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時の守人  作者: 冬木ゆあ
5.北の荒野
14/21

「あたしが 合図したらカルロスを先頭にイリスとホセも脱出して」


 イリスとカルロスとホセは頷いた。

 フィオナはそっと窓辺に寄って外を伺った。

 松明の炎が揺れ、男たちは宿屋を囲んでいる。

 なにかを待っているのだろうか。

 彼らは遠巻きにイリスたちが泊る部屋をじっと見張っていた。

 フィオナはそっと窓を押して僅かに隙間を開けた。


「眠りの霧」


 小声で呟き、掌を上にしてふっと息を吹きかける。

 ふわっと薄い霧が辺りに立ちこめた。

 ここが渇いた土地でなければ街ひとつ分くらい眠りにつかせることは容易いのに。

 フィオナは苦々しく顔を歪めた。


 急に辺りを包んだ霧に集まった男たちは驚くような声を上げ、ばたばたと何人かが倒れた。

 そのことで男たちは何が起きているのか分からない恐怖に怯えたようにざわめく。

 フィオナがばんと勢いよく窓を開け放った。

 杖を外に向ける。


「炎の龍!」


 杖の先から炎が吹き出し、大きな龍の姿になった。

 炎の龍は暴れながら人を蹴散らしていく。

 男たちの切り裂くような叫び声が辺りを包んだ。


「今だよ」


 フィオナが振り返った。

 窓からカルロスとイリスとホセが飛び出し、フィオナも続いて飛び出した。

 フィオナは杖を構えながらイリスたちのあとを追う。


「に、逃がすな!」


 炎の龍の出現に散り散りになっていた男たちが、逃げたイリスたちに気がついて叫んだ。

 フィオナは逃げながらも器用に炎の龍を操り近寄らせない。

 イリスは黄金の弓を、カルロスは剣を手にしている。

 ホセは荷物を背負って逃げていた。

 目指すは外壁の門だ。

 しかし、地の利は男たちにあった。

 先回りをして挟むようにイリスたちの前に立ち塞がった。

 背後には追ってきた男たちが追いつき、イリスたちを取り囲んでいる。

 イリスたちは背を合わせて辺りを睨むように見た。


「俺たちを襲う理由はなんだ?」


 カルロスが言うと、男たちの中から老人がひとり歩み出た。

 腰が曲がり、足が悪いのか引きずっている。


「荒野の魔女様に害をなす者はここで排除する」


 老人ははっきりとそう言った。

 イリスたちは目を見張る。


「私たちは荒野の魔女に会いに来ただけよ!」

「お前が時の守人か」

「時の守人……?」


 イリスが戸惑うように老人を見た。


「時の守人は荒野の魔女様に害をなす。そう仰っていた」

「荒野の魔女が? でも、どうしてあなたたちが私たちを襲うの?」

「行き場を失った我らに街を与え、生きる希望を与えて下さったお方だ。我らがあの方を守るのは当然のこと」


 老人が隣にいる男に目で合図すると、男たちがじりじりと包囲網を狭めていく。

 カルロスが剣を構えた。


「話合いは難しいみたいだな」

「やるしかないね」


 フィオナも杖を構える。

 イリスが黄金の弓を引くと、黄金の矢が現われた。

 狙いを定める。


「いこう」


 イリスはそう言うと黄金の矢を放った。

 風を切る音がして男の肩に当たり、矢は蒸発するように消えた。

 イリスは次々に矢を放つ。

 それは見事に男たちを射止めていく。


 カルロスは駆け出し、男たちに切り掛かった。

 男たちの剣戟を掻い潜り、相手の隙をついて切り捨てていく。


 フィオナは杖を構えてすうっと息を吸った。


「風よ、天高く吹き上がれ! 旋風」


 杖の先から風が起こった。

 それは勢いよく成長し、男たちを撒き上げていく。


 三人の猛攻に男たちは怯んだようにその場に立ちつくした。


「なんなんだ。あの子供たちは」

「荒野の魔女様以外に魔法を使えるやつらがいたとは……」

「怯むな! 相手はたったの三人だぞ!」


 その声でイリスたちはホセがその場にいないことに気がついた。

 フィオナが目だけで振り返って尋ねる。


「あれ? そういえばホセは?」

「どこかではぐれちゃったのかな?」


 イリスが不安そうに言った。


「あいつのことだから逃げたんじゃないか?」


 カルロスが呆れたように言いながらも辺りを見回してホセの姿を探している。

 多勢に無勢で次第に包囲網は縮まっていく。

 イリスたちの顔には疲れが見えてきていた。


「まずはどうやってここから抜け出すか、だな」


 カルロスが男を切り捨てながら言った。

 フィオナは杖を振って風を操りながら言う。


「数が多すぎるよ。逃げ切れない」

「でも、このままじゃ……」


 イリスが黄金の矢を放った。

 その時、遠くから男の怒号が聞こえてきた。


「止まれ!」

「止まれって言われて止まるかよ、っと」


 聞こえたのはホセの声だ。

 ガラガラと重いなにかが石畳の上を転がるような音もする。


「轢かれたくなかったらそこどきな!」


 その声に男たちが飛び退く。

 ホセはどこで手に入れたのか槍を手にして馬に乗り、その馬に木製の荷台を引かせて全速力で人垣の中に飛び込んできた。

 何人かの男が荷台にしがみついているが振動で振り落とされていく。


「イリスちゃん! カルロス、フィオナ姐さん、飛び乗れ!」


 イリスとカルロスは慌てて荷台に飛び乗った。

 フィオナは杖を箒の姿に変えて、ふわりと頭上高く飛び上がる。

 男たちを牽制するように風の魔法を強くした。

 男たちは吹き飛ばされないようにするので精一杯だ。

 イリスとカルロスは振り落とされないように荷台にしっかりとしがみついている。

 揺れる荷台には他に二人の男がいた。

 その二人も振り落とされないようにするのに必死で動けないようだ。


「フィオナ姐さん! 門を吹き飛ばせるか?」


 ホセが空を飛ぶフィオナを見上げた。

 フィオナはにっと笑う。


「もちろん。あたしにできないことなんてないんだから」


 フィオナは高度を下げてホセのうしろにしがみつくようにして馬に乗った。

 そして杖を構えて門へ向ける。


「我らを阻むものを突き破れ! 炎の龍」


 フィオナの杖から炎の龍が飛び出し、勢いよく門に向っていく。

 木製の門は大破し、木片は外壁の外に飛び散って燻っていた。


 ホセの操る馬車は勢いを弱めることなくダフネの街を飛び出した。

 どんどんと街の姿が遠くなって行く。

 この頃には追ってくる男の姿はなくなっていた。

 くすくすとした小さな笑い声が次第に大きな笑い声に変わり、四人はおかしそうに笑った。

 フィオナがイリスたちを振り返る。


「絶体絶命ってきっとああいうことを言うんだろうね!」

「怖かった!」


 イリスは荷台にしがみついている。

 カルロスもイリスが落ちないようにうしろから支えながら荷台にしがみついていた。


「ホセ。お前、すごいな!」

「オレだってやるときはやるんだよ」


 ホセは大声で言った。

 馬車は少しずつスピードを緩めて止まった。

 カルロスは剣を、フィオナは杖を構えて振り落とされることなく荷台に乗っていた男二人を馬車から下りるように促す。

 男たちは大人しく地面の上に座った。

 カルロスが顔に傷のあるひとりの男に剣先を近づける。


「荒野の魔女はどこだ?」

「俺たちゃなにもしらねぇよ」


 しかし顔に傷のある男はふいと顔を背けた。

 カルロスは重いため息をつく。


「言わないのならしかたない。こっちの男を殺そう」


 そう言ってもうひとりの細身の男に剣先を向けた。

 その男は短く「ひっ」と悲鳴を上げる。


「い、言っちまおうぜ。俺、死にたくない」


 細身の男が震える声で言った。


「バカ野郎!」


 顔に傷のある男が顔を顰めて言った。


「知っているんだな?」


 カルロスは細身の男に剣先を更に近づけた。

 青く強張った顔で細身の男は剣先を見る。

 歯の根が合わず、がたがたと音を立てていた。


「……ここから北に三日だ! そこに塔があると町長が言っていた」


 細身の男が喚くように言った。

 それに顔に傷のある男が舌打ちをした。

 カルロスは剣を下ろして鞘に戻す。


「もう行っていい」


 カルロスがそう言うと細身の男は脱兎のごとく逃げ出し、顔に傷のある男はこちらを振り返ることなく街に向かって歩き出した。


 気がつけば夜が明けていた。

 フィオナが眠そうに欠伸をする。


「はあ。結局、休めなかったね」

「ああ、その上なにも買えなかった。だが、馬車が手に入ったのは大きいな」


 カルロスが馬車を見るとホセがにっと笑った。


「それだけじゃないぜ」


 ホセが荷台の片隅に布と縄で固定していたものを解いた。

 そこにあったのは毛布や水の樽、食糧だった。焚き木もある。


「お前、いつの間に……」


 カルロスが驚いたように言うと、ホセが自慢げに笑った。


「逃げる方法を確保しようと思って途中で目を盗んで横道に入ったんだ。追手を撒いて。オレ、そういうのは得意だからさ。そしたら運よく馬車を見つけて、ついでに色々拾ってきた。これで当分は大丈夫だろ?」

「さすがはホセだな」


 カルロスは苦笑を浮かべた。

 しかしホセの言う通り、これで当分は凌げそうだ。

 男の言うことが本当であれば、あと三日で荒野の魔女の元に辿りつける。


「時の守人……」


 イリスが言った。

 あの老人が言っていたことが引っ掛かっている。

 荒野の魔女に害をなす時の守人。

 それがイリスだと言っていた。

 カルロスがそっとイリスの肩を抱く。

 イリスはぎゅっと手を胸の前で握ってカルロスの胸に頭を寄せた。


「全ては荒野の魔女の元へ行けば分かるはずだ」


 イリスは薄茶色の瞳を閉じた。


 ――そうだ。全ては荒野の魔女が知っている。今はそう断言できる。


「行こう。荒野の魔女の元へ」


 イリスは北を力強く見据えて言った。

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