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時の守人  作者: 冬木ゆあ
7.旅の終わり
17/21

 その日は日が暮れる前にテントを張った。

 夜空に星が散らばる頃には、四人は狭いテントに身を寄せ合って横になった。

 いくつもの毛布を重ねている。

 右端にフィオナ、その隣にイリス、カルロス、ホセが横になっていた。


「終わったんだよね」


 フィオナがぽつりと言った。


「あんまり実感ないけどなぁ」


 ホセは頭の下で手を組んでテントの天井を眺めながら言った。


「風の魔女はまた時を止めようとするんだろうか」


 カルロスが言った。


「どうだろうね。でもすぐには無理だよ」


 フィオナがカルロスに答えた。


「どうして?」


 イリスが尋ねた。


「時を操るには膨大な魔力がいるんだよ。それにたくさんの条件が必要なんだ」

「条件?」

「そう。詳しいことはあたしも分からないけど、おばあちゃんなら知っているかも。戻ったら聞いてみるよ」


 イリスは「うん」と頷いた。そして風の魔女のことを思い出していた。

 愛する人たちと一緒にいたい。

 その為だけに人の時を止めた風の魔女。

 今はどこにいるかも分からない風の魔女に想いを馳せた。

 フィオナはイリスの腕を指でつついた。


「イリス、風の魔女のことを気にしている?」


 イリスもフィオナの方を向いた。そして小さく微笑んだ。


「ちょっとだけ。これでよかったのかなって」

「イリスちゃんが気にすることじゃねぇよ。風の魔女は風の魔女の考えがあって、イリスちゃんにはイリスちゃんの考えがあった。そして時が選んだのはそんなイリスちゃんだった。それにいくら事情があったからと言って、人類全ての未来を奪う権利なんてないだろ。オレもイリスちゃんの信念を支持するぜ」

「へぇ。ホセ、いいこというじゃん」


 フィオナが感心したように言うと、ホセがにっと笑う。


「オレは賢者だからな」

「ああ、風の魔女が言っていたことか。まぁ、ホセの機転で切り抜けられた時もあったしな……」

「ダフネの街はホセがいなきゃ助からなかったかもしれないし。でも、なんでだろう……」


 カルロスとフィオナがちらりとお互いの顔を見た。


「認めたくない」

「信じたくないよな」


 フィオナとカルロスがほぼ同時に言った。

 そして二人は思わず声を上げて笑った。


「なんでだよ!」


 ホセはばっと起き上がり、そんな二人に言った。

 イリスはくすくすとおかしそうに笑っていた。


「なぁ、みんなはこのあとどうするんだ?」


 ホセが尋ねた。


「あたしは迷いの森に帰って、一人前の森の魔女になるための修行に戻るよ。この旅でまだまだ力不足だって思ったから」

「そうか? フィオナ姐さんはすごかったけどなぁ」

「ふふ。ありがとう、ホセ。でもダフネの街でも風の魔女の塔でも『もっと力があれば』って思った。もう悔しい思いはしたくないから」


 フィオナは口元に笑みを浮かべて言った。


「俺も一度、じいさんのところへ戻るよ。今回のことも報告しないとな」

「私も城へ戻る。どうなるかは分からないけど……」


 イリスは不安そうに言った。

 時が止まってから、イリスはその原因を知るために必死だった。

 周りからいかれた姫と呼ばれ――けっきょくこの噂は風の魔女が流したものだと分かったが、城の中でさえ腫れもののように扱われ、気味悪がられることもあった。

 それに国王である父の命に背き、庭のお茶会に紛れこんだ。

 そしてなにも言わずに旅に出た。

 手紙は残してきたが、父の手にちゃんと渡っているのだろうか。

 もしかしたらもう城に居場所はないかもしれない。

 そんな考えがふと脳裏に過るのだ。


「もし城に居づらかったらエイブラハムの一団にくればいい。きっとみんな歓迎してくれる」

「なになに? 俺の嫁にこいって?」


 フィオナはに「にしし」と笑った。

 カルロスは呆れたような瞳でフィオナの方を見る。


「なんだ? その変な笑い声は」

「なぁ、イリスちゃんってお姫様なのか?」


 ホセが肘をついて起き上がり、イリスを見た。

 イリスはきょとんとしたあと、はっとしたような顔をした。


「そういえば、話してなかったね」

「ああ。イリスちゃんがお姫様だってことも、カルロスが遊牧民だってことも、今日知った」


 そうあっけらかんと言うホセに、フィオナは呆れた視線を送る。


「よく何者かも分からない人たちと旅をしようと思ったね」

「だって、お前らと一緒だったら楽しそうだなって思ったからさ」


 ホセがにっと笑った。

 フィオナは大きく目を見開き、それから同じようににっと笑った。


「ふふ。楽しかったでしょ?」

「ああ。すっごく楽しかったな」


 ホセの表情は満足そうだ。

 イリスとカルロスとフィオナも嬉しそうに笑った。

 カルロスはホセに顔を向ける。


「そういうホセはこのあとどうするんだ? レオーネに戻るのか?」

「いや、オレはカレルに行こうと思っている。仕事もそっちの方が多そうだ」

「……人は多いが、衛兵も多いぞ」

「いや、いや。そっちの稼業からはもう足を洗うよ。そろそろ真っ当な仕事に就こうと思っていた頃だし、ちょうどいいや。

 ――みんなもカレルの近くを通るだろ?」

「ああ。俺たちもカレルには寄る予定だ」

「そうね、ユアンにもお礼を言わないと」


 ホセはむくりと起き上がる。その顔は訝しげだ。


「ユアン……ってまさか第二王子のユアン・オールディスじゃないよな?」

「ああ、そのまさかだ」

「なんだって?」


 ホセは驚きのあまり叫び、飛び上がった。

 その勢いで、ホセの隣にいるカルロスの毛布も捲れてしまった。

 カルロスはそれを手繰り寄せながら迷惑そうに顔を歪めた。


「寒いから早く戻れ。イリスがお姫様なのには驚かなくて、ユアン王子には驚くんだな」

「だってオレはアルド国民だぜ? ユアン王子って聞いて驚かずにいられるか。

 ――ところでユアン王子とどうやって知り合ったんだ?」

「ユアン王子はイリスの婚約者なんだよ」


 フィオナが答えた。

 ホセはまた飛び起きる。

 カルロスが迷惑そうな顔でまた毛布を引き寄せた。

 その顔は先程よりも不機嫌そうだ。


「なんだって? じゃあカルロスの恋敵はあのユアン王子ってことか? ああ、哀れだ……」

「そうなんだよ。敵わぬ恋に身を焦がしている哀れな少年なんだよ」

「ユアン王子っていやぁ、勇敢で頭もいいって聞くし、なによりも容姿がいいって聞くぜ?」

「うん、自信に充ち溢れた好青年だったよ。国民にまで人気が高いだなんて……。哀れだね」


 フィオナはカルロスを見た。その黄金の瞳は憐みに満ちている。


「人をそんな目で見るなよ」


 カルロスは機嫌が悪そうにそっぽを向いて毛布を手繰り寄せた。

 頭まですっぽりと被っている。

 ホセは毛布の上から励ますようにカルロスの背を軽く叩いた。


「まぁ、まだ時間はあるし、ユアン王子に負けないようにがんばれって。な?」

「言われなくも、諦めるつもりはないさ」


 そうカルロスは呟いた。それは誰にも聞こえないような小さな声だった。

 お茶会ではじめて会ったあの日から、ずっとイリスのことを忘れたことはなかった。

 五年後にイリスと再会し、共に旅をして、それが特別な思いだと気がつくにはそう時間はかからなかった。

 儚かったイリス、孤独に耐えてうつむいていたイリス、そして諦めずに時が止まった原因を探し続けたイリス。

 それを全てひっくるめて今のイリスだ。

 カルロスはそんなイリスを愛おしく思う。


「もう、ほら。ホセがいじめるからカルロスがいじけちゃったよ」

「悪かったって。毛布から出てこいよ」


 フィオナとホセの声が毛布の外から聞こえる。

 カルロスは小さく笑った。


 しばらくしてイリスの寝息が聞こえはじめた。


「んー。おばあちゃん、分かっているからそんな大声ださないでよ……」


 フィオナの寝言も聞こえる。

 うなされているようで眉を顰めながら寝返りを打った。

 カルロスももう寝たようで、先程からうんともすんとも言わない。

 唯一起きているホセは腕を組んで天井を見上げていた。


「なぁんか大事なことを忘れている気がするんだよなぁ」


 ホセがぽつりと呟いた。



 イリスたちは六日かけて死の谷へと戻ってきた。

 馬車の馬は途中で放し、馬はダフネの方角へと帰って行った。

 そして四人はやはり死の谷の前では途方に暮れるのだった。


「大事なことを忘れていた……」


 カルロスが呆然と死の谷を見つめている。

 死の谷を渡った時に吊り橋は落ちていたのだ。

 今や死の谷を渡る方法はない。


「ダフネの街の一件でぽろっと忘れていたね」


 フィオナは頭のうしろで手を組んで言った。

 フィオナ自身は空を飛べるので、そこまで緊急事態だと思っていないようだ。


「どうしたもんかなぁ」


 ホセは緊張感の薄い声で言った。


「ねぇ、賢者でしょ? なにかないの?」

「って言われても、こうも見事になにもないとなぁ」


 ホセは辺りを見回す。

 荒れ地にあるのは渇いた土地ところころとした小石ばかりだ。

 橋の代わりになりそうなものなどなにもない。

 しかしホセはイリスに目を止めた。

 イリスのポケットから白い光が漏れていたのだ。


「なぁ。イリスちゃん、なにか光っているよ」


 イリスはホセの言葉に驚き、ポケットに手を入れた。

 そこから出てきたのは人の時が閉じ込められていた金の懐中時計だ。

 イリスはそれを両手で包むようにして持った。

 次第に白い光は強くなっていく。

 イリスは眩しさに瞳を細めた。


「ねぇ、見て!」


 フィオナが死の谷を指差した。

 吊り橋の残骸が谷底から次々に浮かび上がり、しばらくすると吊り橋はなにもなかったかのようにそこにあった。

 そしてイリスの手の中にあった金の懐中時計は光に溶けるようにして消えてしまった。

 フィオナはイリスの手を見てからイリスの顔を見た。

 信じられない現象を前にして興味津々の様子だ。


「イリスがなにかしたの?」


 イリスは困惑したように首を横に振る。


「だとしたら、時が助けてくれたお礼をしてくれたのかもな」


 ホセが言った。

 イリスはホセの言う通りだという気がした。

 光が溶けて消えていった空を見上げる。

 それは透き通るような青い冬晴れの空だった。


「ありがとう」


 そう言ってイリスは微笑んだ。


 吊り橋を渡るカルロスはやはりへっぴり腰だった。

 風が吹いて吊り橋が揺れる度、縄にしがみついては情けない声を出している。


「なに? カルロス、まだ高いところが苦手なの? 風の魔女の塔の見えない橋よりかは断然怖くないでしょ?」


 フィオナは箒に乗り、カルロスの傍をふよふよと飛んでいる。

 カルロスはフィオナを見上げた。


「お前もこの吊り橋を渡ってみればわかるさ」


 カルロスは若干涙目だ。

 足元に見えない床があり底が見えるのと、風でゆらゆらと揺れる吊り橋とでは恐怖の質が違う。

 カルロスにとってはどちらも慣れるものではなかった。

 フィオナはそんなカルロスを見下ろしてにこっと笑った。


「やぁだよ」


 そう言ってフィオナは先を行くイリスたちの方へと飛んで行った。

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