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女神伝説  作者: Sugary
第七章
107/127

BS3 張り詰めた時間

 久々に、雲ひとつない青空が広がった。澄みきった空気が空の青さをより一層鮮やかに見せている。空だけ見れば春や夏にも見えそうなものだが、少し視線を落とすと、それとは対照的に白い世界が広がっていた。周りを雪に囲まれているため、未だ肌に触れる空気は冷たいが、それでも吐く息の白さは昨日よりずっと薄くなっている。

 そんな不釣り合いとも言える景色は見ていて変な感じがするものの、頬に受ける木漏れ日はとても心地いいものだった。ただし、頭上から溶け始めた雪が雨のように落ちてくることを除けば、だが…。

「おほっ、冷てぇ…」

 できるだけ木の少ない場所を選んだイオータだったが、雪水の雫は容赦なくイオータの首筋に落ちてきて、反射的に首をすくめた。

「やっぱ無理か、この状況じゃ…」

「不意打ちの冷たさと足場の悪さ…。ある意味、鍛錬するにはいい状況なんだろうけど──…まぁ、最初からそのつもりはなかったんだろう?」

 〝分かっていた〟とばかりにネオスがそう言えば、イオータもフッと笑った。

 〝ネオス、付き合え〟と、鍛錬を理由にイオータがネオスを誘い出したのには、別の理由があった。ひとつはある男から逃げるためで、もうひとつは、ネオスと話をするためだ。

「それで、何から話す?」

「決まってんだろ、あいつを葬る方法だ」

 憮然と言い放ったイオータの言葉に、ネオスがクスッと笑った。

「残念ながら、諦めるしかないと思うよ」

「まさか、ホントに何も聞いてねぇのか?」

「あぁ、何も。彼の言う通り、ルフェラの目が覚めるまで待つしかないと思う」

「マジかよ…」

 期待はずれの答えに肩を落としたイオータは、〝まだ続くのか…〟とさっきまでの事を思い出して大きな溜め息をついた。


 それは、イオータが出て行く少し前のこと──

 居間にはルフェラ以外のみんなが集まっていた。

 リアンとミュエリは昼食後の後片付けをしていて、リューイは切れ味が悪くなった包丁を研いでいた。ネオスとバーディアは食後のお茶をすすり、イオータはイライラを通り越してウンザリ顔。みんながみんな見て見ぬ振りしつつも、外の天気とは裏腹に、雷雲をまとったような〝あいつ〟の動向を見守っていた。ただ一人、ランスを除いては…。

 そんな様子に、イオータが仕方なく声をかけた。

「──ったく、いつまでそんな顔してるつもりだ、ラディ?」

 そう、〝あいつ〟とはラディのこと。彼は朝からずっと…いや、ルフェラが布団に倒れ込んでからずっと、ランスを睨みつけていたのだ。

「あいつがホントの事を話すまでに決まってんだろ!」

 キッと睨みつけた先には、まるで他人事のようにこちらに背を向けて寝っ転がっているランスの姿。当然ラディの声は聞こえているのだが、話すことはないとだんまりを決め込むから、ラディのイライラも募るばかりなのだ。

「だから、それはルフェラに聞けって言われてるだろ?」

「そのルフェラが起きてこないんじゃねーか! 二日だぞ!? あれから二日も眠り続けてんだぞ!」

「しょうが──」

「正確には、三日目に入ってるけどねぇ…」

 ひとり言のつもりでボソリと呟いたミュエリの声は、心配しているが故に、みんなの耳にも届いてしまった。もちろん時間経過としては間違っていないのだが、よりによって今じゃなくても…というのがここにいる全員の気持ちなわけで…。隣にいたリアンが慌てて肘で小突けば、背中に突き刺さるようなラディとイオータのトゲトゲしい視線にも気付いたようで、ようやく〝しまった…〟と肩をすくめたのだった。

「ハッ…聞いたか、三日目だってよ?」

「あぁ、だから何だ?」

「何だ…って、おかしいだろ!? 疲れてるってだけで、ここまで眠り続けるか!? 熱があるわけでもねーのに、まるで死んだように眠り続けてんだぞ!? お前ら心配じゃねーのかよ!?」

「もちろん心配してるさ。けど、あいつにとって今必要なのは休息なんだ」

「なんで分かるんだよ?」

「体がそれを欲してるからに決まってんだろ?」

「はぁ!?」

「いいか? 風邪引いて熱が出た時に、食欲が落ちるのはなんでか考えてみろよ?」

「え、あ…食欲…?」

 突然出された問題に、一瞬イライラも吹き飛びキョトンとした。

「体の中で菌と戦わなきゃなんねー兵士が、食ったもんを消化するためにそっちに行かなきゃなんねーんだぞ? ただでさえ負けそうな状態の時に、別の場所に行かなきゃならなくなったら、戦いが長引くか最悪負けるだろ?」

「けど、飯食わねーと体力がなくなって、それこそ不利じゃねーか」

「だから、食欲が落ちるんだよ。ガッツリしたものが食えねーのは、無駄に兵士を疲れさせねーためで、その代わり体力維持のために必要なものとして、消化のいいもんは食えるだろうが? つまり、生きるために一番正直なのが体で、その欲求に従う事が復活への近道なんだよ」

「そ…うか…なるほど──」

 ──と納得しかけたところでハッとする。

「──じゃねーよ!」

(くそ、ダメか…)

「オレが言いたいのは──」

「それだけの休息が必要になった原因…だよな?」

 イオータの話でラディの頭上に立ち込めていた雷雲が和らいだからか、包丁を研いでいたリューイがふと会話に入ってきた。

「そう、それだ、それ! 病気でもなんでもなく単純に疲れだとしたら、寝込むほどの何かがあの日に起こったってことだろ!? それを聞きたいんだよ、オレは! 大体、散歩に出かけただけで寝込むほどになるって、どう考えたっておかしいだろーが!?」

 ルフェラが寝込む前、本人から唯一聞いたのは〝明け方散歩に出かけたら、それに気付いたランスが心配してついてきてくれた〟という事だけだった。それを聞いた時にはもう顔色も悪く、ルフェラを見つけたネオスに支えられていないと立っていられないくらいで、明らかに何かがあったと分かるほどだったのだ。

「…どうだろうな?」

 答えたのは、さっきラディの気持ちを代弁したリューイだった。

「どうだろう…ってどういう意味だよ?」

「まぁ…一言で言えば疲れ方が人と違うって事だな」

「人と違う…?」

「気付かなかったか? 同じように飯食って同じように寝てるのに、彼女だけ疲れが取れていない。それどころか日々疲れがたまっているみたいだ。──そうだろ、ディアばあ?」

 最後の問いかけは、耳の遠いバーディアに聞こえるように大きめの声を出した。その声に、みんなが一斉にバーディアの方を向く。ランスも耳を傾けるように顔を少し動かした。

 まるで嫌な予感しかしないリューイの言葉の意味を、ラディが恐る恐る尋ねる。

「ど、どういう事だよ、ばーちゃん…?」

 バーディアは、自分に向けられた視線を確かめるようにみんなの顔を見渡すと、諦めたように小さなため息を付いた。

「…リューイの言う通りじゃよ。メシ食って、一晩眠って起きるごとに元気になっていくお前さん達と違って、ルフェラはあまり変わらないか、もしくは逆に悪くなっているように見える」

「それって…どういう事なんだ…? 何かの病気って事なのか…?」

「それが分からんのじゃ。ただ──」

「ただ…?」

「ルフェラの顔には、彼等と同じものがある…ワシが見てきた多くの者と同じものがな…」

「なん…だよ…同じものって──」

 ワケが分からないとオウム返しに聞いてみれば、バーディアより一瞬 早く口を開いたのはミュエリだった。

「まさか…おばあさんが見てきた多くの人って─…」

 それを察知したのは、リアンから過去の話を聞いていたからだろう。

「なんだよ、まさかって…お前なんか知ってんのか?」

「聞いたのよ…。おばあさんは、今まで沢山の人を看取ってきたって…だから──」

「看取って…?」

「あぁ、そうじゃよ。ワシはこれまでに沢山の人を看取ってきた。だから分かるんじゃ、その者達と同じものがルフェラの顔に出ている…死にゆく者に表れる死相がな」

「なっ……!」

 一瞬にして、ラディもミュエリも言葉を失った。ただ、ひどく驚いたのは二人だけだった。リューイやリアンはバーディアが日頃気にしていた事を聞いていた為で、ネオスとイオータは別の根拠で〝死にゆく者ではない〟と信じていたからだ。ランスは少々驚いたものの、ある事を機に〝それも仕方がない〟と冷めた気持ちになっていた。

「くっそ…こうなったらもう容赦しねぇ!」

 そう言ったかと思うと、ラディは突然ランスの胸ぐらを掴んで引き上げた。

「おぃ、よせってラディ──」

 殴りかかりそうな勢いに、一番近くにいたイオータが止めようとするが、

「うるせー!」

 腕にかかったイオータの手は勢いよく跳ね除けられた。

「ルフェラに死相が見えるって言われて、悠長に待っていられるかよ!」

 そう言うと、再びランスに向き直り声を荒げた。

「おぃ、言えよ! あのとき何があった!? ルフェに何があったんだよ!?」

「…関係…ねぇだろ」

「てっめぇ…!」

 更にグイッと胸ぐらを引き寄せたが、ランスは抵抗することなく冷静に返した。

「そもそも俺が話したところで信用するのか、あんたは?」

「あぁ!?」

「嫉妬や疑いに駆られたヤツは、結局、自分で出した答えしか信じねーもんだぜ? 本当に何もなかったとしても、〝なかった〟という真実の言葉より、〝あった〟というウソの方が〝やっぱりな〟って信じるもんなんだ。あって欲しくないはずなのに、そっちの方が断然納得する。違うか?」

「………!」

「それに死相が見えたのがそれ以前からなら、何があったにせよその原因とは関係ねぇんじゃねーのか?」

「…………ッ!!」

 そこまで言われ、ラディはやっとランスが最初に言った〝関係ねぇだろ〟という意味が、何に対してだったのかを知った。

 悔しいが、彼の言葉は的を射ていた。

 寝込むほどの事が何なのかが分かったところで、時間を戻す事はできないし、更にそれが死相とは直接関係ないとなれば、そもそも〝何があったのか〟は問題ではないからだ。

 故に、ラディも掴んだその手を離すしかなく…。やり場のない思いを断ち切るように一瞬だけグッと力を込めると、ランスはその手が完全に離れるか離れないかのうちに軽く払い除けた。

 無言で踵を返したラディの背中は、さっきまでと違って自分の無力さに腹を立てているようにも見える。それがランスの心を複雑にさせた。

「…恋は盲目、とはよく言ったもんだ」

 掴まれて少し弛んでシワになった胸元を直しながら、その複雑な心境をどうにかしたくて思わず口にすれば、その言葉にラディが軽く振り向いた。

「ルフェラ、ルフェラって…あいつの為なら命なんか惜しくねぇって感じだな?」

「だったらなんだってんだ? オレにとってルフェラは、それだけ特別なんだよ」

「特別…か。そんなにいい女か、アレが?」

「…ンだと!?」

 ルフェラを〝アレ〟呼ばわりされ、ラディの怒りが再燃した。

「お前にルフェラの何が分かるってんだ!」

「あんたこそ、あの女をどこまで知ってんだ?」

「全部だよ、全部! 決まってんだろ!?」

「じゃぁ、あの女が過去に何をやったのか考えれば、死相が出たのも自業自得としか言えねぇんじゃねーか?」

「過…去…?」

 会ったばかりで知るはずもないルフェラの過去を、どうしてこの男が知ったような口を聞くのか。理解できずに繰り返すラディの向こう側では、ネオスとイオータが訝しげに互いの顔を見合わせていた。

「自業自得って…何言ってんだテメェは……」

 ラディの反応に、ランスは〝やっぱりな〟と溜息をついた。

「じゃぁ、教えてやるよ。いいか、あいつはな──」

 本当の事を知れば、自分が無力だと苦しまずに済む。命をかけるほどの相手でないという事が分かるんだ。

 そんな思いで、あの時に見た光景を口にしようとした時だった。

 バッシーンッ!!

「─────ッ!?」

 物凄い音が響くと同時に、頬に衝撃を受けたランス。一瞬にして視界が横に飛んだため何が起きたかのか分からなかったが、直後に聞こえたラディの声で、彼は全てを把握した。

「ミュエリ!? おまっ…いつの間に──」

 言われて顔を戻せば、本当にいつの間にいたのか、ミュエリがランスの目の前に立っていた。それもこれまた物凄い形相で、右手は平手打ちしたままの位置で止まっている。

 ミュエリは、ラディの言葉など耳に入らないとばかりに、ランスに向かって強い口調で言った。

「ルフェラの過去がなによ! 生きていれば、触れられたくない過去のひとつやふたつ、誰にだってあるでしょ!? それをあなたが知ってるからって、本人が話さないのに、どうしてあなたが話していいと思えるの!? もし本当に自業自得だと言われるような過去があるのなら、私はあなたからじゃなく、ルフェラ本人から聞くわ!」

 〝だから、二度と口にしないで!!〟

 そんな言葉が最後に聞こえそうなほど、ミュエリの口調は厳しかった。ラディとケンカしている時より、ずっと本気で怒っている。それは、二人のやりとりを見た事がないランスにさえ分かるほどだった。

 あまりの迫力に、叩かれた本人はもちろん、他の誰も口を開けなかった。ただその沈黙が、ミュエリにとっては冷静さを取り戻すいい〝間〟になったのかもしれない。

 カッとなった気持ちを落ち着かせるように、ミュエリは一度大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくり吐き出すと、今度はいつもの口調に戻した。

「それにしても、急にどうしたっていうのよ?」

(それはこっちのセリフだ…)

 ──頬をさすりながらそう思いつつも、

「…何の事だよ?」

 ──と返せば、さも当然のように驚く言葉が返ってきた。

「ルフェラの事よ。一目惚れだったんでしょ、あなた?」

「はぁ!?」

「なに!? やっぱりそ──」

「なのに、急に〝あの女〟呼ばわりして…。ひょっとして、ルフェラと何かあったの?」

「何かって、別に…」

(オレが勝手に見ただけ……いや、見えただけだ…オレの意図するところとは関係なく──)

「いや、ぜってぇ、あったな! あ、そうか、アレだろ!? お前ルフェラにフラれて逆恨み──」

「するか! ──ってか、なんでオレが好きにならなきゃなんねーんだよ?」

「え…だってずっと見てたでしょ、ルフェラの事?」

「はぁ!?」

「見てたわよ、絶対。私、知ってるもの。休んだ方がいいって言われた時だって、他の人の言う事は聞かなかったのに、ルフェラに言われたら素直に聞いたでしょ? つまり、それだけルフェラが好きだったからじゃないの?」

「──んなわけねーだろ?」

「じゃぁ、どうして初めてルフェラを見た時に抱きついたの?」

「そ、それは──」

「そうだ、忘れるところだったぜ。こいつはルフェラに抱きつい──」

「あぁ〜、もう! さっきから煩いわよ、ラディ! 少し黙ってて!」

「なんっ……!?」

(なんでオレが怒られんだよ? 大体、オレがこいつと話してたんだぞ?)

 腑に落ちない、と反論しようとしたものの、ミュエリはすぐにフイッと顔を背けた。全くもって聞く気がない、という態度だ。

「おまっ──」

「まぁまぁ、いいじゃねーか。しばらく観戦と行こうぜ、な?」

 止めに入ったイオータの言葉は、まるで〝高みの見物〟とでも言うような物言いだったが、

(いい加減ウンザリなんだよ、お前の言動は…)

 ──というのが本音だった。ただ良くも悪くも単純なラディにとって、その本音までは伝わらない為、こういう時はとても助かる。

 案の定、渋々ながらも黙ることにしたラディだったが、腹の虫が収まらないのか、肩に置かれたイオータの手を払い退けるのは忘れなかった…。

 背後が静かになったのを機に、ミュエリが改めて質問した。

「──それで、一目惚れじゃないとしたらどうして抱きついたの?」

「だからそれは─…」

「それは…?」

 隠す必要はないが、だからといって言う必要もない。ましてや、ここにいるのは全員、会って間もない人達ばかりなのだ。言えば、自分の過去を話す事になるだろうし、できればそれは避けたかった。ただ、〝一目惚れ〟という理由を否定した以上、それに変わる理由が必要なわけで…しかも、それなりに納得できる理由となると、そうそうあるものではない。

(何がある…? 何が一番妥当な理由だ…?)

 あまり表情を変えず、必死になって考えるランス。でも残念というべきか、当然というべきか…こういう時は、考えれば考えるほど本当の事しか浮かんでこなかった。

「それは…なに?」

 事実上の〝時間切れ〟を宣告された問いかけに、ランスは仕方ないと息を吐いた。

「…似てたんだよ」

「…………?」

「ずっと探してた人に…。それだけだ」

 そう言うと、ランスはそれ以上聞かれないよう、とっとと自分の部屋に戻ってしまった。

 あっという間の幕引きに、しばし呆然とするミュエリたち。それでも、既にいなくなった部屋の戸を見つめながら、最初に口を開いたのはミュエリだった。

「…だから、思わず抱きついちゃった…ってこと…?」

「まぁ、そういう事だろうな。──良かったじゃねーか。なぁ、ラディ? あいつがルフェラに惚れたんじゃなくてよ?」

 イオータがラディにそう振れば、〝まぁな〟と返す時間も与えず、ミュエリが続けた。

「あら、安心するのはまだ早いわよ」

「なんでだ?」

「だって、ずっと探してたのよ? いつからかは知らないけど、探し続けてやっと見つけたと思った時の、あの抱きつき方を思い出してごらんなさいよ。その〝探し人〟って、絶対にランスの彼女よ」

「彼女って…まぁ、可能性は否定しねぇけど──」

「でしょ? だとしたら、ルフェラに惹かれる可能性も出てくるんじゃない?」

「いない彼女より、目の前にいる似た女…ってか?」

「そうよ、それ!」

「ずっと探してる男にしては、えらく軽いな?」

「あら、男って案外そんなものだと思うけど?」

「──だってよ?」

 そう言って顔を向けたのはネオスの方。それに気付き、ミュエリが慌てて言い直した。

「ち、違うのよネオス。そういう人が多いってだけで、ネオスまでそうだと言ってるんじゃないの。あくまでも一般的な心理っていうか──」

「でもあいつ、ルフェラのこと嫌ってんだろ?」

 ミュエリの言い訳はどうでもいいとばかりに、ラディが割って入った。その口調は、なぜか怒っているように聞こえる。

「なんで機嫌悪いんだよ? 惚れるならまだしも、嫌ってんなら可能性が低くなって喜ぶところなんじゃないのか、そこは?」

「なんでだよ? ルフェラが嫌うのはいいけど、ルフェラが嫌われるのは許せねーじゃねーか!」

「は?」

 一瞬にして、みんなの目が点になった。

(愛する女が別の男に惚れられるのは許せないが、嫌われるのはもっと許せない、ってか。なんだその矛盾…)

 イオータがそう心の中で突っ込むと同時に、まるでその声が聞こえていたかのように、みんなが大笑いした。

「な、何だよ…何がおかしい!?」

「い、いや、別に…なんかお前も大変だなー…とか思ってよ、うん…」

 それだけ言うと、再びみんな笑い出した。

「くっそ…何だよ! もう、我慢できねぇ! イオータ、オレの相手をしろ!!」

「は、相手…?」

「ストレス発散の相手だ!」

 そう言うや否や、隅に置いてあった自分の剣を引っ掴んだ。

「あぁ、それか──…って、誰がやるかっ! お前のストレス解消なんかに付き合えるかよ。やるんならオレはネオスとやる。お前は釣りにでも行って、心を鎮めてくるんだな」

 “ネオス、付き合え〟

 最後にそう言うと、イオータは剣を持ってさっさと外に出て行ったのだった。


「──ったく、見たか? あいつ、このオレの手を二回も振り払いやがった」

「あぁ。でもしょうがないけどね、あの状況じゃ…」

「まぁなー…」

 何も知らない状況で肝心のルフェラが二日も起きてこなければ、心配を通り越してイライラするのも当然だろう。それが、直前まで一緒にいた者からも何も聞き出せないときたら尚更のこと。

「──それで、ルフェラの様子はどうなんだ?」

「六割くらいは回復してるから、今日くらいには目覚めると思う」

「そうか…。お前は大丈夫なのか? 夜中、力使ってんだろ?」

「いざって時に動けるくらいには残してあるよ」

「賢明だな。けど、力使って六割…って、少なくねぇか?」

「そのことなんだけど──」

「何だ?」

「流れていってる感じなんだ」

「流れる?」

 ネオスが頷いた。

「力を注いでも、いつものように溜まっていかないんだ。穴の開いた袋に水を入れてる感じで…もちろん、増えていかないわけじゃないんだけど、寝ているだけの割には増え方が少ない」

「体の中に病巣は?」

「それも調べてみたけど、何もなかった」

 力を使う時は、ルフェラとネオスの鼓動が一体になる。ただ注ぐだけでなく、血流に乗せるように気を集中させれば、体の中の異変も知ることができるのだ。

「死相は、命の気が流れ出ることによるもの…か? だとしたら、問題はその原因だな。──何か心当たりは?」

「いや、いつからなのかも全く…」

「そうか…」

 〝結局、ルフェラが目を覚ますまで待つしかない〟という結論に、二人は小さな溜息をついた。

「──まぁ、ルフェラの事はさておき、だな…気になるのはあの男だ」

「…と言うと、ランス?」

「あぁ。どうも、オレたちと同じ匂いがするんだよなぁ」

 そう言ったものの、すぐに〝いや〟と続けた。

「〝似た匂い〟の方が正しい、か…」

「…確かに、それは僕も思っていたよ。似て非なるもの…でもそれが何なのか、なぜなのかが分からない。それに、ルフェラの過去も何か知っているようだし…」

「死んで当然…そう思うような過去って言ったら、オレたちの知る限りではアレしかないよな」

「でも共人以外、村の者はみんな死んだ…。生き残っているのが共人なら、惨状の場をそのままにしておくはずないし、その場で何があったのか、誰がそうしたのかは誰にも分からないはずだけど…」

「じゃぁ、ひょっとしてあいつがその共人って可能性は──」

 ──とそこまで言って、

「ないな」

「ないね」

 二人同時に否定した。

 共人なら〝似て非なる〟ではなく〝同じ匂い〟で、すぐにそれと分かる。それに例えどんな事があっても、自分が選んだ主君を〝死んで当然だ〟と思うような共人はいないからだ。

「共人なら、長い間主君と会ってなくても、例え記憶を失ったとしても見れば本能で分かるしな…」

 それだけ主君と共人との繋がりは強くて深いものなんだ、というイオータの言葉に、ネオスも無言で頷いた。その直後だった──

「…なぁ?」

 何気に空を見ていたイオータの口調が、僅かに変わった。

「オレ、今ふと思ったんだけどよ…」

「…………?」

「ルフェラに神としての道が残されているのは、唯一村で生まれ育った共人が生きているからだと思ってたんだが…ひょっとして、普通の村人が生き残っている可能性もあるんじゃねーか…?」

「それはいったいどういう…」

「いくらその村で生まれ育ったとはいえ、共人は守られる側の村人じゃない、守る側…つまり神の側だ。守るべき人、村があって初めて神としての道が開かれるのだとしたら──」

「共人ではなく、守られる側の村人が生きて…いる…?」

「まぁ、あの男がその生き残りだという可能性はほぼないんだが…それを別にしたとしても、守られる側の村人が生きているという可能性はあると思わないか?」

 改めて問われ、ネオスは〝確かに…〟と思った。その方がスジが通っている、と。ルーフィンは〝みんな死んだ〟と言っていたが、どこまで正確かは分からない。実際、〝元の共人が生きている〟と聞かされたのは、ついこの間だったからだ。

「ま、最初の共人が生きているって分かった時の衝撃に比べたら、大したことじゃねーけどな」

「確かに、それは言えてる」

 軽く言ったイオータに、ネオスもまた軽く答えた。それは偽りでもなく、正直な気持ちだった。

「それよりよ、もうひとつ気になる事があるんだが……」

 そう言って、目だけを周りの木々に向けた。その仕草に、ネオスもピンとくる。

「視線、か…」

「やっぱ、気付いてたか」

「二日くらい前からね。ただ、殺気は感じられないから目的が何なのか…」

「それなんだよなぁ。殺気があればそれなりの対応もできるが、この監視されてる感だけっつーのは、単純にいい気がしねぇ」

「まぁ、確かにね。──どうする? ハッキリさせるなら今すぐにでも協力するけど?」

「ん〜…」

 〝どうしようかなー〟と木々に視線を向けたまま考え込むが、ややあって返ってきたのは、

「いや…面倒くせぇ…」

 ──だった。

 あまりにも予想通りの返事に、ネオスが思わずクスッと笑えば、これまたイオータも予想通りの反応に〝当然だろ〟とフンと鼻を鳴らしたのだった。

 話が一区切りすると、僅かに静寂が戻る。そんなタイミングで、この数日のうちに聞き慣れた音がした。

 少し前に彼らが出した音──扉の開く音だ。

 とうとうラディが出てきたか…と二人揃って家の方に視線を向けていると、ややあって木々の間を足早に抜けていく一人の人物を目にしてハッとした。

「ルフェラ!?」

「あいつ、目覚めたのか!」

 彼らの目に飛び込んできたのは、〝今日中に目を覚ますだろう〟と話していたルフェラだったのだ。その後をルーフィンもついてくる。ただ、ルフェラの様子がどこか変だった。キョロキョロと辺りを見渡したり、どこかを覗き込むような仕草をしているのだ。

(探しものか…?)

 お互いにそう思いながら顔を見合わせた二人は、〝とりあえず行ってみるか〟と相槌を送り、ルフェラとの距離を縮めていった。

 そんな矢先だった。

 ルフェラが、少し周りを気にするように控えめな声で名前を呼んだ。

「タフィー…? いるんでしょう?」

 その名前を耳にした瞬間、ネオスは思わず足を止めた。

(タフィー…? タフィーだって!?)

「誰だ、タフィーって──…って、どうしたんだ、ネオス?」

 突然立ち止まったため振り返れば、その表情にイオータは何かを察知した。

「知ってるのか?」

「…知ってるもなにも…イオータだって聞いてるはずだよ、ラディから…」

「ラディから? そんなのオレは聞いて──」

「…妹だよ。タフィーはラディの…妹…」

「い…もうと…?」

 確かめるように繰り返すと、蘇ってきたのはラディの過去。そこでハッとする。

「ちょっと待て─…それってまさか、亡くなった妹のことか!?」

 確かにラディの過去は聞いていた。ただその話の中では〝妹が…〟というだけで名前を聞いていなかったのだ。

 その驚き様に〝名前を聞いていなかったのか…〟とすぐに想像はついたが、それより何より重要なのは、ルフェラがタフィーの名前を呼んだことだ。

「──ってことはつまり、あいつは死人(しびと)と関わろうとしてるのかよ!?」

 そう口にするや否や、ハタと気が付く。

「そ…うか…そういう事か…! 関わろうとしてるんじゃねぇ、既に──」

「関わっていたんだ…」

 イオータの結論を、ネオスが口にした。

「あぁ。だからお前の力も流れていった─…吸い取られていたんだ。死相が見える理由も、疲れやすい理由も、敢えてこの雪山に入ったその理由も…それで全て合点がいく」

 死人と関わっていたことには驚いたが、幾つかの疑問が納得できるものに変われば、それはそれで気分は楽になる。

「ヨシ。じゃぁ、ここはお前の出番だな」

 そう言うと、イオータは〝行けよ〟とばかりにネオスの背中をポンと叩いたのだった──


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