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時の守人  作者: 冬木ゆあ
3.アルド王国
9/21

 首都カレルに入る前にユアンは外套のフードを被って顔を隠した。


 カレルはアルド王国の首都なだけあって人が多かった。

 レンガ造りの町並みは統一感があり美しかった。

 歴史を感じる町並みだ。


 石畳の道を老兵について行くようにしてユアンとカルロスの馬が続く。


 街一番の宿屋へと入った。

 宿屋の女将がユアンに気がつくとすぐに一室に案内した。

 この宿一番の部屋だ。

 カルロスとフィオナは目を丸くしながら部屋の中を見た。

 天井には豪華なシャンデリアが吊られ、白を基調とした家具も高価なものが並ぶ。

 ユアンは慣れた様子で部屋のソファーに座った。


「イリス座れ。君たちも」


 イリスとカルロスとフィオナはユアンの正面に座った。

 イリスを中心にして座り、カルロスとフィオナは借りてきた猫のように大人しく座っている。


 イリスが尋ねた。


「……お父様から連絡来ている?」

「俺は何も聞いてない。城を出たのはいつだ?」

「……一カ月前くらい」


 ユアンは気が遠くなったように額に手を当てて後ろに仰け反った。


「なんでまた……」

「北の荒野へ行くの」

「北の荒野? あそこは犯罪者を送る自然の牢獄だ」


 ユアンは難しい顔をした。

 そのままイリスの隣に立つカルロスとフィオナを見た。


「遊牧民のカルロスと森の魔女のフィオナよ」


 イリスが言った。


「ここまで三人で来たのか?」

「ええ、そうよ。イヴァン山脈を越えてきたの」


 ユアンはぎょっとした。

 もう一度カルロスとフィオナを見た。


「君たちはイリスが何者か知っているのか?」


 カルロスは頷く。


「知っていて連れてきたのか?」

「やめてよ! カルロスたちを連れてきたのは私なんだから」


 今にもカルロスに掴みかかりそうなユアンをイリスはきっと睨む。


 イリスとユアンは隣国の王女と王子という関係なのに親しさを感じる。

 ユアンはイリスを大切にしているようだし、イリスはユアンに心を許しているようだ。

 カルロスは眉を顰めた。


 ユアンはイリスに向いて諭すように言った。


「イリスもイリスだ。自分の立場というものを弁えていない」

「立場なんてとっくになかったわよ」


 イリスはふいっとユアンから視線を逸らした。

 ユアンはその一言で冷静になったのか、落ち着きを取り戻した。

 そして茶色の瞳を細めて言った。


「国に戻れ」

「いや」


 イリスはふいっとそっぽを向いた。


「ねぇ、ユアン王子。さっきから聞いていれば怒ってばかり。イリスがどういう思いでここまで来たのかも聞かないのね」


 ずっと大人しく話を聞いていたフィオナが言った。

 ユアンはぐっと言葉に詰まった。

 それからイリスに尋ねる。


「北の荒野へ行くと言っていたな。どうして北の荒野へ行こうと思った?」

「荒野の魔女に会いに行くの。時が止まった理由を知る為に」

「時が止まった……か。前にも言っていたな。荒野の魔女がその理由を知っているのか?」

「わからない。けど森の魔女が教えてくれた唯一の手掛かりなの。それを私は捨て置けない」


 イリスの真剣な瞳にユアンは考えるような素振りを見せた。


「一度国へ戻り、父君に話してから出直してはだめなのか?」

「それはだめ。許してもらえるわけがないもの。今度こそ城から一歩も出られなくなってしまう」


 イリスはわずかに顔を青ざめさせて言った。


「ユアンは知らないのよ。五度前の秋からルーベンスに来なくなってしまったのだから」

「五度前? 昨年も……」


 そう言ってユアンは黙った。

 昨年もイリスに会いにルーベンスへ行ったはずだ。

 しかし今こうして目の前にいるイリスを懐かしくも感じる。


 ――そう、数年ぶりに会うような違和感。


 思い出そうとするほど頭が混乱する。

 ユアンは頭を振って考えることを止めた。


「私は五度前の秋から人と会うことを禁止されていた」


 年に一度の秋のお茶会も国の催事から遠ざけられていた。


「それを破ってお茶会に紛れこんだ。それがばれて逃げてきたの。カルロスと」


 ユアンはイリスの隣にいるカルロスに目を向ける。

 目を引くのはオレンジの短髪。瞳は草原を映したような緑だ。


「だからルーベンスに戻ることはできない。戻るときは全てが終わった時」

「終わりとはなんだ?」

「時が止まった理由を知ることができたら」


 イリスは迷わずに言った。


「俺はイリスの言うことを信じていないわけではない。だが時が止まったというのはどういうことだ? はじめて聞いたのはイリスの誕生祭の時だったか?」

「ええ、そう。八度前のね。きっとユアンには昨年のことのように思えるはず。けど思い出してみて? なにか違和感がない?」


 ユアンははっとした。

 さっきの錯覚を言い当てられたような気がしたのだ。


「この九回の間、私たちは同じことを繰り返している。けれど少しずつ違うの。五度前までは私の誕生祭はたしかに開かれていた。ユアンも来ていた。でも六度目からは開かれていないのよ。ユアンもルーベンスには来ていない」


 ユアンは頭を抱える。

 ガンガンと頭の内部が膨張する感覚が襲う。


 ――誕生祭の記憶と、自室でイリスを心配する自分の姿が幾度となく重なる。


 それは一瞬でまたぼやけてしまった。


「……分からない」

「そう、それが『普通』なの。だから誰も信じてくれない。覚えているのは私だけだと思っていた。けど他にもいたの」

「誰だ?」

「カルロスのおじいさん」


 ユアンはカルロスを見た。

 カルロスは肩をすくめる。


「俺はユアン王子と一緒だ。イリスの言葉もじいさんの言葉も理解できない」

「でもお前はイリスを信じてここまできたんだろ?」

「まぁな。実感できなくてもイリスがここまでしている。信じるほかないだろう。イリスひとりでもそのうちに城を飛び出していただろうしな」


 カルロスは苦笑気味にイリスを見た。

 イリスは瞳を部屋中に泳がせている。

 実際、カルロスがいなくても次の春には旅に出るつもりでいた。

 今ではひとりでは無謀だったと思い知らされているが。


「そうか……」


 ユアンはゆっくりと言った。

 イリスとカルロスとフィオナをじっくりと見てから瞳を閉じだ。


「分かった。ルーベンスからイリスのことで問い合わせがあったら知らぬ存ぜぬを貫こう」


 イリスの表情が明るくなる。


「ありがとう!」


 ユアンは諦めた様に笑った。


「ねぇ、ユアン王子とイリスってどうやって仲良くなったの?」


 フィオナの質問にイリスとユアンが顔を見合わせる。


「ユアンは毎年、私の誕生祭にルーベンスを訪れるの。それで一カ月くらい滞在していくから」

「へぇ。なんで?」

「俺がイリスの婚約者だからだ」


 ユアンが真顔で言った。

 フィオナは「ふーん」と何度か頷いたあと目を丸くした。

 その顔でイリスを挟んだ隣に座るカルロスを見ると同じように目を丸くしてユアンを見ている。

 空いた口を閉じることさえ忘れているようだ。


「それはお父様とアルド国王が勝手に言っているだけで……」


 イリスは困り顔で言っている。


「だが両国の国王が言っているんだ。俺たちがそれに逆らう理由はない。そうだろ? イリス」


 ユアンはそういうものだと割り切っているような口ぶりだ。

 イリスはもごもごと口籠っている。


「さて、俺は城へ戻る。人攫いの一件が残っているからな。――この部屋は自由に使っていいぞ。今日は疲れただろうから休んで行け」


 ユアンはそう言ってからフレディを従えて部屋を出て行った。

 残された三人はユアンが出て行った扉を見つめたあと、お互い顔を見合わせてほっとしたように笑った。



 イリスたちはユアンの言葉に甘え、そのまま泊ることにした。

 寝間着に着替えたイリスとフィオナはキングサイズのベッドにダイブする。

 それをソファーに座ったカルロスが笑いながら見ていた。


「それにしてもイリスに婚約者がいたなんてびっくりだよ。ね、カルロス」


 フィオナがカルロスに話題を振るとカルロスはわずかに顔を赤らめたまま黙っていた。


「わざわざ言うことでもないし、お父様同士が勝手に言っているだけだもの」

「ユアン王子とは結婚したくないの?」

「そんなこと……まだちゃんと考えたことないよ」


 イリスは枕を抱えて顔を埋める。

 フィオナは肘をついてイリスを見た。


「他に好きな人いるの?」


 イリスは目をぱちくりさせた。

 それから真っ赤になって「い、いない!」と答えた。

 フィオナはにやにやと笑いながらソファーに座るカルロスに目を向ける。


「ねぇ、カルロス」


 会話を盗み聞いていたカルロスがびくりと肩を揺らした。


「なにさ。声掛けただけでそんなに怯えないでよ」

「急に話しかけるからびっくりしただけだろ。で、なに?」

「カルロスもこっちにきて一緒に話そうよ」


 フィオナが左端に寄ってイリスを引き寄せる。


「ほら、カルロスも」


 イリスもカルロスを呼んだ。

 カルロスは頭を掻きながらイリスの横に座る。

 三人が乗っても余るほど大きなベッドだった。


「ねぇ、イリスとカルロスも幼馴染なんだよね?」

「一度しか会ったことないけどな」

「庭のお茶会でね」

「イリスは忘れていたくせに」

「カルロスは別人みたいに変わっていたから」


 そう言い合うイリスとカルロスを見てフィオナがくすくすと笑った。


「昔のカルロスってどんなだったの?」

「もう少し濃いオレンジの髪でね、肩よりも長く伸ばしていて女の子だと思ったくらい可愛かったの」

「へぇ、想像できない」

「想像しなくていいよ。髪を伸ばすのは寒さよけで、遊牧民じゃ当たり前なんだよ」

「じゃあどうして伸ばさないの?」


 フィオナが聞いた。

 カルロスはぐっと言葉を飲んで目を泳がせる。


「ねぇ、どうして?」

「……から」

「なに? 聞こえない」

「女に間違われるから!」


 カルロスが真っ赤な顔で言った。

 イリスとフィオナはきょとんとしたあと笑った。


「た、たしかに。言われてみるとカルロスって女顔だよね!」

「笑うなよ」

「だ、だって、おかしすぎて死んじゃいそうだよ」


 フィオナは腹を抱えておかしそうに笑っている。

 カルロスがフィオナの耳を引っ張った。


「とどめさしてやろうか?」

「遠慮します」


 フィオナがぴたりと笑うことを止めた。

 それから夜遅くまで三人は昔のこと、今のこと、未来のことを話していた。



 翌日の早朝にイリスたちは街を出た。

 街の外壁を出たところに二人の男が立っていた。

 ひとりは外套を羽織り、もうひとりは衛兵だった。

 木陰で待ち伏せていたようだ。

 イリスに気がついた男がフードをわずかに上げる。


 ――ユアンだ。


 フレディは昨日と同じく鎧を身に纏い、ユアンの傍にひっそりと立っている。


「遅かったな」


 ユアンが言った。

 口元には笑みが浮かんでいる。


「ユアン! どうしてここに?」


 イリスが駆け寄った。


「報告がてら見送りにな」

「報告?」

「昨日、城に戻るとルーベンスからの使者が来ていた」


 イリスの顔から笑顔が消えた。

 辺りを警戒するように視線を動かす。


「安心しろ。お前を探しに来た訳ではない。今年のイリスの誕生祭は中止だそうだ。どうやらルーベンス王国王女、イリス・ド・バリーは病で寝込んでしまっているらしい。笑いそうになるのを堪えるのに必死だった」


 ユアンはわざとらく肩をすくめる。

 イリスは頬を緩めた。


「それから馬を二頭と当面の食糧。それから――援助金だ」


 ユアンが外套の中から小さな袋を出した。

 じゃらりと金属がすれる音がする。

 それに一番に食いついたのはフィオナだった。


「助かった! 貧乏生活からおさらばだね」


 カルロスとイリスも顔を綻ばせてフィオナの手の中にある袋を眺めている。


「ああ! これで冬服も買えるし、宿だって取れる」

「じゃあ虫を食べる必要はなくなった?」

「ああ!」


 会話の内容にユアンは顔を引き攣らせる。

 そしてカルロスの首元を掴んだ。


「おい、貴様。イリスにどんな生活をさせているんだ」

「いやぁ。実はじいさんから金をもらっていたんだが、ここへきてつきかけていて」


 カルロスは頭に手を遣りながら言った。その顔は気まずそうだ。

 イリスは慌ててユアンの腕を掴む。


「カルロスを離して。蛇や蜥蜴も食べられるようになった。虫だって……きっと大丈夫」


 イリスは意を決したように言った。

 カルロスとユアンはそんなイリスの顔をじっと見る。

 それからカルロスは重いため息をついた。


「イリス……」

「貴様ぁ!」


 怒り心頭のユアンがカルロスの首元をさらにきつく掴んだ。

 イリスが慌てた様子でユアンの腕を掴んで抵抗するがユアンの怒りの前では小さなものだった。


「く、くるしい……」


 カルロスが小さく言った。

 フィオナは腹を抱えて笑い転げている。

 ユアンはカルロスを乱暴に離した。

 カルロスは地面に腰をついてけほけほと小さく咳をしている。

 怒りのあまり顔を真っ赤にしたユアンはカルロスを指差した。


「こいつには任せておけん! 俺も一緒に……」

「なりません」


 ユアンの隣で静かに控えていたフレディが言った。

 ユアンがフレディを振り返る。


「だがこのままではイリスが……!」

「なりません」


 うつむきがちだったフレディがわずかに顔を上げると茶色の瞳が光った。

 ユアンは苦々しそうに唇を噛む。

 それから肩をすくめて笑みを浮かべた。

 そして地面に座るカルロスの前に膝をつく。

 カルロスの首元をまたぐっと握った。


「……だそうだ。いいか。よぅく聞けよ。――イリスを頼む」


 ユアンはカルロスから手を離し、その手をカルロスに向けた。

 カルロスはにっと笑う。


「ああ」


 そしてユアンの手を握った。

 ユアンとカルロスは立ち上がる。

 ユアンはイリスに目を向けた。


「イリス、必ず帰って来い。必ずだ」


 イリスは頷き、瞳を細めて微笑んだ。


 イリスたちは馬に乗り、街道へ向かって進みはじめた。

 ユアンは三人が見えなくなるまでその背を見ていた。


「俺には俺にしかできないことがあるはずだ。――戻るぞ、フレディ」


 ユアンはそうぽつりと言った。


「はい、殿下」


 ユアンとフレディは首都カレルへ向かって歩き出した。

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