なぜそこまで自分を責めるのかが分からず、イオータは小さな溜息をついた。

 一方、ミュエリはイオータがラディの過去を知っている事に驚いていた。

 暗黙のルールで聞かなかったとはいえ、本人の口から話すとなれば長年一緒に過ごしてきた自分たちだと思っていた。それがまさか、数ヶ月一緒に過ごしてきたイオータに話していたとは…。正直、残念というか少し悲しい気持ちだ。けれど、何となくでもラディの過去を知った今、それを気にしている場合でない事も分かっていた。

「ラディ、やっぱりみんなに会うべきよ」

 妹の死が事故だと聞き、会わない理由がないとばかりに自信を持って言った。

「会って、自分の気持ちを伝えなさいよ」

「自分の気持ち…?」

 ようやくラディがミュエリの方を向いた。

「今まで自分を責めてきた事とか、弟が喋れなくなった事を初めて知ったとか──」

「フ…ン、それを言ってどうなる?」

「どうなるって……妹を亡くして辛い思いしたのはラディだって同じでしょう? それどころか、背負わなくていい責任まで背負って一人で村を出てきたんだから、それ以上じゃない」

「背負わなくていい…責任…?」

 その言葉に、ラディが眉を寄せた。

「そうよ。妹の死が事故なら、ここまで責任を感じなくてよかったはずだもの。家族からも、もう責められる事もないんだから、堂々と会って親に文句の一つでも言うくらいの──」

「そうじゃねぇよ…!」

「え…?」

「背負わなくていい責任じゃねぇ…あれはオレの責任なんだよ! 釣りにさえ行かなかったら…あいつと一緒にいてやれば絶対に避けられた事なんだ。オレが死なせたのも同然なんだぞ!?」

「でも──」

「それに、オレは誰からも責められたりしてねぇ。兄弟や両親、村の連中…誰一人からもな!」

「え…そう…なの?」

 意外な言葉に、ミュエリだけでなくイオータも驚いた。

「みんな事故だって言ったさ。責めるどころか、そう言って慰められたくらいだ」

「じゃぁ、どうしてそんなに自分を責めるのよ?」

 てっきりみんなに責められたからだと思っていた為、更にわけが分からなくなる。ただこの瞬間、イオータにはその理由が分かった気がした。

(そういう事かよ…。ったく、そんな事は一言も言ってなかっただろーが…)

 実を言うと、あの時ラディからは〝みんなに責められた〟とも〝慰められた〟とも聞いていなかったのだ。気分転換も兼ねて釣りに出かけたら、妹が花を摘もうとして転落した。自分がその場にいれば防げた事なのに…と自分を責める気持ちは理解できたし、今のミュエリ同様、村を出るくらい苦しんだのは周りから責められたものだと思い込んでいた為、敢えて聞く事もしなかったのだ。

 未だ黙っているラディの代わりに、イオータがやっと理解できた理由を口にした。

「責められなかったから、か?」

「……………!」

「責められた方がマシだった、そういう事だろ?」

 少し言い方を変えれば、ラディも〝あぁ〟と小さく答えた。

 それを聞いて納得できなかったのはミュエリだ。

「責められた方がマシって…どうしてよ? それこそ耐えられないくらい辛いじゃない」

 〝少なくとも私はそうだったわ!〟

 思わずそう言いそうになり、慌てて口をつぐんだ。

「そうとも限らねーぜ? 悪い事をした時に怒られるのは当然だからな。怒られなかったり、逆に優しくされた方が辛い時があるんだ。自分の良心が痛んで、こんな事なら怒られた方がマシだ…って時がな」

(良心が…痛む…?)

 ミュエリはイオータの言葉を心の中で繰り返した。

(分からないわ…。私はずっと責められてきたもの…。お前は人殺しだ…悪魔の子だと言われて、悲しく辛い思いはしたけど良心が痛んだ事なんてなかった…。それとも、嘘でも優しくされたら私の良心は痛んだっていうの…? ずっと否定してきた身に覚えのない罪を認めるくらい、良心が痛んだと…?)

 仮定では決して答えの出ない問いを考えているうちに、ミュエリはそもそも自分に〝良心〟があるのかすら分からなくなってきた。

 もしなかったら、本当に悪魔の子なのかもしれない──

 そんな考えすら頭をもたげてくるほどだ。でもすぐに、〝ううん〟とその考えを頭から振り払った。

(しっかりするのよ、ミュエリ! 自分で不安を煽ってどうするの? それに、今はそんな事考えてる場合じゃないわ。私には分からなくても、ラディが優しくされた事でずっと苦しんできたのは間違いないんだから─…)

 そう自分に言い聞かせると、ミュエリはしばらく考えてから〝だったら──〟と口を開いた。

「尚更、みんなに会って自分の気持ちを伝えるべきよ。本当は優しくされて辛かった…責められたかったって」

「…ンなこと言えるかよ」

「どうして…?」

「そんなこと言ったら、オレがあいつらを責めてることになるだろ? 本気で慰めてくれてたかもしれねーし、優しさで慰めてくれてたかもしれねーけど、どっちにしろ、その判断はオレを苦しめたんだ、って言ってるようなもんじゃねーか。それに、クレイだって一度会っただけで熱を出して苦しんでんだ。これ以上顔を合わせられるかよ…」

「じゃぁ、ラディにとっての望みは何なのよ?」

「…分かんねーよ。謝りたい気持ちもあるけど、オレと会えば必然的にタフィーのことを思い出してみんな苦しむし…まぁ、一番いいのはオレの存在を忘れてくれることだろうな。あとはせめて、クレイの声が戻せたら─…」

 それは、ついさっき芽生えた望みだった。何となく口に出し自分の耳で聞くと、それが不可能な望みだと実感する。

(くそ…結局オレには何にもできねーのかよ…)

 どうしようもなく悔しくて、ラディは空を見上げた。

 一人で弟たちの面倒を見てきたラディに〝目を離した〟という僅かな非があるとしても、その償いは十分に受けてきたはずだ。〝十分に苦しんだ。オレだけが悪いわけじゃない〟…そう思うようになっても不思議ではないのに、それでも謝りたいという気持ちがある事に、ミュエリは少なからず驚いた。そしてその気持ちを抑える理由や、〝せめて…〟と願うことに、ラディの優しさと家族への愛情を強く感じた。

 何か方法はないだろうか…。家族の為というより、ラディの為に何かいい方法が──

 そう考えている時だった。

「…希望の…花…」

 ふと頭に思い浮かんだ言葉を、無意識のうちに口にしていた。

「希望の花?」

 どこかで聞いたことがある…と、聞こえた言葉を繰り返したラディが、次の瞬間、目を輝かせた。

「それだ! 希望の花だ!! それがあれば、あいつの声も取り戻せる! ──だよな!?」

 ラディが確認のため同意を求めたのは、その話をした張本人、イオータだった。

 それはルシーナの村にいた時の事。

 ディトールが描いた薬草の絵を見て、ルシーナがその薬草の名前や効能を教えた時だ。その中に見つけた〝希望の花〟の絵に、イオータは本当に実在したんだと興奮した。

ディトールの家に戻ったイオータは、留守番で退屈していたラディに催促された事もあり、その希望の花の事も含め一通り話したのだった。

 確かに、その花があればクレイの声を取り戻す事ができる。それは間違いないのだが──

「…ムリだ」

 イオータが、少々呆れたように言った。

「何でだよ?」

「言ったはずだ。あれはいつどこで咲くか分からねーし、咲いてもたった一日だ。だから村によっては〝奇跡の花〟とも呼ばれるって。探して見つかるようなもんじゃねぇんだよ」

「…ンなもん分かんねーじゃねーか。いつどこで咲くのか分かんねーなら、今この村のどこかに咲いてる可能性だってあるって事だろ?」

「そりゃ、理屈ではな。けど現実的に考えて──」

「何で現実的に考えんだよ? だいたい、奇跡の花って呼ばれるものを、現実的な考えに当てはめるのが間違ってんじゃねーのか? 探さなきゃ見つかんねーのは確実だし、いつどこで咲くのか予測不可能なら、とにかく闇雲にでも探すしかねーだろ?」

「……………」

 こんな状況に限って、なぜにこう…ある意味正しい言い分なのだろうか。

 イオータは、厄介だとばかりに溜息をついた。

 やっと見つけた希望にすがりたい気持ちも分からないでもないが、問題は見つかるかどうかではなく、見つけたら必ずその花を使うという事の方だ。

 イオータの脳裏には、その花の〝代償〟を恐れていたルフェラと、少し様子がおかしかったネオスの姿が浮かんでいた。

(本当に代償があるのかどうかは分からねーが、あの花に関してあいつらが何か知ってるのは確かだ。だとしたら、ハッキリするまで関わらせないほうがいいんだがな…)

 見つかる可能性は〝ほぼゼロ〟と言っても過言ではない。そう思ってはいるが、万が一でも理屈が通ってしまったら…と思うと、探す事自体を諦めさせるのが一番だと思ったのだ。だがそれも、ラディの言い分を覆す言葉が見当たらない以上、イオータの方が諦めざるを得なかった。

「オレが言えるのは、白い花で一本しか咲いてねぇって事だけだ」

 そう言った直後、イオータは自分自身にツッコんだ。

(──って、何で特徴を教えてんだオレは…?)

 何だかんだ言っても見つかるはずがないという〝安心感〟からか、それともあの花に関わらせない方がいいと思いつつも、やはり、心のどこかで自分の目で見てみたいという気持ちがあったからなのか…。

 考えてみて後者の方だと気付いた時には、既にラディの姿は暗闇に消えていた。

 そして一瞬の静寂があったのち、ラディが消えたのとは反対の方から引き戸の開く音がしたと思うと、そこから出てきたのはラスターだった──


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