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女神伝説  作者: Sugary
第七章
110/127

BS4 ラディの苦悩

 バーディアと話したラディは、居間に戻るなり無理やりイオータを外に連れ出した。

(くそっ…! くそっ…! くそっ…! くそっ…!!)

 心の中で叫ぶたび、その怒りを繰り出す拳や足に込める。それが相手にヒットすれば少しは怒りも発散され収まるのだろうが、残念ながら全て防がれているため更に怒りが増す。

(くそっ…何で当たんねーんだよ! …ンのぉ、くそったれー!!)

 これでもか、これでもかと手当たり次第手を出し足を出すが、それでも全く当たらない。

(くっそ…じゃぁ、これならどうだーっ!!)

 ものすごい形相で繰り出したのは、右手と左手のタイミングを僅かにずらした、ほぼ同時攻撃。

「おぉっと…」

 不意を突かれた同時攻撃に一瞬驚いたものの、イオータは冷静に防御した。──が、構えていた防御のリズムが狂ったのと足場の悪さも相まってバランスを崩してしまった。

(あ…ヤベェ…)

「よっしゃぁーっ!」

 〝今だっ!〟とばかりに、後ろに倒れこんだイオータに飛びかかったラディ。──と次の瞬間、

「うげっ…!」

 腹部に重い衝撃が走ったかと思うと、あっという間に飛ばされ雪の中に体ごと突っ込んでいた。

(しまった…思わず本気で蹴り上げちまった…)

「…ぅぐ…ってぇ……」

 起き上がったイオータが、雪の中でうずくまるラディを覗き込んだ。

「あ〜…大丈夫かぁ、ラディ?」

「…ンなわけ…ぇだろ…!?」

「…はは…だよなぁ…。ワリィ、ちょっとした条件反射だ」

「ど…こが〝ちょっと〟だよ…!?」

「しょうがねぇだろ? お前がやたらめったら攻撃してくるんだからよ。しかも今のお前の攻撃は〝戦闘練習〟じゃなく、単なるヤケクソになったケンカだ」

「だから何だってんだよ! その攻撃も全部防ぎやがって…」

「当たり前だろ? 何でワザと殴られなきゃなんねーんだ。そもそもストレス発散したいだけなら、そこら辺の岩でもブン殴ってろよ」

「岩に勝てるわけねーだろ!?」

「ほ〜ぉ。じゃぁ、オレには勝てると思ってるわけか」

「ああ!」

 本気かヤケクソか…。痛くて力が入らないはずの腹筋を使った返事が、思ったより力強く、イオータはそれが逆におかしかった。

「…ンだよ、なに笑ってんだよ…!?」

「あぁいや、別に…」

「…だぁーっ! いってぇなー、くそっ!」

 反撃しようにも動けないほどの痛みが、更なる怒りとなってラディを襲う。その怒りはどうしようもなく、たまらず〝くそっ!〟という言葉を口に出せば、もうそれしか出てこなくなった。

「くそっ…! くそっ…! くそっ…! くそぉっ…!!」

 見兼ねたイオータが、大きな溜息を付きながらラディの隣に腰を下ろした。そして、少し落ち着くまで待ってから静かな口調で切り出した。

「…話してみろよ?」

(──って、大体のことは分かってんだけどな)

 ネオスとルフェラの話を途中まで聞いていたイオータは、そう思いながらもラディに促した。ただ話すかどうかは本人次第であり、冷静に考える時間も必要だと、それ以上の事は言わなかったが。

 敢えて本人の方は見ず、ただただ明後日の方を向いたままジッと待つイオータ。すると、暫くしてラディがポツリポツリと話し始めた。

「…タフィーが……オレの妹が現れた…」

 その言葉に、イオータがようやくラディの方を向いた。

「現れたって…お前の妹は既に亡くなってるだろ?」

 もちろん、ラディが何を言っているのかは分かっているが、そこは初めて聞いたように話を合わせたのだ。

「…現れたって、どこに?」

「…ルフェラの前…」

「ルフェラの前?」

死人(しびと)としてルフェラの前に現れたんだ…。オレを助けて欲しいって…。死相が表れたのも、そのせいだとよ…」

「へ…え、なるほどな…」

「しかも、ルフェラからタフィーを引き離す方法がねぇときた…。ここを離れるだけじゃ、意味がないんだと。ハッ…! そりゃそうだよな。ルシーナの村からずっとついて来たんだ。ここを離れたってどこまでもついてくるさ…」

「…………」

「…分かってんだよ、そんな事は…。分かってんだけどよ──…くそっ! 何でルフェラなんだ? 何でオレじゃねーんだよ!?」

 あまりの怒りや悔しさに、浮かんできそうになる涙を隠すため、両腕をクロスして額の上に置いた。そんな仕草に、再びイオータは顔を逸らし、正面を向いた。

「…それは、〝お前が会いたいのに〟っていう怒りなのか、それとも〝ルフェラを危険な目に合わせてる〟っていう怒りなのか、どっちなんだ?」

「それは──…」

 当然、〝妹のせいでルフェラを危険な目に合わせている〟という思いの方だったのだが、イオータの〝自分が会いたいのに〟という言葉を聞いて、その思いも少なくない事に気が付いた。

「両方…だ」

「じゃぁ…タフィーがルフェラでなく、お前の前に現れたらどうするつもりだったんだ?」

「タフィーがオレの前に現れたら…?」

 仮定の質問に一瞬言葉を切ると、ラディはこれまでに思っていた事を口にした。

「そしたら謝るさ…。あの時そばにいなくて悪かった…釣りになんか行っちまって、悪かったってよ…。まぁ、許してくれねーかも知んねーけどな…。それから、あいつの望む事ならなんだってやってやる。もし、オレを恨んで、そのままあっちの世界に連れて行くのが望みなら、それでもいい。ってか、むしろその方が──…」

 そこまで言うと、ラディはその後の言葉を飲み込んだ。それを、ラディが敢えて口にする。

「救われる、ってか?」

「…あぁ。だから本当にオレを助けたいと思ってんなら、オレの所に来ればいいのによ…。よりによってルフェラの所に行きやがって…。違うだろうが、頼む相手がよ?」

「そうか? お前が本当にそう思ってんなら、タフィーが助けたいと思ってる事がお前にとっての救いとは違うってだけだろ? だから、お前じゃなくルフェラの前に現れた」

 なぜ自分でなく、ルフェラの前の現れたのか。ラディはその答えを聞いた気がして、思わず体を起こした。

「じ、じゃぁ…何なんだよ、タフィーが望む〝オレにとっての救い〟って…」

「オレが知るかよ。──ただ〝助けたい〟って言ったら、普通、お前が思ってる事とは反対の事を指すんじゃねーのか?」

「…………」

 イオータの言葉に、ラディは何も言えなかった。その通りだからだ。

 当時でさえ誰も自分を責めようとはしなかった。代わりに責めたのは両親自身。どんな言葉で謝っても取り返しのつかない事態に、〝責任は私たちにある〟と言われ、謝る事も許しを請う事も出来なかった。それがラディには辛く、ただただ〝お前のせいだ!〟〝お前が死なせたんだ!〟と責められた方がずっと楽だったのだ。だから自分にとっての〝救い〟が、普通とは違っていたのかもしれない。

(本当に…お前は助けたいって思ってくれてんのか、オレのこと…? オレを許した上で、助けたいって…?)

 もしそうなら、尚更タフィーに会いたいという気持ちが増してくる。タフィーの本当の気持ちが知りたい…と。ならば、どうすればいいのか。それを考えようとしたところで、再びイオータが口を開いた。

「とりあえず、ルフェラを信じるしかねーだろうな」

「…信じるって、何をだよ?」

「タフィーの願いを叶えることに決まってんだろ?」

「けどそれは──」

「タフィーだって、自分の願いを叶えてくれると思ったからルフェラの前に現れたんだ。なにも、死なせたいと思ってるわけじゃねぇだろ? それに、願いが叶えばルフェラからも離れるんだし、万々歳じゃねーか」

「それはそうかもしんねーけど…」

「──だろ? ルフェラ自身も何とかしようと思ってたから、この雪山にも入ったんだろうしな。それはもう、お前も分かってんだろ?」

 つまり、意味もなくラディが指差す方とは反対の道を選んできたわけではなかったな、という意味だった。

 〝避けてるのがラディの方だとしたら?〟

 あの時ルフェラに言われて、意図的にある場所へと向かっているのだとようやく気が付いたのだ。

 ただ──

「外れたんだ、途中から…」

「…外れた?」

 予想とは違う返答に、〝何が?〟と続けた。

「オレの村に行こうとしてるのは分かったさ。その時は、何でオレの村も道も知るはずのないルフェラが、間違えもせず進めたのかは分からなかったけどな。タフィーが導いたんなら、納得できる。けど、途中から村に続く道を外れたんだ…」

「どこで?」

「途中にあっただろ、小さい橋が?」

(橋…? ンなのあったか…?)

 心の中で繰り返し、数日前の記憶を引っ張り出してみるイオータ。──が、雪に埋もれた景色ばかりだったからか、それとも疲れてあまり景色を見ていなかったからか、〝橋〟としての記憶が出てこなかった。

 その表情に、ラディが小さな溜め息をついた。〝何で気付かないんだよ〟というより〝しょうがない〟という溜め息の方だ。

「あったんだよ、小さい橋が。オレの村に行くには、その橋の手間で左に曲がるんだ。けど、まっすぐ行ったから村には向かってない、外れたんだ…。何でか知んねーけどよ…。ただ、正直ホッとした。心の整理もついてねーし、どんな顔して会えばいいか分かんねーからな…。なのに…まさかこんな所であいつに会うなんてよ…。道は外れたはずなんだ、絶対に…」

「ちょ、ちょっと待て…〝あいつ〟って誰だ?」

 自分の知らない間に〝誰か〟に会っていた事を知り、それが二日前から感じるようになった視線の正体かと思ったのだが…。ややあって返ってきたのは、別の謎を解くものだった。

「…弟だ」

「は…?」

「弟に会ったんだ…」

「いつ…?」

「釣りに行った時…。目標の数が釣れて、もうそろそろ帰ろうとした時に、あいつがやってきたんだ。…おかしいだろ? 道は外れたんだぞ? こんな所にあいつがいるわけないのによ…。気ぃ抜いてたのもあったから、思わずそこから逃げ帰っちまった…」

 その説明を聞いて、イオータは〝なるほどな〟と納得した。

 いるはずのない弟がそこにいた、という事ではない。

 あの日、ラディがリューイを置いて帰ってきた事や、酒を飲んでも全く酔わなかった理由だ。

 〝思わず逃げ帰っちまった…〟

 それを後悔しているのかどうかは分からないが、その行動はイオータにも理解できた。

不意打ちの再会…。彼もまた、心のどこかで〝会いたい〟と思いつつ、突然主君と再会したら同じ事をするかもしれない。そう思ったからだ。

「まぁ…それが普通の反応だろうな」

 どちらかというと、自分が主君と再会した時のことを想像しながらそう言っていた。

「普通の反応…か。あいつは逃げるどころか、オレの後をついてこようとしたけどな…」

「あぁ〜…それはアレだ、動物の本能ってやつだろ」

「動物の本能…?」

「逃げれば追いかけたくなる、アレだ」

「…ンだよ、それ」

 逃げた自分が情けないとまで思っていた事が、なんだかバカバカしくなるようなイオータの言葉に、思わずフッと笑ってしまった。それを見てイオータが続ける。

「ただ弟が逃げなかったのは、〝お前〟だと気付かなかっただけか、もしくは何か言いたかったからなのかもな?」

「言いた…かった…?」

「不意打ちだったのは弟も同じなんだ。思わず後ろを向くか、前に進むか──…弟が後をついてこようとしたってことは、良くも悪くもお前に用があったってことだろ?」

「…………」

 イオータの説明に、ラディは黙ってしまった。

 あの時の表情の変化を見れば、目の前にいるのがラディだと気付いたのは一目瞭然。その上で後をついてこようとしたという事は、イオータの言う通り何か言いたかったのかもしれない。ただ、(クレイ)が口を開く前にラディが拒絶してしまった為、本当のところは分からないのだが…。

「ま、それはさて置きだな。今重要なのは、お前にとっての救いが何か、って事だ。──何かないのか、死ぬ事以外に?」

「何かって言われてもよ──…」

「さっき言ってた、タフィーに会って謝るっていうのはどうなんだ? それで本人に許してもらえたら気持ちも楽になるし、また昔みたいに家族で仲良く暮らせるようになるんじゃねーのか?」

「そりゃまぁ、タフィーに謝りたいってのはあるけど…」

「けど…なんだよ?」

「家族には、オレの事なんか忘れて元気でいてくれればそれでいいっつーかさ…。オレがいたら、嫌でもタフィーの事を思い出すからな…」

 〝だから、オレはいない方がいいんだ〟

 そう言うラディの言葉に、イオータは小さな溜息をついた。

(辛いのは、家族じゃなくお前の方だろーがよ?)

 敢えて声には出さなかったが、イオータは心の中でそう突っ込んだ。そんな時、ラディが〝ただ──〟と続けた。

「ただ…もし叶うなら、あの日に戻ってやり直してぇな…って。そしたら釣りなんか行かず、ずっと傍にいてよ、欲しい花も採ってやるんだ…。あいつが死なずに済むんなら、家族の中からオレの存在が消えたって、全然構やしねぇしな…」

(もし叶うなら、か…)

 恐らくそれが、死ぬことよりもずっとラディにとっての救いであり、願いなのだろう。

人は、過ちを起こせば必ず後悔する。もしあの時ああしなければ…から始まって、こうすれば良かった…など。そして最後に行き着くのは、〝もう一度あの日をやり直せたら…〟という叶わない願いなのだ。

「けどまぁ…それができりゃ、ルフェラとの出会いはねーけどな」

 敢えて明るく言ったのは、別に〝どっちが良かったのか…?〟と問いかけたかったからではない。ただ失敗や後悔があったからこその〝今〟がここにあるのだ、と言いたかったのだ。それはラディも理解したようで、〝だよなぁ〜〟と軽く答えた。

「まぁ…何にせよ、ルフェラの死相の件はオレらがついてんだ、そう心配することないさ」

「オレら…? ──って……ヘッ…!」

「ヘ…?」

 一瞬マズイことを言ってしまったと思いきや、突然の〝ヘッ!〟に、何事かと聞き返せば、

「…ヘッブシッ!」

 クシャミを一発、そしてブルッと体を震わせた。

 怒りのまま体を動かし、汗をかいた上に最後は雪に突っ込んだのだ。体が冷えるのも当然だろう。

「う〜…さみぃ〜…」

「…だわな。──ってか、もう日も暮れかけてきたし、戻るぞ?」

「あ、あぁ…」

 気が付けば辺りは既に薄暗くなっていて、家から灯った明かりがもれていた。

 ストレス発散とばかりに体を動かしたものの、実際はイオータとの会話の方がずっと冷静になれた。血が上った頭は冷え、ついでに体も冷えたのは想定外だったが、それまで言えなかったことを話すことができた事で、ラディの心は少し楽になっていた。さっきイオータが言った〝オレら〟という疑問を忘れてしまうほどに。

「戻ったら、すぐ風呂に入れよ?」

「…ったりめー…だ…ハァ…ハッブシィッ! ──ンだくそぉ!」

 ズルズル…と鼻をすするラディに、イオータは〝オヤジかよ?〟と思わず笑って突っ込んでいた──


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