物語を紡げなくなる時
俺は気がついたら、転生していた。
何だか記憶があやふやだが、俺は確かに高校生として日常を過ごしていたはずだった。
(何だ!?何が起きたんだ!?)
はっきりとしない視界。
自由に動かすことのできない身体。
(事故にでもあったのか?
もしかして植物状態なのか?)
悲観的な想像ばかりしていた。
その疑問は時間の経過と共に解消していった。
抱き上げられ、乳を飲む。
あやされ、話しかけられる。
赤ん坊になったと理解したのは、気がついてから程なくのことだった。
そしてここが現代日本ではなく魔法のある世界、つまり異世界だとも気がついた。
俺は異世界の貴族の子供に生まれ変わったようだ。
俺は、かつてはライトノベルが好きな高校生だった。
当然、昔読んだ小説にあったように魔力の熟練や増大を試すことにした。
結果。
俺は歩けるようになる頃には、膨大な魔力量を持ち、様々な魔法が使えるようになった。
さらに、食文明の低いこの世界。
離乳食のまずさにうんざりした俺は、前世の知識を利用して食文化を一気に刷新することにした。
結果。
屋敷の使用人から領地の領民まで、全てが豊かになった食生活を俺に感謝するようになった。
やがて学齢期を迎え、俺は魔法学園に通うことになった。
入学の時の魔力測定では、測定器で計測不可能な数値を叩き出した。
それに因縁をつけてきた悪徳貴族のガキどもを軽く追い払う。
そのせいで、同学年の王女にやたら構われるようになってしまった。
他にも聖女候補生や獣人の女の子も、しょっちゅう俺に構ってくる。
学園でダンジョンに行く実習では、彼女たちからせがまれてパーティを組むことになった。
ダンジョンの最年少踏破階層記録を次々に塗り替えていく俺たち。
時には、魔物の侵攻を相手することもあったが、簡単に退けたりもした。
そして、そして………………。
あれ……そして…………?
ピーッという無機質な音が、白い部屋に鳴り響いた。
計測機を覗き込んだ男が、機械の停止操作をする。
モニターを観測していた女が声を発した。
「また失敗ね、どうしていつもこの辺りで停止してしまうのかしら?」
機械を見ていた男が女に視線を向けた。
「僕はわかるような気がしますよ。
きっと、彼らは終わりたくないんですよ」
「終わりたくないってどういう意味?
実際、終わってないじゃない」
男は困惑した顔をした。
「うーん、何と言えばいいのか。
うまく言えないんですけどね、この後の彼はどうなると思いますか?」
「え?もっと強くなってもっとモンスターを倒してお金持ちになってハッピーエンドじゃないの?」
男はゆっくりと首を左右にふる。
「別に、今のままでもう彼に勝てるモンスターもいませんし、お金も充分に稼いでいます。
彼を愛する美少女たちもたくさんいます。
これ以上、望むことはあるんでしょうか?」
男の言葉に女は思案した。
「え、そう言われればそうなんだけど……」
「望むことが無くなって、その状態で生きるのは幸せなのでしょうか?」
女はしばらく考え込んだ後、そっと目を閉じて彼の冥福を祈った。
2050年に、植物状態の人間の新たな治療法が発表された。
だが、それは諸刃の剣だった。
被験者の脳にVR技術で作られた擬似世界を展開する。
そこで、被験者自身が物語を紡ぐ。
物語を紡ぐことで、被験者の脳はゆっくりと回復をしていく。
物語を紡ぎ終えた時に被験者は目覚める。
それだけならば画期的な治療法だった。
しかし、被験者が物語を紡げなくなると、なぜか脳が活動停止してしまう。
何度も改良を試みたが、何をしてもこの活動停止を防ぐことはできなかった。
回復か活動停止か。
しかし、もともと回復する見込みのほとんどない植物状態の患者の家族は一縷の希望を持ってこの治療法に縋った。
紡がれる物語は、患者の家族の強い希望でもってインターネットでリアルタイムに更新されている。
同じ様な患者の家族の希望になることを夢見て。