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女神伝説  作者: Sugary
第七章
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BS2 突然の再会

 太陽が山影にあるバーディアの家を照らし出してから数時間後、ネオスとイオータはルーフィンを連れて狩に出かけていた。

 滅多に人が立ち寄らない家に、突然──病人を含め──六人以上の来客があったのだ。三人だけなら保管してあった鳥の肉で数日はもつはずだったが、昨夜の食事で全て使い切ってしまったため、肉か魚のどちらでもいいから獲ってきて欲しいと頼まれたのだ。もちろん、収穫の保障はないためラディも魚を釣りに出かけている。しかも、二十匹というノルマも課せられて…。


「──にしても驚いたよなぁ。顔を見るなりいきなり抱きつくんだぜ? あまりにも突然過ぎて、オレでさえ呆気に取られたっつーの。でもまぁ、あのあとラディが誰よりも先に我に返ったのは、ある意味さすがと言えばさすがだけどな」

 イオータは、面白そうに〝はは〟と笑って数歩後ろを歩いてくるネオスに話しかけた。が、ネオスからは何の返事も返ってこない。

「…ネオス?」

 どうしたのかと心配になって後ろを振り向けば、俯き加減のまま無言で歩いてくるネオスの姿。その表情は何か思いつめている様子で、誰の声も耳には届いてないようだった。そんな姿に、イオータが〝──ったく〟と息を吐き出した。そして足を止め振り返るのと、ルーフィンがネオスの防寒着の裾を咥えて引っ張ったのは殆ど同時だった。

「いい加減にシッカリしろよ、おい?」

「………え?」

 服を引っ張られた感覚にイオータの声が重なって、ようやくネオスが顔を上げた。

「あの事が気になってんのは分かるけどな、だからって今から悩んだってしょうがねーだろ? 本物の共人が生きていようが、今のルフェラに必要なのはお前なんだ。一昨日だって、あいつが眩暈を起こしたのに気付かなかっただろ?」

「眩暈を…!?」

 〝まさか…〟という反応に、イオータがフンと鼻を鳴らした。

「…やっぱりな。ルーフィンは真っ先に飛んできたぜ?」

 〝だよな?〟とルーフィンに視線を送れば、ネオスの心に〝えぇ〟という彼の返事が返ってきた。

「ルーフィン……」

「お前も気付き始めてたはずだぜ? オレが前に言った、ルフェラから感じる新たな力が、眩暈と何か関係があるって事をよ? だから外にいたルフェラが眩暈を起こした時、ルシーナの家にいたお前が真っ先に気付いたんだ。──違うか?」

 あの場にいなかったイオータが知っているのは、ディトールの家でみんなと一緒に鍋を囲んだ時に、雑談のひとつとしてその話が出たからだ。

 ややあって、ネオスは〝その通りだよ〟と無言で頷いた。

「しかも、ペンダントにも関係がある」

「ペンダント…?」

 イオータが〝あぁ〟と頷いた。

「ペンダントの力とは別だと思ってたんだけどよ、一昨日、アレに触れて確信した。眩暈が起きた時、より強く感じる新たな力はペンダントから発せられてるものだ…ってな。ペンダントに新たな力に眩暈……それから──」

「闇の中の映像…」

 整理するように続けた言葉に、イオータは少々驚いた。

「知ってたのか…?」

「あぁ。統治家の前でディトールを待っている時に、ルフェラからね」

「そうか…」

「それで、一昨日は何を見たって?」

「うん? あぁ~……」

 一瞬、何かを考えるように言いよどんだが、ひとつ大きく息を吐き出すと、先に結論を口にした。

「──主君だ」

「……………?」

 意外な答えに、ネオスは〝え?〟とさえ発せられなかった。そんな反応に、イオータが改めて言葉を付け足す。

「オレの主君が眠ってたってよ」

「…主君って…ルフェラが君の主君を知るはずが──」

「もちろん、知らないさ」

「じゃぁ、どうして?」

「命の恩人なんだと」

「命の恩人?」

「そっ。いつどこで何があったのか……互いに情報を交換しあってるお前らなら、ルーフィンから聞いてるだろ? あいつが初めてクモ賊に襲われた時─顔を洗いに行ったら急に濃い霧が出てきてよ、気付いたら三人の男に囲まれてたっていう時の話だ」

 〝どうだ?〟と目で問われ、ネオスは改めてその時の事を思い出すと、〝確かに…〟と頷いた。

 初めて聞いた時は時間もなく、〝襲われた〟という事だけで終わったが、後々ルーフィンから事の詳細を聞かされた。そして〝本当はもっと早くに話そうとしていた〟と言う事も。結果的にはルフェラから話を聞くことができず突然の告白に驚いてしまったが、あの一件以来、以前から情報を共有していたネオスとルーフィンは更にそれを心掛けるようになったのだ。そして、よりベストな状態で彼女を守り支える為にも、イオータにはルーフィンが話せることや、ルフェラの過去を知っている理由──もともとアルティナの時期に同じ村にいたこと──などを話したのだった。

「その時の青年が、君の主君…?」

「あぁ」

「でも、名前は言わなかったって…」

「まぁな。けどルフェラの話を聞く限り、あいつに──アリスに間違いねぇ。年といい剣術といい、な。だいたい、そんな年でオレに勝るとも劣らない剣術を身に付けてるヤツがいると思うか? 空気の刃を飛ばしたなんて、まんま飛刃じゃねーか」

「ひじん…?」

「飛ばす刃って事だ。使う力によって作用も違う。おそらくあいつが使ったのは宵の煌の飛刃だ。ただ弾き飛ばしたってだけならな」

「…確かに」

「だろ? それに…」

 イオータは少し寂しそうに息を吐き、続けた。

「それに何より、〝神隠しの霧〟を使っていた…。あれは、神にしか使えない技なんだ」

「神隠しの霧…?」

 初めて聞く言葉をそのまま繰り返すと、イオータは再び歩き始め、〝神隠しの霧〟がどういうものかを話し始めた。

「神隠しの霧っていうのはな、その名の通り神の存在や気配を消す時に身に纏う霧のことだ。まぁ…身に纏うっつっても、見た目は濃い霧が広がっているように見えるだけで、その霧に包まれた者全ての気配も消えちまうんだけどな。気配を消すのに自分自身を結界で包み込むのもひとつの方法だが、それだと結界の力を辿る事のできるオレらにはバレちまう。無の結界は事前にその結界を張っておかなきゃなんねーし、行動範囲も限られるだろ? けど、〝神隠しの霧〟は空気中の水分を引き寄せて作り出すだけだから、五弦煌よりもずっと自然で、他の神でさえ、それが〝神隠しの霧〟だとは気付かないんだ。当然、オレら共人にもな」

「ということは、普段、今まで僕達が見てきた霧は〝神隠しの霧〟…?」

「いや。殆どは普通の霧だろ。そうそう使うものでもないからな」

「じゃぁ、どうしてその時の霧が〝神隠しの霧〟だと?」

「あの夜、お前に話しただろ? あの時、雷が光ったみたいに瞬間的な気配を数回感じた、って」

「あ、あぁ…」

「その時が、ちょうど空気の刃が霧を切り裂いた時だとしたら?」

 そう言われて、ネオスがハッとした。

「裂けた部分が元に戻れば、気配はまた消えてしまう。だから、瞬間的な気配しか感じなかった…?」

「そっ。どう考えても普通の霧じゃねぇ」

 故に〝神隠しの霧〟に間違いないという意味だった。

「…神隠しの霧、か。オレも相当嫌われちまったみたいだな…」

「イオータ…」

 改めてその言葉を繰り返し、共人の自分にさえ──いや、共人の自分にこそ知られたくないと思われるその行動に、イオータは力なく笑った。

「でもま、今からヘコんだり悩んだりしてもしょうがねーさ。結局は〝その時〟が来るのを待つしかねぇんだからよ。だったら今やるべき事をするまでだ、今のお前と同じでな。じゃねーと、ここにいる理由も失っちまう。──だろ?」

 〝だから、お前もシッカリしろ〟と無言で続けた言葉に、ネオスは反省すると共に〝その通りだ…〟と頷いた。

(何をやってたんだ、僕は…。どこかに本当の共人がいても、今ルフェラを守れるのは傍にいる僕じゃないか…。本当の共人が現れたら…とか、僕が存在する意味を考えて、今どうにかなることじゃない。彼の言う通り、結局は〝その時〟が来るのを待つしかないんだ…。だったら僕は、〝その時〟が来るまでルフェラをしっかりと支え守り続けるだけ。それが今の僕にできることなんだ。そうしないと、本当に今僕がここにいる理由もなくなってしまう)

 自分のすべき事を気付かされ、ネオスは改めてイオータの強さを感じ、その存在に感謝した。

「ありがとう、イオータ」

「あぁ?」

「君がいてくれてよかったよ。じゃないと僕は、本当に共人失格になってるところだ…」

「はは、そりゃよかった。まぁ、ルフェラもお前もまだまだ未熟だからな。あいつにとってお前が必要なように、今のお前には同じ共人としてのオレが必要だってことだ。いいか? これからもビシバシいくからな、覚悟しとけよ?」

 イオータは、その中でも 〝ビシバシ〟 というところをわざとらしく強調した。そんな言葉にネオスが苦笑いする。しかしその直後──

「なぁ~んて、な」

「え…?」

 軽く空を見上げたイオータの顔から自信に満ちた笑顔が消えたかと思うと、次に発したのは意外な言葉だった。

「それは、オレの強がりだ」

「………?」

「本音は、オレ自身がここにいる存在理由を失うのが怖いのさ。主君に嫌われたと分かって落ち込んでよ、誰の役にも立たなくなったら、オレがここにいる理由さえなくなっちまう。だから自分の為に、お前らにとってオレが必要な存在でなきゃいけねぇって思ったんだ。そう思って行動する事が、今に繋がってんだよ。お前らがいてよかったって思ってんのは、オレも同じなんだぜ」

「イオータ…」

「こう見えて案外繊細な男だからなぁ、オレってやつはよ?」

 〝お前らの存在に感謝してんだ〟という本音を話した照れ隠しなのか、〝よっ〟と勢いよく段差を登ると、ネオスの方を見もせずそのまま歩き続けた。そんな背中に、ネオスが自信を持って言葉を返す。

「君は必要だよ。僕だけじゃなく、みんなにとっても」

 その言葉に、イオータの足が止まった。

「僕たちがいてよかったって思ってくれてるなら、それだけで僕たちは自信が持てる。君には僕たちが必要なんだって思える事が、僕たちにも必要だからね。それに、共人としてではない僕たちの存在理由なら、〝仲間〟っていうだけでも十分だと思うんだけど?」

 故に、落ち込んで誰の役に立たなくなったとしても存在理由はなくならない、という意味を含ませた。当然その意味はイオータにも伝わり、ネオスの言葉を心の中で繰り返すような間があったかと思うと、フンと鼻で笑ったのが分かった。

「言うじゃねーか」

 再び歩き出すと同時に呟いた声はとても嬉しそうで、その照れたような笑顔が想像できる口調に、ネオスとルーフィンが顔を見合わせて小さく笑った。そして同時にルーフィンと同じことを思っていたネオスは、彼の促しもあり、ひとつの結論を口にした。

「イオータ、主君は君を嫌ってなんかいないよ」

「……………?」

 意外な言葉に、イオータが歩きながら振り返った。

「おそらく、僕たちが主君の気配を知り得なくても、主君は僕たちの気配を知る事ができるはず、違うかい?」

「まぁ、そりゃな」

「だったら、主君は君を嫌っていない」

 ネオスが力強く言った。そして続ける。

「本当に嫌っていたら、この近くにはいないはずだ。──そうだろう?」

「なに…言ってんだ、お前?」

 気休めではないその言い方に、イオータの足が自然と止まる。

「闇の中で主君が寝てたって事は、そう遠くない場所で君の主君が寝てたって事だ。ということは──」

「お…おぃ、ちょっと待てって。どういう意味だ、そりゃ?」

 イオータの驚きように、ネオスは〝やっぱり〟と思った。〝闇の中の映像〟が、単なる夢や幻想ではなく、〝現実の映像〟であるとは知らないんだ、と。

「ルフェラが闇の中で見ている事は、その時どこかで現実に起こっている事なんだよ。しかも、そう遠くない場所でね」

「なに!?」

「ルフェラが最初に闇の中で見たのは、ルシーナがラディに謝りに行くと言った朝。その時に見たのは、ジッと佇む銀髪の男性──母親を殺されて暴走したルシーナに、戻るよう諭した男性と、密かにルシーナの様子を見守っていたオークス、そしてルフェラのペンダントを狙って森の中で潜んでいた男たちの姿だったんだ。次に見たのは鍋を囲んだ日の帰り道…急に目の前が真っ暗になって座りこんだんだけど、その闇の中で見たのはルシーナの家が襲われているところだったんだよ。その二つのことを考えると、どれくらい離れた場所の事が見えているのかは分からないけど……少なくとも今は、そう遠くない場所で起きてる事だっていうのは、確かだと思う」

「……………」

 その説明を、イオータは黙って聞いていた。聞きながら、自分なりに導き出す結論がネオスと同じである事に、すぐには言葉が出てこなかった。

(そう…なのか、アリス? 本当にオレを嫌って……オレが見つけられないように〝神隠しの霧〟を使ってるわけじゃねーのか? だとしたら、いつか…いつかお前の共人として戻れる日が来ると…そう思ってもいいのか…? そんな望みを持ってもいいんだな…?)

 見えない相手への、そして返事など返ってこない一方的な問いかけだったが、イオータの心には何か温もりのある小さな光が灯ったような気がしていた。

「どう思う、イオータ?」

 顔を見れば同じ結論に行きついたのは一目瞭然で、故にわざとそう問いかければ、

「…お前が聞くかよ?」

 ──と、彼らしい短い返事。つまり、〝同じ共人として、オレの気持ちが誰よりも分かるお前が聞くか?〟という意味だった。

「確かに」

「…ったくよ」

 そんな会話に二人はフッと笑った。

「ところで、ひとつ疑問があるんだけど?」

「なんだ?」

「戦神の名が…アリス?」

 〝ウソだろ?〟というネオスの質問に、イオータは〝はは…〟と笑った。

「あぁ、本当はアレリウスって言うんだ。けど呼び難いだろ、毎回毎回〝おい、アレリウス〟なんてよ? だからオレが呼びやすいように中の文字を取っ払って、〝アリス〟って短縮してやったのさ。本人は呼ばれるたびに〝僕は女じゃない!〟ってムキになったりしてよ、それが面白いから、それ以来ずっと〝アリス〟って呼んでんだ。ま、呼ぶのはオレだけなんだけどな」

 イオータは、その時のやり取りが本当に楽しいんだ、というような顔をした。

 そして再び二人が歩き出した時、まるで心の迷いが消えたのを示すかのように、一羽の鳥が頭上を飛んでいくのが見えた。

 それが合図にでもなったのだろう。

 〝行こう〟というネオスの迷いのない声が掛かると、ようやく本格的な狩が始まったのだった──



 一方、川沿いを下っていたラディの足取りは怒りに満ちていた。まるで、その怒りを地面にぶつけているような歩き方に、リューイが溜息をつく。

「そんなんじゃ、足音で魚が逃げちまうぞ?」

「これが、静かに歩いてられっかよ!?」

「ったく、大げさだな。キスしたならともかく、ちょっと抱きついただけじゃないか?」

「ちょっとってな…あいつは初めてルフェラを見たんだぞ? それでなんでいきなり抱きつくんだよ!? オレでさえあんな簡単に抱きついたことねーってゆーのに…その上、キスなんかしてみろ、殴るだけで済むかっつーの!」

「あぁ~…」

 思わず漏らしたラディの本音に、リューイは 〝なるほどな〟 と苦笑した。

(オレでさえ…か。はは…怒りの一番の原因はそれかよ…)

 〝名無し男〟が目を覚ますと、彼は体調も戻ってないのに家を出て行こうとした。それをリューイたちが引き止めていたのだが、最後に起きてきたルフェラを目にした途端、何を思ったのか、いきなり抱きついたのだ。本当に突然のことで、誰もが呆気に取られてしまった。それでも何とか真っ先に反応したのはラディで、ルフェラから〝名無し男〟を引き離すとそのまま胸倉を掴み上げた。流れからいけばそのまま殴る所だが、実際は拳を振り上げた所でみんなに止められたため、殴る事ができなかったのだが。故に、怒りも治まらないのだろう。

「あー、くそっ、ムカツク! あんなに〝出ていく〟って言い張ってたのに、ルフェラの言葉は素直に聞きやがってよ……ぜってぇ、下心があるんだぜ、あいつ! くそっ、このっ、このっ、このっ──」

 ラディはその怒りをぶつけるべく、何度も地面の雪を蹴飛ばした。

「まぁ、まぁ、そのくらいにしとけって。あんたがどれだけ彼女に惚れてるのか、もし次に手を出したらどうなるのかは、さっきの事であいつも分かったはずだ」

「あったりめーだ! ってか、次があってたまるかよ!? それに…だいたい、なんであんたがここにいんだよ?」

「何でって…」

「徹夜したんだし、どうせなら家で休んでればいいんじゃねーのか?」

「絶好の釣り場はオレだけが知ってんだぜ? ディアばあも収穫を期待してるし、あんたにその場所を教えたら、そこら辺の岩場で昼寝でもするさ」

「なに!? 寝るのかよ?」

「あぁ」

「だったら尚更、家で寝てろよな…」

 ボソリと突っ込んだのは、〝どうせなら〟 と言った意味と同じ。リューイがいれば、〝あいつ〟の自制もはかれるし、万が一の時はルフェラを守ってもらえるからだった。とは言え、〝万が一の時は…〟と直接頼めば、徹夜した相手も休んでいられないわけで……流石にラディもそれは言えなかったのだが。なのに言いたい事が伝わってしまうのは、その分かりやすい性格というか、見れば分かる彼の表情だろう。

「心配するなって。いくら女でも相手は四人もいるんだ。今のあいつの体力なら、女の力で十分封じられるさ」

「う…ま、まぁ…な…」

 敢えて口にしなかった心配事を諭され、微妙に動揺したラディ。

(まぁ…剣術のできるルフェラが、そう簡単に襲われるわけねぇとは思うけどよ…)

 反面、そんな安心感があるのも確かで…ラディはひとつ息を吐き出すと、話を少し戻すことにした。

「それより、案内はいいからな」

「あぁ?」

「オレは釣りに関しちゃ自信があんだ。あんたに教えてもらわなくても、その絶好の釣り場くらい自分で見つけてやるさ」

 〝だから何も言うなよ〟とばかりに視線だけで念を押せば、リューイがその挑戦状とも言えるようなラディの言葉を面白そうに受け取った。

 さっきまでとは一転、静かな足取りで歩き始めたラディ。しばらくすると、水の流れが緩やかで大きなカーブを描いている場所を見つけた。

(おっ、いい感じじゃねーか♪)

 ラディは、第一印象でピンときた。そしてそれを確かめるように目を向けたのは川の中。水中に埋もれた岩や石の形、大きさ、配置などを確認すると、その勘が自信に変わる。しかも、彼の言う通り川沿いに生えている木の近くに〝あれ〟があれば、尚更だ。

「よし、ここだな」

 ラディはそう言うと、敢えて〝そうだろ?〟という確認もせず、魚釣りの準備を始めた。その自信に、リューイがフッと笑う。

「なるほど、村一番の腕前っていうのは本当だったんだな」

「………?」

 〝なんでそれを知ってんだ?〟と疑問の目を向ければ、

「彼女が言ってたんだよ、家を出る前にな」

 ──との答えが返ってきた。

「彼女…って、まさか──」

「あぁ、あんたが惚れてる〝彼女〟だ。釣りの腕前はもちろん、場所選びも村一番だから任せていいってな」

「そ、そうか、ルフェラが…」

「相当、信頼している顔だったぞ?」

 反応を楽しむようにそう言えば、案の定、単純明快なラディの顔がパッと光り輝く。

「おぉ、任せとけ。ルフェラの為なら、たとえ火の中 水の中…ってな。男に必要なのは、愛する者を守り抜く力と、養う力だ。よし! ぜってぇ、釣って帰るからなっ。──おりゃ、魚ども掛かってこいっ!」

 大げさな持論と共に、ラディは張り切って疑似餌を川の中に投げ入れた。

(はは…。本当に分かりやすい性格だな、こいつは…)

 今朝の反応からして予想通り…いや、それ以上の単純さぶりに思わず笑いが込み上げてくる。が、それを悟られればまたいらぬ会話が始まるのは容易に想像がつくことで…リューイはそっと〝あれ〟の上で寝そべると、〝じゃ、あとはよろしく〟とだけ言って目を閉じることにした。

 そう、そこは岩の上。〝釣り場に案内したら…〟 と言っていた通り、まさに寝るには最適の場所だったのだ。夏は木の葉が生い茂り、ちょうどそこが日陰になる。今のような冬の時期には、その葉が落ちて心地よい日が当たるのだ。

 暖かい日差しが徹夜明けのリューイを一気に眠りに誘えば、聞き慣れた川のせせらぎが静寂の世界へと導いていく。

 リューイは、遥か遠くの方で魚が跳ねる音を聞いたのを最後に、束の間の深い眠りへ落ちていった──



「おい。いたぞ、ネオス。でっけぇ、獲物だ」

 声を潜めたイオータが、獲物から目を離さず顎だけでその方向を示した。目で追えば、十数メートル先の木々の間に同じような色をした──けれど、確かに動くものが目に入る。

『イノシシの子供ですね』

 顔は見えなかったものの、その毛並みと大きさから判断した答えが、頭の中でルーフィンの声と合致した。

 村にいた時なら、このくらいの獲物はまだ小さい類に入る。が、今はそれを必要とする人数が人数だけに、子イノシシでも〝でっけぇ〟分類に入るのだ。しかも、それまで獲たのが二羽の鳥だけなら尚更の事。

「よし、そろそろ陽も傾いてきたし…あいつを仕留めて、とっとと帰ろうぜ」

 イオータの言葉に、ネオスが静かに頷いた。そして、音を立てないよう背中の筒から矢を抜き取ると、狙いを定めるようにゆっくりと弓を引いた。

 狙う場所はもちろん喉。一撃で確実に仕留められるうえに、獲物自身も最小限の苦しみで済むからだ。

 イノシシは、必死に雪の下に残る僅かな餌を探しているのか、ネオスたちの気配には気付かないでいた。それはそれで彼にとっては狙い安い事なのだが、残念ながらここから見えるのは木々の間の胴体部分のみ。しかもイノシシが動いた所で、喉が見えるのはほんの僅かな隙間だけだ。その為、ネオスはその隙間に狙いを定め、イノシシが動き出すのをジッと待った。

 時折、方向を変えそうになって焦りもしたのだが、そこを何とか堪えると、ようやくイノシシが顔を上げ移動を始めた。

 〝よし、今だ!〟

 イオータが心の中で言うのと、ネオスが矢を放ったのはほぼ同時だった。

 放たれた矢は、弧を描かず真っ直ぐとイノシシの喉元に向かった。それだけ力も入っていたのだろう。そして一瞬、悲鳴か鳴き声のような声が聞こえたかと思うと、イノシシは数歩暴れるようにして地面に倒れ見えなくなった。

 ネオスたちが木の向こう側に倒れたイノシシの所に向かうと、痙攣にも似た動きを見せていたが、それもすぐになくなっていった。

「本来なら、子供は狙わないんだけどね…」

「あ~…まぁ、しょうがねーさ。オレらだって、食わなきゃ生きていけねーんだしよ。それに──」

「それに…?」

「これ以上 デカかったら、運ぶのが大変だ」

「あはは…それは言えてる」

「だろ? とりあえず、ありがたく頂戴しようぜ」

「あぁ」

「よっしゃ。ンじゃ、帰るぞ」

 そう言って手際よくイノシシの足を縛ると、〝よっ!〟と声を掛けて担ぎ上げた。そして、ルーフィンに向かって指示を出した。

「先頭はルーフィンな」

「………?」

 初めての山とはいえ、帰る方向はネオスも分かっている。安全の為に目印も付けてきたからだ。にも拘らず、敢えてそう指示した意味が分からないでいると、

「いつ本能が動き出して、獲物に噛み付くか分かんねーからな」

 ──と、冗談とも本気とも思えるような口調で付け足したから、二人──ネオスとルーフィン──とも呆気に取られてしまった。が、僅かな間があってサッサと先頭に立って歩き出したルーフィンは、敢えてネオスとのすれ違いざま足に触れると、

『私はしませんっ!』

 ──と、その不満を口にした。当然、一番言いたい相手はイオータなのだが、言った所で聞こえない為、どうしても分かってもらえる相手──ネオス──に伝えたのだ。

 そんなルーフィンの態度で気分を害したのが分かったのか、

「冗談だって、冗談。そう怒んなよー、ルーフィン」

 イオータは懸命にバランスを取りながら、慌ててルーフィンを追いかけていった。もちろん、そんな二人の後ろをついて行くネオスは、可笑しくて笑っていたのだが。


 そうして、昨日の夕方歩いていた道に出た時だった。

「あぁ~…ようやく見えてきたぜ、ばぁさんち。やっぱ、子供とはいえ重ぇな、お前?」

 まるで生きているかの如くイノシシに話しかけるイオータ。そんなひとり言を聞きながら、ネオスはふと、家を出た時とは違う空気を感じ取り足を止めた。それは殺気とも気配とも違う、全く別の〝気〟で、自分たちを取り囲んでいるというよりは、風のように流れてくる感じだった。

(いったい、どこから…?)

 当然のように、その出所を確かめようと気を集中させてみる。その間にも、イオータはイノシシに話しかけていた。

「けど、最後にお前を仕留められてよかったぜ。収穫が鳥だけだったら、アイツに何 言われるか分かったもんじゃねーからな……って、仕留めたのはオレじゃねーんだけど。──え? アイツ? あぁ、アイツって言うのは魚釣りに行ってるラディのことだ。いやホント、オレらの前に出てきてくれて助かった。感謝するぜ」

 そうは言われても、イノシシにしてみれば嬉しくない結果だろう。

「でもまぁ、仕留めたのがネオスでよかったんじゃねーか? これがルーフィンだったら、ある程度 格闘しなきゃなんねーからな。やっぱ、流石に一撃で喉に喰らいつくっていうのにはムリが──」

 ──とそこまで言って、ルーフィンが立ち止まりこちらを向いたから言葉を切った。

「な、なはは…ウソだって。お前なら一撃でやれるさ、あぁ、絶対にやれる。だからそんな怖い顔すんなよ、な? ──ほら、こいつだって言ってるぜ……って、ハハ…それこそムリか…」

 そんなイオータの言葉に、ルーフィンは〝まったく…〟と心の中で溜息を付いた。が同時に、急に始まったこのラディ並みのひとり言がどうも気になっていた。そんな視線に気付いたのか否か、イオータは再び歩き出すとひとり言をやめて少し話を変えた。

「しっかし、あのばあさん…今までどうやって食料調達してたんだろうな?」

 その質問は、後ろにいるネオスに向けたものだったが、〝気〟の出所を探るのに集中しているネオスには届いてないようだった。それでも、イオータは構わずに続けた。

「リューイ一人で肉も魚も捕ってくるってーのは結構 大変だぜ? しかも、毎回 獲物が捕れるってわけでもねぇしな。それに、話を聞く限り、あいつらも昔っから一緒に住んでたわけじゃねーみたいだろ? 大体、なんで村から離れて一人で暮らしてたのか──」

 大した質問ではなかったものの、全く返事がない事にようやく後ろを振り向けば、ネオスとルーフィンがそれぞれ離れた場所で同じ方向を見ている姿があった。その視線の遥か遠くには、積乱雲にも似た大きな雲がある。

(やっぱ、気付いたか…)

 改めてその雲を確認したイオータは、〝しょうがねぇな…〟とばかりにネオスの元へ引き返すと、今度は静かな口調で話し掛けた。

「龍道雲だろ…? いつ見ても悲しい雲だよな…」

「……悲しい?」

 その意味の分からない言葉にイオータを見れば、彼もまたネオスの疑問に〝なんだ?〟と顔を向けた。

「龍道雲、知らないのか?」

「あ、あぁ…」

 ネオスは〝知らない〟と首を振った。ただ〝悲しい〟という表現は、少なからず自分の気持ちを言い当てているような気がした。何故なら、その雲を見てからずっと、不思議な感情に包まれていたからだ。切なさで胸が締め付けられるような、それでいて物凄く暖かいものに包まれている…そんな感覚…。そしてそれは、ルーフィンも同じだった。

「そうか…。気付いたから知ってるもんだと思ったぜ…」

 ひとり言のようにそう言うと、イオータは再び龍道雲に視線を移した。

「あれは龍道雲といって、幻龍が通る道なんだ。ほら、雲のてっぺんを見てみな。一見、積乱雲のように見えるが、そのてっぺんは、竜巻のようにくねった雲が遥か上まで伸びてるだろ?」

 言われて雲のてっぺんを目で追えば、確かに、彼の言う通り竜巻のような雲が上へと伸びていた。

「幻龍は神が操る仕獣でな、その使い道は色々あるが、龍道雲を創って呼び寄せる理由はただひとつ。神にとって特別な死者の魂を天召させるためなんだ」

「特別な死者…?」

「あぁ。簡単に言えば、神が愛した者だな」

「……………!」

「どんなに万人を愛する神とはいえ、誰よりも辛い経験をする運命だ。その過程で特別な想いを抱く相手がいたって不思議じゃない。まぁ…愛って言ったって色んな愛があるからな、もう少し広い意味で言えば、〝大切な者たち〟ってことだが──…」

 そう説明をされて、ネオスとルーフィンはようやくその〝気〟がもたらす不思議な感情を理解した。と同時に、龍道雲に気付いていながら、敢えて避けるようなひとり言を始めたイオータの心情も分かった気がした。

「オレらの最期も、ああだといいよな…」

 それはとても静かで、この上ない最期の形を願っている…そんな口調だった。



 パシャッ──


 最後の抵抗で跳ね上げた水しぶきも空しく、それは束の間 空を泳いだ後、ラディの手の中に収まった。

「よっしゃぁ、二十! これでノルマ達成だなっ」

 慣れた手つきで疑似餌の針を外すと、足元に置いてあった籠の中に入れ、改めてその中を覗き込んだ。

「大漁、大漁♪ この時期に、しかも初めての場所で二十匹なんてよ…ふははっ、やっぱ、オレって天才だよなー。どうせ、あっちは鳥ぐらいしか獲れねーだろーし、そこにきて、オレがこいつを持って帰ったら──…」

 言いながら、その状況を想像したラディ。思いきり顔が緩んだと思ったら、

「間違いねぇ、ぜってぇ惚れる!」

 ──ガッツポーズまでして、大きく頷いていた。

「それにしても、なんで二十匹なんて中途半端な数なんだ? 一人二匹ずつでも四匹余るぞ?」

 今更ながら課せられたノルマの数に疑問を抱いたラディ。片付ける手を休めると、確かめるように指折り名前を数え始めた。

「まず、ルフェラだろ? それからオレにネオス、ミュエリ、イオータ……んで、ばぁちゃんがいて、リューイがいてリアンがいて……う~ん、やっぱ八人だよな?」

 〝じゃぁ、なんで四匹も余分に…〟と思った所で、まるでテレパシーでも送られたように、ある顔が脳裏に浮かんだ。

「おぉ、そうか、ルーフィンだ! はは、アイツも人間並みに扱われて幸せ者だよなぁー……って、それでもまだ二匹余るぞ?」

 〝まだ他に誰かいたか?〟と、今一度 頭の中で思い浮かべれば──

「あー!! まさか、あいつの分も入ってたのかっ!?」

 〝あいつ〟とは、もちろん名無し男のこと。当然といえば当然のことだが、今朝、ルフェラに抱き付いたことで、既にラディの中では数に入ってなかったのだ。故に、彼にとっては〝まさか〟の心境だった。

「くっそぉ…まさか、あいつの分までオレが獲る羽目になるとは…!」

 できるなら釣った二匹を川に返したい気分だったが、そうするとノルマを達成できないだけでなく、〝ルフェラが自分に惚れる〟という計画までなくなってしまうため、ここはグッと我慢した。

(まぁ、既に魚も死んじまってるからムダにはできねーしな…。う~ん…せめて、オレに対するルフェラの愛情が倍増でもすれば、この不満も少しは和らぐんだけどなー…)

 なんて何気に──いや、実は真剣──に考えていたら、それは意外にも簡単な方法として頭に閃いた。

「そうかっ! ルフェラのために、もう一匹釣ればいいんじゃねーか!! 二十一匹ならノルマは達成。しかも尊敬もされるし、最後の一匹はお前のために…なんて言ってみろ? 〝嬉しいわ、ラディ…あたしのために…〟って、涙流してオレに抱きついてくるはずだ!! ──よし、決めた。もう一匹釣って帰るぞ!」

 リューイが起きていれば、間違いなくもっと早い段階で突っ込まれている事だろう。が、ここは既にラディだけの世界。一人で作り上げる妄想を止める者は誰もいなかった…。

 かくして、片付けようとしていた釣竿は元の姿に戻り、疑似餌が川に投げ入れられたのだった。

「フンフフンフン~♪ 待ってろよ、ルフェラ。お前のために、一番でっけぇ魚釣ってってやるからな~」

 気分はもう、喜ぶ妻の顔を想像する夫のよう。それでも、疑似餌を操る手先はいつものように繊細で、疑似餌がまるで生きているかのように見えた。

 水の流れや勢いに合わせ、竿を右へ左へと動かす。そうして三、四回ほどした頃だった。

「ん…?」

 不意に、左の方──下流──から誰かが歩いてくるような音が聞こえ、反射的に目をやれば、木々の向こうから荷物を抱えた〝誰か〟が足元を気にするように近付いてくるのが見えた。

 防寒着で身を包んではいるものの、体格は細身だと分かる。更に肌の色が周りの雪を反射したかのような白さだった為、最初は女性かとも思ったのだが…。

 徐々に近付くにつれ、その人物もラディの姿に気付き顔を上げた。

(なんだ、男か…。にしても、えらく華奢な体してんなぁ?)

 〝大丈夫か、こいつ?〟 と極自然に思ったのは、過去の記憶とリンクしたからだろうか。けれど、この一瞬の感情が瞬く間に過去の記憶を呼び起こさせることとなる。

 それは、〝どこか見覚えがあるような…〟とお互いに記憶を辿り寄せた、次の瞬間だった。

「─────ッ!!」

「─────ッ!!」

 二人の顔が、同時に声も出せないくらい驚きの表情に変わった。

(ウソ…だろ…? なんでここに…!?)

 昨日、ルフェラと話した時は覚悟した。覚悟はしたが、山の中を歩いているときにその覚悟も不要になったと思っていたのだ。故にこの出会いはあまりにも不意打ちで、ラディは改めて、過去と向き合う自信がない事を痛感させられたのだった。

 相手が何か話し出せば、もうどうしていいか分からなくなる。ラディは慌てて竿を上げると、足元にあった籠を引っ掴んで彼に背を向けた。そんなラディの姿に、彼もまた反射的に追い掛けようとしたのだろう。ザクッと雪を踏み出す音がしたため、堪らずラディが叫んでしまった。

「来んなっ!」

「─── !」

 その言葉に、思わず男の足が止まる。その僅かな静寂の間を、再びラディが埋めた。

「ついて…くんなよ…!」

 〝頼むから〟

 そんな思いを必死で押さえ込むと、ラディは背中を向けたままそれだけ言って、足早に立ち去っていった。


(なんで…なんであいつがここに……道は外れたはずだろ…!?)


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